Mail

事務所移転の
お知らせ

 

 

 

 

 

 

 
 

 

<< No18(03/06/26)  No20(03/07/09)>>

DAY19 (07/07/08掲載) (NEW!!)
=======================
’北北西に進路を取れ’

我々が連泊した4つのホテルで朝食が供されたのが朝の6時。
6時半には迎えのバスが来る慌しさの中、ラリーカーが厳重にガードされている
タウン・センターの駐車場へ向かい、眩しい朝日の中を出発した。

パイオニア・クラスの車たちは、まるでドライバーに悪態をつくかのように
ドライブ・チェーンを激しく揺らしてギクシャクと走り
ヴィンテージ・クラスの車たちはスターティング・ハンドルから冷えたオイルをこぼ
しクラシック・クラスの車たちは遅い出発なのでのんびりムードの中
それぞれがペルミへの長い道のりへと進んで行く。

ちょうどラリーの中間地点まで差し掛かり
今日から後半戦のスタートとなった一行の様子は如何に?

パイオニア・クラスでは4台のゴールド・メダル候補がいて
うち2台がロールス・ロイスのシルバー・ゴーストだ。
#16・ブラウン/スティーヴンソン組が現在クラス1位の成績で
#15・ジョーダン/マキルロイ組が2位につけている。
#9・ヴォウキディス/ロンゴ組の1915年製のイタラが4位で
#11・ワイス/シュナイダー組のラ・フランスが5位、ともに
ゴールド・メダルの条件を満たしている。
最古参となる1903年製9リッター・エンジンのメルセデスを駆る
ティム・スコットは、ここまでのルートをすべて自力で走破し
タルボットのワード/イングレビー組と共にシルバー・メダル圏内で
イタラのアイヤー組、ヴォグゾール・プリンス・ヘンリーのパワー/マルコム・グ
リーン組
ブラシエ・トルペドのぺサード/マニン組らからは羨望の眼差しだ。
フルトン/ブルンツェン組のエセックスは感動の復活を遂げ
ゴールド・メダルの掛かった完走を目指して再び走り出した。
ちょうどここには#2のイタラが、ダニエル・ワードのタルボットと
ローリングス組のクライスラーの間に停まっている。

いくつかの車たちは、ウインドスクリーン無し・ベンチシート・リジッド同然のサ
ス・
後輪だけのブレーキ・細いクロス・プライのタイヤ・・・等々の悪条件を克服しなが

イースト・アフリカン・サファリのそれと同等の劣悪なコンディションの路面を
力強く走破して自らの‘信頼性‘をアピールしてきた。
SSでは毎日、ゴールドもしくはシルバー・メダルに値する成績を残し
しかもここまで走ってきたモンゴルの悪路は、2人のセレブ・ライダーが
BMWのモダンな二輪車での大陸横断を綴った‘ザ・ロング・ウェイ・ラウンド‘で
その険しさゆえに前進を断念し、ロシア北部を通るイージーな幹線道路に
変更せざるを得なかったほど難易度の高いルートなのだ。
このエピソードだけ取り上げても、このラリーをヒストリック・カーで
大きなトラブルに見舞われる事無く走り続けることの困難さが見えてくることだろ
う。

これまでのルートは、レッキ(下見)の時に見つけた道よりも遥かに酷いもので
特にモンゴルでは本当にタフだった。
この日の夜、1937年製のビュイック・クーペに乗る
#80、イゴール・コロドシュコはホテルのバーでこう語った。

 「ボルゲーゼ王子が走った頃は、今よりも遥かに楽で簡単だったろう。
  なにせあの頃は道が無かったのだから・・・」

彼の主張はこう続いた。
現在の道には、トラックの通行によって出来た路面の痛みが酷く
コルゲーション(波状の凸凹)による激しい振動にクルーたちはずっと苛まれ
シャーシやブレーキ・ショックアブソーバーのマウントに亀裂を生じさせる。
大小の穴、深い溝、バーのコーヒー・テーブルほどもある岩・・・
それらが路上に存在する以上、我々はすべて乗り越えて前に進まなければならないが
道が無いところを走るのであれば、自分で地表のスムーズな部分を
選び放題じゃないか・・・。

要するにモンゴル横断は、道が無かった100年前の方が
道のある−−それがどんな状態にせよ−−現在よりもスムーズだったに違いないと
言いたかったようだ。
去年の冬の荒天が、我々の試走時よりもルートのコンディションを
悪くしてしまったのだから仕方がない。

他のクルーが、こう付け加えた。

 「モンゴルはまるで月面を走ってるみたいだよな?」

一応、モンゴルには空気が存在するのだが・・・。

我々が事前に配布した資料、‘成功するラリー・カーの造り方‘に明記したように
サスペンションのストロークをたっぷり取り、車高を上げて
グラウンド・クリアランスに余裕を持たせた車は、ここまで好成績を残しているが
まるで‘コンクール・デレガンス‘の出展車両かと見紛うほどのコンディションで
ラリーに挑んできた数多くのクルーたちは、まったく推奨の準備をしてこなかった。
防水処理なし、防塵処理なし、エンジン・マウントへのキャップ追加なし、
ラジエーターへのサブ・タンク追加なし、バッテリー・マウントの補強なし・・・
数台の車など、バッテリーまでもが‘ビンテージ物‘のままだった。
当然、これらの車が下回りへの脆弱な部位に注意を払われる筈も無く
#23の小さなローバー・12などは燃料タンクやオイル・パンが剥き出しのままだ

細心の注意を払いながらの運転で、他車に比べここまで極僅かなトラブルのみ。
自身でライトのバルブさえ替えられない‘永遠の楽観者‘たちは
そのくせ車が故障してもワーク・ショップへの引渡しを拒み
トラックの荷台からの景色を車に楽しませている。

ジャムの瓶ほどもある大きな燃料フィルターを取り付け、燃料のラインを
ちゃんと保護している車がトラブルに遭う確率は低いが
中には‘熱いエンジンの真上にぶら下がってる銅製の燃料パイプは
剥き出しのままだと振動で細かいひびが入ってしまう‘というアドバイスさえも
無視して何もしないままの車もいる。
ひどいのになると、80オクタンの燃料に合わせたエンジンのリビルドさえ
省いてしまう者も。
ショック・アブソーバーの硬さを倍にしたにもかかわらず
その付け根の部分がそのままだったので強度が足らずに
結局ショック・マウントが壊れてしまう車が続出、溶接に貴重な時間をとられる羽目
に。

「私達はスピードを競う為にここに来たのではないので
  まるでラリー・カーのように車を改造する必要は無いんだよ。」

そう嘯くクルーたちに限って、後のトラブルの犠牲になる姿が見受けられた。
ある車はエンジン・マウントが壊れたせいで、ラジエーター・ファンの羽根が
コアを突き破ってしまい、貴重な冷却水をすべて砂漠にぶちまけてしまった。

 「この車、アイルランドじゃ絶好調だったのに・・・」

そしてこんな捨てゼリフがドライバーの口から。

実際に何名ものクルーたちが‘最後にリア・アクスルのベアリングとシールを
交換したのはいつ?」の質問に答えられず、なんとかこの‘世界半周の旅‘を
持ち堪えてくれと願うばかりだった。
このラリーを‘100年前にパイオニア達が正確にどんな体験をしたかを知る
レクリエーション‘と捉えている者ばかりという事実が垣間見えるが
また一方で、全行程の半分を過ぎても100台以上の車が競技を続け
うち何名もが完走のメダルを狙っている、という事実には驚くしか他が無い。

タイヤの話題が上ることが多くなってきた。
プライ数の多いミシュランやダンロップ製のタイヤを装着していないブロックリー組
は何度もパンクを経験したが、もっと深刻なトラブルに悩むクルーたちにとっては
パンクなど取るに足らない問題の場合も。
コルウェイ・エンジョのリモールド・タイヤを装着したクラシック・カテゴリーの数
台は
ここまでただの一度もタイヤのトラブルに見舞われずにタフに走り続けている。
重いトラック用タイヤをチョイスした他のクルーたちは
これによるバネ下重量の増加がショック・アブソーバーの問題を
引き起こしているのではないかと訝しそうだ。

決断はとても個人的なことで、それはクルーを金色や銀色のメダルへと導く
大きなベアリングを内包している。
片や壊れたラジエーターを直すために鍛冶屋を探し
夜通し走って何とかラリーの本体へ追い着こうとする者がいれば
片や行程が険しくなるや否やとっととギブ・アップしてしまう’観光気分’の者も。
モンゴルへの国境を渡った瞬間にラリーの’本質’を悟った彼らは
ここぞとばかりに一致団結し、何日かの間
この世界の果てから脱出するために’お役所仕事的面倒’と格闘していた。
逆境における意志の力と決断力、車が絶望の状況に陥ったときにも
前に進む能力、これらの有無がリザルトの上に如実に現れる。
#75、ポトーヴェン/ファンデンベルグのオランダ人クルーは
1939年式のシトロエンを駆って1、650kmの距離を
僅か21時間で走り抜けた。
ドライバーが犬に噛まれるというアクシデントに遭い
狂犬病の注射を受ける為に貴重な時間をロスした後での猛追だったが
車の古めかしいサスペンションが、急ぐクルーにとって更なる試練となったようだ。
1928年製のクライスラーに乗る最年長ドライバーの一人、ボブ・パティソンは
追加募集でのエントリーで、恐らく車の準備もほとんど出来てないままに
参加を決めてしまったようだ。
モンゴルではエンジンのコン・ロッドが曲がってしまうトラブルに見舞われ
アクスルのハーフ・シャフトも壊れてしまった。
でも彼は今夜ここにいる、ホテルの周りを歩くその顔は嬉しそうだ。

ヴィンテージ・クラスでは22名のクルーがゴールド・メダル圏内、
18名がシルバー・メダル圏内となっている。
引き続きトップ3はシボレーのファンジオ・クーペに占められているが
カーター/フェアクロー組のダービー・ベントレーが僅か1分差の4位につけ
その後ろにもアルヴィスのフリードリッヒ/ラックス組が控えているのが
興味深いところだ。
全体でも総合7位のトンプソン組は、これが彼らのクライスラー75で走る
生涯初めてのラリーとのこと。

クラシック・カテゴリーを引っ張るのは
ロシアのTVクルーによる「これ本当のタクシーですか?」の質問に
いい加減うんざりしているであろうリンドネルのフィンテール・メルセデス。
30分ほど遅れての2位にはジャガー・マークUのウォート/シャックルトン組。
ここから僅か4分離されての3位にはギャリー・ステープルのVWビートル。
以下、鮮やかなオレンジ色が目を引くスチュードベイカーのヘイズ/ヴァン組・
グッドウィン組のアストン・マーチン5・ウィリアムス/デイヴィーズ組の
ライリー・RMと続く。

レディス・クラスでは、どうやらサンビーム・ラピエの
リード/ウェインライト組の勝利が濃厚となってきた。
現在クラスでも7位、このまま行けばシルバー・メダルも同時にGET可能。

50年代のオープン・ベントレーに乗るフランシス・ケイリーは
コ・ドライバーと決裂してソロになってしまったが現在も走行中。
幸運にも代わりにスコット・アンダーソンを助手席に迎えることができた。
彼のトラブル続きだったフォード・Tモデルは結局ウランバートルから
先に行くことが出来なかったが、ここまで飛行機で来て
自分の新たな仕事を見つけるかたちとなった。
そしてドライバーには、予定外のクルー・チェンジとして
24時間のペナルティが加算される。

ポルシェ356の最年少クルー達、ハリソン/ダグラス組は
残念ながらピストン・リングを壊して立ち往生、ラリーの一行から離れてしまい
現在パーツの調達を待ち続けている状態。
沢山のダストを吸い込んでしまうことに起因するこのトラブルは、彼らの356が
現役で走っていた60年代のラリーの頃から悩まされていた車種特有の問題で
このまま足を引き摺るようにして走るよりはマシとの英断だったが
これにより、彼らはシルバー・メダルの資格を失ってしまった。

昨日のシビアな路面からの底打ちにもかかわらず
今朝のスタート・ラインナップに顔を揃えた面々の中には
ピス・ヘルメットを戴いた孤高のドライバー、ジャン・ヴォボリルの姿も。
先日の街中での交通事故で無残にも曲がった前輪とアクスル・シャフトは
この休息日ですべて叩き直され、ここに感動の復活を遂げた。
くるぶしまであるシープ・スキンのコートを羽織って帽子を被り
自車に歩む彼の姿に拍手が沸き起こった。
そう、彼よりも遥かに楽をしてここまで来たクルーたちから。

北京を出発した128台中、トータルで110台のラリー・カーが
今晩ペルミに到着した。
中間点でこれだけの数の車がまだ競技を続けていることを
一体誰が予測できただろう?