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DAY26 (07/09/10掲載) 
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「さらばロシアよ」

”出国の際の手続きは、入国時のそれと同じくらいスムーズでインプレッシヴ”という
約束はどこへ行ってしまったのか、これより酷い国境越えは
ちょっと想像すらおぼつかない。
アフリカにある小国でさえ、今回のロシア脱出よりも上手に出来るだろう。

我々は今、タリンのとても快適なホテルに居る。
要領よく時間内に手続きを終えたクルーたちには、今回の旅でも指折りの
楽しい午後の移動の時間となった。
スムーズな砂交じりのグラベルが続く森の中、道が緩やかに曲線を描いて続いている。
何故エストニアではラリーがこんなに盛んなのかが分かった気がした。
海岸線の道すら、まるで一昔前の風景の中を走っているごとくの
ファン・トゥ・ドライヴな雰囲気に溢れ、舗装の捲れや穴など無い
スムーズでツイスティなターマックを進めば、道沿いのシャレーやログ・キャビンには
人々の笑顔と元気な子供たち、それが我々が受けたこの国の印象だ。

ロシアからここまでの道程は苦痛以外の何物でもなかった。
#38・ユーゴ・アプトンは、エストニアへの国境越えに何と11時間を要し記録を打ち立てた。
まるで我慢の耐久テストかのようなその不毛な手続きは
例えるならば、いつか進む思って我慢強く並んだ列が実は間違いだったようなものか。
トラックやローカルたちの車がのろのろと前を進み、言葉の通じない外国人にとっては
さながらパスポートへのハンコが景品のストレスの溜まるくじ引きをしているかのよう。
いくつかの書類を突き出され、カラー・コピーのログブックを検査したかと思えば
別の誰かがボンネットとトランクを開けて、我々がペットの犬を連れていないか確認したりと
実際の作業は、この程度の通り一遍なもの。
ちゃんとした専用のシステムなら数分、掛かっても車一台につき5分もあれば
十分と思えるチェックに我々が各自に費やした時間は4時間を下らなかった。
お陰でタイム・コントロールのプログラムを手にやきもきした我々全員が
ここで大集結する羽目に。

本来なら今日は、スーパーな一日になる予定だった。
(エストニアに早く入国できた幸運な者たちにとっては現実のものとなったが)
用意されていた2つのSSは、地元クラブのオフィシャルたちによってクローズされ
彼らのしっかりした運営の下、我々は素晴らしい森の中のトラックを堪能できるはずだった。
英国人のマーシャルたちで編成された一団が現地に先乗りして入念な準備を施し
多数設けられたチェック・ポイントからのリザルトも面倒を見てくれる予定だったのに
オーガナイザーは今、思わぬジレンマに陥ってるようだ。

この場所でスタンバイしていたスタッフたちは
つまらない足止めを喰らわずに運良く開設時間内にSSを走ることの出来た
一部のエントラントを相手に、何の問題も無く各自の仕事をこなした。
#111のトム・ヘイズとアンディ・ヴァンの2人は
愛機・スチュードベイカーで、この素晴らしいコースを堪能した。
”ジャーマン・スパイ”の駆るブリティッシュ・テイスト漂うアルヴィスは
壮観だったものの電装系のトラブルを抱えていた。
”ベントレーズ”たちは、緩やかなカーブの続くスムーズな路面のコースを
いずれも楽しんでいたようだ。
排気量わずか933ccのシンガー・ルマンでさえ
この”総花的”なルートを嬉々として走っていたが
ちょうどこの頃、不運な40台ほどの車は対照的に
”救いようの無い”国境越えの手続きで立ち往生している真っ最中だった。
更なる足枷か、この半数ほどがロシアで警察のお世話にもなってしまい
うち何名かはロード・サイドの警察署まで連行され、多額の金を要求される者も。
一体どんな交通違反があったのか、彼らには知る由も無いが
前出のギャンビア/アプトン組は、決して”速い”とは言えないラゴンダで
6,000ルーブル(約28,000円)の罰金を言い渡され
この後に待ち受けている、半日掛けたイミグレーションと併せて
”忘れられない一日”となったに違いない。
ファンジオ・クーペの#88、ダヴィッド・ウィリアムスなどは
足元を見られて「車を没収するぞ」と脅されてしまい
百万ルーブルも吹っかけられたのをネゴして何とかマケてもらった様子。

1300ccのアルファに乗る#112、ロベルト・キオディなどは
75マイル(時速120km)の速度超過でキップをきられてしまい
「荷物満載のこの車じゃあ、全開にしたってそんなスピードすら出やしない」という抗議も空しく
2,000ルーブル(約9,000円)の反則金をその場で取られてしまったとのこと。
これら良心のかけらも無い、差し出がましすぎる警察官たちにとっては
ロシアを発つ寸前の我々が”手っ取り早い金儲け”のラスト・チャンスに見えるらしく
前出のアンディ・ヴァンは、してもいないバスの追い越しを理由に
ライセンスを取り上げられてしまった。

事前の手配がまったく功を奏さない、こんなにややこしい越境は
この20年でも2度しか経験したことがない。
1997年の前回の”北京パリ”では、予め1万ドルもの金を
現地のモータースポーツ協会に収め、彼らも実際にどのようにして
裏から手を回すか仕組みを解説してくれたにもかかわらず
実際のネパールからインドへのトランジットはウルトラ・スローで
且つ役人たちの高圧的な態度にも辟易するという悲しい状況だったが
BBCラジオ・インド支局長(当時)マーク・タリー卿への一本の電話が
”鶴の一声”よろしくすべての事態を好転させ、おかげでラリーの行程を
スケジュール通りに進めることが出来た、という事もあった。
もはや今では”パリダカ”を初めとする遠隔地でのイベントでも
今回我々が経験したようなドラマは”遠い日の記憶”に過ぎない、と言うのに。

明日は、久々に”ラリー”らしい一日を過ごすことになるので
気分を変えて、今日のストレスはすべてビバークに置き去りにして行かなければ。