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DAY33 (07/12/17掲載)
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「ラインとモーゼル、二つの流れ」
今日もまた長い日だったが、皆ホテルではニコニコ顔でビールを頼んでた。
距離的には、カーライルからウインザーまでと同じくらいだろうか?
(実際には556km)
いずれの車にも程好い距離だ、もちろん一番若くても”団塊ジュニア”より年上の
モンゴルとロシアを走り抜けてきた”旧車”たちには言うまでもなく。
いくつかの問題も散見した。
数日前にホテルの玄関前でクラッチが死んだ#12の1919年製エセックスは
また元気に走り出している。
排気量1、496ccの小さな#23・ローバー12は
昨晩遅くにクラッチ・レリーズの二股を溶接し直し
モバイル・ワークショップのロバート・キッチンから”完治証明書”が出された様子。
「おとなしく走れば大丈夫」
と”主治医”も太鼓判を押したにもかかわらず
パレン夫妻は”ここで何かあったらイケナイ”とのことで
さっさとトラックに乗り込んでランスに直行の”安全策”に出た様子。
もっと大変だったのは、1937年製ビュイック・クーペに乗る英国人
#80のコロドチュコ/ムーア組で、リア・アクスルのピニオン・ベアリングが外れてしまい
こればかりは応急処置というわけに行かずに修理工場へ。
トルク・チューブのプロペラシャフトはとても強いかもしれないが
これをひん剥くのは簡単な作業ではない。
コイツをドイツで修理するのは、ちょっと頭が痛い…。
#101のビートル乗り、キーラー組は
ベルリンのワークショップでエンジンの修理に一晩費やした。
ポツダムのホテルで彼らを見かけたのは、朝食時のほんの一瞬だけ。
それにしても、もしビートルに不具合が出て専門ショップが必要ならば
やはり行くべきは本場”ベルリン”だろう。
彼らの車はシリンダー・ヘッドにヒビが入ったり、他にもアチコチがガタピシ。
ようやく工場から出てきたと思ったら、今度はクラッチ・レリーズのベアリングが取れてしまい
朝から再びエンジンに付きっ切りとなったクルーたちは、先行する本隊を
手を振りながら追いかける羽目に。
終盤に来てまでこんな様子じゃ大変だ…。
バタバタと慌しい中、1954年製サンビーム・アルピネを駆る
英国人のロバーツ夫妻組は、燃料ラインの詰まりで本隊から取り残されてしまった。
聞くところによると、この症状は定期的な”悩みの種”となりつつあるらしい。
他のクルーたちは、特に問題もなくホテルに到着。
#18の1923年製ヴォグゾール・30/98は、今日も順調に走り続け
#67、ロイ・ウィリアムスの1937年製ライリー・16は
#69、ポール・カーターの1936年製ダービー・ベントレーとコンボイ走行で
バリバリと調子良さげな音を立てていた。
#55、1948年製ジャガー・3,5サルーンのオシェア組は
カー・ウォッシュに立ち寄って車はピカピカ。
しかし#91、1934年製アルヴィス・シルヴァーイーグル
のヒックマン/ハレット組だけは
ホテルの玄関につけるや否や、車から飛び出してボンネットを開ける始末。
どうやらポイントの接触不良か何かのつまらない不具合のため
一発死んで”5気筒”になってしまってたらしい。
「それがどうした?」
そう嘯くのは、#6のオランダ人クルーたち。
彼らの”御年96歳”になるノックスが一発死んで”3気筒”になってから
もうどれくらいの距離を走り続けているのだろう…?
#27、1933年製ロールス・ロイス・20/25のマイケ
ル/グラインドロッド組が
ここコブレンツのホテルにスーッと入ってきた。
それは雛菊のように可憐で、クルーたちはまるで
その辺の角からちょっとコロガシてきたかのような風情だ…い
ったい何故!?
「出来たぞー」
誰かが叫んでる、夕飯の支度が整ったようだ。