No.0374 – Organisation Voice 2001/10/31

早いものでもう11月だ。と思ってたらガストンもやってきて明日からは再び信州に向けて旅に出る。「いやあ、もう旅から旅の旅ガラスだねえ。」って感じです。信州!紅葉の盛りですねえ。今回は少し時間の余裕を見つけて、ガストン、ジャンピエールたちと黒部アルペンルートや、栂池のほうにも足を伸ばそうかなあ?ついでに、福井の恐竜博物館にも行ってみようかなあ!と思っています。

皆さんどうですか、いまからでも大丈夫!エッ大丈夫じゃない!信州にお運びくださいって言おうと思ったんだけど、ホテルはもう満室のようですねえ。で、例のTV放送!パーティーの最中なんでいっそそこで流そうかという話、困った。今年の競技?方法も面白そうですよ。

きょうの一枚
恐山の紅葉!ツールドニッポン試走チームは、恐れ多くも恐山にルートを伸ばした。恐山に向かう林道は、美しい渓谷沿いなのだが、山頂が近づくにつれ、硫黄の匂いと共にせせらぎが、なんやら温泉っぽくなってくるんです。近くにあった温泉に慌てて飛び込んだ事は言うまでもありません。


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No.0373 – Organisation Voice 2001/10/30

ごめんなさい、またまた例のTV放送の時間が変更になって、11月3日と10日のそれぞれ7時から8時までの間の、1/3時間くらいだそうで、そうTV朝日っス。中身は恐竜の谷に恐竜を探し?に行くのですが、まあ見てください。いや、あまり見ないで、あっいや見て欲しい!というくらい複雑な心境ですが。

さて週末は信州!僕の事務所の前には何故か、ニューカラーリングの1150GSと650GSが止まっているではありませんか!それに週末にはBMW-JAPANさんからはさらに3台のデモ車が届きます。ヘッヘッ!で僕のR80G/S-PARIS-DAKARは今回は出撃中止だ!前回のトラブルからまだ、治っていないのでした。その間に僕たちはいろいろと、例えばパリダカに行くラリーカー台を完全復活の日々を送ったりと、マイガレージは、一日たりともコンプレッサーのうなり声や、溶接の火花の散らない日はなかったのでありますよ。そんなラリーカーも今は、ルアーブルの港へ向かう船上です。いったい僕たちの旅はいつまでそして、どこまで続くというのでしょうか。

きょうの一枚
ヘッヘッすごいでしょう!ヘッヘッヘッ、ヘックショーン!


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No.0372 – Organisation Voice 2001/10/29

ツールドニッポンの試走の北海道パートと東北の一部が終了して、設定したルート1400km、それに対して松山からの往復の距離は3000kmと言うタフさ。このあとガストンライエ・ミーティング、ガストンライエ・クラシックのふたつのイベントが終わると、再び東北は十和田湖から南下するルート制作に入ります。さらに、このあと先発班はパリに向けて出発。その一方で、僕は年内いっぱい、「本当に行けるのだろうか」と、仕事の山の前に立ち尽くしていることでしょう。もうひとつの心配の種、「世界情勢の不穏さ」も目に余るものがあります。ふりかえってみれば1991年の湾岸戦争のときのパリ・ダカールや、翌年のパリ・ルカップ、そしてソ連の崩壊や東側陣営の崩壊に揺れたパリ北京やその当時のヨーロッパ。ちょうどベルリンの壁の崩壊も、チャウシェスクの追放と粛清もパリでTVに齧り付いて見たものです。

ちょうど世紀末に向かう90年代初頭、まず世界の枠組みが変わりました。まるで資本主義が社会主義に勝利したと言う訳です。東西両陣営そして冷戦構造の終結です。そのたびに今年のパリダカは開催されない!とうわさされたものです。そしてそれから10年。想像すらできなっかった事件が世界を震撼させました。「 21世紀は、新しいカタチの巨大な対立の時代なのか」と誰の心にも強烈な衝撃を与えました。それは言うところの文明の衝突です。資本主義対社会主義という、比較的まだ分かりやすいイデオロギーの衝突の時代から、かなり分かりにくい宗教と近代国家という構図に変わったわけです。言い換えれば、違う価値と行動基準を持つもの同士の対立です。全く取り付く島がないとはこのことです。そしてコレを文明と非文明の対立と見るのもおかしなものです。つまり豊かな国家にしか社会保障などを篤くすることによってしか、宗教による国民支配から自由になれる道はないのではないだろうかと思う。つまり貧困は宗教しか救いがないのではないのだろうかということに行き着く。

このパリダカールはそういう意味で、西欧主義の権化が、西欧化イスラム圏内で砂漠を舞台に戦うのです。言うなればコレもひとつに文明の衝突!なのかも知れません。このラリーが砂漠の民に幾ばくかの豊かさと、夢を与え続ける事が出来るのであれば、まだ道は見えるのだろう。

もう一度そのサハラのど真ん中、イスラム圏で僕は考えてみたいと思う。地球環境問題などどうでも良くなってしまいかけてる、アメリカや日本、についてだ。その日本、ツールドニッポンのHPに情報を集めています。

きょうの一枚
羊蹄山、シリベシ山とか蝦夷富士とかって言うこの山。実はこの地に四国の人が入植して3年目に見つけたそうなのである。「なぜか」それほど深い原生林が広がっていて、開墾をしていくうちに見つけたそうな。この近辺には上質な露天風呂の温泉も多い。ツールドニッポンDAY-2/4月29日のビバーク予定近く


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No.0371 – Organisation Voice 2001/10/26

4月29日のルート制作レポート
この日はクッチャロ湖畔の宿を後にロングステージに旅立ちます。宗谷岬は吹雪、もう北海道は北から確実に冬がやってきてます。宗谷岬に伸びるダートの中で、大きな鹿に出会いました。それは立派な角を天に向けて、まるでモニュメントのように微動だにせずこちらを眺めていました。僕もそんな場所にモニュメントがあろうはずも無いのに、そうだろうと思ってクルマが近づくとサッと身を翻して森に消えていく後姿に、ささやかな畏敬の念を覚えました。

そう朝のクッチャロ湖で見たシベリアから今飛来して、まさに今、湖に着水しようとする編隊飛行中のオオハクチョウの、そのイメージとは似ても似つかない頑丈そうな黒い足や、そのたくましい生命にも同じような気分を覚えたものでした。野生に生きるということの持つ神がかりな力や美しさがこの北の大地にはありますな。オホーツク沿岸では、やはりかつて読んだ司馬遼太郎先生の「オホーツク紀行」にある、古代オホーツク人といわれる古代人の竪穴式住居がこんなとこに在って、こんな厳しい大自然と対峙していたのかと思うと、これまた感慨深いものがあります。

宗谷岬を回り込むとこんづは風力発電の大きなプロペラの林立に驚きます。環境にやさしい発電は景観を破壊してることおびただしい、こりゃあだめだ。で、北海道を旅するのは飯の食い方が難しい。遅い昼をラーメンで済ましたら、毛がにやウニのご馳走にもてなされて、腹ペコで我慢してたら、結局食べるところが無くてコンビニでおにぎりを買って食べる晩御飯になったりなのである。

さて、明日はイヨイヨ北海道ステージを終わらせて本州に上陸する予定なのだが、今月は月初めのモンゴル以来よく走ること、なのである。あそれとモンゴルのTV放送は11月10日と17日に延びました。日本シリーズのせい?


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No.0370 – Organisation Voice 2001/10/25

ツールドニッポン試走レポートがいよいよ始まります。

10月24日 DATE 4/28 芦別~浜頓別約320km
芦別市内の旅館で春木氏と枕を並べて爆睡、というのも昨夜は芦別市のロータリークラブやJCの皆さんの大歓迎を受けて、毛がにやウニやひらめやイクラに、あーあ最後に出てきたいくら丼なんて、箸もつけられなかった、のです。今大会の公式行事はこの町で始まる予定です、車検は4月27日28日の2日間に分けて深夜まで行われる予定。28日午後からは市長さんも参加いただいて開会式、市内でプロローグSS1、そして素晴らしい風景の中を北に向かってリエゾン。途中のひなびた町で遅い午後の食事のために、やっと見つけたのが今日の一枚の食堂。ラーメンが驚くほどうまかったんのですが、残念ながらオンコースから外れています。併催を予定しているスマート・エコチャレンジのためのルートもあわせて計画しなければならないので、試走もかなり神経を使いますが、どちらにしても今日一日のルートもとても気に入ってます。明日は朝のSSを打ち合わせして宗谷岬の再スタート地点に向かいます。ぜひご期待ください。

あそれから、ガストンライエミーティングとクラシックには、ガストンの友人のジャンピエールというフランス人もやってきて走りますので皆さんお楽しみに。今年のモンゴルではDR350で、思いっきり楽しんでいました。


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No.0369 – Organisation Voice 2001/10/24

大会のプレ会場となってる芦別市にお邪魔しています。車検会場、開会式会場など、また私有地をお借りしたプロローグ会場などが決まりました。従って芦別市で車検プロローグを済ませて、宗谷岬のある稚内へリエゾンとなる見込みです。明日は画像付で詳しいレポートをお送りいたします。


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No.0368 – Organisation Voice 2001/10/19

大変お待たせいたしました。やっとモンゴルからの帰国便の通関が終わりました。って言うか今の通関事情はすごくなってるみたいで、聞いたところによるとコンテナまるごとレントゲンを撮るらしいよ、本当かねえ。で、とにかく時間がかかる。最近の国際情勢を反映してるんだろうけど、こんな部分だけを見ても、ひょっとしてテロは成功だったんだなあ、って思っちゃう。これから人々の心の中に、常に不安とか、どす黒い恐怖を与えた訳だ。明るく元気に振舞うのも難しいのかなあ。さて昨日から、パリダカの個人スポンサーのお願いをUP!しました。ネイビーカラーのちょっと厚手のアメリカ製のオーバーオールに、TEAM SSER / TEAM SUGAWARAのロゴが入った、記念ウエアをお申し込みいただいた方、全員に進呈。また100口に到達したら抽選で、ヨーロッパへ1名ご招待!ってのもやります。

<<ご案内>>
チーム内のサポートカーに1席の余裕があります。パリダカに将来参加してみたい方や、カメラを持って現場を見てみたい方には最適です。もちチームのめかをして頂ける方になら最高です。費用は直接TSOにお支払いいただくエントリーフィーのほかには、シート代金(価格はお問い合わせください)その他、エアー、ホテル代などが必要です。ご興味をお持ちの方は、いそぎお問い合わせください。


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No.0367 – Organisation Voice 2001/10/17

台風接近中で、雨が続いてます。やっとRRM2002のインフォメーションのパンフを入稿しました。来週はじめには印刷が上がるので、すぐにも発送しますのでご希望の方はどんどん申し込んで下さいね。捨身がたくさん!使ってあってステキですよ。それからガストンライエミーティング!バカジャでは全てコマ図走行って書いてありましたがご心配なく。ツーリングマップルも併用しますし、すごいマップホルダーなんて必要ないですよーだ。別にツーリングだから、例えば仲間にナビゲーションさせといて、ミスコースしたら「なんでよー!」とかって怒る、なんて裏ワザも使えるぞ。どちら魅しても愉しい信州の休日を過ごしましょうね。今年はガストンも「ゴメンゴメン、ゆっくり走るからね」と申しておりました。

さてきょうの一枚
モンゴルの大地を行くラリーカー、来年は参加者が多くなりそうな予感。なんて毎年思ってるんだけど。参加しやすくするメニューも考えてて、ローンのシステムもやっと完成。7年前から言われてたのにね。とにかく一度参加してください、あっいや一度といわず何度でも。毎回精一杯のルート作りでお待ちしてまあす。


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No.0366 – Organisation Voice 2001/10/16

そうそう、テレビ朝日で11月3日(土)と翌週の2週にわたって午後の7時から8時までの間で、モンゴル恐竜の化石発掘物語が放送されます。ホントはコレマジって番組の中。でもこの土曜日はどちらも、SSERのイベントの本番中!なのだ。で、最近僕が凝ってるのといえば、この恐竜の化石発掘!あの恐竜の谷の、なんと化石密度の高い事か!2時間も探せば出て来る出てくる!モンゴルの研究者もビックリ!今度は日本モンゴルの合同発掘調査隊を組織しようという話になったぞ。ラリーレイドモンゴルの開催中の大発見は、科学史に載っちゃう!秘密の場所だったのになあ。

で、このテレビの中では僕と菅原さんも出演するから、笑をこらえてみてくれい!だって「あっ今の、もう一回言って!」って世間話を何回かやり直さされるんです。で逸見太郎君ってタレントとも仲良くなっちゃった。そうそう、その上来年のRRMには、T田S治ってタレントもエントリーするらしい!どうも恐竜とタレント、この似て異なるもの達との関係やいかに。モンゴルの恐竜の権威との酒のみ話、「どうして恐竜は絶滅したんだろう?」「それは巨大化したからだ。」人間も今の現実は、それに良く似てるという。しかし」恐竜は2億年近く栄えたって言うのに、人間は100万年!コレで絶滅の危機に瀕してる?んだから恐竜よりアタマ悪いのかも。だいいち、あと1億9千万年もその存在が維持できると思う人はいないんじゃないでしょうかねえ。

きょうの一枚
話は変わるがRRMのメディカルテント、このドクターはモンゴル人で僕の仲良し。アメリカの大学で医師の資格と臨床の経験を積んでるので、相当できる。っで彼が実は僕の化石発掘の先生でもある。暇さえあれば、どこにいても地面をにらめっこ石器から珍しい石、そしていろいろな化石を見つけてくる。次に会うときは、カシオのツールコンセプトを持ってきてって頼まれた。だれかあ!


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No.0365 – Organisation Voice 2001/10/15

こんな事をしている暇はないなあ、と思いながら思わずLTに乗って九州をツーリングしてきてリフレッシュ。まあなんと日本は好景気なことか!と思わせる山並みハイウエイでした。だってバイクバイクバイク!殆どがハーレーや高級車(お前の乗っ取るのが一番高そうやないか!)でクルマクルマクルマ!ポルシェを抜いたと思ったらまたポルシェ!ケーターハムセヴンの大群!立錐の余地のない駐車場!どこのパーキングもまるでイベント会場!「どこが不景気じゃい!」と怒りたくなるのは絶対僕だけじゃない。でも社会が成熟してきてる故の豊かさでもありどこか嬉しい、そう20年近く前のヨーロッパに少し似て来てるような、そんな気がした一日でした。

さて、話は変わります。走りながら考えたんだけど、人間の人間たる所以の発明はなんだろう、と考えた。ひとつには「火」の発見とこれの支配。これによって明確に動物たちと一線を画したんですな。煮炊きした食物は驚くほど旨く、また食べやすく、そして消化に良い。これで頭脳が発達したっ手のも、うなづけるじゃん。で、もうひとつの発見にはに僕は「時間」だと思うんじゃ。時間の概念の発見と管理は、さまざまな事をまさに加速させた。で「ラリ-レイドは新幹線」という理論に行き着いた。有史以来、人類は旅をしてきた。旅はまたその速度を競うものであったことに異論をもたない。例えばシルクロードを旅する隊商が、より速く西安に到着し、他の隊商より早いがゆえの権益を独占したいとした事だろう。また、ヨーロッパへも一日も速く帰り着いて、土産話とシルクと陶磁器を市場に供給したいと競い合ったことだろう。軍事に至っては、さらに時間の短縮を求められる。この時代のころから人類は、こうした概念においては何も変わっていない。今でもより速い移動手段を求めて、リニアモーターカーにまでいたる。東京ニューヨーク間を一時間で飛び越える事になれば、人々は惜しげもなく、そのエクストラフィーを支払うだろう。

そして、もともと時速4km/hで歩いていた人類が、馬に乗るようになる。とみるみる事故のリスクは拡大する。おそらく落馬によってだ。そして自転車に乗り、オートバイに乗るようになって、より速く移動するという夢と言うか本能は、ますます多くの血を求めた。航空機の発明とその発達もまた事故とは無縁でなかったでしょう。つまり速く移動するという行為の殆どは、モーターなどの推進器が必要で、それをコントロール(制御)するためには人間の全知全能が必要だった訳です。そんな過去から未来永劫に変わらぬ人間の本能、「速度への挑戦と、安全の確保」そうですまるで新幹線が、300km/hの世界を実現しながら無事故の記録を伸ばしてるように、ラリ-レイドは全く同じような考え方なんじゃあないか。と思います。古い友人が「無事これ名馬」といいますがこれは実は「速い、しかし事故がない、それを名馬という」が正しい。

きょうの一枚
きょうの一枚は、そんなマシンがパリダカ用に、僕のガレージで着々と出来上がっています。奥に見えるのはラリーカー、もう一枚の4枚のドアーはサポートカーで、菅原さんのチームとSSERとで合同運用して、エアメカが僕たちの言う「グランメカ」になっちゃった訳です。この他にもサポートカミオンも走りますので、本当に日本からのプライベーターはこれからが、チャンス!


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No.0364 – Organisation Voice 2001/10/12

実はまだ発表してなかったんですが、パリダカに行こうとクルマを作っております。チームは菅原さんとこのチームスガワラに合流して「チームスガワラWITH SSER」みたいな感じなんです。ですから競技用のカミオン1台、同じくランクル1台、サポートクラスにカミオン1台、ランクル1台の計4台体制。でで、このサポートカーのドライバーは誰でしょうか?というのがきょうの問題!難しいかねえ?

さてそうはいっても昨今の国際情勢下で、開催に向けての調整は並大抵ではないでしょう。正常に開催にこぎつける事が出来れば、良いんですけど。ことほどさように、世界中のイベントや国際会議が中止になったりするのは、やはり彼らの思うつぼのような気もします。世界経済は極端に緊縮してきてます。もはや世界同時不況、世界恐慌だといえます。今後のテロ対策の最大のものは、「恐れずひるまず」あれっ、このフレーズどこか出来た事あるぞ、と思ったら小泉さんの構造改革を語るときのマクラコトバではないですか。そうその「おそれずひるまず、能天気に陽気にワールドシリーズだあスーパーボウルだあ、海外旅行だっ!デズニーランドだあ!って今まで以上に大騒ぎをする事です。世界中でビッグイベントが目白押しなら「ああーあ、やっても逆効果かいなあ!」って思ったり「もー、どれを標的にしたらいいんかわからん!」とか、とにかくビビラないことがテロ対策の最善の策ではないのいでしょうか。

景気回復にも良いしねえ、でテロ対策法の国会審議も面白いんですが、海外旅行者には20万円の補助とか、そーそー昔あった何だっけ商品券、レジャー施設に使えるやつ。そんなの配りましょうよ。「テロ対策自衛隊より、ノーテンキ作戦」ゴメンナサイ不謹慎がすぎました、しかしホントですぞ!恐れずひるまず!いたみを伴なう!ですぞ。

きょうの一枚
モンゴルでの1コマ。体に合わず大きな自転車ですね。そう昔で言うところの三角乗りでしょうか。でもフレームが今風だからライディングフォーム的には三角乗りではないのかもしれません(どうでもいい)。ちなみにスポークにキラキラとした樹脂の装飾パーツをつけるのがモンゴルお子様自転車界での定番のようで。


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No.0363 – Organisation Voice 2001/10/10

今日は、体育の日!だったんですが、いつの間にか「ハッピーマンデー」とかいって3連休を取るために、あの歴史的な感動の「東京オリンピック」の開会式の記念日をずらしちゃったんですねえ。まだ小学生だった僕は、あのファンファーレの音階や、美しくデザインされた亀倉雄策の手によるポスター、日本の美意識と選手たちの美しい緊張のバランス感の表現に感動したものです。開会式の目玉、多分日本ではじめて公式の場で奏でられたシンセサイザー!「富田勲さんの電子音楽が奏でられております。」というアナウンサーの絶叫に、子どもながら、すこし「さぶっ!」と引いたが今でも忘れられません。

まあそれほど僕たち世代に、東京オリンピックが投げかけた様々な、表現力。言うなればヴィジュアルアイデンティティのようなものは、大きくてすばらしいものだったと思います。これでデザインを目指したのだとは言いませんが、たぶんにデザインとイベントの美しいバランスというような潜在意識は持つようになったんでしょう。さあ、これからオリンピックではないんですがナショナリズムの台頭が目覚ましくなり、世界同時右傾化が進みそうな気配です。まあそれも百歩譲るとして、今度のアフガン空爆、間もなく地上部隊の投入に出口はあるのでしょうか。もう軽く氷点下のあのエリアで、上手くいくとは思えないのですがねえ。また泥沼化、世界経済の実質的な破綻。世紀21の最初の主役は、間もなく現れますね。

きょうの一枚
コントロールフラッグです。FIAの公認ラリーではこうした規定の図のコントロールフラッグが使われます。でも計時とスタンプマークが並んでるのってあり?


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No.0362 – Organisation Voice 2001/10/09

皆さん、ご無沙汰を致しております。今日は久しぶりに自分のデスクで、自分のパソコンに向かってOVを書いています。振り返れば、この数週間は世界的にも驚くべき衝撃の日々となってしまいましたね。世界の趨勢や人間のありようなど、いろいろと考えさせられたりしたことや、恐竜の化石探査の事、等などをいろいろとしたためて見ようと思います。

さて、僕の愛読書?サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」では冷戦崩壊後の世界秩序について詳しく述べてあります。まさにこの書こそが、衝撃であったわけで、今回の戦慄のテロは、言ってみれば彼の予言が、そのまま現実のものとなったともいえます。つまり世界の中にいくつか存在する、全く理念を異にする文明が、衝突をしている訳です。正義とかじゃなく信念の部分なんですな。

ところで僕が驚いたのは「報復」という言葉、どちらかというとこのイスラム的な言葉が、日本やアメリカなどの民主主義国家の新聞の一面を賑わせていたことです。つまり民主主義の精神では連鎖が連鎖を生む「報復」という行為は既に過去に排除されたのではなかったんでしょうか。じゃあ身内を殺された被害者の家族は、司法に委ねることなく、自ら加害者や、それを匿っているかも知れないと思われる人を攻撃する事が許されるのでしょうか。近代社会ではこの報復という行為を、排する事で秩序を保ってきたのではないんですか。例えば関税を相手国がかけてきたので、報復関税をかける!なんてのも民主主義的には違和感を感じていたんです。かつての AMD構想「もし核攻撃を受ければ必ず報復の核兵器が打ち込まれる、相互破壊確証システム。」これもかつてアメリカが莫大な予算をつぎ込んで進めてた話で、その考え方こそ違和感なんて言葉では言い表せないほどのものを感じていました。

実際のところ、今回の事件とその後の対応について正しく表現するならば「犯人逮捕のために、武装した警察隊を派遣する。」とするべきでしょう。巡航ミサイルなどを打ち込む事に意味があるのでしょうか。こうした無差別に見えるような(そうであっても、そうでなかったとしても)形の報復攻撃こそ、彼らテロリスト達が待ち望んでいた事のように思えて仕方がありません。

今回のテロが許されざる行為です。しかしあえてアメリカには言いたい。彼らは今まで一度もしたことのない反省をするべきでしょう。かつてネイティブ・インディアンを大量虐殺して国家を建設した彼らは、たとえば東京大空襲で 10万人の市民を焼き殺し、広島・長崎では 30万人近い一般市民を、殺戮し尽くしても「正義、当然である」と貫き通さなくてはならない程度の脆弱なアイデンティティしか持たないのです。それがアメリカの悲しさで、アメリカが背負う十字架なのです。アメリカという独自の民族を持たない国家は、その存在の理由を民族主義に見出せないが故に、正義とか勇気とか、または星条旗という、本質を見えにくくするものに頼らざるを得ない弱さを持っているのではないでしょうか。たとえば大きな町内に、大きな屋敷を持つおせっかいな一家がいて、端っこのほうのおうち同士のトラブルにも必ず首を突っ込んできては、自分ちの論理や、自分の利益だけで「うちは町内の警察である。」なんていってる状態なんです。ところがそこには、そのおせっかいな彼らがやってくる前から、営々と続く過去や歴史、そしてそれを裏打ちする新興の一家からは「おかしい!」と思えるような、蹉跌があるわけなのです。今回ほどアメリカのおごりを感じた事もなく、しかし真に犠牲になった方には心からの哀悼の意を表したいと思います。

そして、21世紀があの血塗られた20世紀の反省の上に立ち、真の平和の時代を求めていくエネルギーに溢れる世紀となる事を心より望みます。

さて、モンゴル恐竜の谷、ここには驚くほどの、未発掘の化石がウヨウヨあるようです。日本モンゴル合同調査チームを組んで、本気で発見に向かいたいものだと思ってます。
 
きょうの一枚
先週撮影ほやほやの初冬のゴビ砂漠。昼は暖かいのですが、夜はトッテモ寒いんです。


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No.0361 – Organisation Voice 2001/10/05

皆さんハジメマシテ。山本です。って誰よ?って思ってる方がほとんどだと思いますが、自己紹介するほどでもないので省略。今週コースの後片付けで梼原に行って参りました。その作業中、地元の村田さんからなかなか魅力的なお話が。 ある人の知り合いの家付き約5000坪(うろ覚えでごめんなさい)クラスの土地がでン百万の範囲で購入できるらしいんですよ。梼原町の住宅事情というテーマでの講義に、僕とあんちゃんことあんちゃんは「もう梼原住んじゃう?」なんて、現実逃避指数(注:洗濯指数のような物と考えて下さい。別名「人生の楽園」指数)がMAXになってしまったわけです。

しかししかし、入社してようやく1年。まだまだ見たいイベントや行きたい場所があるですよ。初開催のTOUR DE NIPPON、これは絶対に見たいし、モンゴルではあの感動をもう一度。そういえばカメラ壊れて写真撮ってないし。そして初めて梼原を訪れて思ったけど、四国のこともまだまだ知らない。僕が梼原町の住人になるのはもう少し先のお話ですな。

きょうの一枚
さて、恐竜の化石は発見されたのでしょうか。


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No.0360 – Organisation Voice 2001/10/04

突然なんですがアフリカツインがついにというかやっぱりというべきか生産中止になってしまうそうです。年間250台(国内仕様)ほどしか売れないバイクに排ガス規制をクリアさせることはやはり難しかったのでしょうか?。企業としては当然の決断、でもアフリカツインばかり47万キロも乗ってきた僕にとってはなんとも寂しいニュースです。

地球環境も大事ですがこのまま排ガス規制をクリアするテクノロジーを先延ばしにしていると、日本が世界に誇るオートバイ産業も衰退の一途をたどっていくようで心配でなりません。

なんだが暗い話になってしまいましたがひょんなことからOVを書くことになってしまった治武でした。

きょうの一枚
先だって行われたY2Eからのひとコマ。
ゴォ、ヨン、サン、ニィ、イチとなんともかわいらしい声で送り出してくれるスターターが登場したY2Eも今年で17年目。昔はムサイ男のスターターばかりだったんですけど・・・・。すべてのSSでこのスタイルを採用してほしいと思ったエントラントは多かったハズ。


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No.0359 – Organisation Voice 2001/10/03

今モンゴルの南ゴビのオアシス「ゾーモット」にいます。テレビ撮影のためなんですが、今月の3週目の土曜日のテレ朝午後7時から8時の間に放送される予定です。ハプニングの連続で、いつものラリーや、試走の時のようにうまくいきません。季節も問題なのですが、明るい時間帯に撮影、暗くなってからの移動、食事の用意、その他もろもろが大問題です。

やっと時間を見つけてパソコンに向かっています。雪の徹夜の峠越えには、なかなかシビアなものがあり、苦渋を極めています。ただ、ここが暖かいのが唯一の救いといえば救い。今週中には帰れるといいのですが。

きょうの一枚
21世紀、その神々の宿る大地その3
「ゾーモット」って、とても不思議な場所です。みんなで来年一緒に行こうよ。


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No.0358 – Organisation Voice 2001/10/02

今日は一日秋晴れ。大好きな季節となりました。SSERの事務所に届いたおいしい『梨』、中山名産の大きな『栗』。あとはあぶらの乗った『さんま』を食べなきゃと思っています。秋好きの私にとって不覚だったのが、昨日の十五夜を見忘れていたこと。でも今夜は雲ひとつない最高のコンディション。帰りにおだんごでも買って十六夜を楽しむとしましょう。

来月11月3.4日は、紅葉美しい信州にて「ガストン・ライエ ミーティング」、翌週10.11日には、秋空すみわたる久万町で「ガストン・ライエ クラシック」。みなさまのお越しを心よりお待ちしております!! 本日のOV担当:みよぞう

きょうの一枚
21世紀、その神々の宿る大地その2
ゾーモットは夏のままの姿なのでしょうか。冬は冬なりの美しさがあることでしょうね。


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No.0357 – Organisation Voice 2001/09/28

しばらくOVがUPされてないんで、僕が疲れ果ててるだとか、よからぬ噂が流れてませんか?で、実は明日から、再びモンゴルに出かけます。世情が世情なだけにHPにいつでもアクセスできるパソコンとインマルサットを持っていこうと考えていて、ところがインマルサットが入手困難なほど出払っていて大弱り。ようようのこと手に入れたので、あちらからもOVを上げれるように頑張ります。もちろんモンゴルはもう冬、氷点下のキャンプをする訳ですけど、どんな旅になる事でしょうか?


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No.0356 – Organisation Voice 2001/09/25

The17th-SSER-yusuhara2days-enduroは、驚くほどの好天のうちに終了しました。今年もたくさんのドラマを、大変ありがとうございました。お詫びしなければならないのは、コーチバス及びギャラリーステージが、ちょっとイマイチだった事でしょうか。そこで、今のうちから約束します、来年は桟敷席とまでは行かないまでも、「これでもか!」というギャラリーステージと、快適で面白い観戦スペースを用意いたしますので、来年は是非にぎやかにやりましょう。まるで林道内に突如出現するビアガーデン!お楽しみに。


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No.0355 – Organisation Voice 2001/09/20

昨日は、早朝からどっぷりと日が暮れるまで、梼原の山の中に居りました。民宿「友禅」のおばちゃんにお弁当を作ってもらって、コースマーク設置の長旅です。もちろん一日で終わる訳も無く、今日も朝から1班が、繰り出しています。

で、思ったんだけど、川べりの木の陰に、腰をおろして、せせらぎの音を聞きながら、そう、風はとっても涼しくて気持ちよくて「これ仕事でこんなことできる人生って 幸せだよねえ。」「ホント、そう思いますよ。」と皆でまったりとしていた、って言うお話。ビッグタンクの春木編集長(ラリ-ストですよ、まったく)も明日の夕方の便で四国入りすれば、HINOの菅原さんは、あさって早くに四国に入ります。いよいよ17回SSER-YUSUHARA-2DAYS-ENDURO、始まり始まり!

きょうの1枚
発売予定のRRM2001CD写真集からの一コマ。RRM2001最終ETAPのスタート風景です。RRMでは珍しい夜明け前のスタート風景で、(朝6時スタート) この時気温は約8度前後でしたので重ね着をしないと寒いです。最終ゴールまでもう少し。


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No.0354 – Organisation Voice 2001/09/18

明日から僕は、梼原にコースマークをつけに行くのら。もう何年ぶりか!という作業なのである。考えてみれば、このコースマークをつけるという作業と、コマ地図を書くという作業ほど、あまりにも特殊にすぎて、SSERならではという仕事もないだろう。つまり、これらのイベントオーガナイザーの能力は1.杭を打ち続ける体力があり、軽トラで山道を走らせると右に出るものがいない。2.絵が上手くて、あっという間にコマ図のイラストを書いてしまえる。などなどなのです。

しかしまあY2E-17年目のSSER、よくもまあ延200Kや300kmといった道のりにコースマークを打ち付けていけるもんだとほとほと感心しちゃいます。今年エントリーされる皆さん!今回のコースマークは、ほぼ10年ぶりに僕がつけるんですから、ちょっとおかしくても「ごめんなさいね。」

きょうの一枚
RRM2001CD写真集からの一コマ。オフィシャルカーであるところのX1トラックです。全員の荷物を満載して全行程一緒に移動していました。日本ではなかなか見ることができないボンネット感溢れるボディですがこれがまた逞しいんですよ。


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No.0353 – Organisation Voice 2001/09/11

先週は、東京に出張していて、いつもは持っていくパソコンを持っていかずOVの更新を随分怠けてしまいました。ごめんなさい。でもって帰るやその足で梼原町へ、先の豪雨で寸断された林道のチェックと草刈。でもこのあと1週間は好天が続きそうです。そんな事よりも、やっぱりOVを書く手を止めたのは、アメリカから伝わってくる凄まじい映像。言葉はありません。

さて、最近の東京出張では、決まってBMW JAPANを表敬訪問しちゃいます。で、今度のガストンライエミーティングに、市場用のマシンを出して!とか。でなんと土曜日のラリーでは、1位の賞品はなんと!BMWオフロードライディングウエア 一式を!(サイズは、後で取り替えてくれるんだって)2位はブーツ(たぶんカラハリブーツ)最近妙に気になる存在、もちサイズは取り替えてくれるそうな!ボクはこれを狙おーっと。その他も賞品がいっぱい。そうそうロッキースポーツにも連絡しなきゃね。MSRのゴアの上下とか出ないかねえ。それにしても、ガストンライエ・ミーティングのエントリー状況はすんごいです。いそげ! 話は変わるですが、僕は今月末から、ゾーモッド、恐竜の谷にTV番組の制作協力で恐竜に化石掘りに行ってきます!いいだしょ!

きょうの一枚
TBI版が大好評のCD写真集ですが、まもなくRRM2001編も登場予定!。お楽しみに。


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No.0352 – Organisation Voice 2001/09/11

 

人気の「女たちの闘い」実は「続きを早くう」って言うリクエストと「ヤメテー!」というふたつの意見があるのですが、なんとスクープ映像が出てきました。これは連続写真で 10カット以上あるんですが、デューンの峰の上を気持ちよさそうに走っていたところ、ゴロリッといってしまいました。カメラマンは車から出てくる姿や表情を押さえようとするんですが持っていた玉に限界があって、(次のカットからはッぐっと寄ってるんですけど、)車から出てくるところのパニクッた表情が、撮れてませんねえ。

 

 

 


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No.0351 – Organisation Voice 2001/09/10

ガストンライエミーティングを発表するなり、とても多くの人が申し込んできて頂いてるのに驚きつつも大変喜んでいます。ガストンは、というとRRM2001のエタップ5で負傷した、肋骨の怪我も「もう大丈夫!」とのことで、「本当かなあ4本も折れてたのに」と思いつつエアチケットを送りました。

今回も2週間日本に滞在する事となりますが、僕は何日も彼と二人で過ごさなければならず、二人で高速道路を走ろうものなら、おしゃべりがすぎて、気がつけばパトカーなんか追い越してしまったりして捕まってしまいます。そのくらいガストンは、話し好きなんです。今回は彼の友人で、今年のモンゴルにも来ていたジャンピエールも誘おうかということになってて、もしそれが実現すれば、少しは僕も楽になるかも。

さて、そのガストンライエミーティングなんですけど、今年もBMW-JAPANのご協賛を頂く事になりました。頑張って走って豪華賞品をもらいたいもんです、僕も。で、集合と出発それにゴールも、白馬アルプスホテルです。次の日は関東方面と関西方面に途中から分かれてツーリングです。帰り道に近い高速のICで解散です。ぜひこぞって参加してください。

そこでお願い、ホテルにもぐりこむのを、やめてくださいね。1日目はコマ図ラリー形式でタイム設定(これが厳しい!)ありです。もちCPも4箇所くらい作ろうかねえ。といったところ。そしてその次の週は、ガストンライエ・クラシックです。どうぞ、こちらにもどしどしお越しください。ああ、なんて僕は忙しいんだ!業務連絡!明日から東京出張。

きょうの一枚
梼原の会場、新しくなったのでこうして測量して、「よし、ここはパルクフェルメだ」なんてやってるんですね。ハイテクでしょ。


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No.0350 – Organisation Voice 2001/09/07

ツールドニッポンのサイトでは、全国各地の林道やクローズコース、宿泊地などの情報を求めていたところ、既に多数のメールを頂いております。今回は必ずしも全部を反映していく事は出来なくてもこれからズット続けていく中では、こうした情報の蓄積ほどありがたいモノはありません。どうかさらにどしどしと情報をお寄せください。そして、どしどし参加の申し込みを!9月10月のエントリー申し込みには、無金利10回分割などのコースも考えているそうな。

そうそうモンゴルの8回大会、2002年でも早期エントリーの特典として24回分割・無金利なんてのも計画中!しかも「マシンごとローン」というのもバイク屋さんとタイアップして検討中!目指せRRM02!バイク100台!夢かなあ?興味のある方はメールで。

*マシンごとローンは、バイク2モデル、改造範囲2タイプ計4つのルートから選べるフルパッケージ。エアチッケット、現地の宿泊、マシン輸送とエントリー費全てインクルーズして、パッケージ化したスーパーバージョン。ツールドニッポンの無金利分割払いは10月までの受付で、11月から翌年の8月までの10回分割払いが可能です。また詳細は間もなく発表できると思います。

きょうの一枚
例の激しい「彼女たちの闘い」は、このシーンに象徴される結末を迎えるのだが。ここではわずかに先行する近藤号が転倒。そのシーンを見たか見ないか宇賀神号はこの直後に大スタック。さてどちらが先に脱出するのか、そして近藤号に残る転倒の後遺症は?


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No.0349 – Organisation Voice 2001/09/06

OV、思わず2日もお休みしちゃって。ホンとは書いたんだけどアメリカのミサイル防衛網構想がどうしたとか、おかげで中国の核増強を容認してるだとか、経済がどうだとか書いてて、相変わらず訳がわからなくなったので止めちゃったんです。

さて、ついにツールドニッポンのプレエントリーが届き始めました。なんていうかドキドキしますねえ、新しいイベントに取り組むって言うのは。初めてのTBIのときも感じたんだけど、イベントのその前の日当たりから、見慣れた松山の風景がいつもと違うように見えるんです。気持ちの高揚がそうさせるんでしょうキット。なぜイベントをするのかの、ひとつの答えのようなものかもしれません。連続的な日常、そして競技をするという緊張感のある日常。イベントのその場に満ち溢れる非日常の、昂揚感と空気。キットそんなのが好きなんだろうなあ、と思うね。SSERも間もなくだ。秋のシーズンにイベントが偏ったような気がするんだけど、みんな「あの緊張憾の中で見る風景は、ほかには無いものがある」よね。


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No.0348 – Organisation Voice 2001/09/03

日本に帰ってからは、驚くほど涼しい毎日が続いて、ついには9月になってしまいました。9月といえばSSER-YUSUHARA2DAYS-ENDUROじゃないですか。梼原は、すっかり秋めいてきました。昔々は初秋のイベント!って感じのSSERだったんですがねえ。

そんなこんなで今年 17年目を迎える訳ですが、はっきり言って「良くぞこの幾歳月!」って感じです。あの時に深夜まで手を振って応援していた小学生が、今はスタッフになっていたりするのですからねえ。しかもその彼が、このサイトのウエブマスター!20代の青年だった僕も、気がつけば忍び寄る半世紀の年月。てな訳です。そしてこうしたイベントを続けていくのに欠かせないのが、ボランティアのオフィシャルスタッフの存在なんですが、これも年々の高齢化?の影響で厳しくなってきました。

そこで、次世代のオフィシャルスタッフを募集します!「求むハードボイルドな男手!無報酬、暗く困難な仕事、成功の暁にも栄誉は無く、ただ困難に立ち向かった、という気概のみ。」モンゴルの大地を深夜一台のクルマで、明日のCP設営のために向かう。そんな男たちの集団でありたいと思っています。これからさらに困難で、立ち向かうのに勇気の要る、そんな事をやっていきたいものです。


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No.0347 – Organisation Voice 2001/08/31

昨日は、梼原に出かけてきました。新しい大会会場の設営のためにレイアウト図面を書かなければいけないのです。もちろん電源や水、トイレといった、いわゆるライフラインの計画も立てなければなりません。パルクフェルメの位置、サイズそして車検場(これは1ステ2ステ間のワーキングエリアにもなります。)メインステージの位置とサイズ、それらの照明や装飾。大会本部の位置、無線のロケーションの問題、食事供給用のテント村の位置とライフラインの構築。こうして新しい会場は、予想のほか大変な手間とヒマがかかります。少し狭いんですけど、またその良さを生かしたレイアウトと装飾を考えて、盛り上げていこうというわけです。

こうしてSSERのイベントに関わらず、ラリーレイド系のイベントでは、キャンプまたはビバークと呼ばれるニュートラルなスペース(つまりチェックカードを持ってない時間を過ごす空間)は、ことのほか大切なんですね。さて今年17年めのSSER(YUSUHARA 2DAYS ENDURO)お楽しみに。

さて女の闘いの続きは、また来週!間もなくガストンライエ・ミーティング信州、ガストンライエ・クラシック(グループN)や12Hr・ENDURANCE(間に合うのか10月!)ツールドニッポン2002、RRM2002といったイベントのインフォメーションが続々アップの予定。僕はこれ以外にも「松山市のなんとかかんとか」の企画書だとか、大型の博覧会イベントの企画なんかを抱えて、忙しい?んです。あっそう「梼原には水着を持ってくるべし」梼原の「雲の上のプール」は是非一度お試しください。


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No.0346 – Organisation Voice 2001/08/29

そう、忘れてた。帰ったら一番にこのOVに書こうと思っていたのは、なにを隠そう「女の闘い」なのでございますよ。いや、けっして茶化して言っているのでもなんでもなく、心からの敬意と、しかも感動を持って語ってるのです。いや、それにしても実にこれが面白かったです。 主催者という立場ですから、その立場以上のコメントは本来差し控えるべきなのですが、この際ですから少々オーバーシュート気味になっても、お許しください。

で、その闘いを演じたのは「宇賀神まゆみ Vs近藤聡子」宇賀神さんはご存知のとうり日本人女性ただひとりのキャメルトロフィー日本代表。近藤さんは、ラリ-レイドの既に世界的権威「日本レーシングマネージメント」の看板娘にして自らも4駆レースを走る、まあいわば、その道の専門家のおうちからやってきてる。で、二人のマシンは、ほぼ同スペックのビッグホーン。聞くところでは宇賀神さんのマシンはエンジンが快調らしく、いい音してる。一方、近藤号は、ボディのリア部分をすっぱり切り落として、思い切った軽量化(100㎏以上らしいぞ)でアドバンテージ。つまりまあ互角。で、初日から300kmを走っても、500kmを走っても、まあ秒差の日々が続きます。

CPでも「車見えました!」って言う後に、必ず二台がやって来るんですね。最初はランデブー走行をする作戦なのかと思うくらいでした。でお二人に「どう?」って聞くと、お一方は「いやもう危ないから(スピードを)落とそうと思ってるんですけど、」もう一方は「へー、そうなんですか?」と冷静でも目はギンギン!

で事件はETAP-3のRCPで起きちゃいます。ヘリで上空まで行くと「まだ4輪は来ないだろう」なんてのんきに飛んでたら、すごい勢いで2台が超接近戦をやってる「誰だあれは?」だってすごいスピードで走ってるんですよ。で、ヘリがRCPに着陸してるうちになんとその2台は、RCPに到着して1台は給油に並んでるんだけど、もう一台はCPフラッグのあるピスト上に止まってる。CPのオフィシャルスタッフが「オカマほっちやったすよ!」「ゲゲー!」このお話は続く。かも知れないし、怒られて止めちゃうかもしれない!続きが知りたーい?


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No.0345 – Organisation Voice 2001/08/28

ツールドニッポンの試走に使うクルマをどうしようか?とか、そろそろSSERの本部用のコースター(マイクロバスね)を何とか新しくしなきゃね?と言い出したもんだから「あれがいい!これがいい!」と夢のような話は出来るのですが、さすがに予算は厳しくて「何とか直して使えんか?」というような結論になりそうです。でも全国縦断林道の旅!をあの極悪燃費のプロシードでやるのもねえ?そのうえ度重なるSSERのイベントで疲弊の極み!ナのです。どうか日本のカーメーカーにご勤務のあなた!社内で企画書を上げて「ツールドニッポン・オフィシャル車両貸し出しの件お伺い」なんて稟議書ってどうよ。OスミさんX5なんていいんですけど!

それからツールドニッポンはもうすぐHPを大量に更新する予定ですよって、お楽しみに!また各地のオフィシャルや試走のときの道案内?の同走メンバーも募集しちゃいます。さて、ところでYUSUHARA 2DAYSだっ。楽しみ楽しみ。ねっとりとしたルートをこしらえときます ね。今年は気合が入ってます。メイン会場も変更してイメージも一新だから、間もなく締め切りのエントリーに遅れないようにね。

きょうの一枚
今日からしばらくは、終わったばかりのRRM2001からきょうの一枚をお送りします。4輪部門でひたすら目立つ存在だったのはチームスガワラの4輪バギー(ドライバーは菅原照仁さん)。エンジンはホンダのACTYベースだそうで,制作期間2ヶ月の大作です。

No.0344 – Organisation Voice 2001/08/27

暑かった8月ももう終り、いよいよ9月。YUSUHARA2DAYS-ENDURO(17TH SSER)もカウントダウン。今年もたっぷりと用意されたSS。すっかり秋めいてきた梼原でお待ちしております。

それから、ツールドニッポンのプレレギュレーションが間もなく発表されます。検討に検討を重ねたアドベンチャークラスは、第1回大会はちょっと見合わせます。とにかくオペレーションの問題が、上手く解決できるかというところなのです。これから日本縦断のルート試走が始まります。全国の皆さん、あっちこっちでお目にかかりましょう。


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No.0343 – Organisation Voice 2001/08/08

カウントダウンが始まりました。間もなくラリーレイドモンゴル2001、7年目の大会がスタートします。石の上にも3年のはずが、もう7年。参加者は決して多くなく、運営にかかる負荷は、かなり厳しいものがあるのも事実です。しかし、「なにを目的に、実施するのか。」と常に問い掛けています。日本の企業の多くがかつて取り組んだメセナだとか、社会貢献活動なんて言うのは景気が良かったから言ってただけの話だったんでしょうか。それにつけても薄っぺらいなあ、と思わざるを得ません。

かつてバブルの時期に「経済は一流、政治は二流」なんていっていた人たちは何をしてるんでしょう。企業は自分たちのことのみを考えて、人のことなんて考えてられません。そうすると、あの悪そうな政治家たちですら、少しは天下国家のことは考えているでしょうから、経済界の人たちは「ごめんなさい」と言うべきではないでしょうかねえ。

なんて言うのも苦しい苦しいと言いながらモンゴルを続けてる僕の心の支えみたいなものなんです。「そこのあの大地がある限り、なんとしてでも続けたいものだと思うのですが。」


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No.0342 – Organisation Voice 2001/08/06

モンゴルの準備の忙しさにかまけて、気がつくとこの何日もOVを書くのを忘れているではないですか。やっと、ラリーの様々な制作物も目途がたってきたようで(ほんとに驚くほどたくさんの準備や制作物がある)オフィシャルウエアから車両ゼッケンにいたるまで、コマ地図の印刷からチェックカードの印刷まで、本当にラリ-を作るというのは、気の遠くなるような作業の連続なのです。といいながら僕はそれらを横目で見ながら、また違う作業をしたりしてます。

ということで、もうすぐです。今日コンテナはヌフトホテルの敷地まで運ばれてます。静かに皆さんの到着を待っております。気の早い何人かの選手は、既にウランバートル入りしてますから明日からは作業にかかれることでしょう。われわれも金曜日には飛んでいきます。涼しい快適なモンゴルで、早く皆さんとお会いしましょうね。


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No.0341 – Organisation Voice 2001/08/01

猛暑ノ夏モもうしょっと。なんて洒落を言ってる場合ではないんですが、7月も終われば、暦の上でももう夏は終りです。このことから見ても解るとおり、すべからく、もののピークは、つまり「終り」を指し示しているという事です。南アでネルソン・マンデラが大統領になったときに「終りの始まり」という名言を残して、小賢しい企業の経営者たちも好んで、使っていますが。

山に登ってみると、また違う概念でものの、「あわれ」や「をかし」が解ります。頂上に立っている時間は短くて、頂上に立った瞬間いや頂上に立てると思った時から、いかに下るかを考えます。登るという事も、下るという事も似た事ではあるのですが、目標とする意識の違いがうかがえます。日本の企業のおかれてる立場とか、日本そのものの概念とか実に不思議でなりません。それはひとたび頂上にたったのに、いつまでも立ち続けたい、と願う気持ちからきています。

この夏、海外旅行に出かける日本人は、史上最高の1800万人だそうですホントカ。「国内は高いから、海外に行ったほうが安いよ!」あれあれ、どこかで聞いた言葉ですねえ!「で結局、イデオンでボッタクリバーにODAをしてしまう事になるんだよねえM藤さんたらさあ。」「安いから海外」そう日本の製造業が、吐き続けてきた言葉です。

さてその 1800万人が旅先でひとり平均 10万円を使ったとしますね、すると 総額は1兆 8000億円。多分それ以外にホテルだとかなんかでその倍近く使うだろうからまあ、この2ヶ月間で3兆円は海外に景気浮揚策に使われているようなものじゃないでしょうか?まあそれにつけても、なんにもかも日本国内は、高くなりすぎてしまって、全部が全部といっていいくらい海外製、やっぱり日本人は山から下り始めている事に気がつきませんねえ。でも自分の給料は高いほうがいい、でも使うのは、少しでも安くって矛盾してませんか?アメリカと日本が 歩んできた道のりを、今日本と中国が歩んでます。

デモ小心な日本人失業者は中国の旗を燃やしたり、ユニクロの製品を燃やしたりなんてシナイ、デキナイ、ヤラナイ!でしょ、アメリカより大人だからかねえ。僕は思う、今の国難。減税も増税も、国債の発行も何にもできない。構造改革は、その構造の複雑さゆえにマーズ出来そうも無い、どーかねケイタイの通話料にでも課税したらどーですか小泉さん!

そんな事よりTBI-2。無事に終わりました。800kmを走る、それも複雑なナビゲーションのしかもテクニカルな山道を!本当に健闘を讃えたいと思います。特に今年 60歳をお迎えになった菅原さん!ほぼ28時間以上オフロードライディングが続けられる体力と精神力には驚嘆!といわざるを得ません。2002年のパリダカこそは、念願の総合優勝を手にする事は、僕が保証します。人間に必要なコト、それは情熱を持つ事、そして実現に向かう情熱を絶やさない事。これが難しいって。


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No.0340 Organisation Voice – 2001/07/26

週末のTBI-2の準備にみんな力が入っている。800km24hr.Ave33.33km/hアドベンチャークラスの方から「どーすんですか?」というお便り。「さて。」


RRM2001ルートインフォメーション
ETAP-6 ゾーモッド~ゾーモッド
300.00km
「史上最難のエタップ」

このエタップは、作り上げた我々にしても、いまだ実施すべきかどうか悩んでいる。ゾーモッドを後に、南下する、おそらく気温は43度は越えるはずだ。そしてこの日ピストは全体の10%以下つまり30kmほどしかない。複雑なルートファインディング、行く手をさえぎる深い谷、降りると登ることの困難な岩襞の連なり、過去にここを通ったわずかな足跡は、20数年前の旧ソ連の科学アカデミーの恐竜発掘プロジェクトのみだ。

GPSの指す方向に行く術の無い局面に度々陥る、無駄に走ると300.00kmという奇跡の様なルートディスタンスが、胸を締め付けるだろう。RRMはじめて、これほど難しいルートはいまだかつて無かった。「しかし彼らはいつも私を驚かせる。」ティエリー・サビーネの言葉だ。

きょうの一枚
困難を友とすること幾星霜、今年のETAP-6ほど試走もきつかったのは記憶に無い。ゴビに残る我々の目標物、岩に巻かれたSSERの黄色のコーステープ。


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No.0339 Organisation Voice – 2001/07/25

ご安心ください、モンゴルに無事コンテナが到着したとの報が入りました。そのまま通関を済ませると、ホテルの敷地内に運ばれます。今回のスタート地点に用意したホテルは、以前にも発表しましたが、ウランバートル市街地と空港の中間点にあって、しかも山間に入っていきますから静かで、セキュリテイも万全といったところです。

さてルートインフォメーションは、いよいよETAP-5 バルンバヤンウラン~ゾーモッドの井戸まで613.27km(全SS)の長丁場で競われます。


8月17日 ETAP5 バルンバヤンウラン~ゾーモットの井戸
「無人の荒野に奇跡の井戸と木立、ゾーモッドに憩う」
SSERが昨年見つけた快適な砂漠のオアシス、誰もが憧れるゾーモッドの井戸、この日はそこへ向かう。前半は超快適なゴビハイウエイが続く、やがて川を渡るための橋を求めて北上。橋を渡ると一転ナビゲーションが難しくなり、CP,RCPを見つけなければ、この日は燃料の問題も大きい。そして一気に南下。ぐんぐんと緯度を下げていくと、本格的な乾燥地帯に入っていく。

かつてこのルートはゴビを越えて中国に向かう、交易の路だった。南の果てにまた違う文化があるという概念のモンゴルと、北の武力の脅威に怯えた中国のすがたをゴビ砂漠を中心に俯瞰してみるのも面白い。果たしてこの井戸に、幾千の旅人が腰をおろしひと時の、甘露な井戸水にのどを潤した事だろう。


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No.0338 – Organisation Voice 2001/07/24

暑いったらないねえ。ほんとに地球温暖化はナントカしなくちゃあいけないんじゃないんだろうか。猛暑ったって限界がある。ひょっとして今、地球上で一番暑いのは日本じゃないのかい。ウランバートルでCNN見てたら「世界の気温」あなたカイロやアルジェ、ジャカルタやクアラルンプールよりも高いじゃないか。地球温暖化っちゅうより日本温暖化じゃないのかい。


8月16日ETAP4バルンバヤンウラン~バルンバヤンウラン
283.12km
「奇跡の砂丘」

この砂丘を越えることは出来ない、マスターラリーのルート制作のルネ・メッジにアテンドした政府関係者が、そう語った。それは干上がった湖の南岸に聳える柔らかな砂の連なりだった。美しさは文句無い、そして見るからに巨大というものでもない。そしてランドローバー・デスカバリーを連ねたフランス人たちのチームは退けられた。

もちろんわれわれも果敢にアタックしたものの、いまだ経験したことの無い砂だった。この日この砂の連なりと、1つの山脈を反時計回りに一周する、ループコースだ。進行方向の左手に砂、右手にはドライレイク、ただしこのドライレイク薄皮の下はたっぷりと水を含んだ、マッドである。

砂を行くか、ドライレイクを行くか?判断はしばしば、あなたに委ねられる。


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No.0337 – Organisation Voice 2001/07/23

今週末はいよいよTBI-2、なんと走行距離は800kmになっちゃった。24時間でこれを走りきる。ちょっとインフオメーション不足で、参加者が全然伸びずに、なんと35名!モンゴルと同数!でもこのくらいの人数は、こうしたイベントの場合、ある意味ではとても面白いのです。というか、楽しいんです。僕たちもそれにお応えできるように頑張りますので楽しい、24時間にしましょう。 さてRRM2001ルートインフオメーション続報。


8月15日 ETAP-3 アルベイヘール-バルンバヤンウラン
318.47km (L/18.87km SS/299.60km)
「CAP180、蜃気楼に草原の覇者の姿を追って」

この日は、短いリエゾンで北に向かうSSのスタートに並ぶ。そこは緑とハンガイ山脈の織り成す、優美で美しい叙情的な景観の中だ。

かつてのシルクロード・天山北路、ステップ路はこのあたりで複雑に別れる。季節によって道を選ばなければならなかったからだろう。そして南下を始める、大きな建設中の道をクロスするのがポイント、そこからはひたすら南下を始めると、草原の彼方ゴビに立ち昇る蜃気楼があなたを迎えてくれるだろう。その中にかつての草原の覇者たちが見えるだろう。チンギスハーンの一族たちが駆け抜けたこの大地、北に南にそして西に、広大でさえぎるものを持たない大モンゴル中央部、まさにゴビハイウエイの旅だ。

あなたの駆るマシンが、時空を遡りはじめる。そうここは全ての概念が、全く新しく、突然目の前にモンゴル軍の大軍勢が現れるような気がしてならない。


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No.0336 – Organisation Voice 2001/07/18

昨日は、打ち合わせに向かうために事務所を出たところ、西の空がにわかに掻き曇って、すさまじい雷雨。「すごいやねえ。」「いやいや結構毎日こうなんですよ」だって。それにしても激しすぎる、確かに昔からこういうのがなかった訳ではないのだが。連日の異常高温。その異常な高温で熱せられた海水は大量に蒸発して、上空で大量の雲を発生させる。そして大量の雨になる、はたしてその熱量が大きすぎるのか。

毎年水不足に悩んでる松山の、たった一個の水がめ「石手川ダム」は、当然の厳しい取水制限をしてるのかと思いきや、さにあらず。当局関係者にとってはめでたくもあり苦々しくもある放水を続けてるみたいだ。

そういえば僕たちも試走中に、いまだかつて経験した事のない規模の強烈な砂嵐に遭遇した。エタップ3のビバーク予定地での事だ。設営を終えて、食事の支度にかかった頃からそれはやってきた、まるで鳴り物入りでやってくる戦慄のチンギスハーンの大軍勢のようにだ。それは、すべてのものを地上から剥ぎ取れとばかりに暴れ回る文字どうりの暴風と、大軍勢の馬が後ろ足で巻き上げるごとき微細な砂の粒子の襲来。もちろん全身には砂つぶて?が襲い、痛い!サンドブラストを掛けられてるみたいだった。

嵐が行過ぎた後、すべてのものの全ての場所は、砂の侵入を許していた。地上から剥ぎ取られたり、剥ぎ取られそうになったほとんどのものは人の手によって作られたものであることは間違いない。翌日もこのサンドストームは続き、砂の中で 1メートル先も見えなくなって立ち往生してしまった。自然の力も、日本とは比べようにないなあ。と思ってたら、この横殴りの激しい雷雨。日本の気候も、だんだんそれらしくなってくるのでしょう。こいつらには立ち向かうだけでは勝てない。上手く力を逃がせて、飄々と風になびく姿勢も必要かもしれない。


8月14日ETAP-2 ウンドルシレット~アルベイヘール
588.16km(ALL/SS)
「ゴビ、ラマ達の歩いた砂漠」
ウンドルシレットのビバークを後にひたすら南下を続ける。そのダイナミズムはET-1にも共通である。今年、モンゴルは革命80年を祝った。その革命とは、清朝末期の中国からの独立のようなものであっただろう。ロシアの力をたよってモンゴルは世界で2番目の社会主義の国となった。

しかし以来ロシアは、宗教的な弾圧を行った。チンギスハーンは、あらゆる宗教を容認したのに比べ、はるか後世の近代国家ソビエトが弾圧をする。そんな弾圧を受けたのがチベット仏教。その僧侶ラマ達は、苦難の歴史を刻み始めたのだ。その歴史に残る寺院のある草原の町を越えて、彼らの歩んだ足取りを丁寧にトレースしてみると、草原とゴビのはざまに、殺戮と信仰、信頼と恩讐、そんな20世紀の生んだ人類にとって最悪の世紀の姿も、静かに大地に帰ろうとしているのだ。

アルベイヘールが近づくと、再び緑の濃度が蘇ってくる。足元にエーデルワイスの群生がある。


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No.0335 – Organisation Voice 2001/07/17

ラリーレイドモンゴル2001、ルートインフォメーション 「その神々の宿る大地」


8月13日ETAP-1 ウランバートル-ウンドルシレット
361.87km(L:20.19KM /S:341.68KM)
「序章、神々が草原に降り立った。」

ラリーは、モンゴルの首都そこは年を追って目覚しく発展していくウランバートルの南にあるヌフトホテルにスタート地点を定めた。1995年の記念すべき第1回大会と同じである。参加者の車両を詰め込んだコンテナも、このホテルの敷地内まで輸送してある。このホテルは社会主義時代には国の迎賓館として使われていたもので、近代的な快適さこそ望めないが山あいの草原の谷間にひっそりと佇まい幾たびか20世紀の国賓を招いて、東側の一員として参加していた国のテイストが伺えるのだ。

ホテルをスタートすると短いリエゾンで舗装路を消化しながら、緑濃い草原の道をまっすぐに南下する。やがて乾燥地帯が近づく頃、そのふたつの気候帯の、まさに縫い目に沿って西へカップチェンジする。大きく西に日が傾くまでにはCAP310で、ビバークの待つウンドルシレットに到着する。この日は誰がどういう力を持って、かかる奇跡の大地を作り給うたか、まさに今21世紀の新しい戦いの幕開けに、その地にいま神々が降臨する。さあ、その祝福を受けるのは果たしてあなたか。


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No.0334 – Organisation Voice 2001/07/16

今日から何日かで、ルートインフォメーションをお届けする予定にしていましたが、久しぶりに出社するとまあ、忙しいの何の!席に座る暇もないんです。従って本編はあすから!って事でごめんなさい。

それと「彼方へ」も間もなく復活しますからね。あとモンゴル人スタッフの通訳のジャンガル君の弟ホンゴル君が日本語で書いた短編小説も間もなくこちらのサイトでご紹介します。なかなか素晴らしいのでお楽しみに。


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No.0333 – Organisation Voice 2001/07/13

試走を予定より早く終わらせることが出来て、無事にウランバートルへ帰ってきました。試走中は日本から持ち込んだインマルサットの調子が悪くてデータが送れないばかりか、日本のニュースも全て手に入れることが出来ず、情報の時代に情報が送受できないという事が、かくも不安である、という事を身にしみて再認識させられました。

しかし連日、夜明けと共に起き出し15時間以上ぶっ通しで走り続け、少なくともコマ地図の回数だけはブレーキングをし停車、ピストクロスや分岐などは思わず通り過ぎてバックすることも度々なのですから、燃費も悪くなるし試走の1号車のクルーの疲労度も大変なものです。そのうえ連夜の設営,食事など全くもって休まるヒマが無いんです。そんな時に情報のやり取りが出来なかったのは良い点も悪い点も考えられます。これから少しずつルートの話などを進めて行くことにします。来週からね。

さて、今回は星のお話しをしましょうか?あっいや、こういう分野は多分に専門的な方が見ててまた「おかしい」とかってクレームをつけて来ることでしょう。でもモンゴルの大草原の夜、みんな寝静まったシュラフから抜け出して夜空を見上げるとまさに天井の底?が抜けたような星空です。宇宙の起源は100億年前だと言われてます。ビッグバンだとか特異点だとか、ホーキングの理論や、時間とか、いろいろな事を考えて行くと、本当に真の真から宇宙の存在もとんでもないものでしょうね。

日本に帰ったら今度は少し、そんな話も考えてみたいものです。「われわれは、どこから来て、どこへ行くのか?」と考えると先のO.Vにも書いた国とか国境とか、イデオロギー(もう使わないか)とか、たいした問題じゃないや、と考えられるんです。それにしても今回のルートはそんな思いを持って作りました。また今までと違うモンゴルの魅力が紹介できそうです。

*先日まで掲載しておりました、「SSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。」の続編は、THE TALKにて残りを掲載していきます。お楽しみに。


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No.0332 – Organisation Voice 2001/07/12

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第5編をお届けします。


美しい星空に想う。
7月24日10:00。デューンのビバークをスタート。#12ガズトラックとテラノの2台でビバークから約30kmの地点でストップしてる#13トラックへ向かう。#13トラックのダワさんは何とか修理を終えて走れるメドは立ってる様子、でもまだ少し時間がかかりそう。私は玉子スープとアルファ米のおじやを作って朝食の支度。菅野さんはトイレットペーパーを持って小旅行へ。山ちゃんは馬にまたがり乗馬のオプショナルツアー。松田君はカメラ片手に散歩と少しばかりのんびりした時を過ごした。11:30さぁ次は#14トラックが待ってるトコロへ行かなくちゃ。で、合流。でもまだ修理中。

ETAP3で通ったテスの町に到着したのが20:00、今晩はこの町でビバークして明日は早朝から移動をかけることにしてもうダウン。川のほとりでビバーク。夕食のMENU、カレーとコーンスープ、アルヒと山ちゃんのウイスキー。23:00後片付けも終わってさぁ寝よーと思って空を見上げてビックリ。あまりもの美しさの夜空。菅野先生の星座講習が始まる。天の川も素晴らしいし、いったいどーしてこんなに美しいんだろう。日本も昔はこーだったんだろーか。この星空を毎日眺めれれる人がいて、一生に数度も眺められない人がいて、不公平なこと。

ETAP6のビバークとレストデイのオリアスタイには何としてもエントラントよりもHeliよりも早く着きたい。そして完璧なビバークを設営して選手達を迎えてあげたいと心に誓いつつ眠りにおちていった。後半戦をいかに第1本部隊は闘ったのか?つづきは次号のPRESS(11月8日)でね。またね。 


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No.0331 – Organisation Voice 2001/07/11

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第5編をお届けします。


オアシスじゃなきゃね。
さぁ再びビバークへ向けて出発。24:00、もう寝静まってるだろーね。このあとの分岐で明日のCPへ向かう小河さんと別れる。大変助かりました、Thank you!ルートは湖を西から迂回して、明日のオンコースの一部を逆走してビバークへ向かう。すごい登りが続く。1発目を登り切ったところで#14パンク。もう全員でその場に座りこんじゃいました。ギヴアップ、私は正直もう疲れ果てていた。まだETAP3、何が悪かったの、もう一歩も進めない。第1本部隊は壊滅状態。一昨年、昨年と私はラリーの運営はとにかく先へ先へ進むことだ、と学んだ。

それより私は山田が「素晴らしいヨ」と語るデューンのビバークを一目見てみたかったの。でテラノ1台ででも・・・・と先へ進むことにした。明日のコマ図を逆読みして進んでいるのだが地形が変わりすぎているのと漆黒の闇の為に周囲の風景が見えないのでオンルートを探すのが一苦労。やがて東の空に朱が差してきた。既にM1、M2はスタート。

やっとビバークまで数キロまでやって来るとデューンを越えて博田君が又々ビョ~ンと走ってきた。続々とやってくるバイク達を見送ってバイクと四輪のスタートのわずかのスキにデューンを駆け上がりスタート地点(つまりビバークってことよね)に到着すると何と何と四輪のスタートのトップは#107横川/治武組ではないの。「まぁまぁ去年は無念のリタイアをした治武君、今はどんな気持ち?緊張してる?充実してる?頑張ってね・・・・。」と元気に砂を蹴散らしてスタートして行った。「クー、カッチョイイ」デューンの上からのスタートは、それはカッコ良く、又その景色の素晴らしいことったら。月牙泉(敦煌にあるのね)のような川に降りてみると、それは冷たくて気持ちの良い川で手と顔を洗うと心まで洗われるようだった。

そして又新しい気持ちがこの小川のように涌いてくる。この川は乾いた砂漠から涌き出して砂丘の中にオアシスを作る。まるでラリーの本部隊の役割を示しているようだった。激しい闘いの末に辿り着くビバークはラリーのオアシスじゃなきゃね。


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No.0330 – Organisation Voice 2001/07/10

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第4編をお届けします。

試走隊情報 10日現在、ジンストの南側に位置するETAP7の200km地点の緑のじゅうたんの中でビバークです。試走隊は全員元気です。


ヘリで飛ぶのも大変なの。
ところでNO.1 Heliの話をしよう。一昨年と昨年の半分、私はHeliに乗っていた。これが結構ツライ。ましてNO.1 Heliはずっとオンコースを飛ぶのだから大変な苦労なのだ。大体全開で競技を出来るのはこのNO.1 Heliが居ればこそなのだ。みんなの知らないところでの救出劇やミスコースをして国境へ向かうマシンを誘導したり、Heliの燃料量と飛行時間と緊急出動の予測や緊急移送の為のプログラムをいつも考えながらのフライトなのだ。

しかも上空からGPSとコマ図でナビゲーションしてオンコースが飛べるのは山田しか居ないのである。「GPSで飛行速度を見て1秒間に何百メートル進むか一瞬で計算して、距離計のかわりに秒針で距離を測り、分岐を見つける、しかないんだよ。」と彼は言う。つまり180km/hで飛んでいれば彼の言う「キロ20秒」つまり1キロ飛ぶのに20秒かかる、で1秒に50m。で「3.5km先Y字左」なら「70秒」という風に瞬時に計算して頭の中で70を数える、と60くらいではっきりしたY字が見えてくる」とパイロットがピースサインのように指を出す。「右か左か」と聞くので彼の左の指を曲げてやる、と「OK」と操縦桿を右にタオすのだ・・・・そう聞いててもスゴイなぁと思う。

たぶんみんな何気なーく飛んでるように見えるように見えるだろうけどコックピットの中は大変なのよ。だからHeliがやって来て「土ボコリ」をかけられても怒らないでね。もちろん映像を残すという仕事もあるけど・・・・誰の為でもなく参加者全員の安全確保の為に必死で飛んでるんだからね。

そんなところで話を戻そう。 再び#14トラックは止まった。又々チューブを引っ張り出して裂けている箇所をチェックしている。パンク修理もこれで2ケタになってきた。で、みんな修理のベテラン。#14のドライバー、ダワも助手のガンボルト(18歳)、ティンギス(通訳、若干23歳で2歳の女の子のパパ)、山ちゃん、松田君のそれぞれ役割もおのずと決まってくるから不思議。まだこの頃にはみんなに笑顔があった。寒ーくなる山ちゃんのジョーダンもまぁギリギリのところでうけてはいた。

が、この時すでに20:00。ビバークでは楽しいハズの夕食の頃だ。エマージェンシーの食糧は何とかなったにしても朝食やランチパックなどを積んで#12、#13コンボイで菅野さんに先を急いでもらうことにした。しばらくして「#13トラブルでストップ」と菅野さんから無線。ビバークまであと40kmだっていうのに。生きている#12で食糧のみ積んで出発させる。 私達とそのトラブルで止まっている#13が合流したのが23:00、その後の350km地点には苦戦している私達を待ち続ける給油班とコース上で遭遇。給油を受けている間、私はクルマの中で寝てた。給油班は最後に通過する隊の隊長は女性だ、と聞いていたらしくみんな会いたい、と言ってたらしいが眠っている私をみて通訳のティンギス君がどーやら適当にその場を言い繕ったよーだ。


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No.0329 – Organisation Voice 2001/07/09

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第3編をお届けします。2000/07/09現在、ゾーモット付近を元気に走行中です。


250km先のゴアンズ
7月22日7:00。今年も1日目でトップに立った博田選手がビョ~ンとスタートして行った。さあ明日のキャンプ(ETAP3)まで頑張ろーう。800kmの移動だ。しかし到着予定時刻7月23日10:00まで23hr.しかない。今の第1本部隊はAVE.20km/hしか出ない。そーだと40hr.もかかってしまう。このままではヤバイ、と私はある作戦を考えた。ここは食いモンで釣るしかないのだ。「きょーは頑張っておいしいゴアンズ(食堂のゲル)でごはんを食べよーォ!」と言うと「よーし、250km先に旨いゴアンズがある!!」と#12ツォゴが嬉しそうに話すではないの。シメシメ。よーし出発!にしても250km先の食堂ってのがモンゴルらしいやねぇ。まぁ、みんなウキウキ、私もウキウキ。そんなことでみんなの心がひとつになるンである。プリミティヴやねぇ。

そして、何とそのゴアンズまでは昨日の不調は何だったのー、って思 うくらいのAVE.なの。みんなお腹一杯食べたよーね。日本人スタッフはこの後のことを考えて腹八分目にするよーにって目で合図をしておいたわ。MENUはボーズ(スピーカーじゃない)と羊の内臓入りのホーショールとスーテツァイ(ミルクティね)。今度一緒にいかが!?

そーそー、この日はCP1の小河隊長がアテンドしてくれたの。彼は昨年は第1本部隊の隊長をやってて本部隊の苦労がよーく判っていたので「一緒に行こう」と言ってくれたの。本当にウレシかったです。その後幾度、彼らに助けてもらったことでしょう。本当に感謝してまーす。 スタートして15hr.後の7月23日1:00、ETAP2テルメンヌールのビバークに到着。エントラントは寝静まって本部ゲル棟には明々と照明が点いて発電機がヴゥーンと景気よく回ってる。衛星から見たら真っ暗な大地に1つだけの点が輝いてるんだろーな、きっと。で、うっかりUFOが飛んで来ちゃったりするのもワカるよなぁー。で30分もビバークに居ずにスタート。まだ私達の任務地ETAP3のビバーク地まで400kmもある。こりゃああと8hr.で着くのは無理だなぁ。よっしゃ、到着予定時刻を12:00正午に変更。

出発!ところがあの悲劇は、ココから始まったの。もう既に#14ドイツ製(といっても東ドイツね)のトラックが止まってる。それから何度パンク修理をしたのか教えてあげましょーか?で、もうパーフェクト達成はこの時点で諦めざるを得ないよーだ。ロシア国境に近い町に着いたのが8:00、あと200km。でもまだ10hr.くらいはかかりそー。この時NO.1 Heli山田の無線が飛び込んで来る。CPの開設が危ないとのことでHeliが向かっているのだ。「BIVOUACはNO.2 NO.3のHeliが行って開設してるから無理をせずに頑張って来い。」というコトバに励まされた。


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No.0328 – Organisation Voice 2001/07/06

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第2編をお届けします。


テラノ、泳ぐ
で、その愛媛師団総勢10名、車両4台(テラノ+トラック3)は7月20日10:00チンギスハーンホテルをホーンの音も高らかにイザ出発。もう頭の中は「軍艦マーチ」が鳴り響いてる。しかし嫌な予感の1発目は170kmポイント。17:00 #13ガズトラックが1回目のストップ。修理には3時間を要した。再出発20:00。本日の目標走行距離520km。予想到着時刻、出発前7月21日未明。現在のところ予想到着時刻不明。これ以降#13ガズトラックはアベレージが上がらズ。7月21日6:00、それでもビバーク予定地点まで直線距離で25kmまで接近してる。ところが目の前の道は朝日に輝く巨大な湖の中に消えている。迂回路ナシ。「ワレ前進不能」の連絡をすべくインマルサット電話をセット、ウランバートル チンギスハーンホテルの柔らかいベッドの上でスヤスヤと眠っているULN本部長の携帯電話を鳴らす、と同室の山田が不機嫌そーな声で出る。どうも一晩中、CP隊やら第2本部隊やらルート上に展開中の各隊から連絡が鳴りっぱなしのよーだった。

ところで、そんなことより眼前の湖をどう渡るかが問題だ。先ず#12ガズトラックがアタック。水しぶきを10mも(?) 噴き上げて進む進む。「イケー、もうちょっと」というところであえなくストップ。車は沈む、荷室も水没。「食糧やランチパックが濡れる~。」この救出に2時間・・・・で8:00。テラノで地元の人に浅瀬を訪ねながら少しずつ渡っていくのだが・・・・大きな深い川があって渡れない・・・・と思った頃にトラクターが出現(オ~神様!)。しかし有料、5000Tgを払わないと渡らせてくれない。(あとで知ったのだが、ここに有料のトラクターが居ることを山田は知っていた。前夜CP2のL/Cは、これに引っ張られて渡った・・・・との報告が入っていたよーだ。)テラノが泳いでいる・・・・というか接地感が全くナイのだ。もちろんエンジンは切って水を吸わないよーに。フロントウインドウの真ン中まで水が来てるの、信じられる!?このあと電装系のチェックに時間がかかるのね。

で、やっとビバーク予定地に到着したのは12:00。しかも本来の予定地の川の畔りは水びたし。26時間の長旅の末に大急ぎで本部の設営をしなければならない。10人のスタッフで必死でしても3時間はかかる大仕事だ。私は気が強くても力が無くて、こういう時に役に立たない。来年はオフロード用のフォークリフトと4×4バギーで引っ張るカーゴトレーラーを作って・・・・。でも重たくてダメかもしれない。とにかく、水から食糧、タイヤやオイル、発電機に照明機材、テーブルやイス、細々したものをカウントすればスゴイ量なの。それにHeliがやって来て医療機器にエントラントのバッグ・・・・ってなればもーうスゴイ。で、今年は特に環境面を強化しろっていうので廃油処理までやってしまう焼却炉(これは佐伯さんが作った)で一晩中、火の世話と夜間のキャンプエリアの定時巡回も本部隊の任務で全く寝る時間なんてゼロ。

ところでこのETAP1、GARRRRの打田さんはSSスタート85kmの地点でマシントラブル。今年もオフィシャルと化してカミオンバレイに乗ってたらしい。「いやぁ勉強になった」とその1週間後にどこかのビバークで会った時に話してた。本当のオフィシャルの苦労を感じてくれたのだろう。来年の白いツナギを用意しておこうかしら。


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No.0327 – Organisation Voice 2001/07/05

SSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997より「12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。」


さぁ出発。ガンバレ、第一本部隊! 

1997年7月19日。 さぁ出発。 エントラントの最終チェックを行うホテル日航関空の仕事をアトに任せて1日早くウランバートルに向かった。これで、暫くの間暑い日本とサヨナラだわ。ところがゴビ砂漠の上空あたりで何か嫌な感じ。雲がとても厚いじゃないの。空港に降り立つと、もうすっかりモンゴルに同化してしまってる長期滞在組の篠崎さん・川野さんの姿。少し疲れた顔が現地での準備の大変さを物語ってるワ。お疲れサマー。

ところで、私は今回は第1本部隊々長。ちょっと自ら志願した節はあるのだが。今までは多くの競技運営スタッフに「完璧!」を求めてきた私は、実は自信があった。信念を持ち、よく話し、努力をすれば「完璧」は達成できる・・・・のである。私たち第1本部隊の受け持ちは、ETAP1 TSETSERLEG、ETAP3 BARUUNNTURUUN (DUNE BIVOUAC)、ETAP6 ULIASTAY (REST DAY)、ETAP8  JINSTの4箇所、計5泊分のビバーク設営なの。そしてMEMBERは私と山ちゃん(山崎サン)、菅野サン、松田クンと通訳ティンギスクンとトラックドライバーの#12ツォゴ、#13エマ、#14ダクとその助手の10人。通称「愛媛チーム」。ちなみに第2本部隊は川野隊長率いる「香川チーム」。「愛媛県の名誉の為に負けるワケにはイカン!!」との思いは1日目でもろくも崩れ去って行くことになろーとは。

余談ですが・・・・太平洋戦争の時にいろいろな師団を出身県単位にしたのはすごく合理性があったんだろーね。方言がね・・・・。ちなみにモンゴルの若手通訳軍はみんな今や伊予弁「ホーよね~!」なんて、おかしくて。変なコトバよね、伊予弁って。


ヤマダテツのモンゴル現地OVをお届けする予定ですが、本日は都合によりSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。をおとどけしました。


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No.0326 – Organisation Voice 2001/07/03

僕はいろいろ考えた。ユーラシア大陸の標高1350mのモンゴル高原でだ。空は驚くばかりに青々として、空気は澄んでいて美しい。町の中はクルマで溢れ返ってはいるが、それも平気だ。民主化後の激しい混乱の中にエネルギーの溢れるのを感じるからだ。システムが安定していないが故の面白さは未だ活発である。中国の外相がやって来るってんで市内は例によって、中国の旗が翻っている。僕がイロイロと考えたのは、それらの事だ。ちょうどウランバートル市内の警察に行くと、前は北朝鮮大使館があり、ホテルの近くのアメリカ大使館には、たくさんのパラボラアンテナと、例の白い多角形のエシュロンのシステムを担うレーダーまである。国と国との間にあるものはナニなのか。正義とは秩序とかってなんだろうか、と考える全く。

僕が子供の頃受けた教育では、台湾は中華民国で、中国は中華人民共和国と言ってた。間違えないように覚えなきゃ、と一生懸命だった。そのあとの学校教育では「あれは間違いでした」と聞いた覚えはない。別に中華民国が伴合されたとも政権変動があったとも聞いていない。全部が誰かの「都合」で決まってる。「誰か」とは「国家」である。国家とはなんだろうか。人は国家を選べないのだろうか。もちろん選べなくはないんだが。「国家とはナニか」といろんな人に聞いてみるんだけれど明快な答えを出してくれた人はいない。僕はだいぶん明快な答えに近づきつつあるんだけどね。草原のうえで国家を考える。


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No.0325 – Organisation Voice 2001/07/02

日本の夏はいかがですか。きっと酷暑なのでしょうね。こちらウランバートルは暑いのは暑いのですが、そこはドライエアで32度ある今も汗をかく、なんてことはなくて快適です。まぁ冬の寒さと引き換えに手に入れている夏の快適なので、なにもうらやましがることはありません。1週間以上も費やした試走準備だったのですが、いよいよ本日遅くには出発します。モンゴルも急成長中で、政治体制も毎年のように変化しています。それに伴ってパートナーシップや許認可の問題が難しくて「一筋縄ではいかない」という部分も出てきます。

さてルートプランは、ほぼ出来上がっています。これから1ETAPを2日かけて、ラリースピードで走りながらコマ図を書いて行きます。運良く3日で2ETAPを終われる日もあれば1日に100kmも進まない日もある、といった具合です。そのうえ我々も「まだ行ったことのない所へ行ってみたい」という単純な思いが余計に時間をかけるものになってきます。昨日、前インフラ開発省大臣と話をしました。ナーダムの馬のレースに夢中で、政権交代で閣僚をはずれて「ヒマになったので好きな競馬に没頭できる」と喜んでいました。で、ウランバートルからパリまで馬のツアー(ラリーのようなもの)ができないかと考えていると、夢のような話をしていました。僕は「国家とか国境とかから解放されない限り、なかなか難しいだろうなぁ」と思いつつ、かつては馬に乗ってヨーロッパまで進出したモンゴル人のこと、「やるかもしれない」と思ったりしました。

TVでは中国共産党のプロバガンダの映像、「これがスゴイ!」時代錯誤どころの問題ではない。毛沢東が、鄧小平が、江沢民が次々と出てきて、豊かで素晴らしい笑顔の若者達、軍隊の行進は自信と希望に満ちて、巨大ロケットが宇宙に打ち上げられて「輝かしき未来」を高らかに謳い上げている。これをニュースステーションで流してみたらどうかね。大戦後の東側のプロパガンダ映像のままだよ。これでは国境間の自由な往来は無さそうだね。モンゴルの遊牧民がうっかり国境を越えると何ヶ月も帰してもらえずに取調べられるんだって。国境なんてあとから出来たのに全く迷惑な話だと思う。明日はゴビ砂漠で「国家ってなんだろう」と考えてみたい。


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