No.287「初めてのTBI」- 菅原さんからの手紙 2022/09/26 11:00

始めて出た時のIDカードが出てきました。その時60歳だったので主催者の山田さんがゼッケン60番を付けてくれました。

私がラリーに出る事を知った社員が、親切心でハンドルの切れ角を少なくしてくれてたのですが、(当時ダカールに出るバイクのハンドルの切れ角を少なくしていました。)

最初のSSではコーナーがきつく、ハンドルが切れないので、横の斜面に落ちてしまいました。

オフィシャルはすぐ横にいるのですが、レギュレーションで手伝ってはいけない事になっていて、乗っていた車はホンダXR250だったので、一人で上げてみたのですが重くてかないません。

チームメイトが来たので、彼に手伝ってもらいコース上に上げたのですが、彼は勝負をしていたのに時間を無駄にしてでも私を助けてくれて、今でも忘れずに感謝しております。

「選手同士は助け合っても良い事になっております。」

それから、良い運動にもなると思いSSERのすべてのイベントに参加しております。当時は日石さんが大会のスポンサーさんで、リエゾンの途中の日石のスタンドに寄るとガソリン代は無料の所もありました。

初夏の四国の山はとてもきれいで、空気もきれいなので、何回も深呼吸をしながら走ってました。

リエゾンは止まらずに走る事にしていたので、SSのスタート地点に開始の3時間前に着いた事もありました。

あれから21年も経ってしまいました。月日の経つのは早いものですね。


著者紹介 菅原義正氏

菅原 義正

No.286「実物大のレプリカ」 – 菅原さんからの手紙 2022/09/09 14:30

昔、メカだった方が作ってくれました。

今から約50年前に、私はホンダ1300クーペでレースをしていました。

TMSC主催の富士1000キロに出場を決めたのですが、ドライバーは2名必要なので鈴鹿にあったRSC(今のHRC)に相談に行き、ワークスドライバーの 高武 冨久美選手をお借りして出場しました。

参加台数は70台位なのですが、出走は50台だけと決まっております。ポルシェカレラ6などやフェアレデイ2000やスカイライン2000などが沢山出ておりました。

予選でタイムの良い順から50台を選んだら、一番非力なT-1クラス(1300以下のツーリングカー)が4台だけ残りました。内訳はトヨタワークスのカローラ1台とバブリカ1台と日産のワークス(星野さんが乗ってました)のサニー1台と我々のホンダ1300クーペ1台だけが残りました。

コースは富士スピードウエイの逆回りで、台数が多いのでルマン式スタートでした。結果はなんと総合7位でクラス優勝でした。

その時の出場車両のレプリカを実車で作ってくれたのです。

有難いことです。

 

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.285「フランスでコロナになりました。」 – 菅原さんからの手紙 2022/08/08 17:30

10月にあるアフリカエコレースに向けて、走行テストにフランスに行ってました。

モトクロス場を借りて、走行テストは無事に終ったんですが、ウインカーやブレーキランプが点かなかったりで、ルマンの工場で作業をしてたのですが37.8度の熱が出て、友人にコロナの簡易テストキットを買って来てもらったら陽性でした。友人宅で3日静養したら平熱に戻り、検査をしたら陰性でした。日本で3回、予防接種を受けていたのが効いたようです。

帰国して4回目の注射は必要か、掛かりつけのお医者さんに相談したら実際にかかった方が抗体が強くなるので必要ないとの事でした。

写真は友人宅の庭にある、木の根の椅子で休んでいるところです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

お知らせ:アフリカエコレース2023フランステスト報告会 生ライブ

配信日時: 7月13日 19時から

配信ページ: https://www.youtube.com/watch?v=cQkc-ymeRHw

 

配信内容:
アフリカエコレース2023に向けて、フランスにてマシンテストを行ってきました。そしてル・マン24時間レースも観戦してきましたよ! テストの様子や今のフランスについて、報告します!

 

 

No.284「10月開催のアフリカエコレースに向けて」 – 菅原さんからの手紙 2022/06/24

6月の始めからフランスに来ております。

今度乗るYAMAHA YXZには、純正で売り出しているターボキットを組み込んでみたので、テストする事にしました。

場所は弊社の工場があるルマンから20キロ離れたモトクロス場を借り切ってのテストです。

YXZは公道を走れるナンバーがついているのですが、安全を考えてトレーラーに載せて運ぶことにしたのですが車幅が180cmもあり、特殊なトレーラーを用意したのですが、大きいので牽引免許が必要でした。たまたま知人が免許を持っていたので、お願いして来て頂きました。

最初はコースオーナーのおばちゃまがコース紹介の為、車で走って見せてくれるのですが、とても速くて、驚きです。後でわかったのですが、若いときにレースに出ていた人でした。

私はウオーミングアップをしっかりとして、走り出しましたが、ターボがしっかり効いていて直線の速さが段違いに早くなってました。3周ほどして止まって各部を点検したら、エキゾーストにオイルラインが接触している事が判り、これ以上やったら壊してしまうので、テストは終了です。次回は東京から断熱テープを沢山持ってきてエキパイなどに巻く予定です。

ちょうどルマン24 時間レースも始まりました。私が来た20年前とはコースの変更もあり、一番急コーナーだったアルナージュコーナーも直角ではなくなりました。

来年は100周年なので、楽しい催しが考えられているようです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

 

No.283 「36で始まり36で終わる」 – 菅原さんからの手紙 2022/04/19

私はパリダカに最初に出たのは、1982年の第5回大会で年は41歳でした。ゼッケンは36番。当時のレギュレーションでは、パリからマルセーユまでは友人がバイクの荷物を自動車に積んで運んでいい事になっておりましたが、そんな事はつゆ知らずにラリーに必要なすべての荷物とスペアータイヤ1本を背負って走りました。パリからマルセーユまでの1000Kmを12時間以内に走る事が約束されてます。

途中2回のSSがあるのですが、最初のSSでは荷物を全部降ろしてスタートを待っていたら、近くにいた選手が此処には戻って来ないので、荷物は持って走らないとだめだと言われ、慌てて荷物を積みなおしました。走っている写真には荷物を積んでおりません。2回目のSSはマルセーユ近くのニームと言う街の軍隊のテストコースでした。荷物が邪魔なのでニームの駅のコインロッカーに預けての走りです。この後が大変な事に無なるのです。ゴール地点は駅から何キロも先だったので、ニームの駅に戻る道が分かりません。近くの人にニームステーションは何処?と聞いても、チンプンカンプンです。後で分かるのですが駅はガレーと言うそうです。

やっと英語の分かるお姉さん(シビックに乗ってました)に案内されて駅にたどり着きましたが、コマ図とは合わないので無視して、まっすぐマルセーユ港まで行きました。

大変な冒険の扉を開いたもんだと思い、10年はやろうと心に決めて帰国しました。翌年はデリカをサポートカーにして、荷物は全部預ける事が出来ました。その翌年は縁があって俳優の夏木 陽介さんのパジェロのナビとして出場して、7年間はパジェロで出て、10年目に日野さんのカミオンに乗せてもらい、念願の10年は過ぎたのですが、カミオン(トラック)の素晴らしさにはまり、36年連続出場する事になりました。写真は35回目の時に写した写真です。37年目からはダカールラリーではなく、モナコをスタートしてモロッコ、モーリタニアを通り、セネガルのダカールにゴールするアフリカエコレースに出始めております。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

 

No.282 「第8回 湯布院ラリーの出場バイクを製作中」 – 菅原さんからの手紙

今年は4月に変更になり、コロナも落ち着いてくる頃だと思われるので楽しみですね。

前回から体に優しいベーター200アルブを使いましたが、更に使いやすい軽いバイクを製作中です。

まず、びっくりしたのはエンジンオイルを交換しようとアンダーガードを外したら写真のようにドレンボルトが2つもありました。どうしてあるのか今度ゆっくり調べてみます。

ライトまわりは写真のように軽量のヘッドランプにLEDのH4を入れて出来る限りステアリングヘッドに近い場所に付けて、更にその下にLEDランプを追加しました。マップホールダはNシステムを使いアルミ板でケースを作っていたのですが、それもやめて、直接取り付けてみました。

NシステムのラリーメーターとICOのメーターもステイは最小にして取り付けました。野口シートさんのシートの前側に付けるポケットはとても便利に使ってましたが、場所が無くなり、シートの後ろに付けました。

車は何とか完成したのですが、乗り手の方の調整が出来て無いので、これから頑張ります。

4月が待ち遠しいです。 

菅原 義正

 


著者紹介 菅原義正氏

 

No.281 「やっと解放されました。」 – 菅原さんからの手紙 2022/01/18

12月27日からルマンの工場で働き、1月3日から友人夫婦と17日まで旅行に行こうと予定してました。行く時の飛行機には全部で30人くらいしか乗ってませんでした。あれでは飛行機会社も大赤字ですね。元旦は友人のレストランでなぜか全部、日本食が出て来て大喜び、おでんや、めんたいこ、納豆もありました。ツールの町では日本食材料店があり、全部冷凍で手に入るそうです。

テレビではコロナ患者が一日50万人(人口は約7000万人)が掛かっているとの報道があり、旅行を取りやめて6日に羽田に着いたらPCR検査を受けて陰性でも、バスで横浜のホテルに連れていかれて、翌日から数えて6日間、部屋から一歩も出させてくれません。携帯の位置情報で一日2回、入国管理センターから電話がかかってきます。ホテルから解放されても8日間は自宅待機です。今は全ての束縛から解放されてホットしております。

良かったのは2日と3日はクレモンフェランに行き、ミィシュランの本社にある博物館に行ったのとル・プイの町の近くに泊まり、今年のISDEのフランス大会が開かれる場所の見学に行ってきました。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏