Organisation Voice 2005/05

2005/05/31 (火曜日)

知床半島が世界自然遺産に登録される見込みだ。素晴らしいことだ。いや待て、登録されても登録されなくても、素晴らしいものは素晴らしいに決まってる。登録されたことによるメリットとデメリットはどちらが大きいんだろう。ミンダナオ島のジャングルの中に伸びる道を走る取材班は「このような道なき道を延々走らなければなりません」って、僕たちには立派な道に見えるんだけど。四国の林道と同じくらいだ。道の真ん中には苔があるが、それでも通行量は少なくなさそうだ。ここも世界自然遺産に登録出来そうな感じだ。そうすると反政府ゲリラも「マイッタナア、世界遺産かあ」とかって出てこないかなあ?
朝日新聞の世論調査ではあるが・・・・首相の靖国神社参拝は止めた方が良い・・・が49%。ほかの新聞社とはやっぱ違うのかなあと、読売のサイトに行ってみれば「朝日新聞が11億8600万申告漏れ、3億8千万追徴」「おお。やっとるやっとる」と、新聞社とて放送局とて、やっぱ営利企業ですけん。で、話を戻しますが、僕の目下の頭痛の種は「小泉さんが、どのタイミングで靖国参拝をするか?」です。するのはするでしょう。前倒しなのか、15日なのか。ボクにはかなり重要なディシジョンがあるのですが・・・・・。
戦後60年。ボクは変わったのは日本人だ。と言う主張を持っています。経済力をつけたかもしれませんが、いずれにしてもものごとの判断基準の多くが、「損をするかしないか、儲かるか儲からないか」という、ある意味分かりやすい理論になってきてるんです。これは戦後60年ポッチで築き上げた行動原理です。
「友を選ばば書を読みて、六分の侠気四分の熱」与謝野鉄幹作詞で知られた「人を恋うる歌」から。歌詞は16番まであります。これは明治後期に作られ一世を風靡しました。何かと金銭的な利益ばかりを追求して、正しい理想を求めない現代。鉄幹は真の友情ちは、熱情よりも、義理(侠気)が勝らなければならないと謳い、事実明治の男たちの共感を得たわけです。
今を生きていく中で、難しいモノのひとつが、こうした義理を重んじるということ。今日は5月31日。何かと考え、何かと悩むことしきり・・・です。
きょうの一枚
シェイクダウン!スーパーカブ!!先の日曜日に行われたBTOU参加のスーパーカブのシェイクダウン走行を見に行ってきました。マシンの概要などは後日に発表予定ですが、コーチ役(TBIアドベンチャークラス優勝者)と2人でTBIのルートブックを使った長距離テストに出かける模様。

2005/05/30 (月曜日)

試走に出かけます。ゴビの気温は夜間は2℃と、ちょっと寒そうですが、暑くなって来た日本からはエクソダス!暑いと言えば夏の北京。できれば7月10日までにマシンセットアップを完全なものにして、北京では作業をしなくても良いようにしましょう。とにかく暑い。でもスタートの朝は涼しいうちに出発。暑くなるまでには比較的涼しいエリアまで移動してしまいたいものです。
暑いので・・・と悩んでいたラリースタートの北京応援ツアーもやっぱりやりましょうか?治安も回復傾向だしね。
いずれにしても6月のこのOVは現地から!ということになります。ルートの様子なども書ければ送ります。あと問題は通信事情ですね。
きょうの一枚
山羊です。羊より賢くて、羊の群れの中には必ず山羊を入れると、ちゃんと移動しながら草を食みます。

2005/05/27 (金曜日)

戦後60年!いまだ旧日本兵が居た。というニュースは、ピアノマンのニュースにも似て「まさか?」「なんのプロモーション?」と、疑うばかりのスレッカラシの僕たち。「エッ!ボクだけ?」それほど現代は情報が世界中の蟻の這い出る穴までもカバーしてると思ってた。日本人はどんな秘境に行っても必ず居るし・・・にもかかわらず今、なぜ旧日本兵が?????戦後は終わったとか、60年も昔のことだとか思ってる我々を、歴史の暗がりに引きずり込む暴漢のように、後頭部をハードヒットする。でも一方では日本海海戦100年記念式典が戦艦三笠で・・・ほんとの三笠は謎の爆発で沈んだ・・・・・んじゃなかったっけ史実では。で、日中の狭間で揺れる僕たちは???BTM来月号にイケナイコト書いたんで読んでみてください。
で、まあ60年間ジャングルで暮らした2人の日本兵には、ともかくも心からの・・・・・ウウッ言葉が見つからない。尊敬でもないし、お見舞いも適当じゃないしお喜びも違うし・・・とにかく心から、ご苦労様!もなんか違うし・・・各局のコメンテーターはなんていうかな。とにかくお帰りなさい、だ。
きょうの一枚
再びゾーモット。岡山から「ゾーモット」か「ゾーモッド」か統一して!という意見をいただきました。これが難しい。発音的には濁音があるのと無いのの中間くらいです。それにしても、ここは絵になります。泉の利用に関しては少し厳しく制限させてもらう予定です。参加者には使用上の注意?をルートブックに記載します。

2005/05/26 (木曜日)

「ドタキャン」という日本語。
昨夜のTVでは「中国呉副首相・小泉会談が・・・・・ドタキャンになりました。」と各局。
「ドタキャン・・・・・」今の日本では慣用句になってしまっているのは事実ですが、Tatooのコンサートじゃあるまいし、国を代表している立場の方に使うのはいかがかと思うのは僕だけ?土壇場でキャンセルつまり「ドタキャン」。筑紫さんも使いました。NHKは見ていませんので分かりませんが・・・・・で「こんな土壇場になって・・・キャンセル?」???違和感!違和感!の連続でした。そもそも土壇場という語源。ご存知の方も多いでしょうが、これは斬首場のこと、転じてつまりもうあとがない状態のことではなかったのかと思ってました。しかしどうも「ドタ」という意味が違うのではないか?という素朴な疑問もわいてきて「ドタバタした挙句にキャンセル」または「急遽キャンセルされて、こちらがドタバタする」などの意味になってるのでは、と思うことしきりです。筑紫さんに聞いてみよう。ところがまた別の特集では「日本語の使い方について・・・」とかってきっと他事総論とかで言うんですよ、「もっと正しい日本語を使うべきだって」「日本語が乱れてる」とかって、きっと・・・。
きょうの一枚
BTOUモード全開の今、今日の一枚はゴビの砂丘!昨晩は銀行のスーパーカブチャレンジ!!決起大会に招かれて、熱い銀行マンたちに感激!!で、スーパーカブがこんな風景の中を走る?姿を想像してみたりなんかしてました。エコ部門には迂回路ありです。

2005/05/24 (火曜日)

 
昨日に続いて日中関係のお話。
皆さんもお感じの通り、実のところ昨今のこの問題には大変に苦慮しています。さまざまに小さくないリスクを感じて、眠れぬ夜を過ごしていますと言えば大げさでしょうか?こんなに悩んでる自分も珍しいほどだと、自分でも感じています。こうした海外でのラリー開催というものは、政治的な情勢に左右されることは少なくないことです。しかし北京などに行けば一目瞭然なことに、そんな不安定なことなど感じさせぬ世界のメトロポリス!!なのです。
もうひとつの悩みは、わが総理大臣閣下が靖国神社に「適切な時期に適切なカタチ」で参拝されるのは、いったい何時?でどのようなカタチで?その結果どんなリアクションを彼の地で引き起こすのか?ということです。個人的はともかくこのBTOUの主催者の代表としては、賛成とも反対とも、いずれの立場もとりません。初めて気がついたというわけではありませんが、立場というのは本当に微妙で難しいものですね。人の立場に立って考えれれば、そんなに揉め事も起きないんでしょうが・・・・・いずれにしても熱い夏はもうすぐそこまでやって来ています。想定されるさまざまな出来事に関して、どのように万全の体制を取れるのかが、この連日の焦点となって来ています。こうして実に悩みは尽きません。しかしこんなことを言うとしかられるかもしれませんが、これもまた醍醐味!ということです。まもなく試走に出発します。でもまだ居ますので、励ましのお便りがほしいなあっと思って・・・・・こんなこと書きました。
きょうの一枚
いやあ、ゾーモット近し!です。空が広く濃い。モンゴルの不思議な空間を旅するまであともう少し。

2005/05/23 (月曜日)

日中関係は、いま「政冷経熱」と言われています。経済的なつながりは非常に強く、まあフィーバー気味でもあります。世界の工場といわれた中国も、いまや世界の市場になってきているわけです。製造コストを圧縮するために中国進出を果たした時代から、いまや世界最大のマーケットと見て「商売をしに」進出しているわけです。北京の百貨店では日本製品と韓国製品がしのぎを削ってる様子を簡単に見てとれます。しかも驚くのはプライスタグ!!日本で売られてるものより全てが、かなり高いのです。お買い物大王!のボクですら「ココデハカエン」と、それでも中国の人々の消費行動は積極的でとどまるところを知りません。
ですから、フリーポートの香港に買い物に行くような気分で北京に行ったら、かつての超円高の時代に日本へやって来た欧米からの旅行者の気分が味わえます。しかし一方では食べるものとタクシー代は「安い!」のであります。中華の本格的なレストランよりも、地元の生活に密着したような店が面白いのですが・・・これから気軽にそうした店が覗けるかどうか?という「政冷」の部分がクローズアップされてきています。
経済はこうして活発なのですが、こと政治的なこととなれば、いかにも冷め切った状態が続いています。ですから経済的な交流ばかりで無くスポ-ツや文化といった民間レベルの交流が盛んにならなければならない時期に来ています。もちろん盛んになり始めているのですが、やはり政治の問題は陰を落とします。ばかりか経済的な側面も、こうした民間の交流にすらビジネスチャンスと見る気配も濃厚なのです。
それでも日本の態度、日本人の態度は中国に対してばかりか、一歩自国を離れた時から、しっかりとしたものを持たなければ成りません。それは異郷の地に暮らす人々への、配慮や尊敬、またはやさしさと言ったものにほかなりません。
これは日本の中にあっても同じ構えが必要です。静かなサンソンの集落の中を、合法だろう!と言って、ことさら賑やかなサウンドを残して走り去るオフロードライダーの姿になってしまってはいけません。

2005/05/20 (金曜日)

事務所の僕の部屋には2台のGS!別に部屋に飾るなんて趣味は無いんですけど、ガレージに置いておくと「乗ろう!」と思った時億劫だし・・・(8Km離れてるんです)で、思うのは最古?のGSと最新のGSが、並んでて「さあ、ちょこっと走ろう」と思った時に、僕はどちらに乗る回数が多いんだろうか?という贅沢なお悩み中なのね。20年という歳月の隔たりは同じ名前を持つバイクにどんな違いをもたらしたんだろうか?もう古い人間のグループに入っていく自分は、新しいものに向き合いながら、それを受け入れられるのだろうか?とか何とか言いながら一方ではi-podに曲をインポートするのが趣味になって、「60GBのうち10GBも使えば充分」で「みんな買うなら20GBで充分じゃよ」と年寄り言葉で言うことすること最先端。「自動車はワックスが切れかけてるくらいが美しい」とか「新しいデザインが素晴らしいと思うのは、ああ昔のものは良かった、と感じさせてくれるからだ。」とかね。自己矛盾の二重人格もここにきわまれりって感じ。
きょうの一枚
は2枚。いずれもボクのオフィスから・・・2台のGS「GS博物館作ろーかな?」ガストンと約束してた85年?のパリダカ優勝マシンを譲り受けるって話は実現せんだろーなあ。で、もう一枚は「帰ってきた小雪」

2005/05/19 (木曜日)

さらに昨日の続き「ダンボールで行くって、じゃあウランバートルから帰るときはどうすんのよ!?」と言う当然のツッコミがあろうと思うのに、誰もウンともスンとも言ってこない。まああくまでも「ボクなら」という、まあその前の日あたりに「フクロモノオタク」と前置きして書いてるわけで・・・・・答えは
1) チンギスハーンホテル1Fにあるスカイと呼ばれる百貨店?でサムソナイトの怪しいけど安いバッグを手に入れる。
2) ダンボールの中にはポケッタブルダッフルを忍ばせておく!
3)20kgバツグを2枚重ねにしておくってこれはボクの口から言っちゃマズイかね。
そういえば帰り便のみんなの姿は、面白いですね。民族衣装着て帰ってた人も見ました。と言うかボクもダカールで民族衣装でパリに帰ったことや、短パンTシャツで氷点下のオルリー空港に降り立ったことも。これはホテルのクリーニング屋が全てを紛失したとか言う・・・電話で大喧嘩!支配人出せ!オーナー出せ!と言ってるうちに「飛行機の時間です」「グスン」高いジャケット!パンツ!だれが履いてるんだろうかね今頃。
きょうの一枚
草原の道。と言ってもさまざまな道があります。この道はかなりしっかりとした道で、まあ国道級でおますな。439よりは立派かもです。まあお楽しみに。

2005/05/18 (水曜日)

昨日の続きです。昨日は使い捨てのダッフルバッグなんて書きましたが、別にダンボールでもいいんです。中をガムテープ(トーメイの丈夫なヤツ)で補強します。ブーツの中には下着や小物を、ヘルメットの中にはグローブやゴーグルを。一応ヘルメットはエアーキャップ(プチプチ)を巻いておきます。ウエストバッグは工具をセットしてダンボールへ放り込みます。主だった工具やスペアパーツ類はバイクに組みつけられるだけは組みつけておきましょう。北京ではホテルでそのダンボールは処分します。バゲージとしては結構痛みますから、外からもガムテープでぐるぐる巻きの(担ぎや仕様)にします。20kgには収まるはずです。もしもあなたの家族かお友達が、観戦ツアーでウランバートルに来られるのなら、帰り分の着替えはお願いしておくのも手ですね。でも結構、ウランバートルのホテルで夜寝る前にぜーんぶ洗濯して干しておけば、翌朝にはパリッと乾いてますよ。
あと気がついたことを書きます。サングラス!また朝夕に掛ける保護グラスがあるといいですね。モンゴルでは極力裸眼でいることはやめましょう。めがねの人はいいんですが。もしも目に違和感を感じたら、すぐに近くにいるオフィシャルに申し出てください。ってこんなインフォメーションは、このあと参加者に届くか。
あとパスポートなどの所持方法をしっかり検討しておいてください。必ず身に着けておくことです。ウエストバッグなどは忘れることもないとはいえません。中国モンゴル国境で「アチャーッ」と言ったらリタイアですけん。これは重要。そのあとは無くしても帰国が遅れるだけ!ですみますけど。ちなみにボクは30回のモンゴル出張で2回紛失!1回目は置き引き、2回目はジーパンのポッケからポロ!!これまで絶対にパスポートはなくさない!と自信があったんですけど・・・・・無くすとそのあとは大変ですからね。
きょうの一枚
恐竜の谷に降りたラリー監視用のヘリ1号機。ラリーの名物となったこの「恐竜の谷」熱くハードなステージです。名前をつけたのはボク!岩のカタチまで恐竜に似ています。

2005/05/17 (火曜日)

BTOUのお話で失礼します。「北京に行くときは、どんな格好で行くのかな?」今日事務所を訪れたKさんのお話。「そー言えば、そうだ。」ということで僕ならこうする!思うことを書きます。いや、あくまでもボクならではですよ。まず使い捨てのダッフルバッグか、折りたたんでコンパクトになるダッフルバッグに、ライディングギア一式を入れますね。ウエストバッグに少しばかりの工具も入れます。でも原則として工具などはマシンにマウントしておきます。万一盗まれたりしないようにタイラップなどで結束しておきましょう。で、飛行機に乗る際のウエアはビバークで過ごす時のウエアにします。ポロシャツと短パン、スニーカーに帽子とサングラス。この程度。この頃の日本も北京も、たぶん猛暑。ライディングウエアは中国ステージを走る1回分。着替えはモンゴル行きの20kgダッフルバッグに。主催者から配られる50cm四方のデイパックに、スニーカーと短パン、ポロシャツを入れて北京のスタート時に預け入れをします。これは1泊目のビバークのホテルでも受け取れ、また国境を越えるときには各自で背負わなければなりません。飛行機に預け入れられるバゲージは20kgです。かなりのライダーがブーツ姿で飛行機に乗っているのを見かけますが・・・・「準備万端で少ない荷物!」これ合言葉ですよ。
きょうの一枚
1998年RRM、ゼッケン10 打田稔編集長!も もちBTOU来ます。

2005/05/16 (月曜日)

いよいよBTOU!!試走も近づいてきました。さてあのスーパーカブチャレンジ!!銀行マン。ついに発表しまーす。銀行は「愛媛銀行」そしてライダーは坂本さん!!銀行を挙げての応援!!ばかりか、このHPで応援をお願いしたところ・・・・・届くわ、届くわ・・・今日はほぼ新品のヘルメット・アライVクロス!!もち平成12年4月以降の生産品!なんか僕もほしいなあ!って感じ。そのほかにゴーグルも同封!送料のみ!!でいただきました。感謝感謝!!新品同様のプロテクターやキャメルバッグ、などなどどんどん届いています。皆さんの声援を「きちん」と本人にプレッシャー!のように伝えておきます。これからはさまざまな買い物を始めます。テントシュラフからライディングウエアまで!「ぜひ当店で!」という方はご一報くださいませんか!?
それと、来ましたよローバーミニのエントリーフォーム・・・ムフフフ・・・この方とも気が利いています「万が一完走できたら・・・」と、なかなかかっこいい男であります。ヨーロッパにミニやベスパが走っている映像が届いたら、きっとヤツラは衝撃を覚えるはずです!!「やるなあ日本人」って。で、かっこいいといえば、桐島ローランドさんはCR-Fで、ACPの横田さんたちは3台の体制でハイブリッド×2台(プリウス・ハリアー)とプレスカー兼用のランクル!フランスからはATVでかつてのフランスホンダのパイロットが・・・と、とにかく話題は付きません。スーパーカブチャレンジは、どうやらNHKが放送するようです。タノシミタノシミ
荷物の整理を始めてみてビックリ!!ボクはフクロモノオタク・・・だったらしくて、事務所の僕の部屋の中だけでも、ダッフルバッグが4個、ウエストバッグのようなものは5から6個、バイクにしばられた袋物(ってバイクも事務所の中にある)机の周りにはかばんがツュミ、ハートマン、リモアの大小、グレゴリーの毎日使ってるやつ、最近お気に入りのブランドであるブラックダイアモンドの袋物、ミレーの小物入れ、あるはあるは、それ以外にダッフルバッグの中にも、バッグが入ってる・・・いったいこの袋物の量はなあに。
きょうの一枚
ウホホ!こんなのもありましたね。草原で民俗舞踊!何回大会だったかな?

2005/05/13 (金曜日)

良いお天気が続いています。うちの倉庫とガレージでは、BTOUの本番に向けた機材の整備が始まっています。発電機、コンプレッサー、溶接機、照明機材、テント、厨房機器、テーブルやイス、大会本部用の機器、通信設備、もうナニがなんだかというほどの膨大な機材の量。主催するということは、実はこういうことなんです。パリダカなどでは自分たちで用意しなければ、溶接機やコンプレッサーはありません。それでも何とか溶接機を借りれた時のために、溶接棒は充分持っていくことにしてました。ですから参加予定の皆さんは、どうか壊れにくい車を完全にセットアップして参加してください。
TBIの時でも車検会場に来てからマシンを組んでいるような方がいましたね。とにかくお互いに「備えあれば憂いなし」です。いや「なし」というわけにはいかないでしょうが・・・それでも少なくすることは確実にできるでしょう。それでもだめな場合のために主催者からの最低限のアシスタンスがあるわけですから・・・最大限に利用するのではなく、最小に利用するという風に考えてください。ダッフルバッグの内容物もそうですね。
TBIで少しゆるめにしたら、いっぱいいっぱい入れてくる人、半分近くで納まってる人。見るところ前者はなんに関しても、準備不足で重いダッフルバッグ(といっても22.5kg)を担ぐ姿も「問題あり!」な感じです。修理書も丸ごと1冊持ってたり、いらないところのほうが多いでしょ!ということで、我々も参加者も、少し身を引き締めて!ということは、つまり軽くして機動力を最大限に高めましょう。実はそういう僕も荷物多すぎ!の人でTBIにダッフルバッグ2個!はいらんでしょう!と言われてしまいました。
BTOUに参加の皆様!!衛星携帯電話のレンタルの案内は、この期に及んでまだ価格交渉が再燃!!で少し高くなるので交渉中。もうしばらくのお待ちを・・・航空チケット案内とツアーの案内等々郵送にて来週始めに送り出す予定だと。
きょうの一枚
ウランバートルの閉会式で、モンゴルの民俗音楽や民俗舞踊などが楽しめます。ところでドブリー?フォトサービスのTBIスライドショーもう見た?写真のプリントサービスとデータの販売もしてるですね。

2005/05/11 (水曜日)

TBIの後片付けとBTOUの準備に、みんな忙しそうです。僕はというとipodをゲットして、音楽編集に余念がありません。もうすでにCD100枚分くらいがタバコくらいのサイズに・・・で容量は60GBもあってまだまだ空きバイト数は52GB・・・いったいナニこれは?・・・と遊んでる!わけではなくて、昨日は東京から参加されるチーム!が嬉しい事務所訪問!!環境問題について話に花が咲きました。もうすぐ参加されるみんなの顔ぶれを発表できそうです。エコチャレンジ部門の詳細な競技の進め方は、5月25日の締め切りを待って発表します。これは参加台数や参加車両に合わせた特別規則を策定するためのもので、もちろん基本は本大会の規則書通りです。しばらくお待ち下さい。
また衛星携帯電話の申し込みの案内なども送付の準備を始めてまいります。衛星携帯にはシガーライターチャージャーも付属されていますので、バイクの方はシガーライターソケットをつけて行くことをお勧めします。通話料は1分間で1.5ドルの予定。ボクはパリ北京の時(1992年)に、ビバークから日本に事務所にかけたら、1分間500フランまあ1万円!でしたもんね。
きょうの一枚
僕の愛車プロシード!!TBIをいく。1日目ですね。このほかにも僕は2台のプロシードを持っていて、そいつらははるか大陸へお出かけしました。まあ僕の・・・というのは語弊ありですが。運転手は池町クン、2人は世間話に忙しいのでしたが、後半にはもう話すこともなくて、ボクはおヒルネ!ばっか。

2005/05/09 (月曜日)

TBIの1週間が嘘のように過ぎて、今日からはBTOU全開モードです。今年のTBIでは、久しぶりに大勢の皆さんとお話をしました。仕事のこと、将来のこと、夢や現実など・・・・・さまざまな思いが交錯して、まさに四国巡礼の旅、なのでした。夢?ところで僕の夢は、果たして道半ばなのでしょうか、それとも概ね達成しつつあるのでしょうか?夢は実現に向かうことより、夢を描くことのほうが難しい・・・と、そう思います。描ければ70%は達成したも同じです。
TBIとBTOU。僕の心の隅っこをお見せします。それは安物売りの店のように「閉店セール」をやったかと思うと、同じような品揃えで「新装開店セール」をやっているのではないかという忸怩たる思い・・・・・復活TBIがスタートするまでは、潔くないような自分が、とても不安で。旅をしながらもそんなことを考えていました。しかし素晴らしい四国の風土・風景そして天候まで、そして何より参加者の皆様が後押ししてくれたのかもしれません。ラリーの余韻は、素晴らしく心地よく、薫風を泳ぐ鯉のぼりのごとき心境ではあります。しかし、いまだに朝の5時30分に目が覚めます。
しかし、その夢半ばという話は、NHK大河ドラマ「義経」で平清盛の死を見て、考えたのでした。まあテレビとはいえ、良く描いています。未来は今そこにある現実の延長線上にあるということ。役者の演技の中に、これからの自分の行動や思いの変化、そんなものが描ききれています。そうした中から、今は未来のシーズなのだということを感じます。未来は突如として訪れるものではありません。今のあなたの生きようの先にあるものでしょう。日本人の心に常に戒めを感じさせる「平家の繁栄と滅亡」ホタルでさえ平家の、源氏の、という日本人われら。驕るほどに驕れるものは久しからず・・・JR西日本についてもですが、それを報道するメディアにも同じようなことを感じます。今日の教訓「驕るのはやめよう!驕って貰おう!!」
きょうの一枚
TBIのSS風景です。場所は???あそこですよ!

2005/05/06 (金曜日)

TBI、終わりました。青葉若葉の候の四国は、ことのほか美しく、精神面にも良い作用があるように感じます。一足早い夏の訪れを感じさせる海の美しさはまた別格。「四国の海はこんなに美しかったんだろうか?」真剣にそう感じました。昨年のTDNの勝負も大変興味深く、逃げる岩崎、追うミハエル、最後のSSでかろうじて4秒差で逃げ切った展開は、追う者も追われる者も実に高感度な緊張感が楽しめたことでしょう。岩崎君のあのあとの東京プリンスまでのリエゾンで走る道が、どのくらい輝いて見えたことでしょう。
ではここで少しばかりレースレポート
2005年復活TBIで同じく名勝負を演じたのは、逃げる田島、追う前田の両雄対決。昨年のTDNでは前田はミハエルと故ガストンライエをサポートするライダーとして950で出場。そして今年はKTM400EXC-R!!で戦闘力は文句ない。昨年の鬱憤が期待されるばかりか、このところのオールラウンダーぶりの大活躍は「前田の時代」到来を予感させるものもあった。ただし、ライトチューンがされてないため夜のロングステージでの戦いは不利なものとなることは予見できた。戦略的には夜のタイム差を昼のステージで取り戻して、さらにアドバンテージをつけなくてはいけない。雌雄を決する形になったのは、後半戦の美馬の朝。ここまでは互角。ナイトライディングに長けた田島がややリード。前日からルート変更になったコースは田島8時30分00秒スタート30秒差で前田。追いつくだけで逆転というシチュエーション。複雑なコースで田島を交わして真っ先にゴールに飛び込んできたのは前田。そこで前田は優勝を実感するとともに、異なる不安を感じていた。コース前半、ジャンプした空中で必死の姿勢制御で目の前のコーステープを避けようとしていた。TBIのクローズドコースルールでテープ切断には厳重なペナルティが課せられるのである。そして逆転はならず。逆に前田は3位に転落。そこから見せた執念のアタックで最終的には2位まで戻ってきた。追う者、追われる者。勝負の機微はことのほかに面白い。

きょうの一枚
TBIのスタートのために用意されたのは、この美しい海と橋を独り占めにしたような場所。夜のビバーク地は、こんな感じ。夏の夜のようなビバークでした。あの夢のような1週間も終わってしまいました。こうして日々に回想をしていきましょうかね。それにしても美しく、そして楽しいTBIでした。2002