No.0239 – Organisation Voice 2001/02/06


僕の読書癖は少し変わってる。遠くへ出かければ出かけるほど本を読む、それもその旅が長くなれば長くなるほどである。したがって海外遠征時には大量の本が要る。だから嵩張らないというだけの理由だが、文庫本を買うのがほとんどであり、そして読んだあとは誰か彼かに、ホイってあげちゃう。で中身はというとカフカからパトリシア・コーンウェルまで。

で忙しいので上下2巻を読むのにこんなに時間のかかったことは無かったパトリシア・コーンウェルの最新作「審問」を数日前に読み終えた。恥ずかしい?ことに僕は彼女のファンで、これまでの11作もほぼ全て、発売から一ヶ月内には読んでしまっているのである。たかだか検屍官モノのミステリーなんだが、ぼくは現代のアメリカ版の鬼平犯科帳だと思ってるのである。チョコット読めば、アメリカ社会の仕組み、例えば警察、検察などの司法制度とか、医学的な出来事や科学捜査の最前線などなど。手に取るように分かるのである。それでこのシリーズは僕だけにとどまらず巷でも大人気のようで、先週の日経新聞のランキング書籍・文庫本部門の売上NO.1とNO.2を上下で独占していたのである。で、この本の出色の部分はなにかというと、やはり主人公の内面の描き方なんである。是非読むことをお勧めする、と言うほどではないんですが。

あと最近読んだ(といってもこの夏ですが)のではP.F.ドラッカー博士の「プロフェッショナルの条件」いかに成果をあげいかに成長するか、というサブタイトルが付いてるんですが、このおそるべき老経済学者が90歳を越えてなお執筆を続けている、その根底にあるものは何だろう、というのが実は今日のテーマ。先月にはもう何度目かはともかく来日を果たし、筑紫哲也さんと対論をしてた。1909年生まれのかれは1933年に「フリードリッヒ・ユーリスシュタール」を著わす。で、そうオーストリア生まれで当時はドイツにいたんだが、この著作でナチの激しい弾圧を受けて、イギリスに亡命、ナチの台頭の足音高き頃の話である。39年にはナチの批判として著名な「経済人の終り」を執筆、それからだっていったい何年経つんだろう。で世界中が彼の新作を待ち続けることとなる。

おそらくこれが最後の著作になると思われるこの書も、発売と同時に世界的なベストセラーになった。もちろん日本でも数週間にわたって、ジャンルのトップの位置にあった。なんとなくそれを見た時、日本も大丈夫なんじゃないか、と甘い幻想をもつほどに彼に信奉している自分の姿があったのも告白しておこう。彼と筑紫哲也の対論を聞いてると、彼の根底にあるものは何かを垣間見ルことが出来た。

そう、それはやさしさ、人間愛なのである。ナチと闘った人間が持ち合わせる力強さのようなものとも言える。パトリシア・コーンウェルのなかにもアナという 70過ぎの女性、精神分析医が登場するのだが、ぼくはこの実存するドラッカー博士と架空のアナという登場人物が、同じオーストラリア生まれということも相まって、どうも接点があるように感じてならない。


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