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DAY22 (07/07/23掲載)
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「ついにモスクワへ」

大国ロシアの首都まで直進を続けるラリーの一行は
400kmほどのコンディションの良い道を経て、ようやくモスクワへ辿り着いた。
我々は今、郊外にある大きなホテルに居る。
ここまでの日々を振り返り、様々な思いがクルーたちの胸に過ぎるだろうが
まだ心身ともに良好な状態を保っている者たちにとっては
ロシア全域を横断する最初のヒストリック・ラリーの生き残りとして
しばしの楽観的安堵感に浸っているのではないか。
いずれにせよ、モンゴルでの出来事はすでにずっと昔の話のようだ。

#29のオージー・カップル、フロスト組がまた自力で走りだした。
彼らの1928年式シボレー・ロードスターは
シリンダー内に脱落したバルブが突き上げてシリンダー・ヘッドに穴を開けてしまい
ここ何日かはトラックに背負われての移動だった。
夜にバーで見つけた彼の話によると、ロシアのワーク・ショップに
エンジン内の壊れた破片をすべて拾い出させてまずシリンダー・ヘッドを修理し
その後で慎重にピストン・ヘッドの穴を溶接で埋め、最後にぴったり装着できる
フィアットのバルブを探し出して抜け落ちた純正品の代わりにしたら
またエンジンが動くようになったと言う。
この手の奇跡のような話に良く登場するのが、鉄道のエンジニアや
トラックのワーク・ショップで、彼らはまるで無から有を生み出すような
素晴らしい仕事をしてのけるのに、ほぼその代償を得ようとすらしない。
時には警察官さえもがトラブルシューティングに借り出され、あるクルーは
焼けたイグニッションの位置を探し出すのに2人の公僕を作業に手伝わせたと言う。

ロールス・ロイス・20ツアラーの#45、ロバート・ウィルソンは
自身のレポで、他のクルー達を代弁してこう語っている。
 「我々はモスクワに辿り着くと、明白なまでの安堵感に包まれた。
 広大なシベリアを横断する穴だらけの冷たい、しかし素晴らしいルートを抜け
 肥沃な平原の中をひたすら西へ向かううちに、やがて路面は徐々に良い状態になり
 気候さえも温暖なものへと変わっていった。
 沢山のローカルたちが歩道から手を振り、口々に”よくやった”と
 労いの言葉をかけてくれる。
 そうだ、我々はそれだけのことをここまで成し遂げてきたんだ。」

明日は休息日、未訪の者は観光に充てるも良し
寛ぎながらここまでの苦労話に花を咲かすも良し。
もちろんサンクト・ペテルブルグまでの700kmに備えて
バッテリーを新しい物に交換することも忘れずに。
明日からの北へ向かうルート、プリンス・ボルゲーゼが100年前に走った頃は
きっと我々がモンゴルで見た光景に近いものだったことだろう。

ここモスクワでの休息日は、オーガナイザーにとって
これまでのリザルトを見直したり、これに関連する質疑に応える機会でもあり
モンゴルでの最終日、スイープ業務に専念する為にキャンセルとなった
SSの件なども加味された、改訂リザルトが公式HPにアップされた。
上記のような事情で、救急車やモバイル・ワークショップなどのオフィシャル車両が
フル・カバーにてバックアップの体勢を取れない時、オーガナイザーにとっては
SSをキャンセルする以外の選択肢は無いに等しい。
この日のタイム・スケジュール自体は、ビバークまで変更の無い当初のままだったが
これにより、実質的に道の無いところをコマ図を頼りに走って
キャンプに辿り着いたクルーたちのナビゲーションの技量が
そのまま順位に反映されるようなタフな1日となった。

今となっては、遠い昔の話のようだ・・・。