No.210「伸び行くウランバートル」- 菅原さんからの手紙 2016/08/05 15:18


letter_210_20160805_1453-01私は山田さんに誘われてモンゴルに来るようになって、18年も経ってしまいました。

最初はカミオンバレーの隊長として現地の人が運転するボンネットタイプのトラックと一緒に走り、私はランクル70の運転をして、最終尾を走ってました。

両車には通訳の人が乗り、無線で連絡しあっておりましたら、ある時すぐ後ろに走っていたトラックが見えなくなったので、連絡を入れると、すぐに追いつくので少し待ってて下さいとの事。

いくら待っても来ないので、そのトラックが止まっている場所まで戻ってみると、シリンダーヘッドカバーを外して修理してました。これではカミオンバレーのカミオンバレーが必要ですね。

カミオンバレーの説明をしますね。フランス語でトラックの事をカミオンと言いバレーとは、ほうきの事で、ラリーの最後尾を走って、リタイヤした人達を拾ってあげてお掃除をする事です。昔のダカールのカミオンバレーの荷台に竹ボウキを逆さにして飾って走ってました。

当時、ウランバートル市内にはビルデングが全然無くて、街を歩いているとおばさんが昔の受話器の付いた大きな携帯電話を持っていて、必要な人には有料でその電話を使わせていました。歩く公衆電話です。

毎年、来る度に代わっているので高台に行って写真を撮ってきました。驚きです。

もうすぐ山田さんが言ってる「まだ誰も見た事のない風景を」見に行って来ます。

いよいよ始まりますよ。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏
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