No.0302 – Organisation Voice 2001/05/24

昨日に引き続いて旅の話です。考えてみれば僕の書棚には「旅」に関する本が実に多いことに気づく。まず人生の書とも言うべき山の本、これは実に多い。瀬島龍三の「幾山河」という本も旅の本とは言いがたいが、まあ怪しくも興味深い。

で、お奨めランキング旅の本(あくまでも僕の本棚の中で)
第1位「秘境西域八年の潜行」西川一三著、これはすごい本だ。友人のとある高名なクライマーから頂いた大切な本、第二次世界大戦中に、中国及び西域への潜入を命じられた著者の8年に及ぶ旅の記録。まさにセヴンイヤーズインチベット、スウェン・ヘディンの「さまよえる湖」とセットで読むのをお奨め?

第2位これも友人の小説家、戸井十月さんから頂いた本で、A・チェリーガラード著、戸井十月訳、C.Wニコル解説、国立極地研究所協力の「世界最悪の旅」タイトルカバーにはこう書いてある。{命がけでたどり着いた南極点。だが、そこにはライバル、アムンゼンの旗が翻っていた。失意のうちに帰途に着くスコット隊に、激烈な寒気が襲いかかる。「私たちはあえて危険を冒した、ただわずかな事情が味方しなかった。従ってなんの不満もありはしない」壮絶な死に向かうスコット隊、不屈の記録。}

第3位、「青蔵紀行」揚子江源流域を行く。これは1994年にラリーレイドモンゴルの開催準備中に、国立民族博物館に、遊牧民研究の第一人者といわれた松原正毅先生を訪ねて、「ラリーをモンゴルでするなど許さない」という先生と議論して、「気をつけてやりなさい。」とやっとご理解いただいた時に、この先生の本を読んでみようと思って手に入れた一冊。ヘディン、西川、 松原と同じ地域を違うアプローチと、もちろん全く違う時代背景の中の対比が実に面白い。

これらの旅の本?がいつも僕の旅先で、記憶の枝先に見え隠れして、「この前教えてやっただろ」とか「楽なことが旅じゃない」と教えてくれる。僕が今書きたくて書かない、何人かの人に「どう思う?」って聞かれてる件の答えは無いけど、これらの本の中に、歴史の中に、あるよ。

きょうの一枚
きょうの一枚は、昨日のも含め2枚 誰もが一目で気に入ったゾウモッドの井戸、ここ2年ばかりRRMの最も記憶に残るビバーク地になってる。なぜだか分からないが、危険な大地の中にポツリと浮かぶ生命の匂い、木々の作る陰が人に安らぎを与えるからだ。もう一枚は、机の周りにあった本、タケちゃんのワンショット


OVバックナンバー

No.0301 – Organisation Voice 2001/05/23

何か大変ご無沙汰していたような気がします。GWのTBIのあとあわただしく東京出張、帰ってきて溜まってる仕事に取り組んでました。昨日UPされた映像の絵も本日完成!無事納品?して来ました。この絵はとあるイタリアンレストランがリニュアルするメニューの口絵というか、まあそんなもんです。松山にお越しの際はご案内しますのでお申し付けください。

それにしても此処のところいろいろな出来事やら、ビックリすることが多いですね。政治もにぎやかだし、国民が急に政治評論家になってしまったのには、少し驚いてはいますが、まあ悪いことではないでしょう。この政治への興味が続くこと、正しく判断できるためにも周辺まで含めたいろいろなことを知識に加えて、マスコミなど一部の人たちに煽動されずに正しい目をもつことを期待したいなあと思います。

モンゴルの試走隊の出発準備が佳境を迎えています。食糧、機材、緊急対策、こま図制作キット(GPS,ツイントリップ、測量用GPSシステム、紙と鉛筆)いつの時代にもこうしたエクスペディションに出かける準備をするときは、心がうずきます。子供の頃の遠足前夜の延長線にいる自分を発見します。いずれにしても大切なのは、出かけること、ウキウキすること、準備をしてる自分を「カワイイ」と眺められることです。旅は人を豊かにします、一度の旅が深い思慮をあたえ、人格の形成や、ひょっとしたら、あなたを詩人にしたり、モノ書きにしたり、はたまた絵を書かせたりと、潜在能力の発見現場にもなったりします。それでは、旅先でお目にかかりましょう。あ、でもまだしばらくは日本にいます。

お知らせ「RRM2001の食糧、飲料など大調達中!協賛、協力募集中!」


OVバックナンバー

No.0299 – Organisation Voice 2001/05/21

東京出張から帰りました。晴天続きの東京は、僕にとっては珍しく、快適でした。週末には神戸に寄って帰らないといけなかったものですから、なんと新幹線に乗りました。 新幹線の車窓から眺める初夏の東海道いや日本は、山という山、川という川に新鮮な水が溢れ、陽光はまぶしく、まさにみずみずしく輝いていました。「こんなだったんだ」と久しぶりに窓からの景色を眺めていたものでした。「来年のツールドニッポン(マツモトさんはトランジャンと言ってる、これはトランスジャパンの意味)も期待できるなあ」と思ったものでした。

ところで、まもなくbibムースの展開を致します。そこで今日はこのbibムースについて。まず今までのものは、使用期限が製造後1ヶ月しかなかったものが、ニューモデルでは製造後一定の保管可能期限と装着後6ヶ月という使用期限に別れ、取り扱いが飛躍的に向上した。といっても航空便で取り寄せることしか出来ず、モンゴルで使用したい方は、ミシュランの工場からエアで直接ウランバートルへ輸送してデリバリーすることとします。一般のイベントに使ってみたい方へも、SSERとしては供給する方針です。ただし使用期限を自己管理できる方であることが条件です。希望者にはご案内を致しますので、以下に住所・氏名・メールアドレスをお書き込みの上ビブムースの案内希望とお書きください。メールで申込書・仕様書・金額・受け取り方法などをご案内します。また使用に当たっての誓約書をお書きいただくことがあります。(このサービスはネット上のみとしますので、あしからず。)

元来ビブムースとは、圧縮窒素の小さな気泡の集まった「蜂の巣」状の(構造がムース状)チューブです。競技中にパンクすることなく、したがってタイムロスや体力の消耗を未然に防げるもので、SSERとしては一日も早く国内導入をして一般化したいと願っておりました。やっと使用期限の拡大に成功して、今回の導入となりました。 0.9bar.の空気圧とほぼ同等の性能ですが、最高速は130km/h MAX.です。TBI-2やSSER(Y2E)などの国内イベントにも投入します。MXなどに使用したい方もご連絡ください。

※ ビブムースの購入は現在受け付けておりません(2017/03/07)


OVバックナンバー

No.0298 – Organisation Voice 2001/05/17

東京に来てます。RRM2001の様々な詰めや、2002のニッポン、TBI2001のビデオの制作の最終の打ち合わせなどです。 このビデオは3カメでとってるので期待してもいいよー!なのですが、雨が多くて「少し暗い!」んです。デモ後半はバッチリ晴れて!みんな買って下さいね。「TBIのテーマソング」も聞き納めですよ、いやこれは TBI-2のテーマソングとしても使えるかな?だってあの曲はアメリカ西海岸であちらのアーティストたちの手によるもので、レコーディングもロスなんです。あら、ツールドニッポンのテーマソングを作んなきゃいけない。どんなのがいいですかねえ?プロモーションビデオなんか、チャイコフスキーでしたもんね。

きょうの一枚
昨日から、パリダカ裏方モノ特集なので、今日はCPカーなど主催者のオフイシャル車両をサポートするカミオンを紹介しちゃいますが、これがおかしい。ボディには大きくTATRAタトラと書かれてますが、よく見るとMAMとも書かれている。ヨーロッパのカミオンメーカーのマン社ならスペルはMANのはずであるが、どう見ても独特の軍用車のキャビンは紛れも無くMAN社製。でも腰から下はどうにもタトラのようで、200R81 8×8のようです。とにかくオフィシヤルカーのスペアパーツ満載で走っています。RRMにもこんな主催者用のアシスタンスが居ればねえ。


OVバックナンバー

 

No.0297 – Organisation Voice 2001/05/16

 

HPのアクセス数が222222になったら、プレゼントキャンペーンをしようと言っていたのに、気が着くととっくに達成!しちゃってました。このHPの運営をはじめて、まもなく20ヶ月が来ようとしております。毎日のように新しいナニカをUPし続けるだけの情報量は、さすがに持ち合わせていなかったんですが、それでも日増しに増え続けるアクセスカウントに押され、土日を除くほぼ毎日、OVを書いた り、気がつけばいつも SOMETHING  NEWを考え、探し求め続けたり、とHPがある(つまり情報を発信する機能を自らが持った)が故に気の休まらない?日々が続いています。

それにしても、この数ヶ月のイベント毎の参加者のうちのメールアドレスの保有率を見ても、またそれから類推するインターネットの可視率も 100%になる時代はそこまで来ています。そうすると、レギュレーションの印刷及び送付も無くなるでしょうし、公式通知も郵送しなくていいでしょうし、エントリーフォームも直接書き込むことも出来ますね。これにエントリーフィーの課金システムも完成させて、省力化、省コスト化。と考えています。がしかし実現の道のりは厳しそうです。そういう部分を簡素化して、その分だけ人と人の触れ合う部分や、競技としての幅とか深みとかを広げていく方向にエネルギーを注ぐことが出来れば素晴らしいと考えます。

きょうの一枚
(1991、ニジェール) パリダカールの写真から。1900年代初頭までパリダカのケイタリングサービスといえば、旅行代理店のアフリカツールが一手に引き受けていた。この頃は主催者のTSO以上に参加者から尊敬され、慕われていたといっていい。TBIやRRMを構築するのにいつも考えてたのは、アフリカツールのような存在。いまでは、もうこの程度のホスピタリティでは、ブーイングらしい。


OVバックナンバー

No.0296 – Organisation Voice 2001/05/15

最近、このOVも反響がなくて、書く元気がなくなりそう。ってんで昨日は僕の昔の写真を載せたのにブーとか、ビーとか誰も言わないの。なんて書くとすぐ「ブー」とかって書いてくるんだろうなあ。

さて今日は恐怖のTBI-2のお話を書きましょう。このイベントのコンセプトは「よっしゃ!やったる。」です、あっ違う「NIGHT-IN-THE-DARK」である。身の毛もよだつ恐怖の夜だ!ということである。チョット違うかなあ?とにかく24時間のマキシマムタイムで300kmのダートを含む600kmを走破しようということだ。

深夜のCPと、生命線の給油ポイントは、「どこだ!」という仕掛け。深夜の四国の山深き中に、囚われの身のリングワンデリングを繰り返すこととなる。そこから生還するには、コマ地図に秘められた謎を解かなければならない。真夏の夜のミステリーは臨界点に達する。あー、コワ!でもこれってそートーにハードですよ。 さてRRM2001は6月16日に船積みの予定が決定。うん?予定が決定?神戸です。僕はというと明日から再び東京出張!


OVバックナンバー

No.0295 – Organisation Voice 2001/05/14

誰かさんからお便りが届いたら、もう7年も前の僕の写真!が同封されてる。まだドノーマル時代の 80G/S「ああ、あの頃はまだ元気だったのね!?」九州の友人に誘われて、お出かけしたときのものですね。あの頃なんて「これはなんですか?」なんて聞く人が多かったんだけどね、いまではGSも市民権を得たものです「エッ、おまえの80とかには市民権はない!?」んだそうですが、もうまもなくヒストリックマシンの仲間入り寸前なのです。しかし持ってるというだけで「いつでも飛び立てる翼」を持ってるような気がするから不思議です。しかも乗るたびにいつでもそのバイクを買ったときの自分に帰れるから、なおさら不思議でしょ。

発売された 1984年は、「買いたい!でもどこにそんな金が!」とバタバタしてるうちに何台国内に割り振られたのかはともかく完売、それから雑誌の売買欄のチェックや、近くの BMWディーラーに「出たら、絶対買うから頼むよ」と、そんなある日、見つけましたね。店の前を通り過ぎる車の中から、それを見つけたときブラックマークを付けてフルブレーキング!「く、く、ください!」と、そのときの自分の慌てぶりや興奮、どんな仕事をしてたかとか全てが完璧にあの頃のイメージに返れるのであります。そんなバイクはまるでタイムマシン。子供の頃に初めて乗ったバイクのことや、DT1でみかん畑をアタックしては、みかん山の山頂で遠くに瀬戸内海の夕陽を眺めながら、すっぱい蜜柑をほおばった頃に逆戻りが出来ます。

ところで僕はいま学生街に住んでいます。夜な夜なスーパートラップの爆音に悩まされています。けっして暴走族ではないのですが。街角で眺めていると、原付を除く8割のバイクがサイレンサーを替えています。それでも若い人たちが、またバイクに乗るようになったのは悪いことではないんでしょうけど、どうしたものでしょうか。


OVバックナンバー

No.0294 – Organisation Voice 2001/05/11

麦秋。全ての命が萌え出でる5月に、ひとり黄金色の穂を揺らす麦の実り。誰が名づけたか麦秋とは、初夏の季語。残念なことにミステリーサークルは現れませんでしたが、事務所の周りは秋をも思わせるような色彩に溢れているから不思議でなりません。

昨日から今日にかけてRRM2001、TBI-2、SSER12hr.ENDURANCE(8耐は12hr.にスケールアップ)そしてTOUR DE NIPPONの企画ミーティングが続いています。そこでこのHPのデッドなゾーン=THE TALKをリニュアルして「NEXT GENERATION」っていうコーナーにして新しいイベントの情報を続々と載せていこうかなあ、と思ってます。FAQのようなことも、そちらのスペースで展開します。 ツールドニッポンは、全国からたくさんの情報や、「是非、うちの山を使って!」とか「会社の所有の砂浜があるよ。」から「広大な私有林がありますが!」などなどが届き始めました。

ほかにも何か情報があればどんどんお寄せください。また「このエリアなら手伝えるよ!」という方もよろしく。もう今の段階から、とっても楽しみになってきました。あと宿泊施設、ホテルからキャンプ場まで経営されている方、または推薦の施設があれば、誘致活動を仕掛けて下さい。すぐにも検討に入ります。また全国のイベント主催団体の皆様で、ご協力いただける方、またSSに使えるクローズドコースや民有地の林道等をご紹介いただける方もご連絡ください。ただいま全国ネットワーク構築中!

きょうの一枚
麦秋、のワンカット。確かに一瞬だけでも秋の風情。


OVバックナンバー

No.0293 – Organisation Voice 2001/05/10

ツールドニッポンが発表されて、ビックリするくらいの反響を頂いております。質問事項も多いだろうと思い、レギュレーションが発効される前に、「こんなことはどうするの?」と言うようなことを少し説明いたします。

1.車検会場、稚内または浜頓別までのマシン輸送については、4月25日の夜、北九州から任意の地点を経由する、大型トラックと大型バスのコンボイを走行させます。このコンボイは、車検場へ向かいます。また札幌空港から車検場行きのバス、なども計画中です。各地からのフェリーのコーディネイトも予定しております。もちろん人間も運べます。ラリー中はこのコンボイは、後続してSS会場などを経由してほぼ並行して走行します。従って、チームスタッフ、メカニックやご家族の参加も実現します。また佐多岬のゴール後は閉会式会場から、やはり逆走のバス・トラックコンボイ部隊を東京まで走らせる予定です。快適な大型バスが走らせられるといいですね。

2.アドベンチャークラスはないだろうなあ?いえ、予定してます。アンダー175ccは、3クラスに分けられます。高速道路を使うシチュエーションでは、この3クラスに限り、あらかじめ予定された地点でバストラック便が待機しています。

3.北海道の林道は、雪の中じゃないのか?確かに北海道ばかりか、東北やその他の山間地域では、残雪に苦しめられるものと思われます。が、問題はないでしょう。冬の北海道に行くときには、短パンにサンダル履きではいかないですね。

ということです。 3つ説明させていただきましたが、残り数点を含め、今現時点での概要をツールドニッポン公式サイトに掲載しています。公式サイトもご覧下さい。 ツールドニッポン公式サイト(公開は終了しました:2017/03/07)


OVバックナンバー

No.0292 – Organisation Voice 2001/05/09

やあ、やあお疲れさま!今日からやっと通常モードに戻ってOVも書くし、「彼方へ」も書きますよ。「終わってから山田さんが音信不通だ!」と言う声をたくさん聞きましたが、実は絵描きでもある僕は(ホントカ?)とあるレストランのメニューの絵を書いていたのでした。(半分ホント、実は寝たきり老人状態)

GWの雨を償うように連日晴天が広がる四国地方です。それにしても13年間ありがとうございました。とても楽しい、いい大会だったと思います。特にエントラントは、実に素晴らしい方が多く、困難なコンディションの中、殆どの皆さんが最後まで走りぬいたことに、心より敬意を表します。

さて、次から次へとプロジェクトが始動していて、全く休まる暇がありません。でツールドニッポンを発表したものですから「キャノンボールか!」とか「ビッグマシンのイベントか?」などとの声を頂戴しておりますが、アドベンチャークラスさえやろうと思っているくらいです。SSはひょっとしたら美馬みたいになるだろうし、楽しみ楽しみ。

きょうの一枚
「気をつけよう、(主催者の)甘い言葉と、暗い夜道」

NEWS!!
さあツールドニッポン!21世紀の日本にその新しい歴史を記す。世紀を超えて受け継がれる遺伝子。維新のDNAを巡る旅、ツールドニッポンが始まります。ツールドニッポンの公式サイトがオープンしました。URLは(公開は終了しました:2017/03/07)続々と情報を追加していきますので、どうかお楽しみに。


OVバックナンバー

No.0291 – Organisation Voice 2001/04/24

そう、発表するのを忘れてましたけど、アウトライダー誌からプレスエントリーをしていた広瀬達也氏が僕に替わって、僕のTTR125LWで走ります。ヒロセサンといえば初期のTBIの顔で、参加者たちが今のTBIを作り上げてきたと言うのなら、間違いなくその1人です。誰かが 13年前の TBIで「あっ!アクションライダーのヒロセサンだ!」といっていたのが今でも忘れません。ヒロセサンを見かけたら「アクションライダーの」をヒロセサンの前につけて呼んで下さい。本人が喜ぶか嫌がるかはわからない、というリスクはありますが。

そんなアクションライダーのヒロセサンももう47歳。年をとりました「えっ、僕と同い年?」初めてお目にかかったのは日高の前身 ITDEで、初冬の苫小牧でした。1984年のこと。お互いに20代最後の頃です。KTM125で走ってましたが「競争は嫌いじゃないけど、人を押しのけたり後ろから怒鳴って走る今のエンデユーロは好きじゃない。」この言葉は僕にして、かなり効き目がありました。周回すればどうしてもこういったシーンはおのずと出てくるわけですから。そしてヒロセサンは映画で三浦友一の代役で出たり?走ったりアウトライダー誌を中心に走ったり書いたり、バイクを使った彼一流の遊びの世界を構築していきました。13年一日の如しです。いやほんとに。


OVバックナンバー

No.0290 – Organisation Voice 2001/04/23

TBIも本番寸前で、メールでの問い合わせが増加中です。おそらく昨日の日曜日が、装備品調達やマシンセッティングのピークだったんでしょうね。都内では指定の昭文社の地図が売り切れた!とか、バイク用品店ではバッグを買うのに3辺の和がどうのこうのという人が多いとか、「四国で何かがあるらしい」という情報が飛び交ってるようです。いったい関東から何人がエントリーしてるって言うんでしょう。これではまるで参加者が一万人くらいいそうなイベントの雰囲気になってます。 ここで少しだけ、直近の質問内容と回答例または解説をご紹介します。おもに初参加の方の質問なので、ご容赦をね。

Q:「地図はどうしても指定のものじゃないとダメでしょうか、もしダメな場合はその理由を教えて下さい。」

A:「指定のものをご用意ください。理由はエマージェンシー封筒の中に封入されてる情報は、指定の地図でなくては照合できない可能性があります。また大幅なルート変更などの際に、指定の同一の地図によって位置を示すことがあります。」

Q1:「車検到着時間が早くなります、よろしいでしょうか。また27日は車検を受けた後、松山の友人のところへ泊まりにいきますのでトランスポーターを動かしたいのですが。」
Q2:「車検を受けた後、道後温泉に行きたいのですが、クルマが動かせなかったら行けないのですが、どうすればいいでしょうか。」

A:「到着が早くなるのはかまいません。また27日は原則として会場内に宿泊することを強くお勧めしています。本来駐車場ではないところ(グランド)を駐車スペースとして借り受けているために、頻繁な移動や出入りが出来ません。あくまでもこちらからのお願いは、お守りいただきたい。でもどうしてもという方はお申し出ください。ただしその場合ルートブックのお渡しは出来ません。理由は、コピーとか不正なアシスタンスを防ぐための措置です。」解説:27日に友人宅に泊まりたい方は、車検を28日にすればいいでしょうし、道後温泉へ行きたい方は、到着予定時刻は自己申告制にしている訳ですから、ご自身で調整されるべきです。また今回のように車検日程が2日に亘っているのは、参加台数に対応した結果ですが、この2日間の公平性の欠落については、(特にコマ地図貼りの時間や、あらゆるインフォメーションに対しての対応時間の量的な差異)気にならなくはないのですが、やむをえないことだと思います。

Q1:「ダッフルバッグですが、アロアンスとはどういう意味?SSERのバッグが大きいのなら、みんなも大きかっても良いですね?」
Q2:「重量オーバーやサイズオーバーはタイムペナルテイと書いていましたが、どのくらい付くのですか?レギュレーションにはそのような記述はなかったように思いますが。」

A:「アロアンスとは、この場合は許容される範囲の誤差のことだとご理解ください。約 10%見当でしょうか。これを超えて大きいものはダメです。この際のタイムペナルティはいきなり適用するということはありません、重量が重いので「直して下さい」等の改善の指示が先にあって、それでも改善されない場合には、レギュレーションP -10、 23-7)オフィシヤルの指示に反する行動として3時間以上または失格といたします。」解説:今大会は参加者数が多く、参加者の荷物を運ぶ車両(トラック)の手配に大変苦心いたしました。また皆さんの荷物も日を追って重くなって、トラックの運行に重大な支障が発生します。「自分くらい」と思わないで頂きたい。トラックをGWの1週間にわたって細い山道を走らせるオフイシャルの苦労は、相当のものです。感謝する気持ちになれば、制限重量より少しでも軽くしようと考えるのが仲間じゃないでしょうか。また積み降ろしは、オフイシャルの指示に従って必ず各自で行って下さい。 問い合わせの内容はさらに多く、紹介はこのくらいとしますが、「こういう質問をされる前に、こういう点を聞かなくても良いんだろうか?」というようなことを聞いてくる方がいなくて、皆さんチョット心配しているポイントがずれているように思いますが、これをお読みの皆さんいかがお感じでしょうか。僕はとても心配で、夜も寝れません。

きょうの1枚
今日は東南アジア付近から届いた写真。この写真は青年海外協力隊で海外へ派遣された方が現地東南アジアで撮影されたものです。それは大活躍して日本に帰って来ました。TBIもRRMもオフィシャルでますます大活躍しております。さて誰でしょう。


OVバックナンバー

No.0289 – Organisation Voice 2001/04/19

いやいやまったくコンバンハ。2回目の登場となるTと申します。前回で「もう終わった~」と緊張の汗が引く間もなく今回もお邪魔してしまいます。キーボードを前に相変わらず緊張しますね。皆さんいかがお過ごしですか? デキ日も元気に皆さんのPCに情報をお届けしていますが、ここ最近のデジタル技術というのはいやまあ便利ですね。コンピュータに限らず、携帯電話やCDとか(これはもう普通ですね)あらゆるものがコンピュータ仕掛けになって手軽に楽しめるようになりました。デジタルカメラ(デジカメ)もそうですね。

僕がデジカメを買ったは一般に広まり初めたごろでしょうか。まだ25万画素が主流という頃でまだデジカメ市場というのが初々しいごろでしたね。何せ現像代いらず、撮ってPCにすぐ取り込めるという便利さからいろんなものを撮影しまくってましたね。まだ25万画素ですから画質も悪く、当然写真には及ばない品質でしたがこれはこれで楽しんでました。

デジカメもはや成熟した定番市場になり、今の主力は300万画素とか当時からすると10倍以上なんですよね。画質も鮮明でもちろん使えるカメラなんですが、昔の低画素というのも捨てがたい良さがあると思うんですよ。あの低画質、JPEG圧縮の色のにじみ方、ブロックノイズ、何もかも低いんですがそれが許せるというか、よくぞ0と1のデジタル世界を潜り抜けて目の前のディスプレイまで表示してくれたという愛おしさまで(ちょっとオーバーですね)感じるのです。 最近は単にカメラ単体ではなく、携帯電話などにも小型デジカメが搭載されてますね。あれなんかも画質は悪いんですがそれほど不便でもない。

画質を楽しむのではなくて、その表示させるまでのプロセスを楽しむというか、コンピュータで気軽に撮って手軽に送れる、その今までにないプロセスが新しく、それが楽しいというのが今時の使い方なのかもしれません。と書きましたが、本当は自分が持ってる古いデジカメを正当化させたのかも(おいおい)

通常のフィルムカメラでも古いカメラも立派に活躍していますが、デジカメでもそろそろただの高画質だけではない新しい味わい方が出てくるのではないでしょうかね。 バイクとは関係ないお話なりましたがお許しくださいませ。ではまたお会いできる日を。

きょうの一枚
というわけで(強引な転換)最近入手したデジカメに簡易動画撮影機能というのがあったのでそれで撮影したSSERのふるさと愛媛の風景を。 サイズは300KBちょっとあります。ASF形式となっていますので。再生させるにはWindows Media Player バージョン6.0以降が必要になりますのであらかじめご準備ください。コマとびするようであれば一度お使いのPCにファイルごとダウンロードして(windowsだと、上の画像を右クリック-対象をファイルに保存)ご覧下さい。

※ 動画は現在公開を終了しました(2017/03/07)


OVバックナンバー

No.0288 – Organisation Voice 2001/04/18

四国路は春たけなわ。本当に素晴らしい季節の到来となりました。いよいよ最後となる第13回日石三菱ツールドブルーアイランドが開幕いたします。

ここ数日の昨日のOVに関して多くのご心配、お気遣いや激励のメールを頂きました。本当にありがとうございます。何故、このようになってしまったのか。両者の配慮が少し足りなかったからでしょうか。私達も参加される皆様からの問い合せについては、はっきりいって戸惑いはありました。今までにはないご意見やご質問の種類が多く、従来にはなかったジャンルの質問を毎日数多くお寄せいただき、対応するこちら側のスタッフも、戸惑いの連続であったことを、あらかじめご理解ください。

そのような経過もあって、昨日のOVは今までにない文体で掲載となり、掲載直後から今朝にかけて多くのメールを頂戴しました。このように、皆様方に過剰にご心配をおかけしてしまった事については、率直に反省すべき点だと認識しています。

「主催者と参加者の対立」という内容のメールも頂きました。「主催者と参加者の対立」など私達にとっても本位ではありません。従来より「両者は向かい合う関係ではなく、協調して目的達成に向かってそれぞれが最善を尽くすべき。」との主張を13年間にわたって提唱してきましたのは他でもない私たちスタッフ一同です。この場お借りして、頂いたメールのお礼ならびに過剰にご心配をおかけしたお詫びとさせて頂きます。

このような経験を足がかりに、さらに事前の綿密な打ち合わせを重ね、私たちと参加者である皆様、またいつもこのHPを通じ応援をいただいてる皆様、今大会こそ出場がかなわなかったものの、いつもSSERのイベントにご参加を頂いている皆様、そしてまだお目にかかってはないものの、やがてともにラリーを作りあげ、参加されるであろう皆様と、もっと近づき、語り合いこのコミニュケーションの輪が豊かに広がりさらに充実していくことを願ってやみません。

昨夜遅く再確認の思いを込めて、皆様がプレエントリー用紙に書かれている自己推奨文を読みました。最後で最初のTBIを楽しみにしている人、10年以上ご無沙汰している人、様々です。ここに最後の TBIに参加する205名とオフィシャル50名、その他関係者20名、ざっと300名。そんなにも大勢の人が縁があって、一緒に旅をするわけです。むろん出場出来なかった人の分まで、私たち300人が力をあわせて最高のTBIを作り上げていこうと思っております。

スタッフ一同


OVバックナンバー

No.0287 – Organisation Voice 2001/04/17

僕はどんなに忙しくなっても、パニックになったりしない。「忙しい、忙しい」って書いたからってそんなこと年から年中言ってるわけだし。それに明日からは東京です。帰った週末はバイクでお出かけと決めています。今は事務所が最高に忙しく盛り上がってるのは、TBIの直前に、みんなでのんびりしようということなんだ。でも終わるとモンゴルもあるし、やっぱり気持ちの上では忙しいかな。で、SSER製のダッフルバッグが3辺の和が133cmを何センチか超えていたらしいんですね。これはレギュレーションに「守って下さい。」と書いてあるもんだからさあ大変。重箱隊が「攻撃目標発見!直ちに攻撃せよ!」とやってきてます。どうしようか、僕は。

そんな人はおそらく完璧主義者で、道路交通法や道路運送車両法も厳しく守る人たちなのでしょう。あああ、こんなエントラントに腹を立てそうになるなんて自分らしくないと思いつつも、みんなにとっても同じくらい主催者、役員のみんなにも思いがあるのですよ。もう少し人の気持ちをわかる人になったらドウダイ。あああもうダメ!キレテキレテキレチャイソウ!といいつつ本日参加者には公式文書を送り出します。また「文書が主催者の人為的なミスで送られてない可能性もあるのではないか」という声に、今まで送付した文書一覧を送りますね。もちろん僕たちも完璧では在りませんが、「そこまで主催者に完璧を要求するのだね?」という気分に僕をさせた数人の方々、とっても楽しみです。あなた方の完璧さを見せてもらいましょうかね。

きょうの一枚
さてこれが問題のダッフルバッグ。モンゴルの10kgバッグの容量を上げたもの。これが結構、人気商品です。ただし今回は10トンの8輪の大型トラックを本部輸送用に調達したので若干問題は緩和しています。つまり荷物は小さく軽く、トラックは大型化。こうして両面の努力をしなければ、存在しえません。それにしてもその大型トラックキャンプ場に行けるのでしょうか。 


OVバックナンバー

No.0286 – Organisation Voice 2001/04/16

そういえば、いつかのTBIの最中に飛び込んできたNEWS「アイルトン・セナ、サンマリノGPにて事故死」この衝撃は大きかった。日本国内のモータースポーツが、セナの事故死で受けたダメージも相当なものだった。というか日本のモータースポーツも事故死したといって良い。そのF1サンマリノGP。2001年は、新世紀にふさわしいレースとなった。各誌はこう書くに違いない「復活祭のその日、ウィリアムズ、BMW,ミシュランの古豪が、ラルフ・シューマッハという若い力で復活した」と。

この日、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世はバチカンのサンピエトロ広場で復活祭のミサをおこない「新千年紀にあたり、恐怖と悲しみの闇を追いやる復活祭の光は万人にもたらされる」とあいさつ。関係ないけど、なんかF1的には長い闇の中から僕の好きなウィリアムズやBMWやMICERINが、輝きを取り戻した。そんでもって僕は寝不足になった。

そして今朝、事務所に来てたくさんのメールを読んで居て考えた、その多くはTBIエントラントからの質問の山である。それを読んでいて「やっぱり参加するのはあきらめよう」と決心した。また右手の親指の痛みも「それがいい」っていってるような気がした(これは 3週間前に痛めた) 200名を超える参加者、うち 100名の初出場者、何とかみんながラストTBIを最高に楽しんでもらうために、また事故や大きなトラブルを起こさないためにも、迷いに迷った最後の選択になった。参加するぞと決めて、この半年間本当に楽しかった、こんな楽しさがあるなんて思っても見なかった。「きっと楽しいだろうな」くらいしか主催者には判らないんだが。 TTR125もとってももったいないけど、まあいいか。復活祭の次の日、僕の決心。

さて、最後なのでと甘く見ている数人の諸君、相当厳しくいくからね、覚悟しといて。

きょうの一枚
今、SSERの事務所内では12名がTBIに向けて全力で取り組んでいます。僕が「いいじゃないか、最後なんで少しくらい多めに見てあげよう」と言ったもんだからさあ大変。書類の揃わないエントラントでも、はじめて受理したもんだから「SSER PRESSのエントリーリスト今年は顔写真なしで良いですか?このままでは間に合いません!」とか、一晩で山のような質問のメール「前泊の料金案内が無いぞ」公式通知と同封した文書に書いてます。「案内が届いてない、友だちは届いているっていうんだけど、それはなに?」それは友達に聞けばどうでしょうか。だいいち返ってきた郵便物は調査して必ず届けてますし、現状返却された郵便物はありません。これでは10年前のTBI。あの頃僕は切れた。「僕たちは旅行代理店ではないし添乗員ではない。」

そこで社内の様子をご紹介しようと思う。エマージェンシー封筒を製作する人、SSERPRESSの制作をする人、オフィシアルマニュアル、スポンサーご一行様のスケジュール作成と各予約手配する人、集計プログラムを制作する人、 IDカードや参加者向けのツールを作成する人、食糧の最終手配をする人、事務所の中には、お米も大量に積まれています。記念品や、会場設営班、機材班、とんでもなく忙しくて、困っています。


OVバックナンバー

No.0284 – Organisation Voice 2001/04/12

ここのところ、暑かったり寒かったりと、大変ですね。今日も松山は黄砂がすごく、強い西風に乗って大量に飛来しています。はるか揚子江流域からやって来るんだと思えば、感慨深いものがなくもないですが、何か静かなる警告のような気がしてなりません。ヨーロッパでもシロッコとかパサートとか、サハラから吹く風で大量の砂が季節ごとに飛んできます。VWあたりがクルマの名前にしちゃうのが良いですよね。トヨタ黄砂ってのは無いしね。あっ、トヨタコルサってのがあったか。で、この黄砂の警告は、スギ花粉の警告に似て地球環境の異変を知らせる、シグナルだとしたら、ヨーロッパを震撼させている口蹄疫も警告だろうと思います。技術の進歩は時として、うっかりと神の領域を侵します。地球には、そういったメカニズムが組みこまれまれていて、そうエントロピーの法則です、で自然淘汰や優性遺伝などの仕組みを、無視し続ける人間の高慢さへの自然界からの報復であるといえば言い過ぎでしょうか。 さて、TBIも13年前を思い出してみましょうか。今では考えられないことなのですが、GWに海や山、または河原でキャンプする人は殆ど居なかったのです。ところが数年ほど前から、河原といわず、砂浜、果ては林道の中にもオートキャンパーは進出して、コールマンのロゴも真新しい展示場みたいなキャンプを張ってるではないですか。(こんな人はすぐ居なくなったけど)で、こういった人に限って文句をいうんです。もうあちこちのキャンプエリアで小競り合いです。予約なんかしてなくても平気平気。借り切ってるのは我々であったとしてもなんです。で、譲り合うことなんか苦手なんですね、そういう人たちに限って。私たちもキャンパーであるときも少なくない訳ですが、疲れ果てるようなキャンプはしたくないものです。

きょうの一枚
菅原さんのミニクーパー時代の、ミニチュアカーがありました。これは1967年12月3日富士12時間耐久、総合3位ドライバー菅原義正選手と書かれています。生まれてましたか?あなた


OVバックナンバー

No.0283 – Organisation Voice 2001/04/11

なんとも花の命の短いことでしょう、松山で見る桜はもう終りです。花見もせずに今年の春も終わってしまいました。まさに「ながめせしまに」です。この歌では、「眺める」と、「長雨」をかけていますから、やはり平安の昔から桜の頃にも春の長雨があったんだろうなあ、と感慨にふけっています。やっぱりブルーアイランドと桜の季節の雨には相関関係があって、桜の頃に雨が多いと TBIは晴れるし、その逆だと TBIは雨、というのが僕の推論。とすると今回の TBIは3日晴れ、3日曇り、3日雨くらいの感じじゃないかなあ。

さて、その春ですがどうも異常に黄砂が多いと思ってたら、なんと年間の飛来量が約300万トンと推定されるようで、年々その量の増加に比例して、様々な被害も拡大してるようだ。発生源の特定のための観測施設を、日中で合同して設置するようである(本日付日経新聞)とにかく深刻な砂漠化が原因で、さらにその原因を辿っていくと、当然ながら中国の人口爆発と乱開発による。自国のこういった問題が他国に悪い影響を及ぼすなどは、まことのけしからん!ことであるが、チョット待てよ。日本の不動産乱開発(バブルともいう)によって引き起こした深刻な不況は、世界各国に黄砂のように飛来して、被害を拡大させている。20世紀末、世界は一気に小さくなった「対岸の火事」といった、ことわざは間もなく死語になっちゃう。

きょうの1枚
きょうの1枚は、本日更新した「彼方へ」からの1枚からお届けします。「彼方へ」もあわせてお楽しみください。 (写真のキャプション) ケープタウン市庁舎前に到着。ここで全ての行程は終わる。違う文化、違う歴史、しかしパリからここまで走ってきて感じるのは、世界のサイズ。小さくなったとはいえ、文化的サイズでみれば、計り知れないほど大きい。


OVバックナンバー

No.0282 – Organisation Voice 2001/04/10

僕の手許にも出場通知が届きました。中島みゆきの詩で「ファイト」というのがありましたね。そう、どこかの生命保険会社がCMで使ってた奴です。その中のひとくだりに「勝つか負けるか、それは判らない、それでもあいつは戦いの、出場通知を握り締めたままで、あいつは海になりました。」あっ、違ってたらごめんなさい。出場通知って、なんかこう男の子の、くすぐりますよね、「行かなくちゃ」ってふうに。女の子には、ごめんなさい。それにしてもSSERから出場通知(まあ正式には、公式通知書、参加受理書)を頂く日があるなんて。

さて新旧交代と昨日書いたら、国政も新旧交代がなるかどうか、と実にうるさくTVニュースが伝えていました。どちらでもいいです、本物がいるのなら。国民は自分たちが投票したってことを忘れてるんじゃないかと思いますし(たぶんTVのニュースキャスターは、誰にも投票してないんじゃないでしょうか)一国の代表者を人気投票(みたいなもの)でお選びになるのはいかがなものか、とは思います。「魑魅魍魎が暗躍跋扈する」って書ける?その前に読める?マスコミへの不信は募ります。で、募れば募るほど、さらにマスコミに、というかTVや、新聞に興味がわきます。えーい、新聞社でもつくるかい!


OVバックナンバー

No.0281 – Organisation Voice 2001/04/09

2001年のSSERのイベントのトップを切って、SUPER-Nが開催されました。ご参加いただいた皆さんは、いかがでしたでしょうか。天候にも恵まれ、デイライトの部分も多く、満開の桜、秋のような澄んだ空気に満月がかかり、素晴らしい光景に幾たびも出会いました。月の明かりで見る林道の趣は、格別で様々な思いが脳裏をよぎりました。ルート的には、少しテクニカルすぎたのでしょうか、いろいろとご意見ご感想をお寄せ頂ければと思います。

それにつけても思うのは、マシンのライトの明るくなったこと!驚いてしまいます。これもHIDのおかげでしょうか、そういえば町を行くクルマも最近はHIDが多くなりましたね。こうしていつの間にか新旧交代していくのでしょうか、と思いきやSSERの各イベントは主戦場はオーバー38クラス?新旧交代はまだ先か。いやいや終わってみると、チャンピオンゼッケンをつけた池田選手(35歳)の勝利。 2位には「完璧な走りをした、これで自分より上に誰かがいようとは。」とご本人がかたる田内選手(29歳)とワンツーは高知勢のアンダー38?がゲット。3位に愛媛の森田選手(40歳)4位には24歳の岡本峰選手(高知)と若手の台頭もありますね。若手といえば、秋の GROUPE-Nを制した近澤選手は、 SS- 2でチェーンを切ってリカバリーできず、無念のリタイアとなってしまいましたね。で、若手だとおもって年齢を見たら、29歳。いつの間にか、ジワッとここにも高齢化の波が?押し寄せてきてます。近澤君!次の活躍を期待しております。

チームクラスでは、 M’sトップガンが優勝。高知・愛媛対決は混迷を深めそうな予感。さて、シリーズ戦つぎは梼原。その前に、大TBIとモンゴルがあるんだい。その上新企画イベントも間もなくリリースが出るそうな。新しいシリーズ戦が出来そうな気配濃厚でごわす。 


OVバックナンバー

No.0280 – Organisation Voice 2001/04/06

今日のOVは、きょうの一枚だけで、堪忍。あー忙しい。

で、昨日は僕の、TTR125を紹介したところ問い合わせが殺到!(ウソ)で、まだ完成してないけど、ディティール間でバッチリ見せちゃう。後ろに写ってるアルファはムフフ。でライトは配光がイマイチだけど、イやもっとひどいけど、僕としては、ロービームが好き、なアチェルビスのDDHと、下の丸いのは、HID、ただし菅原さんのカミオンに着いててパリダカ完走済みのものをばらして、配線やらナニやらを工夫して取り付けたもの。初期点灯時の電気量は足りませんが、テールバッグ(今は写ってない)にバッテリーのちっちゃいのを積みます。ソーラーパネルも取り付けて、ちょっとかわったコンセプトで、行っちゃいます。

マップホルダーは、電動にICOまだICOの照明の配線が出来てませんが。 あと、ウインカー、テーリランプ球は、LED化。シートは今回の改造の目玉、ノグチシート製、秀逸です(高いけど)バックミラーは現在、ステアケースに失敗して粉砕。ついでに肘と右手親指も負傷。でももう治りかけ。あとは、スプロケットとチェーンをこうかんして、配線をしたら完成。でも人間は、未完成。プールも何にも行ってないんだ。


OVバックナンバー

No.0279 – Organisation Voice 2001/04/05

さあて、いよいよSUPER-Nだ。僕も明日から現地入り、「北の島」のダイヘンもやって来る。今年のスーパーNはバッチリだ、けど。ゴメンなさい。試乗会にWR250F来れなくなりました。で誠に申し訳ないことにKTMとがGASGASだけの計10台。ほんとにほんとにごめんなさい。でもコースは目の前、お花見弁当つき!です。

さ、それからモンゴルの準備が、遅くなってましたけど本格的に立ち上がりました。大変お待たせ。でも1ドル126円、やってけないぞ!1ドル100円くらいじゃないと。こんなこと書いちゃって怒られないかな?「ただいま、RRM2001スポンサー募集中!」あなたもSSERのスポンサーになって見ませんか?あ、いや全然まじめに言ってるですよ。RRM2001はブロードバンドで、インターネット放送が予定されています。 さて党首討論会ってのをチョットだけ見た。見るまでもなくその野党とかまあ与党でも、あの女優か何かをやってた人とか、みんな言葉を知らなさ過ぎるというか、ひと前でああも人の悪口やらこきおろしやら、よくも言えるものだ。あんなことを言ったりしたりするのは、いけないんだと子供の頃から言われてきたのに。

きょうの一枚
これが届いたばかりの僕のTBI用のタイヤ「ふえーん。」と、特注のアルミリムで武装したのだが、「これにあのタイヤを入れるのね?」あとスプロケットはナニ用が合うのか誰か、教えて。基本的に今回のマシンコンセプトは竜頭蛇尾!または画竜点睛を欠く!または仏作って魂いれず!または、えっ、もういい。


OVバックナンバー

No.0278 – Organisation Voice 2001/04/04

今、スタッフたちは、週末のSUPER-Nのクローズドコース(3つもある!)と試乗会の準備のために、連日山に出かけてます。僕も行きたい!昔はいつも行ってたのにぃ。山は満開の桜、今日は春霞も無く、この季節にしては結構抜けてます。えっ、抜けるってのは業界用語というか、写真用語ですよ。クリアーな、とかってね。

で、今日の一枚も事務所の駐車場の、山桜と背景の青空。とにかく今日は最高のお天気、こんな日にバイク乗ったり、お弁当食べたりって、したいですよねえ。ところで、そろそろ桜の花が散り始めましたね。「ひさかたの ひかりのどけき春の日に、、」とか「花のいろは うつりにけりないたずらに、、」とか「よのなかに たえてさくらのなかりせば、、」というように桜の散り行く様を惜しむ歌は実に多く、西行に至っては「ねがわくば はなのしたにて春死なん、、」と自らの散り行くさまも、その桜にあわせたいと願い、事実そうする事ができたのだが、それほどまでに散り行く桜に心奪われた日本人の心って。不思議です。

奇しくも今朝の朝刊では一斉に「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が検定に合格した。と同時に中韓両国は、強い不満を表して「自国中心主義的な歴史観に立脚しており過去の過ちを美化する内容を含んでおり、深い遺憾の意を表明する。」のだそうである。本当に歴史とは事実なのだろうか、現在ある出来事の報道ですら怪しいのに。美しい日本、青空、山桜。もう僕はどこか山奥に引きこもって暮らしたい。


OVバックナンバー

No.0277 – Organisation Voice 2001/04/03

今日の各紙のトップは当然、米中関係の緊張が高まった。と来るはずなのに「イチロー初打席は2塁打」とか「総裁選23日か24日か」または「景況感が大幅悪化」、て言うところ。平和ボケまさに極まれリって感じじゃないですか、といいつつも各紙にはかなり差があり、その温度差たるや違う視座からは興味深い。

ところで台中米日の相関関係は一層混迷を深めてきた。奇しくもボクは、このOVのいつかの記述に「21世紀初頭は中国の経済成長が、日本も含めた東アジアの緊張を高める。それは経済衝突から、さらには軍事的な衝突にまで発展する。」と予言?(みんな言ってるか)してるんであるが。米は台湾にイージス艦を売ろうとしてたし(まあ米は主要産業が武器輸出みたいなもんだ)、中国はこれを断固反対してるは、そのうえダライラマが訪台して、チベットと台湾が手を結ぼうとしてると思ってる。先のコソボでは中国領事館が米機に誤爆されてるしで、「いつかは、この借りは返してやる!」って中国国民は思ってる。今の中国も一党独裁といえども、世論をある程度以上意識しない訳には行かないし、経済発展中の国民には、変な自信があって、それは恐ろしい。尖閣諸島の領有権を巡る、ラジカルでヒステリックな抗議行動も記憶に新しい(まあこれは香港だけど)。

とにかく経済発展中のナショナリズムは、こわい、こわい。ちょうどバブル時期の大阪の地上げ屋さんみたいなもんだ。向かうとこ敵なしの気分である。(なんせ金がある!ような気がしてる、オラオラオラって気分だと思う)在日米軍基地のこともあるし、それに対中のセーフガードでも発動しようものなら、日中関係もこの際危なくなる。どだい国際戦略的には、日本と米はひとつだ。いよいよ南東シナ海、波高しって感じになってきちゃう。

なぜ僕が、東アジアの平和と安定について、かねがね心配してるかというのは、単にモンゴルでラリーをするのしないのという話ではない。たとえばヨーロッパを日本から持っていったクルマで走ると、国境でイミグレーションを探すのさえ難しくなってってるのに、日本に帰ってきたら、カルネに通過各国のスタンプがない!って怒られちゃうは、しまいには、そのクルマは入国させないとかって言う話になってしまう。世界の実情を知らないんだ。中国もきっと、そうだと思う。情報やコミニュケーションが瞬時に、しかも自由に国境を越えて伝わる時代になっているのにである。世界がもつと自由に、リラックスしたものにならないだろうか。願いはそれだけ。そしてそれにしてもこの円安!助けてーーー!(やっぱり金か?)

きょうの1枚
かつてTBIは雨なんて降らなくても「濡れる」という不愉快な出来事には事欠かなかった。朝の川くだりのSSでは川から出てきたのが夕方の5時なんて、こともあって、あんな時代のTBIなら今の僕には完走できそうも無いと思う。だって、日曜日にちょこっと走ったら、全身筋肉痛ですもの。


OVバックナンバー

No.0276 – Organisation Voice 2001/04/02

新年度の最初の月曜日、あちこちで入社式だ入行式だ、入庁式だとかまびすしい。地元の県の新入職員(あれ、入社式は新入社員、入行式は新入行員、でも入庁式は新入庁員とは言わない。)の数をニュースで聞いて「ほーっ」すごいのであるよ。きっと皆さんの地域でも、存外な数の公務員が誕生しています。どんどん増えて、最後には日本中が公務員になってしまうのはどうだろうか。それじゃあ社会主義だって、そうじゃん今の日本。

とま、そんな話ばっかしてるとオカシインジャナイカ!というお叱りも出てきそうなので、政治や経済などというふざけた話題は止めよう。そんで、今日は窒素のお話。今年のTBIの車検会場には日石三菱が新開発した、タイヤ窒素ガス充填機がデビューする。そして参加者の皆さんに、無償で充填サービスをしてくれちゃうのである。

窒素ガスにはどんなマージンがあるのかといえば、内圧の維持が、通常の空気の3倍以上と長持ちっ。そして通常の空気のように水分を含んでいないため、タイヤ温度上昇によるガス圧変化がない!これが素晴らしい。などというメリットがたくさん。海外ラリーでは、是非とも使いたいものですねえ、4輪だけど。とにかく、朝の設定空気圧なんてのは、お昼頃には全く別物になっていて、車から降りて調整してる暇がないんですものね。で、どうもその日石三菱さんの開発した奴ってのは、ここだけの話なんですがボンベじゃないらしいんです。どうも空気中の窒素を取り出して充填するらしいんですね、と聞くとひとつ欲しい人?!って感じでしょう、でもこの情報、間違ってたらゴメン。

きょうの一枚
ブルーアイランドといえば雨、というような嬉しくないイメージが広がってます。でも主催者的にはお天気に越したことはないのですが、雨を望んでいます。行楽客ががくっと減って、というか居なくなって、なんてことではだめ?でも過去12年間の7日間計84日間で雨の降った日は何日でしょうか?案外少なかったりして。


OVバックナンバー

No.0275 – Organisation Voice 2001/03/30

きょうの一枚
1992年のTBIのグランドスタートはなんと、テイジンの砂山の上からまっさかさまに降りるという悪趣味?なものでした。このテイジンも最後の今年は、使えなくなりました。当初は、松山空港埋め立て用の、砂と土で美しかったのですが、近年は、空港トンネルの削岩されたガラばかりで、だんだん評判が悪くなっていました。今年は全くの何もない状態で、ただ湿原のようなものになってます。ことしはビッグバイクが多いので、難所が少ないとか?

と、冒頭にも書きましたがビッグバイクの台頭著しいものがある昨今です。アフリカツイン勢とGS勢、さらに第3勢力なるカジバなどのビッグ勢。なにやら勝手に自分たちの戦いの構図を作ってるところがありませんか。まあそれは良いとして、どうしてこうしたムーブメントが起きたのかを検証したいものです。主人公は僕です。確かに昔から一部の、ビッグオフ乗りは存在しました。ただ、少数派で行きつけのバイク屋でも珍しく、場合によっては変人扱いされて、だんだんその生息場所を奪われていたのです。高知の海岸線を走ってると、XT500にすれ違ってどちらも振り返りながらお互いの姿を求めてるさまは、まさに絶滅危惧種のそれに通ずるところ。でした(昔話だからね)。たまに若いエンデューロライダーたちと山に行くと(アプローチでは、まさに肩で風切って走っていくんですが)次の瞬間「またですかー?」って自分より下手だと思ってる奴らに、助けてもらわなきゃあいかん。軽いバイクに乗ってる奴らは「どこでも行けるもんだからエラそーにしやがって」って気分。それを見透かしたかのように「もう年だし小さいのにしたらどうなんですか」なんて言いやがる。そんなオジサンとしては、どーしても仲間が欲しい。

で昨今のインターネットブーム。フムフム、と日刊アフ○○・ツ○ンとか、まあそういう大きなバイクのサイトがあるじゃないですか。というふうに、ムーブメントが起きていったのよ、というのは、タケチャン、ゴメン。正しくないです。あっ、でもチョット正しいか。GSに関しては、マツモトミチハルと僕は共同正犯です。

でもTBIなどで年々増えて行くビッグバイク乗りは、そのテイストなどを含め、トテモ大好きである。
でも、TT125って、僕の体重と同じなんですよ、78kg。えっ、人間が重すぎる?

 


OVバックナンバー

 

No.0274 – Organisation Voice 2001/03/29

1998年のモンゴル、ホブドという西の果てにある町に着くSSをフイニッシュした長谷見選手は、テレビカメラに向かって「いやあ、モンゴルには世界の道があるねえ。」と感嘆した。そうだ、さすがは長谷見選手!その通りです。世界の道なんて、その多くが穴ぼこだらけの、雨が降ると水溜りだらけの、そのくせその水溜りときたら空の青を映していて、まるでブルーのインクを流したみたいで、それは美しかったりするのです。 一方、舗装路なんて、僕たちが子供のころには町の中に少しあっただけで、ほとんどが土の道だった。未舗装路なんて言うのは、舗装されていることがスタンダードだからそういうんだ。「まだ舗装されていない、だけど間もなく舗装するからね」という意味だ。非舗装路(舗装することはない道、してはならない道なんてのはないんでしょうか。)

そんな子供時代の、夏の暑い日は、決まって埃っぽくて、夕方になれば、どの家も打ち水をして涼をとりつつ、埃を抑えたものです。土手の上を走って家路に向かう、お父さん達の自転車やバイクの巻き上げる埃が、まあ風物詩のようなものだったし、誇りまみれになって帰ってくるお父さんたちには、ビールを飲む権利みたいなものが備わっていた。僕の子供時代の体験といえば、そんなことだったから、試走隊で暑いモンゴルの道を走るたびに「そうだ、世界の道のスタンダードなんて、こんなもんさ。」と思いながら、ウォッシュボードに辟易としながら、激しいデジャヴュに襲われたりします。「ああ、この道は、子供の頃に走ったことがある。」とかね。間違ってたらごめんなさい。

ひょっとしたら、いまや舗装されてる道しか走ったことがない、なんて言うのは、日本人くらいじゃないかしら。家のすぐ脇に、未舗装路、あっ非舗装路がないなんてね。そんな彼ら(ゴメン、僕ら)日本人の中には、舗装されつくした道の上で、大渋滞に巻き込まれながらも、海外の自然保護運動をラジカルに考えたりしてる人も大勢いるんですね。ラリーレイドモンゴルも初期には、そうした激しい批判を浴びました。「草原の中を走って、タイヤの跡をつけるなんて、けしからん。断固反対する!」という電話、投書、果ては朝日新聞への投書は記事になり、そうなると一方的に、彼らの意図を反映して、悔しい出来事が連鎖する訳です。スポンサーの担当者も困り果てましたねえ。「やっぱり、ムヅカシイですねえ。」

話は変わりますが、最近のことバイクで土手を走っていて、思わず土手を駆け下りました、ふりかえって見ると、土手の雑草の中に、1本の轍がついた。「しまった」と思ったものの、さてこの土手の存在そのものは美しいのだろうか、道路も土手も、人間の都合による環境破壊の一種ではないのか。「もうこんなことばかり考えるのは止めよう。」

ところで、日本の治水に関する考え方は、雨水を出来るだけ早く海に返すことにあるそうですね。だから、今まで川をコンクリートで固めることを、せっせとやって来たんだそうです。道路の考え方と同じですね。若しくは諫早湾干拓事業と構造的に似てる。その分、ナニが正しくて、ナニが間違ってるのか、分かりにくい。ナショナルジオグラフィック4月号の「地球の環境」の特集は「水資源」。こう書いてある。「海から蒸発して地上に降り注ぎ、川へ流れ込んで再び海に戻る水は、無尽蔵の資源であるかに思える。だが、地球上の水のうち、淡水の占める比率はわずか2.5%。しかもそのほとんどは、極地で氷や雪になっている。こうした地球の淡水のうち、私たちが利用できるのはわずか0.6%にすぎない。」早く海に返すのは良くないみたいよ。じゃあダムは?ってことになってさらに分かりにくい。要は、あのニックキスギ花粉じゃなかった、杉の木だらけの山がいかんのじゃ


OVバックナンバー

No.0273 – Organisation Voice 2001/03/28

本日はSSERが大変お世話になった前久万町長の、葬儀に出かけた。夏のSSERが久万町で開催できるように、ご尽力を賜り大変感謝をしている。一昨年6期24年の任期を満了された。一昨年私たちも同町から感謝状を頂いた。その町長が僕に、感謝状を渡しながら一言こういわれた「長いあいだ、ありがとう。」と、その言葉を今日お返しして参りました。 今年この町に迎えられて17年目の大会は、11月です。前町長のご冥福をお祈り申し上げます。   合掌 まさに弔問外交とはこのことでしょうか、警察署、各町村へも挨拶が出来ました。どこも概ね懐深く受け入れていただけます。あとは、走る皆さんのマナーと、後チョットだけ、私たちの努力です。これからも、愉快で楽しいオフロードライディングの世界を作り上げていきます。どうか、参加者として、時には運営側のオフィシャルスタッフとして、変わらぬご協力をお願いします。

きょうの一枚はここんところ続いてないですが、「彼方へ」本日UPしました。衝撃的な写真が公開されちゃう。


OVバックナンバー

No.0272 – Organisation Voice 2001/03/27

春もたけなわ、となってきました。松山城の桜も咲き始めて、ステキな季節の到来です。事務所の山桜も開花。昨年、この花の写真を撮って紹介したのが、ついこのあいだのように思います。なのにもう 1年です。巡る月日のなんと早いことか。 このコラムを書くようになってからだと、もう1年5ヶ月にもなり、よくも続くものだ、と人からも言われ自分でもそう思います。そのうえに「彼方へ」だの、本業のひとつのコピーライティングも含めると、なにかいつもキーボードに向かっています。行動派?を自認する自分としては、いかがなものか?という気がしなくもありません。それに毎日、書くことが苦痛な時もあるかと思えば、朝から時間さえあれば、バンバン書ける時、と様々です。スランプとかそういうんじゃなくて、こういう自身の状況はとても興味深いことだと思っています。つまりは、毎日をまさに生き生きと生きて、あーでもないこーでもない、今度はこんなことをしようか、それともあんなことしようか、と考えてなければ「まさに書くことは苦痛!」となってしまうんです。そこに必要なものは「変化」だと気づかされます。日記のようなものだったら、もう少し簡単だったでしょうにね。

最近「チーズはどこへ消えた」でしたっけ、ベストセラーがあってまさに「変化」と「対応」の理論が書いてありますね。しかし、若干の反論も試みたいとおもいます。もう何年も前、そう 10年も前でしょうか、ピーター・タスカの著名なタスカ・レポートでは、「変化はいつも突然であり、不安定である。予測できる変化はない。」と、まさにその通りだとも思います。そして一言、「世の中で変化しないものは一つしかない。それは変化しないものは無いという、定理だけだ。」とまで彼に言わせてしまいます。「うーー」諸行無常だ。これにも若干の反論はあるでしょう、しかし、やさしき英国人の彼は、そうして極端な言い回しを使っても、我々日本人に警鐘を発し続けていたのです。つまり「チーズは・・・」に中に出てくる「チーズの匂いの変化に・・」という部分は、タスカに言わせれば一蹴ものです。「甘い」と。まるで危機管理のお話と同じで、管理できる危機は危機ではない、みたいなお話になりそうなのでこのくらいにしますね。

最後に、故事をもちだしてみますと「窮すれば変ず、変ずれば通ず。」ということでしょうか。そういうことは、もう古くから繰り返されてることなのでしょう。行き詰まると、変えなければならない、変えなければ生き残れない。つまり変えれば、まだ道はある、ということでしょうか。でも諸行無常。日産も「変わらなきゃ」っていってたイチローも変わったけど、会社もホントに変わっちゃったぞ。


OVバックナンバー

No.0271 – Organisation Voice 2001/03/26

先の地震には、たくさんのお見舞いのメールや、お電話を頂きました。大変ありがとうございました。心から御礼申し上げます。私ども社員や、その家族、関係先には、これといった被害も無く、無事に通常業務に戻っていることをご報告申し上げます。とはいえ余震が続いているので、チョット心配。事務所に置いてあるバイクの中ではK1200LTが転倒。GS達は無転倒、と思いきやBMWの仙波君から今朝 TEL「下ろしたての1150GSが倒れた!」と、まあGSはいいじゃないですか。倒してナンボのバイクだから。(ソンナコトイウノハ、マツモトミチハルだけかと思っていた?)

そんな僕は、地震の直後に、事務所の中に止めてあった幾つかのバイクの中から、やっぱこれかねえ、とF650GS-DAKARを引っ張り出して、大渋滞の市内を走ってきました、路面電車は放置され全ての公共交通機関はストップ、瓦礫こそ無いんですが、救急車と消防車が走り回っていました。人はたくさん居るんだけど、まるで失われた町であるかのような不思議な時空を感じました。で、 F650GS-DAKARのなんとかったるいことか、と愕然としたことも告白します。なぜだろう、きっと2日前に河原のステアケースで失敗して、右手の親指の付け根を思いっきり痛めたせいだ。でも分厚くなって2000円もする、超初心者向けの Q& A特集号になって「しまった、よく見てから買うんだった。」と 一生懸命にバックナンバ-まで揃えたBMW-BIKESを見てて、醒めていく自分がそこにあった。それに、地震の後のF-650GSのザラッとした乗り味が妙にシンクロして「何か自分の趣味に、身内のような気持ちで居たものに、ケチをつけられたような、でも実は俺もひょっとしたらそうなのかなって思ってたというような。」みたいな気分がしたことを正直に告白しておきたい。誤解を恐れずにさらに書くが、あまりにも賛辞ばかり述べてるのは、もうおかしすぎる。BMWに乗ってる者が言うのだから間違いはない。広告よりも記事の方が広告っぽい(まあそれが業界のスタンダードなんだけどね。)。で、翻って自らの身も正そう。と思った地震の直後でした。

自分の信じるもの、確信にも似た手法。しかしそれが全てに正しいかどうか、それを疑う力、のようなもの。前にも書いたメディアリテラシーのようなもの。たとえば、BMWがC-1の輸入を日本の当局が、ノーヘルを認めないから輸入に踏み切れない、とのコメント。をしてる。僕もそうだとは思う、が「どうして、とりあえずヘルメットは必要ですが、やがては先進国に倣ってノーヘルでも乗れるように当局と交渉を継続します。」って言って、大型免許のない人にも、またはシティコミューターとして優れたC-1を、というよりBMWのモーターサイクルを、より大勢の人に乗ってもらうべく輸入するというのはだめなのかしら。じゃ C-1のが優れてるのは、ノーヘルで乗れるという点だけなの?こんなことばっかり書いてゴメンナサイ。愛するが故のアンビバレントな僕。


OVバックナンバー

No.0270 – Organisation Voice 2001/03/24

僕の席に最も近いのは、タケチャン。昨日は僕の変わりにOVを書くように!といったものだから「油汗を流しながら」といいつつ、じゃかじゃか打つではないですか。それに今朝来たら、TSさんにたくさん?のメールが届いてる。「単独でコーナーをつくれ」などの声もあって、若手の台頭に役を奪われた喜劇俳優か、マウンドを追われる老投手の気分!ってのはウソ。

さて、もう10年近く前のことです。住友林業という会社から、住友の山にフォレスターハウスという森林体験館を建てるので、内装とディスプレイ(住友の森の歴史などの)とホールに飾る大型のオブジェの制作を受注しました。そのときには、たまたま遊びにきていた、若き池町君にも手伝ってもらったのを覚えていますが、興味が無かったようで、最後までは手伝ってくれませんでした。巨大な木のオブジェが、うちのラリーカー制作工場を木工場と化して、完成しました。そしてその搬送と設置の大変だったこと。そこの関係者の方と昨日、話をしてて確信したことがあるんです。山の木を切ってる人は、環境保護の面では、どちらかというとイメージ的に悪い方の部類の人だと思うでしょ。でも、木を植えるのも彼らだし、木や山を愛していて、何よりも大切だと思ってるのも彼らなのです。木は生育中には大量の二酸化炭素を吸収して、体内に固着させます。だから、木造住宅は天然のタンクでもあるわけです。これは、燃やさなければ永遠に封じ込めたままなのです。老木になってくると、二酸化炭素の吸収量は少なくなってきます。そこではじめて、木を切り若木を育てていく、というのが彼らの古くからの手法なのです。ということは、僕たちも彼らと同じく、好きだから大切に出来るはずです。それは僕たちの走るフィールドですね。

実はタケチャン、彼はSSERの故郷、久万町の出身です。小学生の頃、深夜まで参加するライダーに手を振っていたのは彼なのです。そんな少年がパソコン少年になり、オフロードバイクに乗り、いまSSERで毎日のように全国のライダーに向けてメッセージを送る。なんか住友の森を思い出しました。歴史とその循環のようなものを。もう1人久万町出身の者がいます。ヤマチャンといいます。彼に初めてあったのは、もう30年も前のことのようです。僕の記憶はあやふやなんですが、僕がバイクに乗って、今のふるさと村の近くから、久万町内に向かうとと御堂トンネルというのがありますね、ある土曜日に畑野川(今のふるさと村方面)からそこへ通りかかると、開通式をやってた。小学校の鼓笛隊の後を黒塗りのクルマが入っていき、その後ろが僕のバイク。小学生達は、トンネルのなかで、完全にパニック、おかしいほどにメチャクチャな演奏を続けていた。泣き出すんじゃないかなあ、ッテ思った。その鼓笛隊の中に彼はいたというじゃありませんか。「ヘー」でしょ。それに彼も学生時代、帰省中によくSSERを目撃していたという。今も、イベント毎に駆けつけてくれます。いつも到着受付にいて、「免許書と自賠責保険、車検書または登録書!」ってやってくれてるのが彼です。久万町、梼原町その他多くの町村に理解され、そして応援して頂いて、続いているんですね。SSER、17歳になります。

きょうの1枚
「彼方へ」用の写真を整理していたら、パリルカップを走ったBMW-GSの写真が出てきた。これはゴールのケープタウンの市庁舎前のパルクフェルメ。このバイクのライダーはなんと、ユタ・クラインシュミット、そう今年のパリダカのチャンピオン。今と違って、このパリ・ルカップなんてほんとのサバイバルレースだったのに、ちゃんとノーマルのGSで完走してるでしょ。やっぱ、ただもんじゃないですね、彼女。


OVバックナンバー

No.0269 – Organisation Voice 2001/03/23

皆さんコンニチハ!。デキニチが始まって1年と数ヶ月、初めて登場する私はTSと申します。デキニチスタート時から主にデキニチの編集を担当していまして、実際のレースの場面でノートPCを持ってウロウロしている奴、そう、それが私でございますです。ハイ。 多忙を極める山田に代わって急遽書くことになりましたがいやはやまったく、キーボードを目の前に緊張してしまいますね。これを毎日山田は続けていると思うと、「ヨクマイニチツヅクモンダ」と感心せざるにはいられません。日々いかに人を喜ばせるか楽しませるかアイデアが泉のように沸き立つ方なのでさすがなせる技という所でしょうか。せっかくなのでデキニチ編集のウラ話を少しさせてもらうと、基本的にOVの原稿は山田が毎日パソコンの画面とにらめっこしながら打ち込んでメールで送信してもらい、そのまま更新しております。出張でPCが持っていけないときは手書きでFAXで送ってもらったりもしてますね。昨年のモンゴルでの試走の時に毎日レポートを掲載しましたが、あの時はインマルサット(衛星電話)経由でFAXで送信というソ連のスパイも真っ青(それはない)な手段で送ってもらったりなんてのもありましたね。で、これがまた電波の加減でとたんに届かなくなるんですよ。5cmぐらい受信しては切断の繰り返しで最後まで受信するのに深夜までかかりました。ノイズまみれで届く途切れ途切れの原稿はメールで一瞬に届く感じとはまた違った距離感というか鮮度があって掲載するほうも面白かったですね。と書きましたがその年(2000年)頃からなんと64kbpsの通信速度がインマルサットからでも可能になり(日本でいうとISDNの速度ですね)

同年のラリー本番では日本でレンタルされ始めたばかりの64kbpsインマルサット端末を抱えて行きました。空が見える所ならISDNと同等な通信速度が確保できるというのは新鮮でしたね。大草原の中にあるビバーク地で日本からの応援メッセージも毎日快適にチェックでき、その熱い声援はエントラントのみならずオフィシャルも勇気づけられたことは間違いありません。こちらで撮影した写真も当日中にご覧いただけましたので、皆様も時間差無くラリーの様子をお楽しみ頂けたのではないかと思います。インターネットは新しい体験を人間にもたらしてくれるのではないでしょうか。 インターネットで思い出しましたが、昨日山田がインターネット放送!とセンセーショナルに書いていましたが(僕もびっくりしましたが)、フフフ始まりますよ。そうですね放送局名はSSER CP-Xとでもしましょうか。なぞのSS、チェックポイントがインターネット上に開設されます。開局記念番組は「徹の部屋」(徹子の部屋ではないですよ)とでもしましょうか。毎日毎日あっと驚くゲストが登場で。。。え?このSSのオープン時刻はいつなんだって? でもサーバーが。。 きょうの1枚 これがモンゴルでの更新風景です。パソコンの向こう側に見える新聞紙を広げた感じの板がインマルサットのアンテナです。このインマルサットの説明書を見ると「電波が強いので半径1.8m以内には近づかないで下さい」とのそれは恐ろしい注意書きが。まあ近付いてもなんとも無かったんですが。これからもデキニチを応援よろしくおねがいします。


OVバックナンバー

No.0268 – Organisation Voice 2001/03/21

今年のスーパーNは、はっきり言ってスゴイ!です。面白いです。スーパーSSが3つ。誰も知らない秘密のダートが1本、出口はシングルトラック。昨日は、それを全てトレースしたら、もうヘトヘトで、口も聞けないくらい疲れた。こんなんでTBIは大丈夫なんだろうか。プールで作った体力は、いったいどこへ行ったんだろうか。それとも、あの恐るべき花粉が、体力を奪い取るのだろうか。

さて、SSERでは、夏の祭典の裏祭典。8耐を企画中。チョット意外?でも SSER流の少しソフィスティケイトされたものになるでしょう。年3戦くらいやろうぜ。担当はアンチャン。で、これからのSSERのイベントは、インターネット放送、ブロードバンドで、放映する方向で検討中。早ければTBI?こちらは、VTRも制作予定。RRM、SSER(Y2E)とSSER全戦、SSER 8耐シリーズ、などなどが放送されることになるだろう。時代の変化はすごいね。でもサーバが。 きょうの一枚 ほら、ホントに走ってるでしょ、スーパーNのコース。花粉との闘い。でもって、いつもとは全く違うエリアで、新鮮な気分、今年のスーパーNは全然あたらしいよ。


OVバックナンバー

No.0267 – Organisation Voice 2001/03/19

高速道路で松山に向かうと、西条ICからは片道1車線に変わる。最近は松山までの全線4車線化工事も進み、快適度合いも格段に高まった。ところが、途中には目も眩むような高架橋があって、乗用車で走ってる分には平気なのだが、カミオンの助手席にでも乗って居ようものなら、気持ち悪いことおびただしい。その谷は、この近くに松山などのような都市が存在するのだろうかというほど、野性味にあふれている。熱帯雨林の中を流れる川のようにも見える。そして、高速道路のその橋は、そのままトンネルに吸い込まれていく。

するとトンネルの中は、高温で多湿。フロントガラスは一瞬で曇ってしまい、視界はゼロになる。多くのドライバーは、あまりガラスの外側が曇ることに慣れてはいなくて、ワイパーを動かせばすぐに解決をするものを、パニックに陥ってしまう。かく言う私も、初めてそれを経験したときには、外側の曇りだとは考えにくくて「ヒヤリ」とした覚えがある。そして、その危険性について、SA、PAのWCに張り紙が「急激なフロントガラスの曇りには、あわてないでワイパーを」と、貼ってある。そんなもので大丈夫だろうか。と思っていたら、一昨夜、オートバイの死亡事故が起きた。病院に運ばれるまでは意識があって、「急にシールドが曇って、視界がなくなった。」と救急隊員に話していたと言う。パニック時の行動、または思考には個人差が、当然ある。「ヒヤリ」とした経験ですむ人と、そのまま事故につながる人は必ず両者とも存在する。または、その時の精神状態、疲労度など様々な要因が絡みつく。今回のような事故は充分予見できたはずで、事故の危険回避に公団側などは、例えば高速道路を走るバイクの装備のことなどには、あまり考えられていたとは思えない。クルマにはワイパーを慌てずに動かせ、と勧告しているのに、バイクには?

最近、国道には情報BOX工事といって、走行車線の真ん中が約50cmほど切られてケーブルを埋めて、新しいアスファルトを掛けているが、かなり質が違い、段差がはっきり残っている。4輪はまたいで走れるからいいのだが、バイクには走行レーンである。オフロードバイクには大して問題のないものだが、ロードバイクで出かけるとたまらない。はっきり言って危険である。きらって左を走ると、路側に危険な障害物も多く、右側を走ると対向車の危機にさらされる。つまり、バイクの交通上における、立場など考えていないと疑わざるをえない。どうして路側などを使わないのか、また情報 BOXで表示する程度の情報量なら、既存の電話線で充分ではないのか。それぞれの立場で省庁毎に、通信インフラを持ちたいと言う気持ちは分かるが、 2重投資になってないのか、それが、道路交通上の危険まで平気で脅かしているんじゃないか。などと思うので、今度、国土交通省に聞いてみようと思う昨今である。


OVバックナンバー

No.0266 – Organisation Voice 2001/03/16

僕の友人が、この数日前、砥部の山里に蕎麦屋を出した。マニアックな僕に内外装の依頼があれば、すさ入りの土壁に、三和土の土間、古材に、露天風呂?にしたのに。半年くらい前、僕の事務所を訪れた友人に、見栄を張って「忙しい」なんて言ったもんだから。でも、梼原在住の版画家、山茶屋さん(雅号です)に、僕の事務所にあるのと同じような、砥部の里をモチーフにした作品を作って頂いて、掛けてある。 今日は高知から友人の、名工 MASAさんがやって来たので、二人で「蕎麦食いに行こう!」と日暮れ前に出かけて、行ってみると準備中。中を覗いて、支度中の店主を引っ張り出して、今度は 3人連れになって、その近所の蔵元へ行ったのである。そこで利き酒大会!いろいろな酒粕の試食大会。あげく、クリームチーズのような大吟醸の酒粕を、お蕎麦屋さんに持って帰って、蕎麦の実をつけて、あぶって食べてみる、とこれが新しい。といっては、お酒を飲んで「砥部はいいところだあ」と休日気分。

事務所に帰って、あわててこの OVを書いているんだが、「今日の一枚は、砥部の蕎麦屋にかかる版画にする。」と言ってデジカメを持って行ったまでは良かったんだけど、撮るのを忘れてしまいました。今日は、実も心も休日というところ。 「彼方へ」も続々UP中、すでに第5話。写真にも、キャプションが付いて、面白くなりました、と一人で思っているのですが、皆さん感想と、お励ましのお便りをお待ちしております。


OVバックナンバー

No.0265 – Organisation Voice 2001/03/15

昨日はこのOVで、檄をとばした。オフィシャルスタッフに対してであるが、もちろん競技参加者の多くもこのOVを見てる訳だから、ある意味、公私混同というか、でも参加者の皆さんにも、分かって欲しいという気持ちも強かった訳で、まあ、あのような文書になったんである。毎日、こうしてこのようなヴォイスを漏らすということは、取りも直さず僕の精神状態を、つまびらかにするものなんじゃないかと思うにつけ、読者の中に、精神分析医のいないことを願う。いや、そういう人がいて、なにかとカウンセリングして貰えるのも悪くないかなあ。

実はスーパーNなんですが、長崎であるイベントとバッティングしているということを知りました。申し訳ありません、もっと事前に良く調べておけば参加者にも、九州の主催団体の皆様にも、ご迷惑掛けることなかったのに。この誌面上で、お詫びいたします。このようなちょっとしたミスは、良くないことです。西日本エリアだけでも、調整機能があれば良いですのにね。また我々SSERも、日程を毎年FIXすればいいものをと、思います。

TBIだけは13年間、全く同一の日程だったんですが、夏のSSERたるや、さまよえる湖の如し、ですもんね。でもそれにしてもスゴイというのは、僕の運の強さ。今年で17年になるSSER2DAYS(Y2E)も12年目になるGROUP-Nも、台風シーズン(まあNは違うか)それにしても「去年と同じ日程なら、とんでもないことでしたねえ、日本中の屋外イベントは、軒並み中止でしたもの。」とか、「日程が1日ずれてたら、だめだったねえ。」ひどい時はそれでも、「降り始めからの雨量が○○mmを超えたので、すべてのSSをクローズするぞ。」と通達を出した時点で、最後の数台が最後のSSの入り口にいたらしくて、あとでプロテストを受ける羽目になったんだが、なんと5分後にがけ崩れ、あわや大惨事!何も知らないエントラントは「自分たちは、まだ走れたのにオフィシャルに走行を止められた。」と抗議。でも朝の4時半のことですよ。 「どのような基準で、競技の続行や中止を決めるんだ?」という、お叱りにも似た抗議。そのガケ崩れの事例からも分かるとおり、可能なギリギリの線まででやっているのですが、本当は、もう少し安全のマージンを取るべきなんでしょうね。「あの後すぐに、林道内のガケが崩落して、全く通行不能になった。あわやのところで、危険が回避できた。判断基準は、役場に設置されてる雨量計のデータで、降り始めからの総雨量で決めている。」とこたえると、ポツリと彼、「さすが、SSER」あー、自分で書くと恥ずかしいから今日はこのくらい。

きょうの1枚
スーパーNのステッカーキットの校正が手許に届いていたので、今日の一枚はコチラ。今年のNのテーマカラーは、なんと真っ赤ッカ!フランスでは赤は、勇者の色であり、男の子の色なんですね。逆に青は、女の子の色。子供の頃、赤いセーターを着ていると「それは女の子みたいじゃない」とよくいわれた、フランスの話を聞いて「ホラッ」ッテ思ったもんすよ。で白は何かというと「公平、平等」を表す色なんですね。それがトリコロールカラー、ラ・マルセイエーズが聞こえそうでしょ。ある人が、とある誌上でティェリー・サビーネがこよなく愛した色の、オフィシャルスーツって書いたけど、少しだけ違う。ジャッジメントを要求されるオフィシャルの色なんです。公正、公平であること、です。


OVバックナンバー

No.0264 – Organisation Voice 2001/03/14

檄。

本日のOVは、SSERの精神と、オフィシャルの概念について記す。いままで SSERとは厳しいレギュレーション、うるさい車検。冷徹なレギュレーションの運用。というイメージがある。一部は、故永山竜叶君が情報として、書き連ねたものがそうなったかもしれない。しかし、当たり前のことが「まあいいじゃん。」とやってきた、多くののライダー達、その実、社会はそれほど甘くなく。いつまでもモラトリアムを気取ってられるほどの、おおらかさなど持ち合わせてはいない。たとえば法に問題点があるのだとすれば、国には「おかしぞ」と問題提起することのできるシステムは整っている。それをせずに、批判ばかりして、場合によっては、平気で無視したりするのは、勇気のある行動とは言いがたい。勇気ある行動。それこそがSSERオフィシャル・スタッフの行動の基準である。

たとえばSSERのオフィシャルは、誰がなんと言おうとも、動じることなく単身、夜のゴビ砂漠をわたり、サバイバルにも長け、危険を最大限探知し、回避する。それは自らの為のみでなく、挑戦する参加者のためであり、他のオフィシャルの任務遂行のためである。それは厳格で、やさしさに満ち溢れた男の中の男たちである。こんなことを平気でやれる奴や、同様のモチベーションを備えたチームを、私は知らない。軍や自衛隊などと言うものは、充分な装備、電子デバイス、システムに保障されたもので、平時下にあっては、真の冒険性や、探険性というものは持ち合わせてはいない。ゆえに、われわれオフィシャルは、参加者にも相当のことを要求する。確実にそれをクリアして来る者のために、それをしない者に妥協することはない。たとえば、レギュレーションとは、日本の法律などはまったく別のもので、レギュレーションが求めるものは法律で求めるものより厳しい。なぜか、法律とは、広く一般に適用されるものであり、我々のそれは危険であるとか、困難であるとかに対応する、もう一段階以上、絞り込まれた者を対象にしているのである。こういうことを正しく認識して欲しい。「道交法で良いのに、なぜ SSERではだめなんだ?」という意見を年間にどのくらい聞くようになったろうか。違法でなければ良い、というのはこのイベントに参加する以上、間違いである。それは先に述べた。

さて、私個人は今回TBIに参加すると宣言して久しい。もちろん多くのオフィシャルスタッフも、参加者として名を連ねている。そしていま、この段階になって、実はは参加をためらっている。いままで12年間続けた、このイベントに身をおいて、あたらしい次の何かを考えてみたいという、ある意味では姑息な了見での参加ともいえる。しかし、ここに改めて宣言する。どのような困難な事態になろうとも、この大会の最高責任者は、私であること。全ての、オフィシャルスタッフと、わたしはひとつであること。最も困難なことに誰もが進んで、挑戦することを信じている。SSERの精神。それはいかなるときも、公正で、公平である、ということ。その行動はあくまで、平然と勇敢であるということ。だれでもが、一朝一夕でオフィシャルスタッフになれるというものではない。

きょうの1枚
故永山君が収めた、10年前のTBIノオフイシャルスタッフの集合写真。TBIのオペレーション中に、こういった全員の写真を撮る、というのは非常に難しくて、「やっと実現した」と大喜びしてた彼の姿が今でも忘れられない。参加者もこの当時の顔ぶれが揃う、オフイシャルも揃わないものか、と真に願う。僕たちの13年間のために。


OVバックナンバー

No.0263 – Organisation Voice 2001/03/13

マスコミはすごくズルイと思う。今回の「森降ろし」を思いっきり進めたのは誰の目にも彼らマスコミである。あのしぶとい総理のこと、本人は「辞める」といってないのに、「正式に辞意表明!」と見出しが躍るものだから、彼は辞めるにあたって、なんて言ったんだろうか、と一部始終新聞を読んでも何にも書いてない。しかも「こんな時に、こんな時に」って人には言いながらも、この月曜日は全ての新聞が同時にお休み。交代で休むならともかく「もう人の悪口ばかり言うのは止めたらどうかね!」と僕は思う。そして今度は「辞意を表明してるのに、日米首脳会談や、日ロ首脳会談をするのは、相手に失礼だ、どうするんだ。」「無責任だ。」とののしる。で、こんどは森さんが「辞めるといってないのに。」といえば、総裁選の前倒しは、事実上の辞任だ。」と言いつつ「また総裁選に出馬する」とは絶対に言わせないぞ、といわんばかりの圧力をかけてるように見える。

でその事実上って何だ。じゃあ、この前、某テレビで「現状の日本は事実上の倒産状態にある。」っていってたけど、事実上ってのは彼らマスコミにとって、どういう状態なんだろう。「事実上は死んでるけど、生きてる。事実上はホントだけどウソ!」みたいなものか。さっぱり分からない。ことばかり繰り広げてたら、さらにマスコミも誰も見向きもしなくなっちゃう。人の道は大丈夫か。 経済が悪いのも、政治が悪いのも、ひょっとしたら、その伝え手こそが悪いんじゃないかと思うよ。人は情報に左右されやすい。だから株の世界でも「風説の流布」みたいな犯罪があるんだろ。欧米ではメディアリテラシーって教育が盛んになりつつある。まず報道を疑ってみる、という教育だ。報道の後ろに隠されたものを読み取り、報道が意図しているものがなになのかを探知する知識が必要だ。

さて話は変わる。ぼくのTBIネタ。ところでぼくのマシンTTR125LW、HIDが着きました。でもって電圧不足でもうチョットで点きそうで点かない。そこで、前もお話しましたが、テール、ウインカー類をLED化、消費電力をミニマム化。しかしいくら頑張っても、総発電量が、HIDを点灯させるだけの、供給量に達しない。こりゃしやない。と、ちっちやな、バッテリーを買って来たの。おまけに、AC100のバッテリーチャージャーの超軽量タイプもゲット。おまけに走行中には、ソーラーチャージャーも使おうと言う、まあ時代の最先端の、エコロジストぶりッテ言ってたら「バカじゃないのか!エコロジストは、そもそもそんなに金は使わんのや!」だって。僕の最も嫌いなクルマの乗り方。それは室内総オートバックス野郎、変な照明、変な小銭入れ、携帯ホルダー、芳香剤(ひかる)バイザーにくっ付くアイデア商品類、必要もないのにさまざまなメーター、水中花のノブ、エッそれだけは良いのって?、そんなTTR125になってしまいそうで、怖い。「えーい、こうなったらハンドルバーパッドをチンチラにしょうか!」だって。 きょうの1枚 変な顔になったTTR125.変だけど、可愛くってカッコいいすよって、誰か言って。


OVバックナンバー

No.0285 – Organisation Voice 2001/04/13

なににおいてもとまでは言わないものの、イタルデザインは世界をリードしている。どうしてこれほどまでに一国が、そんな最先端のパラダイムを持ち得たのだろうか。ラピタの最新刊を見てると巨匠ジョルジェット・ジウジアーロの特集が載っていた。日本の幾つかの美しいクルマは彼のデザインになるものが多いし、なんといってもVWのゴルフは彼の代表作だろう。時代を変えるデザイン。僕がもう20年近くも前に、この世界に魅せられたきっかけのひとつでもある雑誌に紹介されていたジウジアーロは、ほかのナニカで見たことがあるんだけど僕が欲しくてたまらなかった、ブルーのブルタコ・シェルパT250にまたがっていて、今のトライアルマシンには無くなってしまった美しい造形美を見せるタンクのラインを見せ付けてる。モンテッサのエンブレムは、親指を立てたハンドサイン、トライアル仲間に「どうだい!」と自慢げだ。たったそんなことが、人を好きにさせる。ジウジアーロという男が、いや失礼、巨匠が実に身近に、そしてとってもいい人みたいに感じられるから不思議だ。

ジョルジェットといえばもう1人は、ジョルジュ・アルマーニか。これも日本では間違った評価を得てしまった、アパレル・デザイン界の巨匠。まだ彼がメンズに参入する直前、彼のプレタポルテを手にした僕は、服飾の素晴らしさに立ち尽くしたことがある。これはもう20年以上前の話だ。彼はそれまでの紳士服にありがちな、ギスギスしたラインを崩すことによって、働く男たちを過去からの呪縛の開放に成功した、デコントラクテという非構築的なデザインで、まあいわば服飾界のジャンヌ・ダルクだったんだ、あっジャンヌ・ダルクは女性だったっけ。でアルマーニの服はじつはイタリアンっていうには少し違う。本来はむしろポルシェやメルセデスの印象に近いドイツの最速クーペみたいなものなんだが、バブル期の日本が、アルマーニ=フエラーリ=イタリアンマフィア、みたいな構図を作って、不動産屋と青年実業家の制服にしてしまったことは実に悲しい出来事である。ゆえに今は、チョット着る事がはばかられるくらいだから、これも悲しい。僕はイタリアンなデザインや製品が高いとは思わない。金額の総量で見れば高いけど、みんなが並んで勝ってるユニクロの方が、高い買い物についてるんじゃないかと思う。1900円のフリースは最終的に800万枚、152億円の売上なり。ひとつのものがこんなに売れるのはおかしい。きっとアパレル製品にもセーフガードがかかる。中国は怒る。訳がわからなくなって、感情的になる。経済的な衝突はあらゆる局面に及び、やがてそれは武力衝突にまで発展するだろう。(チョコっとノストラダムス風に読んでね)

ところで円安で、海外旅行もイタリア製品のお買い上げも、チョコット厳しくなっちゃったけど、海外市場ではメイドインジャパンは再び競争力を着けている。そんな日本製品に国際市場で危機を感じているのは、やはり中国のようなのである。ついに中国はここまで成長したのだ。つまり中国は日本やアメリカなどの企業の、コストダウン戦略のための生産地ではなく、もはや総合的に物を作る生産上の競合国になっていたのである。それにつけても思うのは、「もっとデザインを」なのである。「日本製は壊れない」とか「カッコいいだけのデザイン」の時代は終わってる。で、次は中国あたりからすごいデザイナーが、ごろごろ出るようになるかもしれないよ。21世紀のヘゲモニーは、軍事力よりデザイン力。

きょうの一枚
なぜか出て来た、1992年の菅原氏。まだ49か50歳のときだ。若い。パリルカップにはじめてカミオンのドライバーとなった年だ。モンキーにのって、ビバークの中を走り回るので、みんな迷惑なのだ。はじめて、大量なエアメカがついたもんで、ビバークについてもすることが無いんで、やっぱりビールを探しているんだ。この時のモンキーのライディングテクがこのTBIに炸裂するのである。


OVバックナンバー

No.0262 – Organisation Voice 2001/03/12

火山噴火予知研究委員会が、富士山の観測体制を緊急強化したというニュース。低周波地震が多発しているのだそうである。日本のシンボルとも言える富士山が噴火したら、どのような被害とその後に続く様々な出来事が起きるのだろうか。ピナツボ火山やセントヘレナ火山の噴火は、核の冬にも似て、成層圏高く火山灰を漂わせた。かくも自然の力は畏怖するに充分である。で旧ソ連のミールも地球に落下してくる。巨大宇宙ステーションが降ってくる。日本に落ちる確率は1億分の1だっていうけど、素人考えでも、日本の国土の地球表面積に占める割合でも、1億分の1ってことは無いしね。そこで地球の表面積は、幾つだっ。5億1千万平方キロメートルだ。日本は37万8千km2だからえーと、1350分の1かあ。ということは 1000分の1くらいの確率になっててもおかしくないんじゃないのか。詳しい人がいたら教えて。

どうもノストラダムスの予言も、 2年かそこら間違えただけだったりして。 6500万年前、ユカタン半島に落下した大型の隕石が、恐竜を絶滅させたと言う学説が決定的になって久しい現代。人類を脅かすものは、人災と天災が複合的に絡む、こんな要因のような気がしてならない。 それにしてもアルマゲドンやインディペンデンスデイでは、パリや香港や、NYなどが壊滅していくシーンが強烈な印象として残ってるが、果たしてミールは大丈夫なんだろうか、もう姿勢制御は出来ないんじゃないのか。そして、富士山は。今夜のJRMのチャット大会は、こんな話で乗っ取ってやろうぜ。ところで、チャットって?

きょうの一枚
これが、ミールだあ。今夜は松山の上空でも見えるらしくて「写真撮りに行く?」などと事務所の中は、盛り上がっていました。3月26日に南太平洋に落下する、らしいんですが。ロシアは2億ドル約240億円の損害保険に入ったそうです。大気圏突入後は、約1500の部品にばらけて、落下、その一つ一つは、厚さ2mの鉄筋コンクリートを粉砕するんだって。


OVバックナンバー

No.0261 – Organisation Voice 2001/03/09

キャストアウェイという映画の中で、Fedexの社員のトム・ハンクスが自社のエアカーゴのパイエロットに「もっと急いでくれ」と言うと、彼は「なら、UPSに言ってくれ。」と答える。すると、松山の映画館内はシーン。時に日本人は、彼らのジョークが分からないことがある。と言うことはジョークだけでなく、主題的に言っていることさえ、分からないことがあるんじゃないだろうか、と勘ぐってみたくなる。原潜事故でもそんな気がする。この映画では、時間という概念にメスが入れられて、考えさせられているのだが、えひめのみなさんは、トムハンクスが痩せたとか、よくダイエットしたもんだとか、見上げた役者根性だとか言っている。まあ、それもそうなんではあるが、本質を見間違えることは、まま在ることである。

で、もう週末。ひょっとしたら地球の自転も、公転も加速してってるんではないの?と思いませんか。そう、ぼくたちは、時間にあまりに囚われているのじゃないだろうか。映画の中では、無人島にあって、それでもトムハンクスは、時間に囚われている自分を発見する。と言う風に現代人に痛烈なアンチテーゼを放つ。そして帰国後、、初めて彼は時間という拘束から解き放たれるんだろう。ああなんと現代における時間の概念の、多様で頼りないことか。そうそう、( http://www.j-r-m.co.jp ) 日本レーシングマネジメントのHP上で、3月12日21時からTBIなどについての大?チャット大会をするというので、是非皆さんも参加して、菅原さんに「そんなことより、パリダカの話は?」てな風にやって下さい。日替わりコラムはなくなるそうです。まあこれを毎日書くのは大変と言えば大変。出先からも書かなっければならない、って言うもんだから僕は最近すっかりモバイル君。そうそう「彼方へ」は本日、第3話が大量掲載予定。ちょっとハナシが、こんがらがって来たぞ。


OVバックナンバー

No.0260 – Organisation Voice 2001/03/08

昨日は黄砂だ、花粉だ、春が来た来た、と大騒ぎしてたら今日は吹雪。日本経済のそれにも似て、二転三転であるが、季節は必ず巡ってくる。三寒四温なのであるよ。日本経済ったら、季節のように、やがて春が巡ってくることはあるのだろうか。 僕たちの地元のタオル業界。安い中国製のタオルに負けて、ついに、お上に「なんとかして!セーフガードを発動して!」って泣きついた。まあ「輸入制限なり禁輸措置なりを取って下せえ、お代官様。そんでもってニックキ中国人をやっつけて下せえ。って訳だ。それに異議を唱えるのは、てっきり中国人だろうと思ってたら、「ソレ日本人アルヨ。」ってな訳だ。噛み付いてきたには、チェーンストア協会などの、まあ安さで勝負する日本人チーム「顧客の利益にならない。」と、うーん。ムヅカシイ。お上はどのように、「お裁きをなさるんだろうねえ、熊さんや。」テえ感じ。 企業努力で中国などに生産基地を設けた企業、それは大変な道のりだったはずです。そしてそういった努力をしなかった企業。出来なかった理由は沢山あるでしょう。が、その後者または敗者が、おカド違いの文句を言ってるんですが。日本国民の多くは「モノは安くなければ買わないけど、愛媛のタオル屋さんは、かわいそうだ。」と思うんじゃないのかねえ。

で、話は変わる、わが愛媛の原潜事故、これで知ったのが「えひめ丸」誰も口に出しては言いませんが県民の 95%が、「へーっ、そんな船を県が所有してたんだあ。」と思ったはずだ。まあそんなことは、よろしい。この事故、なんか論点がずれてるようで、気持ちが悪い。何かがおかしい。どうも地位協定のような、差別があるように思えてならない。どうせなら、対米禁輸制裁でもしたらどうかねえ。えっ、「そんなことしたら潰れるのは日本!」だからだ。まるで主力クライアントの無法に、必死で耐える某大手広告代理店の、「あっ、チガウ、チガウ、今俺のことを言ったろ!と思った人(僕の知る限りでも、このOVの読者に10人はいる)ちがいます。たとえ話だってば。」でも今の日米関係は、これにつきますかねえ。いずれにしろ「不信任はしないけど、退陣要求はする。」という非常に分かりにくいのが、日本の文化であるね。まあ、どんなに言ってもマスコミは、攻めるから、分かりにくくしておこう、ということになると思うんだろうねえ。ということで、せめられるはマスコミ?今日の僕も、とっても分かりにくい?

きょうの一枚
これ、昨年のスーパーNの会場風景。標高があって、夜は寒いのですが、朝には見事な雲海が見えちゃいます。


OVバックナンバー

No.0259 – Organisation Voice 2001/03/07

四国は昨晩あたりから異常に暖かいと思ったら、今朝は今朝で猛花粉!そのうえ黄砂がものすごい。コウサってのは、黄砂が降る、つまり降砂だと思っていたんだけどコウサと書いて、漢字変換しても「降砂」とはならない。とするとやはり「黄砂」が正しいんだろうか?などと、考えている。まあどっちでもいいけどね。その黄砂もホントに半端じゃない、砂嵐一歩手前だ。まるで中央アジアの町か、アフリカの都市みたいだ。このまま行くと日本にもデューンができるんじゃないか。と思っちゃう。はるか太古から繰り返された、この現象。よくよく考えれば、日本の土なんて、ほとんど?揚子江流域やゴビの砂で出来てるんじゃないんだろうか。などと考えてると大陸のロマンが目を覚ましてくる。

中国は深刻な砂漠化に悩まされてるってことは、以前に書いた。毛沢東時代から、耕して天に出でよ!みたいなスローガンの上に、耕せるものなら先祖の墓でも耕せ。と、当時の知識では、それがどれほどの環境破壊になるのか?知る由もなかった。そして大規模な洪水などによる農地の流出、農地の荒廃が進み、当然の結果として砂漠化が深刻になってきた。先日の新聞では、中国の経済成長率7%とある、どこかで聞いた数字だ。日本などの軽工業製品の主要生産国は、中国に移ってしまって空洞化は深刻だ。降りかかる黄砂の量が、何か暗い未来を暗示してるような気がするのは、僕くらいなんだろうか。よし僕は百姓になる!といいだして10年にはなる。

さて、「スーパーNのリークのコーナー」車検会場はいつもの所らしいが、車検合格後リエゾンがあって、ひとつめのクローズコースへ移動する。そこが総合のスタート地点だ。お花見弁当もここにある(らしい)そしてエンューロマシンの試乗会もこの中。いよいよ午後遅く、スーパーSSをここで、そしてもうひとつのクローズコースへ移動、2本目のスーパーSSはここだ。そして、3本目も再びクローズコース、そのまま漆黒の闇の彼方へ、長いダートのSSが、続く。なんてホントなんだけど、まだ内緒。

きょうの1枚
空から見た松山空港。海から侵入する際に左手に見える、海に突き出したグリーンの埋立地。中央に見える(だろうか)この10年以上のナガキニわたって、さまざまなドラマを作ってきた、テイジンの山。ここです。ついに今年最後のTBIは、この山がなくなってしまって、使えなくなった。残念。でもまた新しい展開が在るのかと思えば、スタイルが変わることは、やぶさかではないのである。


OVバックナンバー

No.0258 – Organisation Voice 2001/03/06

TBIの初期、まだそのシステムも模索中だった時代。参加者こそよき相談相手で、僕はそんな彼らに導かれるまま、峠道を登ってきたように思う。そんな彼らも、気がつけば、なんやかんやで疎遠になってしまう。だけでなく13年の歳月は、誰にも等しく13歳の年を加えてる。しかしそんな仲間たちが「でもあの TBIが最後と聞いて」と、またやって来る。今日はそんなひとり、松井勉氏からのメールのやりとりを、もちろんご本人のOK!を頂いて転載した。

On Mon, 05 Mar 2001 12:43:33 +0900
taroki1 <******@******.***> wrote:
前略  sser御中 こんにちは。昨日、愛媛も雪だったらしいですね。東京は風、雨でけっこう荒れていました。さて、レギュレーションについて質問したくメールしました。以下ご回答いただければ幸いです。

その1  2)-2改造可能箇所について。 保安部品につてですが、補助灯火類とはどのように解釈すればよいのでしょうか。たとえばいわゆる前照灯のアシストランプ的な物ですか?それともウインカーなどヘッドライト以外の灯火類なども含まれるのでしょうか?(要するにウインカーの変更が可能かどうか、という点です。たとえばノーマルのウインカーからXR-BAJAのoeウインカーに変更をしてありますが、それを戻す必要が有りますか?)ちなみに、アシストランプに限られる、という場合、ポジションランプ付きのウインカーは補助灯火類という範疇になりますか?

その2 4) 服装および装備品の規定 について。  4)-3にある脊椎と胸部を保護するプロテクターの解釈について教えてください。 これはナニをもってして十分と解釈されていますか?たとえばジャケットの下に脊椎パッドを装着し、胸部はジャケットの衝撃吸収力に期待する、という解釈は成り立ちますか?また、チェストプロテクター装着の場合、ジャケットなどの中とし、露出しない、という点についてですが、この理由を教えてください。とうのも、基本的にチェストプロテクターを使用したいのですが、ウエアの下に着ると体格の問題でライディングの妨げになる可能性があり、安全性にちょっと難があるのです。また、かつてジャケットの下にダブルのチェストプロテクターを装着していた頃、転倒時にガードが体に密着しすぎて逆にガードのエッジで頸部を押され危ない思いをしたことが有ります。率直に言ってジャケットの中にプロテクターをするのが怖いんですが、例外無くジャケットの下に着ないといけないのでしょうか?これは個人的な意見ですが、雨の日など、汚れたジャケットを脱ぎ、バイクに掛け、店などに入る場合、ぬらしたくないブレストガードをもったまま店に入るのはちょっと気が引けるように思います・・。でも、濡れるからバイクにも掛けておきたいないし、と昔むかし、雨続きのTBIでの思い出がよぎります・・。

その3 4)-5、ミラーレンズについて。 レギュレーションを見て早速ミラー意外のもので適度な暗度をもったレンズを探しましたが、私の使用するブランドには目茶濃いかクリアしか存在しませんでした。これまでの経験上、ミラーレンズが視界や表面コートのキズなどに起因する乱反射などでネガな要素を感じた事がここ10年ほど有りません。市場のラインナップもミラー中心であり、過度に透過率の低い物は危険としてもミラーレンズへの規制緩和の可能性は有りませんか?最近、年齢のせい(笑)でしょか、ある程度光線をコントロールしたほうが格段に走りやすく、車検とイベント対応でクリアレンズにサングラスの組み合わせ、ではおそらくレギュレーションの初志に反するように思うので、ご検討いただければ幸いです。 これは個人的な質問です。 サイレンサーの公認申請とは誰がsserに申請すればよいのでしょうか?製造者ですか、販売者ですか、ユーザーですか?また、いわゆる保安基準に適合しているリプレースマフラーとリストにある公認マフラーの違いはどんな点に有るのでしょうか?独自な部分が有れば教えてください。 以上です。 お時間のある時に返信をいただければ幸いです。 では
松井 勉

 

On Tue, 06 Mar 2001 15:41:08 +0900
“SSER ORGANISATION (support)” <support@sser.org> wrote:
お変わりありませんか。ラストTBIには勉チャンにも参加とのこと、大変嬉しく思 います。 ( 中略 )  さて、お問い合わせの件については以下の通り回答いたします。

その1) ウインカーの変更は全く問題ありません。ついでに言うと、補助灯火類とはここでは、前照灯の補助を果たすものです。ポジションランプはそれが、ウイ ンカーと兼用になっているものであれば、補助灯火類とはみなしません。また補助灯火類とは灯体が主灯と別体になっているものを指します。

その2) 最近のSSER関連イベントのインジュアリーレポートでは、(と言うほど大袈裟なものではありませんが)ナビゲーション機器類による胸部および腹部へのダメージが報告されています。したがって一般的なライダーまでを広くカバーせざるを得ないこちらのレギュレーションでは、胸部そして鎖骨前部の充分なプロテクションを求めております。つまり脊椎パッドは有効です、が胸部をジャッケットの衝撃吸収力に期待するのでは、充分とはみなされないと思います。私見のみで言えば、あなたには、それで充分であると断言できますが、こういう曖昧なものを明文化つまり、レギュレーション化すると、最小公約数的になり迷惑な話でもあります。ただただご賢察頂きたいのは、こういう風にしないと、そしてスタート時にチェックしないとニーパッドすらしないライダーが居るのですよ。それは参加者の自己責任において為されるべきだ、という僕たちの時代は微妙に変わってしまったんです。またジャケットの下、若しくはジャケットを脱ぐときはさらにジャージの下に装着を求める理由は、ただひとつ。タダでもいかめしいプロテクターを、隠して欲しいという、もう10年にもなるSSERのキャンペーンのひとつです。これによる負傷の報告はあがっていませんが、却って危険が考慮さ> れるのであれば、早急に対応策を考えます。検討結果は公式通知にて全参加者に伝えますが、その時点まではこちらのレギュレーションが優先されます。

その3) これも前段の回答にリンクする部分がありますが、実はもうひとつ理由があります。それはデイライトのSSのなかにもトンネルがあると言うことです。もちろん今回230名の参加者が、ミラーレンズを着けプロテクターを着けて行進するのは、社会性に於いていかがなものか。という判断が第一なのは言うまでもありません。それにしても、「せめてもの」と言う感は免れませんが。 サイレンサーのSSERの公認申請の手続きは、FIAもかくや、というほどに(というほどではありませんが)製造者の責任で製造者によって申請していただきます。公道を、また夜間走行をするわれわれのイベントでは、メ-カーの純正であっても騒音が大きいと感じることは少なくありません。日本のこの部分に関する規制は甘すぎると言わざるを得ません。モーターサイクルが社会性を失なった部分です。しかし規制緩和の流れもあり、また幾つかの製造者から「何とかならないか」という申し入れも度重なり、この制度を始めたものです。もちろん我々のイベントが特殊であるというのは、いくらマフラー製造者に言っても理解してもらえるモノではありませんが、合法ならそれで良いのか、という疑問にも触れて欲しいと思います。そして公認申請時に実寸図と騒音測定データと写真を、製造者の署名入りで提出して頂いており。車検時に、その同一性を確認することが出来ると言うことです。もちろん申請料は要りませんので、その製造者の責任と意識に頼り、我々が最も恐れた部分の扉を開きました。結果はここだけの話し微妙です。製造者のモラルもそうですが、深夜の民家の前の上り坂、深夜のSSから聞こえてくる騒音、大きな問題となってきてます。(これは夏のSSER2DAYSなどのお話。) 結果どの回答も、いささか官僚的に過ぎるとお感じになったのではと、思います。最後のTBIだから、とは思っていません。改善できる点はどのようにも改善していきますのでどんどんメールをください。そしてこのGWがとびっきりの、そしてすこしばかりタイムスリップしたものになれば楽しいですね。 Tetsu Yamada

On Tue, 06 Mar 2001 12:47:21 +0900
taroki1 <******@********.***> wrote:
 ( 前略 ) こんにちは。早速の返信ありがとうございます。

お変わりありませんか。
おかげ様で歳をとった程度で大過なく過ごしています。ウワサだけはBMWの大隅さんなどから以前聞いたりしていました。ご活躍の程お慶び申し上げます。 さて、レギュレーションの件、再度ありがとうございます。では、勝手な感想を述べさせてもらいます。 ハンドルバーブレースにマップホルダーという鋭利なものを取り付けている、というライダーが多いTBIや国内マップラリーでは転倒時の状態によっては重傷を負う可能性は有りますよね。もちろん、ハンドルバーに無くても同じような状況になる可能性は高いと思います。  僕自身、ガード類にはひとかたならぬ援助を数限りなく受けており、するな、といわれても絶対すると思います。おそらく、レギュレーションでブレストガードが禁止されたら、シャツの下に隠してでも付けるでしょうね(笑)。  それはともかく、多くのエントラントに公平性をきするためのレギュレーション。それだけに僕も尊重すべき項目だと思ってます。でも、ニーパッドもしないで平気なライダーは本当に痛い思いをしたことが無いのでしょうね。もちろん、痛い思いなんかしないに越したこと無いですけど。  これは余談ですけど、プロテクションって難しいですよね。最近、プロテクターを仕込んだジャケットが多いじゃないですか。肘、肩、脊髄、前身に圧縮パッドやプラスティックカップを仕込んである。事実、無いよりは格段に高まるかもしれませんが、転倒の衝撃は複雑ですし、ガード類のフィット感を高めると、体を動かすたびにジャケットにもうけられたポケットの中でガードが体を拘束しようと動いてしまい、動きを優先すると机に肘をついただけでカップがずれたり、とこれまた一筋縄ではいきません。たとえばサイズがS,M,Lだとするとジャケットの下に着ているものによってもそのフィット感が全く換わってしまう、という点も気になりますよね。確かに商品性としては感度が高いいんですけえど。結局手を出さず、コンベンショナルにブレストガードへ、となってしまうんです。  いかに守るかは本当に複雑ですよね。

> その3)これも前段の回答にリンクする部分がありますが、実はもうひとつ理由が > あります。それはデイライトのSSのなかにもトンネルがあると言うことです。も > ちろん今回230名の参加者が、ミラーレンズを着けプロテクターを着けて行進する > のは、社会性に於いていかがなものか。という判断が第一なのは言うまでもあり > ません。それにしても、「せめてもの」と言う感は免れませんが。 これは山田さんの主観ですよね。でも、これは山田さんのイベントだし、これまでの長い経験の結果そういう結論にたっしているならばそれはそれだと思います。 これはサイレンサーの問題などにも関わる点だと思いますけど、TBIやSSERがナイトランを多くの参加者(この際、顧客としましょう)が高い商品性として認識している点がきっと矛盾の発端なんでしょうね。  僕個人といしてはミラーレンズとプロテクターの露出がそのまま社会に違和感を与える、とは思いませんが、あくまでも乗り手の意識は重要です。  人に道を聞くのにヘルメットをかぶったままとか、汚れたブーツのままどやどやと店に入ったり、止まっている時に悪印象を与える方が圧倒的では無いかと考えています。走っている時は運転態度みたいな部分が人の判断基準になりますし、その点においては乱暴なGパン男もオフローダーに勝るとも劣らない社会への凶器性をもっています。

だだし、音問題が微妙な問題に、というのは関心が有りますね。 これは現状を度外視した意見ですが、その昔、エコロジーなんて言葉が一般的になる前からISDEなどで使用が義務づけられた「エコロジータイヤ」の例をそのまま当てはめる、というのはエキセントリックかもしれませんが、思い切ってノーマルより静かになるマフラーへの交換を認める、というレギュレーションでも作ってみてはどうでしょう?また、ナイトランのあるイベントは4サイクルオンリーとするとか、逆車、輸入車も99dbとかの保安基準は当たり前として、国内販売仕様(特に近年の軽二輪は通過騒音の基準が厳しいために、メーカーの人も相当に大変そうです。)としたら、相当静かになると思いますね。現状の騒音測定方法とバイクが負荷がかかった状態での全開時の騒音特性では人が感じるうるささの度合いが違い過ぎるような気がします。 おそらくメーカー純正のサイレンサーより静かであるアフターマーケット物は存在しないと思います。静かでは商品になりませんからね。でも、これは新たな方向性を提示出来るかもしれません。 もしくはパリダカのように早いライダーは昼過ぎに、遅いライダーやトラぶったライダーが日暮れに掛かる頃ゴール、という設定にするか、という究極の選択となるでしょうけれど。

でも、バイク乗りの民度を図る上では「ナイトランイベントに付き、うるさいバイク、マフラーお断り。基準は○○型のホンダ○×250の標準サイレンサー。接近計測で○○db。これ以下の騒音であればマフラー交換は自由。これ以上の騒音のバイクで参加の場合、デイステージクラスに限られる」なんてレギュレーションが出来たらこれはこれで面白いと思いますね。それこそ、SSERへの愛の踏み絵になりますけど、それでも出たいか、それとも夜の林道や獣道で爆走したいだけだったか、ハッキリする部分もあるでしょうね。最近、あちこりのwebをみていて思うんですけど、オフ会と称してほとんど自主イベントでみんなかなり血道を上げている様子。もしくは全くのミーティングに終始する、という二局化しているようですし、新たなイベントの提言として面白いかなと。かってな意見ですが。

だれかいないですかね、静かになっても性能の落ちないマフラーをつっくれる人。それで軽量化が出来れば運動性も上がり、燃費も上がる計算になりますよね。燃費が良いのはバイクの十八番。車に3リッターカーとか言われている場合じゃないような気がしますね。だから、低燃費のためのエンジンモディファイと車両の軽量化を認可して静かなバイクで四国の林道でナイトラン、という新たな競技色。早いのはもう当たり前で、その他の複合的な要素をクリアできないとトップをとれない。こんなゲームだとみんな素直に4ストに移行できないですかね。  そうするとコンストラクターがSSERでの勝利で名をあげ、そのベースとなるバイクを作るメーカーも意識し始め、ライトウエイトのモデルが出始めたり、FCRキャブなんかも燃費仕様にすると相当いけるらしいですからね。

きっと、走行抵抗の低減も必須ですからベアリング、チェーンも低フリクション化が求められ、単なるパワーアップにしか関心の無かったライダー達が深い意味でドライバビリティーとかライテクとか、自然とかにアクセスし始めるかもしれませんね。で、チェックポイントでは給油です。チームエントリーもありでそうするとエースライダーが軽量な女の子だったりして全く別のヒエラルキーが出来るかもしれませんね。

しかし、民主主義の論理としてデイクラスはうるさいのも容認しないといけない事態でバランス取りをしないといけないかもしれませんが。ゼッケン付けて走る以上、静かに走れ、というのはどだい難しいですし(僕なんか、モロその口ですが)。でも、あったら相当気になりますし、オフロードメディアだけに限られない広い媒体効果が得られる可能性が有りますね。  そうすれば社会性とオフロードライダーの厳つさが逆転するかもしれませんよ、あっさりと。  

余談が過ぎましたが、レギュレーションが今後、どんなライダーにおいても他のライダーの不利にならないために存在し、本人が不利となる部分に関してはライダーの選択肢であり、参加者の自由な権利とそれに伴う義務が当たり前のように機能する事を望みます。もちろん、明文化されない部分に高い常識が存在し、tbiはじめ公道を使ったイベントでも高いスポーツ性をみんなの努力で認知してもらえるようにがんばりたいですね。やっぱりラリーは楽しいですからね。 では マツイ


OVバックナンバー

No.0257 – Organisation Voice 2001/03/05

さて、新しい週が始まった。いつものことながら、この1週間が早い。これは年を取っていってる証拠らしい。そんなことを考えながら、今日はとある会議に出席するために、香川県の国営讃岐満濃公園に行ってきた。で、何の会議かはともかくとして、この讃岐満濃公園ってのがデカイデカイ!どうしたら四国のこの土地の少ないところに、かくも広大な土地が存在するんだ、という感じだ。まだ一部開園しかしていないのだが、約350haある。あなた350haといえば、100坪の家が10606戸も出来る。まあそれはいい、僕が今日言いたいのは、この公園の是非ではない。満濃公園つまり満濃池の話である。満濃池は日本最大のかんがい用ため池で満水面積140ha、西暦701~704年ごろ築かれ、たびたび決壊し空海も821年には再築を、そして明治までにとにかく決壊と修築の繰り返しだったらしい。その年表を見ていると、よくもこんなに細かくデータが残ってるものか、とうならされてしまう。たちえば1184年元暦1年5月1日。洪水により決壊、その後は鎌倉・戦国時代の騒乱が続き、450年間も復旧されないままになっていて、池の中の村はその名も池内村になった、などと楽しい。

冒頭でも言った、年を取るということとは、こんな今までに「へー」とか「ほー」などと言ってたくらいのことに痛く心動かされるものなんだなあ、と思う。特に積み重ねてきた歴史などというものに。 SSERは今年17回大会を迎える。昔「オーバー38」というクラスを作ったときなんか38歳以上の参加者なんて珍しかったから作ったのに、今じゃあ優勝争いはこの人たちの手中にあるといっても過言ではないのである。で、「僕もそんな年までこういったイベントやってるのかなあ。」とぼんやり考えていたのだが、まさかの「オーバー48」クラス間で出来たかと思うと、間もなくその仲間入りをしかねない年になった。まったく時間と言うものは、なんと悪戯で無慈悲なものなのか。と思う反面「早く良い枯れかたをしたいねえ」などと思う。まもなく「オーバー58」を作っとかなきゃ、菅原さんがやって来る。

きょうの1枚
パリで見つけたビバンダム。ビブコレクターを自認するボクの心を揺さぶるその姿はまさに自分自身か。


OVバックナンバー

No.0256 – Organisation Voice 2001/03/02

維新のDNA。ヘンテコリンだが2001年と2002年の2年間のSSER ORGANISATIONの活動テーマである。明治維新のムーブメントが四国から始まった、と手前勝手なことは言わないが、四国人は多少なりとそんな自負を持っている。というより土佐人は、といったほうが良いのかもしれない。とにかくあの時代を動かした、傑物を多数輩出している事実は、動かしがたい。したがって、四国の中でも、いまだ高知は偉いのである(ゴメン、そんなことはない)

ところが、ことSSERとなると、気をつけておかないと(笑)高知県人の独壇場になりかねない。愛媛勢も宇和島あたりの、まあ高知県人的気質のチームが頑張ってるに過ぎないようである。それにしても高知県人のパワーはすごい。酒の力に頼っている人も少なくないんだが、とにかく凄い。やっぱり維新のパワーだ、維新の遺伝子だ、ということになったのである(ウソ)。しかし、誰もが地の利を理由に文句をつけれないほどのものを、彼らは持っている。それは競技への集中力、周到な準備、そして当日のいいかげんさ。この当日のいいかげんさを表す、面白いエピソードがある。それは2年前のスーパーN、スタート前のサブイベントで、MTBを賭けた0-400アタック大会をした、いまかんがえれば一人ずつ2回くらい走って、タイム計測をして、誰が一番速かったか!ってやれば良いのに、2台で勝ち抜き戦!をやった。雨も降ってた。優勝したのは、昨年のガストンライエ・クラシックで初優勝を飾った高知のT澤クン。もう優勝決定戦の頃には、足もパンパンだったろうねえ。ことしもどこか、クローズコースであんなことしようかねえ。とにかく高知県勢、恐るべし!

今年のスーパーN、お花見なのでMXスペシャルコースで豪華お花見弁当を配る!という予定!ホントか?高知県勢果たして、酒なしでこれが食べられるんだろうか!?とっても心配。といった具合に、今年からいろんなものが新しくなる!(と毎年言ってるって)でもほんと!


OVバックナンバー

No.0255 – Organisation Voice 2001/03/01

2001年もいたずらに2ヶ月が過ぎてしまった。このままでは、夢の21世紀なんて、少なくとも僕の周りにはやってこない。毎朝届く日経新聞とか日経産業新聞とか見てると、それでも明るい材料や、明るい話題も、暗くて嫌んなる話題と交互に見られるようになってきた。「A社増収増益、復配!」「B社5000人人員削減!」からはじまって「超長距離WDM実用化」ナンノコッッヤ!「日銀、0.1%追加利下げ!」こんなことで景気の下支えにならないって、まだ分からないんだろうか。「アメリカGDP1.1%下方修正」急激な景気後退がおきてる。連邦準備理事会も追加利下げに踏み切るようである。てな具合に(例がチョット悪かったが)どこかにとってグッドニュースは、必ずどこかにバッドニュースな世の中である。なにせ市場が拡大していないんだから、どこかの新開発でビッグな出来事は、それまでの最先端企業、独占企業に立ち直れないほどの痛打を浴びせる。そして、開発力の勝負へもつれ込む。するとそこでもいい話があれば、やな話もあるといった具合だ。

でももうすぐ春。スーパーNは満開の桜の中だな。「桜の咲くころには景気も回復する」とか言ってた人が居たなあ。その気持ちよく分かるよ。きっと一生懸命に仕事をしてた人だと思うよ。そんなことよっか、昨日から新連載『彼方へ』がスタートしました。WEB-MAGAZINEです。さらに自らに課せた仕事の多いことか。でも頑張る、薄れていく記憶をもう一度なぞって、とどめておくのも楽しい仕事だからね。


OVバックナンバー

No.0254 – Organisation Voice 2001/02/28

昨年末より懸案の連載ドキュメントが、THE TALKにいよいよ登場。web出版ですね。もう既に、かなりの文量が書きためられたので、いよいよ発表に踏み切ったものです。早速お読みいただいた方は、何かご意見をお送りください。これは 1991年頃、ランクル70.60と闘ってきて、やっとコイルサスになったランクル80の物語から始まります。そして、1992年のパリ・北京の頃へと続きます。、やがて、いよいよ自分たちの手で海外ラリーを開催するに至る、そのメイキングストーリーなんです。一見何もかもうまく言ったかに見える(えっ、見えない!)僕のここまでのライフワークですが、今年のTBIに出ようって思ってから、なぜかいろいろと振り返ってしまいます。つらいことや、口では言い表せないこと、悔しくて悔しくてどうしょうも無かったこと。それはたくさんあります。

昨日、エントリーフォームを持ってきた、ある常連参加者に「初めて出るんで分からんことだらけや、教えてね?」と、彼からインナーウエアのことや、持っていくものまで、いろいろと教えてもらっていたんですね。すると、教えてくれながら彼がポツリと、こんなことを言ったんですね。「ブルーアイランドはほんとに素晴らしい経験だ、僕はいろんなことを、ここから学び、いろんなことを考えさせられた。この僕の最近の10年はまさにブルーアイランドとともに在った。感謝している。」というんです。僕は危うく、涙が出てきそうになってしまいました。このTBIを走るということは、実は参加したことがないから何ともいえないんだけど、大変なことだろうと思う。まず体力、そしてそれに向かっての準備。例えばオフィシャルにしてもGWに1週間も家を空けれるという、なんでもないようだけど幸せなこと。何にか問題があったら、13年間も続かないんですねえ。それもいよいよ最終回。大勢の参加者と一緒に走る楽しさは、いったいどんなモンなんだろうか、宜しくお願いしますね。

THE TALK「彼方へ」はこちら


OVバックナンバー

No.0253 – Organisation Voice 2001/02/27

最近思うんであるが、モノの価値がわかりにくくなって久しい。いや価値ではなく正確に言うならば、価格である。価格破壊!とかもてはやされて、それはアジア諸国の工業生産技術の向上や、もちろん1円でも安い生産価格や労働力を求めて彷徨する日本企業の、いわゆる企業努力の賜物ではある。「利は元にあり。」と、つまり安く仕入れれば仕入れるほど儲かる、という原則なのだ。

しかしそれがもたらしてる現状は何か、と気がつく企業はまだ少ない。ある過疎に悩む町の方とお話をした。もちろん過疎に悩まない地方の小さい町村は、稀なんだろうけど。で僕の意見「人口はその町や地域が養える人口を、自動的に調整する機能があって、5,000人の町には5,000人を養うだけのポテンシャルしかないんだと思いますよ。企業活動も同じことがいえて、100人の社員のいる企業が雇用促進で社会に貢献したいと思い立って、仮に1,000人を採用したって成り立たない。人口とはそうしたもんだと思います。ただ地球人口はどうしたものか。」

何が言いたいのかわからなくなった。田舎の人口が減って、都市部の人口が増えるということは、つまり第一次産業従事者が減って、サービス業従事者が増えてるということ。最近旅をして思うことは日本の原風景は、田んぼや、漁港、手入れの行き届いた森林やそこに暮らす人々の息遣い。そして大きな問題のひとつは、そうした原風景の喪失ではないのか、と思う。食糧危機が眼前に迫る日本も、今の経済危機の対応も出来ずに、山河を枯らしてしまって行く。海外から来る食糧が安いから、海外で生産したら安いから、ならいっそ政治家もサッカーの監督のように海外から雇ってくればどうかねえ。カルロス・ゴーンなんていい仕事をするぞう。

今僕たちが立ち返って反省するのは、もう一度日本という風土を、見直すこと、再発見すること。そして決してオフロードライダーは環境破壊者や、なにかの加害者ではない。むしろ哲人のようなものだと思ってもらえれば良い。環境破壊をし尽くした人たちは、たくさん居る。そしてその人たちは平均して個人的には豊かである。つまりこの国の豊かさとは、そんなもので、豊かさの量なんてほとんど一定で、皆が豊かになるなんて幻想なんじゃないだろうか。だからって保護主義に走れといってるのではなく、バランスよく作り、住み、遊ぶ。それが今の僕たち日本人に必要なことだと思う。賢者はわれわれである、といういままでなかった社会との構図が見えてきたようにも思う。


OVバックナンバー