No.174 「栄久庵さんが亡くなりました」- 菅原さんからの手紙 2015/02/10


letter_174_20150210_0185才で私より13才先輩です。この方は広島出身で原爆でやられた原野を見て、そんな時代に道具には美しさが必要と立ち上がり、最初の作品は液だれしない赤い蓋のキッコーマンの卓上のお醤油の瓶をデザインされ4億万本も生産されております。

広島ご出身なので広島の町の空間デザインや東京の山手線の電車やこまち(新幹線)もそうです。

私の原点も小樽に米軍が進駐して来て、子供心に嫌な思いをしたのが、バネになり、この歳でも頑張れるのだとおもっております。こういう一本の筋が通った方が亡くなるのはとても残念です。

今の若い人(車の仕事をしている)にBMWのオートバイを知ってるか?と質問したら、知らないとの事。
側にいた人が知ってるよ水平対向4気筒のエンジンのバイクだよと言ってました。
日本は終わりましたね。

写真は昨年の9月9日写しました。やる事は凄いのですがとてもお優しい方でした。
以前、和歌山県で彼が瞑想をした建物の水平を取る装置を作ったのは、我々のレーシングカミオンを作ってくれている焼津の坪井特殊車体です。

写真は昨年の9月9日に大変な賞を頂いた時に写しました。

菅原 義正

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