No.096「モンゴル用ジムニー完成です」- 菅原さんからの手紙 2012/03/05 20:33

letter_096_20120305_2033_01御殿場工場の隣のKEN FACTORYさんの協力を受け、3/3日に完成し、昨年末から入院していた隣の工場から我々の工場に入りました。

今年も尾上さんには負けられないので、各所に新しいアイデアが沢山盛り込まれております。

大きな部品ではミッションを新しくしたり、昨年、尾上さんが泣かされたウオーターポンプを新品に交換したり、まだまだ内緒の改造が施されておりますよ。

あまりにも上手に組み込まれており、分かりづらいのですが川渡り対策として左ピラーにシユノーケルが付いてます。

これ以上は超極秘事項なので松山の車検会場までお待ちください。

写真の説明
右後ろに写っているのは新しいナピの高橋くん。
バイクのテールレンズはHONDA SL230。運転席の後ろにシートをかけられているのはウラルサイドカー。401のゼッケンが付いているのは1996年にパリ・ダカに出た日野レンジャーです。

菅原 義正

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No.095「ファビアンさんのバイク完成」- 菅原さんからの手紙 2012/02/19 23:50

letter_095_20120219_2350_01今年のTBIにドイツから来る、ファビアンさんのバイクが本日、完成しました。

ベース車両は照の通勤車両のXR250Rをお借りして作り上げました。あまり手入れをしてなかったのでフロントフォークやリアーサスをオーバーホールしてホイールベアリングなどは新品に組み換えました。
チエーンも変えたのでフロントとリアーのスプロケも新品です。

テストを兼ねて私がこのバイクで3月に行われるTDR2012に参加を予定しております。
一緒に来るカイザーさんの車両は広島のモトワークスで作成中。

カールさんが乗るBMW1200GSは東京のフラットさんでお世話になっております。

この3名の先導は弊社の高橋が担当することになりましたが、高橋が一日目に崖落ちしたらどうしましょう?

揃って山田さんの自慢の「たぬき」で美味しいコーヒーが飲めたら良いですね。

私の乗るXR230Rはとっくに出来ており、今はモンゴル用の車両の整備中です。尾上さんが北海道に行ってる間に整備をします。

写真
1の説明 ライトは純正にしました。彼らは目が良いので明るさは十分です。
2の説明 ICOとマップケース
3の説明 タイヤは前後ミィシュランのT63で固めました。

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菅原 義正

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No.094「トリッキーになったコース」- 菅原さんからの手紙 2012/02/01 12:00

letter_094_20120201_1200_01南米に移ってから、コースの製作は昔、三菱で活躍していたフォントネ氏が現地の人の協力を受けて製作しております。

昨年のカミオンクラスでは70台中15台もひっくり返っておりとても危険なコース設定でした。

ひっくり返ったチームからクレームが出たのか、毎年使っているファインバラの難しかった砂丘越えでは、覚悟して行ったのですが通過しなければならないGPSポイントは以前より優しい所に設定されていたので、フォントネ氏も反省したのだとばかり思っていたら、その後、特に始めてのチリではトラックで実際に試走したのか聞きたくなる位い難しいコースが待ち受けてました。

落差1000メーター位の峠(木が生えて無いので落ちたら一貫の終わり)でトラックがやっと通れる道でコーナーでは2回も切り返しが必要な位きついカーブです。トラックの内側の後輪は道から外れており、3輪でコーナーを走ってます。

!!!!(コーション4)の下り坂では後輪がはねて危うく裏返しになりそうになりました。もしそうなったら1000メーターは裏返しで落ちて行きます。

帰国してからデイリーで放映して頂いたJスポーツの番組を見ていたらバイクで出ていた選手が役員に噛みつき「我々は度胸試しに来てるのではなくモータースポーツをしに来ている」と言ってましたが、私もその通りだと思っております。

砂丘は得意なのですが、高い場所は大嫌い(山田さんと同じで昔は山岳部でヒルクライムもしていたのですが)で後ろの車がすぐに追いついて来てクラクションを鳴らすのですが、そんな場所なので追い越しをさせてあげる場所も無く、走る邪魔者状態です。

来年はペルースタートとも噂されており、いやですね。

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写真の説明
1 砂丘を越える照号
2 急坂を降りる義正号
3 難しいバンク走りをする照号
4 急坂を登る照号

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

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No.093「無事に終わりました」- 菅原さんからの手紙 2012/01/20 16:35

letter_093_20120120_1635_01沢山のスポンサーさんや沢山の仲間に支えられ、今年も無事に完走できました。応援くださった皆様に感謝申し上げます。

今回は、スタートのポデュウムで30回連続出場を祝っていただき記念の盾を頂きました。中止になった大会にもエントリーしていたので、あの大会もカウントしてくれたようです。

スタートして2日目のSSの37km地点でこぶし大の投石を受けました。フロントガラスには特殊なフイルムを張ってあるので、穴こそ開きませんでしたが場所が私の顔の真ん前なので、ガラスの破片が顔面に突き刺さり、血を吹き出しながらの走行です。外気温が60度もあり、クーラーも壊れた日だったのでつらい走行でした。おしりの下にもガラスの破片が沢山あり残り200kmのSSも大変でしたよ。

初めてペルーに入ったのですが、砂が柔らかかったり、風の関係で砂丘の頂上がねじれているのでとても難しく感じました。

びっくりマーク!!!!の下り坂が2回も出てきましよ。

リマの市内は昔のダカールのように各陸橋には溢れんばかりの人たちで歓迎してくれました。

モンゴルに来てくれたジョナストリートさんは早くにリタイアでしたが、レンジローバーで来たステファニーさんは初出場で完走しました。

照も頑張って総合9位、10000cc以下の優勝で私は3位です。

昨日、ペルーから日本と反対側のブエノスアイレスに来て、荷物を整理して明日、日本に向かいます。

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写真の説明
1 我々チームを訪ねてくれたステファニーさん。
2 ペルーでの歓迎ぶり旧市街地です。
3 ホディウム前で表彰される順番を待ってます。
4 自分の仕事を無事に終え食事会場に向かう途中の幸せそうなお方。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

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No.092「人検、車検無事合格」- 菅原さんからの手紙 2012/01/01 11:30

letter_092_20120101_1130_0128日には我々がお世話になっているアルゼンチントヨタさんでトヨタ車で出るチーム(南アフリカから4台のプロトやもちろんトヨタオートボーディさんも)と我々チームの合同の記者発表がありました。

午後2時にレンジャー2台とランクル1台と6輪駆動のFUが1台の4台のコンボイでスタート地点である約500km先のマルデプラタに向かいました。

途中、親切な白バイが我々の前を走ってくれ、高速道路では白バイの指示で料金が無料でした。指定された道路を走るのですが数キロおきにパトカーが置いてあり我々を歓迎してくれてる様子がわかります。

予定より早めの午後8時に指定されたアシスタンスパークに入ったのですが場所が狭く一番遠くの灯台の下に停めました。

29日の人検は2号車が9時15分からなので全員そろって7時30分にはアシスタンスパークに入り準備です。

シートベルトが5点式でないとだめだと言われ、予備のベルトを使い5点式に現場で改造して、無事車検も通過です。

なんと、パルクフルメに入ったら照の2号車がカミオンの一番目で私は2番目でした。

今年大きく変わったことはリエゾンの最高速度です。今まで競技車は150km/hだったのがアルゼンチンとチリでは自動車とバイクは110km/hでカミオンは90km/hでペルは100km/hと80km/hです。

そんな事もあるのか、今年のコースのリエゾンは少な目に設定されてます。でも、1日目のリエゾンの合計は約800kmもあるんですよ。

最初のSSは海岸で高さ40メートルの砂丘越えから始まるようです。

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写真
1 工場でチーム全員での記念撮影
2 どこからともなく現れて先導してくれる白バイ
3 マルデプラタに到着です。
4 車検場に置かれた2台のレンジャー

菅原 義正

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「さらば、2011」- 2011/12/28 (水曜日)

なにかと激動の2011年も静かに暮れようとしている。

「あっという間の1年でしたねえ。」

と普通に誰もが話す。
そうなのだろうか?

あの3月11日の出来事と、そこから連綿と続く事態はどうだ。
本当に、あっという間の一年だったのだろうか。

政治はどうだろう。

人の心は、どうだろう。

いまの社会は、利権を守りたい「持つ者」とそれを壊したい「持たざる者」のぶつかり合いだ。政治はそれを調整する機能だったはずだが、彼らもまた「持つ者」の代表格だということがわかった。本当に、あっという間の一年間だったか。

はるか以前に書いたが「民主党がひとつでも良いことをしたか?」というある首長の問いにボクは「ある。」と答えたことがある。
「ほう、それはなんですかな?」と
「ボクタチは幼いころから、上手い話には気をつけろ、と教えられてきた。それを日本人に思い出させてくれたのが民主党だ。こんな立派なことはない。」

彼は
「それ、使わせて欲しい」
って言った。

ある公務員と2チャンネルの話になった。
「あれはけしからん。あんなのがあることは許せない。」
と。
ボクは
「いや彼らの存在は素晴らしい。」
「どーしてそんなことを言う」
「トイレの落書きがなくなった。」
「うーん、それ使わせてくれませんか」

ボクは
「発言には著作権はないのだろうか」
と思いながら
「いいですよ。」
と。

つまり何が言いたいのか。
どのような惨禍にも、どのような政権にも、見るべき点や見習うべき点、または参考にすべきことは存在するのだ。
この世の中「素晴らしい!」ことも多いが、素晴らしいことから学ぶことはそう多くはない。
すべからく民主党には学ばなければならない点が多い。
ボクもよく言われた。
「言っていることと、やっていることが違いませんか?」
ボク
「おまえな、言っていることとやっていることが全部同じなら孫さんより成功しているよ。」
「・・・・・・・」
つまりボクも民主党なんすよ。マニフェストなんて、あんなのは選挙で勝つためだけの美辞麗句で、子供手当て26000/人の時には、ボクは小さな子供を3人も持つ奴に「ヘーん、ボクは勝ち組!」とか言われて悔しかった。
とまあ2011を総括しようと書き始めたら実に下らない話になった。
さあて、これからめくるめく忘年会が続く。。。
きょうの一枚
ゾーモッドの赤い土地。いつも不思議なインスピレーションを与えてくれる。何度この地に訪れたことだろう。


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「週刊タクラマカン」- 2011/12/26 (月曜日)

タクラマカンも随分盛り上がってきた。ボクは何で行こうか?と考えている。去年の今頃はR1200GS-A+サイドカー・・・なんて計画をしていた、これもありだけどランクル70をちょっとカッコ良くしようかなあ・・・とかでもジムニー行くしなあ?などと装備を考えたりたり、タイヤを考えたり。

で、実は後ろから大型トラックが進行しているのであります。カミオンバレイね。写真はチョモランマのときのカミオン。

天津で荷物を受け取った彼らは、FJクルーザーにウラルサイドカー、にバイクを積み込みなんとカシュガルまで、おおかた中国の長手方向の縦断をして合流。その後は最後尾からゴトゴトと走行。もちろんチョモランマBCや、ツァンダには行かなかったものの彼らがいる安心感は絶大。

今回も、天津で通関したらこれに積んで嘉峪関のホテルまで大移動。そこから常に後ろにいる。なんだ、スペアタイヤとか全部これに積んで、身軽な旅をすればいいや。。。なんて考えちゃったりしています。
さあ、2012年。さまざまな旅が、また始まります。

きょうの一枚

チベット縦断のカミオンバレイは、この大型トラックだった。ツアンダへはさすがに行けずに数日間は別行動だったけど、素晴らしい活躍をしていた。


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No.091「再会」- 菅原さんからの手紙 2011/12/24 20:00

letter_091_20111224_2000_01今朝8時にブエノスアイレスのホテルを出発して80KM北西にあるサラテのトヨタアルゼンチンさんを訪れました。

4年前からお世話になっているのですが、毎年ハイラックスを増産しており、4日ほど前にお祝いに大統領が訪れたそうです。(綺麗な女性大統領)

こちらのトヨタさんは全面的に我々チームを支援して頂くれ、我々のために工場の照明を高く移動して専用のブースを用意してくれて待っててくれてます。。

レンジャーとは10月18日に分かれて約2ケ月ぶりに再開しました。
先発のメカさん達が一生懸命仕上げてくれてたので、トヨタさんのテストコースをお借りしての走行テストをしました。

何時も以上の仕上がりをメカさん達と確認しあい、少しブレーキが焼けた匂いをコースに残し無事に終了です。

メカさん達にも同乗してもらい最高の仕上がりを共有しました。

次回は南のマルデプラタと言う街を出発します。
噂では海岸に人工的な砂丘をいくつも作ってあり、調子にのって走っていると初日にリタイアする人も出るといってまよ。

罠にはまらないように頑張りますね。

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写真
1 トヨタさんの用意してくれた定位置に置かれたレンジャー2台。
2 アトリエを出る1号車。左には自動車ショーで寄せ書きをして頂いたこいのぼりが見送ってくれてます。
3 テスト中の1号車
4 メカさん達とテストの結果の打ち合わせです。

菅原 義正

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「FA-coat Rally Mongolia 2012 のご案内」- 2011/12/22 (木曜日)

そうだよ、本来はこのコラム、こういうことを書くためにはじめたのに。というかもう12年もやっているんですね。
99年からはじまったこの「デキルダケ日刊SSER PRESS」
なんども「リニューアルしよ!」
という声にも頑なに
「これでいいのだ。」
とバカボンのパパのように一途に。
って、すぐに脱線してしまうのでした。
今日はモンゴルへのお誘いです。
プレエントリーCase-1が続々と届き始めています。
「おお、あなたも来年も来ますか!」
という人や初めての人も。
が、なにか忘れている人がいるような気がしてならないんです。25日締め切りなんですが、23、24、25って3連休だし。
何度か書きましたが、やはりお得な早期割引のCase-1の手続きをお勧めします。さあ2012のモンゴルはまた、賑やかで面白くなりそうな予感で溢れていますよ。
きょうの一枚
東さん。TBIなど上位の常連。今年のモンゴルは十分な準備期間ののち出場。ボクタチの期待はいやがうえにも。ゼッケンは「3」まあ、これはエントリが早かったということですが。ところが、ナビに手間取り大苦戦。モンゴルの帰国便の受け取りの帰り道、SSERの事務所に寄っていただきコーヒーを飲みながら
「いやー、モンゴルはちょっともう・・・」
ボクは
「そーだよねえ。」
ところが、彼は男の子でした。
なんか、彼からのエントリーフォームが届くやボクはうれしくて、これぞ主催者冥利につきる、とひとり感じいっていたのでした。

「TBI,TBI,TBI」- 2011/12/21 (火曜日)

さあTBIのはじまりだ。

春の光が降り注いでいるような気にさえなる

そんな気がするのは、全国からどんどんとTBIのプレエントリーが届いているか らかもしれない。なにかと辛かった2011年は、高野山から旅をはじめた。奥の院の山門の満開の桜が心に染みた。GWに見られる桜は、なかなか西日本では稀有だ。 ただそれだけでも、なにか特別に用意されたことのようで心が潤った。

高みから見下ろした紀ノ川が西日に輝いていたことや、温かな夕暮れの空気が何 故にと思うほど、心地よかった。ふっと、ため息をついた。深草君がボクの横でハンドルを握っていた。た。た。
あのころボクは、震災支援で石巻の活動を撤収し、事務所にツリーハウスのような茶室作りに励んでいた。まあ励んだと言うほどではないが。。。たった3畳あ まりの背の低い小屋がけのそれは、まれで茶室と言うよりはトム・ソーヤの冒険の秘密基地そのものだった。
もともとの動機は「心を磨きたかったから」なのだが。
心を磨く、おそらく人々は、それに似た思いで四国遍路の路に経ったはずだ。ボクときたら、少なくとも四半世紀の四国をめぐる旅をしながら、どうにも心が磨かれない。ばかりか、腹が立ちやすかったり、人が羨ましかったり、ばかりする。
つまり満たされないのだ。
足るを知らないのかもしれない。
方丈の月日庵は、しばらくそうした煩悩を忘れて旅に出ることができる、まあ仮想空間へ旅立つカプセルだということだ。
つまるところ「心を磨く」と言うのは満たされない思いを埋める、という行為なのかもしれないなと思うことになった。
ならば具体の旅に出るのが良いだろう。
とびっきりの、旅だ。
ならばTBIだ、という理屈だ。
そのTBIは、1989年からだからもう何年目になるのかは数えないことにした。というのも途中3年間のTDNツールドニッポンは数えるのか?数えないのか?という議論もあるし。。。
考えてみれば、橋もついたし高速も伸びるだけ伸びた。でもそこはGWには混雑し、わざわざそんなところへ行かなくても深い四国の山々は、いつも通るものも少ない。
きょうの一枚
TBIの原風景は四万十川と川を渡す鯉のぼりだろうか。いまでは全国的に広がった感のあるそれだが、30年近く前にはみんな驚いた。そういえば鯉のぼりをバイクに着けて走っていた参加者もいたなあ。なんて考えていたら菅原さんのことを思い出した。鯉のぼり、かあ。


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No.090 「サンタモニカに移動しました。」- 菅原さんからの手紙 2011/12/20 18:00

letter_090_20111220_1800_01サンタモニカに移動しました。

20日の早朝にロスからブエノスアイレスに移動するのでロスの空港の近くに移動しました。

ここはビーチか長く伸びいて自転車とランニングの専用のコースが作られております。

来て見て驚いたのですが、ルート66の始発点でもあるそうです。昨日は日曜日のせいもあり、いろいろな種類のバイクが走ってました。

尾上さんのような派手な洋服を着て細いタイヤで集団で走っている人や自作の2建てのような自転車や寝そべって走るバギータイプの3輪など見ているだけでも楽しい場所です。

時差も取れカゼも治り、万全で南米に渡りますので、応援してください。

写真の説明
1 ルート66の始発点のお店です。
2 海岸に作られているサイクリングとランニングコース。
3 市内バスのフロントに自転車のキャリアーが付いてます。
4 私のバイク JAMISのDAKARです。

菅原 義正

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「さて月曜日は、週刊タクラマカン」- 2011/12/19 (月曜日)

とはいうものの風邪でダウンしていて、ようやく復帰。週末にお約束していた各位にはお詫びの申し上げようもありません。

土曜日は苦しみましたが日曜の夜あたりからは、なんのことはない「坂の上の雲」か「バルサVSサントス」か(放送時間がバッティングしまくり!)を悩み、なんだBSで18時から「坂の上の雲」あるよ、と安心して両方続けて見ようとしたのですが、薬のせいか途中で朦朧。まあそんな日曜日になってしまいました。
さてタクラマカン、添付の絵地図はボクが一昨年の計画段階の落書きのもの、、ですが、今回はほとんどこのルートで行こうと思っています。一部のジムニー乗りの皆さん?が過激なルートの要望をしているようですが、2012年版ではたっぷりと余裕の旅をと、考えています。
でも「敦煌の休日」の1日を利用して玉門関からヤルダン地形ルートを探検に、その先はもう不毛の砂の世界だから。(写真がそこです)
そもそも今回の目的のひとつは沙漠公路の縦断。タクラマカン砂漠を南北に貫く道路を走るものです。しかしまあ、そこはバスも通っているところ。われわれの興味は、こうしたタクラマカンを縦に走って、かつてはロプノールに水を送っていたタリム川を越えるということ。
110年前スウェーデンの探検家スヴェン・ヘディンは乾ききったロプノールの川床に着きました。そこに楼蘭の夥しい遺跡を発見。そしてこの湖ロプノールを彷徨える湖と呼んで、その原因を推測しました。それは川の堆積により1500年周期で流路を変えるというもの。つまり600年代に消えていった湖は1900年代に再び現れる筈でした。
そしてその30年後の1934年。1500年の静寂を破って再びタリム川はロプノールに流れ込み始めたのです。年老いた?ヘディンは、それでもカヌーでタリム川を下り遂にロプノールへたどり着きます。
「私が34年前に幸いにも征服することのできたあの砂漠の中まで、この濁った川筋をたどっていくことを考えると、身の引き締まるような思いがすると言ってもよかった。私たちのカヌーは、道のない河床に印された私自身の駱駝の足跡の上を滑っていく。足跡が34年の歳月の間に、東から吹くきびしい春の嵐で掻き消されてしまっているのは間違いないが、それでも1900年3月に私のキャラバンが前進をつづけていったのは、まさにここであり、まぎれもなくこの同じ川の河床なのである。」ヘディン『さまよえる湖』からえる湖』からえる湖』から
さてそれでは、ヘディンの説が正しかったとすればいまも満々と水を湛えたロプノールがあるはずなのですが。この数年間訪れたそこを見れば、高度計でも相当な深さと大きさの湖だったことがわかりました。実は1970年ころまで、この湖に水は存在していたようですが、その後の流域の取水による断流が原因で、今度こそ本当に涸れ上がってしまったというわけです。人類にとって、また中国国民にとっても真剣に考えるべき問題ではありませんか?
さらに、もうひとつのテーマ・・・ボクだけなのですがこんなの。
万里の長城は、実は嘉峪関が西の果てではなくカシュガルまで延びていたという仮説。実はボクは信じているのです。聞いたときから。ならば天山南麓伝いにオアシス都市をつないでいたのではないかとも考えられるのですが、それならもっと早く発見できたはず。ハハーンやっぱりね
それは玉門関からロプノールを経てタリム川沿いに在ったのではないだろうか・・・などと考えて一人で気ぜわしく旅支度を進める年の瀬でした。
すいませんまとまらない話で。


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「年をとるということ」- 2011/12/16 (金曜日)

時間はアインシュタインによれば、相対的に過ぎてゆく。好きなことをしていればあっという間に。いやなことをしているときは、まさに無限だ。そんなことアインシュタインが最初に見つけたのではない。
日本の昔話ではすでに「浦島太郎」が相対性理論を示している。
いや、そんな事を書こうと思ったんじゃない。
失うか、得るか。
そんなことが「年をとるということ」か。
Frm 三上編集長が
「なんだか気づかないうちに、大切なものを失っていたのだという気がしてきた。 」
とツィートして、ダカールのYouTubeの画像を添付していた。
そのことから「年をとるということ」を考えるようになった。
彼は年を取ったのではなく、時間を失ったということだ。
以前なにかのCM、たぶんウイスキーだ。
「・・・それは、降り積もる」
という表現をしていた。
「年を取る」か「年を重ねるか」
つまり前者は取る=マイナスで、後者は重ねる=プラスなのだろう。
静かに降り積もる雪のように年を取りたい。
そうすれば熱情も恩讐も美しく飾られる。
いやそんな話でもなかった気がする。
ラリーの開催準備をしていて、特にモンゴルの試走などのハードな旅のたび
「年をとったなあ。」
と感じるようになった。
この場合、何も降り積もったとかて話じゃない。
これは単に個の劣化で、進捗の違いはあれ概ねみな等しい。
例外は菅原さんばかりだ。
いや、菅原さんとて厳しい。
厳しいからこそ、高い評価につながっている。
年は取らない。それは降り積もる。
何年か前にトシ・ニシヤマに久しぶりに会ったときに
「トシさん、年をとりませんね?」
と言うと。
「トシは取りませんよ。僕からトシを取ったらただのニシヤマになってしまうからね。」と。
何度も使っただろう、そんなギャグの1センテンスも嬉しかった。
トシ・ニシヤマは1988年のパリダカに、ボクのチームから参加した。
タマンラセットで夜明け前に別れた。
そんなこんなで今年も暮れようとしていて、またひとつ年を取る、もとい年を重ねる。
きょうの一枚
大忘年会の茶室での飲み会のために用意したマッカラン。SEOULで買ってきた。18年の歳月は、モンゴルのラリーを始める前の年まで若返らせてくれる時間の量だ。ボクが38歳のころにシェリー酒の樽に漬け込まれたこのシングルモルトがどうやってボクと邂逅するのか。やっぱり「時は降り積もる」のだ。


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No.089「アリゾナ州から」 – 菅原さんからの手紙 2011/12/15 15:10

letter_089_20111215_1510_0112 月5日に渡米して長男に買っておいてもらったマウンテンバイクを引き取り、トレーニングと時差を治すのにラスベガスに移動してバイクで少し走りました。

ラスベガスには46年ぶりの訪問です。

この町は1941年に最初のホテルが出来て、非合法でカジノをやっていたそうです。なんと私の誕生した年ですよ。 なんでベガスでトレーニングかと言うと日本食のレストランが沢山あるからなのです。調べていると「戸越ラーメン」と言う店があり私の住んでいる戸越と同じ名前なので訪ねていったら、何年も前に店じまいをしたようです。

ベガスでは街が混んでない早朝に走ったのですが、動いてない手が冷たくなりました。

長男のお奨めのアスリートが集まると言うフラッグスタッフに移動したのですが、標高が高く、周りは雪景色でホテルには雪ダルマが作ってあり、一泊だけして南のフェニックスと言う街に来ました。

このあたりは景色が良くきれいな川もあったのでしょう、ホテルの廊下には1927年
に特別に仕立てたキャンピングカーでコックさんも同行してキャンプをしている写真が飾ってます。

明日からはこのホテル推薦の自転車のトレーニングコース図を手に入れたので頑張ります。
部屋にはモノクロの写真が飾ってありキャプションには「Clark Gable and Friends」と書いてあり、4人の友人と一緒にゴルフをしている長身のクラークゲーブルさんが写ってます。

写真の説明
1 長男の会社の受付に飾ってあったバイク(未発売)
2 ラスベガスの有名な噴水
3 あの有名なルート66を少しだけ走りました。
4 フェニックスで訓練中。

菅原 義正

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「今日は2本立て。SEOULの熱い夜と、週刊タクラマカン」 – 2011/12/12 (月曜日)

行って参りましたSEOUL。FTAのデモに沸く市内は、警察車両によって規制され、この国でも政府の選択もまた一筋縄ではいかないことを物語っています。
ボクたちが泊まっていたHOTELは、そのちょうどど真ん中。ギャラリー街までTAXIで行って散策しているうちに、帰りのTAXIが拾えない!のです。
TAXI
「どこへ?」
ボク
「LOTTE HOTEL」
TAXI
「そっちは混んでいて動かないからだめ」
たぶんそう言われたのでしょう。
歩くことに。
GPSがないので、頼りになるのはボクの方向感覚のみ。
どのくらい歩いたのでしょう。歩いたから見えたものも多いのですが一番多くみたのは警察官。しかも皆さん完全武装。
無事にHOTELまで歩きました。
日も落ちかけた頃、お迎えの車でKTM-KOREAへ。
素晴らしい店内は広々としていて、ピットはすべて地下。
ケイタリングされた食事や飲み物もたくさん。会場には大きな横断幕も用意されていました。
そして発表会では、いくつかの雑誌社からの取材も受け、彼らがこうしたラリーに大きな夢を抱いていることが伝わってきます。みんなダカールへの思いを募らせているようです。
さあモンゴルへ。
それでも困難は少なくないでしょうが
「目標は10台です。」
力強く語ってくれた彼らは、もうしっかり遠くの目標を見据えています。
「週刊タクラマカン(毎週月曜企画)」
さてコーノさん。
今週も月曜日はタクラマカン企画。
今週のお題は「莫高窟」
だれもが井上靖の小説「敦煌」や平山郁夫の絵画の数々に惹かれるように敦煌を訪ね莫高窟へやって来ると、少の興醒めを覚えます。それは鳴沙山でもかなりなものですが。
それは世界遺産に登録されて以降の、観光ビジネスの発想の貧弱さにあるだろうし、保護という観点の稚拙さにもあるのではないでしょうか。
ただここでは興醒めしておいてもよろしい。
しかしそうならないためには、必ず井上靖の「敦煌」を読んでおくことでしょう。そうすれば、河西回廊の都市も敦煌も必ずやってこなければならなかった土地だったという感慨に貫かれます。
さらにタイムマシンに乗ったような気さえします。
ボクは思うのです。
旅は好奇心と知識と想像力を埋めるひとつの儀礼なのだと。
何も知らずに訪れた旅先も、それはそれで異邦人を気取るのは良いけど、あとで知って後悔することも少なくないのです。
「見てみたい」のではなくて「埋めたい」という気分がボクは勝っているんです。
さてまじめに
敦煌に着くと「敦煌山荘」に荷物を下ろします。
そこは鳴沙山を背景に立つ、素晴らしいリゾートホテル?です。その鳴沙山の東向きの断崖に幅1600mに掘られたのが莫高窟です。
さらに西千仏洞・安西楡林窟・水峡口窟など、無数の洞窟。
見られるのはほんのその一部ですが、気が遠くなります。
掘られはじめたのは前秦355年ころとされています。以来1000年にわたり掘り続けられいやこの後の話は是非とも小説「敦煌」で。
これを読めば、必ずこの地に行きたくなります。
行きたくなりたくない人(難しいですね)は、読んじゃだめです。
1900年頃ドイツの探検隊によって壁画の多くが持ち去られましたが、いまでも驚くほどの美しさで不思議な姿を見せています。
敦煌の出発前に、みんなで行きましょうか。
この前にクルマを置いて撮影しても、びっくりですよね。


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「再び、恐竜の谷のこと」- 2011/12/08 (木曜日)

ゾーモットから南に向かう。
気温計は40度あたりを指している。
でもそんなに暑いとは感じない。
遠く右手に巨大な岩山が見える。
大きな岩の塊で黒々している。エアーズロックほどの大きさはないものの、大きいし真っ黒だ。
何もない大平原に突然、地下から噴出して固まったのだ。
大地のエネルギーがフンプンとしている。
そこから先は、ただ陽炎に揺れる大地ばかりだ。
薄いただひとつのピストは、か細くこの先に村があるとは思えない。
やがて地の果てのような荒涼とした大地に、いつ降った雨が穿ったのか、谷がある。道は吸い込まれるように谷に入った。
それが、ボクがはじめて恐竜の谷に迷い込んだときのことだ。
99年の試走の時のことだ。
谷の中ほどで休憩をしていたら、モンゴル人スタッフがそのあたりから沢山の化石を拾ってきた。あまりにも短時間でそんなに沢山の化石が集められるのか訝しがった。
その谷は、ほんとうに恐竜に谷だった。
そうネーミングしたのはボクだ。
なんたって緑色の岩が、川の水を飲みに集まってきた恐竜の姿そのものに見えた。
「本物の恐竜が出てきたら、世界一有名なラリーになるぞ。」
そんな広報戦術も考えたが、生きた本物の恐竜は、現れそうで現れなかった。
その夏のラリー本番の時には、その谷はずれの古い湖のあとのようなところに行った。そこには地表に突き出した恐ろしく沢山の木の化石があった。大量の亀の化石や、巨大な大腿骨の化石などを拾った。
亀の化石はモンゴルの第一人者という学者に見せると「これほど完璧なものは、おそらく世界でも二つとあるまい」と言うので差し上げることにした。
そんな恐竜の谷は、いまだに行く手を阻んでいる。というか、たやすく行くことは出来ない。
それが良いのだと思う。
なぜかここを撮った写真や映像も少ない。
いつもカメラを向けて大量の写真を撮ったように思うのだが、帰って整理をするとあまりないのが不思議なのだ。
ラリーの映像もない。
必ず来年も通って、前の晩から張り込んでもスチールとビデオカメラを配置すると心に決めている。
きょうの一枚
恐竜に谷の南側の入り口から少し北上。まだ本格的な谷は少し先だ。全体に砂っぽい。イメージとしては地球上ではない。


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「FUTURE Vol-8 只今鋭意プレス中!」- 2011/12/06 (火曜日)

おかげさまで、早いものでFUTUREも2年目も終わる第8号をプレス中です。なにかとネット上でいいのに、わざわざパッケージになんて・・・という批判はすでに皆無に。それはそうだろうと思います。
先日の恵比寿「7」でのプレゼンテーション・・・150インチのスクリーンに映し出された映像は、思わず「ウウッ」となってしまいました。
普段はパソコンの画面でしか見ない映像を、大きなスクリーンと素晴らしい音響でお楽しみください。
なんて言い出したら、もっと画質と録音をクオリティアップしなきゃならないので、自分で自分の・・・ではあります。
いずれにしても随分と支持も増えたFUTURE 12/20号はお近くのパートナーショップまたはフューチャーショップで入手してください。

きょうの一枚
これは先行してSEOULの発表会のお土産用に用意したFUTURE特別編集版。1枚1枚手焼きのもの。


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「恐竜の谷について」- 2011/12/02 (金曜日)

今日のことFUTURE-VOL.8の編集が終わって見直しをしていました。
するとゾーモットに到着した松野さんが
「疲れたー。でも恐竜の谷で疲れが吹っ飛んだよ。あそこはすごいねえ。」
とか未明にゴールした松下さんは
「深夜に通ったのだけど、キラキラ輝いていて美しかった。」
という具合に恐竜の谷は、本当に不思議なところです。
今回は撮影クルーが恐竜の谷に行けなくて残念なことに映像がないのです。
それにあの辺りは、ここのところ金鉱探しのクルマの着けたワダチで、それはもうまっすぐ恐竜の谷に入るのは難しいほど。
10年前にはか細い1本の、それも消えてしまいそうなほどのワダチがあった程度なのですが。
こんな面白い話も
ムッホが日本人のカメラマンをここに連れてきたそうです。
「ここはすごいねえ。日本人でここに来たのはわれわれが初めてだろうねえ。」
ムッホ
「いえ、ボクも始めてきたのは日本人に連れて来てもらったんです。」
日本人カメラマン
「・・・・・」
まあいずれにしても、そういう場所なのです。
久しぶりに通りましたが、それも南からのアプローチ。数年間も通っていなかったのですが、再び恐竜の谷へもっと深く行ってみたいなと思う2012のルート構想でした。


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No.088 – 菅原さんからの手紙 2011/12/01 15:10

letter_088_20111201_1510_01東京モーターショーが今日(11/30)から開催されました。24年ぶりに会場を東京ビックサイトに移しての開催です。

一般公開は12/3から12/11ですが12/2までは報道関係者に向けた発表で、日野さんのブースにはドーンとレンジャーを飾ってくれました。この車両は今年のダカールラリーに出た本物です。

次回大会用の車両はモンゴルでテストした新しい車両と照が乗った2号車をアルゼンチンに送ったので、私の乗った1号車を展示してもらっております。

照と朝から説明員としてレンジャーの傍におりましたが本物の迫力に皆さん驚いてくれております。

ちょっとだけ仕事をさぼって乗用車やバイクのブースを覗いて来ましたが、展示車両も多く勢いを感じる会場でした。

私と照とのトークショーが12/3の14時から14時30分まで日野さんのブースで行われます。

入場者に配られる「東京モーターショーニュース」は何とモンゴルラリーでナビをしてくれた若林 葉子さんの会社で製作しており、表紙は 松本 零士のイラストで毎日、日替わりで印刷されて12日間表紙も違うそうです。

写真の説明
1 ちょっと斜めになって展示されてるレンジャー。
2 インドネシアの鉱山で使われている超大型ダンブ。将来、我々チームのサポートカミオンになったら嬉しいですね。
3 テレビの取材も受けました。
4 尋ねてくれた若林 葉子さんと。彼女から腕を組んでくれるのに3年も掛りましたよ。

菅原 義正

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「すいません、ブログとかぶりで・・・」- 2011/12/01 (木曜日)

タンタンの話をブログに書いていて、コロンビアのグスタボさんのご兄弟のことを思い出しました。(タンタンつながりのお友達になりましたから)
彼らは下半身がパジェロエボリューションのエスクードに乗って、それはとても楽しそうに毎日走っていました。
あまり飛ばさないように見えますが、気がつけばゴールしてる、といった具合です。ゴールするとクルマから2つの折りたたみのキャンピングチェアを出して、そこらあたりの高台に登ります。おそらく特段の風景ではなく、どこまでも広がる空間を見やっているのでしょう。兄弟二人で椅子に並んで座って、とにかく仲良く笑いながら話をしています。遠くから見るととても絵になります。
そこでは今日のルートのことを話しているのではないように感じます。
来年モンゴルに来るのなら
「毎日何を話しているの?」
と聞きたいと思います。
答えは案外と
「いや、タンタンの冒険とこのラリーについてだよ。」
なんちゅう大人の回答が返ってくるかもしれません。
コロンビア。
悪いイメージばかりが伝わってくる国ですが、この二人の人物を見ていて深い感銘を受けたこともまた事実です。それ以来コロンビアの印象はまったく変わってしまいましたから。
だからわれわれも海外に行ったときの立ち居振る舞いも、日本を背負っているんだ!?は大げさですが、ちゃんとしなければなりませんよ。ね。今度SEOULの発表会に「ボクも行く!」の皆さんもですぞ。

きょうの一枚
微妙な色味の青空、砂丘の描き方。らくだとタンタンの配置。らくだの人を馬鹿にしたような笑顔、さらに言えばらくだのX脚にまでタンタンのファンはうなるのでありますが、さて。


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「そーいや、MINIの物語」- 2011/11/30 (水曜日)

ダカールにはペテランセルが、MINI-CROSSOVERでエントリーだね?てな話と2006BTOUの写真整理で大量に出てきたモンゴルに挑む4台のミニクーパーの符号が妙に合って、なにかこう懐かしく温かな気分になったりなんかした。
あのときの4台のMINIのエントリーは、どちらかというと無謀だったけど、ラリーの中に彼らがいるだけでとてもほのぼのとしていた。それに1台は完走した。チンギスハーンホテルにゴールした時には女性ドライバーは熱中症で意識も朦朧としていた。でも確かにエコチャレンジというカテゴリーを設けてはいたもののMINIとPRIUSの完走は、本当に驚きだった。
そんなことを思い出しながら、MINIのカタログを眺めてたりするボク。
きょうの一枚
モンゴルの大地に挑むMINIたち。


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「みをつくし」-  2011/11/29 (火曜日)

ボクはなぜか全国にあまたある、この手の記章の中でも大阪府章も大阪市章も好きなのだ。変わってる!って言われるか知れんけど。
大阪弁になっちゅう・・・
その昭和43年に制定された大阪府章は、当時のデザインとしては群を抜いていてイマっぽい。っていうか今世紀に入ってデザインされたのかと思うほどだ。そしてそれは秀吉の千成瓢箪を図案化したというが、案外ボクは大阪市章の「ミヲツクシ」をモチーフにしてると勘ぐっている。
子供のころに聞いた
「みをつくしても、あわんとぞ思う。」
百人一首に収められたその下の句。
「わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ」
まあ解釈によれば開き直ってるような歌だが、(ばれたものは仕方がないから、リスクを犯しても今晩会いに行くぞ)みたいな。
しかしまあ、ここから難波とかみをつくし、とかが始まったのなら魅力的だなあ。。。と子供心に思ったもので、ある部分で相当にマセてたのかもだ。
「みおつくし」とはご存知のとおり航路標識で漢字では「澪標」と書く。
源氏物語にも「澪標」という帖があった。
光源氏と明石(光源氏の明石時代の愛人)が交わした歌
「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな」
「数ならでなにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」
恋焦がれてこの身を捨てても、という意味なのだが維新の会の圧勝と深夜にも及んだ橋下会見に敬意を表してこんなことを書いたのだが。
どうか「みをつくし」て素晴らしい大阪を築き上げていただきたいと思う。
きょうの一枚
100年間続いたフシアワセ。上は大阪府、下は大阪市のマーク。いずれもボクは良いと思う。都構想では、どう変わる?

 

No.087 – 菅原さんからの手紙 2011/11/15 14:40

letter_087_20111015_1440_01フランスのノレブ社から1/43のモデルが世界一斉に発売されました。毎年、私のカミオンだけ造ってくれるのですが、今回は照が乗るカミオンも作ってくれました。

日野自動車さんがダカール・ラリーに挑戦して20年目になるので2台も作ってくれたのだと思ってます。

今年のパッケージには「義」と「照」の漢字がデザインされて入っおり、「鯉のぼり」もそうですが、漢字が使われてるのがとても嬉しく思っております。

ちょっとでも日本の文化が世界に向けて発信出来るのが嬉しいですね。昨年から車のデザインも歌舞伎の「隈どり」にしたり、スタートの時はフロントバンバーに「しめ縄のお飾り」を付けてます。

次回のゼッケンNO.が決まりました。照の乗る2号車は508  私の1号車は521 です。

来年のカミオンの出場台数が増えて80台近いエントリーです。

私も古希になり、選手としては恥ずかしい年になってますが、日本魂ここにあり、と頑張りますので、応援お願いいたします。

写真の説明513は義正号、526は照仁号です。

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菅原 義正

[footer-sugawara]

「ラリーモンゴリア2011は、これをもって終了」

いつも時間のかかる帰国便。なんとか10月いっぱいで!というのが、わたしたちの強い要望!!なのです。そして今回は無事に10月末までにお引渡しが出来ました。皆様のご協力に感謝します。また輸送を担当していただいた近鉄エクスプレスさんにも一言御礼を申し上げておきます。 というのも、こうした国際物流は年々厳しくなる一方です。これは中国なども難しくなっているのですが、なんたって日本が難しいのです。それに税関職員や麻薬犬が、それに対応できるほどの員数が確保できているのか?心配でなりません。ラリーモンゴリアの開催初期の課題はこうした国際間の物流。そしてそれは回を重ねるごとにスムースになるはずだったのですが、さにあらず。 こうしたことも、ひょっとしたら911以降なのかもしれません。空港の警備もそういえば異常なほどになって、各国とも大きなコストを負担させられていますから、そんなことで言えばテロリストの思う壺ではないですか・・・。 さあ、九州4デイズ。明後日から出発。どうも天気は良さそうで温かいらしい?ようです。素敵な大会になるといいですね。 きょうの一枚 2011モンゴル、エタップ7のビバークから見たデューン。この草付きのデューンが、今回大きく明暗を分けることになりました。陽が傾いて虹が出て、幻想的な空気に包まれて不思議な空気が生まれました。


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「RallyMongolia2012の日本語サイトが本日OPEN」

既にお問い合わせを頂いています2012RallyMongoliaですが、インフォメーションの準備が整い始めています。写真集にも簡単なエントリーのガイダンスをつけて印刷が上がり次第、世界に向けて発送!!の予定です。専用のWeb-siteはこちらからご覧いただけます。
2012年も、あの大地でお目にかかりましょう。
閑話休題
最近マイブームとなってるバイク。「えっ、ナニをいまさら?!」と言われるのですが、実はもう長く乗ってなかったのでした。目が悪いとかいろいろ問題はあるのでしたが、これからは乗ることに。て言うか毎日バイク雑誌とバイクいじりと30代の頃に戻ったような・・・どうしたのかしら。
「九州4デイズだけど、バイクで行っても良いい?」
「・・・・・」
「いや、往復だけで本番中は乗らないけど、終わったら一人で阿蘇を走って帰るから。」
「そういうのはダメ!って、いつも言ってたじゃないすか。」
「そんなこと、絶対に言ってない。」
というふうに、ここでも言った言わないのお話しになるのでした。
「芦別まで打ち合わせにGSで行って来る。」
「どーぞ」
だって。
きょうの一枚
さあ2012のモンゴルのページ!!グングン充実させていきますよ!!意気込みや良し!!

「世界人口は、70億人に!」

国連が発表したことには今月31日、つまり月曜日には世界人口は70億人に達するとして10月31日に生まれた世界中の赤ちゃんを70億人目として何か認定証みたいなのを贈るんだそうだ。
さて人口爆発が囁かれて久しいが、ここのところ人口の増加に関してはアナウンスが無くなった気がする。60億人になったのは1999年だから約10年で10億人増えている、つまり1年で日本くらいの人口が増えているのだ。
2050年には93億人、2065年くらいまでには100億人に達する。
過去50年で人口は2倍になった。ヨクモワルクモ。
資源と食糧の争奪戦が、間違いなく起きる。食糧を巡る争いはまるで有史以前の社会だ。
資源の争奪戦は、もう何十年もやっているが激烈化先鋭化は避けられないかもしれません。
石油を争って、平気で戦争を起こしてきた。
エネルギー問題は、間もなく臨界点に。
なぜだかどこも都市化が顕著になり、田舎暮らしはやっていけない。中国では豊だった都市周辺の農村部に工場や住宅が軒を並べていくと農作物のプロダクティビティは下がるし、水資源の不足もなにやら心配だ。北京も空港から市内まで見渡す限りの農地だったのに、今はない。
TPPの議論も喧しいけど、食糧を要領良くつまり効率的に生産して国内の自給率を高めていくことを、もっと考えなければならないかもしれない。人が一生懸命進める話は、案外と誰かの都合でしかなかったりする。つまり落とし穴があるということだ。
インドの人口増も爆発的で2021年には、中国を抜くのだそう。どうする日本!?てかどうする世界!?地球はどうなるのか?日本はそういう大きな視座を失ってしまっているかもしれない。その前に真の独立をしなければならないかもだ。
きょうの一枚
世界を言うからには、ということで2009年のチョモランマへの旅。ボクのBMW (乗っていたのはカオルサンだけど)帰国後部品取りにしていたのを?やっと本日組み上げてユーザー車検に持ち込もうと思うのだけど、スクリーンをとめるプラスチックの小さな部品がない。ちょっとしたボルトもすぐには無いので困ったものです。スクリーンががたがただとやっぱ通らないかねえ??

「美しきピストで」

九州4デイズの準備と、来年のイベントの基本計画が進んでいます。
九州は、とっても楽しみになってきました。
それにPRESENTATIONも近いので写真集は当然なのですが、映像も社内制作のPV!など、みんななんでも出来る!んだねえ。と、感心。
「自家制作だから、出来るので・・・」
ということでFUTURE!も7号目を数えたんのですねえ。
モンゴルの貨物も無事通関が終わり、気持ち少し早くお引渡しが出来そうです。
ホント、毎年お待たせして。。。
さてモンゴル2012。。
テーマは「ドリーミングゴビ、蜃気楼の彼方へ」みたいな感じ。ホントは少し違うけど。レギュレーション、ルート計画とくればロジスティクスの計画。。ああ「オフィシャルカーを新しく戦闘力を上げて、さらに奥深く分け入っちゃる!」
なんてどこかであいさつしたなあ。。。と反省することしきり。
しかしそれでもあのネガの谷のような砂丘は、上にCPを作ろうか?なんて考え出したらもう没我の境地。あの砂丘は縦断出来るんじゃないかとかね。
それに来年はタクラマカン!!
あのルートを走るぞ!と今から気持ちは高揚中!!
尾上さん、お待たせしましたよ。
それに中国北部黒竜江省からも「ラリー出来ないか?」
なんてお話しもありました。
中国も本格的なブームが押し寄せそうですね。
でもボクにはもう時間がない。
というか、ごめん、その言い方は間違っている。
年間スケジュールを整理しなければいかんというだけの話しで、「ボクにはもう・・・」なんて言い方はいかんですよね。
「ワインを知るには、人生は短すぎる。」
なんとあの心境にも似てきました。
きょうの一枚
このピスト。これが少し砂っぽくなっていくとボクの言う「頬ずりピスト」になるんです。思わずピストに突っ伏して、頬ずりしたくなるんですよ。ほんとに。写真は2011ラリーモンゴリアから。

「もうすぐ、九州4デイズ」

もうルートブックは印刷屋さんに出した。
それなのに、カオルサンからは、昨晩のことTEL。
なんか電話の向こうでハアハア言ってる。
「初日のSS(当初は午後のスタートなので1本にしてた。)もう1本取れるかもしれん。ナントカ林産さんが、ゲートを開けてくれるごとなっちぁや(??このあたり九州弁にて不詳)」
ボク
「もうルートブック印刷に・・・」
「・・・」
「やろ。何キロあるの?」
「10キロ、覚えちょらんかね、あのTDNのときに使こうた。」
「覚えてる」
ああ、あのブッシュと枝と、だんだんとやばくなっていく道を思い出した。あの時のフィニッシュを抜ければすぐやまなみだったような・・・
あの時の高揚感が戻ってきた。
ああ、ツールドニッポンだ。
奄美や、ハウステンボスや、平尾台や普賢岳や高速増殖炉や六ヶ所村や、そうだ
岩手も福島も行った。
宮城では地震にも遭遇した。
それにしても日本は美しいなあ、と思った。あれほどまでに日本全国の地図を穴が開くほど眺めたこともなかった。
でも今はTBI、北4、九4、と、まるであのツールドニッポンを再び行っているような錯覚にもとらわれる。しかもあのときよりも濃厚に、旅というには、あまりにも厳しいけど、やはりまだまだ日本は、捨てたものじゃない。濃いいものは、薄いものよりも美味しいのだ?
もうすぐこの1年の締めくくり九州4デイズ。
きっとビックリするような九州と、陽気な九州男児たち?に出会える。
きょうの一枚
阿蘇外輪山を降りる。九州の山の形が楽しい。阿蘇周辺もそうだけど、全ての形が面白い。

「誰かさんも言っていたけど、宇宙旅行は巨大市場があるな。」

[アサヒコムより]
ヴァージン・グループの来年からスタートする宇宙旅行事業。
その宇宙旅行船専用の拠点「スペースポート・アメリカ」が米ニューメキシコ州南部に完成し落成式があった。来年まで試験飛行を重ねた後、運航を始める計画だ。ターミナルビルと約3千メートルの滑走路があり、AP通信によると、同州も建設に2億9千万ドルを投じたという。
式典では宇宙船のデモ飛行も披露された。宇宙船は母船とともに離陸し、上空約16キロで分離して宇宙空間を約4分間飛行する。
ボクはまた考えた。
たかが4分間の宇宙旅行に人々は20万ドルを払うか?そしてその安全性の保証は?うーん。でもビジネスとしては間違いなく成功するような気がする。マーケティング的な理屈はなんとでもなるが、やはりお値段は「リーズナブル」としか言いようがない。
人類は根源的に冒険心、つまり未知なるモノへの興味・好奇心とそれを見たい感じたいという欲求が遺伝子にあまねく組み込まれているのだろうと思う。
昔のパリダカでも、1回行くのに20万ドルはかかった。初日にリタイアしてもなお闘志を燃やしていた時代があった。
宇宙から見る地球はどんなだろう。ハイビジョンで中継されようと、やはり自分の目で見る興奮は凄いと思う。愛媛のどこかの御曹司も、こんな事業にでもお金を突っ込んでいた!とでも言うなら全くOK!だし、ホリエモンの「宇宙旅行」も当時はみな荒唐無稽なホラ話にしか聞かなかったろうが、大きな市場が間違いなく存在する。
ボクもいつかは行って見たい。
きょうの一枚
なぜ、真ん中の麦藁帽子のオヤジを避けるか、退いてもらうかしないのかなあ。で、どの部分が宇宙線で、どの部分が母船なのか、機能の写真と見比べながら「ウーン」とうなってるボク。

No.086 「シェイクダウン」- 菅原さんからの手紙 2011/10/17 14:40

letter_086_20111017_1440_0115日の土曜日に日野さんのテストコースを借り切って、次回大会用の日野レンジャーのシェイクダウンを行いました。

報道の方にも来て頂き、公開テストです。

照仁が運転する2号車は今年のラリー・レイド・モンゴルでデビューしたのですが、フレーム幅を広げたり、新しい試みがあちこちに入っているので、ラリー終了後に補強の追加工事などをして、やっと出来あがりました。

全国の販売会社から選考されたメカさんも1ケ月前から本社の工場に来て頂き、毎日遅くまで作業をして頂きました。

朝から晩までのテストで、途中には報道の方や日野さんの技術の方や販社メカさん達にナビ席に乗ってもらい体験試乗もあり、無事に終了しました。

私の運転する車両は昨年まで照仁が乗っていた2号車の御下がりですが、荷台がカーボンになっていて軽量なせいか、以前の1号車より加速が早く ダートでスライドしてもそのまま加速してくれました。

良くある事ですが、こんな大事な時に転倒したり、壊したりする事があるので(我々のチームは1度もありませんよ)無事に終了して正直ホットしております。

今年のラリーに出た1号車は12月に始まる自動車ショーの日野さんのブースに展示が予定されております。ぜひ現物を見て下さい。
写真の説明です。
1 上から2号車の5月31日の状態です。フレームが組上がりました。その1ケ月後には今の状態まで作りあげて7月7日に同じコースでテストをしてそれからモンゴルに送りだしました。

2 2台が揃い、日野さんの技術屋さんがチェックしてくれてます。キャブ(運転席の長さの違いが判りますか?)

3 バンクを走る2台で、手前は照の2号車で補助灯が違います。2号車は全灯LEDを使い、1号車はHIDです。

4 軽くジャンプをする2号車です。

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菅原 義正

[footer-sugawara]

「やっぱり、夢だよ。」

UFOのお話しで盛り上がったんだけど、UFOを信じようが信じまいが、間違いなく宇宙というどんなに考えても理屈に合わないモノが存在する。ニュートリノは光よりも速いかもしれない、というアインシュタインも腰を抜かすような話も、まだまだ沢山あるだろうと思う。
最近では自然エネルギーの代表格、太陽もそのエネルギーは核融合反応によって得られたもので放出されるのがガンマ線とニュートリノだったっけ。いずれにしても「自然」というものでしか、全てのものはできないのではなかろうか。
さて、今日は「旅行」の話。
リチャード・ブランソン率いるヴァージン・グループの「スペースシップ2」
(今日の一枚)来年初飛行らしい。
数分間の無重力体験。旅行費用は1500万円。ただいま予約数455人。
やっぱり夢だな。と思うのは、人生の成功への道筋でなにが必要かというと、こうした実現が困難だろうと(誰もが思うような)夢を描くことだろう。
「やっぱり、夢だよ。」と言ってしまえば、それは所詮無理な夢のような話だよ。とも取れなくはない。
ジョブスもブランソンも、夢の見方と実現へのプロセスについて興味深くそれを示してくれた。いや失礼ブランソンは、これからも示し続けてくれると思う。
ボクは思う。
メディアだと455人の人が、数分間の無重力の体験のために1500万も出したというけど、それって違う。100%じゃあないけど。人々は、たった一瞬でも、あの青く輝く地球を宇宙から眺めてみたいのだと、そういうことだと思う。UFOの話しは、それの真偽よりも宇宙から眺める美しいといわれる地球の姿への憧憬にも似ている。そしてエイリアンの侵略の物語は、その青く美しい地球が異星人にも、同じように美しく見えるからに違いないということだろうと思う。
この美しい地球は誰のものか、いまイスラム社会に飛び火した民主化運動「アラブの春」ににて「格差をなくそう」という99%というスローガンを掲げた運動が燎原の火のごとくだ。
美しい地球を宇宙から眺めてみれば、また良い考えが浮かぶかもしれない。

「ほんと、パワースポットだらけの九州」

九州4デイズのコースディレクターの一人、小鶴さんは九州メモ(コチラ)で意味深なことを書いています。で、勝手に彼の写真をアップ!ていうかすでにヤマチャンのブログに掲出済みなのですが、昨年のプレ九州4デイズで出かけた押戸岩で撮影したUFOの写真!!
信じる信じないは、知ったことではありませんが、ボクがパリダカのビバークで見たやつはお尻から炎は出していませんでした。推進がこうした燃料の噴射によるものでは、さすがに「???」な感じは否めませんが、これを読んだ頃にはすかさずTELがあることでしょう。
いや、でも良く見ると時間は夕方で、噴射されているのは無くて湿度の高い空中を高速で移動したときに出来るひこうき雲のようなもので、それが夕陽に染まっているというのも考えられる。
うん、良く見ると火柱ではなさそうだ。
それに2枚目の写真には少し上に僚機が見える。
4枚目の写真はボクが撮った・・・ものではなく。推進方式を考えているときにとあるサイトから貰ってきたもの。そんで、推進方式を考えなければ火柱か水蒸気か?悩ましいではないですか・
とある解説では、磁力線同士が交わると熱と分解、閃光が生じる。円盤は磁力線を交差させることによって推進すると言う。米の情報機関によると(うそくさいけど)エイリアンUFOの飛行では、底部に据えられた三つの磁力線照射装置を使用する。磁力線の3点交差によって炉心部にプラズマを発生させ、交差ポイントを移動させることで、機体ごと交差先に移動させていくのである。と書いています。
「うーん、さらにうそ臭いけど・・・」
ともかく燃料を積んでいるとは考えにくく、いや母艦が近くにいるのだとすれば考えられないわけでもなく。
というふうにネット検索で諸説を読んでいくうちにつれ「いかん」引き込まれそうになるのを自制することしばしです。
まあ数年前に九州にツーリングに出かけたタケちゃんは「UFOに激突して入院した。」という電話を貰ったとき、ボクはなぜか赤松カメラマンとBARにいました。
酒の理由ではなかったと思うのですが
「タケちゃん九州でUFOにぶつかって怪我したらしいよ。」とボク
「で、連れて行かれなかったのかね。」とカメラマン。
「やっぱり、タケちゃんくらいになると、ぶつかるものが違うねえ。」
ボクの頭の中では、緩やかに波打つ阿蘇の外輪山あたりでコーナーを曲がったところに止まってるUFOの姿を思い描いていました。
これは補償交渉が難しくなるなあ。。。
なんて考えていました。
そんな思い出がこのUFOの写真と九州4デイズのお話しで甦りました。
九州4デイズに参加される皆さんはUFOにぶつからないように気をつけてください。
あっ、タケちゃんがぶつかったのはユンボでした。

「五足の靴」

1907年。まだ清朝の末期。この年にフランスの新聞社の呼びかけで、北京からパリまでの自動車レースがあったというのは、やたら書きました。
輸送手段が馬車から鉄道に変わり、馬車道が廃れていきはじめたころに自動車が誕生します。100年後の今では、北京とパリはほんの一部を除けば、ほぼ舗装路で繋がっています。中国ルートでカザフ経由で入れば道を迷わない限り全て舗装路で行けます。モンゴルルートで行くと、中国モンゴル国境からウランバートルの手前までが未舗装ですが、まああとは舗装路で行けます。100年の時とは、そういったボリュウムです。
そんな1907年。与謝野鉄幹は、北原白秋らと5人で九州を旅し表題の紀行文を表しました。特に今回の九州4デイズではこの思いを鮮明に辿ってみます。つまり1907年、日本はそういう若々しい?時代だったと胸を張ることができます。
鉄幹らは隠れキリシタンらの足跡に興味を持ち白秋の実家などを基点に天草を尋ねます。思いがけない場所に立つ天主堂を訪ね、当時日本のキリスト教の布教に命をかけたフランス人のガルニエ神父に会います。
彼らがそうであったように、わたしたちも、この地を丹念に走らなければ感じることの出来ない、不穏な迫害の足跡を見つけることになります。その気分がなんとも不思議な浮遊感を与えてくれます。
旅の終盤には天草から阿蘇に向かい、そういえば昨年のプレラリーではクイズにも出題された垂玉温泉の山口旅館にも泊まります。
あの時代のこの地はどうだったのかなどを考えても仕方ありませんが、丹念にルーティングされた天草の細い道を走っていると度々「ハッ」とさせられ、日本を考えてしまいます。
さあ、ともかく九州4デイズ。
ぜひお越しください。
つぶやきBLOGにも詳しいお話を掲載しています。
きょうの一枚
外輪山から降りる「天空の道」驚きです。

No.085 – 菅原さんからの手紙 2011/10/06 10:38

letter_085_20111006_1038_019月29日(木)にバイクの世界選手権が行われるモテギに照と行ってきました。

前回の「菅原からの手紙」に写真を載せたペップさんに会う為です。彼とはダカールを通じて知り合い5年間位になります。今年はデュロイのチームのドライバーとして大活躍でカミオンクラス総合7位でした。

以前にもモテギに来てお会いしたのですが、彼はこの世界選手権のロジスティクスの最高責任者です。

今回は300トンの荷物(各チームのタイヤ他機材の全て)を3機のカーゴジャンボを借りて日本に来たのです。1機100トンの荷物を積むのですが、燃料も100トン必要で航続時間は最大9時間だそうですよ。旅客用のジャンボは12時間以上飛ぶので積載量が違うんですね。

初めて彼の経歴を聞きましたら驚きです。125ccのスペインでのエンデューロのチャンピオンを5年取ったそうです。他にISDE(6日間のエンデューロの世界選手権)に9回出て8回完走しているそうです。

SSERで有名なガストンさんも125㏄の世界チャンピンなので交流があったか質問してみたら、ガストンさんが主催する砂の走り方の勉強会がベルギーであり、2回程行ったと言ってました。

やはり、ダカールで活躍している人はとんでもない人達なんですね。

来年のデュロイのチーム体制は以前カミオン部門で総合優勝したスティシーさんとWRCのチャンピオンのミキ・ビアシオンさんとデュロイの息子さんの3台が優勝を狙い、彼は本コースを走るサポートの様です。

やはりダカールの情報を早く掴んでおり、今回のスタート地点のマル・デル・プラタの海岸に人口的な砂山を作り、プロローグをやるとか初のゴールになるペルーの砂丘は砂が柔らかいから注意が必要だとか、色々と教えてもらいました。

彼の自宅はバルセロナにあるのですが、580ヘクタールあり、一周63キロのオフロードコースを持ってるそうですよ。

追伸 先日私がサポート役で行ったウルトラ・トレイル・デュ・モンブランの放映がNHKのBS1で10月10日(体育の日)の午後10時から100分の番組で放映されます。時間があったら見て下さい。

写真1の説明 前回の写真に本人のサインを頂いて来ました。スペイン・バハの写真だそうです。
写真2の説明 コースを案内してくれてるペップさん。
写真3の説明 ピットで一瞬開いたホンダのブースの一枚です。
写真4の説明 バイクの収集の話になり彼は20台位のコレクションがあるとの事なので話をしていたらブルタコの話になり照に買ったコタ25の話題になりました。彼はこの新車を1台持っているそうです。

菅原 義正

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「オートバイと温泉という黄金律」

(本文と九州4デイズのルートとは関係ありません)
「温泉好き」と良く聞くが、ボクは温泉好きじゃない。て言うか普通に風呂は入るし、寒ければ温まる。温泉はよく行った!のではなく九州を走りに行けば冷えた身体をぬるめの壁湯温泉などで良く温めた。(写真01)
写真01
写真01
そもそもバイクの旅というのは重装備で、温泉だからといって飛び込めない。入ってみると「熱っちー」となるのだが、しばらくすると適温になり、やがては「こりゃ寒くて、出たら風邪を引くんじゃないか・・・(壁湯温泉)」ところがでればポカポカして、再びバイクで走り始めても数時間も温かい。
ボクが20代の頃は、こうした混浴で無料の温泉はたくさんあって、深夜に辿りついて温泉に入って夜明けを迎えてまた走るというような旅を良くしていた。
うまり「温泉が好き」だと言われればそうかもしれないけど「好き」と言う表現はもう一つだ。日常の皮膚感覚のようなもので「あなたはご飯が好きですか?」と聞かれているようなものなのだから。
でも幾つかはお気に入りの温泉がある。
写真02
写真02
写真03
写真03
たとえば(写真02)の垂玉温泉の露天風呂では、目が飛び出すほどの経験もしたし・・・すぐ上には地獄温泉というのがあって、ここも迫力のある温泉ではある。別府にある明礬温泉(写真03)は、ちょいと凄い効能を感じるし長官に連れられて初めて行った?!時にはここは感動した。
バイクと温泉というと、どう考えてもこの上も無いマリアージュ。牡蠣とシャブリとか、どら焼きと煎茶とか??ああ、明日からボクは6日間もイケナイ秘湯巡り・・・じゃなくて九州4デイズのコース最終チェック!!
今日写真を掲載した温泉は、全て混浴です。。

「お休みが長くなってしまいました。」

考えてみれば1週間もOVが更新されていない!!じゃありませんか?ごめんなさい。九州の準備も佳境なのですが、九州はさらに6日から5日間ほど仕上げの試走に出かけます。
いや、来年のモンゴルの計画を立てながら新しいルートプランに苦心しているのも事実で11月19日には恵比寿で発表会&懇親会、12月にはSEOULで招かれて発表会の予定です。ここでサプライズ!!をしたいわけです。
でもまあ当面は九州に集中。
本当に温泉と食事を来週はきめ細かくレポートします。でもあまり丁寧にするとルートが全わかり!?
ところで、話しばかりで全く進展の無いボクタチよりも世間では、次世代マップホルダーやICOの開発が進んでいるようですが・・・
スマートコマ地図ホルダーその2

試作メータースイッチ

しかし本格運用にはまだ道のりもありそう。でもたまにはmade in Japanでスタンダードを変えたいものですねえ。
モンゴルからの貨物の帰国便、今しばらくお待ちください。強力に「ワーワー」言ってます。天津を国慶節(中国のGW)までに出したかったのですが・・・新しい予定は10/8天津船積なのですが、うまくいくように願うばかりです。

「九州試走に行って来まーす。」

2011/09/29
「九州試走に行って来まーす。」
てか、昨日来。。。
ジムニーによる世界最高到達点記録が更新できないか!?と考えています。
ボクが狙っているのは、今日の一枚にある峠。
西チベットにあるガルという町をベースキャンプにします。
この町が標高約4200m4日くらいいれば、もうかなり。でもまあここまでの道のりも厳しいのではありますが。
用意するのはジムニー2台。大型のラダーとウインチなど。バイクもつけましょうかね1台。
そしてこの峠に、アタックキャンプ。5330mです。
写真を見ると広々とした尾根が延びていますが、右奥に小さな冠雪した山が見えています。あまりに広いので、ここから具体的には高さは特定できないのでグーグルアースを開いては、2009年のレイドトレック・チョモランマのときのルートをなぞりながら。。。
どうすか、石原さん。
いま思っても、あの旅。。大変だったけどホントに面白かったねえ。
週末は九州4デイズの試走に行ってきます。どんなルートが設定されているのかこちらもタノシミタノシミ。
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No.084 2012のダカールラリーのメカさんがきまりました – 菅原さんからの手紙 2011/09/28 02:20

letter_084_20110928_0220_01各ディラーの優秀なメカさんが多数応募して頂けるのですが予算の関係もあり、全国から4名の優秀なメカさんを選考させて頂きました。

毎年ダカールは過激な戦いになっており、危険きわまりないのです。

次回の照の乗る車両をモンコルでテストしたのですが、一割位速くなっているのであちこちにクラックが入ったりして問題が発生します。
軽量化を徹底的にやり、300kgの軽量化に成功しました。

昨年は200kgなのでトータル500kg軽量化です。
軽量にすることにより、加速と制動に効果が顕著に表れます。

写真1は昨年の照のジャンプです。

写真2うえの砂丘からを降りるレンジャーです。

写真3は我々の仲間のペップさんジャンプです。

こまったものですね。

菅原 義正

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「きっと、鬼が笑ってることでしょう」

2011/09/27
「きっと、鬼が笑ってることでしょう」
ホントなら、今頃はタクラマカンに行く荷物をまとめて「重いんじゃないない?」とかやっていたはず。毎日ワールドニュース何ぞで中国の奥地の出来事や気温を調べたり、でも重大事がいくつも目の前にあるのですが・・・既に心の半分以上は来年のモンゴルや、タクラマカン。。。既にタクラマカンは「来年なら行くよ!」というメールもチラホラ・・・なんとなく嬉しくなって、、
SSERの年間行事はというと
TDR-TBI-モンゴル試走-北4-久万高原ヒルクライムレース(拡大開催が予定されています。)-モンゴル本番-SSER3DAYS-タクラマカン-九4-PRESENTATION2012・・・これでボク、忙しくないわけはないでしょ。。。でも最近は少しずつ、早寝早起きの健全な生活でギリギリの体力を維持しています。
でも来年の12月までの計画を練れば練るほどにニヤニヤしてて、きっと「鬼が笑ってる」ことでしょうね。まだ終わってない九州の来年のことを考えるのも変だけど・・・
ところで2009年のチョモランマに行ったときに、西チベットのとある5300mの峠でのこと。広い尾根がずっと天空に向かって伸びていて、石原さんと
「この尾根をジムニーやトライアルバイクで登れば世界記録が作れるんじゃない?」
「やろーよ、やろーよ」
となったわけですが、あのあとのボクタチの高山病ぶりが、もうひとつ拍車をかけないままになってしまってる。
でもボクは
「もう高いところへはいかん!」
と発表してしまってるし。
きょうの一枚
2009年まではトァレグ(写真)が世界最高点到達記録だったんですが、2009年にスズキサムライが軽々と更新。ああ、もう7000mまで行かなきゃ記録更新は・・・うう頭痛い。
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「タクラマカンのことを報告するのを忘れていました。」

2011/09/26
「タクラマカンのことを報告するのを忘れていました。」
本年計画していたレイド・トレック・タクラマカン2011は、諸般の事情で2012年に1年の延期をしました。ごめんなさい。中国スタッフも来日して、しっかり打ち合わせはしたのですが・・・ボクのスケジュールが(って、お前の都合か!?)どーしても合わないのです。。。必死の調整をしたのですが・・・。
来年はこの行程でもう一度、許可関係を再スタートさせます。せっかく余裕がもう一年出来たことで、もっと面白く出来ないかと考えることにします。ぜひ来年は、みなさんで走りに行きましょうね。コンテナ1本に収まる数量が参加可能台数ということですからね。
さあ、九州4デイズの準備が佳境!!宿泊は全て屋内?温泉つき?!コンパニオンつきというのは多分。。。来週は試走に行ってくることにします。
きょうの一枚
以前も掲載したタクラマカン横断の沙漠公路、、800km。。。男の子ならマイバイクで。。尾上さんはウラルでスタンバイなんだけど。。

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「九州のこと。」

2011/09/22
「九州のこと。」
松山の小学生は別府に修学旅行に行く。中学生になると日程も伸びて雲仙や島原まで足を伸ばした。つまり九州への旅がボクの旅の始まりだったかもしれない。
小学校の修学旅行で乗った関西汽船の「るり丸」という船。たぶん6年生のときだったから1968年くらいかな。実はそのあとその船はアルジェリアに売り払われて、船名を確かティパサといいパリ・ダカールでアルジェに向かった時に乗った。修学旅行から20年の歳月が過ぎていた。2等船室の木製の2段ベッドにボクの小学校の仲間たちのいたずらの彫刻文字があるのを見て驚いた。
ティパサはアルジェリアの都市の名前だし、古代ローマ遺跡のある世界遺産の町の名前だということは以前にも書いた。つまりあのときの少年の旅に始まりは、このような邂逅すら演出していたんだ。
九州へは、そのあとも良く通った。
最近ではもちろん昨年の九州4デイズツーリングに、コマ地図を書きに一度、本番に一度。その前にはモンゴルで負傷した西村さんたちと、お見舞いツーリングで阿蘇山に向かった。
もちろんツールドニッポンの3年間も、それまでの青春時代もまあ九州だった。ひとりでバイクで旅をしたことも何度かあったし、オンオフを問わずとにかく良く走った。
雪の高速をランタンフェスティバルを見に行ったのも、ツールドニッポンの準備だったかもしれない。そしていよいよ今年11月、九州4デイズが開催される。変化に富んで美しい九州の山々。深い神話や伝説に彩られた道筋はまた愉しさも格別だ。そして九州の友人たちの愉快さもそれを際立たせる。
西郷隆盛の話や、神話の話をしていれば日本人について考えなくても、自然に日本人のアイデンティティを感じさせてくれ、つまり覚醒させてくれるのが九州という土地なのだ。
さあ、九州へ行こう。
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No.083 KAUFBEUREN (カウフボーレン) – 菅原さんからの手紙 2011/09/21 21:47

letter_083_20110921_2147_01この町は我々チームのバイクのサポートをしてくれているカイザーさんの町の名前です。

彼は10年位前からダカールラリーで我々チームのバイクサポートをしてくれたり、ラリーレイドモンゴルでは私がホンダ パイロット(2サイクル単気筒400cc)で出た年とヤマハ ライノ(4サイクル単気筒650cc)で出た年に専属で私のメカをやってくれ、その後、ドイツの友人を連れて何回かラリーレイドモンゴルに出てくれたのでSSERの関係者は良くご存知ですよね。

実は彼の町を訪ねるのは初めてでした。ミュンヘンの空港に着いたら、彼の手配で空港の近くに住んでいるカールさん(彼もラリーレイドモンゴルに出ております)が迎えに来てくれ、彼のアウディでカウフボーレンまで連れて行ってくれました。空港から西南に1時間程走った所にカイザーさんのショップがありました。

そこから車で1時間も走らない範囲にあの有名な「ノイシュバインシュタイン城」があるのです。彼の手厚い招待を受け、幸せな時間と空間を感じてきました。

写真1 彼の町の名前のビールで後ろにはカイザーさんがぼんやりと写ってます。味は日本のビールを薄くした感じでした。
写真2 彼が予約してくれていたホテルです。花が奇麗でした。
写真3 ホテルの入り口にあった、昔使っていたリヤカーの様な台車です。
写真4 ここからが大変です。足回りとフレームが現在の車と同じにUボルトで固定されてます。この後に横にリーフスプリングが使われてサスペンションが付く事になります。長い事使ったのか、車輪の外側に巻かれた鉄板はすり減ってますね。

菅原 義正

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[footer-sugawara]

「SSER3DAYS、記憶に残る素晴らしい大会になりました。」

2011/09/20
「SSER3DAYS、記憶に残る素晴らしい大会になりました。」
台風15号が南の海上にいるだけで、四国は大会日程前から大雨となりました。
特に久万高原町一帯は早くから降り始めからの雨量が250mmを超え、国道33号線は通行止めとなり、少し遅いタイミングで会場に向かう参加者や競技役員は、相当の大回りを強いられることになってしまいました。
それにしても通行止めは国道だけ、というのもなにか「???」な感じがします。もっと険しい山間の隘路を抜けて、役員も会場入りルートもそのような道路を使用します。
しかし我々は全役員で今大会の開催、そのものの検討にはいりました。開催に伴うリスクをどのように見積もるか。安全確保は可能なのか、、、そういう議論です。そして一部をキャンセルするものの全体を予定通り開催するという結論に達しました。
雨はわれわれの自主規制の基準の250mmを超えましたが、それぞれのSSの予定される林道などは、相当にしっかりしていて崩落などの兆候などもなく、路面状況も極めて良好であるという報告。標高1000m以下のそれぞれは比較的雨量も少なく沢の水量も落ち着いている様子という報告です。
それでも初日ステージ1はルートの一部を大幅に短縮して予定の7SSのうち4SSのみでスタートしました。スタート会場の美川スキー場は大雨なのですが、ルート上は概ね小雨でむしるコンディションは上々。標高1000m以下のエリアのみで実施しました。
ところで、今回の見どころはこの何年も向かうところ敵無し!の愛媛のチームトップガン、森田昌和、山下真嗣、森田智文の1-2-3フィニッシュの予感は・・・森田昌和にいたっては優勝回数もわからないほどです。
そしてかつて常勝を欲しい侭にしていた高知の池田秀仁が久しぶりに帰ってきました。モンゴルの日本人ライダーの最高位、モンゴルから帰ったばかりです。
はたまたJECから池田智泰の・・・しかしこれは参加マシンがTENEREと聞いて・・・それでも過去最少の参加人数ながら見どころも、走り応えも充分な大会となりました。
まず今大会の特徴は、初の4ステージ構成。2泊を要する3デイズの開催という点です。そして悪天候のためいくつかのSSがキャンセルとなったものの総合優勝タイムが3時間にも達するタフでハードな内容となった点です。
1ステでは池田秀仁は痛恨のガス欠、SS-4の途中で立ち尽くしていました。また3ステではハブベアリングのトラブルでリタイアを喫し、完走の望みも絶たれてしまいました。
死角の無いチームトップガン、ステージ1を終わるや完全な1-2-3体制を確立。しかしあろうことかステージ2で山下はエンジントラブルでリタイア。この一角を崩して誰が表彰台に近づくのかと興味は津々です。
こうして終わってみれば表彰台の一角、総合3位には福岡の岡本薫、、、かつてTBIで選ばれて近森さんとともにオーストラリアサファリに招待された選手。17年ぶりの競技復活とか・・・。
あまりにも愉しくハードで、しかも波乱に富んだ今大会。
SSERは少なくとも30回大会・・・つまり2014年までは続けると誓っています。
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「3Days、いよいよです。で後期日程についてなど。」

2011/09/14
「3Days、いよいよです。で後期日程についてなど。」
七沢温泉の闘いからとんぼ返りで、SSER3DAYSの準備に多忙な事務所に帰ってきました。
ちょっと参加台数の少ない3DAYSになりましたが、やはり2DAYSのフォーマットじゃないと休めないよぉ!というご意見・コンプレをたくさん頂きました。
でも九州4DAYSの参加は多そうなので
一概には言えないのかも・・・
と、勝手に思ってしまっています。
このあとは、その九州4デイズに向けて・・・
そして12月初旬の予定のSSER PRESANTATION 2012
恵比寿の「7 Seven」&「チョモランマ酒場」の予定ですのでよろしく。
ツールドニッポンクロスカントリーシリーズ(ナガッ)の表彰式もこちらの会場で同時開催で行う予定です。
さらにFUTURE7、8号、モンゴルの写真集
SEOUL、BEIJINGでも発表会をしようかと・・・SEOULはことしの韓国チームからのリクエストが。
こうして慌しかった2011も後半戦に。早いものです、全く。
きょうの一枚
「森田昌和」
もう何回連続で勝ってるかわからないほどの、常勝チャンピオン森田さん。過去には池田秀仁さんと、僅差を争う行き詰る戦いを展開していたのも懐かしいのですが、池田さんはここのところモンゴルの長距離にフィールドをシフトしました!!が、今年はやってきます。かつてのような闘いになることを期待してます!
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「ちょいと、七沢温泉の闘いへ、行ってきます。」

2011/09/12
「ちょいと、七沢温泉の闘いへ、行ってきます。」
SSER3DAYSカウントダウン中ではありますが、この夏の決着!のために七沢温泉まで行ってきます。
いまさら書くまでもありませんが、これはモンゴルの「オヤジ対決」のお約束。この場に及んでも、たぶん「あーだった。こーだった」「それは違う!」といったなにか、余韻のようなものがまだまだ燻っているはずで、それはそれで面白いのであります。
七沢温泉とは丹沢の神奈川県側、厚木市にある静かな温泉です。われわれの宴会の舞台となるのは?福元荘。その福元荘こそは日本のプロレタリアート文学の旗手、小林多喜二が隠れていたところなのです。小林多喜二の「蟹工船」などは再び近年読まれるようになったり映画化されたりしたそうですが・・・その後の日本はというと???
小林は東北の生まれですが4歳のときに北海道の小樽に引き取られます。小樽高校や現在の小樽商業大学を出て北海道拓殖銀行に入行。同じ小樽出身の菅原さんは、この福元荘での宴会に深い感銘を受けているようです。
そもそもあの時代は、まさに右往左往していたのです。右によるか左によるか・・・で日本は右に向いてしまいました。ボクはどちらも否定したくはないのですが、相容れない思想を受け入れてはじめて均衡の取れた時代になるのではないかと思うことしきりです。
反するものは排除するものではなく、お互いが理論であれ実践であれ切磋琢磨して人々に信を問えばよいことではありませんか。マスコミがそれに関わってはならないし、真実だけを伝えればよいのに必ずいずこかに加担してしまうのは彼らの立場には許され無いはずです。
こんな稀有なことを考えながら、ボクはラリーの前後を通じていかに公正であるかを感じながら二人のオヤジ対決から学んでいたものでした。
きょうの一枚
レゴラリータ。その響きを聞いて「・・・」と思うあなたはおそらく48歳以上か。椎名先生は、そのレゴラリータ、ドカティ125でSSER3DAYSのヒストリックエンデューロを走る。

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「リビアの思い出」

2011/09/07
「リビアの思い出」
パリダカで何度か地中海をリビアに渡った。
1988年頃までの10年間は定番のアルジェリアの首都アルジェに向かった。フェリーはティパサという名前の関西汽船の払い下げ船だった。
ティパサとはご存知の通りアルジェリアになる古代ローマ帝国の都市遺跡。
アルジェリアのイスラム原理主義運動が盛んになる頃には、アフリカステージの玄関口はリビアに移った。
「ええっ、リビア?」
ビザを取るためにはパスポートをアラビア語に法定翻訳をしたり、エイズ検査の国際証明書の提出が求められた。
トリポリだったりシルテだったりの港に上陸した。
ビバークはローマ帝国の遺跡の中だったり、なかなかこの国のポテンシャルは・・・。そして砂漠地帯の素晴らしいこと。アルジェリアには行きたいけどリビアの砂漠もかなり良いねえ。
そして巨大な砂の阿蘇山みたいのがあったり、なかなか素晴らしいじゃないか。ニジェールへのアクセスももちろん良い。
さてこれは今日のニュース
『米国務省のヌーランド報道官は6日、リビア南隣のニジェールに車列で到着したカダフィ政権軍幹部らについて、身柄を拘束するようニジェール政府に要請したことを明らかにした。
報道官は、ニジェール政府からカダフィ氏が車列の中にいないと報告を受けたことを明らかにし、「ニジェールにいるという証拠はない」と述べた。カダフィ氏の親族については、車列に含まれるかどうかは不明とした。
一方、米政府がカダフィ政権軍幹部らの拘束、武器や所持金の押収を要請したところ、ニジェール政府は「適切な手段を講じる」と回答。反カダフィ派の中核組織、国民評議会に協力する考えを示したという。』
ニジェール側がどのように言うのかは知らないが、ウランのたくさん採れるニジェールにアメリカが侵攻したりはしないだろうか心配。
あの時代にパリダカという巨大なエネルギーがこの砂漠の国々を駆け抜けたなんて、いま思っても不思議な御伽噺のような話しだ。でも、なんとかアルジェリアやリビア、ニジェール、ああ欲を言えばマリあたりが平和で落ち着いて、時々ラリーなどがお邪魔するなど出来るような国になって欲しい。
あのひりつくような渇きにも似た、テネレへの思いはボクらSSERの原風景にある。そしてSSERが27年もの歳月を刻んだのは、実はその思いがあったればこそなのだ。
皆さんは、どのような渇望にも似た思いを、いまだ灯し続けていますか。
きょうの一枚
スタートのカウントダウンは緊張の極み。これが良いんですね。今回は全てのSSのスタートでちゃんとします。って、いままでもしてたけどね。2枚目はとあるルート上のトレールに差し込む光。
Photo A,Akamatsu
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「秋は、夕暮れ」

2011/09/05
「秋は、夕暮れ」
みなさん「ボクは冬が好きだ」とか
「私は夏が好きだ」とかよく言うのではありますが、日本人の心情にはやはり「秋」なのではありますまいか。
「ボクは秋が好き」
って、なかなか言いませんね。
日本人もデジタル化して、曖昧なもの微妙なニュアンスが分からなくなったのかもですね。
いやでも秋です、ボクは。
フランス人もそう。
秋の日のヴィオロンのため息の身にしみてひたぶるにうらがなし・・・なんてのは寂しさに宿を立ちいで ながむれば いずくも同じ秋の夕暮れ。
とほぼ同じように読めますし、その寂寥感は実に魅力的なのです。
林道を抜けて秋の西日を受けながら家路を急ぐときの、あの気分。山の家々からは煙が立ち上り、ふと懐かしくおいしそうな匂いだったり風呂を沸かすかまどの匂いだったり。
すべてはこの寂寥感が家の温かさ、人の大切さを思い起こさせます。初期のSSERは夕暮れから日没後の林道を抜け、煙立つ大会本部のゴールへ駆け込むという心の動きがテーマだったかもしれません。
台風一過の今日の松山っていうか田舎にあるわが事務所は、秋空が広がり黄金色の稲原には赤とんぼが群れ飛び、まことに「ここに居る喜びに心が満たされます。」特にこの数日の台風の空は、怪しく不穏な雲を西日が照らすさまなどは神々しくもありまた禍々しくも見えて楽しめたものでした。
SSERをはじめて27年。その多くは9月に開催されていました。むろん8月開催もありはしましたが、9月です。黄金色の田に真っ赤な彼岸花がボクのSSERの原風景です。その準備をはじめるころは、まだ田植え前くらい。毎日毎日バイクで走りに行く頃は、山の棚田に若い稲が爽やかな風になびいているころ。
ほぼルートも決まりかけた頃は林道で一服してると、近くの農作業のおばさんが取れたてのトマトを「食べなさい」と持ってきてくれたので8月だったのでしょうか。数日の山の生活から久しぶりに降りようとした時に立ち寄ったお店のテレビで見た「日航機墜落」のニュース。あれから何年、って言われるたびにSSERの開催年数と重なることに愕然と。
だから
「日航機墜落っていつだった?」
という話になると間に髪をいれず
「1985年8月12日だよ。」
とボクは言えるのです。
歳月はひたすら過ぎていきます。秋はまるでその象徴のように、訪れては過ぎ行く時をひたすらに感じさせてくれるということでしょうか。
きょうの一枚
ボクが落書きのように書いたSSER3DAYSのルートプラン。
スキー場がフィーチャーされていますが、とにかく快適な林道の宝庫のこのエリア。工夫を凝らしてルートを構成中!!オタノシミニ。
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「ラリーモンゴリア2012へ向けて。」

2011/09/02
「ラリーモンゴリア2012へ向けて。」
美しいモンゴルの大地で繰り広げられるラリーモンゴリア。いまこの夏の熱戦の模様がFUTUREに編集中。一方大量の写真もほぼ整理がついて・・・ブログ参照・・・こうして振り返るほどに素晴らしい大会だったという思いが募ります。3つのデューンは、ルートの中央付近にある日、ルートの最初にある日、ルートの最後つまりビバークの直前にある日、という設定を施しました。もちろんそれぞれ表情の違うデューンです。深く入り込めば脱出困難なもの。かつては道だったものに砂が堆積して一般のクルマの通行ができなくなったようなもの。キャメルグラスが多くて遠めにはデューンかな?と思うようなもの。
こうしてみるとまだまだたくさんの未知の道?やエリアがあることがわかります。そりゃそうだよね国土は日本の4倍強。狭い日本だって言っても知らないところや、まだまだ行ってみたい所はたくさんあるわけだし・・・。
さて2012年。ここから悩み始めるのが愉しい日々なのです。でも大まかなコンセプトはこの2ヶ月くらいで構築しなければなりません。
2011年の日本は、未曾有の大惨事を経験しました。もちろん多くはいまも継続し、まさに日本人に大きな転換点を示唆しているように思います。
蛮勇のごときでしたがSSERも行動を起こし被災地にカミオンを出して支援活動に乗り出しました。途中で「今年のモンゴルの開催は難しいかもしれない。」と覚悟する時もありましたが、いまはその報告書に着手するほどにあの時からSSERの考えからも大きく変わったことが伺えます。
ちょっとタイトルから話はそれましたが、震災の現場に立ってボクタチラリー仲間はもっと迅速な行動ができなかったのだろうか?もっと支援すべき方向もあったのではないか・・・そんなふうな思いにとらわれたものです。ですからこれからこうした支援のあり方をたゆまず考え検討をしていくことにします
そして2012年のラリーモンゴリア、世界に向けて日本とラリーモンゴリアの存在を大いにアピールして参りたいと思っております。中国へのアプローチももう数年係で、まもなく成果が出ようとしています。
あとは参加者の通関のスムースさや、いかにコストダウンして参加や運営が出来ないかという、そういう仕事に取り掛かりたいものです。
きょうの一枚
ボディも足回りもしっかりした完成度のBajaマシン。今回ののモンゴル勢はアメリカからBajaマシンの大量買付け?勝負も人もマシンもあらゆる性能が総合的に求められるようになってきています。塙選手といえども、ちょっと油断をすれば彼らに先行を許してしまいます。ステージによってはAUTO部門が上位を独占することも。
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「七沢温泉の闘い、後編」

2011/09/01
「七沢温泉の闘い、後編」
さてETAP2が終わったところまで書きました。
ここまで2日間約1000km(リエゾン225kmふくむ)菅原Vs尾上の闘いはいかに。
ETAP2終了時点で菅原/若林組は12時間59分26秒。総合17位AUTO部門8位。前を行く日本人は塙郁夫選手と池田秀仁(BMW)の2台!なんという快進撃ぶり!?
一方尾上/石原組は14時間21分58秒の総合26位、時間差こそ1時間20分ばかりですが、なかなかのポジションです。
そしてETAP3は今大会の中ではもっとも短いもの。当初の発表より少々SSが伸びたものの280kmのハイスピードで暑い戦い。一部にはナビに苦しむかと思われるところも。尾上/石原組はここで少しでも肉薄しておきたいところ。しかしここでも菅原/若林組に先行を許してしまいます。
菅原/若林組この日3時間52分43秒 70km/hオーバーのアベレージはマシンの性能を考えるとかなりなもの。ちなみにこの日トップタイムは塙/エンフトル組の2時間40分52秒。アベは120km/h!?そして尾上/石原組は4時間02分55秒。10分の遅れです。
菅原/若林組は総合でも16位へひとつアップ。ムフフな感じです。尾上/石原組はというと前日の26位から23位へ軽くジャンプアップ。勢いがつきます。
勝負は山場のETAP-4.距離は短いもののリエゾンでデューンありSSは後半にゴビの最深部恐竜の谷を越える暑くハードなもの。ナビミスは大きなタイムロスの原因となる難しい1日。
ここで菅原/若林組も遅れました。27位でゴール。タイムは8時間19分13秒。尾上さん逆転の千載一遇のチャンスのはずでしたが・・・実は尾上/石原組は痛恨のマシントラブル。RCPがこの南ゴビ唯一の町ゴルバンテスだったことに救われなんとか戦線復帰。RCPの1時間のレストタイムもフルに使ったもののこの日は12時間34分も費やしてしまい、総合でも29位と大きく後退。時間差はツイニ4時間12分も開けられてしまった。
翌日はゾーモットの休息日。
「しゃない、七沢温泉予約しとくよ。」
と発言内容は弱音なのですが、まだまだ闘志溢れる尾上さん。
なんだか休息日以降に波乱の予感。
そうなんです。休息日開けのETAP-6、547kmの長丁場。尾上/石原組、乾坤一擲の走りで20位でフィニッシュ。タイムは8時間59分28秒、・・それにしても8耐を毎日走る感じすかね。菅原/若林組9時間24分15秒。なんと25分も挽回しました。あと2日。チャンスはまだまだとマシンの整備に精を出すふたり。
さらにETAP-7も尾上/石原組に軍配が上がります。430kmも走ったところにあるデューンのなかで2台のマシンは出会います。デューンを知り尽くした菅原。経験ならことちらも負けない尾上のナビ石原。
スタートは7分後の尾上/石原組。勝負はこのデューンをいかに抜けるかというところ。しかし2台がここで出くわしてしまったのも勝負のあやかもしれません。互いにデューンを超え、わずかに5分ほど上回ったタイムで尾上/石原組がゴールします。砂丘の中で2台並んで降る姿には、真剣勝負の火花が見えて取れました。きっとその写真は、雑誌や写真集の表紙を飾ろうかというくらいのもの・・・赤松カメラマンが出し惜しみをしていなければですが・・・
こうして最終日を迎えるわけですが、最終日の時間差はスタートタイム差8分。そして終わってみれば菅原/若林組は総合16位という驚きのリザルト。並み居るKTMらを蹴散らして、です。タイムは45時間12分42秒。尾上/石原組は困難なトラブルを無事にリカバリーして総合22位50時間35分44秒。
まさに舌戦いや熱戦でした。粘戦だったかもしれません。
この模様はFUTURE Vol.7にて掲載予定です。

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「ラリーモンゴリア雑感の続き。そうそう、七沢温泉」

2011/08/31
「ラリーモンゴリア雑感の続き。そうそう、七沢温泉」
ここのところ舌戦もいっそうの、モンゴルジムニー対決。
口汚くののしりあうと言うのはまるで同じバスで移動する仲良しの格闘技のリング上のよう。
先にゴールするとうれしいけど10分も経つ頃から心配で心配でたまらなくなるおふたり。
「大丈夫かなあ。何かあったかなあ。」
これほど闘志むき出しなのに、競い合う相手を労りあう人を見たことが無い。
なのにそこへ帰ってくると、
「何だ、帰ってきたのか。崖から落ちてればいいのに。」
崖なんかないのですが・・・
そんな言葉を掛け合います。
横で見てると「ドキッ」とするほどですが。
しかしそれにしても、こうした友を得られたのは人生の中でも僥倖というよりほかは無いでしょう。ほかのジムニーも割って入れないほどの二人の蜜月ぶり。よしんばそんな人がでてくればきっと二人は1.カン無視2.二人が共同してやっつけてしまう、かのどちらかでしょう。
ふたりとものジムニーのクロスカントリーラリーマシンはほぼ完成域にあって、そして更なる進化をやめようとはしません。恐るべきスピリットです。
ところがこの勝負は、最後は七沢温泉の貸切という罰ゲームが待っています。温泉旅館でドンちゃん騒ぎを、負けた側の全額負担でやらなければならないのです。いやいや、負けるわけにはいきませんねえ。
そこで少しレースの中身を分析することに。
手許にプリントアウトしたモンゴルのリザルトを。
ETAP-1、初日のSS248.99km・・・まず尾上さんが3時間47分27秒で、菅原さん3時間48分34秒。その差はたったの1分。スタート順位は菅原さんが1分前だから尾上さんはほぼ同時にゴールしたことになるんですね。「一緒に走ろう」と約束してもこうは行かないものです。
つまり250kmかかって1分前にスタートした前車に追いついたという構図。これでマシンの性能差は互角だということが解ります。
後で菅原さんに聞くと
「尾上さんは常に全開で走っているから壊れるよ。」
と言いますが、上空から見ていると
「そうすか?」
な感じ。
では勝負はどこで分かれるか?
ナビの勝負か、またはマシントラブルの有無による勝負と見るべきでしょうかねえ。
1日目はナビにもマシンにも案外易しかったでしょう。
ナビの力がでるのは翌日エタップ2、砂漠の中のルートファインディング。
ETAP-2は476.57kmのややロングステージと砂丘。
そしてここでスガワラさん、得意の砂丘の出現に
「前半の勝負どころ」
と読んだわけです。夜のビバークでも姿が見えないようで、きっとルートブック
と睨めっこか!?と思いきや本部ゲルでビール飲み飲み世間話中!
「???」
そして翌日のこのSSは9時間10分52秒の21位でフィニッシュ。さすがです。尾上さんは10時間34分31秒の29位。
スガワラさんの目論見どおり?1時間20分の大差がついてしまいました。
クロスカントリーラリーでの1時間や2時間の差は、前半で言えばさほどの問題ではありません。ところがこの人(スガワラサン)と戦わなければならない尾上さんにしてみたら、余人には計り知れないほどの不気味なプレッシャー。のどが渇き余分にビールを飲むのさえ、妖術にかかっているかのようです。
ナビの石原さんは、この砂丘の中を深読みしすぎたようです。
そしてこの時間差は、このあと目に見えない負荷を尾上さんにかけるからスガワラさんは、天をもあやつる妖術使いと言われるゆえんになります。
とまあところでこの調子で書き続けると、どんどん長くなるので今日はこのあたりで・・・。みなさん、お近くの妖術使いにはくれぐれもご注意を。
続く


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