<< No31(07/12/05)
No33(07/12/17)>>
DAY32 (07/12/12掲載)
=======================
「国境を越える・・・ ポーランドからドイツへ」
今日の行程には、いくつものドラマが。
まずは#111、1951年製スチュードベイカーを駆るトム・ヘイズがポーランド内の最終タイム・コントロールで早発してしまいペナルティを課せられた結果、クラス首位から脱落する羽目に。替わって”タナボタ”で定位置に戻ったのが#108、1951年製ライリーのウィルキンソン組、総合でも4位の好成績。”勝負の行方は下駄を履くまで分からない”と言うが、その下駄でさえ終盤を迎えて早足で進んでいくようだ。(ちなみにエイゴでは”下駄を履くまで”の部分が”太った女が歌い出すまで”になります)疲れを引き摺りながら前へ進むエントラントたちはルート上で躓きそしてリザルトは変化し続けていく。
カー・パークでは、#23のパレン夫妻組の駆る小さい1938年製ローバー・12が、ここに来てクラッチを失ってしまった。バナム夫妻とリチャード・パイバスが何とかしてあげようと試みるがこれがまた手間暇の掛かる作業で、まずギア・ボックスを取り外す前に最初にフロア・パネルを外すために車体を持ち上げてみるとパネルはシャーシにゴムでべったりと糊付けされていてこの時点でもうウンザリしてしまう一同。そもそもスペア・クラッチの持ち合わせが彼らには無い。
「これって直せるの?」
まだ頼むには早いけど、ディナーを載せたお盆が夜勤者の待つ駐車場の反対側へと運ばれていくのが見える。
ローバーの傍らでは、ジョナサン・ターナーと瑕だらけのイタラが今度は痛んだリア・アクスルのベアリングを抱えて佇んでいる。そしてロバート・キッチンは、バナム夫妻の車のテール・ゲートの後ろで万力に挟んだパイプから鋸でワッシャーを切り出そうと大汗を掻いている最中でこの”部品”を寄贈する為に、アクスル・スタンドの上側は少し短くなってしまった。ゴールまで残り1,000km、このような”急場凌ぎの発明”で各エントラントはどうにかして車を最後まで持たせようと知恵を絞る。
今日は興味深い一日でもあり、昼間のタイム・コントロールでは国際モーター・クラブにより設けられたアーチの周りに観衆が多数訪れた。ラリーの一行は、ポーランド辺境のバラエティに富んだ興味深いエリアを走ってきたのだが村のパン屋さんがイレヴンス(午前のお茶の時間)に訪れてきて英語なんか分かるはずのない、そのポーランド人の家族はそれでも何種類ものパストリーをカバンに忍ばせてくれたりした。我々は青くて大きなデラーゲ、アルゼンチニアンの操るシェヴィー・クーペそれからオランダ人の駆るシンガー等々と一群になってしばらく走ったが国境を越えてドイツに入ると道路状況は一変、真っ直ぐに伸びた高速道路を行くのは実に中国以来だった。
パイオニア・クラスの各車がスタートする頃は時折強い風が吹き抜けたり雨がパラつくような肌寒い朝だったが夜になって、ドイツのTVクルーたちがポツダムのドリント・ホテルでカメラを抱えながら我々の到着を待ち構える時分にはきれいに晴れ上がり沢山の星も瞬きながら出迎えてくれた。
一発死んだままの1911年製ノックス・タイプR(#6)は未だにしぶとく走り続け、ソロの隻腕ドライバー(ジャン・ヴァーブリル)もこれまた健在。アイヤー夫妻のイタラ(#1)も沢山のオイルをポタポタと垂らしながら元気良く走りホテルの玄関前を黒く汚しながら、今日一日の走行を終えた。
冒頭のトム・ヘイズはと言うと、どうやら今はバーで悲しみに暮れているところのようだ。まぁビール何杯か飲んだ後は、間違いなくウィルキンソン組の祝福に加わることだろうけど。
今日はトータルで600kmやっつけた。これで後は、コブレンツとランスが待ち構えているだけ。