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DAY25 (07/08/31掲載)
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「ジャーマン・スパイ」
”北京パリ”のようなイベントでは、過酷な日々の中で
エントラントの中に複数の人格が現れるのを目にする事がある。
いや、むしろ普通ではない資質を兼ね備えていないと
結局は優勝したり出来ないのかもしれないが。
10年前のラリーの時には、我々オフィシャルとマーシャルの間で
何人かの”架空のエントラント”に名前をつけて楽しんだ。
例えば今でも忘れられないのが、ローバーを運転する”ディップとダズル”。
それからオープンのアラードで参加の某氏は、後にオフィシャルで制定した
”リチャード・ヘッド・トロフィー”に輝くのだが、最後に表彰式で
「で、いったいリチャード・ヘッドって誰?」
っていうオチだけのために存在する、といった具合。
いずれにせよ、これらのエッジが利いた当時のキャラクターでさえ
あの”一行”には到底かなわない。
今日は休息日、特にすることも無いので
ここらでひとつ、レポーターのワタクシ、シド・ステルヴィオが
彼等の”奇行”について語ることにしましょう。。。
今回の“北京−パリ”ラリーに出場しているエントラントの中に
とても謎に包まれた男性が一人。
彼はほとんど話をせず、現れたと思ったら走り出してSSで好タイムをたたき出し
そしてまた背景の中へと消えて行ってしまう。
バーにもレストランにもその姿を見かけることが無いその男性は
中国からずっと一緒に行動しているのに、一切飲み食いをしていない事になる?
しかも街中で我々と一緒に行動している時は、睡眠さえも取っている様子が無い。
さらに驚くべきは、そんな不思議な行動を取っているにもかかわらず
死ぬほどシリアスに競技へ集中している上位成績者の一群に含まれているのだ。
その謎のドライバーの正体は
ゼッケン#35のドイツ人、ホースト・フリードリッヒ。
彼が駆る4リッターのアルビスは、世界最低水準の燃料に合わせて
エンジンをデ・チューンしているにもかかわらず
200馬力の出力と豊かなトルクを搾り出して、野を耕すように駆けていく。
その緑色の2シーターが勢い良くTCに飛び込んでくると
マーシャルたちは決まってこの言葉を口にする。
「ジャーマン・スパイが来たゾー」
彼のいでたちは、まるでマイケル・ケインがチャーチルを捕まえる映画の中に出てくる
ノーフォーク辺りで錆び錆びの自転車でも乗ってそうな男のような風情で
さもなくば、ツイードのジャケットを背にスコット・ランドの荒地を駆け巡り
U・ボートの隠密行動を探るエージェント、とでも言ったところか。
愛用しているダンヒルのジャケットが、これまたグリーンのアルヴィスが持つ
颯爽としたイメージにピッタリとマッチしている。
彼がシャツを買うのはジャーミン・ストリート(英国のハイソな地区)
いくつも持っているハンチングですら、実は足元に光るロブ・ブローグ
(英国の紳士靴の最高峰、ジョン・ロブの革靴の一つ)
と同等のクラスのメーカーによる作品で、この”労働階級者の象徴”と言われる
アイテムでさえも、彼に掛かれば粋なスタイルの一部となってしまう。
彼のブリティッシュ・アクセントは完璧で、それはベッドの下に忍ばせた
真空管ラジオで何年も練習した成果に間違いない。
(もちろんコール・サインは”バッキンガム宮殿”)
今回の”北京パリ”におけるミッションが一体何なのか、皆目見当が付かないが
いずれにせよ彼は現時点で、ヴィンテージ・クラスの5位に付けている。
ベストの膨らんでいる部分は、恐らく9mmのワルサー・PPKか
それともただ単にシュナップスの入ったダンヒルの銀製フラスコ瓶か?
あなたと同じように好奇心に取り憑かれてしまった私たちは
もっと沢山のことを調べようとしたが、それは容易なことではなかった。
それでも昨日、サンクト・ペテルブルグの街中へ入ってくる時に
信号で停まっている彼のアルヴィスの横へうまい具合に車を並べることに成功した。
シビれるアルヴィスのエキゾースト・ノートは周囲の注目を集め
そして彼の隣では、グラマラスですごく魅力的な女性がにこやかに微笑んでいる。
コ・ドライバーでもナビゲーターでもない彼女は何者?
どうやってここにたどり着き、そして車の中で何をしているのか?
マーシャルが呼ぶところの”スパイの共犯者”という噂は本当なのか?
そして彼はミッションに失敗し、シベリアのどぶにうつ伏せになって浮いてしまうのか?
我々はこれらの疑問の答えを、本当は知らない方が身のためなのか?
我々のカメラマンは車の後部座席で望遠レンズを抱えながら
「あの女は一体誰なんだ・・・まさか嫁さんじゃないよな?」
こう叫ぶと、ジャーマン・スパイから返答が。
「もちろん僕のワイフさ、ほら」
こう言い放つや否や、赤信号の間熱いキスをして証明して見せる二人。
このリアクションにとても驚いたカメラマンは、思わずカメラを手から落としてしまう始末。
やがて信号が青に変わり、我々はルート・ブックの指示通りに直進すると
ジャーマン・スパイは何故か右折、それ以来彼らの行方は分からず終いだ。
あのゴージャスな女性は間違いなく奴のワイフではないと、今では確信している。
今頃奴は変装して路地裏のB&Bあたりに身を隠し、ワイヤレスの送信機を
コートのハンガーにアンテナ代わりに繋げて”バッキンガム宮殿”のコード・ネームで
秘密のメッセージをせっせと送り、それを今度は黒い小さなドレスに身を包んだ
例のゴージャスな”諜報員”がコーヒー・ショップの領収書の裏に
せっせと書き込んでいるに違いない。
全てが怪しすぎる。
もし、あなたがこれまで密かにスパイの暗黒な世界に耽溺したいと思ったことがあるならば
ここサンクト・ペテルブルグまでご足労下さい。
あなたにはまだ、皆から”ジャーマン・スパイ”と呼ばれる
このミステリアスなドライバーの謎を解くために24時間も残ってます。
手掛かりは、我々の撮った写真がいくつか。
とにかく彼はラリーのホテルに居ないので、どこから探索を始めればいいのかさえ
我々にも分かりませんが・・・。
パリに到着する前に、わたくしシド・ステルヴィオが
この“北京−パリ”最大の謎に更に迫りたいと思います。