Organisation Voice 2014/12

2014/12/03 (水曜日)

「R439チャレンジとは?!」
この土日の2日間、R439チャレンジを敢行しました。
「それはなに?」
「秘密です。」
ということでしたが少しだけリークします。
R439は四国をまるでたすき掛けのように走る国道です。TBIの主要なリエゾンルートとして知られ、いや畏れられて、巷間では「酷道」とか「与作国道」とか、愛情と悪意に満ち満ちたそれはもう愛すべき道です。しかし少しだけ残念なこと?に近年は2車線化なども進み、あの酷道部分の比率は下がってしまいました。またいくつかの国道と重複して表示されて、まるで与作の看板を出来る限り表示したくないというような悪意?まで感じます。そしていくつもの3ケタ国道が交わり197いくな酷道!も、存在感はたっぷりです。いやそれでもいまだR439のスペシャル感というか巡礼の旅感は健在です。
しかしこれをモダンなモーターサイクルで走破するのは、もはや未舗装部分もなくなり対向車の恐怖から身を守るディスクブレーキでも着いていればSSERを知る諸兄には造作のないことでしょう。
ところが、ここに60年代から70年代のマシンを持ってくると、350kmの道のりは全く違った表情をみせます。
ボクタチは鳴門にある大塚美術館をスタート地点にして(前泊はホテルルネッサンスリゾート)ですが・・・
しばらくは主要国道を走ります。
徳島市の手前から右折して県道12号線で吉野川北岸の歴史街道をひた走ります。ボクは74年製のDUCATI Regoralita125、40歳のマシンです。混合気が合わずしばらくはスモークを吐きながら走行。さらにギアの噛み合わせに難ありでコツを要して難渋、さらにタイトな道でのブレーキングに苦労しながら前へ進みます。
すると、なんということでしょう!(サザエさんの声で)急にスイッチが入ったように楽しくなってきました。止まっては笑い、走っては笑う。ああ、なんという自由!なんという解放感。しかしそれにしても操ることの難しさゆえの楽しさなんて、忘れてました。足の甲では絶対入らないシフトは、常に踵でするのですから左足はすぐにパンパンに。マシンから降りると左足はもうボクの足では無いような感じです。
道は剣山に向かってタイトターンのきつい登りが続きます。標高もずいぶんですから本番では難渋すること間違いありません。「えっ、なんの本番かって?」京柱峠は相変わらず落ち葉の絨毯が良く濡れて美しくもスリッピーなタイトワインディング。
とまあこれ以上書くのもいやらしいのでこのくらいで少し結論。
実は、来年の11月には、「MOTOGIRO Del GIAPPONE 2015」Classics Motercycle Raid & TTの開催をイタリアの主催団体Terni Moto Clubと調整をしています。レギュレーションの共通化という難点がありますが、それでも日本の事情に合わせたものにできると思います。
本家モトジロ・デ・イタリアは長い中断がありはしましたが。2014年の今年100周年。イタリアの友人のコモ湖の別荘に、大量に並ぶキラ星たちの「どれでも乗っていいから一緒に出場しようよ。」という甘い誘惑を我慢してのR439チャレンジ!充分満たされました。次は春に再チャレンジ。TBIにもヒストリック部門を用意しましょうね。
この大会の運営と企画には、椎名泰三さんと桐島ローランドさんも参画していた
だいています。
では。

Organisation Voice 2014/11
2014/11/25 (火曜日)

「初心に、還るべし」

何事にせよ、取り組もうと決意した時のあの思いを忘れてしまっていることがある。
あの頃の思いこそが、夢だったはずだ。
言うところの「初心、忘るべからず。」だ。

しかし、時にこれを忘れる。
独立して業を起こそうと思った時の思い。
その思いは毎日毎夜の徹夜さえ厭わなかったではないか。

パリダカに行こうと決めたころの思い。
その思いは大量の企画書を背負って、真夏のアスファルトに揺らぐ陽炎の中を、
来る日も来る日も、スポンサー獲得に駆け回ったではないか。

そんなことならいっぱいある。
いっぱい新しいことに取り組んできた。
「そんなの無理だ」
と言われるほどに燃え上がった。

新しいことはやがて、普通のことになり
普通のことは退屈なことになるのだ。
しかし、本当にそうか。
こんなに豊かで刺激に満ちた人生もそうないのではないのか?
そう思いながら今朝は事務所の鍵を開けた。
ボクが一番早いのだ。

NHKの朝の連ドラなんて観ないのだが、
モンゴルにいるとNHKのワールドプレミアムで、見るようになるのだ。
そして今朝、ぼくはドキッとした。
「日本人にはできない・・・」
なんだとお。

20年もその少し前
「日本人で初めての砂漠のラリー(いわゆるラリーレイド)を作るんだ。」
と言ってた頃。
パリでは
「日本人がラリーをするらしい」
というわさが流れた。それはFIMに申請を挙げたからだ。
「それは無理だろ」「日本人にそれは出来ない。」
そういうふうに言われていた。

さらにその前は、ボクは四国からパリダカに出ると言った時。
TBIをやろう!と言った時。
出来ない理由なら、いくらでもあった。
「どうやって1週間のコマ地図を作る?まあいい、仮に作ってマップホルダーがない!!」
「無ければ作ればいい。」

そうだカーボンホイールにも情熱を注いだ。
炭素繊維の自動車部品研究会を産官学で作った。
もう15年以上前なのか?東レのドアを叩いた。
何度も断られた。
ボクは「10年後日常を走るクルマは、軽かハイブリッドかディーゼルだけになる!
その時には軽量化は最大の課題になっている。」と。
予言は当たらなかったけど遠くもない。
「中国に日本と同じモータリゼーションが来たら地球はあと2個はいる。」
そんなに急激な発展は無いよ。とも言われた。
まあ、頁岩があるから100年は大丈夫。。
「では二酸化炭素はどうなのか?」

議論は熱かったし、面白かった。2020年研究会なんてのも作った。
2020年の全地球的な食糧難問題をどうするか!?などという、
とんでもない議論が交わされていた。オマエハセイジカカ?

ボクたちのカーボンの研究は、そののちに違うカタチとなって世に出始めたようだ。
でもこうしたレーシングなイメージの高価なものではなくて、短繊維の熱可塑で
1分で1本、重さ1kgで単価1,000円でできるものを!目指していたはずだ。
カーボンを意匠で使うのは、もういい加減にしないといけない。
と15年前に言い放っていた。

なんて考えるうちに熱くなって、初心に戻りつつある今日。。

きょうの一枚
ネットで拾ってきたカーボンホイール。。。うーん。

2014/11/19 (水曜日)

「イタリアからの手紙」

もうすぐ師走。
ほんとうだろうか?1年は、こんなにも早く過ぎ去っていたのか。。こんなこと
なら人生なんて、居眠りしてたら終わっちゃう。
特に最近は眠たいから、起きてる時間なんて、もうそう残されてないぞ。。
高倉健も鬼籍に入った。
1988年の時のパリダカで撮影中の姿を見かけた。
考えてみれば、あの役回りが実は菅原さんの今の姿かもしれないなあ、と考えて
いまさらながらに菅原さんに敬意を表してるボク。

健さんは、日本人の唯一頼れるカミオンのドライバー、そんな役だった。ということは、
実は菅原さんは(あの時はエキストラのドライバーとして出演していたらしい)あの高倉健を目指して生きていたのか?とさえ思う。
カッコ良すぎる。

で、まあ短い人生だから先を急ごう。
2015年。31年以降の第3世代のSSER ORGANISATION、どういう性分か!?またぞろ不可解な活動を始めている。断片的にしか語れないのは残念だけど、あの30年前の夜の闇に潜む不思議な昂揚感に挑んだ時の感覚に似ているから驚きだが・・・

その一つは、ここのところのイタリアのイベント主催団体とのメールのやり取り。
これは1987年の春にTSOにレターを送った時の気分に似ていた。
あの時SNSやメールなどがあったなら、なんとも儀式的な部分が欠落していたかもしれない。

いまはもう「ポチリ」という、一瞬の手続きでものを決するのだそう。ボクは、自分の書いたつたない英文を何度も読み返し、何度も住所を見直して、自分の足で郵便局へ行って、さらに浮世絵か何かの切手を選んで、拝むように係のおばさんに手紙を差し出した。

ボクの人生の大きな挑戦のひとつは、そんな儀式的な心の動きからはじまった。
1か月もしたら、レギュレーションの入った分厚い封筒が届いた。
鼻に近づけて、その郵便物の匂いを嗅いで、
パリのオフィスでボクの宛名を書いたであろう女の子のことを想像したりした。

さて、それはともかくいくつかのNew Eventがいよいよ本格稼働期に入った。
忙しくなるぞー!!っと。

間もなく発表できそうなので、このくらいでお許しください。
えっタイトルのイタリアからの手紙とはなんのことか?答えはまた今度。

きょうの一枚
昨日は天空のトレイルに居ました。素晴らしい時間。霧氷がいっぱいだったので、
よしあとで撮ろうと思って忘れてたら、まさに霧散してましたがな。

2014/11/07 (金曜日)

「たしかに、小人は閑居しては不全を為すなあ。。」

ボクはいわゆる論語のファンではないんだけど、いつの時からか
「われ十有五にして学に志し 
三十にして立ち 
四十にして惑わず 
五十にして天命を知る 
六十にして耳順い 
七十にして 心の欲する所に従いて矩を踰えず」

というのを、とても意識してきた。
15の時に学を志し、というのは全くなくて「岳」を志したときに15歳だったから勝手に「われ、15にして岳に志し」と、山に登る日々に明け暮れた。時間がない時は家の近くにある岩場のゲレンデを登ったり下りたり。。

まあその話はいい。
30歳にして、会社を辞めて独立した。なるほど「立つ」とは独立のことだったか?
と不全な事を「立つ」と考えていたボクはここで少し大人になった。
40歳の時にモンゴルでのラリーをスタートさせた。
当時、仕事は広告業とラリーの主催とが、二足のわらじのようになっていた。

広告業を本業と呼び、ラリーなどの活動は趣味の延長だが、仕事として取り組まなければ存立しまい。と考えたのだ。そしてある日のこと、本業の大勝負!これが決まればラリーなんてやってられない!という日の決定的な朝。

ふと
「40にして惑わず」というフレーズが降りてきた。

「自分は迷ってるのではないか?」

その思いが、葛藤から解放された一瞬だった。生活苦はここが分水嶺であろうか??
不惑の歳ならぬ、不惑の時だった。

広告業なんて、みんなやってるし、コンペで負けても勝っても、完成してくるものなんか「あれ、落ちたはずのうちの案?」なんてことに嫌気がさして「コンペはしません」「じゃあ、なんでグローブコンペティションなんて社名なんだ!?」

「あっ、いやそれは。。。」

で10年も経った50歳のころ。
モンゴルも10年目の2005年ころかな?
「北京をスタートにする多国間をまたぐラリーにする!」
とか息巻いて、北京やら内モンゴル周辺に不毛で困難な交渉を展開する。
がぜんパスポートは中国のハンコだらけになった。

悩んでた。あるべき理想が遠かった。
2007年は、1907年の北京-パリの100周年だというのに。。。

そして、やがて北京からパリやローマに行く旅に出る。仕事をほったらかして。
ロプノールやアラル海や、チョモランマのBCやらで
「やっぱりこれがボクの天命たる仕事だろうなあ」
とつくづく考えた。
孔子は、ともかくだけど・・・

そして迎える還暦、、もう2か月ばかりだけど
それは「耳したがう」つまりやっとこの歳になって人の言うことに耳を傾けるようになるのだという。なるほど「少しは、みんなの意見も聞いてみるか」と、そう思うに至ってるもの。

で、あと10年後の70になれば、どんなに好き勝手をしても則を越えないという。
菅原さんを見てると、案外そうでもないようなそうでもあるような。
迷惑をかけるのはただただ、記憶力の不確かさで
「そんな話は聞いてない!」
で、結構逃げられる。
まさに小人閑居状態の本日は暇なり。

きょうの一枚

ブルーアイランドの海、夕景。

Organisation Voice 2014/10

2014/10/30 (木曜日)

「アチャー、来年も時間が取れないかもだ。」

12月13日の発表会(おしゃれなことに、プレゼンテーション2015というのだ。・・・本当にボクはいつからこんなに横文字ばっか使うような人になってしまったんだろ・・)業界が悪いのかなあ?

「コアコンピタンスが、ダイバシティで、コンプライアンスの問題で、コンシュマーリレーションマネジメントが破たんして、デザインシンキングがディ-シースリーなんです。・・・」ほとんどバカです。かと思えば「CRMがCSRの問題で・・」と書きはじめたけどやめた。

で、話を戻すと、実は来年は壮大な旅を計画しているのでありました。名付けて「還暦記念赤いちゃんちゃんこで行く、中国奥地大縦断!ジムニーとカブの旅」まあ赤いちゃんちゃんこは、おしゃれなダウンベストにしてもらうくらいのことは簡単で、って、今日の一枚参照!を着て、でもモンクレールは嫌い!!なんの話をしてるのか意味不明ですが、あと中国産の125のバイク買って走るのもありかもなあ。。

で・・・還暦の人たちと言えば赤松カメラマンや石原孝仁(いやひょっとしたら彼はまだかもしれない)たちと、西安から敦煌、さらに南下して四川、雲南省の少数民族の村と、あの気の遠くなる棚田を背景に少数民族の女の子の絵を撮って、、。チベットへ抜けて中尼道路でカトマンドゥ。。。

「許可はOKです。」
と連絡あり。。
「うーん。いつ行く?」

と悩んでるところにコーノさんたら、スコットランドの湖水地方をクルマで巡る・・・と言うし。で、来年は9月、10月、11月にもそれぞれイベント(うちふたつはBrandnew。。)8月はモンゴル、7月は北海道とヒルクライム。6月はモンゴルの試走、5月はTBI、4月は・・・おお!四月がいいんじゃない!!

なんてはしゃいでるボクですが、海の向こうではFRBが量的緩和の打ち切りを宣言!えっ、ということはアメリカは利上げ。するとみんなドル買いに走り円安ドル高は恐ろしいことに。。なるやもしれないという前夜。。

ああ日本経済はともかく、ボクの海外への冒険の(と言う名の実は、ラグジーな旅は・・・・)どうなるのでしようか。。

つづく

2014/10/28 (火曜日)

「2015始動」

例年になく早い紅葉。そして木枯らし。。冬のパリが急に懐かしくなる季節。
となると急かされるように、2015年の準備!!

12月13日(土曜日)18:30より、東京・恵比寿にあります「7」にてPRESENTATION 2015が開催されます。そのあとの懇親会も、まあすごい!ので是非お誘いあわせの上お越しください。

来年はNEW EVENT が2本!!「一歩下がって。二歩すすむ」の歌詞の通り?でも、こう書きながらも誰もその2つのイベントのうちまあ一つは進みかけてるので知っているのですが、その二つ目はまだ僕の胸の内。。フフフフッ。。

新しいシュラフを買って、出かけることにします。

新しいことに取り組むには、勇気と知恵と、さらに言えば「無謀さ」が必要です。
無謀。。ああ、なんという男らしい?響き。。
「そんな無謀な事を・・」
と、どれほど諫められたことか。

ボクの場合はこの諫言とはまた甘言のようにも聞こえます。
耳もとで
「やっちゃいな、やればいいんだよ。」
そんな言葉に、突き動かされた30代。
でも、2015は60代。。。

最近はシュラフに潜り込んでも体がなかなか温まらずに寝るのに一苦労なほど、体内の発熱量が低下してきています。

でもまあ、そこでその勇気と知恵を温かく包む、良いシュラフとマット。。それにさらにその上からエマージェンシーヴィヴィというのをゲットしましたから、ぼくにはもう怖いものがありません。

2014/10/20 (月曜日)

「31年目のシーズンに向けて」

SSER3DAYSも終わり、今年のシーズンを終えました。
終える、という言葉に何か新しいものが生まれる予感を感じるか否かは、持ち合わせる感受性によるものでしょうか?

「終わる=はじまる」
ということかもしれません。

またSSERのことだから、やめる!とか言いながら看板を掛けかえてやる「閉店セール」ではないのか!?と多くの憶測を呼ぶのは、まあこれまでのSSERへの良くも悪くもオマージュ!というところでしょうか。

実はSSERを運営する、グローブコンペティションという会社ですが、まあ名前の由来は「地球上で闘う」というような、ウルトラマンのような思いから、ちょうどパリダカールへ参戦を続ける真っ最中の平成元年11月1日に、それまでの会社から独立させる形で設立しました。

仕事中に趣味の極みのようなものをやる!ことへの正当性を担保するための・・・(汗)だったと言えます。仕事もすごくて走り回ってたあの時代・(遠い目)ですから11/1は創立25周年記念ということになります。

なにせ、そんな周年行事がラッシュするSSERですから、この25周年は年末の大忘年会とセットで、じゎっと開催する予定です。

しかしアニバーサリーイベント好きのボクはとある計画を・・・
「R439を、モンテッサとドカティ・レゴラリータで走る!」という、まあ無理でしょ。な計画を実施します。2台のマシンはその準備に向けて整備中!!

たぶん11月の半ば以降だと思いますが・・・徳島-四万十市350kmです。ビックリハードかもです。

R439って、考えてみれば剣山も登りますから、70年代のマシンには酷かもしれません。あの崖を想像してみてくださいな。最高到達点はボクの記憶が正しければ1480m!!全長は350kmで10時間はかかると思われます。(2000年ころのイメージ)今は相当な改良工事が進んでいますが、それでもアベ35km/hは困難でしょうね、

とまあこれが自分への25周年記念イベント!!というわけです。見かけたらよろしく。

2014/10/20 (月曜日)

「31年目のシーズンに向けて」

SSER3DAYSも終わり、今年のシーズンを終えました。
終える、という言葉に何か新しいものが生まれる予感を感じるか否かは、持ち合わせる感受性によるものでしょうか?

「終わる=はじまる」
ということかもしれません。

またSSERのことだから、やめる!とか言いながら看板を掛けかえてやる「閉店セール」ではないのか!?と多くの憶測を呼ぶのは、まあこれまでのSSERへの良くも悪くもオマージュ!というところでしょうか。

実はSSERを運営する、グローブコンペティションという会社ですが、まあ名前の由来は「地球上で闘う」というような、ウルトラマンのような思いから、ちょうどパリダカールへ参戦を続ける真っ最中の平成元年11月1日に、それまでの会社から独立させる形で設立しました。

仕事中に趣味の極みのようなものをやる!ことへの正当性を担保するための・・・(汗)だったと言えます。仕事もすごくて走り回ってたあの時代・(遠い目)ですから11/1は創立25周年記念ということになります。

なにせ、そんな周年行事がラッシュするSSERですから、この25周年は年末の大忘年会とセットで、じゎっと開催する予定です。

しかしアニバーサリーイベント好きのボクはとある計画を・・・
「R439を、モンテッサとドカティ・レゴラリータで走る!」という、まあ無理でしょ。な計画を実施します。2台のマシンはその準備に向けて整備中!!

たぶん11月の半ば以降だと思いますが・・・徳島-四万十市350kmです。ビックリハードかもです。

R439って、考えてみれば剣山も登りますから、70年代のマシンには酷かもしれません。あの崖を想像してみてくださいな。最高到達点はボクの記憶が正しければ1480m!!全長は350kmで10時間はかかると思われます。(2000年ころのイメージ)今は相当な改良工事が進んでいますが、それでもアベ35km/hは困難でしょうね、

とまあこれが自分への25周年記念イベント!!というわけです。見かけたらよろしく。

 

——–

2014/10/09 (木曜日)

「ボクはなんと。今日ラリーモンゴリア2015のルートを考えていた。」

今世紀最大ともいわれる巨大な台風がやってくるらしいです。
SSER3DAYS FINALにふさわしいビッグゲスト!!にしても対策は入念に。
長靴!”ヨシッ”
雨具!OK!
とかって準備じゃなくて、とにかく台風の接近に伴い1日早く荒れ始めるだろう、
標高1000mを越える大会エリアのこと。

でも慎重に検討して対策は当日のSSER PRESSでご紹介します。
そして、この忙しいさなかにボクは地図とにらめっこ!!
なにをしてるのかというと来年のラリーモンゴリアのルート考察!!
試走に持ち込むマシンをどうするか?なんて話をしたものだから、
あの辺りを走りたいなあ!と思ってた気持ちがピクピクし始めて没頭。。。

実はこうした姿もボクガ昔から望んでいたもの。。
「???」
かもしれませんね。
答えは、大会の直前は「なにもすることがない!」状態を作る。ということ。
そして目の前の大会への思いを通じて、近未来の大会のイメージを描くこと。

さあ、日も暮れたのでおうちに帰ろう・・・
でもその陰でみんなが悪戦苦闘をしているのも知らないわけではありません。
脱帽。あっ、雨用の帽子も持っていこう・・・

2014/10/07 (火曜日)

「現状を把握しなければ、未来は語れない。」

日本では宝くじを「夢」と呼ぶようです。
普通、夢は買わないんですね。夢は売ってないんです。夢は見るもので、それが未来のあるべき姿なら追求するべきものです。

「夢を買う」のであれば「夢」という商品にはプライスタグがついてるはずです。
小さな投資で大きなものを得ることが日本人にとって「夢」を叶えるということのようになってしまいました。いわゆる一攫千金とか、あぶく銭を手にするとか。
ああ、バブルのころが懐かしい。。

宝くじはいくらですか?300円で3億円?
100万倍になるんですね。
なんと射幸性の高いこと。
これが違法でない、根拠が知りたいほどです。

「お前の夢は、金で買えるのか?」といったヤナギバさんも実は買っていた、というCMに、どれほど日本人の多くは苦笑いしたか。
しかし、これは夢を買う=宝くじを買うことなのか?宝くじで当たった大金が夢を買う原資になるのかが暗にぼかされています。

昔の流行語ですが「宝くじが当たったらパリダカに行く」というのがありましたが最近は、その手の常套句をあまり聞かなくなりました。
どうも宝くじが当たってパリダカに行った人はいませんでしたから、そのことから導き出される答えは明瞭ですね。当らないんです。それにそう思った人は宝くじを買う努力以外の努力はしないんです。所詮パリダカなんて夢ではなかったんです。いやだから夢だったのか。。。

どうも日本人、到達の確率が極めて少なく、かつ自身の努力では成しえることのできないものを「夢」としてしまったようです。
全くこんなことを書くつもりじゃなかったのに書いたついでに、もう少し書いていいですか。

ボクの主張は、宝くじが人間をダメにする壮大な装置であるということです。
たとえば民主党政権は宝くじを買う感覚で投票しなかったですか?
「ひょっとしたら?」
でも
「やっぱりなあ。そりゃあそうだ。旨い話には気をつけろと言われてたもんなあ。」
小さな子供が何人もいて「勝ち組だ!」などとうそぶいていた友人も、そんなふうに。(あっ、これは子供手当がひとり28,000円で3人いるから84,000円/月入ってくる!と言う夢のようなお話が手に届きそうだったと言うオハナシデシタ)

つまり、その負けるとか騙されたとか、上手く行かないこととかにだんだん日本人は慣らされてきたのです。
社会に出ても、思うようには行きません。それはなぜか?自分で未来を計画して今日から取り組まないからです。

ドラッカーはこうも言っています。「計画とは、未来に関する現在の決定である。」
そして「全力を注がなければ、あなたに未来は無い」と続きます。
計画があったとしても全力を注がなければ、「やはり未来は無い」と言っているのです。

表題の「現状を・・・」は、やはりドラッカーの言葉です。
ボクが書こうと思ったのは、
未来は突然やって来ない。目的を持ってそれを日々積み重ねた物だけに、その目的と努力に応じた未来がやって来る。のだといまも信じて日々を送っているからぼくはきっと幸せな部類に入るのでしょう。

さあ、週末はSSER3DAYS。一つの夢の完成。

 

2014/10/30(木)「アチャー、来年も時間が取れないかもだ。」- OV

ov20141030_0112月13日の発表会(おしゃれなことに、プレゼンテーション2015というのだ。・・・本当にボクはいつからこんなに横文字ばっか使うような人になってしまったんだろ・・)業界が悪いのかなあ? 「コアコンピタンスが、ダイバシティで、コンプライアンスの問題で、コンシュマーリレーションマネジメントが破たんして、デザインシンキングがディ-シースリーなんです。・・・」ほとんどバカです。かと思えば「CRMがCSRの問題で・・」と書きはじめたけどやめた。 で、話を戻すと、実は来年は壮大な旅を計画しているのでありました。名付けて「還暦記念赤いちゃんちゃんこで行く、中国奥地大縦断!ジムニーとカブの旅」まあ赤いちゃんちゃんこは、おしゃれなダウンベストにしてもらうくらいのことは簡単で、って、今日の一枚参照!を着て、でもモンクレールは嫌い!!なんの話をしてるのか意味不明ですが、あと中国産の125のバイク買って走るのもありかもなあ。。 ov20141030_02で・・・還暦の人たちと言えば赤松カメラマンや石原孝仁(いやひょっとしたら彼はまだかもしれない)たちと、西安から敦煌、さらに南下して四川、雲南省の少数民族の村と、あの気の遠くなる棚田を背景に少数民族の女の子の絵を撮って、、。チベットへ抜けて中尼道路でカトマンドゥ。。。 「許可はOKです。」 と連絡あり。。 「うーん。いつ行く?」 と悩んでるところにコーノさんたら、スコットランドの湖水地方をクルマで巡る・・・と言うし。で、来年は9月、10月、11月にもそれぞれイベント(うちふたつはBrandnew。。)8月はモンゴル、7月は北海道とヒルクライム。ov20141030_036月はモンゴルの試走、5月はTBI、4月は・・・おお!四月がいいんじゃない!! なんてはしゃいでるボクですが、海の向こうではFRBが量的緩和の打ち切りを宣言!えっ、ということはアメリカは利上げ。するとみんなドル買いに走り円安ドル高は恐ろしいことに。ov20141030_04。なるやもしれないという前夜。。 ああ日本経済はともかく、ボクの海外への冒険の(と言う名の実は、ラグジーな旅は・・・・)どうなるのでしようか。。 つづく        

2014/10/28 (火)「2015始動」- OV

ov20141127_01例年になく早い紅葉。そして木枯らし。。冬のパリが急に懐かしくなる季節。 となると急かされるように、2015年の準備!! 12月13日(土曜日)18:30より、東京・恵比寿にあります「7」にてPRESENTATION 2015が開催されます。そのあとの懇親会も、まあすごい!ので是非お誘いあわせの上お越しください。 来年はNEW EVENT が2本!!「一歩下がって。二歩すすむ」の歌詞の通り?でも、こう書きながらも誰もその2つのイベントのうちまあ一つは進みかけてるので知っているのですが、その二つ目はまだ僕の胸の内。。フフフフッ。。 新しいシュラフを買って、出かけることにします。 新しいことに取り組むには、勇気と知恵と、さらに言えば「無謀さ」が必要です。 無謀。。ああ、なんという男らしい?響き。。 「そんな無謀な事を・・」 と、どれほど諫められたことか。 ボクの場合はこの諫言とはまた甘言のようにも聞こえます。 耳もとで 「やっちゃいな、やればいいんだよ。」 そんな言葉に、突き動かされた30代。 でも、2015は60代。。。 最近はシュラフに潜り込んでも体がなかなか温まらずに寝るのに一苦労なほど、体内の発熱量が低下してきています。 でもまあ、そこでその勇気と知恵を温かく包む、良いシュラフとマット。。それにさらにその上からエマージェンシーヴィヴィというのをゲットしましたから、ぼくにはもう怖いものがありません。  

2014/10/20(月) 「31年目のシーズンに向けて」- OV

SSER3DAYSも終わり、今年のシーズンを終えました。 終える、という言葉に何か新しいものが生まれる予感を感じるか否かは、持ち合わせる感受性によるものでしょうか? 「終わる=はじまる」 ということかもしれません。 またSSERのことだから、やめる!とか言いながら看板を掛けかえてやる「閉店セール」ではないのか!?と多くの憶測を呼ぶのは、まあこれまでのSSERへの良くも悪くもオマージュ!というところでしょうか。 実はSSERを運営する、グローブコンペティションという会社ですが、まあ名前の由来は「地球上で闘う」というような、ウルトラマンのような思いから、ちょうどパリダカールへ参戦を続ける真っ最中の平成元年11月1日に、それまでの会社から独立させる形で設立しました。 仕事中に趣味の極みのようなものをやる!ことへの正当性を担保するための・・・(汗)だったと言えます。仕事もすごくて走り回ってたあの時代・(遠い目)ですから11/1は創立25周年記念ということになります。 なにせ、そんな周年行事がラッシュするSSERですから、この25周年は年末の大忘年会とセットで、じゎっと開催する予定です。 しかしアニバーサリーイベント好きのボクはとある計画を・・・ 「R439を、モンテッサとドカティ・レゴラリータで走る!」という、まあ無理でしょ。な計画を実施します。2台のマシンはその準備に向けて整備中!! たぶん11月の半ば以降だと思いますが・・・徳島-四万十市350kmです。ビックリハードかもです。 R439って、考えてみれば剣山も登りますから、70年代のマシンには酷かもしれません。あの崖を想像してみてくださいな。最高到達点はボクの記憶が正しければ1480m!!全長は350kmで10時間はかかると思われます。(2000年ころのイメージ)今は相当な改良工事が進んでいますが、それでもアベ35km/hは困難でしょうね、 とまあこれが自分への25周年記念イベント!!というわけです。見かけたらよろしく。   ov20141020_01 ov20141020_02 ov20141020_03

2014/10/14 (火)「30年。ボクの人生のきっちり半分の軌跡」- OV

「30年。ボクの人生のきっちり半分の軌跡」

The30th.SSER、無事に終了しました。
終わることはもっと、寂しさを引きずるかと思っていましたが、むしろ何か新しいワクワクのような気分に驚いています。

しかしそれにしても、この30年間の多くの時間を共に過ごした選手関係者の皆様には、この場を借りて、幾重にも深く深く御礼申し上げます。

閉会式も終わりかけのころ、外はまるで早い冬の訪れを告げるような強い風が吹き荒れていました。
「以上を持ちまして、30回のこの大会のすべてを終了します。」
と告げたあと、誰もがその時間を惜しむようにスタンディングオベーション、すこし眩暈のようなものを覚えました。そとの嵐が、それを一層ひきたてるかのよう。

はじまりがあれば終わりがある、とはこの1年間言い聞かせ続けてきた言葉です。
そして、始めることよりも終わることのほうが何倍も勇気がいるのだなあとも。

人生に掲げられる夢は、それほど多くはありません。ですから夢を持ち続けたいと思います。「夢」とはなにかという議論もしなくてはなりませんが、今日は少し違う角度の検証をします。

ひとたび「夢」を、実現に向けたプログラムを描いた瞬間に「夢」は「目的」に変わります。
たとえば「いつかは行ってみたいなあ」と思う場所があるでしょ。それがひとつの「夢」だとします。(夢の表現と解釈は自由です)ても、それを「よし行くぞ」と決めた瞬間に「夢」が「目的地」に変わります。
夢が現実になる、ということは着手した瞬間からはじまります。

するとその目的地までの道のりを真剣に考え始めます。また目的地のことをさらに深く知ろうと調べ始めます。
そこで「はて、あんなに行きたいと思ってた場所なのに、調べてみるとこんなものか?」とか「案外簡単に行けるのだなあ。」などということが持ち上がります。
夢が目的になると、案外大したことは無いんですが、それを大きな感動でおわらせるためにも、大きく夢を膨らませておくことです。

「敦煌」へ行こうと誘った友人に井上靖の小説「敦煌」を読むように奨めました。
それを読んだ彼は、敦煌について「あの本を読んでいなかったら感動は無かったかもしれない。」と語りました。つまりかれは感動したのです。

さて、感動がすべてでは無いのですが夢を実現した暁には「感動」が無いのなら、それはやはり夢じゃなかったということかもしれません。

話しは変わります。夢の実現の道のりで言う「目標」と「目的」はなんだろうか?というオハナシ。

人生の目的
人生の目標

なんとなく混濁して使ってきた感があるので整理してみます。

目的・・・いわゆる的(まと)ですね。目で見える的のことでしょうか?それとも目指すべき的のことでしょうか、いずれにしても最終到達地点のような気がします。まあ山頂です。ボクだけの意見ですが・・・
目標・・・標(みちしるべ)のようなもの。つまり目的地にたどり着くための道標とか標識のことではなかろうか?ということです。コマ地図やコースマークのようなものかもしれません。これは山頂ではなくC-3とかC-4とか山頂へ向かうための前進キャンプのようなものでしょうか?しかし彼の目的が7サミッツなら一つの山頂は目標で良いでしょう。最後の山頂も目標で、振り返った時に7サミッツという目的を達した、ということですね。

たとえば面接で「あなたの人生の目標はなんですか?」と聞かれたとします。
正しい答えは「目標とは目的を達成するための、正しい位置を指し示すものです。」から、この場では「そのために今この会社に入ることです。」が正解なのでしょうが、それを言うと、はねられますから日本語は難しいものです。

正しい答えじゃなくても採用されるための答えは「人間を磨いて、人の役に立つ信頼される立派な社会人になることです。」ということでしょうか?しかしそう書きながらも、それこそが実は立派な目標であり、そうであればなお「目的」の到達の実現へは近づくのかと。
まあ反省。

つまりSSER3DAYSは多くのみなさんの目標であり続けたと思うということです。
ここを、ひとつの道しるべとして、大きな目的に向かっていただけたのであれば、この30年間は価値のあるものとして輝きます。
そして一方でこの大会を、オフロードバイクの生活の目的地として頑張った皆様には、また新たな目的地が現れたはずです。

人生はこうして、終わったコトなくしたモノを振り返り惜しみつつ前に進むものではないか、とそう考えています。SSER3DAYSは終わりました。しかし新しい萌芽は、いくつも散見出来て、さてどの芽が大きく育ち美しい花を咲かせてくれるのだろうかと、夕暮れに佇みながら、明日の朝を思うのでありました。

そうそう、前田啓介君、おめでとう。


OVバックナンバー

(2022/06)Organisation Voice は現在旧サイトからデータ移行中です。
工事中のところが多数ございますがご了承ください。

2017年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2016年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2015年 | 01 02 03 04 05 02 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2014年 | 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 01 01 01 01 01 01 01 01
2013年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2012年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2011年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2010年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2009年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2008年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2007年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2006年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2005年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2004年 | 01 02 03 04  05  06  07  08  09  10  11  12
2003年 | 01 02 03 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2002年 | 01 02 03 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月
2001年 | 01 02 03 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月
2000年 | 01 02 03 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月
1999年 | 10 11 12月
旧Organisation Voiceはこちらからご覧いただけます。

2014/10/09 (木) 「ボクはなんと。今日ラリーモンゴリア2015のルートを考えていた。」- OV

今世紀最大ともいわれる巨大な台風がやってくるらしいです。 SSER3DAYS FINALにふさわしいビッグゲスト!!にしても対策は入念に。 長靴!”ヨシッ” 雨具!OK! とかって準備じゃなくて、とにかく台風の接近に伴い1日早く荒れ始めるだろう、 標高1000mを越える大会エリアのこと。 でも慎重に検討して対策は当日のSSER PRESSでご紹介します。 そして、この忙しいさなかにボクは地図とにらめっこ!! なにをしてるのかというと来年のラリーモンゴリアのルート考察!! 試走に持ち込むマシンをどうするか?なんて話をしたものだから、 あの辺りを走りたいなあ!と思ってた気持ちがピクピクし始めて没頭。。。 実はこうした姿もボクガ昔から望んでいたもの。。 「???」 かもしれませんね。 答えは、大会の直前は「なにもすることがない!」状態を作る。ということ。 そして目の前の大会への思いを通じて、近未来の大会のイメージを描くこと。 さあ、日も暮れたのでおうちに帰ろう・・・ でもその陰でみんなが悪戦苦闘をしているのも知らないわけではありません。 脱帽。あっ、雨用の帽子も持っていこう・・・   ov20141009_01

「現状を把握しなければ、未来は語れない。」-2014/10/07(火)-OV

「現状を把握しなければ、未来は語れない。」

日本では宝くじを「夢」と呼ぶようです。
普通、夢は買わないんですね。夢は売ってないんです。夢は見るもので、それが未来のあるべき姿なら追求するべきものです。

「夢を買う」のであれば「夢」という商品にはプライスタグがついてるはずです。
小さな投資で大きなものを得ることが日本人にとって「夢」を叶えるということのようになってしまいました。いわゆる一攫千金とか、あぶく銭を手にするとか。
ああ、バブルのころが懐かしい。。

宝くじはいくらですか?300円で3億円?
100万倍になるんですね。
なんと射幸性の高いこと。
これが違法でない、根拠が知りたいほどです。

「お前の夢は、金で買えるのか?」といったヤナギバさんも実は買っていた、というCMに、どれほど日本人の多くは苦笑いしたか。
しかし、これは夢を買う=宝くじを買うことなのか?宝くじで当たった大金が夢を買う原資になるのかが暗にぼかされています。

昔の流行語ですが「宝くじが当たったらパリダカに行く」というのがありましたが最近は、その手の常套句をあまり聞かなくなりました。
どうも宝くじが当たってパリダカに行った人はいませんでしたから、そのことから導き出される答えは明瞭ですね。当らないんです。それにそう思った人は宝くじを買う努力以外の努力はしないんです。所詮パリダカなんて夢ではなかったんです。いやだから夢だったのか。。。

どうも日本人、到達の確率が極めて少なく、かつ自身の努力では成しえることのできないものを「夢」としてしまったようです。
全くこんなことを書くつもりじゃなかったのに書いたついでに、もう少し書いていいですか。

ボクの主張は、宝くじが人間をダメにする壮大な装置であるということです。
たとえば民主党政権は宝くじを買う感覚で投票しなかったですか?
「ひょっとしたら?」
でも
「やっぱりなあ。そりゃあそうだ。旨い話には気をつけろと言われてたもんなあ。」
小さな子供が何人もいて「勝ち組だ!」などとうそぶいていた友人も、そんなふうに。(あっ、これは子供手当がひとり28,000円で3人いるから84,000円/月入ってくる!と言う夢のようなお話が手に届きそうだったと言うオハナシデシタ)

つまり、その負けるとか騙されたとか、上手く行かないこととかにだんだん日本人は慣らされてきたのです。
社会に出ても、思うようには行きません。それはなぜか?自分で未来を計画して今日から取り組まないからです。

ドラッカーはこうも言っています。「計画とは、未来に関する現在の決定である。」
そして「全力を注がなければ、あなたに未来は無い」と続きます。
計画があったとしても全力を注がなければ、「やはり未来は無い」と言っているのです。

表題の「現状を・・・」は、やはりドラッカーの言葉です。
ボクが書こうと思ったのは、
未来は突然やって来ない。目的を持ってそれを日々積み重ねた物だけに、その目的と努力に応じた未来がやって来る。のだといまも信じて日々を送っているからぼくはきっと幸せな部類に入るのでしょう。

さあ、週末はSSER3DAYS。一つの夢の完成。


OVバックナンバー

(2022/06)Organisation Voice は現在旧サイトからデータ移行中です。
工事中のところが多数ございますがご了承ください。

2017年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2016年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2015年 | 01 02 03 04 05 02 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2014年 | 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 01 01 01 01 01 01 01 01
2013年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2012年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2011年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2010年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2009年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2008年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2007年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2006年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2005年 | 01 02 03 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01 01
2004年 | 01 02 03 04  05  06  07  08  09  10  11  12
2003年 | 01 02 03 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2002年 | 01 02 03 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月
2001年 | 01 02 03 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月
2000年 | 01 02 03 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月
1999年 | 10 11 12月
旧Organisation Voiceはこちらからご覧いただけます。