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DAY30 (07/11/26掲載)
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「いよいよ終盤」
強い日差しの中、ポーランドの辺境を駆け巡るエキサイティングな一日を終えた我々は北部の海岸線にある都市、グダニスクのバルト海を見下ろすホテルに辿り着いた。
3つの長いダートのSSを経た後で、順位に変動が生じた。ヴィンテージ・カテゴリーでは、#88のウィリアムス夫妻が駆るシェヴィー・ファンジオ・クーペが特に急いたりする様子も無く悠々と走りステージでの順位こそ他車の後塵を拝したものの、これまでに築き上げたリードのおかげで今日も総合での首位を守るかたちとなってこの言葉。
「出来るだけゆっくり走って勝つのがベスト」
彼等の目下のライバルであるベルギー人、#85のデル・マルモル/ジャンセンス組はこの日の走破タイムを7時間35分9秒のステージ最速でまとめ上げ前を行くファンジオとの差を若干詰めての総合2位を堅持。ダービー・ベントレーの#69、カーター/フェアクロウ組は7時間35分40秒のタイムで総合3位に留まりこれに16秒遅れだった#87のメリーウェザー組は終始前を行くベントレーの巻き上げる埃の中の走行を強いられた。
ヴィンテージ・クラスのステージ最速タイムを記録したのはまたしてもアルヴィスの”ジャーマン・スパイ”、#35のフリードリッヒ/ラックス組で、スクラッチでもクラシック・カテゴリーのジャガー・MKUに次ぐ優秀な成績だ。クラス総合ではこの日を終えて5位につけている。
ヴィンテージ・クラスで総合7位につける#78のリュウマン/ポートマン組が駆るベントレー・6,5ツアラーはこのままポジションでパリまで走破すれば、”1931年以前製造クラス”(ヴィンテージ・クラス自体は1922〜1941年製造車が対象)のトロフィーは彼等の手中に収まる事となる。
クラシック・カテゴリーでは、今だに接戦が続いているがその中でも善戦していると言えるのが、ここまでクラス4位につけていた#108、ウィルキンソン夫妻の1951年製ライリー・RMB。あの車のハンドルを一度でも握ったことのある者でなければコーナリング中の挙動がどれだけ手に余るか想像がつかないだろうがそんなハンデをものともせずに快進撃を続けてきた。しかし今日、遂に”フライング・スチュードベイカー”の#111、ヘイズ/ヴァン組に僅か1秒差ながら、そのポジションを譲る事となってしまった。快調にクラス首位を行く”フィンテール・タクシー”、#132の1966年製メルセデスを駆るリンドナー/ウィースト組はこの日も7時間37分59秒の走破タイム無難にまとめて30分以上開いた後続との差をゆうゆうキープ。そして射程範囲から消えかけている”前走車”を必死に追うしかない#129、1961年制ジャガー・MKUのウォーツ/シャックルトン組は7時間34分24秒のクラス最速走破タイムを叩き出してクラス2位に再びの返り咲き。1959年製ビートル・カブリオレの#102、ステープルス/ケネディ組はこれに1分18秒遅れの準最速タイムでクラス3位を保持した格好に。
パイオニア・カテゴリーでは、ゴールド・メダル圏内に残る車両が3台と減ってしまった。#11のワイス/シュナイダー組は、1918年製のラ・フランスを溝に落としてしまい重い車体を牽引して脱出させるのに手間取ってシルバーへと脱落。シリンダーが裂けてしまい、中国から一つピストンの足りないままで走り続けてきた#6の1911年製ノックス・タイプRは、2台の真っ赤なイタラと共に今日も元気にパリまでの距離を縮めている。
ロシアを脱出してからここまでに至るルーティングに織り込まれたSSでは数多くのクルー達が、ここ何年かのヒストリック・ラリーで一番の時間を過ごしたと評価した。特にバルト三国を抜けるセクションは”意外な掘り出し物”だった。
我々はあと数日のあいだ、ロード・セクションでの移動となるがそれでもスケジュールどおりレイムに、そしてパリへと進んで行く。明日はイベント最後の休息日、いよいよ大詰めを迎えたラリーのグランド・フィナーレに向けて準備を整える最後の機会だ。