No.0041 – OV 1999/12/31(金)

いよいよ1900年代最後のVOICEとなりました。お正月の数日間、ボクはナニをするでもなく過ごそうと、少し話題になっている?西尾幹二・新しい歴史教科書を作る会編の「国民の歴史」という枕になりそうな1冊とパトリシア・コーンウェルの「警告」を買っておウチに帰ります。かたや世界の街の角々にはミレニアムを祝うさまざまなイベントが仕掛けられているというのにボクはこの瞬間を大切にウチで本でも読もう!という計画です。ちなみにTVは観ないです。 きのうはリチャード・ブランソン氏について書きましたので今日は誰について書こうかと考えてますが、本日の該当者はナシです。 さっき北海道のハルキヒサシ君と電話で話をしました。1月7日の夜には幕張のニューオータニで会う?なんて話をしました。彼はBIG TANK MAGAZINEという雑誌を主宰しています。(みんなご存知ですね。)エライもんだと僕は常々思っています。なかなか出来るコトじゃナイです。エンデューロの定義などについて、よくTelで話をしますが途中でいつもダジャレばっかりになって「ワッハッハッハッ」で終わってしまうことが多いです。1月8日の発表会は、はるか北海道からやって来る!そうで北海道からRRM2000に出るチームを作るので札幌まで説明会をしにきてチョーダイ!って言うので行こうかなっ!と思ってます。 それではみなさん、どうか良い年をお迎え下さい。フランスに居るダカール日本人エントラントのみなさんもどうか良い年を、そして満足のゆく結果にむけてGO!

No.0040 – OV 1999/12/29(水)

ov_0040_19991228_1200_01年の瀬なので2000年にむけて、ラリーをはなれたいくつかのおハナシ。 僕の尊敬する人物のひとりに、リチャード・ブランソンという男がいる。いわずと知れたあのヴァージン・グループの会長である。彼の冒険的なニュースは’91,熱気球による史上初の太平洋横断くらいだろうか。’87にも大西洋の横断(これも史上初)に成功している。まあ誰も(日本人は)ヴァージン・グループの(当時はヴァージン・アトランティック航空が特に有名だったから)社長の道楽だろう、くらいにしか思わなかったろう。しかし今になって新たに思い知らされるニュースがあった。12月21日、ブランソンは記者会見で、ヴァージン航空の株式の49%をシンガポール航空に6億ポンドで売却する!という。まあルノーが日産の株式の36%を取得してアレだから、まあいろいろとウワサは流れるだろうし、それにしても49%というのは!!と誰もが考える。彼の自伝「僕が世界を変えて行く」(だっけ?)を読むと、彼はいつも資金調達に困ってて銀行と死闘?を演じてた。そんな時は彼は既存の事業を売却しては新しい事業や成長させたい事業にツギ込んできたんである。だから、今回はナ~ニか?と言うと、グループ会社のヴァージン・ドット・コム社にツッ込むそーである。92年にさかのぼれば、あのヴァージン・レコードをEMIに売って、当時資金難にあった?ヴァージン航空にツッ込んだもんである。で、そのハナシのさなかに、彼は熱気球を作り、計画を練り(スポンサーこそ探さなかっただろーけど)太平洋横断飛行に挑んでるわけで、やっぱりこいつはスゴイや!と思わせてしまうんである。つまりね、いつもチャレンジャーなワケです。ここで2000年をむかえるにあたって彼はネット事業こそが21世紀のビジネスだってなワケで新しい事業に挑戦するんですね。ナニカを拾おうとするとナニカを捨てなければならない...とかいうハナシではなくて、彼のように常にチャレンジャーでありたいというコト。チャレンジャーである自分が自分を輝かせ、雄弁にし、熱い光を目に宿すのである。さあ2000年、ナンであれ、僕もコレをお読み頂いたアナタもチャレンジ元年です。もう古いコートは脱ぎすてて新しい時代の挑戦を、リチャード・ブランソンのように、とりかかろうではないですか。ナニもビジネスのチャレンジだけではナイのです。自らの限界に挑むのは、ナニからでも出来るってワケです。

きょうの1枚
ついにアフリカツインの姿がこのHPに現れましたね。その左右のXR400はどうもダストランプから見るとラリーレイドレギュレーション仕様のようだし、ナニやら怪しい。むこうに見える林もどうも日本離れしてる。というコトで正解はあのモンサンミシェルへのツーリング中のワンカット。フランスでもこうしてツーリングしてるんですよね。でアフリカツインというのはフランスでは超高級なマシンで、スーパーテネレ、BMW-GSなどと並んで大陸ツアラーとして豪快に走り回ってるんですね。いいだろーな、こういうのって。

No.0039 – OV 1999/12/28(火)

ov_0039_19991228_1200_01さて、1999年も残すところあとわずかとなりました。90年代、あなたにとっていかがでしたか?80年代は?70年代は?とふりかえってみると私的にもナンであれ20世紀後半はニガニガしく、しかし美しく輝いていたように思います。数年前まで20世紀の最大の発明は自動車だ!喧伝されましたが、この1~2年でいやコンピューターである、という事になりましたね。でも実際には、このコンピューターが作った不思議な「ネットワークの世界」こそが20世紀最大の発明じゃないかと思います。人と人のかかわり方が変わってきましたね。プリミティヴに生きる!モンゴルへ行くたびにそう思います。我々は持ち過ぎているものが多すぎるような気がします。失うのがコワくて、人と人とのネットワークに頼っているような気がしませんか。ほんとにハダカの自分と対峙してみませんか。そこはモンゴルだったりします。2000年こそ、自分を再発見する。いいじゃないですか?ところで、このHPでオフィシャルスタッフのサイトもはじめよーかと思います。「えっエンスーの○○○」はまだかって。まだなんです。週刊も月刊なみだし。2000年はガンバロー。

きょうの1枚
なんかね、頭のなかにはモンゴルとヨーロッパが混在しています。まぁ、ヨーロッパってのは、モンゴルが攻め込んだりしたものですから、チンギスハーンにはヨーロッパ的なヴィジュアルがまあ、わりとつきまとうワケです。でもここは来年6月のフランスのオフロードツアーで行く予定のモンサンミシェル、修道院ですがフランスでも超A級の観光地です。そー昔CIVICの広告で使われたトコロ、というともっとわかりにくいんでしょうか?海の中にあって汐が引くと歩いて行ける?そんなとこって、ウチの近くにもあるゾ!と思うんですが、まあ、来年みんなで行ってみましょーね。

No.0038 – OV 1999/12/25(土)

この2~3日の寒波も少し緩みましたが皆様の地域はいかがですか。連日のように小雪が舞ってますね。で小雪といえば私たちSSERの愛犬(アラスカンマラミュート種です。)も小雪というのは皆さんもご存じですね。6年前の小雪舞うクリスマスイブにやって来たワンちゃんです。SSERの事務所の中や各イベント会場でさまざまなハプニングを巻き起しながら愛されています。

さて、きょうはクリスマスイブ、でも掲載されるのは25日だろうからメリークリスマスとはもう言わないね。そんでもって、TBIやRRMのプレレジストレーションの1次締切り。なかなか厳しい状況ですね、世相かね。やる奴はやりますね、やっぱり。われわれももっと頑張ってもっともっと多くの方がもっともっと参加しやすい大会にして行かなければならないと思ってます。どうしよーか!と悩んでるアナタ。そう、そこのハルキ君!イワサキ君!タナカ君!今ですよ!チャンスはね。まだまだヤリましょう。TBIもRRM2000も。さて、あちこちで○○日、というのが流行りはじめてますね。BTM(ビッグタンクマガジン)の中でもモシカシタラ日刊というのがスタートします!もうみんなネーミングが下手なんだから、じゃあ僕からネーミングのプレゼント。先着1名様に無料使用権進呈。ジャーン。それは「スポットデ日刊」通称「スポ日」やっぱマズイか、これ。

No.0037 メリークリスマス – OV 1999/12/24(金)

ov_0037_19991224_1200_01パリの街は美しいイルミネーションで幻想的なんだろーな。でも最近は日本でもあっちこっちでイルミネーション、ライトアップでとってもロマンチック。ヨーロッパ的。しかもミレニアムさわぎ。1900年代最後のクリスマス。で、あなたはどなたとお過ごしですか?わたし達SSER ORGANISATIONが5年前、モンゴルをはじめる前に送った1枚のクリスマスカードの写真が出てきたのできょうの1枚はコレ、をお届けします。

きょうの1枚
1994年試走隊が出会った1本の不発のミサイル。僕たちの落書きによると’94・7・9・AM11:45となってますね。誰が何時、なんてコトを考えてみてもしかたがありませんが、このエリア、モンゴルの東南部には確実に20世紀の負の遺産が色濃く残っています。もっと東に行けば第1回大会の時に通ったミグの墓場や、ノモンハン近くにある旧日本軍の戦車の残骸、地雷、ロシアの空軍基地の跡、ロシア語で書かれたスローガンのアーチ、東と西のハザマにあって揺れ動き続けた20世紀の記憶が乾燥してるが故に朽ち果てること無く残っています。アジアに生きた同じ仲間として、いつも気にかけておきたいトコ、ですね。

No.0036 – OV 1999/12/23(木)

ov_0036_19991223_1200_01とってもがんばってるチーム スガワラのフランスからのHP「ダケニチ」是非見て下さいね。わたくしネーミングの先生としては次の「サトコのちょっと失礼」というのはまあ、面白いんですが、もっとインパクトのあるタイトル…例えば「サトコのソートー失礼!」とかにしてくれるとありがたいんですけど。どうですコンドウさん?ゴメン。彼らがパリ・ダカをスタートしたそのあとは、このデキニチの中でおそらくコーなってるだろうチーム・ダケニチの予想と解説を展開していきます。空想実況中継だと思って頂ければOKです。主な登場選手は、チーム スガワラ(HINO)、サイトウ(XR400)タニグチ(XR400)、イケマチ(XR600)、Wヤマムラ(KTM,XR400)などなどです。それ以外の選手の実況の必要な方は是非リクエストをe-mailで!SSERの静止衛星をアフリカ上空へ移動させておきます。あ、あとモンゴルの輸送費の案内が届きました。思ってたより安い!近々ご案内します。ところで昨日からの寒波はナカナカのもので、ホワイトクリスマスが実現しそうな勢いです。

きょうの1枚
ホワイトクリスマスだとか、石鎚山が北アルプスみたいだ、とか言うので選んだのがモンゴル-アルタイ登山隊じゃなくてラリーレイドモンゴル試走隊の1ショット。クルマの中ではTシャツ短パンってな感じで、おソトはこんな感じです。来年は、もっと高い山へ行きたいなぁ。っと思う僕はヘンなんだろーか?

No.0035 – OV 1999/12/21(火)

ov_0035_19991221_1200_01ホワイトクリスマスか?!OFFICEから眺める石鎚連峰は北アルプスみたい。ゾクゾクしますね。ゾクゾクすると言えばまた風邪をひいてしまいました。南国四国も、さすがに昨日、今日と寒いです。で、モンゴルのプレエントリーもゾクゾク(なんかNHKのCMみたいですが)KTM620の住田さん、いつもはドミネーター?のウエニシさん、もちチームアフリカツインのイケダさんもきてますね。とアワタニさんもチームアフリカツイン、同じく海自のイイさんもアフリカツイン。なんでコンナになってるんだろうか?!でGS勢は松本充治氏を中心にドーヤラ関東で大リクルート中!?いよいよ面白くなってきました。ところで主流のXR400とかDR400(えっまだなの?)とかはドーなってるんだろう。あと軽4バギーやらイロイロと、昔のパリ・ダカ1979年とか80年ころの「ナンでもアリ」が冒険的で面白かったころみたいになってきた。ライトウエイトエアプレーンの参加の打診もあるくらいで(ナンじゃ?)ひょっとしたら別カテゴリーの闘いが上空で繰り広げられるかもしれません。地上戦はヘビー化の波、空中戦はライト(兄弟ではない)エアプレーン、ヘンだけど面白い。 ところでキョウの質問の回答…車両の往復通関アンド輸送費はHOW MATCH !? これは4輪で3カテゴリー(サイズで別けます)バギーや軽4クラス(カテゴリー1)で70~80万、テラノ・ランクルクラスで80~90万、それ以上で90~110万くらい、までにせよ!!と輸送業者には申し上げております。さて、バイクは2カテゴリー。20万以下と20万ちょいの2つくらいになると思います。スガワラさんのカミオン(で出るらしい)はちょっと別途見積かな?(コンテナに入らない!)

きょうの1枚
こいつあね、モンゴルのオートバックス、いやイエローハットですかね。フツーは自動車ザハと呼んでます。ディスクプレート、ウインカーレンズが見えますね。全てがロシアンジープ用、ガズトラック用なのですが(ベアリングなんか、とってもボロい)ちょくちょくランクルへの流用できるパーツも見つかります。(見つかるかーそんなもんね)

No.0034 – OV 1999/12/20(月)

ov_0034_19991220_1200_01本人も認めるうちのパクリの「気持ちだけ日刊」で「キモニチ」は気持ち悪いので「ダケニチ」というのがTEAM SUGAWARAのHPではじまりました。ここでは本家のネーミングの良さを考えてみましょう。「デキ日」のデキルというイメージはポジティヴなワードなんですね。一方「ダケ日」の○○ダケというのはネガティヴ系のイメージワードなんです。だからホントはキモニチが正解です。

そこで僕が命名(ネーミングは結構本職なんすよ)イケルトコロマデ日刊→イケニチとか(ナンカ…イケマチみたいですね)ドーセ、パリ・ダカ始まったら「気持ち」ダケになってしまうもんね。で、このキモニチじゃなかったダケニチだっけ?を書いてる人はRRM1999のカミオンバレーのドライバー。RRM2000には1人乗りのバギーで出場するんであります。ぜひ、毎日アクセスしてみて下さい。

ところで1月8日(土)18:30~平和橋自動車教習所(東京都葛飾区東立石1-3-16)でRRM2000のPRESENTATIONをします、いわゆるモンゴルの夕べですね、映像ももり沢山ですので、興味のある人は是非、ナイ人も誘ってゼヒゼヒお越しください。えーと、RRM2000の質問がふえてきてます。毎日少しずつお答えしてまいります。12月24日、もうすぐですね。質問はどんどんe-mail & FAXでね。原則として公開していきます!えっ年齢?60歳代にもうすぐ突入する人も出ますもんね。それとアフリカツインファンから強烈な抗議文?が届いてます。アフリカのコーナーも作れ!!というコトです。賛成の方は○、反対の方は×をつけて下さい。…なににつけるの?

きょうの1枚
イトーが釣れるんですよ、カンタンに。なっていっつも言ってるのにみんな「ヘェー」とか「フゥ~ン」とかあいまいな返事。わかった証拠写真だっということで試走中のひとコマ(ポイントは言えん!)1匹目はカワノ隊長がごらんのように。でもスゴイ、ファイトしますね。そんでもって、とっても旨い。というコトでツリキチ三平もビックリ、という写真でした。  

ov_0034_19991220_1200_02

No.0033 – OV 1999/12/17(金)

ov_0033_19991217_1200_01発表しまーーす! 2000年1月8日(土)RRM2000 PRESENTATION in 東京(発表会ね)昼の部はPRESS PRESENTATION(記者発表)13:30南青山6丁目のMODA POLITICAで行います。TOKYO COLLECTIONなどファッションショウも行われる、とってもオシャレなトコロらしい。ドキドキ。そして夜の部はいわゆるモンゴルの夕べ。たっぷりの映像をお見せします。これは葛飾の平和橋自動車のご厚意で18:30からですね。ここでは来年出場する宇賀神まゆみさんに会えます。とっても楽しみですね。でもどちらに来て頂いてもOKです。バッチリ盛りあげましょうね。

きょうの2枚
これは1992 PARIS-LE CAPの写真だ。ドライバーは車イスのクレイ・レガッツオーニ、マシンはメルセデスEボディの中身はおそらくGだと思うけど。レガッツオーニは往年の名ドライバーだけど事故で下半身不随。でもちょくちょくこうしてPARIS-DAKARにやってきた。マシンの作りだってオシャレだ。冒険精神に富んだ人だね。元ワークスドライバーだって、プライベートで1人で挑戦する時のほうがいい顔をしてるんだから...。面白いね。  

ov_0033_19991217_1200_02

No.0032 – OV 1999/12/16(木)

ov_0032_19991215_1200_01街のあちらこちらに、またインターネットのHPのあちらこちらにカウントダウンの時計が出現してて実にかまびすしいことですね。あと2週間で1999年が終わり、2000年になっちゃいます。2000年、あぁなんと素晴らしい響きでしょう。まるで交響曲第九合唱つきの歌詞のように誰もが全ての苦しみから解き放たれて永遠の歓びに満ち溢れる、といった感じがしますね。誰が伝聞したのかは知りませんが(1899年から1900年になった瞬間を知ってる人なんていないでしょうに。)、おそらくこれが世紀末の気分ってヤツだと思います。つまり何もかもが新しくなる(よーな気がする)。まあRESET!な訳です。「あー17才くらいからヤリ直したい!」と思って例えばヤリ直したとしても果たしてドーなのか?まあ本当はヤリ直せないことを知ってて言ってる分には罪はナイ!んですけど、今度の2000年への大騒動はナニカ人が幸せを運んで来てくれる的な気がありますね、特に日本の気分は。僕は政治と宗教のオハナシをあまりしない事にしてるんですが、なかなか祈るダケでは良くならないというコトをまた知っています。まず自分の足で立ちあがって、自分の腕で取りあげてみて...。力があるから重たい荷物が背負えるのではなくて、重たい荷物を背負うから力がついて行く...そんな国、そんな人になりたいです。昔モンゴルの偉い人と日本と大陸の関係について話しあったコトがあります。その話はまた次の機会に書きます。きょうはタマにはシリアスな気分...というコトで。

きょうの1枚
再びあのETAP-4。ピストらしいピストは、ココで消えてしまいます。ここから先は人が入ったコトは無いんです、有史以来? あるとすれば試走の時に僕たちが右往左往し続けて残した轍のみ。(本番の時にヘリで上空から見て、あっあんなトコに轍がある!って降りて見たらMICHELINの轍。なんだ僕のか?!ってなコト)このポイントは2000年もおそらく使うからね、要チェキだ!

No.0031 – OV 1999/12/14(火)

ov_0031_19991214_1200_01昨日は大阪ATCでSSERシリーズ戦表彰式とモンゴルの夕べを開催して参りました。久しぶりにみんなの顔に会えてとても楽しかったです。で、東京でも...と考えて1月8日(土)にしようかなぁ?と計画をすすめはじめました。またSuper-Nも、やっぱりみんなの声を聞いてると...。ということで4月1日(土)→ 2日(日)に開催します。えっエイプリルフール?じゃあSSERエイプリルフールって名前でやりましょうかねぇ。ちょっとイメージの新しいヤツ。やっぱりみんなの声と笑顔にあと押しされて、やるんですね、僕たちは。それとこのコーナーにBOX?を作ってBOXごとのNewsなどをきょうからはじめますね。これもまた忙しいけど、だんだん面白くなってきてるのも事実。

きょうの1枚
その大阪ATCの表彰式での1コマ。日曜日の午後開催それにアリーナクロスや他のイベントと重なってしまってゴメンなさい。でも久しぶりに会える顔・顔・顔で楽しい半日を過ごしました。池田秀仁さん(チャンピオン)のスーツ姿もナカナカでした。それと松本充治さんもやって来られて、「よっしゃGSチーム作ってモンゴル行く!!」と大ハリキリ。JAPAN 純正 BMW-GSチーム、どんな顔ぶれになるんでしょうか?とっても楽しみ。細野クンはドースルノ?

No.0030 – OV 1999/12/11 (土)

ov_0030_19991211_1200_01競技者でいるというコト。その精神作用について考えてみたい。たとえば年に1度海外ラリーへ行くにせよ、月に1~2度週末のエンデューロやモトクロスに出かけるにせよ、そのタイトルの大小にかかわらず競技生活にある自身、というのは常に活性化されているといっていいんじゃないかと思う。いわゆる常に元気だ、というコト。英語で言うとバイタルだね。身体の調子も気遣うし、イメージトレーニングなんかもやってるし、何を見てもその延長線上に自分の競技があるように思う。ああ、そんな生活に戻りたい、と切に思ってる。行こうと思ってたパリ・ダカールもそのいちばん準備の大切な時期(9月~10月ね)に超忙殺させられてて、そんなコトやってる余裕もなかった。あっ、やっぱり2001年にしよう、と言い聞かせて。春先からはじめてたトレーニングはとっくに止めてしまってる。

きょうの1枚
スーパーフラットでヘリと競争する長谷見選手。美しいカラーリングのテラノ、マシンはバッチリ、ドライビングはもち超一流。…となれば闘って勝つにはヘリしかない!!ということで、こういうショットとなりました。きのうも書いたけど1999年のRRMはとにかく”南側にヘリ、北側にエントラント、東へ向う”という構図ですね。あー、早くゴビへ行って走りたい。で、長谷見さん「モンゴルには世界の道があるよ」名言です。    

No.0029 – OV 1999/12/09(水)

ov_0029_19991209_1200_01すごい!プロモーションビデオの編集がほぼ出来上がって、さっきプレビューを見せてもらいました。モンゴル参加者のみなさんの顔・顔・顔。ほんと、こういう時ってみんなイイ顔してますよねぇ。また空撮の映像もたっぷりあってRRM’99!って感じです。みんな地上からは見えなかった思いがけない映像がたんまり!!と見られます。でね、大平原の部分ってのは、’99のルートでは東へ東へと行くでしょ、ヘリコプターは左側のドアしか開かないんで、ということは、いつも走ってる選手にヘリコプターの影が写ってるんですね。「今年の写真はヘリの影だらけ!」というのは、そういうことなんです。ゴビの大平原、まぁテネレとかニジェール周辺もわりと似てるんですけどとにかく気持ちよさそーう。デューンは、なるほどコーだったのか!ってわかりますよ、きっと。来年のエントリーの情報もチラホラ。前も言いましたっけ、AUTOの女性対決。キャメルトロフィーの日本人唯一の女性選手 宇賀神まゆみさんドライブのビッグホーン!と近藤聡子さんドライブのビッグホーン!スペックも同じ、ナビもどちらも女性!! それ以外にもきっと素敵な対決が見られることでしょう。ワクワク。

きょうの1枚
それでは、というコトで近藤聡子さんの勇姿です。とても素敵な女性です。ドライバーがね!菅原さんですからねぇ。いや深い意味はありませんが。で、この詳しいコトは前にも紹介しました日本レーシングマネージメント・チームスガワラの[HP]で見ていただくとして、注目はやっぱりジムニーです。運転うまいですね。コイのぼりがいつもより大きく見えるのはクルマが小さいからでしょうか。今年はワダチの少ないルートだったのですが、ワダチにトレッドを合わせるのが難しかったでしょうね。でも全く壊さず完璧なドライブをしてます。ここまでセルフコントロールできるドライバー、ちょっといないっすね。明日は長谷見さんの勇姿をお届けしましょう。こりゃあ速そうでっせ。

No.0028 – OV 1999/12/06(月)

ov_0028_19991206_1200_01拝啓SONY様 VAIO PCV-71 を買ったのは先日のこのコラムに書きました。いったいコイツは何をする道具なのですか?いまこれでビデオ編集してますが。。。素材を取り込むのはドーするんですか。1時間もののテープを作ろうと思うと編集するためだけに1000ギガ=1テラくらいのハードディスクががいるじゃないですか!?今9分できあがりました。かかった時間は約ウン十時間です。私たちの時間をかえして。やりかけたからにはやらないといけないんですが、会社中のパソコンのHDを全く徴収してもぜんぜん足りない。追加で買ってくるHDDなんか、VAIOの本体価格よりもずうっと高くなっちゃうじゃないですか。お願いしますよ。というわけで、僕たちの勉強不足が思わぬところで馬脚をあらわしましたが事務所は大混乱。12月12日のモンゴルの夕べに間にあわん。!!助けて。あーそれとチームスガワラはまもなく日本出発。ガンバレ!!応援メールこちらでも受け付けますよ。速報体制でこのデキ日でも紹介していきまーす。 それとノシロリツコさんも再びパリダカへ(といってもいつも行ってるか)マークモラレスがナビをすることに決定。彼って最近ロワゾー氏と80G/SHPNに乗ってるのね。知ってた。ガンバレモラレス。ホント大変ッスよ。彼が。あと、斉藤君SSERのOfficialでRRM97完走!谷口君、彼もSSER Official最近ツールド福井など開催中!博田?ちょっとねお休み。行けばいいのにね。

きょうの一枚
SONY様 これが私共SSER OFFICEに急に出現した編集スタジオです。テレビはWEGAね。僕が春に衝動買いしたやつ。いま画面はスバルWRC98総集編。だってデータやりとりの時間ばかりかかってスルコト無いんだもの。やはり98のマクレー(大工のおじさんみたい)が早いやね。トンミも早いけど。踏みっぱなしで僕のセガラリーの時みたいなの。今度トンミのレプリカマシンEVO6が出るね。クルマの話ばっかでゴメンナサイ。求むBMW R100GS価格応談!キタなくてもいい。

No.0027 – OV 1999/12/04(土)

ov_0027_19991204_1200_01一昨夜、僕はオカマをホられた。某大手広告代理店の方々と飲みに出かけた時のコトである。翌朝、会社で「僕ゆうべ、オカマホられた!」って言うと、ある女の子が「えーっ○○さんにですか?!」(大爆笑)で、僕のオシリじゃなかったクルマはほとんど無傷。ホッたのはハタチのカワイコチャン(大学2年生)で、そのコのサニーは中破、「ドッカーン」とすごい音がして、僕のバカデッカイクルマは1m程前に飛び出した。で黒塗りのボクのクルマを見て、慌ててケイサツに電話してるのは彼女。警察がやってきたらどーみても僕が加害者。「おケガはありませんかっ?」って彼女にキイテル。あー、ところでインプレッサの限定車出ますね、あした試乗に行こうと。22B欲しかったなぁ、とボクの水平対向嗜好は4輪の世界までジワジワと進出してるのであります。で、どーせ4輪で水平対向といやぁポルシェじゃないの。ってコトで話はいつもココで終わってしまう。さて、僕が旅に出る話が、ナカナカ進まない。誰か呼んでくれませんか...。バイク+プロシードで行こうと思ってます。和歌山の尾崎サンからはお呼びがかかってる!!2-3人小グループのビール飲みながら、モンゴルの夕べ、なんてのは無理ですか?

きょうの1枚
これはTOYOTA L/C OFFICIAL-CARの試走隊。老朽化がひどくて、ここ2年くらい前からは、テラノとかパトロールとかが増殖中。L/C 70もホイールが5穴になってしまってうちに大量にあるタイヤホイールが無駄になるからL/C 70 NEWが買えない!などと、マイナーチェンジには苦しめられます。フロントのコイル化も良いらしいんだけど、街ではNEW 70って全然見かけなくなってしまった、どうなったんだろうか。それにしてもL/C 70ってのは、こういうシチュエーションで同一仕様車を連ねて走ってるのが絵になるクルマです。これが100とかになると、もー冒険してるって絵にならないから不思議です。今、この2台が居るところは、いままでルートとしては使われてナイです。が...来年は使いますね。ちなみに、このあと前を走る1台(ボク)は砂丘の上からゴロリンコ、と落ちたんです。やっぱ要りますロールバー。

No.0026 – OV 1999/12/03(金)

ov_0026_19991203_1200_012、3日前にSONYのVaio 71(ハンエンドマシンだ)が届いた。黒川、佐伯の2人がイス取りゲームのようにウバイあいながら映像編集の作業がはじまった。おかげで事務所の中は、僕の愛する美しい女性ボーカルのBGMが「バタバタバタ……」とか「ヴォンヴォンヴォン」とヘリの音とかOZのマフラーからのサウンドとか、ハセミさんの素敵なエンジン音に支配される空間になりつつある。そこでヘッドフォンを探し出して(これは僕のヘリ用の)彼ら2人にPresentしようと思ってる。いま映像は、例のオリアスタイの手前、ヤルーカントリークラブと僕達が呼んでる砂と水の不思議なエリアの空撮を整理中のよーだ。それにしてもあのボーダイな5年分の映像素材を整理する!!などという思いあがりは...年内には絶対に終わらない。だってスチールのPhotoだってまだ整理が出来てないってのにさ。…で、僕はそれらが少しでも整理されたら全国ツアーに出るんだい。

きょうの1枚
97年横川さんのドライブするTFMアースコンシャス号。ナビは治武君。ナンで今ごろコノ写真か?ってのには訳があって、今TFMのスタッフと来年のスポンサーシップについてお話しをススめているトコロだからです。もちろんむづかしい時代なんですけど、より良いイベントになる!もっと多くの人に理解してもらいたい!2000年は、さらに素晴らしいモノにと祈りをこめて...の登場となったワケです。

No.0025 – OV 1999/12/02(木)

ov_0025_19991202_1200_01オリアスタイの話のつづきだった。オリアスタイから西の方角へむかって砂丘地帯がえんえん300Km以上続いていて、その北側に川が流れてる。この川はヒャルガスヌールというモンゴルの北西域にある巨大な湖まで流れていて、とてもじゃないが、この湖の西側まで500Km以上迂回しないと地上が走れない。そんなスケールなんです。またそんなルート作りだから面白くて、RRM2000もこのオリアスタイを中心に展開しちゃいますね。 今、実は仕事の(広告のね)打合わせ中にサボってORGANISER VOICEを書いてます。いそがしくってたまりません。

きょうの1枚
ラリー最終日のスタート風景。地平線が360°のスーパーフラット、こんなスーパーフラットも実はそんなにザラには無いんすね、起伏に富んでて。でここから一気にULAANBAATARに向って走ってくんですけど、ヘリから見るととってもスゴイところ。またあした。

No.0024 – OV 1999/12/01(水)

ov_0024_19991201_1200_01きょうはオリアスタイのお話し。その前に12月12日大阪のモンゴルの夕べはご案内をみなさまに送り出すのを忘れてたとかで本日、大騒ぎをしてました。そこで、デキ日PRESSをご覧のみなさん!!是非お声掛けの上、お越し下さいねっねっ。あわてて、案内状を本日、作って送り出しをしてましたが...で、只今ビデオ大編集中!!そんで写真集はちょっとSTOP状態。イソガシスギルー。さてオリアスタイ。この町は僕はモンゴルの町々のなかでも特に好きな町。オリアスタイから南へ、そして西へと川が流れております。この川がクセモノでこの町へ来なけりゃ延々500Kmも迂回しないとクルマでは渡れない...など地形的にはヤヤコシイ。橋をかければ全てはOKなのにね。で、オリアスタイの町の真ン中に、橋がありましてね、1つはコンクリートの橋、となりに古い木橋(歩行者はOK)これはナント中国の紋様が施されていて橋柱には青龍橋と書かれています。町の入口の超でっかい岩にも青龍と書かれていて清朝統治下のオリアスタイはその例のヤヤコシイ川のおかげで青龍(アオタキじゃない)と呼ばれていた(んではないか、という僕の推測)周囲を天然の要塞で(要は岩山ね)で守られ、長い川は水を供給するばかりか敵の侵入に備えてて、今はその岩山の間にぽっかり開いたエリアに飛行場があって、パイロットは離陸が難しいとか言ってた。でも着陸はカンタンなんだって…オリヤスイタイだもの。

きょうの1枚
そのオリアスタイの空港でのビバーク。ここの空港に我々は物資輸送の基地として使っている。時にはビバークとして使う。その時はトイレがちょっぴりプロブレム。輸送機アントノフA24をチャーターして飛ばしたりすんのもココ。ヘリの燃料の集積地に使うのもココ。で、チンギス・ハーンもそうだったらしい。とにかく居留地・ビバークとして使うのにはとってもいい。ナニセ、オリアスタイだもの。エッ、サムイ。ゴメン。


OVバックナンバー

(2022/06)Organisation Voice は現在旧サイトからデータ移行中です。
工事中のところが多数ございますがご了承ください。

2015年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2014年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2013年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2012年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2011年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2010年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2009年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2008年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2007年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 01 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2006年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2005年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2004年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2003年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2002年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2001年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
2000年 | 01 : 02 : 03 : 04 : 05 : 06 : 07 : 08 : 09 : 10 : 11 : 12
1999年 | 10 : 11 : 12月
旧Organisation Voiceはこちらからご覧いただけます。