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DAY20 (07/07/08掲載) 
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「ドーン・パトロール」

"Things can only get better"と口ずさみながら
ティム・スコットがコ・ドライバーのジョン・テイラーと一緒に燦々と輝く太陽の下でパンク修理に精を出している。
彼らは最高速度でクルージング中、リアタイヤのバーストに見舞われた。
他に誰もいない道の上で、1903年式の9リットル・エンジンが
フル・ロードを掛けられている時の出来事で、これで北京を出発してから
かれこれ6度目のフラット・タイヤだ。

我々が、このイベント最古参の出場車両をダートの路肩に動かそうとしている
二人組に出くわしたのがちょうど午後の3時半、ちょうどペルミを出発してから
10時間が経過したところで、この日はカザンまでの700kmという
ロング・ディスタンスを走り切るため、パイオニア・クラスの面々は
夜が明けるや否やスタートすることを選んだ。

ペルミのホテルでは、300にも上るラリー関係者の予約を何の苦言もなく受け入れた。 
協賛主義が崩壊する前から存在する、この広大なコンクリート製の建造物は
これまでに何度も我々のようなラリーの一行に寝食を提供してきた。
中程のコートヤードにはコンクリートの壁が沿うように造られ前出の1903年製メルセデス、イタラ、そしてダニエル・ウォードのタルボットはその中庭に一緒になって置かれた。
朝5時半、いつものようにメルセデスのエンジンに暖機運転のため火が入り
後部を建物に向けて駐車された車両のエキゾーストからはまるで船のエンジンのような排気音が10階まで届く勢いだった。
これのおかげで、我々はラリー中に目覚ましを掛ける必要がない。
彼が毎朝、定刻にエンジンを掛けて先発して行く限りは。

ダニエル・ワードはこれに30分遅れてタルボットをスタートさせる。
これがまた’2度寝’の防止にちょうどいい。
そして間を空けずに、デービッド・アイヤーの6リッター・イタラも
3回目の’アラーム’代わりの爆音を辺りに撒き散らしながら出発していく。
前の車に追い付こうとせず、まだマイペースで走っている頃は
クランクに差し込むスターティング・ハンドルを回す際にも
こんなに汗は汗を掻かなかったのに。

今晩、寝る前にデービッドと話をしたところ
この長い距離を走った後でもエンジンは快調とのことで
本人とコ・ドライバーの彼の奥さんも、ヘトヘトに疲れているようには見えなかった。
彼は今ホテルに戻って、グッドウィン組のベントレーをサービスしている
連中と一緒にいるようだ。

今日はずいぶんと長い距離を走らされたが
青空と暖かな太陽の下、眩しいほどの緑に囲まれたルートはうねる丘を進み
とても楽しくて良い一日だった。
ぺテル・リバノスは今日の感想を、中間地点のCPでこう語った。

 「今日の行程は、みんなが戦々恐々としてたけど
  ふたを開けてみると、なかなかの良いドライブだね。」

1939年式シトロエンのポトーヴェン/ヴァンデンベルグ組は
元気一杯で夜にホテルへ到着、ここまで後輪のアクスルにトラブルを抱えたまま
我慢の走りを強いられてきた彼らだが、今日はノー・トラブルとのことで嬉しそうだ。
すでにアクスルは5度の溶接で補修され、これはイベントの現時点での記録となっている。

今日、未出走だった車が一台。
デンジャーフィールド組のベントレーはアクスルが外れてしまい
可愛い車の為を思ってここでリタイアを申請、トラックの荷台で帰路に着く予定。
ガトー/ベネット組のラ・サールも今日、トラックの上に乗っていた。
今日のルートはここまで我々がロシア国内で慣れ親しんできたガタガタ道と比べると
遥かにマシな路面だったが、スチュアート−メンテス/メイ組の大きなフォードは
リアのスプリングを折ってしまい、現在救援要請中だと聞いた。

明日のディスタンスは、たったの350kmだ。