No.196「最終テスト」- 菅原さんからの手紙 2015/12/31 00:22

letter_196_20151231_0022_0112/27に近くの農道で操安性などの最終テストを行いました。

場所をお借りしているトヨタさんの工場には、南アやベルギーから競技車両のハイラックスやサポートトラックが続々と集まってきてます。昨日はトヨタ車体さんの車両も見かけましたよ。

いよいよ明日10時から我々の車検が始まるので、朝6時にこちらを出てブエノスアイレスの市内にある車検会場のテクノポリスへ向かいます。

私のパソコンは現地に持って行きませんので、手紙はちょっとお休みです。

日野さんのホームページで毎日の様子がでますので、そちらをお楽しみください。

では、皆様良いお年をお迎えください。

追伸 SSERの忘年会では飲み過ぎにご注意を……

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.195「サラテの風物」- 菅原さんからの手紙 2015/12/29 13:55

letter_195_20151229_1355_01今いるサラテと言う町はアルゼンチンの輸出を支えている穀物(大豆、トウモロコシ、麦など)の産地であり、今はトヨタさんが大きな工場を作り、従業員もこの町からも採用しているのか2年振りにこの町に来たのですが、お店は綺麗になり、活気があり驚きました。

今日は私以外は全員(バイラーさんも昨夜の遅くに着きました)トヨタさんの工場に向かったのですが、私は歩くのでこちらに残ってます。 写真を説明しながら町の様子を書いてみます。

写真1は町が京都や札幌のように四角く切ってあるので、道が一方通行で、向きは交 互になっており、その指示は日本と違い標識が建物にペイントされてます。これだと柱もいらないし経済的ですね。

写真2は家庭ゴミを入れる仕掛けで奥にも白いのが写ってます。街路樹にクギを打ってそこに直接ビニール袋をかけてる家もありました。のら猫は一匹も見ていないし、のら犬もあまり居ないのにどうしてですかね。

写真3は町のメインストリートにあったバイク専門の無料駐車場です。こちらでは駐車場はPではなくEで表記されます。右側にヘルメットは大事と書いてありますが、暑いのでほとんどの人は手に持って走ってます。この国のレギュレーションではヘルメットはかぶらないと違反になるそうです。

写真4はこちらに来て3日目に久しぶりに見ました。屋根にポリタンを載せてるのは「この車売ります」の合図です。2年前には至る所で見られたのですが、今日初めて2台の車を見ました。以前はバイクにものせてあり、今は一台も見ていません。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.194「始まりました」- 菅原さんからの手紙 2015/12/28 11:30

letter_194_20151228_1053_01私は16日間お世話になったホテルをチェックアウトして23日に照仁を空港に迎えに行き、約80キロ北の「サラテ」と言う町に移動をしました。

この町から5キロほど離れた所にハイラックスを造っているトヨタさんの大きな工場があり、その一角をお借りしてラリー前の整備やらサポートカーに積み込むパーツの用意をしています。

ラリー用のレンジャー2台と部品類が24日に到着したので、メカさん達は朝7時に出かけて夜中の12時頃にホテルに帰ってきました。

今日は25日で全てのお店が休みです。メカさん達は車で移動しているのですが、 私は運動を兼ねて朝9時過ぎに歩いて工場までいったのですが、外に居るのは私と野良犬だけでした。 昨夜は夜中の12時から大きな花火が何発も上がり、大きな音楽も聞こえてきて朝の4時まで眠れません。

今日の夜中にモンゴルからバイラーさんが到着です。

29日にはフランスから主催者手配の船でZS(日野さんの大きな6輪のサポートトラック)とメカさん達が移動に使うハイラックス2台が到着する予定です。

写真1はゼッケンが張られた2号車の照仁号です。
写真2は1号車のフロントの足回りを調整中です。
昔と違ってバギーの足回りみたいです。

菅原 義正
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著者紹介 菅原義正氏

No.193「いよいよです」- 菅原さんからの手紙 2015/12/21 12:05

letter_193_20151221_1205_01本日(20日)チームスタッフが予定通りブエノスアイレスに到着しました。残るは2号車のドライバーの照仁とサポートトラックのドライバーのバイラーさんです。総員15名にもなります。

以前にはメカさん無しで戦った時もあり、今ではお蔭様で大きなチームになりました。

我々チームには何時も通訳さんが居ないのも特徴です。イタリアチームにはスパゲッティを作ってくれるスタッフや他のチームにはマッサージをしてくれる専門の人もおりますが、我々チームはチーム員がご飯を炊いたり、体がこったら自分でマッサージをします。

チーム員は早速バスに乗せられて、80キロ離れたサラテ言う町に連れて行かれました。

この町にはハイラックスを造っている大きなトヨタさんの工場があり、工場の一部をお借りして、レンジャーの最終整備をする予定です。

菅原 義正

写真説明 日野アルゼンチンの皆様もお迎えに来ていただきました。


著者紹介 菅原義正氏

No.192「武器博物館に行ってきました。」- 菅原さんからの手紙 2015/12/18 21:26

letter_192_20151218_0000_01泊まっているホテルの近くにあるのですが、開館している時間が合わなかったので初めて見学に行って来ました。昔の帆船に付けていた大砲やら車で引いて使う大砲や時代別に展示してある鉄砲類やピストルなど驚くほどの銃器が展示してありました。

ピストルに関しては昔の映画などに出てくる、女性が護身用に持っていたのから、大型のものまでものすごい種類が展示してありました。 あまり見た事の無いステッキに仕掛けてある刀や銃もありました。

ORIENTALと書かれた部屋に入ったらなんと日本の刀や鉄砲などがあり、写真のように展示されていたのには驚きです。

写真1 館外に展示してある武器類です。

写真2 胸の真ん中に鉄砲で撃たれた傷のある甲冑です。

写真3と4 日本の武具などの展示室の模様です。

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菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.191「発表会に出席させて頂きました」- 菅原さんからの手紙 2015/12/17 17:39

letter_191_20151217_1739_01  15日にブエノスアイレスの市内で日野自動車さんがトラックの販売を開始する初めての発表会があり、私も出席させて頂きました。

2009年にアフリカから南米にラリーが移り、ペルー、コロンビア、ボノビア、チリには日野さんの販売会社はあるのですが、何時もスタートやらゴールをしているアルゼンチンには販売会社が無かったので、来年の4月からアルゼンチンで日野車を販売することになったのです。私にとっては夢のような事でとても嬉しく思いましたが、そう簡単にはいかないようですが、我々お世話になっている日野さんの車両でラリーで良い成績を収めることが、お手伝いの一環になり、更に身がしまる思いです。

「販売会社創設本当におめでとうございます。」

写真1の真ん中の方が日野自動車社販売の社長の中島さんです。

写真2は集まってくれた報道陣で早速当日のテレビに放映れたそうです。

写真3は今回、最初に発売される300シリーズで両サイドにレンジャーがラッピングされてます。 我々がやらせて頂いている事が少しでもお役に立っていて嬉しいかぎりです。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.190「自己防衛」- 菅原さんからの手紙 2015/12/15 10:32

letter_190_20151215_1032_01私だけ早めにブエノスに皆より早く入ったのは、年寄なので時差の調整(12時間ちがいます)と気温の対応(今日は30度近くで1月1日から夏休みに入ります。)と普段の運動不足の解消と宴会続きだったのでアルコールを断つことが目的です。

着いて2目の朝8時にホテルを出て最低目標の10000歩を歩き、こちらでとても良くして頂いてる旅行代理店にご挨拶に行き、昼食行く途中で初めてパスポートを盗まれました。

私の失態です。62か国も回って一回も被害遭わないように注意していたのですが、残念です。

こちらの日野さんの社長さんが献身的にお世話して頂き、無事に新しいパスポートも発行して頂きました。

皆がサポートしてくれたので、ラリーに出場する書類は用意して頂きました。

これからはパスポートのコピーと少額のお金だけ持って出かけます

添付写真は昨日(日曜日)に写した写真です。

ブエノスアイレスの中心街でこの有様です。写真では8ケしかカギが写ってませんが全部で10ケありました。

島国の日本では考えられませんね。こんな事を教えてくれるのもダカールの良い所です。

外は、大雨です。予報ではひょうも降るようです。大きいのは野球のボールと同じくらいだそうですよ。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.188「日野ルノーで帰省」- 菅原さんからの手紙 2015/12/07 19:18

letter_188_20151207_1918_01大学生時代に東京から北海道の小樽の家まで帰省するのにバイクで二人乗りで敦賀を経由し裏日本(当時はとても道が悪かった)を通って帰ったり、色々な車で東京-小樽間を走りました。

そうそう、思い出しました。バイクで帰るときに日本橋の真ん中にある道路の起点を書いてある所から出発したくて、ここで写真を撮りたいと近くの交番に相談に言ったら、だめだとの事でした。今、同じ事を相談してもだめなんですかね?

写真1は洞爺湖の湖畔でキャンプした時に写しました。この写真は自分で現像していたのでフイルムの裏表を間違えて裏焼きになっています。

今では意味が分かるのは山田さんと赤松さん位でしょう。

3名車内に寝るためにシートを屋根に乗せて、ルーフラックのサイドには「東京-北海道-東京」と書いてあります。

床を平らにして寝たいので、へこみを埋めるのに古新聞紙を沢山持って行った覚えがあります。

この車両はフランス本国ではRENAULT 4CV と呼ばれており、昭和28年から日野自動車さんで部品を輸入して組み立てるノックダウン方式で生産をした車両です。その後フランスとの契約が切れてから、独自でコンテッサと言う車が作られていきます。

私は今も日野さんが作ったレンジャーに乗っているので日野さんとのご縁が昔からあったんですね。

菅原 義正

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No.187「ジムニー車検取れました。」- 菅原さんからの手紙 2015/11/16 11:23

letter_187_20151116_1120_01今回モンゴルに輸出するのに車検を一時抹消したのですが、テストなど一般道路も走るので、勉強にもなると思い立ち、軽自動車協会へ出向いて色々と教えてもらいました。

何せ私のジムニーは完全なラリー専用仕様になっているので難しいと思い向かったのですが、そんなに心配は要らなかったです。

ボンネット、左右のドアー、リアーゲートはグラスファイバー製ですが、車検時にはドアーだけを鉄の純正に変える事、ボンネットピンは危険なので上にスポンジなどを張って保護する事、リアーゲートのポリカーボネートは純正のガラスにし、シートとシートベルトも純正に交換して2名乗車で最大積載量は100KGで4ナンバーになりました。

昔の車検場の係官はそっけなかったのですが、今は違ってとても親切で驚きました。やってみるものですね。

そんな訳で昨日から御殿場の工場で作業をしております。

菅原 義正

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No.186「東京モーターショー」 – 菅原さんからの手紙 2015/11/04 11:58

letter_186_20151104_1158_01第44回東京モーターショーが東京ビックサイトで開催中です。我々HINO TEAM SUGAWARAのメンバーは日野自動車さんのブースで期間中、トークショーと メカさんによるタイヤの交換の実演を2014年のダカールラリーの出場車を使ってやっております。

第一回は1954年、私は13歳でした。大学生になり上京してからは開催場所が日比谷公園から後楽園に変わり、晴海の東京国際見本市会場に変わり、銀座から歩いて見に行った記憶があります。

そんな憧れのショーで日野自動車さんのブースでトークショーをさせて頂くなんて事は想像もしてませんでした。

10月29日のトークショーでの前列に若林 葉子さんが座って聞いてくれてました。

後で分かったのですが、彼女の会社「AHEAD]で今回のショーのパンフレットを作っているとの事でした。びっくりです。

11月7日と8日の12時と15時から我々チームのトークショがありますので、時間があったら聞きに来てください。

菅原 義正

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No.185 – 菅原さんからの手紙 2015/10/19 11:10

letter_185_20151019_1110_0114日に2016年のダカール・ラリーの発表会を日野自動車さんがやってくれました。

写真1の手前は私が乗る1号車で、奥の車は照仁が乗る2号車です。

1号車のフロントグリルとバンパーとウインカーが変わりました。このお顔になった車両は今年、インドネシアとタイで発表されましたが日本ではまだ発売されておりません。

1号車のバンバーの両下にはサイドを照らすLEDが付いており、上の両サイドにはバイクのH4球を使っております。
レギュレーションでは最大8灯までと決まっておりますが、2号車の前に付いているLEDは小さな玉が沢山付いており、あれで一灯と解釈するのは不思議ですね。

今年のモンゴル・ラリーの最終日に照仁が乗ったレンジャーのリアースプリングが折れて総合優勝を逃してしまい、帰国してから調べてもらったら金属疲労で折れたと判明しました。

約8,000km位で折れているので、ダカールでは中日の休日にスプリング全体を交換する事にしましたが、私のは同じレートで2枚のスプリングにしております。

ショックも新しい物でGを感じて圧縮側が強くなるそうです。回転する外側が強くなるのでスタビライザーがいらなくなるかもしれませんね。

2号車はモンゴル・ラリー出場時から300kgの軽量化をしました。

写真2は日野さんの社長に真ん中に入ってもらいラリーに行くスタッフとの記念撮影です。
SSERのイベントでお世話になった、弊社の高橋 貢君も出世してダカールのナビゲーターになりますので、次回もぜひ1号車、2号車共にお声援下さい。

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菅原 義正

No.184 – 菅原さんからの手紙 2015/10/13 12:39

letter_184_20151013_1239_01今、ちょうど茂木でF1公認のMOTOGP(世界選手権シリーズ15戦)が行われていますね。ダカールでデュロイーのチームで運転しているペップさんは我々と、とても仲良しです。

彼はモトGPのロジェステックの最高責任者で日本には200トンの荷物を空輸する最高責任者です。ヨーロッパでの転戦は彼の会社のトラックを使って200トンを運びます。

ペップさんはスペインのエンデューロチャンピオンで我々チームととても仲良しで写真1は茂木で写しました。
写真2はトラックの走りも大変なものですよ。

彼の家には30キロのテストコースがあり、何時でも来てね。と言われているのですが、今は南米なので叶いません。

こんな素晴らしい友人が出来るのもラリーを続けているからだと思っております。

来年のTBIのバイクが完成しましたが、来年のダカールのレンジャーが14日発表会までに完成が難しそうです・

今日はモンコル・ラリーにスポンサードしてくれた国分さんのイベントに行ってきました。
担当部長が来年はモンゴルに来てくれそうです。主催者の山田さんの事をすごく褒めてました。

菅原 義正

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No.183「タイのバンコックに行ってきました。」 – 菅原さんからの手紙 2015/10/02 16:26

letter_183_20151002_1626_01タイ日野自動車さんのご招待でバンコックで開催されるトラックショーで照と高橋君とで行ってきました。
高橋君は我々より先入りして、ショーで走らせるための用意をしてくれました。

写真1の写真の車ですが、実際に会場で走らせるので、オイル交換やらネジのゆるみのチェックです。

私の左の方が社長で他の方は政府の偉い方や大口ユーザーさんの社長さんです。

後ろの広場で照が実際に走らせて、同乗体験もしてもらいましたが、あまりにも速いので降ろしてくれと言ってたそうです。

タイのバンコックには約50年ぶりに降り立ちました。その時はアリタリア航空で羽田を出て(成田が無い頃)ローマに行くのですが、途中、香港やバンコックでトランジットがあった時代なのでバンコックの空港に降りる時には水田が多く日本に良く似ているな…と思ってましたが、現在の水田はとても大きくて驚きでした。

行く前まではタイは発展途上国だと思ってましたが、とんでもなく近代化されていて空港から市内までは片側4車線の高速道路で、お迎えに来て頂いた車はハイブリットのアルファードの新車でした。

ホテルでもエレベーターに乗って部屋に行くにはカードをタッチさせてからでないと自分の部屋に階に行けませんでした。初めての経験です。

写真2はモーターショーでの日野さんのブースであの重いトラックがターンテーブルで回ってました。傍に立ってるモデルさんも素敵でしたよ。

遅くなりましたが、次回の私のレンジャーのお顔が変わります。

お楽しみに…10月の末にはアルゼンチンに向けて出発させますが、困った事に2号車の照の車は今日現在、まだ中国から帰ってません。

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No.182 – 菅原さんからの手紙 2015/08/24

letter_182_20150824_1356_01モンゴルから帰国しました。

毎年、少しずつ増えて来た「ジムニークラス」ですが、今回は私のと、若林嬢(一人乗り)とモンゴル人の兄弟の3台だけでした。

モンゴルの彼達の車はクラッチのレリーズベアリングから異音が出るとの事、我々に部品を持ってきてこれが合うのか教えて欲しいとの事、品番しか書いてないので、我々も分からないので、スズキのお客様相談室や私が良く行く御殿場のスズキやAPIOに電話してもお盆休みでお手上げです。

御殿場の高杉君に電話したら一発でそのパーツは純正と教えて頂き、彼らに言ったら、即交換して、にこにこしてました。

その後、左側に転倒して30分経ったら、リアーのホーシングのオイルシールがだめで、ブレーキシューがオイルだらけになっており、我々に相談に来たのですが、シールは持っていたので差し上げました。ついでにAPIOのTシャツを二枚あげたら大喜びです。

3台出て3台とも完走とは素晴らしい事でした。

写真1は今年の目玉は「スガワラ峠」の逆走がメインだったので山田さんはゲッケンにまで書いてくれてましたが、試走の時は雪が多くて峠までは行けなかったそうです。

私は座標を持っていたので600メートル遠回りをして「スガワラ峠」に行ってきました。

スガワラとナビの高橋君がだけが「スガワラ峠」に行ったのは可笑しいですね。

照はチャイナラリーのすぐに行くので応援願います。

菅原 義正

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No.181「ラリーレイドモンゴルに向けての2」- 菅原さんからの手紙 2015/07/08 18:10

 

(2015/07/09 2つめの動画を掲載しました。)

letter_181_20150708_1810_01日曜日、日野さんのテストコースで2015ラリーレイドモンゴルの出場車両のお披露目があり、TV局や雑誌関係の皆様に集まって頂き、お披露目会が開催されました。

走りを見て頂いたり、照仁が運転する助手席に乗って頂き、体験試乗会も行いました。今年のダカール出場より200KGの軽量化とエンジンのチューニングなどの効果が走りを見ているだけで分かりました。

足回りも見直され、フロントは二枚の板バネでリアーは一枚だけです。それを補うようにコイルオーバーのショックが2×4の8本取り付けられました。

私も少しだけ運転させてもらいましたが、サスが適度に柔らかく、軽量化が効いてるのがブレーキングも安定しております。

今回は主催者の山田さんのお力もお借りして、ラリーが始まる1週間前からウランバートルの郊外で実戦を想定してのチューニングを行います。(ダカールも見据えて)

来年のダカールラリーに出場予定の販売会社のメカさん4名と本社の開発の皆様が集まり、全部で18名位の大部隊です。

昔、モンゴルで私が運転したカミオンバレー、そして2年ほど前まで南米でサポートカミオンとして活躍してくれた6輪駆動の日野FUも本日、日本に着き日野さんの工場でパーツを積み込みすぐにモンゴルに向けて出発します。

私はと言うと小さなジムニーで何時も通りのサポートをお願いして走りますので、応援ください。

菅原 義正

No.180「ラリーレイドモンゴルに向けて」- 菅原さんからの手紙 2015/06/02 18:31

letter_180_20150602_1831_015/26に富士山の近くのダートを使い、ナビの高橋君と走ってきました。

毎回、テストの時は同じコースを全開で走るので、その年の車の出来上がり状態が分かります。
今回はじっくりと時間をかけて作りこみをしたので、素晴らしい走りでした。今年も新車から作りあげたので、やる事がいっぱいです。

足回りはAPIO製で2インチ車高を上げました。ストロークが増えてるのでショックアブソーバーも専用のAPIO製です。このショックは8段の切り替えのダイヤルが付いております。

話は変わりますが、私が乗ってるKTMのバイクのフロントサスはフオークの左はバウドだけで24コマもあり、右はリバウンドだけの仕事をさせてます。この辺りの考え方が日本人の発想にはありませんね。

また、話は変わり、飛行機の座席のテーブルが出てくるヒンジの使い方も日本人には無いような気がします。

ナビの高橋君は距離を測る器具(テラトリップ)の調子が悪いらしく、何回もガレージを出て、走りに行ってました。

写真は基本的な走りが出来たので、ライトをHIDに交換作業中の高橋君です。

来月は船に乗せてモンゴルに向かいます。

菅原 義正

No.179「ランタンルージュ」- 菅原さんからの手紙 20150413 17:54

letter_179_20150413_1752_01語源は昔、貨物列車の最後尾に付けた赤ランプの事らしいのですが今では最終バスの方向幕が赤くなるのも、この事からきているのですね。

1987年の第9回 PARIS ALGER DAKAR はスタートが1月1日で22日にダカールに着いており、全出場車両は539台で14,000kmで行われ、今より1週間も多かったんですね。

当時のレギュレーションはトップから遅れる事、70時間を過ぎると自動的にリタイア扱いになっておりました。

ダカールに着き、表彰式に出たら、最後に「スガワラ」と呼ばれ、何の事か分からずに壇上に上がったら「ランタンルージュ賞」を渡されました。

どうも、最後のダカールの海岸である「ビクトリーラン〔タイムも計測されてます〕」で私の後ろの人がリタイヤして、私の車がビリになったようです。

この時の4輪の出場台数は154台で私が87位でした。完走率は56%ですね。

この時頂いたカップが汚れていたので、日本のカップ屋さんにお願いして新品同様にしてもらい、帰ってきました。

菅原 義正

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No.178「TDRに向けて」- 菅原さんからの手紙 20150324 16:20

letter_178_20150324_1620_01今日(23日)暖かかったのでTDRに使うKTMを御殿場まで自走しました。

久しく乗って無かったので、フィーリングを思い出したり、点検を兼ねての走行でした。

横浜を過ぎたあたりから、リアーブレーキが突然効かなくなりました。

取りあえず海老名のパーキングエリアを目指して走り、ガソリンスタンドで「ブレーキオイルありますか?」と聞いたら、彼もバイクのタンクは小さいと知っていて油さしに100cc位持って来てくれたので、値段を聞いたら500円との事(ちょっと高い)早速、リアーブレーキのタンクを開けて見たらオイルが抜けてました。スタンドの端でエアー抜きをしながらオイルを足して事無きでしたが、ラリー中だったら、ぞっとしますね。

250ccなのか東名のゆっくりした登りでは力不足を感じました。少し下っていると元気がでるのですが、少しの登り下りを早く察知できないとだめですね。

ラリーに出る装備で行ったので、帰りの服を忘れており、作業着を来て御殿場からバスで帰京しました。料金は1580円でした。

TDRは晴れると良いですね。雨の確立もあるので雨合羽は二種類持ちましたよ。

皆様にお会い出来るのが楽しみです。

写真は御殿場の工場に着いた写真です。

菅原義正

No.177 「J-SPORTS 3の収録がありました。」 – 菅原さんからの手紙 2015/03/18 15:08

letter_177_20150318_01今朝(17日)早朝から弊社の御殿場工場に2014年出場車両を持ち込みJ-SPORTSさんの収録がありました。

弊社は本業のレーシングマネージメントが軌道に乗ってない時期にTVの仕事をさせて頂き、「ワイルド7」などのTV番組制作のお手伝いや、TVコマーシャルのお手伝いを15000本もやらせて頂きました。

有名なのは由良卓也さんのネスカフェ・ゴールドブレンドの第一話などですが、今回のように私が主役の収録は初めてです。

スタッフさんの持ってこられた機材の進歩にまずは、驚かされました。
音声さんや照明さんやカメラマンさんが持ち込まれる機材がとてもコンパクトでした。

俳優さんでは無いので、何回もダメ出しをしてしまい、迷惑のかけっぱなしで進行してしまいました。

杉山プロデュサーから何とかOKを頂いたのですが、頑張ったので見て下さいね。

番組は 「ダカール・ラリー2015完全ガイド」

~見た! 泣いた! うまかった! 驚愕の14日間の記録~

放映日は3月28日(土)午後7時30分~8時30分

J-SPORTS 3で放映されますが再放送もあるそうです。

下手な演技をぜひ見てください。

菅原 義正

写真は撮影現場のシーンです。

No.176 「同じお店で食事をしました」 – 菅原さんからの手紙 2015/03/13 12:03

letter_176_20150313_1203_011枚目の写真は1983年で私が初めてダカールに挑戦し、オリオールさんはBMWで優勝し、プロモーションで日本に来られた時の春に来日した時に写した写真です。 2枚目は今日(2015年3月12日)同じ店で写真を写しましたが、お互いに32年も経っているので、おじいちゃんになってしまいました。 選手同士のときの話や、オーカナイザーと選手の関係の想いで話で、花が咲きました。 1997年にトラック部門で総合1.2.3を取った時も、お祝いに出席して頂き、明日、日野さんでの報告会にも出席してくれます。 今日は嬉しくて飲みすぎました。

letter_176_20150313_1203_02 菅原 義正  

No.175「願いは叶う」- 菅原さんからの手紙 2015/02/27

letter_175_20150227_01写真は今年の1月21日で、場所はダラス空港の中で写しました。

モニュメントの中の主人公は孫の叶美ちゃん(照の子)です。

ダカール・ラリーが南米に移ってから直接スタート地点であるアルゼンチンのブエノスアイレス に行ける便が無いので、アメリカのアトランタかダラスを経由して行く事になりました。

早いもので南米にラリーが移って7年目にもなるんですね。

ダラス空港でのトランジットは4時間位あるので、市内観光も出来るのですが、万全を期して空港内から出ないでおります。(アメリカのトランジットは一回出国して、再度入国する手続きが必要なんです。但し荷物は自動で乗り継ぎ便に載せてくれます) Continue reading

No.174 「栄久庵さんが亡くなりました」- 菅原さんからの手紙 2015/02/10

letter_174_20150210_0185才で私より13才先輩です。この方は広島出身で原爆でやられた原野を見て、そんな時代に道具には美しさが必要と立ち上がり、最初の作品は液だれしない赤い蓋のキッコーマンの卓上のお醤油の瓶をデザインされ4億万本も生産されております。

広島ご出身なので広島の町の空間デザインや東京の山手線の電車やこまち(新幹線)もそうです。

私の原点も小樽に米軍が進駐して来て、子供心に嫌な思いをしたのが、バネになり、この歳でも頑張れるのだとおもっております。こういう一本の筋が通った方が亡くなるのはとても残念です。

今の若い人(車の仕事をしている)にBMWのオートバイを知ってるか?と質問したら、知らないとの事。
側にいた人が知ってるよ水平対向4気筒のエンジンのバイクだよと言ってました。
日本は終わりましたね。

写真は昨年の9月9日写しました。やる事は凄いのですがとてもお優しい方でした。
以前、和歌山県で彼が瞑想をした建物の水平を取る装置を作ったのは、我々のレーシングカミオンを作ってくれている焼津の坪井特殊車体です。

写真は昨年の9月9日に大変な賞を頂いた時に写しました。

菅原 義正

No.173「たして93才」- 2015/01/27菅原さんからの手紙

letter_173_20150127_01無事に帰国しました。照が頑張って10000cc以下クラスで優勝して、6連覇を果たしました。私は昨年と同じで2位でした。 完走率は50パーセントだったようです。

印象的だったのはSSERのステッカーを後ろに付けたランクルが後半、私の辺りを走っており、モンゴルのハマー君達が3人乗りで頑張って完走しました。
中間日の休日にキャンプ内を歩いていたら、ある若者に呼び止められ、一緒に写真を写したいとの事です。訳を聞いたらチエコから参加のマーティン君だそうです。 彼はトラックのドライバーで最年少の25才で、私が最年長なのを知っていて声をかけてくれたようです。4ステージめのチリのコピアポに着いてリタイアしたそうです。 彼の車の前で写したのですが、なんと私の次のゼッケンがついてました。 ちなみに今回の最年少はバイクで出場しているライダーで18才。最年長はお分かりの通りでした。 遅くなりましたが、今年もよろしくお願い致します。 菅原 義正