No.0144 BMWが届いた – Organisation Voice 2000/08/31

BMWが届いた。

BMW F650GS-DAKARが昨日の午後、事務所に届いちゃったです。で、こう書けばヤマダが買ったのか?と思うでしょうがそう思わせといて、実は買ったのは天才ラリードライバー(だった)サイキナオヤサン。「ラリードライバーついにオフロードライダーになる」ワケですが、そこんとこはさすがBMW、なんかアップグレードしたようにも思えるあたりが透逸です。

ところでこのBMWの性能だとか、乗り味とかは各誌にかまびすしいものですから、僕はDESIGN事務所のオヤジとして20世紀最後のデザインという切り口で、このBMWとかとかについてお話をしちゃいましょう。ところで数年前のケルンショーの写真でAUDI-TTがデビューした時!VWビートルが変になって甦った時!メルセデスのゲレンデヴァーゲンを見た時、BMW-Mクーペのリアデザインを見た時(これは誰かも語ってましたが)ドイツブランドのデザイン戦略の枢要はナチズムだということに気がついたわけです。(と書いたらおこられますが!)東西冷戦崩壊後のナショナリズムの台頭を僕は予言してたんですが...これがDESIGNの世界に潜在的な意識として思った以上に早く深くやってきていた訳です。「ナチが入れば売れる」実はこれはメイドインジャーマニィの合言葉なんですね。で僕は今のプロダクツ・デザインに必要なのはNASAかナチだ、などと言って人をたぶらかしてるんです。NASAが入る、ということはナニカシラ機能的なものがスグレているかのように思われがちですが、

実はなんかこうカーボンだとかケブラーだとか結構マテリアル的なものだったりします。でナチというのはコワイ!エラソー!なイメージのライン、つまりデザインのディティールなワケです。いうなれば特にオシリあたりです。TTもMクーペもオシリがいいんです。で、F650 GS-DAKARもいままでのバイクにあっては出色のオシリをしてます。ナチが入ってるか?というとそれほどは入ってないんですが、もうひとふんばりすれば(ちょっとモディフィケイトすればという意味です)ソートーな悪役レスラー的なナチを演出できそうです。で只今、ヒトのバイクながら改造計画を練っています。もちろん機能の向上は当然のことですが、あのナチの制服(ゲシュタポのね)を着たオネーサンみたいなバイクにしなイカンです。

ハナシは変わりますが、そのGS達のミーティング、ガストン・ライエ ミーティングの発表をしないとイケナイ、タイミングになってます。某マツモトミチハル氏のバカミーなどと共催のカタチを取ろうってんで、信州あたりでやれればBEST!ってコトでマツモトミチハル氏にアウトソーシングしてます。ご案内はもうすぐです。僕はOHVの80G/S DAKARで行きます。BMW JAPANにまたお願いしてモンゴルで使った4台のGS-DAKARも一緒に走らせたいですね!! みんな11月3日4日はGASTON・MEETING!!だっ!! ホントは僕はMクーペで行きたいんすけど。


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No.0143 – Organisation Voice 2000/08/30

昨日のつづき。というのもさっきパスポートとクレジットカードと免許証がモンゴルから戻ってきた。スゴイ。で、例の国立博物館で手に入れた壷の政府のサティフィケイトも、それに添付してた写真も戻ってきたので、いっきにご披露。

それにしてもSSERのサイトで中国の壷が紹介されるというのもねぇ?!でもって3年か4年前の試走の時のお話。ホブドという西の果ての町で何のハズミかホテルに泊まった。まぁホテルっていったって・・・「ゲルの方がイイ」というのが共通認識のようなホテルなんですが、そこで出た湯のみが景徳鎮、それもソートーに古い。僕のダケは欠けてなかった。「これはかなり古い景徳鎮で日本に持って帰れば結構するよ」一同固唾をのんでシワブキひとつ無い。僕の手許を見つめる目が熱い。誰かひとりがその静寂を破って聞いた。「で、いくらぐらいするん?」僕は「おう、良く聞いてくれた。これは景徳鎮もかなり初期のもので云々、あることないこと云々、あーでこーで云々、で、まぁ今なら」「今なら?」ゴクリ「やっぱ3万くらいはするねぇ」「ナーンダ」って!面白かった?


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No.0142 – Organisation Voice 2000/08/29

20世紀最後の(カッコイイ)ラリーレイドモンゴルも終ってから早いもんで1週間が過ぎた。思えば夢のような出来事だった。ラリーが終ったあと国立博物館の中に在る政府公認のアートショップで中国の古陶器を見つけた。白磁に青花の壺は、シルクロードを渡り当時ヨーロッパ人を魅了したものだ。「16世紀のもの!」と言うので、そーか明の時代か?と思って買ったんだけど良く調べてみると乾隆時代、そう清の第4代皇帝乾隆帝の時代のもの、といっても1800年代のものではある。どうやってゴビ砂漠を越えて、誰の手許を行き来して、どんな旅をしてきたんだろう?と思うと胸が熱くなる、

で、この壺を買う時に僕はパスポートと財布を無くしてしまった。で、この壺を新しく松山にOpenするホテルにお祝いの品としてプレゼントしようと思ってた僕に悪友どもは「それは縁起が悪い」としきり。悩んだ挙句ではあるが、ロビーに置かれたそれは充分な存在感があり魅力的だった。するとモンゴルから電話「パスポート出てきました。」まわりまわって再び僕の手許に戻ってくる。「そう、この壺、案外と縁起がいいのかも」だって200年間も19-20世紀の激動の中を生き抜いて、キズひとつ負ってない壺ですから。そして21世紀。時代も思考も、まわりまわって元に戻る!コトを期待してるんですが...。


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No.0141 – Organisation Voice 2000/08/22

2000年ラリーレイドモンゴルも無事ウランバートルにゴールしました。特筆すべきことは、驚異的な完走率88%、これをもってラリーの内容を評すべき事でないことはすべての参加者が知っていることでしょう。年を追うごとに厳しくなっていく様々な環境にあって、この大会に参加された皆様やご支援を賜った各社の皆様に心より御礼を申し上げる次第です。今大会の完走率こそは、こういった厳しい環境の証であると考えるのが案外間違っていないように思います。

20世紀はある意味でクルマの世紀であり、そして競争の世紀であったように思います。こういったラリーはひょっとするとそれを代弁してるのでは?と思われる方も少なくないでしょう。しかし答は否です。長大な旅への情景や未知への好奇心なくしてこれらの大会に挑む事は不可能です。ただ競争だけを求めればサーキットでもいいでしょうし、場合によっては企業内あるいは企業間でも容易でしょう。また、ただ旅を求めれば様々な方法はさらに広がっていることでしょう。ここには、それらを包含しつつ、大きな目的に向かいながら自らに対峙する真の自分が発見できる。そういった場面がしばしば見受けられます。 ゴールする感激、満足感や達成感、充実感、これらはほかの何に比べても決して劣る事の無いほどの大きなものだと思います。

20世紀最後のこの大会が、この後どのように発展していくか否かはこういった参加された皆様の思いと声に依る所が少なくありません。まもなく21世紀、来るべき世紀がよりすばらしいものとなりますように。そして、国際間でこういったラリーが存続出来るべく、世界がより平和で安定していること、そして様々な多者間の理解が進むことを期待しています。心より感謝申し上げます。


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山田 徹

No.0140 – Organisation Voice 2000/08/04

メールボックスに北の島の新しい原稿が届いてたので、(8/3UP済分)ちょっと見てみると、今年のSSER 2DAYS改めYUSUHARA 2DAYS ENDUROで2連覇を達成した三橋選手を中心とするモメンタムなストーリーが、鋭敏?なジャーナリスティックな眼でとらえられている。その編集長でもありライターでもあり、もちろんライダーでもある春木久史君に敬意を表したいと思う。と言っても会えば会ったでツマらないコトばかり話すんである。どーせもうすぐMONGOLのHeliの中でゴオゴオと唸るジェットタービンと室内後部に露出して回るプロペラシャフトやローターの音をBGMに、さんざ世間話ができるだろうと思ってる。

ところで彼の視座の主要な部分は競技者という本来弱い人間が目的意識で武装してる状況をきちんと分析するところにある。それは、まるで自らを見るようであり、共感できる。そう弱い人間が闘う姿を見事に捉えているのである。いわば故山際淳司氏のように。もっとも、春木君ももう少しメジャーなスポーツに目をむけていれば成功したかもしれない。いかんせん好きなスポーツの、さらにそのカテゴリーがマイナーなのである、しかしマイナーだから棲み分けられるという利点もあるネ。で、もう少し彼に大きな?文章を書かせてみたいと思うが皆さんは、どうだろーか。

僕もいくつかある本業のひとつ?にコピーライターというのがある。一部業界では「カリスマ・コピーライター」といわれている(実はからかわれている)文章のもつ力、いわゆる「コトバのチカラ」というものは素敵だと思う。表現するというコトの奥深さでは、これに勝るものは無いんだがVISUAL(写真)をくっつけた瞬間に、あらあらとイメージは固着してしまう。「そーじゃないんだけどなぁ...」とツブヤくのが僕の日々の姿。コトバだけの世界、ちょっと漆黒の闇の中を駆け抜けるライダーの脳裏のような世界でもあります。想像力!想像力! かすかな情報をたよりに全体像を見極める力。です。


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No.0139 – Organisation Voice 2000/08/03

モンゴル人は語学取得能力が異常に高い民族だと思う。日本にいては解りにくい事の一つがこれなんだ。

交易が始まった時代はA地点からB地点まで移動するのにA地点には隣のB地点の言葉が話せる人間がいてB地点にも何人かはその隣のCの言葉が話せる奴がいて、という連鎖があったに違いない。Aの人間がいきなりYやZの国の言葉を修めるのは不可能だからだ。言葉はこうやって交易と宗教とによって広められて行ったんだろう。でモンゴル人は昔から世界中で戦い、世界中を隷属させて行ったわけで、そのDNAに語学学習能力が組み込まれているんだろう。大学で4年間、日本語を習得したものは、いや在学中の2-3年生ですら通訳として活躍できる。しかも英語とロシア語も話せる。日本語、フランス語、ドイツ語、英語の3-4カ国語を話せる若者はたくさんいる。「彼は日本語完璧ですから何でも聞いてください」っていうんで僕は言ってやった。「バラのユウウツ、チミモウリョウがアンヤクバッコスル」って漢字で書けたらまあ普通、日本語少し分かります!って言ってもいいよ!って!!でも僕も書けないんでした。


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No.0138 – Organisation Voice 2000/08/02

ほら、やっぱりきた「続きは?」って。モンゴロイドと日本人。学術的なおハナシを期待していたヒト、ゴメンナサイ。その一方でギャグを期待していたヒトにもゴメンナサイ。というとハシにも棒にもかからなかった内容だったてコトにナル。つまりテーマと中身が全くもってアチャコチャだった、というコト。ラシイ。で続きはまたと言うコトで。

今はコンコルドが墜ちた!というコトに興味がある。というのも「そーかーコンコルドってのも飛んでたなぁ」ってコト。かつて60年代に開発され、21世紀の到来を引きずり寄せるよーなデザイン・存在感。でも、コンコルドはワールドスタンダードにならなかった。ナゼか? 経済性である。技術革新こそが新しい時代を築く!なんていった幻想は20世紀半ば、まぁ大戦直後の思想。20世紀末には「やっぱ経済的に成り立たないとね...」つまりこれが一種の成熟ってやつです。大人になった訳です。で僕は子供のままで、いつまでもいて、経済性の理論は判っても、実践が全く伴いません。子供=夢(つまりお金のことは考えない)大人=経済性(つまりお金のコトを中心に考える)。僕は願わくば子供のままで居たいんですが子供=コンコルドという図式にしたらナンかヤです。そこで、違うものに置きかえてみますね。子供=バイク、大人=4輪、子供=ゲーム、大人=お酒、ナンカ全然違いますね。e-businessも夢があるようですが、どうもこのe-businessの夢は将来のリターン(つまりお金)です。まぁ夢=金というコトです。というコトは子供=大人ってことで、ナニガナンダカわかりません。

結論。モンゴロイド=日本人=子供=大人=夢=お金という方程式になります。するとどうでしょうRally Raid MONGOLのように見えて来るから不思議じゃありませんか? えっそんな風には見えない? 大人ですねぇ。


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