No.0372 – Organisation Voice 2001/10/29


ツールドニッポンの試走の北海道パートと東北の一部が終了して、設定したルート1400km、それに対して松山からの往復の距離は3000kmと言うタフさ。このあとガストンライエ・ミーティング、ガストンライエ・クラシックのふたつのイベントが終わると、再び東北は十和田湖から南下するルート制作に入ります。さらに、このあと先発班はパリに向けて出発。その一方で、僕は年内いっぱい、「本当に行けるのだろうか」と、仕事の山の前に立ち尽くしていることでしょう。もうひとつの心配の種、「世界情勢の不穏さ」も目に余るものがあります。ふりかえってみれば1991年の湾岸戦争のときのパリ・ダカールや、翌年のパリ・ルカップ、そしてソ連の崩壊や東側陣営の崩壊に揺れたパリ北京やその当時のヨーロッパ。ちょうどベルリンの壁の崩壊も、チャウシェスクの追放と粛清もパリでTVに齧り付いて見たものです。

ちょうど世紀末に向かう90年代初頭、まず世界の枠組みが変わりました。まるで資本主義が社会主義に勝利したと言う訳です。東西両陣営そして冷戦構造の終結です。そのたびに今年のパリダカは開催されない!とうわさされたものです。そしてそれから10年。想像すらできなっかった事件が世界を震撼させました。「 21世紀は、新しいカタチの巨大な対立の時代なのか」と誰の心にも強烈な衝撃を与えました。それは言うところの文明の衝突です。資本主義対社会主義という、比較的まだ分かりやすいイデオロギーの衝突の時代から、かなり分かりにくい宗教と近代国家という構図に変わったわけです。言い換えれば、違う価値と行動基準を持つもの同士の対立です。全く取り付く島がないとはこのことです。そしてコレを文明と非文明の対立と見るのもおかしなものです。つまり豊かな国家にしか社会保障などを篤くすることによってしか、宗教による国民支配から自由になれる道はないのではないだろうかと思う。つまり貧困は宗教しか救いがないのではないのだろうかということに行き着く。

このパリダカールはそういう意味で、西欧主義の権化が、西欧化イスラム圏内で砂漠を舞台に戦うのです。言うなればコレもひとつに文明の衝突!なのかも知れません。このラリーが砂漠の民に幾ばくかの豊かさと、夢を与え続ける事が出来るのであれば、まだ道は見えるのだろう。

もう一度そのサハラのど真ん中、イスラム圏で僕は考えてみたいと思う。地球環境問題などどうでも良くなってしまいかけてる、アメリカや日本、についてだ。その日本、ツールドニッポンのHPに情報を集めています。

きょうの一枚
羊蹄山、シリベシ山とか蝦夷富士とかって言うこの山。実はこの地に四国の人が入植して3年目に見つけたそうなのである。「なぜか」それほど深い原生林が広がっていて、開墾をしていくうちに見つけたそうな。この近辺には上質な露天風呂の温泉も多い。ツールドニッポンDAY-2/4月29日のビバーク予定近く


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