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DAY15 (07/06/22掲載) (NEW!!)
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ノボシビルスクからオムスクへ

まるでスイスの田園風景のようなロシア辺境の地を抜け
ノボシビルスクを今朝出発した休息日明けの我々は
ほぼ平面でかつほとんど真っ直ぐな、まるでノーフォークのような
樺の並木が両脇に続く道を600kmも走ることとなった。
何も変化がおきない・・・我々はこの単調さに慣れなければならないと言われた。
数日前のモンゴルでの景色と見比べると、なんてコントラストだろう。

我々はタイム・コントロールのためにトラッカーズ・カフェに立ち寄り
オムスクへの長距離移動を前に、スナックやコーヒーで一息ついた。
プリンス・ボルゲーゼとそのライバルたちがここに来たのがちょうど100年前
この街の古い丸太小屋や農家の家々などの、ロシア独特の建築物は
果たして当時と何かしら変化があったのだろうか?

他にはルートブックのページをむしり取るくらいしか書く事が見当たらないが
そう言えば今朝のスタートは午前8時、計109台のラリーカーが
スタート・コントロールを順々に通過していったはずだったが
少なくとも5台の車がこの手順を省いてさっさと出発してしまった。
恐らく休息日の後でやる気満々、先を急ぐあまりに慌ててのことだろうが
しっかりとジャンプ・スタートのペナルティが加算された。

我々は途中で数台のラリーカーを追い越した。
マクネアー/トムソン組のデラージュにくっついて走るパレン組の小さなローバー
とても調子の良さそうなアイヤー組のイタラ、そしてウィルソン組の
黄色いロールス・ロイス。
コーヒー休憩では、リチャード・ニューマンのクライスラー・スペシャルと
アーサー・フリーマンのフォードがガス・ステーションで給油。
穴ぼこだらけのバンピーな道も、ほとんどの車は事も無げに走っていくが
#35、フリードリッヒ/ラックス組のアルヴィス・スピード20は
長距離移動に備えて、ここで軽微なメンテナンスを行った。
彼らは本日の行程を一番に終え、川の近くにあるホテルに最初に戻ってきた
集団の一部だが、日曜ということもあってルートの交通量は少なく
時折トラックを見かける以外はほぼ’ラリー御一行様専用道路’状態の中
140km/hの速度で巡航する機会もあったりで
パイオニア・クラスの中でオムスクに最初に到着した
ダニエル・ワードのタルボットは、600kmを12時間掛からずに
走破したとのことだった。
この車はここまで時計の如くステディに走り続けていて
不具合といえば一度、フロント・アクスルの曲がりを直したくらいだが
その作業はロシア蒸気機関車博物館の中で見つけた巨大なコー
ルド・プレスで行われ展示の中にはドクトル・ジバゴの映画のセットに
使われたに違いない巨大な蒸気機関も含まれていた。

ラリーの一隊に#6をつけた車が戻ってきた。
記憶力のいい読者ならすぐピンとくるだろうが
モンゴルに入る前にクランクケースが割れてリタイアしてしまった
あの1911年製の7リッターマシン、ノックス・タイプRだ。
彼らは心臓の止まったノックスをトラックに積んで北京まで引き返し
何とか息を吹き返えらせたのち、もうロシアまで進んでしまっ
たラリーの一行に追い付くという離れ業をやってのけた。
あいにくエンジンは現在3気筒となってしまったが
まるで離陸するソッピーズ・キャメルのようにけたたましく音を立てて走る
赤くて車高の低いこのパイオニア・クラスの車はこれから先
我々と一緒に走るとの事、いいニュースだ。

本日の最初の犠牲者は、#28・フロスト組のシボレーで
ステアリングが壊れて走行不能に陥り、地元警察がトラックを素早く手配した模様。

悲しい知らせは、#60・ダンクレー組のダービー・ベントレーに
さよならを言わなければならないことだ。
どうやらクランクのビッグエンド・ベアリングが逝ってしまった様で
これ以上の修理は不可能とのこと。
おそらく世界で一番長い距離を走ったであろう、このダービー・ベントレーは
1997年の’北京−パリ’、2000年の’80日間世界一周旅行’
’モンテカルロ・チャレンジ’、’クラシック・サファリ’を全て完走。
まさかこの年になるまでこんなに働かされるとは、この車も思ってなかったろう。
オーナーのダンクレー夫妻は、今から帰路に着く。

#46、ミューラー/メドカルフ組のベントレー4,5は
モンゴルの悪路で飛ばしすぎてリア・アクスル他いろいろな箇所を壊してしまい
ようやく修理が終わってから36時間ノンストップで走り続けて本隊に合流。
驚くべき頑張りを見せた。

残念なニュースがもう1つ。
孤高の隻腕ドライバー、ジャン・ヴォボリルの駆るランチャ・テータの名が
コース・マーシャルの意図により総合順位から消えてしまった!!
これで彼の総合3位の座は宙に浮いてしまった、ここまでの順
位判定の方法次第では総合1位の可能性もあったのに・・・。
理由は単純、レギュレーションに‘2名で競技する‘と明記されているから。
(いつこの判定が下されてもおかしくなかったが、延び延びになってたもよう)
これにより総合順位の見直しが行われ、彼はこのままラリーに
同行するものの順位の対象からは外れることとなった。
でも片腕での全コース完走だけでなく、オフィシャルからのサ
ービスを受けずにパリへ辿り着くという目標を掲げる彼にとっては
恐らくラリーの成績など些細な事かもしれないし、これより以降は
他のクルーと競うかわりに‘自分との戦い‘へさらに没頭する日々を送ることになるであろう。
(でも彼の事は一部始終が報じられることになるだろうが・・・)
ヴォボリル氏はパリに着いたら自分へのご褒美にトロフィーを
買い求めついでにそれをオーガナイザー(FIVA)にプレゼントすると話した。

噂によると、#2のイタラを駆るターナー/ハートリー組は
現在シベリア横断特急の車内にいて、別途トラックで陸送中の
車と合流し次第ロシアのどこかでラリーの本隊に復帰するとのこと。
この噂の出所は1997年の北京−パリを完走し、今回もここまで順調に
オープンのクライスラー・スペシャルを走らせているデーヴィッド・ホール。
興味深いことに彼の荷物はこのイベント中、他の誰よりも軽かった。
(但しコンパクトなシンガー9を駆るビグルスとジンジャーの荷物を除く)

今日も109台もの車がスタートしたが、実際のところは
猪突猛進に早発する者あり、虎視眈々と巻き返しを図る者ありで
このステージにおけるゲームのスタティスティックは
例外的に強調されたオーガナイザーの決断力と、人々の純然たる努力に他ならない。