No.0182 – Organisation Voice 2000/10/30

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週末、九州へ出掛けた。でもってあの音に名高い竹田市の岡城趾へ行って見た。言わずと識れた滝連太郎が「荒城の月」を詠んだ城跡なのである。「ウーム、むしろ城そのものが無いのがいいんだなぁ」などと1人で感心してた。でそれは高い高い石垣の上に手すりも柵もナンニモナイ。その美観を守るため?の勇気に僕は驚いた。「だって危ないじゃないか」そこで数年前に読んだ当時のベストセラー小沢一郎の日本改造計画という本を思い出した。(ナンデこんな本を読んだんだろう)そのまえがき部分の冒頭がこうだ。 米国アリゾナ州北部に有名なグランド・キャニオンがある。コロラド川がコロラド高原を刻んでつくった大渓谷で深さは1200メートルである。(中略)ある日、私は現地へ行ってみた。そして、驚いた。国立公園の観光地で、多くの人々が訪れるにもかかわらず、転落を防ぐ柵が見当たらないのである。しかも、大きく突き出た岩の先端には若い男女がすわり、戯れている。私はあたりを見回してみた、注意をうながす人がいないばかりか、立札すら見当たらない。日本だったら柵が施され「立入厳禁」などの立札があちこちに立てられているはずであり、公園の管理人がとんできて注意するだろう。

私は想像してみた。もし日本の観光地がこのような状態で、事故が起きたとしたら、どうなるだろうか。おそらく、その観光地の管理責任者は、新聞やテレビで轟々たる非難を浴びるだろう。観光客が来るのに、なぜ柵をつくらなかったか、なぜ管理人を置かないのか、なぜ立札を立てないのか―――。 ……彼はナニが言いたいのか?は知らん。(ホントは知ってるけど)自由な個人として自己を確立して行く。つまり真の自由には重大な責任があって、まぁ観光地に柵を作るのは高速道路の2人乗りを禁止してるような...なんて全然ハナシがそれた。

つまり僕はいいたいんだ。少なくともあの「荒城の月」の岡城趾はその美意識を勇気を持って守っている...と。なんか日本人の心のような気がしますね。「政治が悪い」って良く言うけど...そんなコトはない。わたしたちの心がまずしいんじゃないですか...と。(でもね岡城趾には順路→とかあって、オカしいの...エッオカ城シ?)ゴメン。さぁ週末は信州、ガストン・ライエ ミーティングだい。でね小沢サン、手すり無くて転落しても、TVや新聞などマスコミが轟々たる非難はしません、絶対に。

きょうの1枚
どう走りたくなったでしょ。TBI、これがTBIですよ。なんてね。


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