RALLY RAID MONGOL HISTORY 「彼方へ」
パリダカ、パリ北京、そしてラリーレイドモンゴル・メイキングストーリー

「彼方へ」第二章

第53回
(2004/02/23
)

「ウランバートル」

オギーヌールは、ラリーの最終ビバークとなった。モンゴル帝國の古都ハラホリンにも近く、地理的にはウランバートルからCAP270、つまり真西に位置する。だから地図上に線を引けば、最終日のコースは西から東へ、直線で向かうことになるのだ。

夕日を背に浴びて、ゴールに向かう姿をどれほど思い描いたことだろう。オギーヌールの遅い日が暮れようとして、辺りが黄金色に包まれたとき、ちょっと驚くべき自然現象が見られた。
それは湖から突如湧き出してきた。そして湖上といわず、あたり一面を霧のように包んだ。われわれは、息もできないほどになった。カゲロウだ。いっせいに羽化した気の遠くなるほどのカゲロウが、いっせいにビバークに舞った。夕日を浴びてきらきらと輝き、日が沈むや短い命の飛翔を終らせて、あたり一面に雪のように降り積もった。それはわずか一瞬に過ぎなかったが、ゆえにこの大地への畏敬の念がいや増していった。

「カミオンバレイが、到着します。もうあと10kmというところだそうです。」

無線を聞いて興奮気味に伝えてきたのは、カミオンバレイ隊長と第1次試走で共に苦労した男だった。彼らとは、ラリースタートの朝に別れて、姿を見るのは実に9日ぶりなのだ。
彼らは、少し大きい町を通るたびに、郵便局に行ってつたない現地の通信システムで、ウランバートルや日本事務局に現状の報告と、行方不明者に関する情報をやり取りしながら、すべて自分たちの判断だけで進んできたという。
相当の苦闘があっただろう。現に彼らが発見し回収した行方不明の選手も、既にウランバートルに帰り着いているのだ。

「よーしっ、いっちょう派手にお出迎えと行くか。」
「はいっ。」
「おーい、カミオンバレイが帰ってきたぞう。」
「ほんとうか?」

とだれもが口々に、ある者は最終ビバークで振舞うはずの赤飯を作る手を止めて、ある者は最後の発電機への給油をする作業を中断して、ゴールのフラッグの下に集まり始めた。

「生きていたのか。」
「まあ、そういうことだ。」

遠くに砂煙が見えたかと思うと、ランクルの姿が見え始めた。さらに遠く彼方には、ロシア製のカミオンの上げる土ぼこりが黄金色に輝いて見える。

「ウオーッ!」

何事かと、選手たちはコチラをきょとんとした顔で眺めていた。大きな歓声と、少し変なウエーブのような万歳三唱のような、そんな大歓迎を受けて、照れくさそうに笑いながら車を止めた。
白いボディのトヨタランドクルーザー77は、少しもくたびれた様子を見せずに、それでも足回りについて固まった泥が、行程の困難さとだれの助けも望めない、最後部を勤める男たちの道具にふさわしい。

「おつかれさま」

と手を差し出すと、両手を出して思い切り握ってきた。彼の困難ぶりは、その手に込められた力で理解できた。そのくせ、口では

「はあ、やっと追いつきましたねえ。ラリーやっているのかなあ、なんて思っていましたけど、やってたんですねえ。へーっ、これがラリーのビバークですか?案外カッコいいですねえ。」
「まあまあ、車を止めてお茶でも飲もうや。」
「はーい、記念撮影しますよーっ。」

永山の写真をポケットから取り出して、今着いたばかりのランクルのボンネットの上に飾った。
もちろんラリーは、まだ最後の一日を残してはいるのだが、これが記念すべき第一回大会の最後のビバークで、そしてすべてのスタッフが、やっと揃ったのだという満足感と、しかしえもいわれぬ寂寥の感に包まれた。

「終ってしまうのは寂しいですねえ。」
「パリダカでも最後の夜は、そう思ったもんだよ。」
「選手たちは満足したんでしょうか?」
「厳しかったから、達成感はあると思うけど、リタイアした選手たちの気持ちを真剣に受け止められないとだめだと思うなあ。」
「挫折感こそ人生だなあ、とそう思いますよ。」
「ホホウ、いろいろ考えたみたいだねえ。」
「いやあ、それはもう考えさせられましたよ。」
「次はヘリに席を用意しておくよ。」
「いやあ、僕は今のポジションがいいですよ。」
「そういうと思ったよ。」
「さあ、明日はウランバートルだ。」
「そーすねえ、懐かしいですねえ。」

彼とは昨年の試走に、二人で1ヶ月前からウランバートル入りして、苦労もしたが無茶もした。

「あの1ヶ月は、終生忘れないよ、きっと。」

美しい月が出て、湖上にかかった。あたりは日本では考えられないほど明るくなった。いつまでも最後の整備をする者たちの奏でる発電機のくたびれた音と、溶接の火花がしじまを破る。

最後の朝、ブリーフィングが終ると、完走した参加者たちの記念撮影をする。みんないい顔をする。このときの表情ほど素晴らしいものはないといっていい。2機のヘリが同時にスタートラインの上に舞った。白い旗が振られて、参加者たちは、いっせいにスタートを切った。空はどこまでも青く、ピストには水溜りがあった。

最後のSSは190km、ルンという町にゴールする。そしてリエゾンでウランバートルに向かい、ウランバートル市内に入る前にリグループメントする。そして、いよいよウランバートルにパレードで凱旋する。一足先にヘリに乗ったわれわれは、一気にウランバートル空港まで飛んだ。ヘリのクルーは、迎えの家族と大げさに抱き合って無事を祝っている。

「まるで戦争から無事に帰ってきたような歓迎ぶりだな。」
「いやあ、そのくらいのリスクがあったということでしょうね。」

ヘリのパイロットたちと握手を交わし、迎えに呼んでいたバスに乗り込んだ。空港の横では、ナーダムの競馬が行われていて、大勢の人と馬とでにぎわっている。それが華やかで、晴れやかな気分を高めた。
ナーダムとは、この国最大の行事の一つで、ウランバートルでは7月11日から13日の間に行われる。したがってラリーがゴールするスフバートル広場は、大勢の人で埋め尽くされるだろう。ゴール地点のスフバートル広場に隣接する、由緒正しいウランバートルホテルが、ゴール後の宿だ。バスが着くと、リタイアした選手たちが待ち構えていた。

「みんな、何していたんだ。」
「いやあ、結構楽しんでいましたよ。」
「そうかあ、それは良かった。」

そうは言いながらも、彼らの胸のつかえは理解できる。

西日が傾きかけた頃、パトカーのサイレンと共に、先頭に日の丸を掲げた優勝した博田選手と、モンゴル国旗を振る2位のガントルガ選手、そして続々と続くマシンたち、そしてオフィシャル車両も続く。あたりは騒然となった。

「終ったなあ。」
「終りましたねえ。おめでとうございます。」

騒然とした人ごみの中から抜け出した。この日のためにおいておいた、洗い立てのオフィシャルウエアは、シャンペンで濡れていた。

「ここまで長い道のりだったけど、これからのほうがさらに長いぞ。」

数人のスタッフが後ろに続いた。

「これをやったのは、日本人じゃわれわれだけだ。この感動を一生の宝物にしよう。」

誰かがそういった。

 

(第53回 終わり) (第2章 終わり)


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