No.0575 – Organisation Voice 2003/12/27

本年もONLINE SSER PRESS をご覧下さいましてありがとうございます。いつもイベントでお目にかかる皆様のほかに、コチラのページを応援していただいている皆様がたくさんいらっしゃることに、大変に喜んでおります。つたないホームページですが、SSERのイベントを中心に、さまざまな交流を求めてまいりたいと思います。

さて、迎えます2004年はSSERがスタートして20年目にあたります。設立当初は、これほどの長きに亘って、こうしたイベントとその団体が継続して存在していくとは、夢にも思いませんでした。これもともに挑戦者であり続ける皆様のご支援あればこそです。心より深く感謝し御礼申し上げます。この1年間と20年間に、心からの感謝と、ご家族おそろいで新年をお迎えくださいますようご祈念申し上げ2003年の末尾とさせていただきます。


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No.0574 – Organisation Voice 2003/12/26

もうお役所は仕事納め?SSERはとりあえず仕事納めなのですが、申し込み関係が12月30日締め切り、なんてのもあってなかなかお休みにも出来ず、またまた事務所は、「YES WE ARE OPEN!」という状態のようであります。とはいえ、年始の楽しみはやっぱり箱根駅伝じゃなくって、パリダカ!今年のコースは厳しそうで、「良かった、今年出なくて、ってウソだけど」そのくらい思いかねないほどにハードそう。なかなか見ごたえありますね。

今日は、よっし、バイクの話。ていうのも久しぶりにBMWのお店に行くと、お隣がドカのお店「ムルティストラーダって良くない?」と思って聞いてみると、「おやおや、流石ですねえ。」と抜かりがない。で、これまでのドカ乗りじゃないユーザーから熱い視線だそうな。変わるもんだねえ。「うーんムルティストラーダ、惹かれるネーミングですが英語に直せばマルチロード?」の割には、ポジションだけオフッぽくて、やっぱ大きくなりすぎたGSが築いた?カテゴリーなのかなあ、ドカ的にはニッチなマーケットと思ってるふしあり。腹の出てきてクラウチングのつらい若者向きか?!

で、BMWさんはというとまもなくR1200GSがリリース!されます。どうかな?少しは小ぶりになってよるトシナミに体力劣化中のわれわれに「ホホウ!」と食指を動かせることが出来るのでしょうか。

そんなこんなで、気になったのはロックスターというバイク。「コレコレ!1200GSが幻滅なら、これだよ。」って言ったら、今までのBMWファンは、今のラインナップを良しとしない、とかいうような話に花が咲きました。やっぱりBMW乗り、コンサヴァティヴで近未来思考に抗う抵抗勢力は健在のようです。メーカーもやりぬくいことでしょう。困ったものですねえ、レトロばやりで。そろそろさあ、近未来デザイン、超未来コンセプトに進まなきゃ。「さあ、帰って80G/S磨こうっと。暮れだしさ、そんでしめ飾りつけるん。」ってオマエが一番抵抗勢力じゃないのかねえ。

きょうの一枚
モンゴルの夕日。荘厳で感動的なのだが、「彼方へ」が第1回RRMの山場を迎えました。


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No.0573 – Organisation Voice 2003/12/25

12月25日の今日は、奄美の日本復帰50周年の記念日です。来年のTDNでは、どうしても運営日程とフェリーの運行スケジュールに、折り合いがつかなくて、残念なことにあの魅力的な島を訪ねるのは断念しました。必ず、またお邪魔しますので奄美の皆さん、その時はまたよろしくお願いします。そして復帰50年を、お喜び申し上げます。さぞや先人のご苦労があったことでしょう。

話は変わりますが、パリ・ダカール、JRMがサポートするチームにセローで出場するチームがあります。JRMとは「日本レーシングマネジメント」の略称で、チームスガワラとは一線を画しています。JRMでは、HINOプロフィア6X6と2台のサポートカーの計3台のマシンで、プライベートチームのパーツ輸送とメカニックの輸送?を担当してるわけです。で、そのシステムを利用しているチームのひとつがセローのチーム「ぴよこ隊」というらしいんですが、ちょっと注目です。

今回はルートもこれまでになく長いオーバー10000km!で、特にブルキナファソを回ってくる数日間が、重たくのしかかってくるのではと思います。熱帯のラテライトの赤いピストは、蒲鉾状で神経を使います。だからセロー!軽くて取り回しやすいマシン、しかもトライアルタイヤをチョイスしてるようで、でも気の遠くなる距離と時間に耐えて、これをゴールへ導くことが出来るならば、素晴らしいことです。チャレンジングに応援をしたいと思います。

いよいよクレモンフェランで車検が始まります。増岡の3連勝なるか、ペテランセルが目下のライバル?NISSANがどこまで仕上がってきたのか?バタネン、マクレーらの走りにも注目!となればMOTOは少し寂しい感じ。HONDAやYAMAHAの復活はないのでしょうかねえ。8割のバイクがKTM!!いったい独禁法なんて適用ないのかねえ!!

きょうの一枚
そんな奄美の復帰50周年を祝して、今年の奄美の写真です。奄美の皆さん、またお目にかかりましょう。


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No.0572 MERRY CHRISTMAS!! – Organisation Voice 2003/12/24

ナント今日のことSSER CLASSIC 2003のビデオが出来てきました。っていうか、お申し込みいただいた皆様、ホントウに遅くなってしまって、大変申し訳ありません。だから、SSERとしては彼が(って誰よ)「ビデオを作りましょう!」って言って来た時に「いやだよん!」と一度はお断りをしたものです。

「いや、終ったらすぐに編集して、10月には・・・」

「信じないもん。」

「だだ大丈夫です。」

「大丈夫じゃないもん、申し込みされた方に、いやな思いして欲しくないもん。」

といういきさつ。ホントウにごめんなさい。で、挙句出来ましたー!って持ってきたのが、今日。とってもクラシックで

「オマエ、これ何回大会よ?」

ってな代物。でもでも、女の子のナレーション入れたりと、少しは良くなりましたが、まあ50点の出来なんです。でもまあ、こんなものだ、と思わないで下さい。来年20周年大会は彼に(だから誰よ)気合を入れさせるばかりか、僕も気合を入れて、記録的な素晴らしい映像制作に挑戦しますから。って僕って誰よ。ともかく今日はクリスマス!次は新春プレゼント企画進行中!あっ、まだビデオお申し込みじゃない人は、あまりお勧めじゃないけど、いやいやそんなことはないけど、是非お申し込みくださいませな。

きょうの一枚
今日の一枚はシャンゼリゼのクリスマスイルミネーション!


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No.0571 – Organisation Voice 2003/12/22

今日は冬至、1年のうちで最も昼の時間が短い日です。がしかし、本当にそうなんだろうか。このところ毎日のように「ここんとこ、日が長くなって来たねえ。」と感じていて、そういう発言を繰り返していました。「この前まで5時になったら真っ暗だったのに最近は明るいよねえ。」と久万町で町の人と話していたら。「そうよ、ここは標高が高いけんな」「???」という会話。ひょっとしたら日没は遅くなってっても、夜明けも遅くなってっているのかもしれないですねえ。

さて、今年もあと1週間です。SSER10大ニュース!を考えてみました。

ババーン第10位!モンゴル・アドベンチャーツアー!これは実に楽しかった。体調は悪かったけど。

第9位!奄美大島マングローブの森のカヌーツアーで菅原さんと山田さんの大デッドヒート。インストラクターは大声で「もっとゆっくりいい!」と大絶叫。

第8位!!SSER 2DAYS梼原から久万町へ変更、いよいよ来年は20周年大会へ。

第7位!TDN2部制!記録的な好天に恵まれた。SW大会は、完走率100%!!という驚異的な結果に。

第6位!SUPER-Nからターマックを含むSSが始まる。SSER 2DAYSやガストンライエクラシックでも、ターマックをいかに走るかがRESULTに!

第5位!帰って来た「あぞが池」ついにあの伝説のあの沼のルートが、でも完全ドライで「たいしたことなーい」で、昔を知る身には少しばかり物足りなかったかも。

第4位!TDN2003のオーバーオールウインはランツァに乗る志山選手「ウウウ、ランツァねえ。」

堂々の第3位、TDN北海道でついにオーバー800kmのステージに挑戦!朝までかかると思われたこの日、実にほとんどの参加者はその日のうちにらくらくゴール「スゴイ!」

第2位!SSER 2DAYS CLASSICそしてガストンライエクラシック2連覇達成!!!森田昌和!この年間シリーズの2戦を強力なライバルを交わして制覇。

そして第1位!!池田秀仁タイトル奪還!!旧くなったマシンには苦しめられながら?も堂々の2年ぶりの王座奪還!来年以降も熾烈な戦いは続く!!皆さんの参戦をお待ちしております。

そして番外編では、いよいよ新機軸「RALLY CROSS・SSER SUPER-N」がスタートします。これはデイライトでの走行のみですから、ライトチューンは必要なし。でも公道も走行しますので保安部品は必要。車検などは今までと同じです。こちらも楽しく盛り上がりそうな予感です。2004年もよろしくです。

きょうの一枚
赤いデューン。砂の風紋は面白い、西日があたって、こんな感じ。


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No.0570 – Organisation Voice 2003/12/19

来年ね、えひめ町並博というのがあります。これは高速道が宇和って町まで伸びるのを契機に「しまなみ博」みたいな観光イベントをやって、観光振興を図ろうというものなんです。で、このイベントに少なからず関わっていて、いよいよ忙しくなってくるのですが、この企画段階の頃TDNで、日本各地の町並みを見てきました。いずれも興味深いのですが、観光資源として整備しすぎるのはいかがかと思いましたが、やはり現代の回顧思考は、ますます高まります。

このまま未来は後ろ向きに行くのではないか、というような乱暴な意見を会社のミーティングで発すると、「じゃあ鉄腕アトムの時代はやってこないということですね。」と切り替えされてしまいました。鉄腕アトムの時代とは未来のことなのか、昭和30年代のことなのか?と聞き返そうと思いましたがやめました。さあ、えひめ町並博、どうなりますことやらなのですが、旧いバイクのツーリングとかミーティングとかしませんか。


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No.0569 – Organisation Voice 2003/12/18

パリダカの日本サイトのHPに、パトリック・ザニロリ率いるルート試走のレポートがあって、とっても興味深くというか、感慨深く読ませてもらいました。http://www.paridaka-info.com/reco.htm

というのは、僕たちのやっていたラリーレイドモンゴルの試走と、極めてよく似ているからなのです。焦り、緊張、不安、歓喜。試走というこの一風変わった旅には、非常に興味深い思いが込められています。1ヶ月間。そして約2ヵ月後には、この自分たちが作ったルートを、競技者が闘う。大学入試問題の試験問題を作るような、いやそれは例えが良くなかった。なにか、哲学者にさせられたり、詩人になったりと忙しい心の変化を自分でも発見する。ちょっと暇なときにこの、かつてのミツビシのトップドライバー、確かニッサンのマシンをSSの最中に牽引して助け出しているところをTV放送されて(記憶違いだったらごめんなさい)クビ!になったザニロリ、の心の中をのぞいて見て見てください。

というわけで、RRMの試走風景?こうしてバリースを立ててルートを作っても、結局は抜けれなくて、バリースを回収しながら泣きながら帰ったことのナント多かったことでしょうか。


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No.0568「ガストンのDC-3の巻」- Organisation Voice 2003/12/17

そうだ、ライト兄弟がはじめてエンジン付きの飛行機を飛ばしたってのが、1903年12月17日!!

今日はその100年記念日だ。この20世紀の100年間足らずで、ここまで進歩するのかい、というほど進歩した航空機。飛行機好きの菅原さんとガストン・ライエは、おそらくフランスでも飛行機の話に花が咲いているのではないかしら。というのもガストンは、あの世界の名機、DC-3を所有している、のであるが今は手元にない。あのアルミのシルバーボディに輝く機体は、確かアルジェリアのタマンラセットの空港に置きっ放しで、取りにいけてない!ってもう15年くらいになる。

そもそもの話は、確か1990年くらいのパリダカで、チームのサポートでニジェールのアガデスまで飛んでの帰り道。スズキの日本人スタッフも乗ってたらしいんだが、アガデスを飛び立ってすぐに、片側のエンジンがストップして、もうひとつも止まりそう!だってことで、機内にあったすべての荷物も工具も投げ捨てて、命からがら近くのタマンラセットに緊急着陸ってか不時着。

部品を持って直しに行ってもって帰ろうとしたら、アルジェリアで外国人向けのテロが激化して、フランス当局は、渡航禁止に。それっきりらしい。

「取りに行こうよ!」

「行きたい!」

けど命の惜しい二人でしたが、テロにあうリスクと、DC-3が地中海を飛び越えるリスクとが、どうもどっこい位になっているのではないかしら。飛行機の歴史100年に向けての特別編。

きょうの一枚
これは古いパリダカのワンカット。SSの最中だってのにナビは自分のサイドに 映る2号車の姿をパチリ。余裕ですねえ。


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No.0567 – Organisation Voice 2003/12/16

忘年会ったって、梼原の民宿でしたものですから2日がかりの休日明けは、抱えていた仕事の愛媛の島嶼部の町の企画書を一日がかりの猛スピードで仕上げてフト見上げると、凍てついた夜空の星たちが、12月ももう半ばを過ぎてるよ、と瞬く。

またたくといえば、大掃除をしていると、1992年のパリモスクワ北京のときの中国のナンバープレートが出てきました。面白いことにサルが桃を持って歩いているんです、クルマのナンバープレートがですよ。で、毎年必ず取引先から届く干支の置物が今回はサルが桃を持ってる置物!なんですねえ。どうして中国のサルは桃を持っているんだったっけ?ソウルのカラス事情を教えてくれたUさん、知らない?ああ!あれからも12年の月日が!!瞬く間にたってしまったのですねえ。あの中国も瞬く間に大発展!ようし、来年は僕たちも瞬く間の大発展だ!!と往けばいいんですけどねえ。

そうそう、ラリークロスのFMレシーバー!大好評のようですのでどうぞお早めに。TDNもフランスからもエントリーが届きましたよ。誰かって?もち・・・・さん。ああ、もうすぐパリダカ!見た?ニュースステーション!フランスのTVではガストンが解説者で、面白いかもです。


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No.0566 – Organisation Voice 2003/12/12

ソウルにはカラスが居ない?!というのが、目下のうちの事務所内での国論を二分する問題になっております。誰か答えを知ってる方は教えてくれないでしょうか。

さて、TDNも早割りをするんだったら、20周年企画第2弾!のSUPER-N RALLY CROSSもしようじゃないか!だって20周年企画だもん。ってちょっとくどい。ということで、この大会では実況中継や、場内での放送を通常のPAとFM放送で行う予定なのでございますね。

それでは12月末までにお申し込みの方には、ヘッドセット付きのFMレシーバーをもれなく!プレゼント!!することに決めたんですね。でも高いのと数量に限りがあるので、お早めにどうぞ。


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No.0565 – Organisation Voice 2003/12/11

急に寒くなりました。いかがお過ごしですか。今週末は友禅で忘年会!SSERに集合できる人は、松山の事務所から、林道を乗り継いで現地まで走っていきませんか。モチバイクでもクルマでもOKですよ。

以前は梼原のプールに泳ぎに行くのに、舗装されずにあったダート(当時ね)を一覧にすると、川内から井内林道12km(これはSSERのイベントでは未使用)房代野線5.5km、千本川内線7.0km、ひわ田線5.0km、今生坂線と小田の本線で16km、大谷線とそのバリエーションで16km(夏のSSERのSS5だね)かつてあった西谷線26km、猪伏線7km、梼原の林道系約30kmで合計100kmオーバー!事務所からこれを往復して、かつ梼原のプールで泳ぐ!というトライアスロンみたいなことをやってました。こうすると舗装よりもダートの距離が長くなって、ミニTBIの気分だったのでした。以前こうした記憶を元にTBI2!!というイベントを開催したのですが、もう大変「へとへと」になっちゃいました。

大変というと、例のイラク派兵問題。見事に国論を二分して喧々諤々!イスラム社会は、ぼくも少なからず知ってますが一筋縄では、いきませんぞ。で、今回の忘年会のテーマはこれ。「行くべきか行かざるべきか。」いつも何につけてもそう思うのですな。しかし行かんことには分からんし、行って怪我してからじゃあ遅いし。いや、いい加減なこと言ってますけど、これでもちゃんと意見は持ってるんですよ。そんな話はまたの機会に。


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No.0564 – Organisation Voice 2003/12/09

「ある晴れた日ー、遠い海の彼方に煙が立ちー、やがて船が見えるー。真白い船はー・・・」と、子供ながらに異国情緒を感じずにはいられなかった、オペラ「蝶々夫人」来年は、ミラノのスカラ座で初演されて100周年を迎えるといいます。以下はNEWS記事の抜粋

『戦前、あでやかな着物姿と透きとおった美声の「蝶々夫人」としてヨーロッパで名声を博しながらも、日本ではほとんど知られぬまま世を去った幻のプリマ・ドンナ、喜波(きわ)貞子。彼女の舞台衣裳などの遺品54点が、保管していたフランス人の愛弟子から、「蝶々夫人」の舞台である長崎市のグラバー園に寄贈された。プッチーニのオペラ「蝶々夫人」がミラノのスカラ座で初演されて100周年を迎える来年、公開される。

 喜波貞子は1902年、横浜生まれ。母方の祖母が日本人、祖父はオランダ人で、父親もオランダ人の商人だった。17歳で単身ミラノに渡り、声楽のレッスンを積んだ後、20歳の時にリスボンのサン・カルロス劇場で「蝶々夫人」の役でデビュー。以後、ヨーロッパの一流劇場で「蝶々夫人」を中心に「イリス」、「トゥーランドット」など東洋ものの公演を次々に行い、三浦環をしのぐ人気を集めた。イタリア語を優雅に歌ったといい、「日本の夜のうぐいす」などと呼ばれた。

 「蝶々夫人」の公演は1000回を超えたが、日本への帰朝公演は実現せぬまま第二次世界大戦の勃発で舞台を去った。そして83年5月、ついに祖国の土を踏むことなくフランスのニースで80年の生涯を閉じた。

 喜波は同じオペラ歌手のポーランド人と結婚したが子供はなく、「蝶々夫人」の舞台で使った着物や和傘、かつら、髪飾り、楽譜などの遺品は、ニースで最後をみとった愛弟子の元オペラ歌手、ミレーユ・ガエッティ・カペッルさん(83)が大切に保管していた。それを喜波の生き方に引かれたイタリア在住の日本人オペラ歌手、井戸靖子さんが譲り受け、「喜波貞子さんを偲ぶ会」の事務局長を務める福岡県城島町の萬年順子さん(55)を通じてグラバー園に寄贈した。

 グラバー園には「蝶々夫人」を作曲したプッチーニと三浦環の銅像はあるが、オペラ「蝶々夫人」と直接関係する展示物はない。喜波の人生そのものがドラマチックである上、贈られた遺品は世界の一流オペラ劇場で実際に使われた衣裳や小道具類。しかも喜波の母方の祖母が長崎出身で、外国人の祖父と出会ったのも長崎市だったことなど、喜波自身のルーツも蝶々夫人と重なる。そのため、来秋から園の目玉として常設展示する方向で準備を進めている。

 「偲ぶ会」は来年3月26日、イタリアから指揮者と歌手、そしてフランスから遺品を保管してきたミレーユさんを招いて、福岡市の福岡銀行本店ホールで喜波の追悼記念演奏会を開く。

 遺品の引き渡しやコンサート準備に奔走してきた萬年さんは「喜波は、オペラという文化を通じてヨーロッパに日本を伝え続けた人。その遺品が『蝶々夫人』の初演から100周年の年に長崎で公開され、追悼コンサートが開けるのも何かの巡り合わせ。できるだけ多くの日本人に喜波貞子というプリマ・ドンナのことを知ってもらえれば」と話している。

 コンサートの問い合わせは福岡音楽文化協会(092・414・8306)へ。』

 さあ、NAGASAKIへ。日本の中の異国へ。皆さんもぜひ。

きょうの一枚
あらあら、試走チームのなんと素晴らしいことでしょう。でもこれは今年の新緑の季節の北海道試走チーム。今は雪の中で試走中!!アスファルトとダートの境界線が間違っているのもうなづけますよねえ。でも大方は工事のせいだからねえ。で、九州地区と中国地区の試走は、NEW WEPON!!PAJERO EVO.が投入されちゃいます。こうご期待!

No.0563 – Organisation Voice 2003/12/08

この季節になると、フランスが恋しくなります。というかパリでラリーの出発準備に追われている身が、懐かしいというか、なんとなくそこに身を置いていないという事への寂しさというんでしょうか?困ったものです。それほどまでにパリダカというのは魅力的なのです。

実は今回は、かなり大勢の日本人の方が参加します。それも近年になくです。そうした思いを滾らせている方がたくさん居るのだなあ、と思うと何か勇気のようなものが沸いてきます。しかし現実はそう甘くはないのです。その完璧な準備をしようとすれば、どれほど多くの時間を必要とするのか、そして長く日本を留守にすることへの仕事の上での問題や不安、また周囲の認知。そして何よりもそこにかかる費用面。おおよそ以上の3点が、クリアしがたいパリダカが突きつけてくる、最初で最大の山場なのです。それに比べるならモーリタニアのデューンなど、たいしたことじゃないんです。

で、その3点がいずれかが不完全であれば、結果は不完全です。「得られるものよりも失うものの方が大きいということになりかねない」と思うんですが、最近は「いやいや、完全な望むべき結果というものはない、その場に参加できただけで良かったじゃないか。」なんて思えるようになってきたものです。

これを翻って、主催するという視点から見るとなると、「完全な結果を得るための、微塵も揺らぎない準備」を自分も求めてくるし、それに100%近づけようとするわけなのです。つまりプロ的志向を持つものは自分的には、主催するということなんだろうなあ、なんて考えるわけです。

プロ的であることの素晴らしさ。アマチュアであることの悦び。人生を楽しむには人の一生はあまりにも短いような気がしませんか。


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No.0562 – Organisation Voice 2003/12/06

昨日のOVの「今日の一枚」のキャプションがなかったでしょ?あれは、1995年第1回大会ラリーレイドモンゴルのエタップ4、陽も傾いた砂丘の間から救助を求める無線が、次々と飛び交っていてパニック!なのですが、砂の丘の上を歩く一人の女性ライダー。第1回大会を象徴する有名なワンカットとなってしまいました。それにしてもデューンの美しさったらありません。

昔のこと、たぶん取材の人からかな「どうしてみんなデューンに惹かれるんでしょう?」「うーん、DUNE ってNUDEが語源で、あのたおやかなシルエットが女性の・・・・」「DUNE…NUDE、なるほどねえ」と彼。結構口からでまかせなんだけどなあ。


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No.0561 – Organisation Voice 2003/12/04

HP連載中の「彼方へ」がついに第1回ラリーレイドモンゴルのスタートを切りました。なんかこう、その時は言えなかった胸のうちやら秘話やらを暴露本ヨロシク書けています。次回あたり、OZさんの事故がやってきます。本当はどうだったのか、どうやって生還したのか?なんてことがつまびらかになるのでしょうか。

で、「彼方へ」の写真の中に、ビデオが用意されているのに気がつきましたか?これはプロもーションビデオマニアと呼ばれたわれわれの、モンゴル第2作目らしいのですが、これからもこうした古い映像も、気前良くUPしていきますのでお楽しみにですよ。さて「彼方へ」はどこまで続くのでしょうか。

一方では、パリダカの情報がかなり濃密になってきました。注目の?カミオン部門は、実はオールドファンにはたまらないデルーイの最近のカムバックと、異常なまでの彼の息子の活躍ぶりが大注目。88年に事故で撤退してて2001年にカムバック。その1年目は精彩を欠いていたのですが、2年目の昨年は、長足の進歩。恐るべしです。以前も書きましたが、優勝を手中に走る息子が、ゴールが近くなって砂丘で転倒して、それを牽引して帰る父子の姿が胸を打ちました。

チームスガワラの親子も、早く2台体制で走れないのかと念じております。息子のテル君、実は先のファラオで古いレンジャーに乗って優勝してるのです。老練が勝るのか、若い瞬発力が勝るのか議論はつきませんが、ひとつ言えることは「少年老いやすく・・・・」なのです。パリダカのように1年に1度なんてイベントを追っかけてると、気がつかないうちに年を重ねてしまいます。モンゴルでのラリー開催もそうでした。僕の40代を返してくれー。


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No.0560 – Organisation Voice 2003/12/03

久しぶりの青空の帰ってきた12月2日火曜日です。出社一番でOVを書いていたりします。イラクのニュースが衝撃的な週始めでした。議論百出といったところですが、すべての人の立場と気持ちがよく分かって「難しいなあ」としか言いようがないです。

さてTDNですが、今大会のスタート予定地だった奄美大島ですが、どうしてもフェリーの日程調整がつかないために変更することにさせていただきます。スタートの新しい候補地は、ハウステンボスです。日本を語る上で重要な位置づけの長崎をスタート地点に選びました。そして、プレエントリーを12月末までの1次と1月末までの2次に分けて、1次プレエントリーでは15%の「早割り!」を実施して「クー、アマミに行きたかったよー!!」という方のお詫びのささやかなシルシ!とさせていただこうというもの。ガストン・ライエもどうしても走りたい!と言ってまた彼のフランスの友達を連れてくることでしょう。そして、フランスで連日ご奮闘のスガワラ御大もニューウエポン!が完成してるって、画像まで送ってきたりなんかしています。NEW XRですけどね。

この2年とはいえ昨年は2部に分けたために、何かもう3回も大会をやってしまってるTDN!です。北の大地では積雪と闘いながら、遅ればせながらルート制作が始まってますし、日本海側もまもなくズワイガニの季節じゃなくって雪の季節。早く食べにじゃなかった、コース作成にイカナクッチヤ。それにしても日本の冬は、美味しいものがたくさんあるねえ。SSERの忘年会もお忘れなく、間違いなくNEWウエポンをご披露いたしますよって。


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No.0559 – Organisation Voice 2003/12/01

2003年も残すところ1ヶ月!となりました。チームスガワラは、彼らのフランスの本拠地であるルマン市の程近くのテロシュ村に、大きなガレージを持ってるのですが、その庭だか裏だかに、ゲルを建てたようです。その地は、子供の頃観た映画、スチーブ・マックィーン「栄光のルマン」の情景そのままです。映画の冒頭では、彼の駆るナローポルシェが、ルマンの大聖堂の前を走り、たぶんだけどユーノディエールに向かう緩やかな起伏の中を走ってて、もうその地を知るものには垂涎の映像でしたねえ。ってのはともかく、ゲルを建てたということはただ事ではないのですが、ご興味のある方はhttp://www.teamsugawara.jp/jp/france.html からどうぞ。栄光のルマン、ああ、その言葉に少年時代の僕は、どれほど眩暈を覚えたことでしょう。

きょうの一枚
ならば、とばかりにSSERのゲルです。大会本部に設営される大会のHQオフィスのゲル。どうやら奥のほうに2台のパソコンや、足元には通信機材、ありがたいことにインマルサットの電波は、ゲルは透過するので室内で設置できる。


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