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No20(03/07/08) No22(03/07/23)>>
DAY21 (07/07/20掲載)
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「レッド・オクトーバーを追え」
イタラが戻ってきた。
#2のターナー/ハートレー組は朝になってラリー本体に合流
我々はその3リッター・モデルを久々に迎え入れた。
記憶力の優れた読者ならすでにお分かりだろうが
彼らはモンゴルに入った途端、ラリーから逸れてしまったのだ。
ウランバートルに置き去りにされた彼らは、第4発電所のお気楽な技師たちに
鉄の塊からクランク・シャフトを削り出してもらって
ようやく後半戦の序盤で追い付く格好となった。
今日、この真紅に輝くイタラが
早く走り出したいとばかりにうずうずした風で第1CPに姿を現すと
ライバルのクルーたちから暖かい言葉がかけられた。
もちろんそこには、もう一台のイタラを駆る#1、アイヤー組の姿も。
我々が朝早くに撮った写真には、おニューの帽子で颯爽と駆け抜ける
セレブ気取りのジョナサン・ターナーの姿が。
でも周囲の興味の対象は、何と言ってもイタラのボンネットの下に集まっているようで
アダム・ハートレーもそのプレッシャーに耐え切れずに革紐を解いてフードを開けると
そこにはこのイタラが1907年に製造された工場では
恐らく見かけることのなかったであろうエンジンが鎮座していた。
確かに古臭くて排気量も同じ3リッターだが、付属のダウンドラフト・キャブレター
は
まるでフォード・カプリに付いてる物のようで、信頼できる情報筋によると
搭載されていたのはヴォルガ・トラックから移植されたもので
実際には2、5リッターとのことらしい。
まぁ誰もこんな所で好き好んでリタイアはしたくないだろう、
仮にそれが長い長いトラックの旅になったとしても。
(実際には車だけがトラックの旅となり、他の連中がひいひい言いながら走り続ける中
クルー達はシベリア横断特急での優雅な贅沢旅行になるわけだが。)
今日のリポートはこんなところか?
400kmに満たない短い距離を行く暑い一日だったけど
徐々に首都・モスクワに近づくにつれて車の量は多くなり
タイム・スケジュールを気にしながら沢山のトラックをかわすようにして走るのは
まったくもって油断ならない。
途中で出くわした#35・アルヴィスのフリードリッヒ/ラックス組は
現在ヴィンテージ・クラスで5位のポジションにつけているが
ラジエーターの中が空っぽだったので、ちょうど手にしていた
レモネードのボトルを寄付してあげようとしたが
彼らは運良く小川を見つけてその傍らに車を停め、我々のオファーを断った。
ラリーの一行は今、ノヴゴロドはヴォルガ川の側にそびえる
巨大なレーニン像の影に車を止めているが、#34/ダニエル・レンシングと
ニューヨーク・タイムスの特派員を務めるミシェル・シャピロのシボレーが
バッテリーのトラブルにより姿が見えない。
彼らのバッテリーは昨日、なんと爆発してしまったのだが
きょうび6ボルトの物なんてなかなか見つかるものではない。
そして#80のロシア人クルー、イゴー・コロドチュコが駆るシボレーも
まだ未着だが、誰か彼らの話を理解できるのならば
どうやってトラブルから抜け出したのか聞いてやって欲しい。
彼がひどい燃料ラインの詰まりに悩まされて、キャブレターを分解清掃しても
症状が一向に改善されなかった、というところまでは我々も理解できた。
現在、スイーパーのクルーがイゴーを探しに出かけている。
昨日、サスのスプリングを壊してしまった
#76、1940年式フォード・01Aを駆るチャールズ・スチュワート−メンテスは
このおかげでPCと最終タイム・コントロールを不通過となってしまい
この時点でゴールド・メダルを獲得する権利を失ってしまった。
念入りに車の準備をしていただけに残念な結果だ。
それでもまだ、クラスで15位につけていたのだが
今日のスタートは叶わなかった。
ポルシェ356の若者コンビ、#121のハリソン/ダグラス組は
丸一日掛けてピストン・リングの修理が終わり、無事本体に合流。
#107、クリスプ/マウワー組のシトロエン・ロードスターも
元気に走っているところを目撃した。
明日は日曜ということもあって
幾分空いてる道をモスクワまで走るショート・ランとなりそうだ。
モスクワでは、ラリーの前半行程で競技監督を務めたキム・バニスターから
同後半担当のマーティン・クラークに、スポーティング・アスペクツ・マネージャー
の
責が引き渡される。
一度ロシアを離れれば、ラリーの内容はぐっとコンペティティヴなものとなり
残りの2週間でかなりの様変わりが見受けられるだろう。
モスクワに到着した翌日の月曜は休息日に充てられる。
そして一行は、プリンス・ボルゲーゼの後を追うように
サンクト・ペテルブルグを目指して北へと進路を取る。