コラム「原点回帰と言ってしまえば簡単だが」- TBI2016

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TBI2016_columnimgもう30年近くも前になったが、TBIのはじまりの頃は、ひたすらに苛酷だったように思う。それはマシンも未成熟ならば、装備も情報も皆無に等しい。
さらに言えば通信も簡単に遮断され、つまり携帯電話もない時代だったし、コンビニも無かった。参加者同士のコミュニケーションはSSの開設を待つ時間が主だった。そこで1年ぶりに言葉を交わすのが精いっぱい、そんな時代だった。
ガソリンスタンドは決まって日曜日は休業で、これらを乗り越えるためには石油の元売りと交渉をしなければならなかった。
TBIは第一回大会から13年間は日本石油が冠スポンサーだったのだ。

そんな時代のラリーは、当たり前のように毎日、朝まで走った。
それがTBIの原風景だった。厳しかったが、それが堪えられなかった。なにか自分を成長させているのを感じ取れたからだ。
人生のように、いつも原点を思う。遠くになった時ほど思う。成長した時ほど、その原点を愛おしく思う。
原点回帰と言ってしまえば簡単だが、TBIの風景はあの時代に、まだ見えなかった風景を見に行く旅になった。

YAMADA Tetsu

期間中は以下のURLにて速報をご覧いただけます。

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ルートインフォメーション – TBI2016

■4/29 (金・祝) DAY-1
TOTAL 362.80km  DIRT 116.83km

「千里の道も一歩から」

ダート1000を掲げた2016年のTBI、そのスタートは山深い。新緑の美しい輝きの中に身を置いて、ひたすら集中を高めていく。道は険しいし、その道のりも長い。まるで四国遍路のように、心を研ぎ澄ませていくのみだ。距離と共に心は解放されていく。

■4/30(土) DAY-2
TOTAL 531.86km  DIRT 150.02km 

「空海の開眼した太平洋の明星を望む」

この日なんと530km超えで、しかも150kmのダート。あのTBIがまさに始まる。いくつもの峰を越え、峠を越える。太平洋を望むと、あの空海の時代の修行僧の思いに心が重なる。困難を道連れとして、自身と対峙する旅はここから始まるのである。黒々とした太平洋に、おそらく明星が浮かんでいるだろう。

■5/1(日) DAY-3
TOTAL 547.43km  DIRT 185.85km

「この日、あなたはおそらく呻吟する。」

ラリーは実は3日目がきつい。しかしそのきつい1日は、距離ダート共に過去にないボリウムだ。ひょっとしたら体もマシンも、音を上げるかもしれない。
そして、まだ知らなかった四国の深遠さを知ることになる。
ビバークは標高も高く、この日のライディングには防寒対策も必要かもしれない。

■5/2(月) DAY-4
TOTAL 478.26km  DIRT 183.43km

「まさにDirt Complexな1日」

高地のビバーク地をスタートし付近のダートを走り尽くす。そして大きく西に向かうことになる。4日目は身体がなんとなくなじんでくる。そしてライディングが身体を支配していく。人はどこまでもタフになり、五感が研ぎ澄まされていく感じがする。そんなダートコンプレックス、心と身体のウエルバランスが訪れる。

■5/3(火) DAY-5
TOTAL 506.80km  DIRT 176.44km

「やはり四国は、海だ。」

ついに海に向かう。身体はOKだろう、マシンはどうだ。高原をスタートしこのエリアのダートを、走り尽くす。ダートを抜けたら、また次のダート。本当にダートに次ぐダートだ。不意に海の匂いがする。心がざわつく。ゴールは、素敵な入り江のキャンプ場だ。

■5/4(水) DAY-6
TOTAL 364.83km  DIRT 109.73km

「終わりは、あなたにとって新しいなにかのはじまり」

四万十に行く。美しいキャンプをあとに最終日を堪能する。わずか6日ばかりの旅だが、あなたのライディングの大きなマイルストーンになったのではあるまいか。
TBI2016、残るわずかを惜しむように走る。ここまでの日々は、日本での出来事を超えている。

タイミングチャート – TBI2016


ルートインフォメーション
Days Date Distance&
Net Dirt
Start time CP
1 4/29 362.80 116.83 13:00 1
2 4/30 531.86 150.02 7:00 2
3 5/1 547.43 185.85 7:00 2
4 5/2 478.26 183.43 7:00 2
5 5/3 506.80 176.44 7:00 2
6 5/4 364.83 109.73 7:00 2
Total 2791.98 922.30   11

エントリーリスト – TBI2016

TBI2016 エントリーリストを発表!!

このたびの九州大震災には、まことに心よりお見舞い申し上げます。
一刻も早く安定した生活が戻って参りますようお祈り申し上げるばかりです。

また今回のエントリーリストには、九州からのエントリーももちろんあります。
どうか、困難を乗り越えて参加が実現しますように併せてお祈りを申し上げます。
一方で今大会は、原点回帰なのですが、回帰しすぎて、原点よりもさらに深くなりそうな、ディープすぎる?大会になることが予想されています。
どうか参加される皆様も、見送られる方々にも元気と勇気が与えられることをひたすら願っております。

別ウインドウで開きます

tbi2016_entrylist

 

sserpress2016-04-26
顔写真付きでご覧頂けます。

No.204「キックオフ」- 菅原さんからの手紙 2016/04/22 13:27

letter_204_20160422_1327_01本日(4/21)、日野さんの本社でダカール・ラリーのワーキンググループの皆様が集まり2017年に向けてのキックオフがありました。

最初に常務さんからのご挨拶から始まりました。

彼は昔、日野さんの研究所に所属して
おり、1996年の夏に北海道の芽室にある大きな日野さんのテストコースにダカール・ラリーで使われる道を想定して、深さの違う穴をいくつも堀り、サスペンションのテストをした時に、我々が走って来たデーターを夕方から夜中までかかって解析して、翌日のテストに反映する指針を作ってくれた人です。

スタビライザーの強度を変えるのに、事前に用意した鉄棒を溶接したり、強すぎるとフライスで削ったりしてやってました。

当時は外国の選手がメインでやっており、自動車工学の博士号を持っているドクターライフさんも1997年の大会に出る事が決まっていたので、オーストリアから芽室に来てくれて、一緒にテストをしてましたが、問題が発生しました。

当時のレギュレーションではスタビの太さが同じものを使ってないとだめなのです。ライフさんは固めを希望しており、私はもう少し柔らかくしたかったので希望をメーカーにお話ししたら、二人の希望する中間を取りましょうという事になり、仕方がなくその場では納得して、実際にラリーで走ったら、ライフさんはスガワラが希望したレートの方にするべきだったと言ったのですが、事、すでに遅しでした。

芽室でしっかりとしたテストのお蔭で1997年の大会で始まって以来、1メーカーがトラック部門の総合1位2位3位と10.000ccクラスの1位2位3位のダブルタイトルを取る事が出来ました。

今年は芽室でテストをする事になりましたよ。

写真1は2017年用に照が乗る2号車のキャブが弊社の工場で出来上がりました。
写真2は軽量化されたドアーの内側です。

菅原 義正

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熊本地震に際してSSERからのリリース

このたびの九州地方における地震災害に関しまして被災された皆様方に心よりお見舞い申し上げます。

わたしどもSSERは、東日本大震災のさいに得たわずかばかりの緊急支援の知見を頼りに、今回も出動するのはどうか、という考えもなくはありませんでした。しかしながら、現在のSSERの装備と実力で現地入りすれば、却って行政・自衛隊ほか公的支援組織の行き届かない部分を埋めるということにはならないであろうと判断いたしました。今後の推移をつぶさにワッチしながら、必要に応じた実力にあった支援の形を考えて行こうという意思である、ということを表明いたします。

つきましてはGWに開催予定のTBI2016に関しましては、こういう時だからこそ元気良く開催したいと考えております。全ては当初予定の通りといたします。

ご理解とご協力を伏してお願い申し上げます。

2016/04/19
SSER ORGANISATION
山田 徹

No.203 「残念です」- 菅原さんからの手紙 2016/04/13 18:26

0202_letter_202_20160411_1546-01ブエノスアイレスでのイベントを終えてフランスに来ております。私はフランスに出入りを始めたのは今から50年前からですが、今回は違ってました。

フランス人はプライドが高いのか(私はそこが好きだったのに)空港の案内板にはフランス語と英語だけの表記で、バブル期には日本から大勢のおばちゃま連中がエルメスやルイビトンに列を成して並んだ時期もありました。そんな時でもフランスは凛として空港の案内板はフランス語と英語だけでした。

今回は写真のとおり、中国語が追加されており、がっかりです。空港内の連絡電車に乗っても中国語の案内が流れてました。

今は日本人の倍の観光客が来るので、仕方がないのですかね。

レンタカーを空港から借りて250km離れた会社の工場に来ましたが、3年ぶりに訪れたのですが、周りの景観がかわり、ここでも驚きです。

色々と用があったので近くの村を走り回りましたが、車の量と道路の設計がマッチしているのか、とても走りやすく。命の洗濯ができましたよ。

昨日は、5000年前に作られた横穴式の住まいを見学してきました。

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菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.202 – 菅原さんからの手紙 2016/04/11 15:46

0202_letter_202_20160411_1546_01二か月半ぶりにアルゼンチンに来ております。

成田から12時間30分飛行機に乗ってパリに着き、7時間のトランジットをこなし、更に13時間40分乗って、やっとブエノスアイレスに到着です。成田を出て33時間10分後に目的地に着いた事になります。

昨年の暮れはアメリカのダラス空港で乗り換えてブエノスアリレスに入り、帰りはフランクフルト空港経由で帰ったのですが、日本の反対側に行くのでどのルートも同じくらいの時間がかかります。

今回こちらに来た訳は、日野アルゼンチンが発足して初めての売り出しを記念した式典にご招待いただきました。

こちらの運輸大臣や日本大使館の大使や日野本社から専務が出席しての盛大な式典でした。

自動車の販売会社を始めるには、色々な問題を克服しなければならないのですが、私が驚いたのは、地方都市を回り途中のガソリンスタンドの燃料の成分を調べるのだそうです。これには驚きました。一番良い燃料を扱っているスタンドを聞きましたので、ダカール・ラリーでは参考にさせて頂きます。

こちらは秋になり始めたのか、街の木は紅葉が始まってます。

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菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.201「ギネス更新できました。」- 菅原さんからの手紙 2016/03/23 18:09

letter_201_20160323_1804今年のラリーが終わってすぐに申請したギネス記録ですが、私がYUFUIN RALLYに出ている最中に証書が届きました。

証書には33回の出場と書いてありますが、2008年はスタート地点で中止になり、出走してないのでギネスではその年を回数に入れてないのですが、主催者は34回として認めてくれております。

連続して34年も挑戦していると、様々な事が起きるものです。

1989年1月8日はラリーの真っ最中で、ラリーに同行している新聞記者の方から、今日から「平成」になりましたと言われました。

1991年1月17日は日野さんが最初に挑戦した年で、私はパジェロに乗っていて、ゴールの日に湾岸戦争が始まりました。

1995年1月17日はラリーが終わり、パリのホテルに着いて家に電話をしても繋がらないので、エレベーターに乗ったら外人が日本が大変な事になってると聞き、急いで部屋のテレビをつけたら阪神、淡路大震災でした。

まだまだ、書ききれない程なんですが、一番は34年間もおせち料理を頂いてない事です。

ある時、山田さんからおせち料理が禁止になった事を知らないでしょうと言われた事を思い出しました。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏