第8回湯布院ラリー3デイズ2022 エントリー受付開始

●エントリー受付開始● 第8回湯布院ラリー3デイズ2022
2022年4月8日(金)~4月10日(日)3日間

湯布院ラリー3デイズサイトはコチラから

開幕の春を彩る第1戦は、会期を少し後ろにずらして満開の桜と緑の絨毯になった美しい「やまなみ」や「久住阿蘇」を、陽も長くなり暖かさもしっかり。 さて、今年のルートは どうなるでしょうか?花の季節ならではのルート、久住山の国立公園内の保護エリアを特別許可で走る標高の高いあのSSはもちろん健在。 素晴らしい爛漫の春を満喫!!そんなラリーに。

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No.281 「やっと解放されました。」 – 菅原さんからの手紙 2022/01/18

12月27日からルマンの工場で働き、1月3日から友人夫婦と17日まで旅行に行こうと予定してました。行く時の飛行機には全部で30人くらいしか乗ってませんでした。あれでは飛行機会社も大赤字ですね。元旦は友人のレストランでなぜか全部、日本食が出て来て大喜び、おでんや、めんたいこ、納豆もありました。ツールの町では日本食材料店があり、全部冷凍で手に入るそうです。

テレビではコロナ患者が一日50万人(人口は約7000万人)が掛かっているとの報道があり、旅行を取りやめて6日に羽田に着いたらPCR検査を受けて陰性でも、バスで横浜のホテルに連れていかれて、翌日から数えて6日間、部屋から一歩も出させてくれません。携帯の位置情報で一日2回、入国管理センターから電話がかかってきます。ホテルから解放されても8日間は自宅待機です。今は全ての束縛から解放されてホットしております。

良かったのは2日と3日はクレモンフェランに行き、ミィシュランの本社にある博物館に行ったのとル・プイの町の近くに泊まり、今年のISDEのフランス大会が開かれる場所の見学に行ってきました。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

 

SSER 2022 SCHEDULE

 

「SSER 再始動2022」

長引く感染症拡大に翻弄された2年間。
まだしばらくその余韻も続きそうではあるものの、
この2年間余りを良き休養期間として、
システムや装備の再構築を怠らずに進めてきた。
もっと本質的なものはなにか。
37年目のSSERの目指すべきものはなにか。
2022年のSSERにご注目ください。

 

「たけなわの春に、由布の山々へ」

4月にスケジュールをずらした2021年はなんと素晴らしい花の季節、草原の緑はたおやかで由布の山々も何と清々しい、この中でクロスカントリーラリーに浸る歓びは尽きない。いま阿蘇は噴煙を上げている。地球の鼓動はいや増すばかりだ。だから、どうしても九州へ。由布の森へ行こう。由布の山々をかけよう。久住山の高みにあるSS、森の中に伸びるトレイル。湯布院ラリー3デイズへ

 

「龍馬の足跡を追いかける」

「密なるものの語る声は静か」坂本龍馬が脱藩する1862年3月24日から数えて160年の今年、我々は彼の四国内の足跡を丁寧に追いかけた。すると濃厚な記憶と気配があった。人と人を繋ぎ、新しい時代を切り開こうとする力。これまでのTBIとは全く異なる方向性。新しいTBIと言ってよい。見せたいところがまだまだ山のようにあるのだという事を知ったのだ。ただクロスカントリーラリーの実感は、この日本の原点を回帰する。

 

夏と秋に同じフォーマットを使う熊野古道や高野を巡る日本の精神世界。それは熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野三山を巡る参詣道。ついにSSERは田辺市の協力を得て、この山深い紀伊半島のもっとも雨の多いこの季節に「シャワーライディング」を、世界遺産の景観の中を走り神秘的な体験をする。どれほど濡れてもビバークは温泉宿。すばらしい記憶を呼び起こす、そんなラリーが誕生する。

 

「はるか地平線に沈む夕日を追って」

世界がウイルスの拡散にボーダーを閉じている間に、GOBIの奥地は静かに静謐を保っていた。そこに再びラリーに集う、ラリーに会う、ラリーで出会う、そうした他では得られない極限の地での、新しい友と共有する場である。2022年のモンゴルは、そうした忘れてはいなかった僕たちの地を滾らせてくれるに違いない。ラリーモンゴリア28年目、われわれはいつまでもプリミティヴで冒険だ。

 

「アルタイの氷河へ」

ロシア・アルタイ共和国/カザフスタン/中国/モンゴルの4か国が国境を接する秘境中の秘境。そこは氷河を擁するアルタイ山脈の高峰の麓。ウランバートルからモーターサイクルと4×4でアドベンチャーに旅立つ。そこにあなたは何を見るだろうか。その氷河に立てるかは、それはその人の持つ運だともいわれる、これまでにはないルートとアクティヴィティを交えて。

 

「もう1週間遅らせて錦秋に走りたい」

2021年は、紅葉にわずかに早かった。ならば2022年は本格的な紅葉の中のSSを駆け抜けたい。クロスカントリーラリーのコンペティションとしての可能性を広げたラリー東北は、おそらくあなたの感性にはフィットする。おそらくまた温泉宿を使うだろうしね。東北の地は、秋が美しい。この季節こそ、この世界に浸りたい。

 

年に2回、全く同じルートと温泉宿を使う。 ひとつのルートを夏と秋の表情を楽しむ。 SSは12本、2戦合計24本。ひたすらに向かい合う集中と解放の連続は ラリーの醍醐味でもある。高野に出会い、荒波洗う太平洋にも出る。 日本の最深部の神聖で奇妙なダイナミズムを味わう。

 

 

 

謹んで新春のお慶びを申し上げます

謹んで新春のお慶びを申し上げます。
世界を自由に行き来できない時間が続き、なにかと厳しい日々を過ごした
2020-2021、それでも多くの知恵と努力でラリーの開催を続けて参りました。
ただ北海道とモンゴルのラリーの開催は叶いませんでした。
さて、2022年は、全く新しいラリーも誕生させ、再び魅力的な日々を創造してまいります。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2022年1月1日
SSER ORGANISATION
代表 山田 徹

No.280 「フロントデフロックのテスト」 – 菅原さんからの手紙 2021/12/01 11:30

2023年のアフリカエコレース用のJB64のジムニーにフロントデフロックを付けたので、テストに行って来ました。

4駆に入れて、ローで上がろうとしたのですが、上がりません。そこで、フロントデフロックを作動させたら、簡単に上がりました。

その上り坂は砂地で、いつもは4駆のローの2速では上がるのですが、今回は4駆のHIのローで上がってくれました。

普段は使いませんが、段差のある登り坂には効果があると思いました。

この装置は高圧小型コンプレッサーからデフにエアーを送る事で作動するので専用のコンプレッサーか付いてきます。作動中は絶えず、高圧エアーを送ってるようです。モンゴルラリー用のJB23にも付けてますが、まだ実戦では使ってないのでどちらも楽しみです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

ラリー東北3DAYS2021 総評

例年より1週間早い開催となりましたので、紅葉には僅かに早かったようにも思いますが、如何でしたでしょうか。

天候もめまぐるしく変わり、コンディションは微妙な変化を見せていました。競技の行方も、極めて僅差の戦いが続き、目が離せませんでした。

そしてラリーガストンライエも、これも興味深く、なかでもDUCATIスクランブラーのデビューもあり興味深いものでした。

今回のように宿を使い新型コロナ感染症対策は、まずまずの手ごたえとなりましたが、次回もこうしたフォーマットで、1週間ばかり会期を下げて、紅葉の只中で走りたいものだと考えております。

参加者の笑顔が印象的な大会となりました。

集計システムも新機材の導入のテストも順調で、ラリーコンペティションのあるべき姿、その方向性が明確になった今大会でした。

参加選手たちのスキルも申し分なく、次年度の開催に向け主催者側も一層の努力をしてまいります。

SSER ORGANISATION
代表 山田 徹

 

No.279 「距骨修正」 – 菅原さんからの手紙 2021/10/09 16:00

加齢と左足骨折の為、歩き方が不自然になって来たので、ナビの増田まみさんに「志水式整体」の志水先生を紹介して頂きました。

一か月に一回、見てもらっております。

効果はてきめんで、先日は歩くと左足指が5本とも痛くてたまらなくなり先生に見てもらったら、一発で治りました。不思議ですね。

足の握力も計って頂いたら14でした。まみちゃんは15です。負けました。

積極的に歩くことにしました。

 

 

 

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

 

 

No.278 「54年ぶりの再会」 – 菅原さんからの手紙 2021/09/29 19:00

先日、大阪に行った帰りに偶然、高速道路の鈴鹿パーキングエリアに寄ったらゼッケン14番のホンダのF-1が展示してました。

この車は1967年9月10日にイタリアグランプリのモンツアーサーキットで鼻の差で勝った優勝車です。偶然にも私はこの時、ホンダさんのピットに入れてもらいこの瞬間を見ていました。あれから54年も経ったんですね。

中村監督他メカさん達はHONDAの青いつなぎを着てました。
優勝した瞬間に中村監督が私にピットの台の上に置いていたカメラを見て、「すぐにしまいなさい」と言われ何のことか分からずにいましたら、訳が分かりました。レースが終わったら観客席とサーキットの扉を開けるので、興奮した観客がサーキットになだれ込んできました。もちろん優勝したホンダのピットをめがけてです。日本では経験のしたことが無かったので、大変驚きました。

この7日前にはニールブルックリンクにおり、生沢選手がホンダS800でクラス優勝をしたのを見てたので、私にとっては1967年の9月は忘れられない月になりました。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏