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Organisation Voice 2004/10

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2004/10/29 (金曜日) 

ガストンライエミーティングのエントリーリストに、スズキSP370を見つけて、びっくり!!
「SP370かあ!」
遠くを見る。ため息。
そのSP370はスズキ初の4サイクル・オフロード車!
ハスラー250がヤマハDTに後塵を浴びせかけられ続けて、当時の今もよく似た2St から4St移行ブームで打倒YAMAHAを掲げたかどうか知りませんが、聞いたこともないような「370ゥウ!?」CCのデコンプも無いバランサーもない!信号もない!あっ信号というのは駄洒落ですから!!ちょっと切れた4ストシングルマシン!を・・・・後略
なんかそのエントリーリストに載ったSP370という暗号のような、エタイの知れない記号を見た瞬間「やっ、やられたー」と思ったものでした。オミソノひとつはスズキであるということ。ひょっとしたら・・・・このへんてこなバイクは良識ある日本人が開発したとは思えん、もしかして、もしかしたら、そうなのかしら。ガストンのお調子者が開発にかかわっていたりせんのか!?それでもいいわ、ちかごろすこし、普通のバイクに飽きたとこなの。
と、すっかりそのSP370に乗ってくる人がどんな人なのか?地球人なのか?宇宙人なのか?興味津々!なのであります。おそらく1970年代製のバイク、もうひとつはそのライディングウエアはなに?というところ。ここまで書けばきっと乗ってくる方は困ってしまいそうなので、でも楽しみにしていますけん。で、はっきり言って今回の参加人数!多いです。HOTELの部屋は足りません。キッパリ。

きょうの一枚
ゾーモットに続く涸れ川の中のピスト。ここまで来ればゾーモットはもう少し、日があるうちには辿り着けれそうです。


2004/10/28 (木曜日) 

えひめ町並博2004も、この週末でフィナーレ!本当にロングランでしたが、終わろうとしてる今はホッとしてるというよりも寂しいなあという気分でいっぱいです。企画段階から3年。山田オート商会というのはアドリブでしたが、大勢のお客さんと出会えて、小売業などさまざまな人と出会える仕事もいいなあ、と思うことしきりでした。九州の○鶴さん夫妻はすっかりはまってしまったし、岡山から広島から、山口から高知から、もちろん東京からと、お友達もたくさん遊びに来てくれました。バイクツーリングのお客さんもたくさん、ねえうなぎさんやっぱカフェ・・・・やらんといかんかね。いやこのイベント本当に楽しかったですって。

さて11月はイベントが目白押し!そのうえBEIJING-ULANBAATARのプレエントリーも始まります。ここも踏ん張りどころ!ですね。長く続けられるイベントに育て上げるにはまさに今の局面が正念場!印刷物まもなくです。GRMでは配布できそうです。それと、体調も回復基調、行きつけの事務所裏のレトロ炉辺焼き居酒屋「しみず」の女将?も「最近元気そうでオーラが帰ってきたねえ」「オーラ?」そんな風に元気です。昨日は○松の親分といっぱいやってましたけん。そんな調子でミーティングも「よしっ、走ろう!」とバッグの中からライディングウエアを引っ張り出して陰干ししたり、オイルの切れかけたブーツにミンクオイルをたっぷりとご馳走してあげたりと、なにかこう芭蕉のいうところの「道祖神のまねきにあひて取もの手につかず、もゝ引の破をつヾり、笠の緒付かえて・・・・・・」てな心境です。どうして旅というのはこうして心をときめかすのでしょうか。そのくせ家に帰り着くと「あー、うちが一番!!今回は疲れたー」なんて言っているのですが。それはさておき、新しい旅の始まりの予感ですねえ。みなさん走りに行きましょう!誘ってくださいねっ。

大洲の町並みで日暮れに片づけをして、明かりのともり始めた町を歩いていると、家の中からは家族の弾むような声と、煮付けのいいにおいが・・・・・本当に郷愁をそそられるのはこんなささやかな一瞬。旅も、いまではそうして名所旧跡を巡る旅から、そこに暮らす人々の息遣いを感じる旅に変わりつつあるようです。北京でもそんな風な路地裏までルートが伸ばせればいいですよね。明天見、再見。

きょうの一枚
モンゴルから遊びに来ているムッホは、昭和30年のトーハツのエンジンをかけるのがうまく、それに乗って大洲の町並みを走っています。ちなみにムッホは昭和48年生まれです。どうですか?あと二日ですよ、「今度の日曜にはお出かけください」byムッホ


2004/10/27 (水曜日) 

「人命は地球より重い」子供の頃?そう聞いて、「どういう意味なのか?良く理解できなかった」ことを覚えています。なんだ!超法規的措置のエクスキューズだったのか?と気付くのにはずいぶんと時間がかかったものです。超法規的措置・・・法律を超えたところにあるものとはいったい。まあそれはさておき、いったい人間ひとりの価値=命の重さは・・・どのくらいなのか、あの頃もそう考えました。今もそう考えています。中越地震、失われた数々の命と風前の灯となっているいくつかの命、車の中に取り残されていると思われる母子の救出、イラクで人質になった日本人男性の命。
イラクでは6月から9月までのたった4カ月の間に92件の自爆によるテロが発生し、イラク人560人が死んでいたり、小学校の占拠と大量殺戮、・・・・どうもこの21世紀初頭は、痛ましい事ばかりのような気がしてなりません。

どうか、こうした災害や憎しみの連鎖から、人間が自由になりたいものです。世界のどこにいても、どこにいくのも安全で自由であること、なんてのは夢なのでしょうか。
今ニュースでは、男児が救出されたと告げています。ここからですねレスキューが急がれます。こうして生命の尊さに、深く思いを致す日々です。

きょうの一枚
僕はラクダが好きです。特に表情とシルエット。ラクダラクダラクラクダ。前も書いたかな?


2004/10/26 (火曜日) 

「BEIJING-ULANBAATAR 2005」
航続距離のお話と、僕が新カテゴリーの創設に悩んでいるっていうお話

既に一部リリースしているので御存知の方も多かろうかと思いますが、来年のBEIJING-ULANBAATAR!!車両のフュエルレンジ(航続距離・つまり満タンで走行可能な距離のことです)をAUTO/MOTOとも300kmとしました。1日の行程で600kmを超える設定はありません。場合によっては、長いリエゾンなどが入ってそうなった場合は、舗装路の比率が上がり給油もロードサイドのステーションを使用できるように致します。燃料と航続距離を考えるにつけ、また中国という環境への提案を考えるにつれ新カテゴリーを作ろうかと考えています。

発表段階には無いので、内緒ですけど・・・・・「エコチャレンジ部門」参加可能な車両は制限されません、ハイブリット、軽4、バイク、電気自動車、など燃料の消費量の少なさを競います。ただし決められた時間内に決められたルートを通りビバークに到着しなければならないのです。ビバーク地はラリーと共通です。毎日150kmまでの短いSSもあるというもの。ただし砂丘には入りません。気温的には厳しいエリアもあります。名称は「アジアン・エコチャレンジ」世界に向けて発表したいと考えていますが・・・・みなさんの御意見を聞かせてください。

賛成・・・反対・・・(理由:まだ時期尚早、危険、運営に大きな負担になる、その他)

きょうの一枚
2001年のラリーレイドモンゴルでは、スガワラテルヒトは自作バギーで出場!!このラリーの慣例で、一番最初のSSのスターターはカミオンバレイのドライバーが務めます。というわけでこの年は、父親の菅原義正さんがスターター!この一年前は、まったく反対の映像が残っています。息子が父親のカウントダウンをする・・・・・世界のラリーレイド広しと言えどもってそんなに広くは無いけど、さすがにこうした風景は無いのでは!!その菅原さんたちは、パリダカール2005、2台のカミオンで出場!全力で応援!!したいものです。


2004/10/25 (月曜日) 

こんなことが続くのでしょうか。このOVで2回連続で災害被災のお見舞いを申し上げることになるとは。今回の中越地震の被害状況が明らかになるほどに、その凄まじさに言葉を失ってしまいます。被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。これから雪の季節がやってきます。特に豪雪地帯のこの地方で被害に遭われた方々のことを考えると、1日も早い復旧を願わずにいられません。

この週末は、雲ひとつない澄み切った青空と深まり行く秋の風情。しかしこの罪の意識のなさそうな空の向こうでは、こうした未曾有の大災害が発生しているとは。僕は土曜夜、大洲で町並博の会議の席上の挨拶で「新潟のほうでは・・・・・」と聞き、本当にこのところの度重なる自然災害の多さに、暗澹たる気分になりました。リスクマネジメントなんて事を書きましたが、本当のところは自分にしてもまったく何も出来てないのだなあと思うことしきりです。えひめ町並博も残すところあと1週間となりました。ロングランのイベントでしたが、「あれSSERのテント?!」なんて皆さんにビックリ!していただいたりしましたが、われわれ的(変な日本語)にはほぼ満足の行く内容で締めくくれそうです。(しかし会期中に2度もの水害!!はいかがなものか)

いま日本中に「温故知新」の心の「温故」の部分に人々が傾斜しているような気がします。「あの頃は良かった」という一般的なものから、ムラ社会時代の社会構成や人と人との関係性を論じたり、核家族から大家族構成への憧れが芽生えたり、シンプルでナチュラルな生活に対する回帰指向、農業に憧れたり生産効率ばかり追求しない生活のあり方、武士道をはじめ日本人としての本来的な心のありようなどに深い興味と感銘を受けたり。古民家や古い町並みでの営みに、参加したいとか暮らしたいとかと思う心が増幅してきたり・・・・・・と言葉にすれば枚挙にいとまがないほどに温故の心が広がってきています。

それでもどこかで確信しています。
やがて、どうにもならないほどのユビキタス?っテナニ?な未来はそこに来ています。もっともっと利用者と供給する側は、交わらない平行線を広げていくことになります。しかしそこで気付く「そうだ引き返せばいいんだ・・・」するとまじわるところがあるかもしれない、と。

きょうの一枚
あの、スコーンと抜ける日本離れした天気のSUPER-Nラリークロス、9名に絞られたファイナルクロスのメンバー。さて、次はどんなメンバーでしょうね。エントリーが始まりました。楽しみです。一日中遊べますよん。


2004/10/22 (金曜日) 

台風23号は列島に甚大な被害をもたらしました。被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。また一日も早い復旧をお祈り申し上げます。こうして度重なる台風や水害、いつも災害は予測できない事態を引き起こします。そのあとのあっけらかんと晴れた青空を見ていると、少しずつ忘れていくのでしょうか。リスクマネジメント、何も保険屋さんの話ではなくて、我々の大切なビヘイビアアイデンティティのようなものだと思っています。リスクマネジメントは、大きく二つに分かれるでしょうか。まず来る危険を予測して対策や備えをしておくこと。避難などもこれにあたるでしょう。もうひとつは、それに直面した場合の自らのサバイバルと、困難に直面している人たちへの救援救助行動ではないでしょうか。以前にも書きましたが、徴兵制の無いわが国では、教育の現場で必須科目のようにこうした術を学ぶことはないようです。災害・・・・これからはますますその頻度や規模も大きくなってくることが予想されます。根幹にあるリスクマネジメントのひとつは、京都議定書の発効。ロシアも批准に向けて動き出したので、効力を有する55ヶ国の調印あって、ついに法的拘束力を有します。さすがのロシアも拡大する一方の森林火災や、爆発的な増加を見せる首都モスクワとその近郊の自動車販売台数。世界は未曾有の「終りの始まり」に突入しているのではないかと感じます。
FIMの2005年のエンデューロの車両規則にまで、電気を原動機とするもののカテゴリーがスタートしそうです。実態よりも先にこうしたものがあるのは、興味深いものです。

きょうの一枚
マシンも同じならセットアップもほぼ同様の両雄、手前ゼッケン1は池田秀仁選手、向こう側ゼッケン2の森田昌和選手。因縁の2ステに揃って旅立つところです。


2004/10/21 (木曜日) 

「血染めのレッドソックス」
いやあ、参りました。こうしたエピソードにはめっぽう弱いのですが、シチュエーションといい、因縁といい完璧な物語のようであります。いや、物語でも出来すぎた話になるのじゃあないかというくらい。なにが?ってプレイオフのヤンキース-レッドソックスの第6戦。第1回戦で右足首靭帯断裂で3回KO!を喫したシリング投手、激痛に顔を歪ませながらの投球には、まったく驚いてしまいました。神様はいろんなことを演出するものです。そのレッドソックスの投手の白いソックスが血に染まっている姿に、世界が感動というか畏敬の念を感じたものです。これでモメンタム(流れ)は完全にレッドソックスだわな!と思ってたきょうの最終戦は、レッドソックスの圧勝!またしてもヤンキースのワールドシリーズ出場ならず。でしたが、スポーツの力!を実にマザマザとしかも痛快に、部分的には驚異と畏敬の念で感じたものでした。こうなればレッドソックスに86年ぶり?だかのワールドチャンピオン!!になってもらおうじゃないの!!でね、子供の頃から思っていたことなんだけど、確かにアメリカの大リーグは世界一だとは思うんだけど、でもやっぱアメリカだけでやって、ワールドチャンピオンだってのは良くない。勝手すぎる。ワールドシリーズをするべきだと思う。アメリカズカップみたく挑戦チームを決めるシリーズがあっても良いじゃないですか。それでこそ自由と平等の国アメリカの大義ってもんだ。いたずらに世界を自分のものだと思ってはいけないのだ。

日本においてもそうだと思う。昔はアメリカンフットボールの大学王座決定戦甲子園ボウルってのがあって、って今もあるけど、実質日本一なんだけど実は関東学生の優勝大学と関西大学リーグの優勝校の対戦なので、いつかしら東西大学王座決定戦というふうに訂正された。さわやかです。スポーツというのは、ウソ、マギラワシイ、デタラメな表現をしていてはだめ。真に目標に向かって、いわゆる競技生活を送り精進している者に不誠実だと思う。具体的には何のことを言いたいのかは、言わない。ただ、競技者以上に競技運営者や主催者は真のスポーツマンシップを持たないとだめだ!ということがひたすらに僕は言いたい!ショウマンシップは参加者に任せておけば良いんだ!!

きょうの一枚
昨年のガストンライエクラシック、参加者のマシンを1台1台丁寧に見るガストンライエ、その視線は真剣そのもの。
 


2004/10/20 (水曜日) 

ここのところガストンライエ特集になってしまってる感のあるこちらのOV!
そんなこんなで僕はR1200GSが届きました。これでガレージには1985年製のGSと2004年製のGSが同居する羽目に。もちろん1985年製は80G/S パリダカール、ガストンのシグネイチャーモデル、32Lのラージタンクにガストンのサイン。ガストンに「これって手書き?」って聞くと「そう、1000個全部書いたんだよ!」と、そうか1000台限定だったんだ!
そのGSの生まれた1985年といえば、SSERがスタートした年でもありました。ガストンに憧れていた僕は、何とかこれを手に入れたいとひそかに狙っていたのですが、悲しいかな世界1000台!!まあ無事に手許にあるんですから良いとして・・・・いっぽう2004年は、そのSSERの20周年にあたる、のでありますからということは、この2台の間には20年の年月が流れているのです。20年。
で、どちらがどうかということは、ここでは語りません・・・・・・うー、語りたいけど。

「人生は退屈だ。だからバイクで旅に出るのがちょうどいい」
誰の言葉でもありませんが、はじめてG/Sを手に入れた時に思ってたことです。実際はこれでたいした旅にも出ず・・・・・よしっ!旅にでるぞっ。て、何回ここで書いたことでしょう。

きょうの一枚
TDNで日本の林道を堪能する?ガストンライエ!!速いのは抜群に速いのですが・・・。


2004/10/19 (火曜日) 

「片山右京、マナスル8163mに挑む」
2002年ダカールの海岸でビクトリーランのスタートを待っていると、片山右京さんがやってきて「すいません、サインをお願いします。」と僕に自らのヘルメットを差し出した。「ほう、右京さんにサインねえ・・・」と言いながらヘルメットにサインの交換をした。山の好きな彼とは、ラリーの中でもよく山の話をしたのですが・・・・・そうですか今度はマナスルですか?マナスルと言えば、僕達がまだ子供の頃、槇有恒隊長率いる日本隊が輝かしい初登頂の快挙に日本中が沸いたのを覚えています。とはいえ、8000mを越える山は神々の領域といわれ、右京さんはシシャパンマ8008mを昨秋に登っていて、今回成功すれば二座目!!11月中旬の登頂を目指しています。8000m峰全14座の全山登頂を目標にする彼の成功の積み重ねを祈りたいと思います。

音量の問題
いまではMX場のほうが、音量規制にうるさいのではないか・・・一般公道をフィールドにする我々の基準が、クローズドフィールドのMXより甘い!!しかも夜間民家の前を続々と駆け抜けていくSSER!これから時間をかけて、対応等を固めていこうと考えています。御意見や御要望も承ります。どうかどしどしと御意見をお寄せください。また会場までやってきて音量で車検に落っこちると言うのは、やっぱりつらい!会場でそう言った場合の対策が出来るサービスブースを展開するなど、いろいろアイデアを出して、こうしたラリーが社会悪と言う見方をされてしまわないように考えたいものです。

きょうの一枚
TDNのラリークロスを走るガストン!気持ちのいいグラストラックの市街地コースだったのですが、バックストレートはご覧のような状態で、後ろに見えるのは雪?とにかく面白かったですね。今度のラリークロスは、ガストンも櫓の上から見物することでしょう!サバ!!


2004/10/18 (月曜日) 

週末は目の醒めるようなお天気!!!皆様はどちらで秋を満喫されていましたでしょうか??僕は?というと、残りあと2週間となった「えひめ町並博」で、腕がパンパンになるくらい!サイドカーの運転手役を務めていました。そこでふれあう子供達の笑顔が、もうとっても素晴らしくて・・・・・乗っているバイクはサクマエンジニアリングが輸入しているウラルというロシアのメーカーのサイドカー、フラットツインで抜群に良く走るということはけしてありませんが、この乗り味は僕はもうヤミツキになりそうな感じです。そこらにあるR100かなんかのエンジン積んだら、もういけません。話は変わりますが、ここのところ、この大洲を訪れるライダーたちの数の多さにも嬉しい悲鳴!!最新バイクトレンドも分かるってもんです。そして、何かこう古き良き物にこれまでに無く異常に興味津々の若者が増えてきているように感じるのは、そういう環境に自分が居るからだけではないように思います。そのうちやりましょうね、古いバイクのエンデューロ!20kmくらい走ってあとはしゃべくってる時間のほうが長いようなやつを!むかしのウエアも「あったかなあ?」とサテンのJTのパンツや、ジャージのありかを探しているのでありました。多分はけんけど。

さて、ガストン・ライエは11月3日来日予定です。
それでもって、ミーティングとクラシック、ふたつのイベントで日本を楽しむ予定です。楽しみにしています。

あとBEIJING-ULNの参加車両などのレギュレーションの検討が佳境です。公式発表でないので、リークのように聞いてください。
一番気になるFUEL RANGE航続距離のことです。MOTO・・・300km、AUTO・・・400kmで、AUTO部門も含む全ての参加車両に、それぞれのエタップでスタートから300km以内に用意されたRCPで給油の予定です。車両は原則として「タイヤが着いてエンジンがガソリンかディーゼルのもの、タイヤによる駆動なら2輪以上でなんでもOK!」です。日本国内の登録は抹消されていても、はなから未登録でもOK!の予定。保安部品に関しては、また現地の交渉の後、発表します。騒音に関しては基準を作る予定です。カルネの必要は無い予定。というふうに少しディティールが現れてきましたが、どうかご期待ください。

きょうの一枚
昨年のガストン・ライエ、そういえば昨年はF650でした。このマシンは何を隠そう「お疲れ様です。仙波です。」のセンバクンのバイクでした。みんな仙波クンに会いたいよね。司会はスパさんとセンバクンとかがいいなあ。ねえセンバクン聞いてる?


2004/10/15 (金曜日) 

秋も深まってきました。土日は再び大洲です。岡山からは○原さんと○溝さんがやってくる予定です。秋は良いですねえ。いや秋はいい。

今日は金曜日というのにスーツ姿で出社!!BEIJING関係の来客が全国からラッシュしていまして、夜になるとグッタリ「あーーあ、疲れた」のであります。そのBEIJING、順調にスタートをきりました。ヨーロッパからの参加者のために、フランス・ベルリン経由の輸送用のカミオンを往復させる予定ですし、ラリーにはメカニックとサービスのカミオンが走ることになりそうですからお楽しみに!!ですからメカニックがいないから参加するのがちょっと・・・・という方には朗報かもです、続報をお待ちください。また中国ステージでリタイアしても、人車ともにウランバートルを目指すということが、きょう合意し確認されました。そんなこんなで、エントリー費関係も最後の詰めが終わりましたので間もなく正式に印刷されたものになることでしょう。お楽しみにです。

ヨーロッパからも実は問い合わせが始まっていまして・・・・ちょっといい感じになって来ています。どうですか、ウランバートルからついでにフランスに運んでおいて!なんていうニーズにも対応できるかもです。出来ないかもですけど。そろそろアジアに本格的な、パリダカに勝るとも劣らないとは言わないけれど、そうしたラリーレイドが誕生し成長していくかもです。ご期待ください。ガストンライエミーティングではそうした意見交換会も出来るのでは・・・・と、とっても楽しみにしていますけん。

きょうの一枚
ガストンと愉快な仲間達。
今年もこんな笑顔がみれたらいいですね。
天気と。


2004/10/14 (木曜日) 

ガストン・ライエ・ミーティングとガストン・ライエ・クラシック
このふたつのイベントが2週にわたって開催されるのは、賢明な皆様にはお察しのとおりです。1度の来日で2度楽しめる!みたいな考え方で、ガストンにはご苦労をかけているのかもしれません。ミーティングでは広くツーリングライダーにもふれあう機会を、クラシックでは彼の名前を冠したラリーイベントを残したいという思いからです。
今回はどちらのイベントにもTDNでI崎君と死闘を演じた?ミハエル君も来日します。ミーティングにはKTM950を、クラシックにはKTMの軽いやつ、またまたマエダ君と絶妙な手話(本人は外国語だと思っている)のコンビネーションが復活するかと思うとそれを見るだけでもタノシミ!どうI崎クンも来なくちゃ!!

「ミカエル!ちょっとここ持ってて!」
「ウイ」

本当にこんなのでコミュニケーションが成立してるんですね。このふたり。

ガストンところには期待の佐野新世君がいまモタードのヨーロッパ武者修行中!!であります。彼のエクストリームが結構人気らしくて、こうした若い才能が世界に飛び出しやすくなってきているのも事実。

さて、ガストン・ライエ・クラシックは、ラリークロスと林道のSSを組み合わせた新しいスタイル。林道を大量に夜間使用して行う現在までのSSERの基本スタイルは、2stマシンの増加などから、相当に地域住民の皆さんに負荷をかけています。ですから、少し冷却期間をおきたい主催者の立場もお察しくださいな。そんなことよか、またまた新しいシステムの模索に挑戦するという気分なのです。何も林道だから初心者向けで、クローズドになるととたんに上級者向けと言うことでもありません。楽しみ方は無限大ですけん。今回のクラシックは、施設を飛び出してキャンプ場です。寒いです。でも鍋をつつきながら夜が更けるまで、ガストンやミハエル(と言ってもガストンの一人舞台でしょうが)の愉快なお話を聞こう!という試みです。キャンピングチェアってか椅子と毛布は必需品でしょうね。みんなの走りもたっぷり見れるラリークロスはガストンも大喜びのはず・・・・
さあ、2DAYSが終わったばっかですが、11月晩秋の京都と久万高原、どちらかでも、出来ればどちらへもお越しください。ミーティングではBEIJINGネタもたっぷり。クラシックでは、さて何が飛び出すかお楽しみにです。

きょうの一枚
紅葉のシーズンが始まりました。写真は去年の信州のものなんで四国の様子とはチト違いますが・・・・空の青とのコントラストも見事です。それにつけても地球上にある色はまさに多彩。こうした色を愛でる旅なんかも良いかもですねえ。間もなくシーズンですよ。


2004/10/13 (水曜日) 

「GASTON RAHIER MEETINGの御案内」

秋もずいぶんと深まりました。パリのガストンからFAXが届きました。彼は病気療養中ですが、秋に日本にやってくる事、そして皆さんに会って楽しい時間を過ごす事を、本当に心から楽しみにしています。
今年で6回目のミーティングですが、これを約束したのが1999年のラリーレイドモンゴルのゴール後のホテル。その時は2人とも半信半疑ずつだったのですが・・・・・このイベントは、皆さんもそうである様にわれわれにとっても人生の中でも、珠玉のような時間であり大切なかけがえの無いものになっています。もちろんわれわれだけで彼を日本に招くのは難しく、多くの共感していただく皆さんの参加料のほぼ半分くらいがそれに当てられています。まことに感謝に耐えません。

個人的にいえば、僕をここまで導いてきたのは72年に松山のMXで見た彼の走りであり、TVで見たテネレを走るBMWの映像であったわけです。その2回の出会いが無ければSSERも存在せず、もちろんモンゴルなどのラリーもですが・・いや全く人生というのは不思議です。巡り会いやきっかけ、さまざまな偶然といたずらが妖しく織り成す錦のようなものだとお思いになりませんか?その錦織り成すといえば、秋の京都!バイクで走る悦びはいかばかりでしょうか?皆さんの参加を心待ちに致しております。ガストンからのFAXレターをそのまま皆さんにもおすそ分け。

このイベントは、ガストンとは20年来のお付き合いの菅原義正さんの御協力によるものです。心からお礼を申し上げます。またGSクラブの皆さん、BMW-JAPAN、フラットの皆さん市川さん、ビッグオフロードクラブをはじめ、全国の皆さんの友情に幾重にも御礼申し上げます。全く腕に自信がないといわれる方も、どしどしご参加ください。全くとは言いませんが、腕は問題ありません。その不思議な巡り会いの場にもこのイベントをして行きたいと願います。そしてこのイベントがいつまでも続けられるよう、ガストンの健康を祈りたいと思います。


2004/10/12 (火曜日) 

「池田優勝!!圧倒的な速さの森田!天候のいたずらに・・・・ニュージェネレーションの台頭!!感動に震える20回記念大会!」

直撃が心配された台風22号も、ぎりぎりのところで交して、無事に第20回SSER2DAYSが開催されました。開会にあたりましては、各位各方面からの身に余る祝辞や花束を頂戴し、身の引き締まる思いで大会に臨みました。過去にない日程は、3ステージで熱戦が繰り広げられました。

総合優勝の行方は、今大会も大注目!!両雄激闘の近年の構図は、森田VS池田。ここのところの絶好調ぶりを伝え聞く森田が、中盤まで池田を大きくリード。しかし明暗を分けたのは、2ステ途中から降り始めた雨。それまで、何とかクリアできた池のほとりのキャンバーが、みるみるスリッピーで危険な状態に。それまでにこれを越えた池田。そのあとこのSSをスタートした森田は、これまでのアドバンテージを全て使い果たしてしまう羽目に・・・・・。しかも2ステ終了時には総合で1分16秒のビハインドを喫した。3ステは、森田の追撃ショウが始まった。あるSSでは30秒先にスタートした池田をパスするという離れ業をやってのける。しかしニュージェネレーションが現れる。3ステSS1は、なんとシードゼッケン外から下元敏弘が一番時計、森田はわずかに4秒遅れて2位。池田は森田に4秒遅れる4位。その差1分12秒に。SS2も全く同じオーダー、下元1位、森田2位、田中3位、池田4位、森田はこのSSで2秒詰め(2秒の間に4台)1分10秒差。

SS3はスピードのロングダート。デッドヒートは最高潮に!!森田首位!13分55秒で走りぬけ、2位の池田は14分18秒!一気に23秒詰める。ここで池田と森田の差は、47秒に!!!続くSS4も森田、下元、田中、池田のオーダー。森田14分57秒に対して池田は15分24秒!その差27秒詰めて20秒差まで急追肉薄!!さらに続くSS5もロングステージ!!!森田3連続トップ!!13分59秒!田中、池田と続き池田のタイムは14分10秒「どうした池田!!」タイム差は、さらに11秒詰めて9秒に!!残るSSは3本!

SS6は下元がゲット!2位に田中、そして森田、池田と続き、このSSでは1秒差。トータルであと8秒「行け!森田!!」SS7を制したのも下元!恐るべしニュージェネレーション!!!2位には森田!5秒遅れて3位に池田ーーっ。その差あと3秒!勝負は最後のSS8に3秒差で持ち込まれた。SS8も首位は下元!!もうどうしようもないくらい早いが、1ステで田中と共のミスコースでSS不通過1時間のペナルティを受けている。そしてなんと2位にここでは池田が・・・森田に対し5秒差!!ここまで溜めに溜めて最後に爆発させた池田!老獪というか戦略的だ。しかしこのタイム差の推移は競技中は誰にもわかる事はない。空気を読み、息を潜めてタイム差を詰めていく。圧倒的な速さを見せた森田は、池田にトータルでは後塵を拝してしまった。しかしその力は、これまでに無く圧倒的で揺るぎの無いものだった。2時間30分の優勝争いの中で、その差はわずかに8秒!!
毎年この二人の熱い戦いには感動させられます。しかし若い力の足音も確実に聞こえてきました。下元敏弘ゼッケン39.総合は83位でしたが1時間のペナルティを引き、不通過のSS1を3ステと同じ場所だったので、そのタイムを加算してみると・・・・・なんとおそろしいタイム!!田中康二も同様!!!!尾島嘉男、2強の時代から群雄割拠の時代の予感!!これからも、どうぞご期待ください。

きょうの一枚
その明暗を分けたSSを駆け抜けるゼッケン1、池田秀仁。優勝回数単独首位の5勝目!!紛れも無くチャンピオンオブSSER!!


2004/10/07 (木曜日) 

泊り込みでコースマークの設置作業に行っていました。明日もまた行くです。それは大変だけど楽しくて、まあいわば20年間やっているのですから・・・・・しかし問題はこの20年において最大!!の山積み状態!!深夜の林道内でチェンソーの音を響かせているのは我々です。こうなりゃあアイスホッケーのGKのマスク被ってやるかい!?という勢い!!倒木!がけ崩れ!!もう予定していたルートは散々です!!が、やっています。SS20本のお約束は果たせそうです。こっそりと数値目標にしていたもうひとつSS200km!!ウーン、これは達成が困難な状況!!!でこれが達成したら三冠王!!「20年20本200km」と胸に秘めていたのですが・・・まあそれはさておき、まあまあの記念大会にふさわしい内容のルートに出来上がった?のではと思っています。今回はルートの書かれた地図を配布しようかなあ?と思っています。方向感覚に自信のない人はコンパスを持っているといいかもです。が!そんなことよか問題!!はつぎの台風!!もうあのTBIの二の舞だけは・・・。

きょうの一枚
今回のSSERのメインビジュアルに採用されてるのは、この久万の林道のワンカット!直線で先が少し左にドッグレッグ!!


2004/10/04 (月曜日) 

さすがに10月ともなると、さわやかなお天気が続いています。が、ファラオラリーは熱かったようです。パリダカの前哨戦の座をUAEに奪われた感があって、まだ9月末というのに低緯度の砂漠地帯の闘いを余儀なくされたファラオ!主催するイクスはずいぶん心配したのではと想像が出来ます。北緯25から30度が主戦場ですから、まあ北回帰線上での戦い・・・なわけで、太陽はこの時期には赤道上にあり、正午の太陽はほぼ天頂にあって、強烈な熱射が壮大なミラージュをつくり、神殿やピラミッドが蜃気楼に浮かび、古代の歴史と本物のサハラ砂漠を感じさせたことと想像できます。いやいや、さぞや暑かった事でしょう。

TDNの優勝で自信を深めた?岩崎君が見事な走りで上位進出。HPNの田中さんもマシントラブルを抱えて・・・・と聞きましたが見事完走。トラブルといえばスガワラテルヒト!サイキ組!!ターボトラブルでリタイアのようです。まあ金属疲労というか疲労試験のような結果を良しとして、ついにパリダカカミオンドライバーデビュー!!カウントダウンです。日本人では父親についで2人目?あっ、むかしACPの久保田さんもカミオン出場を果たしてはいました。親子で走るのは、どんな感じなのでしょうか?注目するのはオランダのダフトラックチーム。デルーイ親子の戦いは、むかしからのファンとしては、心を揺さぶられています。これはどうも一般的過ぎずに、マニアックネタ扱いを受け続けているので、機会があればじっくりとお聞かせしたいと思います。

問題は昨今のラリーのスピード化でしょう。一般にカミオンとは荷物が積めることからサポートカーとしての性格で見て捉えられてしまいます。サポートというのは完全な参加形態で「競技をしながらサポートする」というのも実はサポートなのであります。チームで参加するときなどには、こういった話し込みをしっかりしていかなければ、やっぱ混乱をきたして、せっかくな壮大なラリー参加も、残念な思い出になりかねませんね。なんでもそうですが、ひとつの競技者を多くで支えていく。支え方にもいろいろあると思うのですが・・・そしてその結果を分かち合いたいと・・・言うことです。個人の結果もある程度のものからは公のものになるということでしょうか。この夏はアテネからはじまってイチローの記録まで、スポーツの存在の意義みたいなものまで十分に感じる事が出来ました。

松山は明日から地方祭が始まります。これから週ごとに県下では秋祭り、台風被害の多かった県下の人々も、無事に秋祭りが迎えられますように・・・いよいよ週末は我々も20年目の秋祭りですって・・・・

現地へのアクセス復旧の御案内
台風21号の影響で通行止め区間のあった高速道「松山道」は全線復旧しました。また久万高原町に向かう国道33号線は一部片側交互通行になっていますが、大会前日くらいには復旧の見込みです。現在のところ久万高原町には、どのルートからでもスムースにアクセスする事が出来ます。

久万高原町の御案内
コンビニ:国道33号線から「ふるさと村」方面の曲がり角にヤマザキのほか、国道33号線松山方面にもサークルKが出来ました。ホームセンター:コーナンがオープンしました。場所は国道33号沿い松山よりです。ふるさと村から10分でアクセスできます。
うどん:もう20年通ってる名物のうどん屋「こころ」国道33号を高知方面に走ったところにあります。行列の出来る店です。ゴマ味のだしで食べる釜揚げがおすすめ!
温泉:久万高原町内には、古岩屋荘に温泉があり、近くにも嵯峨山温泉あり。ふるさと村を出て左へ約8分くらい。

きょうの一枚
ゴビを行くZ-1カミオン(カミオンバレイ)の勇姿。ラリーレイドモンゴルではオフィシャルチームごとにアルファベットの頭文字でグループ化され、最後の文字“Z ”が「これ以上後ろは存在しません」という意味でつけられています。


2004/10/01 (金曜日) 

今日、モンゴルからムッホがやって来ました。これから度重なるSSERのイベントの応援です。力持ちで優しいムッホなのですが、到着するや「暑いって言ってます。ウランバートルは昨夜はマイナス8℃だったらしくて・・・・・・」
そんなムッホは、最近ゴビ砂漠に出かけていて「地面から突き出している恐竜の足の化石を見つけましたが、道具が無くて掘り出せませんでした。」とか「化石がとてもたくさんあった。」としきりに言っています。あれだけたくさんの発掘調査隊が掘っても、さらに雨が降ったりして表土が少し流出すると新しい化石がざくざくなんですね。この調子だとゴビの地下に眠る恐竜の数はいったい?何万体もあるのでしょうね、きっと。

きょうの一枚
ゾーモットのビバークを東に数キロ行くと涸れ川に出る。その川沿いに北上すればシンジンストという町に出て、ゴビのスーパーフラットが続く。この写真はゾーモットから北に伸びる涸れ川の中の道。砂は深いが、決して難しくはない。