No.0429 – Organisation Voice 2002/02/26

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ツールドニッポンの試走もほぼ終りですが、部分部分に完全じゃない箇所があって、3月下旬までこの旅は続くことでしょう。さて北海道から本州に渡るルートですが、函館から大間のフェリーは、船の積載台数と運行時間にクリア出来ない問題があって、青森行きに変更になります。だから船の中でたっぷり休めるばかりだけでなく、恐山に仕掛けられた残雪深いSSが使えなくなってしまいました。そして、高知から熊本のステージは、距離が当初の予想を大きく越えてしまい、これも変更を余儀なくされています。おそらく四国から九州に渡るフェリーを使うことになるでしょう。

さて、お問い合わせの多い荷物の事前の車検会場への送付は、北日本自動車工学専門学校さまのご快諾でOKになりました。公式通知で住所などはお知らせいたします。もうひとつ問い合わせの多いトランスポートサービスは、現在最後の調整中です。もうしばらくお待ちください。さて、もうすぐ3月。春ですねえ。久しぶりにバイクに乗ろうと、冬眠中のバイクのエンジンをかけたり、GSを車検を受ける準備をしたりと、忙しくしてます。

きょうの一枚
九州試走中!これは先日の日曜日のことです。3月下旬の陽気だ、といわれて試走隊の4台は、残雪深い林道へ踏み込んだのでありました。


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No.0428 – Organisation Voice 2002/02/22

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いよいよ暖かくなってきました。ツールドニッポンももうすぐそこ、モンゴルもヨーロッパからKTMの連中もやってくるといってます。

で、昨日は東京でスマート・エコ・チャレンジについて打ち合わせをしてまいりました。間もなくツールドニッポンの公式サイトの中に、スマートのサイトをオープンさせますよ。それと、何人かの皆さんからリクエストのありました、スマートの後方車両での参加もOKになりました。ただしジャーナリストの方から優先になります、だって広報車ですもんね。そこで、媒体の方、またフリーのジャーナリストの方で、媒体に掲載可能な方は先ずお問い合わせください。車両は、車検会場で遅くとも前日にお渡しできますし、終了後は閉会式会場(予定)での返却が可能です。どうですか、いいでしょう。普通にはシティコミューターとしか見えないミニカーで、グランツーリスモに出る。街から街へ長距離の旅をすることによって、クルマの新しい発見をして、そしてそれを伝えて頂く。道程はけっして楽ではありませんが、到達する喜びはいかばかりかと思うのですが、「ももひきのやぶれをつくろひ」新しいたびの予感にときめきたいものです。

きょうの一枚
スマート・エコ・チャレンジのHP用の写真をとるために、ボクはスマートをつれてミニツーリングに出かけました。まだ新鮮なのか、街行く人の視線も、なかなかです。


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No.0427 – Organisation Voice 2002/02/20

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とにかく良いことがない最近の日本。ソルトレイクシテイでは「なぜ日の丸があがらないのか」という問いに。「たぶんに日本の景気後退にある。」と答えるえる僕。せっかくパリダカで日本人が総合優勝しても、その報道はソルトレイクのマイナーな競技の銅メダルにすらはるかにおよばない。新聞の記事やTVの報道の多くは、悪魔のように「バッドニュース」を繰り返し叫び!今度はどこの企業を血祭りに上げてやろうか?とか、もっと猟奇的な事件が起きないかとか、そう望んでいるようにしか思えないのだ。つまり今の不況の原因は、報道主導型不況なんじゃないだろうか。そして実は多くの国民は、メディアを疑っているが、不況である事実はマスコミ各社より多く実際に体感しているのである。

きょうの一枚
ダカール2002プロローグを走るチームSSERランクル70改!どうすか、カッコいいでしょ!次回は蛍光イエローに戻そうかなあ!って思ってます。フランストヨタのワークスマシンに乗らないかい?ってお誘いがあるんですが「おーっ!」テ大喜びもつかの間、お金も用意してね!って当然か。


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No.0426 – Organisation Voice 2002/02/18

日曜日には鹿児島は佐多岬から逆走して、国分で高速に乗って、しまなみ街道を経て松山に戻って来るというハードなスケジュール。その前日は大分のカオルさんと深夜の酒盛りでしたから、まあ大変といえば大変。しかしそこで「モンゴルに出るゥ!」という3人の方とも一緒に過ごせて、とても楽しい夜でした。

佐多岬を出たのがお昼、で松山に着いたのが深夜 12時半。さてそこで問題です、走行距離はいったい何キロでしょう?そうです約 900km、朝からの距離を入れると 1000kmを越えてしまいます。それにしても試走隊はついに1年の歳月をかけて、宗谷・佐多岬間を走ったのでした。まだまだ詳細なデータ作りの試走は続きますが、先ずはメデタシとすることにしますね。

その佐多岬ですが、なんか沖縄のようでもあり不思議なところでした。灯台があるのですがおそらく干潮のときにしか渡れないのでしょう、ですから本土最南端はどこか、という話になれば少し微妙です。とすれば実質的な本土最南端の位置には大きな展望台(というか、売店)が建ってて、日本人の心の貧困さの象徴の如しでした。が、とまれこの地まだ辿り着いた到達感というか達成感はTBIとはまた別の感慨があります。それは、あなたにも同じことが言えるだろうと思います。ひとつには我々が生まれ暮らすこの日本の様々な実感を得たことでしょう。そして先人の偉大さを、なぜかいつも感じていたような気がしました。この旅を終えて、またひとつ日本が好きになりました。


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No.0425 – Organisation Voice 2002/02/15

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チョコレートを食べ過ぎた我々は、九州は佐田岬に向けて出発します。で1週間の早いこと「週末企画パリダカ2002写真展」だい。

1.アラスの町にある車検場、写真をとってるのは多賀カメラマン。モンゴルにも毎年来てるよね。で、僕はゼッケンを張っています。

2.同じく車検場にて、後方にはアシスタンスカーがいます。僕と一緒にいるのが多賀さん、二人で結構馬鹿なお話をしています。

3.モロッコで、SSを終えてビバークへ向かうリエゾンです。追い越していくのはレプソルYPF、モータースポーツ界で流行のスポンサーカラーに身を包んだマシン、セアトだっけ。なかなか早くてカッコは良かったんですが。このようにラリーレイドマシンもずいぶん様変わりしてきて、ランクル70なんてまるでシーラカンス。でもTSOのスタッフたちも「このモデルは輸出してないんだろう!がっかりだ。」なんて言ってくれるもんで、ちょっと嬉しくなったりもします。

4.SSのスタート付近で片山右京さんのマシンとならんで、時間を待っています。これでも分かるように僕たちはゼッケンが2番違いで、結構2台で楽しく走りました。

5.これはSSのスタートです。すっかりスタート順位を下げちゃった僕たちの横にはカミオンバレイがスタンバイしてます。このスタートフラッグ(のぼり)がかわいいでしょう。ツールドニッポンは、これで行こう!なんて考えてましたねえ。

さて来週には、砂漠の写真が届いてるかもしれないので楽しみにしてて下さい。


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No.0424 – Organisation Voice 2002/02/12

ツールドニッポンのルート試走の旅から帰ってきました。思いがけない大雪で艱難辛苦の旅となり、いくつかの林道越えはあきらめざるを得ない状況でした。

さて今日はモンゴルについてのお問い合わせが殺到しておりますので、「エントリー費以外にいったいいくらかかるの?」にお答えします。エントリー費以外に確実に必要になってくるのは、日本からウランバートル往復の旅費、ウランバートルでのスタート前と後の、ホテル代、それと日本からウランバートルの貨物輸送費などです。それ以外にビザの取得費用なども要りますね。それぞれ急速に進む円安で不安なことではありますが、間もなくご案内ができると思います。

こういうシステムにしたのは、確か3年前です。「それらの手配は自分でしたい!なぜ全てSSERがするのか、」というご意見がいくつか見られ「そういえばここんとモンゴルへのアクセスもずいぶん楽になったから、じゃあ自由化しよう」という経緯なのです。つまり、飛行機やホテル、それに貨物輸送はご自分で各業者や、旅行代理店に問い合わせていただけるといいと思います。それが「忙しいので何とかして、」という方にはSSERから本部の貨物輸送やホテル、飛行機など同じ便を使っての手配をJTBや輸送通関業者から差し上げているという具合です。

じゃあいったいいくら掛かるのかということですが、昨年実績では平均してエアが130,000円から150,000円(200,000円くらいかかった方もいますが、出発日などによって異なります)くらい。貨物輸送がバイクやクルマのサイズによって違うのですが、 400ccクラスで確か150,000円くらいだったですかねえ。あと市内のホテルですが、SSERのご案内のホテルはともかく、安いホテルもたくさんあります。なんとかそういった費用を全て合わせても、昨年のエントリー費に収まるようにと、計算して出した今年のエントリー費用です。詳細で正確な数字のご案内はできていませんが、参考になりましたでしょうか。

最後の大会となるRRM2002。初めて挑む方にも、そして幾たびも闘い続ける者達にも等しく、深い感動と驚きを感じる、そんなルートと万全のホスピタリティで、お待ちいたしております。


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No.0423 – Organisation Voice 2002/02/08

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週末特別企画OV パリダカ2002写真展 第1回

2002年のパリダカの、手許にあるだけの写真で「週末特別企画」写真展の始まりです。

1.ナルボンヌ近郊ワインで名高いシャトーラツールのSSデ転倒した僕らは、この日CNNの映像で世界的に有名になったらしい!という情報。ボディ右サイドをつぶして、それでも元気に高速に乗って、マドリッドを目指します。アンダルシア地方はさすがに温かく、ちょっとクルマを停めて一服。

2.アシスタンスカーからパチリ!高速で走る姿です。軽そうでしょ!こうしてアシスタンスカーはどこまでもついて来ます。

3.こちらは、ラバトのビバークの朝です。右に少し写ってる黄色いクルマはAPIOの尾上さんのエスクード?この日のSSの中でエンジンを壊してしまいました。後ろを歩いてる人は、モロッコのおまわりさんです。

4.ラバトのSSは11位スタート。モンゴルのグントのSSのスタート風景に似てます。すぐ前にポルシェエンジンを積んだプロトバギーがスタートして行きました。でもすぐに追いついたんです。ヨーロッパステージとは、タイヤとホイールが変わってるのに気づきましたか?

5.6.7はSSの中の一枚、ここまでの写真は全てモロッコステージ、このあたりまで上手く走れると後半へモチベーション高く臨められるのですが。


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No.0422 – Organisation Voice 2002/02/07

四国路には黄砂が舞い始めました。同時に杉花粉もですが、とにかく春がやってきました。黄砂というのは、かつてははるかゴビ砂漠から飛んでくるというだけでとってもロマンチックに感じてたものなんですが、今じゃ「早く来ないか」と、大陸からのお誘いのように感じて、いよいよモンゴルの季節か、という感じです。今年のルートは、すでにこの場で発表しましたが、あのボクの大好きなホブドまで足を伸ばします。そこはまさに中央アジア、カザフステップの風が吹き抜けています。そしてここにいたる大胆なルート設定の 3日間が、今年のメインステージとなることでしょう。今回も想像を絶する美しいルートを提案して参ります。そしてオリアスタイからホブドへは、輸送機を飛ばそうと考えていますし、できるだけ立体的な運営をしてやろうと考えています。

どうですRRM2002、ともに中央アジアの最深部へ、冒険の一歩を踏み出しましょうね、続々とエントリー!始まりました。 


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No.0421 – Organisation Voice 2002/02/05

3月中旬なみの陽気!だもんで、ツールドニッポン後半のルート制作が開始しました。中部地方に少し戻ってルートは紀伊半島横断ルートと北陸・山陰ルートに別れる。これは前者が和歌山-徳島フエリーを使うルート案、後者が淡路鳴門大橋ルート、で橋を使うと高い!ということも手伝って、なんと函館大間のフェリー代は SSERで面倒見よう!と太っ腹な裁量続きなのでした!ということはフェリーの時間調整などを含めると、橋を渡るほうが合理的ということなのだ。で、四国九州は後半戦にもかかわらずドッとダート走行が増えてきます。来週はこちらから、ルート制作インフォメーションやら、写真やらをお届けします。お楽しみにね。


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No.0420 – Organisation Voice 2002/02/04

立春の今日、四国はとても暖かくて、もう春だ!って感じです。先のパリダカじゃモーリタニアの砂漠では50年ぶりの大雨だと言うし、「なんとも寒い!」そして、しとしとと 2日間降られっぱなし!クルマの中は暑いんですが、降りるときにはジャケットが必要なんです。おかげで灼熱のサハラは「なんか砂漠は暑い」って感じがしなかったです。と、この 1ヶ月の間に様々な気候を経験してきたものだから、体内のセンサーも狂いがちで不調です。暑いんだか寒いんだか分からなくて、口癖のように「今日って寒い?」と人に聞いては、そうか寒いのかってなくらいです。

さて、春といえばツールドニッポン!いよいよです。楽しみ楽しみって感じです。さて、このツールドニッポンのオフィシャルスタッフをさらに追加募集中です。全行程に参加いただける方と、それぞれの地域を担当して頂ける方!まずはTBIまたはRRMの出場経験者に限らせて頂きますが、興味のある方は是非ご一報ください。予定人員に達し次第、締め切らせていただきます。


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No.0419 – Organisation Voice 2002/01/31

いよいよツールドニッポンのルート制作の、後半のパートがスタート致します。もちろん雪もあって、思うように進まないことは間違いないのですが、これは今までのTBIと同じことだと思えばいいんですが、「やっぱりダメか」と引き返すには距離がありすぎるのが難点と言えば難点。しかし寒さも一段と厳しいかと思えば、それでも四国じゃ太陽の光は、少しずつ力を取り戻しつつあり、思わず「バイク乗ろーかなあ」って思ったりしてしまいます。

さて一方のモンゴルは、本当に多くの反響を頂いております。片山右京さんも電話がかかってきてて「今年の夏はヒマラヤだけど、来年は必ずモンゴルに行きます。」「えっ、でもモンゴル今年で最終回ですよ。」「ええっ、どうして。」ってなところから話しが盛り上がって、これからのこうしたレイドを中心としたモータースポーツをなんとかせにゃならん!ということになったのでした。で、今年のルートは、オリアスタイとホブド、そしてゾーモッドを三角形に結ぶ最深で、最も美しく厳しい「過去7年の最高の集大成!」をお見せいたします。ヒャルガスヌールから南下、ホブドに近づくと、それは息を呑むほどに美しい大平原。オリアスタイからヤルーを経てデューンの中に埋まる七色に輝く湖のほとりを越えて、さらに美しく魅力的な大平原を目指す。最後のホブドからゾーモッドにいたるルートは、ラリーでは始めて使うことになる。アルタイとゴビが織り成す驚異の大自然の力をお見せすることができる、と信じています。

No.0418 – Organisation Voice 2002/01/30

今回の発表会での主要な内容のひとつ、ラリーレイドモンゴルが今回で終わる、ということに多くの反響を頂いておりますことを、おしらせしておきます。そうして寄せられる声の中には、来年はカザフスタンでするのではないかとか、もっと壮大な計画があるのではないか、とかいった具合で、いつもながら SSERの力を過大にご評価いただいていると嬉しくも思います。お気づきとは思いますが、海外でのこうしたイベント開催のもつリスクは、計り知れないほど大きく、その多様なリスクを乗り越えながら満足のゆく形を整えていくには、3年から5年の歳月が必要となります。政治的なこと経済的な要因、環境の問題、安全性の確保、燃料の供給など大きな問題は枚挙にいとまがありません。

昨今の国内の経済的な停滞も大きな問題要素です。これらを乗り越えて、さらに夢のあるイベントに取り組みたいものだといつも思っております。今回パリダカに久しぶりに参加して、その壮大さやイベントとしての洗練度といったものに、改めて感動しました。特に安全面の配慮は政治的な交渉能力の高さとあいまって、そのTSOの仕事振りなど、全く持って感服です。危険地帯のモロッコ・モーリタニアの国境付近の警備や、無事にここを通過させるための段取りなども特筆ものといえます。こうして、24回もの開催を重ねているという事実は、まことに素晴らしいことです。イベントの現場は、主催する者と参加する者やメディアなどを含めた、巨大な情熱というかエネルギーに包まれています。そこに身をおく爽快さは、ある意味で誰にでも門戸を開いているこうしたイベントのみが持ちうるものです。参加する者がそのイベントをどのように感じるかは、それぞれの感性に委ねられています。耳を被いたくなるような批判もあれば、素晴らしい評価もあることでしょう。しかし参加者に委ねられたその部分にしても、その参加者の状況によっては答えも違うものとなってくるでしょう。

それをかつてティエリィーサビーヌは「ライフスクールだ」と言い切りました。その言葉の巧みさに共感せずに入られません。それはまた人生に似ていて、まさに短時日に人生を学ぶ場に似ています。つまり優勝者が勝ちで、そうでなければ負け、とかリタイアすれば負けで完走した者が勝者である、などという単純なものでは諮れないという事でしょう。人生の中にこれほど深く心に刻まれる出来事には、そんなに多く巡り会うことはありません、それも自分が主体となって、積極的に取り組まなければならないのです。

主催者としての自分と、参加者としての自分を良く評価して、次なる一歩を踏み出したいものだと思っております。

No.0417 – Organisation Voice 2002/01/29

今回のダカールのもうひとつの記憶は、ヨーロッパの歴史的な通貨統合のタイミングだったことかな。2002年1月1日から、ユーロへの切り替えが始まると言うのです。で、僕たちはいつものつもりで円を持っていってて、年の瀬も押し詰まったところで、とりあえずフランに両替するしかなくて、でもこれがなかなか両替ができない。だって 後何日かで新通貨になるってのに、わざわざ旧通貨へ、それも大量に両替するなんてことはナンセンスなんじゃない?ということで急激に進んだ円安と、不安定なレートでの両替で、手持ちの現金はみるみる目減りしていく感じ。ボクの焦燥はスタート直前でピークに達した。そしてスタート時に手許に残った現金は、なんと日本円に換算すると 30万円もないの!事前の計算では100万以上はあるはずだったのにね。で、絶対リタイアはできないという強迫観念はこのときから始まった訳で、もしもリタイアすれば無事生還できないくらいの厳しさなんですねえ。

でも歴史的な通貨統合の現場に居合わせられたことや、ディスプレイが2コあるフランとユーロが同時に表示される電卓が、飛ぶように売れてる様子なども見ることができました。(ちなみにフラン対ユーロは固定相場)これで各国内の税制が統合されれば、本当にヨーロッパは大きな市場となって新しい時代を迎えることでしょう。BMW-AGは新しい7シリーズからユーロ圏内は同一価格で販売を開始するそうです。いつも先見性があって見事です。

さて先の東京での発表会は、お忙しい中を多数お運び頂き大変ありがとうございました。ツールドニッポン、スマートエコチャレンジが面白く愉しく開催されますように努力いたします。また最終回となるモンゴルも、今までの最高傑作を演出してまいります。どうぞこれからもよろしく。


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No.0416 – Organisation Voice 2002/01/23

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どうもここのところ OVを早く書け書け!と言わないと思ったら、どうも近々大幅なリニューアルを計画しているらしいんです。いつものことながらなかなか精力的なこと。SSER関連のイベントのエントリーシステムも、コンビニで支払えるようにするんだとか、やってます。手数料も安くてその上24時間いつでも近くでできる!らしいんですが、簡単なようで事務方の事前の準備など大変そうです。「でもそれもこれも参加者により良い状況を!」とのこと、まことに頭が下がります。

僕はというと、早くダカールの報告書をまとめようと思ってるんですが、どうやらリニュアルなった HPの、目玉にしようとしている節があるようです。で、その 2002ダカールの報告書のタイトルは「ジョニー・ホリディと愉快なナカマタチ」にしてやろうかなあ。と思っています。

そうジョニー・ホリデイといえばフランスの国民的大スター!なのです。彼がこのラリーをイカに闘ったか、 TSOはこのすごい広告塔のために何をなしたか、ナビのルネ・メッジはどうしたのか、メディア、同行記者たちは!そしてニッサンのサポートチームの凄絶な、サポートは。その全てを実に目の前で一部始終見ちゃいましたからねえ。主催者TSOの立場、ラリーの商業主義!とFIAの信念モータースポーツ!との葛藤が、信じられないくらい良く見えた旅でした。デモみんな彼の大ファン、なのですから。

そうそれから、もうひとり忘れられない存在!僕たちとしょっちゅう一緒だったペテランセル。僕たちがミスコースして逆走してると、ペテランセルにバッタリ!彼は怒る!次の日は彼が逆走してきて僕たちとあわやクラッシュ!彼は怒る!「そこは謝るところだぜ」とボク。ペテランセルは、リエゾンのスピードオーバーでペナルティを課されて、すっかり怒り心頭!度重なるマシントラブルもあって、すっかりモチベーションを下げてしまってました。そのいろいろ物議をかもした主催者のレーダーによる速度取締り、分を競う参加者にタイムペナルテイと、 1万ユーロ約 13万円の罰金を課したのでした。 100台くらいはいた!というのでそのお金の行方も気になるところですが!その実はどうだったのか、そのうえテロ対策に各国の正規軍に、国連軍まで乗り出した、その恐ろしく完璧な警備体制!のすごさ。モロッコからモーリタニアに入る国境の地雷対策!とテロ対策。この時代に今なお燦然と君臨する世界最大のラリーイベント「ダカール」その魅力と内実を徹底解析!と書くことは枚挙にいとまがありません。がしかし、どれほどのことになります事やら、それにこのためにわざわざ買ったカシオのデジカメや、いつも持ってくニコンも忘れてしまって、ラリー中は記録メディアなし!の状態だったということをお断りしておかなければなりません。

No.0415 – Organisation Voice 2002/01/22

ごぶさたいたしました。パリ・ダカ参戦には、みなさまからの大声援をいただきありがとうございます。早くみなさんにお目にかかって「あーだった、こーだった」とお話したいものです。さて、ダカールから帰ってボクは今までにないとんでもない時差ボケと、深い疲労の中で脳死状態。パソコンに向かう余裕もなく、しかもそのうえ今週末には東京で発表会・報告会を控えていて、いや実は元気なんですがホントは目が回るくらい忙しくて、といったふうに自分で言い訳ばかり。パリ・ダカも「あゝ、あれがああだったら」「こうだったら」と「タラレバ」な事ばかり考えてるボク。いつからこんなふうになっちゃったんだ。まもなく本格化するツールドニッポンの準備。それにラリーレイドモンゴル、夏のSSER、そのうえ「こんな時代にこそナニカ新しいコトを始めたい」などと考えています。パリダカの報告書も作んなきゃあ。

きょうの1枚
何とかダカールのラック・ロゼにゴールしたボクタチ。なかなか苦しい道のりでした。車検当日のエンジン積み替え!!ミッション・デフ・燃料系の日替わりトラブル。などなど、ゴールする頃にはバッチリなクルマになってました。でも最終日3速がなくなって、ラックロゼ周囲のデューンで「ビクビク!」なかなかルートも厳しくておもしろい大会でした。

No.0414 – Organisation Voice 2002/01/21

2002パリ・ダカールに応援していただいた皆様大変ありがとうございました。心より御礼を申し上げます。私たちにとってパリ・ダカールに出場したことは意味深いものになったことは間違いないでしょう。2002年のSSERは過去にこだわることなく新しいことに挑戦していきます。変えていくもの、変化させていくものが数多くあります。SSERは今年も頑張りますのでますますのご声援よろしくお願いします。

2002年1月25日に第1回ツールドニッポン2002及びスマート・エコ・チャレンジ、The 8th Rally Raid MONGOL 2002開催発表会を開催いたします。夜にはRally Raid MONGOLの夕べと先の Paris-Dakar Team SUGAWARA & SSERの報告会も開催致しますので併せてご出席下さいませ。とても2002年のSSERを知るにあたってポイントとなる発表があります。

きょうの一枚
カスバ街道、パリ・ダカール6日目モロッコのエルラシディア~ワルザザット、カスバとは、この地方に点在する土で作られた巨大な城塞のことで、敵が襲撃してきたときにはこの城に立てこもって闘うための場所なんですって。


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No.0413 – Organisation Voice 2002/01/14

2002パリ・ダカールラリーに挑戦していましたTeam SUGAWARA & SSERは最終日無事にゴール・完走いたしました。応援していただいた皆様大変ありがとうございました。現地スタッフは現在元気に帰国の途につきつつあります。詳しい情報等はいましばらくお待ちください。

チームSSERの成績
STAGE 16 : DAKAR-DAKAR
Sunday 13th January 2002
Liaison : 38 km + Spécial: 31 km – Total : 69 km

ラックロゼ周辺の最後のループステージ。選手たちはパリダカ伝統のLacのスタート地点に立つ前に、海岸を北よりの方向に進む。仮の表彰が終わったのち、選手たちは一列になってダカールのホテルメリディアンに到着。夜、ホテルメリディアンのガーデンで、プライズギヴィングパーティが行われる。

Stage 16 -Sunday 13 January 2002 – DAKAR / DAKAR
Liaison 38 km Special 31 km Total 69km
36 287 SAIKI / YAMADA 31′ 39” 13′ 15” (タイム・トップとの差・ペナルティ)


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No.0412 – Organisation Voice 2002/01/13

STAGE 15 : TICHIT-KIFFA-DAKAR
Friday 11th and Saturday 12th January 2002
Liaison : 450 km + Spécial: 165 km + Liaison : 396 km – Total : 1 011 km

2つめのマラソンステージ。

キファとBoiutilimitの間のリエゾンは舗装路だが、200キロにも及ぶ悪路なので注意が必要だ。

2つめのスペシャルは非常に美しいルートである。最も悩むところは、膨大な数の並行したわだちがある事で、正しい道を見つけることは容易ではない。

チームSSERの成績
Stage 15-Saturday 12 January 2002 – KIFFA / DAKAR
Liaison 450 km Special 165 km Liaison 396 km Total 1011km
40 287SAIKI / YAMADA 2h 44′ 18” 1h 11′ 12” (タイム・トップとの差)


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No.0411 – Organisation Voice 2002/01/11

チームSSERはスタートまでにもいろいろトラブルがありました。スタートしても次々とトラブル続き、しかし問題を解決しながらラリーカーは走っています。本当にゼッケン287 ランドクルザー70はよく走ってくれていますよ。レースはあと3日、どうか最後のダカールの海岸まで2人を連れてってほしいものですね。 KUROKAWA

写真の情報
03 January 2002
OUARZAZATE-TAN TANのSpecialにて

 

チームSSERの成績
STAGE 13 : TICHIT-TICHIT
Thursday 10th January 2002 Spécial: 450 km – Total : 450 km

このスペシャルはオリンピックのヨットセイリングのような要素がある。それぞれのチェックポイントが「ブイ」の役目を果たすのだ。場所はティシットの北。80キロもの「知られた道のり」のあとは、370キロもの全く新しい道のりである!スペシャルのほとんどは完全にピストを外れた砂丘の中で、ここでもナビゲーション能力が非常に重要となる。※サポート車はビバーク地にとどまる。

Stage 13 -Thursday 10 January 2002 – TICHIT / TICHIT
Special 450 km Total 450km
42 287SAIKI / YAMADA25h 25′ 24”18h 48′ 14” 15h 00′ 00”   (タイム・トップとの差・ペナルティ)


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No.0410 – Organisation Voice 2002/01/10

チームSSERの成績 

STAGE 12:TIDJIKJA-TICHIT
Wednesday 9th January 2002
Liaison : 18 km + Spécial: 520 km – Total : 538 km

最も美しいステージのひとつである。内容は、石の多いガレ場、砂丘越え、道なき道、ナビゲーション、キャメル芝、といったようなもので、パリダカの全ステージの縮図ともいえるものだ。この素晴らしいが決して楽ではないステージは、100キロもの山間のガレたワインディングで始まる。それから方向を変え、ネガの砂漠地帯を越え、ティシットまでずっと砂ぽいままである。


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No.0409 – Organisation Voice 2002/01/09

チームSSERの成績 

STAGE 11 : ATAR-TIDJIKJA
Tuesday 8th January 2002
Liaison : 33 km + Spécial: 467 km + Liaison : 2 km – Total : 502 km

ここは最も難しいステージのひとつであると同時に、2002年としては最も長いスペシャルの1つでもある。最初の100キロは、涸れ川をとりまく素晴らしい峡谷で、砂の海が崖のふちをなぞるような場所だ。のこりのステージには、難しいナビゲーションを必要とする箇所がいくつもあり、数多くの砂丘地帯を越えなければならない。これはピストを外れた砂丘地帯とキャメル芝の道に囲まれた場所である。このステージはワインディングで締めくくられるが、それもTidjikjaまでの比較的激しい道となる。燃料の使いすぎに注意しよう。

Stage 11 -Tuesday 8 January 2002 – ATAR / TIDJIKJA
Liaison 33 km Special 467 km Liaison 2 km Total 502km
41 287 SAIKI / YAMADA 11h 52′ 42” 5h 48′ 09”  (タイム・トップとの差)


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No.0408 – Organisation Voice 2002/01/06

ETAP9 チームSSERの成績 

STAGE 10 : ATAR-ATAR
Monday 7th January 2002
Liaison : 33 km + Spécial: 366 km + Liaison : 5 km – Total : 404 km

Atar周辺のループステージ。ピストを100キロほどはずれたこのスペシャルは非常に変化に富んでいるばかりでなく、まったく新しいものだ。プログラム内容は次のとおり;砂丘越え、道探し、ナビゲーション、道なき道。。。そしてわずかだけれどものキャメル芝も!※サポート車はビバーク地にとどまる。

Stage 10 -Monday 7 January 2002 – ATAR / ATAR
Liaison 33 km Special 366 km Liaison 5 km Total 404km
57 287 SAIKI / YAMADA 7h 35′ 25” 3h 49′ 13” 2h 00′ 00” (タイム・トップとの差・ペナルティ)

STAGE 9 : ZOUERAT-ATAR
Saturday 5th January 2002
Liaison : 9 km + Spécial: 383 km + Liaison : 4 km – Total : 396 km

休憩日前の最後のステージ。スペシャルは比較的短いが、最初の砂丘地帯がステージに横たわっている。それはピストをはずれた所にある砂丘地帯の真っ只中で、El Beyyed砂丘群越えでピークに達する。この後、スペシャルはよりスムーズな走りとなるが、それでも砂っぽく激しい道である。 

Etap9 – 2002/01/05 – ZOUERAT / ATAR
Liaison 9 km Special 383 km Liaison 4 km Total 396km
39 287 SAIKI / YAMADA Time 7h 15′ 10” Diff 3h 21′ 31” (タイム・トップとの差)


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No.0407 – Organisation Voice 2002/01/05

ETAP8 チームSSERの成績 

STAGE 8 : TAN TAN-ZOUERAT
Friday 4th January 2002
Liaison : 365 km + Spécial: 371 km + Liaison : 16 km – Total : 1 545 km

「マラソン」ステージの2つめのスペシャルとなる(早朝にモーリタニアを出発)。最初の3分の1は砂っぽいワインディングでやがて激しい道となる。しかし全体的に見れば比較的スムースな走行といえる。

Etap8 – 2002/01/04 – TAN TAN / ZOUERAT
Liaison 353 km Special 370 km Liaison 16 km Total 739km
68 287 SAIKI / YAMADA Time 4h 14′ 00” Diff 1h 39′ 17” (タイム・トップとの差)


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No.0406 – Organisation Voice 2002/01/04

ETAP7 チームSSERの成績

STAGE 7 : OUARZAZATE-TAN TAN
Thursday 3rd January 2002
Liaison : 176 km + Spécial: 351 km + Liaison : 266 km [break 6 heures]

2つの「マラソン」ステージの1つ目だ!ワルザザートからリエゾンに入ったあとは、タン-タンへと続く最初のスペシャルである。そこではリエゾンを続ける前に強制的に6時間ほどの休憩が予定されている。食事をしてもかまわない。

Etap 7-2002/01/03 – OUARZAZATE / TAN TAN
Liaison 176 km Special 351 km Liaison 266 km Total 793km
53 287 SAIKI / YAMADA Time 5h 17′ 37” Diff 2h 04′ 14” (タイム・トップとの差)


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No.0405 – Organisation Voice 2002/01/03

ETAP6 チームSSERの成績

STAGE 6 : ER RACHIDIA-OUARZAZATE
Wednesday 2nd January 2002
Liaison : 56 km + Spécial: 338 km + Liaison : 182 km – Total : 576 km

道は激しくガレていて、マシンコントロールに苦しむ。その後ややスムースになるが、やがて南部の砂深い砂漠地帯へと参加者たちを誘う。最初の砂丘があらわれ、やがてメルズーガの伝説のチェビー砂丘地帯となる。モロッコ最大級の砂丘を抱える場所である。さらに南に進むと、スペシャルはやがて、高原の間をうねる涸れ川の深い谷間となる。

Etap 6-2002/01/02 – ER RACHIDIA / OUARZAZATE
Liaison 56 km Special 338 km Liaison 182 km Total 576km
86 287 SAIKI / YAMADA TIme 8h 47′ 30” Diff 5h 22′ 11” (タイム・トップとの差)


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No.0404 – Organisation Voice 2002/01/02

ETAP5 チームSSERの成績

STAGE 5 : RABAT-ER RACHIDIA
Tuesday 1st January 2002
Liaison : 10 km + Spécial : 80 km + Liaison : 444 km – Total : 534 km

楽しいお祭りの夜(大晦日なのだからお約束!)のあと、選手たちは最初の短いスペシャルをゆく。これはスムーズに走れる場所と、ナビの難しい砂っぽいワインディングが続く。ここはアトラスの森林地帯で、コルクの木やユーカリ、パインツリーなどが生えている。

Etap5-2002/01/01 – RABAT / ER RACHIDIA
Liaison 10 km Special 80 km Liaison 444 km Total 534km
54 287 SAIKI / YAMADA Time 1h 01′ 00” Diff 17′ 18” (タイム・トップとの差)


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No.0403 – Organisation Voice 2002/01/01

あけましておめでとうございます。本年もSSERをよろしくお願いします。

SSERスタッフ一同

ETAP4 チームSSERの成績
STAGE 4 : MADRID-RABAT
Monday 31st December 2001
Liaison : 5 km + Spécial: 6 km + Liaison : 950 km – Total : 961 km

マドリッド、そこはスペインの首都。そこで行われるスペシャル。そのあと、参加者たちはスペイン南部へと向かう長いリエゾン区間にはいる。そこから、モロッコへと船で移動する。モロッコの最初のステージ、ラバトに着くまで、またリエゾンを走る。ラバトのビバーク地にて、大晦日を過ごす。

Etap 4 – 2001/12/31 – MADRID / RABAT
Liaison 5 km Special 6 km Liaison 950 km Total 961km
11 287 SAIKI / YAMADA Time 06′ 51” Diff 01′ 03” (タイム・トップとの差)


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