No.218「2台共無事に着きました。」- 菅原さんからの手紙 2016/12/19 11:43

letter_218_20161219_1143_0110月末に日本を発った2台のレンジャーは無事にブエノスアイレスに到着です。何時もは引き取りに手間取るのですが、今回は日野さんの努力もあり、予定通りなのでほっとしております。

運ぶのは、やはり低床のトレラーで運ぶのですね。その後、ブエノスアイレスの郊外に新しく出来た、日野アルゼンチンの販売店に運ばれました。

メカさん達は20日に着くので、こちらの工場をお借りして、事前の整備をさせて頂きます。

社屋も新しいので気持ちがいいですね。

私はと言うと時差との闘いと、運動の為、歩いたり、ホテルのトレーニングルームで頑張ってます。

今日、お昼を食べに小さなレストランに行ったら、HINOの帽子を見て判ったのか、お前の事はテレビで見てたよ、と言われました。

こちらでラリーをやるようになって早いもので8年にもなり、HINOを覚えてくれとても嬉しいですね。

こちらの気温ですが、お昼は31度で夜は18度ですが、室内を冷房しているので長袖のシャツを着ております。毎日、空は真っ青です。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

 

No.217「無事に着きました。」- 菅原さんからの手紙 2016/12/15 13:26

letter_217_20161215_1326_01東京でのSSERの発表会では我々チームの壮行会までやって頂きありがとうございました。チームの第一陣として日野さんの広報の方とで13 日にブエノスアイレスに到着しました。

今年の4月7日からアルゼンチンで創業した日野アルゼンチンの社長さんにも出迎えて頂きありがたい事です。今年から事前整備は日野アルゼンチンの工場をお借りしてやらせて頂きます。今までお借りしていたトヨタさんにもとても良くして頂き感謝しておりますが、やはり日野さんの工場ですから嬉しいです。

ホテルは長期滞在型でキッチンも付いており、快適で、私は11階ですぐ上の12 階にはトレーニングルームとプールが付いてます。

日本では9月からトレーニングの先生に付き体幹をしっかりさせる事に集中してました。最後に計測したら体内脂肪が減り、筋力が増加してました。75歳からでも遅くないので山田さんもやってくださいね。

2009年からこちらに来て8年目になりますが、毎年新しい発見があり、わくわくの生活です。

これからゆっくりと報告しますね。お楽しみに。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.216「フランスでの車検」- 菅原さんからの手紙 2016/11/29 11:33

letter_216_20161129_1128-12017のダカール・ラリーのスタートが迫ってきました。

ラリーの舞台が南米に変わってから、毎年車検はフランスのルアーブル港で行われます。ヨーロッパから出る、全ての参加車両はこの港で車検が行われ、主催者手配の船に乗せられて南米に向かいます。人検は全員、次回はスタート地点であるパラグアイの会場でやる事になるのです。

我々チームはサービスカーの3台はルマンの工場で保管しているので、社員3名がフランスの工場に出張して、事前の整備などをやって、ルアーブル港までは運びこんで車検を受けてくれました。

11月24日にルアーブル港に運び込み、アルゼンチンで受け取るのが12月20日頃で、今年から日野さんの販売会社がアルゼンチンに出来たので、日本から直接送ったラリーカミオン2台とサービスカー3台がこちらでドッキングして。販売会社の工場をお借りして、さらに事前整備をして、スタート地点のパラグアイまで自走して向かいます。

毎年の事ですが、予定通りにはいかないもので、ある年には日本から直接乗せた船が故障してしまったり、船長さんが途中で亡くなったりしました。

スタートは1月2日ですので、応援してください。

写真の説明
1 は弊社のフランス・ガレージの前で写したもので、低床のトレーラに乗せられた6輪のサービス・カミオンです。全長がとても長いですね。
2 は車検会場に集まったカミオンですが、ゼッケンの台紙が白でないので、サービス・カミオンで左がカマズで右はジナフです。
3 は車検が無事に通過した、サービス車両の3台です。

 

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No.215「船に乗って向かいました」- 菅原さんからの手紙 2016/11/02 13:46

0215_letter_215_20161102_1346-1来年のダカール・ラリーは、初めてパラグアイの首都アスンシォンを出発して、アルゼンチンを通り、ボリビアに入りアルゼンチンに再入国して首都のブエノスアイレスがゴールになるそうです。

我々チームは2号車を新造し、挑戦いたします。

写真1は日野さんの挑戦、26年目になるので、決意も新たにレーシングスーツを新しくしたのですが、内ももの部分が白いので、0脚に見えますね。一人何着も用意するので、その部分は既製品なので我慢です。

写真2は日野さんのテストコースで最終のテストを行いました。馬力も650に上がり、上々の仕上がりでした。コースの上は照が運転している2号車で、下は私が運転している1号車です。

写真3はオープンコンテナーに乗せられたレンジャーで、しっかりと固定されてます。

写真4は全体をブルーシートに包まれて、この状態でアルゼンチンまで船に乗って、2ケ月後に現地で荷ほどきをします。

今年は、2号車の照と今年、選考された販売会社のメカさん4名がモスクワをスタートし、北京ゴールのシルクウエイ・ラリーに出て、実戦テストをして来たので、その経験を生かしたラリーが出来るので、今から楽しみです。

1月2日にスタートなので応援して下さい。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.214「宝もの」- 菅原さんからの手紙 2016/10/14 11:43

letter_214_20161014_1143_1写真1はとても大切にしているHONDA XL125R PARIS-DAKARです。このバイクの発売は1983年の3月の中旬だと記憶しております。

私はこの車両の発売予定も知らずに1983年の1月1日スタートのPARIS-DAKAR.RALLYにHONDA XL400Rで初出場をして、途中で写してきたフイルムをHONDAさんに差し上げたらHONDA XL125R PARIS-DAKARのカタログに使って頂きました。帰国したのが1月末だったので3月発売のカタロクに良く間に合ったと感心してました。

記念なので最初はカタログを入れる額を注文して部屋に飾ってたのですが、本物が欲しくなり、ヤフオクで探していたら1台を見つけたのですが、あまり程度が良くなかったので、ベースはXL125Rと一緒なのでXL125Rを2台買い、3台を1台にまとめて作り上げました。

フレームやエンジンには粉体塗装をしてもらうのですが、フレームをばらすのは簡単なのですが、エンジンは全部ばらして外側の部分だけにして、塗装屋さんに持っていくので、大変でした。

実際に走らせる事を目的にエンジンミッションなどを自分で組んだので、結構時間もかけて完成させたバイクです。

このバイクを置いてある部屋は4階なので、ピアノを運ぶ業者さんに釣り上げてもらいました。

写真2はカタロクが入っている額です。
写真3は私が逆光で自分のバイクをサハラ砂漠で写した写真です。

この壁に実際に付けて走ったフロントゼッケンと背中に付けていた布製のゼッケンを飾る予定です。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.212「菅原からの手紙」- 菅原さんからの手紙 2016/08/22 10:40

 今日(26日)の東京は雲一つない快晴でした。こんな大都会で青い空が見れるのは、東京位だと思っております。
 先日、ウランバートルで見た空は都心の上だけ埃で曇ってました。東京の道路の舗装率は、ほぼ100パーセントで車や人が移動しても埃が立たないのですね。その代り雨の吸水性が無いので、大雨が降ると大変です。渋谷の地下に一時的に雨水を溜める大きなタンクを作っているそうです。
北海道の川が氾濫したり、異常気象ですね。

4X4マガジン社さんが、動画をアップしてくれましたので見て下さい。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.211「菅原からの手紙」- 菅原さんからの手紙 2016/08/22 10:40

letter_211_20160822_1040-01この写真を見てどんな事を感じますか?

場所はシャンゼ通りです。
私は自由と挑戦を強く感じました。

先に見える凱旋門にその後、軽飛行機が
縦になって 通過して警察にパイロットは拘束されます。
その後、同じパイロットがまた、凱旋門を飛行機で通過するのです。
私は偶然その場にいました。市民は大きな拍手をしてました。

日本では考えられない光景でした。

自己責任でやるのは危ないほど楽しいのです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

 

No.210「伸び行くウランバートル」- 菅原さんからの手紙 2016/08/05 15:18

letter_210_20160805_1453-01私は山田さんに誘われてモンゴルに来るようになって、18年も経ってしまいました。

最初はカミオンバレーの隊長として現地の人が運転するボンネットタイプのトラックと一緒に走り、私はランクル70の運転をして、最終尾を走ってました。

両車には通訳の人が乗り、無線で連絡しあっておりましたら、ある時すぐ後ろに走っていたトラックが見えなくなったので、連絡を入れると、すぐに追いつくので少し待ってて下さいとの事。

いくら待っても来ないので、そのトラックが止まっている場所まで戻ってみると、シリンダーヘッドカバーを外して修理してました。これではカミオンバレーのカミオンバレーが必要ですね。

カミオンバレーの説明をしますね。フランス語でトラックの事をカミオンと言いバレーとは、ほうきの事で、ラリーの最後尾を走って、リタイヤした人達を拾ってあげてお掃除をする事です。昔のダカールのカミオンバレーの荷台に竹ボウキを逆さにして飾って走ってました。

当時、ウランバートル市内にはビルデングが全然無くて、街を歩いているとおばさんが昔の受話器の付いた大きな携帯電話を持っていて、必要な人には有料でその電話を使わせていました。歩く公衆電話です。

毎年、来る度に代わっているので高台に行って写真を撮ってきました。驚きです。

もうすぐ山田さんが言ってる「まだ誰も見た事のない風景を」見に行って来ます。

いよいよ始まりますよ。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.209「二度驚きました。」- 菅原さんからの手紙 2016/08/02 19:43

letter_208_20160712_1 一度目は日本出発前にラリーレイドモンゴルのエントリーリストが発表になり、見ていたら私一人だけ(ナビは若林 葉子さん)がYAMAHA YXZ 1000Rに乗って出ると思っていたら、何とモンゴルの人が運転する同じ車両が後二台も出ておりました。
 聞くところによると、私が六月にテストをした時に書いた「菅原からの手紙」を見て決断してエントリーしたそうです。
 それにしても、アメリカで発売している車両をどうやって、モンゴルに運び込んだのか?私がテストをしたのが六月中旬だったので、空輸したのか?とても不思議な気持ちで昨日(8月1日)、モンゴルに入りました。
 ラリーでお世話になっているムッホ君に聞いてみたら、ウランバートルにヤマハの販売店があるので、どうもそこから買ったようですよ。との返事でした。
 どうしても気になるのでヤマハの販売店を探していってみましたら、私が良く通る道の少し奥まっている所にその販売店があり、お店にはYAMAHA YXZ 1000Rが飾ってあり、二度目の驚きです。お店のドアーが開かないので、通訳の人が電話をしてくれたら、今日は書類の申請の仕事をしているのでお店には行けないとの事でした。
 そのちょっと前には以前、私が乗って出たヤマハライノが走っていたり、日本でも売ってないバギーを売っていたり、ある意味うらやましい国ですね。

菅原 義正
写真はお店の前で撮しました。
もう一枚は店内の様子です。


著者紹介 菅原義正氏

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No.208「Silk Way Rally 2016」- 菅原さんからの手紙 2016/07/12 21:41

letter_208_20160712_17月8日にモスクワをスタートして北京には23日に到着するラリーに2号車が挑戦中です。

来年のダカールを目指して販売会社さんから選出された4名のメカさんのトレーニングと更に改良された日野レンジャーの性能の確認などが主な目的です。
ドライバーは照仁とナビは杉浦君です。

今はすごいですね。日本に居て主催者のホームページに入りゼッケン(309)を入れると出場車両の位置がわかり、更にスピードも出てきます。スピード0KM/Hと表示されてる車両はパンクか故障なんですね。

私と山田さんが出た1992年のパリ−モスクワー北京ラリーは16,000KMでパリをスタートしたのが9月1日で北京に着いたのは9月29日でした。

機材と言えば無線機が許されていて、良く山田さんとラリー中にお話しましたが、外部とは一切繋がってませんでした。

パリ-北京間のラリーは1907年の6月10日に北京をスタートして60日後の8月10日にパリに到着したのが始まりで、1位と2位の差は20日間だったそうですよ。北京をスタートして11日目に今のウランバートル(昔はウルガ)に着いたそうです。

今から109年も前の事で、その85年後のラリーに出た事になります。

写真はモスクワのポディウムで写した写真で日野さんのページからお借りしました。もう一枚は24年前の私で中国に入国した時の物で後ろの門が国境です。

HINO TEAM スガワラFACE BOOKで現在進行中のラリーが見れますので応援お願いします。

追伸 2号車が北京にゴールしたら、8月に始まるSSERさんのRALLY MONGOLLA 2016 にも参加を予定しております。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

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No.207「松山での車検に行ってきました。」- 菅原さんからの手紙 2016/06/28 11:41

letter_207_20160628_1129-01あのバギーなので運送会社に見積もりを取ったら、ドアーが無かったりでF-1並みの見積もりで、御殿場-松山片道38万円と言われました。

日本の運送費は可笑しいです。もったいないのでAPIOさんがとんとんとんとん日野の2トンで積載仕様のデュトロを買ったので、河野社長にお借りする依頼をしたら、快諾してくれました。有難い事です。

17日にAPIOに行って、御殿場の工場でヤマハを積み込みお昼頃、松山に向けて出発です。徳島に着いたのが夕方でヤマハの販売店の前が広かったので、トラックを止めて宿を聞きました。

ご親切にバギーを見てから、トラックも泊まれる宿を紹介してもらいました。
ご主人は初めて見るヤマハのバギーなのでお孫さんをトラックの上に乗せて記念撮影です。

翌日3時間くらいで指定の場所に着いたので、空港に着いたナビの葉子さんを空港に迎えに行ったら、一人でうどんを食べてるところでした。

時間通り、車検を受けたのですが、初めての車両なので山田さんから結構きつい注文が付きました。飛び出し防止のネットを付けるようにとの事でした。

往復1,600kmの移動でラリーよりきつい旅です。

ネットを付けるのに現場では電気が無いので中学生以来の手動式ドリルも買いましたよ。
今日は弊社でシルクウエイに出る打ち合わせで日野さんの関係者が10名ほど集まって弊社でうちあわせです。 それが終わってすぐにラリーレイドモンゴルですね。

私はその前に北海道4DAYSです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.206「テスト無事に終了」- 菅原さんからの手紙 2016/06/13 19:47

letter_206_20160613_1947-016月3日に次回のラリーライドモンゴルに出る、新しい車両の走行テストをしてきました。場所はSSERさんもSSに使った事がある富士ケ峰のオフロードコースです。

車両はヤマハさんが昨年、アメリカで発表した、2名乗りのスポーツバギーです。
以前、モンゴルでヤマハさんの2名乗りのバギーに私、一人で2年走った経緯がありますが、あの車両は単気筒700㏄で使用用途はハンティグや農場で走るのが目的でしたが、今回のは900ccの3気筒エンジンを使用した、完全なスポーツモデルです。

ナビは昨年ジムニー1300で一人で運転して完走した若林 葉子さんにお願いしました。

実際は後輪の幅が広いのですが、ラリーでは直線が多いのと、スペアータイヤの本数が多くなるので、フロント用に変更しました。雨も降る可能性もあるので、オプションのフロントウインドウを付けて更に圧の強いヘッドランプウオッシャーをウインドウに付けて、ワイパーも自作で取り付けております。

ナビさんの前は電動式のマップホルダーとGPSで感知するICOを2連装です。

18日の車検場に見て下さいね。凄い足回りですよ。

写真は 山下 剛(ahead)撮影

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.205「museo」- 菅原さんからの手紙 2016/05/20 10:33

letter_205_20160520_1007-012016・TBIの参加の皆様本当にご苦労様でした。

林道1000kmが本当に組み込まれており、大変でしたね。朝7時に出て午前2時に帰って来て整備をして、また翌日朝7時に出かけるのをほとんど毎日だったので、驚きでした。

更に、大変だったのは、このイベントを支えてくれた役員の皆様に感謝です。

ちょっと古いニュースになりますが、読んでくださいね。

今年の4月にアルゼンチンに行ったのですが、日野さんのご招待だったので我々がいつも泊まっている安いホテルと違って素晴らしいホテルを取ってくれました。

部屋から下を見たら鉄道博物館が見えたので、早速行ってみました。

アルゼンチンでは自転車博物館や武器博物館や民族博物館に以前にいったのですが、とてもちんけな博物館でそれなりにおもしろいのです。

今回のは立派だったので入場券を買おうとしたら無料でした。写真の1は入り口に飾ってある小型で可愛い機関車です。写真2は食堂車で使われていた食器類です。割りばしで食べる駅弁とは違いますね。当時使われていた電話の交換機ですよ。使い方は今度、山田さんに聞いて見てくださいね。その当時、使われていた電話機です。

今、皆様が使っている電話との違いを感じて下さい。

東京で走っていた地下鉄の丸の内線の電車がそのままの色でアルゼンチンで走っているそうです。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.203 「残念です」- 菅原さんからの手紙 2016/04/13 18:26

0202_letter_202_20160411_1546-01ブエノスアイレスでのイベントを終えてフランスに来ております。私はフランスに出入りを始めたのは今から50年前からですが、今回は違ってました。

フランス人はプライドが高いのか(私はそこが好きだったのに)空港の案内板にはフランス語と英語だけの表記で、バブル期には日本から大勢のおばちゃま連中がエルメスやルイビトンに列を成して並んだ時期もありました。そんな時でもフランスは凛として空港の案内板はフランス語と英語だけでした。

今回は写真のとおり、中国語が追加されており、がっかりです。空港内の連絡電車に乗っても中国語の案内が流れてました。

今は日本人の倍の観光客が来るので、仕方がないのですかね。

レンタカーを空港から借りて250km離れた会社の工場に来ましたが、3年ぶりに訪れたのですが、周りの景観がかわり、ここでも驚きです。

色々と用があったので近くの村を走り回りましたが、車の量と道路の設計がマッチしているのか、とても走りやすく。命の洗濯ができましたよ。

昨日は、5000年前に作られた横穴式の住まいを見学してきました。

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菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.202 – 菅原さんからの手紙 2016/04/11 15:46

0202_letter_202_20160411_1546_01二か月半ぶりにアルゼンチンに来ております。

成田から12時間30分飛行機に乗ってパリに着き、7時間のトランジットをこなし、更に13時間40分乗って、やっとブエノスアイレスに到着です。成田を出て33時間10分後に目的地に着いた事になります。

昨年の暮れはアメリカのダラス空港で乗り換えてブエノスアリレスに入り、帰りはフランクフルト空港経由で帰ったのですが、日本の反対側に行くのでどのルートも同じくらいの時間がかかります。

今回こちらに来た訳は、日野アルゼンチンが発足して初めての売り出しを記念した式典にご招待いただきました。

こちらの運輸大臣や日本大使館の大使や日野本社から専務が出席しての盛大な式典でした。

自動車の販売会社を始めるには、色々な問題を克服しなければならないのですが、私が驚いたのは、地方都市を回り途中のガソリンスタンドの燃料の成分を調べるのだそうです。これには驚きました。一番良い燃料を扱っているスタンドを聞きましたので、ダカール・ラリーでは参考にさせて頂きます。

こちらは秋になり始めたのか、街の木は紅葉が始まってます。

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菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.201「ギネス更新できました。」- 菅原さんからの手紙 2016/03/23 18:09

letter_201_20160323_1804今年のラリーが終わってすぐに申請したギネス記録ですが、私がYUFUIN RALLYに出ている最中に証書が届きました。

証書には33回の出場と書いてありますが、2008年はスタート地点で中止になり、出走してないのでギネスではその年を回数に入れてないのですが、主催者は34回として認めてくれております。

連続して34年も挑戦していると、様々な事が起きるものです。

1989年1月8日はラリーの真っ最中で、ラリーに同行している新聞記者の方から、今日から「平成」になりましたと言われました。

1991年1月17日は日野さんが最初に挑戦した年で、私はパジェロに乗っていて、ゴールの日に湾岸戦争が始まりました。

1995年1月17日はラリーが終わり、パリのホテルに着いて家に電話をしても繋がらないので、エレベーターに乗ったら外人が日本が大変な事になってると聞き、急いで部屋のテレビをつけたら阪神、淡路大震災でした。

まだまだ、書ききれない程なんですが、一番は34年間もおせち料理を頂いてない事です。

ある時、山田さんからおせち料理が禁止になった事を知らないでしょうと言われた事を思い出しました。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.200「最終回」- 菅原さんからの手紙 2016/02/29 17:44

letter_200_20160229_1744ダカール・ラリーを毎回放映しているJ-SPORTS さんの番組に出させて頂きました。番組名は世界、頂き!ニッポン代表応援TVでこの回が最終回になるそうです。

以前にも御殿場の工場でレンジャーの前での番組を作ってくれました。

進行はラグビーで有名な大畑 大介さんとテニスの杉山 愛さんでゲストは現在高校1年生の新嶋 梨奈ちゃんと私です。

梨奈ちゃんは今度のオリンピック出場を狙っているウインドサーフアーで、まっ黒に日焼けした可愛いお嬢さんと74歳のおじいちゃんのミスマッチが良かったです。

この文章を書いてたら、偶然、携帯が鳴り出たら、大畑 大介さんでした。以心伝心なんですね。

彼はフランスのクレモンフェランに住んでミィシュランのチームでも活躍していたので色々と共通点があり、話が繋がります。

スポンサーさんのコベルコさんや日野さんもラグビーチームを持ってます。

この収録された番組は3月4日の23時から1時間番組で放送されるので時間があったらぜひ、見て下さい。その後にも9回の再放送が予定されております。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.199「新しくなったジムニー」- 菅原さんからの手紙 2016/02/10 12:00

0199_letter_199_20160210_1200_01 APIOから1ケで2kgも軽くなったホイールが売りだされたとAHEADに出でおりました。

私は元来、鉄ホイール派で、鉄ホイールには良い所が沢山あります。

まず、ホイール全体が車軸に付いてなく、スプリングワッシャーのような効果があります。

そんな構造なので横方向の剛性があまり良くないのですが、主にダートを走るのでそんなに気になりません。

もう一つのメリットは車のポテンシャル以上のスピードで穴などに入った場合、ホイールの耳がつぶれたり、ひどいときはホイールが変形します。それで運転の仕方を教えてくれるのです。さらにホイールが変形してショックを吸収してくれるので、足回りに大きなダメージが無くなります。さらに良い事は変形したホイールはキャンプ地に戻ってハンマーなどを使って修正が効く事です。

欠点は重量が重い事で2kg×6本だと12kgの軽量化になるのです。今までのAPIOのホイールは1kg軽かったのですが、-2kgは心が動きました。

但し、注意が必要です。アルミホイールを付けた場合は、スタットボルトに全負荷が掛かる事です。

昔、私がサーキットでレースをした時には、しょっちゅうインパクトレンチでホイールの脱着をするのでスタットボルトのピッチ(日本語では山、モンゴル語ではへ)が伸びてくるので、私はいつも純正のナットを持っていて手で軽く入らない時(山が伸びてるので)はすぐにスタットボルトを取り換えてました。

もう一つの改良はGPSから距離を測る新しいICOを付けてみました。 文字も大きく見やすくなり、進行方位も出るのでとても便利です。今までのはマグネットのセンサーを付けるので、隙間の調整など大変でしたが、電源を入れるだけで動き出しました。

モンゴル・ラリーが楽しみです。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.198「終わりました。」- 菅原さんからの手紙 2016/01/18 14:31

letter_198_20160118_1200_01今回のダカール・ラリーは諸事情が重なり、チリとペルーが使えなくなり、アルゼンチン・ボリビアの2ケ国だけのラリーでした。

主催者も苦労されてコースを作り同じキャンプ地に2泊する所を3ケ所にしてコースに変化をつけたようですが、ほとんどの場所には人が住んでいたりしているので、8年間もアルゼンチンを使っているので、以前使ったコースを逆に走らせたりで、新鮮な感じがしませんでした。

その点、30年前にテリーサビーネ氏がテネレ砂漠で作ったコースは素晴らしく、今まで車が走った事の無い場所を走らせて、翌年のミィシュランの道路地図に新しく、道路として線が引かれたものでした。今回のコースでも、Y字のコースがあったら、片方にはテープが張ってあり、更に警察官が警備しているのでミスコースのしようがないのです。

その変わり、競技性は数段と進化しております。途中で三橋選手とお話したのですが、バイクの選手150人はみんな、しっかりとした技術を持って戦っているそうです。映像で見たのですが10メーター位の川は手前のギャップを利用してジャンプして渡ってました。

トラック部門も同じで、車幅より狭いコースを全開で走ってます。(私だけゆっくりですよ。)

規模は素晴らしいですが、私自身は山田さんの作るモンゴル・ラリーの方がずーっと好きです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.197「無事に休息日のサルタに着きました。」- 菅原さんからの手紙 2016/01/12 11:04

letter_197_20160112_1049_01ダカールで初めての高橋 貢ナビもモンゴルラリーで訓練した効果を発揮して今まで、一回もミスコースせずに頑張ってくれてます。

今回はトラック部門が初めてボリビアに入国しましたが、観客の多さとリエゾン(移動)区間も一般車を止めて、我々参加者を守ってくれてます。ただ、標高4700メーターでの競争区間もあり、競技者や車にとっても苦しい環境でラリーが続くので、驚きです。

2号車の照と杉浦ナビも大型クラスに食らい付き、好成績で走ってます。

写真説明
1枚目 我々チームのサポートトラックで約10トンのスペアーパーツを積んでます。手前の左から2番目のテントは私のですよ。
2枚目 1号車と2号車のサーピス風景です。
3枚目 トヨタハイラックスのチームのタイヤの量を見てください。
サルタからの速報です

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏