No.225 – 菅原さんからの手紙 2017/06/15 17:28

なんだか慌ただしくなってきました。照仁がシルクウエイラリーに使う2号車は12日に工場を出て行き、ラリーレイドモンゴルに使う1号車は部品が出来てきたので、組み付け作業が大変です。

来年のダカールの販社メカさんも決まり、日野さんの工場で車作りから作業が始まっております。

今週の週末は松山でモンゴルの車検と荷物の積み込みがあり、私の乗る1号車の輸送はロシア経由ではなく、中国経由なので車載工具などの盗難に備えて、車載品はSSERの便で運ぶようです。

月末には北海道4DAYS用のバイクを芦別に送ったりと、忙しくなります。

HINO TEAM SUGAWARAのこれからの予定が日野さんのホームページで発表されました。良かったら覗いてみてください。

[日野自動車のニュースページはこちら]

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.224「出来ました。」- 菅原さんからの手紙 2017/05/15 14:38

TBIでは、HONDA XR230に乗って出場したのですが、長い事使っていたので、ミッションが入りづらくなり、北海道4DAYS用にYAMAHA セローで、作ってみました。

写真1 横からの全体像で、エンジンの前側に付いてる工具箱は今回のTBIで知り合った、鹿児島の大下本さんが北海道には行けないので、せめて工具箱を連れて行って欲しいとお送ってくれました。

ヘッドランプはLEDをやめて、HIDにしたのでライトのカウルに入りきれない部品が外に出てしまいました。

リアーには純正のキャリヤーが付いてましたが、重い物を載せないのでキャリーを外しバックを直接取り付けました。

写真2 マップケースまわりですが、右上はGPSで作動するICOを付けてみました。純正のメーター類はそのままにしてあるので時計やトリップや燃料メーターなどが見れて便利です。携帯電話などの充電が出来るUSBのソケットが付いてるシガーライターもついてます。ウインカーも軽いのに変更してあります。

写真3 大下本さんがお送ってくれた工具箱ですが、改良して400グラムを軽量して取り付けました。純正の工具入れは高い位置にあるのでこちらの箱に入れる事により、重心が低くなりましたが、最初に作った大下本さんに感謝です。

北海道が楽しみです。

菅原 義正


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No.223「TBI用のヘッドランプ」- 菅原さんからの手紙 2017/04/14 18:33

湯布院ラリーでは写真1のようなLEDランプを取り付けての参戦でした。

このランプは競技用に作られているのか、ハイピームとロービームの切り替えがありません。仕方がないのでこのランプを下に向けて 対向車に眩しくないようにして、さらに上(写真には写ってない)にハイビーム専用のLEDランプを2ケ付けて走りました。

実際に夜、使ってみましたが、明るさはあるのですが、スポット的になり、想像と違っており、次回のTBIは夜間走行が多いと山田さんに脅かされているのでシビエのランブケースにHIDを組み込んでみましたがピント来ないので、タガールでも私が使っているジェビルのランプケースの部品を取り寄せてく組むことにしました。

HIDも古くなったので、新しいのを買おうとネットで見たら、今はLEDが主流になりHIDはたったの2900円でした。早速、注文して取り付けたら「安物買いの銭失い」のとおりH4なので電球がマグネットで前後に動くのですが、芯がづれて動き、不良品です。

色々と考えてLEDはロービムが普段点いていて、ハイビームにするとロービームを消さないで、その上にハイビームが点くので、夜間の林道には最高だと思い、今朝(14日)3時に起きて、バイクを置いてある御殿場の工場に行き、LEDを組み込んでガラス面に黄色を塗ってきました。TBIがたのしみです。

追伸 色々と相談にのってくれた三好慶一さんありがとう。

菅原 義正


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No.222「湯布院3DAYSに出てきました。」- 菅原さんからの手紙 2017/03/21 18:00

昨年はジムニーで出たので、バイクでの出場は1年ぶりです。

バイクはKTM EXC-F SIXDAYSからホンダXR230に乗り換えての出場です。

理由はひとサイズ下げる事で、今の自分に一番合ってると思ってチョイスしたのですが、エンジンのトルクバンドが広いのと、シートが厚くお尻が痛くなくベストチョイスでしたが、製造が10年も前のなので、KTMのようなサスの追従性はありませんでした。。

今回のコースは石が多かったので、フロントが跳ねて走りづらかったので最終日は空気圧を0.8まで落として使いましたが、私のスピードではリム打ちもなく走れました。

「川床の道」は昨年走れなかったので、楽しみに入って行きましたら、韓国からの選手が二人入ってすぐに転んでおり、私は昔、トライアルもやっていたので自信を持って転んでいる二人の間をすり抜けて、5メートルくらい進んだ所で苔にやられてすってんころりでした。親切な選手に起こすのを手伝ってもらい、両足を出してゆっくり進むのですが、いくら行っても川が続きます。

あるところで、フロントが引っかかって前進できないでいたら、すぐ横に選手の人が川岸に座って居て「バックしたらどうですか」と言うんで、「すいませんが、ちょっと前に押してもらえませんか?」と言ったら、彼は「すいません、私、骨折しているんで」

との事でした。対岸にバイクが置いてあり、転んで足を骨折したようです。

私は65か国も行ってますが、あんな所は、初めての経験です。

コースには「東洋のナイヤガラ」や「東洋のマチュピチュ」などがあり、素晴らしい大会でした。夢のような3日間を終えて大分空港から1時間10分で羽田空港に着ました。

オフィシャルの皆さんへ「ありがとうございました」

菅原 義正


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No.221「YAMAHA YXZ 1000R」- 菅原さんからの手紙 2017/02/20 10:30

昨年のラリーレイドモンゴルに私が使用したYAMAHA YXZ 1000Rが今年のダカールラリーに3台出場しました。

今までは、このサイドバイサイドの車両は4輪のクラスに入れられていたので、ATVとは別に扱われていて、アメリカのポラリスが良く出ておりました。4輪と同じクラスになるとロールゲージの太さが違っており、ポラリスはフレームを完全に作り直して、ホイールベースも長くして、そこに燃料タンクを付けたりして、出場するには大変な改造が必要でしたが、今年からこのサイドバイサイドのクラスが新しく出来たようです。

スペインヤマハさんが写真の車両を作っての出場のようでした。気になったのでそこのチームを訪ねて聞いてきました。燃料の規定は4輪と同じなので、800KMは無給油で走らなければいけません。

後ろのタンクの容量は250リッターだそうです。ヤマハさんのはフレームは伸ばしてないので、スペアータイヤの置く場所が無いので床下に積んでました。使用しているタイヤは外径を大きくして4輪共に同じタイヤにしてますが、これではどうしても最低地上高が低くなり過ぎです。

写真はスペインのラリーに事前に出ている写真ですが、リアータイヤにはドロ除けが付いており、4輪のレギュレーションの通りに作られております。

毎日、頑張ってましたが、最終的には3台とも完走で出来ませんでしたが、このクラスが安定してきたら、4輪よりも費用の面では安く出れるので、ぜひこのクラスが増えると良いですね。

菅原 義正


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No.220「無事に帰国しました。」- 菅原さんからの手紙 2017/01/23 10:20

letter_220_20170123_1020-01今年のダカール・ラリーは初めてパラクアイの首都アスンシオンを出発して、アルゼンチンに入り、その後、ボリビアに入り、再びアルゼンチンに入って首都のブエノスアイレスがゴールでした。

出発前の情報ではボリビアは干ばつが続いており、水不足なので洗車はしないようにとの連絡でしたが、行ってみたら、大洪水でSSのコースではドロの中に埋まっているトラックが居たりで大混乱でした。

注意していたのですが、私の車も前後デフが地面に着く程埋めてしまい、仲間が助けに来てくれたのですが我々の用意していた牽引ロープは砂用なので、深く埋まった車には通用しなくてすぐに切れてしまいます。

他の車も助けに来てくれて、彼たちのは丈夫な牽引ロープなので後ろから引っ張ってもらい脱出したのですがこの日はマックスタイムを30分超えてしまい2時間のペナルティでした。

この場所の標高は4200メーターだったので、動きすぎたのか、翌日嘔吐して完全に高山病になってしまいました。ちょうどこの日はSSがキャンセルになり、リエゾンで次のキャンプ地に向かう事になり、お医者さんに注射を打ってもらい命拾いをした次第です。

そんなこんなで色々とありましたが2号車の照が頑張って8位になり、私も完走出来て10000cc以下クラスの1.2を取る事が出来ました。

この場をお借りして応援して頂いた皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。

写真は昨年の4月7日にオープンした、日野アルゼンチンさんの工場をお借りして出発前の準備をさせて頂き、パラクアイに向かう前の記念写真です。

菅原 義正


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No.219「今年もよろしくお願いします」- 菅原さんからの手紙 2017/01/04 11:33

letter_219_20170104_1133-01お陰様で、無事に2台とも人検と車検をパスし昨日、パルクフェルメに入れました。夜にもかかわらず観客が居て、我々が歩いてたら拍手が起きました。

この国の人たちにとってダカールラリーが来た事がとても嬉しそうに感じました。こんな歓迎は初めての事です。

スタートは1月2日で、この町の東側で39kmのSSがあり、450m先のキャンプ地に向かいます。

毎日、暑いのと夕方にはスコールのような夕立があり、SSのコースが気になります。

競技が始まると、手紙を書く時間が無くなるので、ラリーの様子は日野さんのホームぺージ見て下さい。

応援よろしく御願いします。

菅原 義正

日野自動車ダカールラリー
http://www.hino.co.jp/dakar/index.html

写真1はホテルの窓から見た景色です。河幅は約3kmもあります。

写真2は今日こちらのトヨタさんで行われた、トヨタ車体さんと我々チームの記者発表の会場です。

写真3は2日のコースです。

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No.218「2台共無事に着きました。」- 菅原さんからの手紙 2016/12/19 11:43

letter_218_20161219_1143_0110月末に日本を発った2台のレンジャーは無事にブエノスアイレスに到着です。何時もは引き取りに手間取るのですが、今回は日野さんの努力もあり、予定通りなのでほっとしております。

運ぶのは、やはり低床のトレラーで運ぶのですね。その後、ブエノスアイレスの郊外に新しく出来た、日野アルゼンチンの販売店に運ばれました。

メカさん達は20日に着くので、こちらの工場をお借りして、事前の整備をさせて頂きます。

社屋も新しいので気持ちがいいですね。

私はと言うと時差との闘いと、運動の為、歩いたり、ホテルのトレーニングルームで頑張ってます。

今日、お昼を食べに小さなレストランに行ったら、HINOの帽子を見て判ったのか、お前の事はテレビで見てたよ、と言われました。

こちらでラリーをやるようになって早いもので8年にもなり、HINOを覚えてくれとても嬉しいですね。

こちらの気温ですが、お昼は31度で夜は18度ですが、室内を冷房しているので長袖のシャツを着ております。毎日、空は真っ青です。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

 

No.217「無事に着きました。」- 菅原さんからの手紙 2016/12/15 13:26

letter_217_20161215_1326_01東京でのSSERの発表会では我々チームの壮行会までやって頂きありがとうございました。チームの第一陣として日野さんの広報の方とで13 日にブエノスアイレスに到着しました。

今年の4月7日からアルゼンチンで創業した日野アルゼンチンの社長さんにも出迎えて頂きありがたい事です。今年から事前整備は日野アルゼンチンの工場をお借りしてやらせて頂きます。今までお借りしていたトヨタさんにもとても良くして頂き感謝しておりますが、やはり日野さんの工場ですから嬉しいです。

ホテルは長期滞在型でキッチンも付いており、快適で、私は11階ですぐ上の12 階にはトレーニングルームとプールが付いてます。

日本では9月からトレーニングの先生に付き体幹をしっかりさせる事に集中してました。最後に計測したら体内脂肪が減り、筋力が増加してました。75歳からでも遅くないので山田さんもやってくださいね。

2009年からこちらに来て8年目になりますが、毎年新しい発見があり、わくわくの生活です。

これからゆっくりと報告しますね。お楽しみに。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.216「フランスでの車検」- 菅原さんからの手紙 2016/11/29 11:33

letter_216_20161129_1128-12017のダカール・ラリーのスタートが迫ってきました。

ラリーの舞台が南米に変わってから、毎年車検はフランスのルアーブル港で行われます。ヨーロッパから出る、全ての参加車両はこの港で車検が行われ、主催者手配の船に乗せられて南米に向かいます。人検は全員、次回はスタート地点であるパラグアイの会場でやる事になるのです。

我々チームはサービスカーの3台はルマンの工場で保管しているので、社員3名がフランスの工場に出張して、事前の整備などをやって、ルアーブル港までは運びこんで車検を受けてくれました。

11月24日にルアーブル港に運び込み、アルゼンチンで受け取るのが12月20日頃で、今年から日野さんの販売会社がアルゼンチンに出来たので、日本から直接送ったラリーカミオン2台とサービスカー3台がこちらでドッキングして。販売会社の工場をお借りして、さらに事前整備をして、スタート地点のパラグアイまで自走して向かいます。

毎年の事ですが、予定通りにはいかないもので、ある年には日本から直接乗せた船が故障してしまったり、船長さんが途中で亡くなったりしました。

スタートは1月2日ですので、応援してください。

写真の説明
1 は弊社のフランス・ガレージの前で写したもので、低床のトレーラに乗せられた6輪のサービス・カミオンです。全長がとても長いですね。
2 は車検会場に集まったカミオンですが、ゼッケンの台紙が白でないので、サービス・カミオンで左がカマズで右はジナフです。
3 は車検が無事に通過した、サービス車両の3台です。

 

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No.215「船に乗って向かいました」- 菅原さんからの手紙 2016/11/02 13:46

0215_letter_215_20161102_1346-1来年のダカール・ラリーは、初めてパラグアイの首都アスンシォンを出発して、アルゼンチンを通り、ボリビアに入りアルゼンチンに再入国して首都のブエノスアイレスがゴールになるそうです。

我々チームは2号車を新造し、挑戦いたします。

写真1は日野さんの挑戦、26年目になるので、決意も新たにレーシングスーツを新しくしたのですが、内ももの部分が白いので、0脚に見えますね。一人何着も用意するので、その部分は既製品なので我慢です。

写真2は日野さんのテストコースで最終のテストを行いました。馬力も650に上がり、上々の仕上がりでした。コースの上は照が運転している2号車で、下は私が運転している1号車です。

写真3はオープンコンテナーに乗せられたレンジャーで、しっかりと固定されてます。

写真4は全体をブルーシートに包まれて、この状態でアルゼンチンまで船に乗って、2ケ月後に現地で荷ほどきをします。

今年は、2号車の照と今年、選考された販売会社のメカさん4名がモスクワをスタートし、北京ゴールのシルクウエイ・ラリーに出て、実戦テストをして来たので、その経験を生かしたラリーが出来るので、今から楽しみです。

1月2日にスタートなので応援して下さい。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.214「宝もの」- 菅原さんからの手紙 2016/10/14 11:43

letter_214_20161014_1143_1写真1はとても大切にしているHONDA XL125R PARIS-DAKARです。このバイクの発売は1983年の3月の中旬だと記憶しております。

私はこの車両の発売予定も知らずに1983年の1月1日スタートのPARIS-DAKAR.RALLYにHONDA XL400Rで初出場をして、途中で写してきたフイルムをHONDAさんに差し上げたらHONDA XL125R PARIS-DAKARのカタログに使って頂きました。帰国したのが1月末だったので3月発売のカタロクに良く間に合ったと感心してました。

記念なので最初はカタログを入れる額を注文して部屋に飾ってたのですが、本物が欲しくなり、ヤフオクで探していたら1台を見つけたのですが、あまり程度が良くなかったので、ベースはXL125Rと一緒なのでXL125Rを2台買い、3台を1台にまとめて作り上げました。

フレームやエンジンには粉体塗装をしてもらうのですが、フレームをばらすのは簡単なのですが、エンジンは全部ばらして外側の部分だけにして、塗装屋さんに持っていくので、大変でした。

実際に走らせる事を目的にエンジンミッションなどを自分で組んだので、結構時間もかけて完成させたバイクです。

このバイクを置いてある部屋は4階なので、ピアノを運ぶ業者さんに釣り上げてもらいました。

写真2はカタロクが入っている額です。
写真3は私が逆光で自分のバイクをサハラ砂漠で写した写真です。

この壁に実際に付けて走ったフロントゼッケンと背中に付けていた布製のゼッケンを飾る予定です。

菅原 義正

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No.212「菅原からの手紙」- 菅原さんからの手紙 2016/08/22 10:40

 今日(26日)の東京は雲一つない快晴でした。こんな大都会で青い空が見れるのは、東京位だと思っております。
 先日、ウランバートルで見た空は都心の上だけ埃で曇ってました。東京の道路の舗装率は、ほぼ100パーセントで車や人が移動しても埃が立たないのですね。その代り雨の吸水性が無いので、大雨が降ると大変です。渋谷の地下に一時的に雨水を溜める大きなタンクを作っているそうです。
北海道の川が氾濫したり、異常気象ですね。

4X4マガジン社さんが、動画をアップしてくれましたので見て下さい。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.211「菅原からの手紙」- 菅原さんからの手紙 2016/08/22 10:40

letter_211_20160822_1040-01この写真を見てどんな事を感じますか?

場所はシャンゼ通りです。
私は自由と挑戦を強く感じました。

先に見える凱旋門にその後、軽飛行機が
縦になって 通過して警察にパイロットは拘束されます。
その後、同じパイロットがまた、凱旋門を飛行機で通過するのです。
私は偶然その場にいました。市民は大きな拍手をしてました。

日本では考えられない光景でした。

自己責任でやるのは危ないほど楽しいのです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

 

No.210「伸び行くウランバートル」- 菅原さんからの手紙 2016/08/05 15:18

letter_210_20160805_1453-01私は山田さんに誘われてモンゴルに来るようになって、18年も経ってしまいました。

最初はカミオンバレーの隊長として現地の人が運転するボンネットタイプのトラックと一緒に走り、私はランクル70の運転をして、最終尾を走ってました。

両車には通訳の人が乗り、無線で連絡しあっておりましたら、ある時すぐ後ろに走っていたトラックが見えなくなったので、連絡を入れると、すぐに追いつくので少し待ってて下さいとの事。

いくら待っても来ないので、そのトラックが止まっている場所まで戻ってみると、シリンダーヘッドカバーを外して修理してました。これではカミオンバレーのカミオンバレーが必要ですね。

カミオンバレーの説明をしますね。フランス語でトラックの事をカミオンと言いバレーとは、ほうきの事で、ラリーの最後尾を走って、リタイヤした人達を拾ってあげてお掃除をする事です。昔のダカールのカミオンバレーの荷台に竹ボウキを逆さにして飾って走ってました。

当時、ウランバートル市内にはビルデングが全然無くて、街を歩いているとおばさんが昔の受話器の付いた大きな携帯電話を持っていて、必要な人には有料でその電話を使わせていました。歩く公衆電話です。

毎年、来る度に代わっているので高台に行って写真を撮ってきました。驚きです。

もうすぐ山田さんが言ってる「まだ誰も見た事のない風景を」見に行って来ます。

いよいよ始まりますよ。

菅原 義正


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No.209「二度驚きました。」- 菅原さんからの手紙 2016/08/02 19:43

letter_208_20160712_1 一度目は日本出発前にラリーレイドモンゴルのエントリーリストが発表になり、見ていたら私一人だけ(ナビは若林 葉子さん)がYAMAHA YXZ 1000Rに乗って出ると思っていたら、何とモンゴルの人が運転する同じ車両が後二台も出ておりました。
 聞くところによると、私が六月にテストをした時に書いた「菅原からの手紙」を見て決断してエントリーしたそうです。
 それにしても、アメリカで発売している車両をどうやって、モンゴルに運び込んだのか?私がテストをしたのが六月中旬だったので、空輸したのか?とても不思議な気持ちで昨日(8月1日)、モンゴルに入りました。
 ラリーでお世話になっているムッホ君に聞いてみたら、ウランバートルにヤマハの販売店があるので、どうもそこから買ったようですよ。との返事でした。
 どうしても気になるのでヤマハの販売店を探していってみましたら、私が良く通る道の少し奥まっている所にその販売店があり、お店にはYAMAHA YXZ 1000Rが飾ってあり、二度目の驚きです。お店のドアーが開かないので、通訳の人が電話をしてくれたら、今日は書類の申請の仕事をしているのでお店には行けないとの事でした。
 そのちょっと前には以前、私が乗って出たヤマハライノが走っていたり、日本でも売ってないバギーを売っていたり、ある意味うらやましい国ですね。

菅原 義正
写真はお店の前で撮しました。
もう一枚は店内の様子です。


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No.208「Silk Way Rally 2016」- 菅原さんからの手紙 2016/07/12 21:41

letter_208_20160712_17月8日にモスクワをスタートして北京には23日に到着するラリーに2号車が挑戦中です。

来年のダカールを目指して販売会社さんから選出された4名のメカさんのトレーニングと更に改良された日野レンジャーの性能の確認などが主な目的です。
ドライバーは照仁とナビは杉浦君です。

今はすごいですね。日本に居て主催者のホームページに入りゼッケン(309)を入れると出場車両の位置がわかり、更にスピードも出てきます。スピード0KM/Hと表示されてる車両はパンクか故障なんですね。

私と山田さんが出た1992年のパリ−モスクワー北京ラリーは16,000KMでパリをスタートしたのが9月1日で北京に着いたのは9月29日でした。

機材と言えば無線機が許されていて、良く山田さんとラリー中にお話しましたが、外部とは一切繋がってませんでした。

パリ-北京間のラリーは1907年の6月10日に北京をスタートして60日後の8月10日にパリに到着したのが始まりで、1位と2位の差は20日間だったそうですよ。北京をスタートして11日目に今のウランバートル(昔はウルガ)に着いたそうです。

今から109年も前の事で、その85年後のラリーに出た事になります。

写真はモスクワのポディウムで写した写真で日野さんのページからお借りしました。もう一枚は24年前の私で中国に入国した時の物で後ろの門が国境です。

HINO TEAM スガワラFACE BOOKで現在進行中のラリーが見れますので応援お願いします。

追伸 2号車が北京にゴールしたら、8月に始まるSSERさんのRALLY MONGOLLA 2016 にも参加を予定しております。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

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No.207「松山での車検に行ってきました。」- 菅原さんからの手紙 2016/06/28 11:41

letter_207_20160628_1129-01あのバギーなので運送会社に見積もりを取ったら、ドアーが無かったりでF-1並みの見積もりで、御殿場-松山片道38万円と言われました。

日本の運送費は可笑しいです。もったいないのでAPIOさんがとんとんとんとん日野の2トンで積載仕様のデュトロを買ったので、河野社長にお借りする依頼をしたら、快諾してくれました。有難い事です。

17日にAPIOに行って、御殿場の工場でヤマハを積み込みお昼頃、松山に向けて出発です。徳島に着いたのが夕方でヤマハの販売店の前が広かったので、トラックを止めて宿を聞きました。

ご親切にバギーを見てから、トラックも泊まれる宿を紹介してもらいました。
ご主人は初めて見るヤマハのバギーなのでお孫さんをトラックの上に乗せて記念撮影です。

翌日3時間くらいで指定の場所に着いたので、空港に着いたナビの葉子さんを空港に迎えに行ったら、一人でうどんを食べてるところでした。

時間通り、車検を受けたのですが、初めての車両なので山田さんから結構きつい注文が付きました。飛び出し防止のネットを付けるようにとの事でした。

往復1,600kmの移動でラリーよりきつい旅です。

ネットを付けるのに現場では電気が無いので中学生以来の手動式ドリルも買いましたよ。
今日は弊社でシルクウエイに出る打ち合わせで日野さんの関係者が10名ほど集まって弊社でうちあわせです。 それが終わってすぐにラリーレイドモンゴルですね。

私はその前に北海道4DAYSです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.206「テスト無事に終了」- 菅原さんからの手紙 2016/06/13 19:47

letter_206_20160613_1947-016月3日に次回のラリーライドモンゴルに出る、新しい車両の走行テストをしてきました。場所はSSERさんもSSに使った事がある富士ケ峰のオフロードコースです。

車両はヤマハさんが昨年、アメリカで発表した、2名乗りのスポーツバギーです。
以前、モンゴルでヤマハさんの2名乗りのバギーに私、一人で2年走った経緯がありますが、あの車両は単気筒700㏄で使用用途はハンティグや農場で走るのが目的でしたが、今回のは900ccの3気筒エンジンを使用した、完全なスポーツモデルです。

ナビは昨年ジムニー1300で一人で運転して完走した若林 葉子さんにお願いしました。

実際は後輪の幅が広いのですが、ラリーでは直線が多いのと、スペアータイヤの本数が多くなるので、フロント用に変更しました。雨も降る可能性もあるので、オプションのフロントウインドウを付けて更に圧の強いヘッドランプウオッシャーをウインドウに付けて、ワイパーも自作で取り付けております。

ナビさんの前は電動式のマップホルダーとGPSで感知するICOを2連装です。

18日の車検場に見て下さいね。凄い足回りですよ。

写真は 山下 剛(ahead)撮影

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.205「museo」- 菅原さんからの手紙 2016/05/20 10:33

letter_205_20160520_1007-012016・TBIの参加の皆様本当にご苦労様でした。

林道1000kmが本当に組み込まれており、大変でしたね。朝7時に出て午前2時に帰って来て整備をして、また翌日朝7時に出かけるのをほとんど毎日だったので、驚きでした。

更に、大変だったのは、このイベントを支えてくれた役員の皆様に感謝です。

ちょっと古いニュースになりますが、読んでくださいね。

今年の4月にアルゼンチンに行ったのですが、日野さんのご招待だったので我々がいつも泊まっている安いホテルと違って素晴らしいホテルを取ってくれました。

部屋から下を見たら鉄道博物館が見えたので、早速行ってみました。

アルゼンチンでは自転車博物館や武器博物館や民族博物館に以前にいったのですが、とてもちんけな博物館でそれなりにおもしろいのです。

今回のは立派だったので入場券を買おうとしたら無料でした。写真の1は入り口に飾ってある小型で可愛い機関車です。写真2は食堂車で使われていた食器類です。割りばしで食べる駅弁とは違いますね。当時使われていた電話の交換機ですよ。使い方は今度、山田さんに聞いて見てくださいね。その当時、使われていた電話機です。

今、皆様が使っている電話との違いを感じて下さい。

東京で走っていた地下鉄の丸の内線の電車がそのままの色でアルゼンチンで走っているそうです。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.204「キックオフ」- 菅原さんからの手紙 2016/04/22 13:27

letter_204_20160422_1327_01本日(4/21)、日野さんの本社でダカール・ラリーのワーキンググループの皆様が集まり2017年に向けてのキックオフがありました。

最初に常務さんからのご挨拶から始まりました。

彼は昔、日野さんの研究所に所属して
おり、1996年の夏に北海道の芽室にある大きな日野さんのテストコースにダカール・ラリーで使われる道を想定して、深さの違う穴をいくつも堀り、サスペンションのテストをした時に、我々が走って来たデーターを夕方から夜中までかかって解析して、翌日のテストに反映する指針を作ってくれた人です。

スタビライザーの強度を変えるのに、事前に用意した鉄棒を溶接したり、強すぎるとフライスで削ったりしてやってました。

当時は外国の選手がメインでやっており、自動車工学の博士号を持っているドクターライフさんも1997年の大会に出る事が決まっていたので、オーストリアから芽室に来てくれて、一緒にテストをしてましたが、問題が発生しました。

当時のレギュレーションではスタビの太さが同じものを使ってないとだめなのです。ライフさんは固めを希望しており、私はもう少し柔らかくしたかったので希望をメーカーにお話ししたら、二人の希望する中間を取りましょうという事になり、仕方がなくその場では納得して、実際にラリーで走ったら、ライフさんはスガワラが希望したレートの方にするべきだったと言ったのですが、事、すでに遅しでした。

芽室でしっかりとしたテストのお蔭で1997年の大会で始まって以来、1メーカーがトラック部門の総合1位2位3位と10.000ccクラスの1位2位3位のダブルタイトルを取る事が出来ました。

今年は芽室でテストをする事になりましたよ。

写真1は2017年用に照が乗る2号車のキャブが弊社の工場で出来上がりました。
写真2は軽量化されたドアーの内側です。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.203 「残念です」- 菅原さんからの手紙 2016/04/13 18:26

0202_letter_202_20160411_1546-01ブエノスアイレスでのイベントを終えてフランスに来ております。私はフランスに出入りを始めたのは今から50年前からですが、今回は違ってました。

フランス人はプライドが高いのか(私はそこが好きだったのに)空港の案内板にはフランス語と英語だけの表記で、バブル期には日本から大勢のおばちゃま連中がエルメスやルイビトンに列を成して並んだ時期もありました。そんな時でもフランスは凛として空港の案内板はフランス語と英語だけでした。

今回は写真のとおり、中国語が追加されており、がっかりです。空港内の連絡電車に乗っても中国語の案内が流れてました。

今は日本人の倍の観光客が来るので、仕方がないのですかね。

レンタカーを空港から借りて250km離れた会社の工場に来ましたが、3年ぶりに訪れたのですが、周りの景観がかわり、ここでも驚きです。

色々と用があったので近くの村を走り回りましたが、車の量と道路の設計がマッチしているのか、とても走りやすく。命の洗濯ができましたよ。

昨日は、5000年前に作られた横穴式の住まいを見学してきました。

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菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.202 – 菅原さんからの手紙 2016/04/11 15:46

0202_letter_202_20160411_1546_01二か月半ぶりにアルゼンチンに来ております。

成田から12時間30分飛行機に乗ってパリに着き、7時間のトランジットをこなし、更に13時間40分乗って、やっとブエノスアイレスに到着です。成田を出て33時間10分後に目的地に着いた事になります。

昨年の暮れはアメリカのダラス空港で乗り換えてブエノスアリレスに入り、帰りはフランクフルト空港経由で帰ったのですが、日本の反対側に行くのでどのルートも同じくらいの時間がかかります。

今回こちらに来た訳は、日野アルゼンチンが発足して初めての売り出しを記念した式典にご招待いただきました。

こちらの運輸大臣や日本大使館の大使や日野本社から専務が出席しての盛大な式典でした。

自動車の販売会社を始めるには、色々な問題を克服しなければならないのですが、私が驚いたのは、地方都市を回り途中のガソリンスタンドの燃料の成分を調べるのだそうです。これには驚きました。一番良い燃料を扱っているスタンドを聞きましたので、ダカール・ラリーでは参考にさせて頂きます。

こちらは秋になり始めたのか、街の木は紅葉が始まってます。

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菅原 義正


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No.201「ギネス更新できました。」- 菅原さんからの手紙 2016/03/23 18:09

letter_201_20160323_1804今年のラリーが終わってすぐに申請したギネス記録ですが、私がYUFUIN RALLYに出ている最中に証書が届きました。

証書には33回の出場と書いてありますが、2008年はスタート地点で中止になり、出走してないのでギネスではその年を回数に入れてないのですが、主催者は34回として認めてくれております。

連続して34年も挑戦していると、様々な事が起きるものです。

1989年1月8日はラリーの真っ最中で、ラリーに同行している新聞記者の方から、今日から「平成」になりましたと言われました。

1991年1月17日は日野さんが最初に挑戦した年で、私はパジェロに乗っていて、ゴールの日に湾岸戦争が始まりました。

1995年1月17日はラリーが終わり、パリのホテルに着いて家に電話をしても繋がらないので、エレベーターに乗ったら外人が日本が大変な事になってると聞き、急いで部屋のテレビをつけたら阪神、淡路大震災でした。

まだまだ、書ききれない程なんですが、一番は34年間もおせち料理を頂いてない事です。

ある時、山田さんからおせち料理が禁止になった事を知らないでしょうと言われた事を思い出しました。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.200「最終回」- 菅原さんからの手紙 2016/02/29 17:44

letter_200_20160229_1744ダカール・ラリーを毎回放映しているJ-SPORTS さんの番組に出させて頂きました。番組名は世界、頂き!ニッポン代表応援TVでこの回が最終回になるそうです。

以前にも御殿場の工場でレンジャーの前での番組を作ってくれました。

進行はラグビーで有名な大畑 大介さんとテニスの杉山 愛さんでゲストは現在高校1年生の新嶋 梨奈ちゃんと私です。

梨奈ちゃんは今度のオリンピック出場を狙っているウインドサーフアーで、まっ黒に日焼けした可愛いお嬢さんと74歳のおじいちゃんのミスマッチが良かったです。

この文章を書いてたら、偶然、携帯が鳴り出たら、大畑 大介さんでした。以心伝心なんですね。

彼はフランスのクレモンフェランに住んでミィシュランのチームでも活躍していたので色々と共通点があり、話が繋がります。

スポンサーさんのコベルコさんや日野さんもラグビーチームを持ってます。

この収録された番組は3月4日の23時から1時間番組で放送されるので時間があったらぜひ、見て下さい。その後にも9回の再放送が予定されております。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.199「新しくなったジムニー」- 菅原さんからの手紙 2016/02/10 12:00

0199_letter_199_20160210_1200_01 APIOから1ケで2kgも軽くなったホイールが売りだされたとAHEADに出でおりました。

私は元来、鉄ホイール派で、鉄ホイールには良い所が沢山あります。

まず、ホイール全体が車軸に付いてなく、スプリングワッシャーのような効果があります。

そんな構造なので横方向の剛性があまり良くないのですが、主にダートを走るのでそんなに気になりません。

もう一つのメリットは車のポテンシャル以上のスピードで穴などに入った場合、ホイールの耳がつぶれたり、ひどいときはホイールが変形します。それで運転の仕方を教えてくれるのです。さらにホイールが変形してショックを吸収してくれるので、足回りに大きなダメージが無くなります。さらに良い事は変形したホイールはキャンプ地に戻ってハンマーなどを使って修正が効く事です。

欠点は重量が重い事で2kg×6本だと12kgの軽量化になるのです。今までのAPIOのホイールは1kg軽かったのですが、-2kgは心が動きました。

但し、注意が必要です。アルミホイールを付けた場合は、スタットボルトに全負荷が掛かる事です。

昔、私がサーキットでレースをした時には、しょっちゅうインパクトレンチでホイールの脱着をするのでスタットボルトのピッチ(日本語では山、モンゴル語ではへ)が伸びてくるので、私はいつも純正のナットを持っていて手で軽く入らない時(山が伸びてるので)はすぐにスタットボルトを取り換えてました。

もう一つの改良はGPSから距離を測る新しいICOを付けてみました。 文字も大きく見やすくなり、進行方位も出るのでとても便利です。今までのはマグネットのセンサーを付けるので、隙間の調整など大変でしたが、電源を入れるだけで動き出しました。

モンゴル・ラリーが楽しみです。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.198「終わりました。」- 菅原さんからの手紙 2016/01/18 14:31

letter_198_20160118_1200_01今回のダカール・ラリーは諸事情が重なり、チリとペルーが使えなくなり、アルゼンチン・ボリビアの2ケ国だけのラリーでした。

主催者も苦労されてコースを作り同じキャンプ地に2泊する所を3ケ所にしてコースに変化をつけたようですが、ほとんどの場所には人が住んでいたりしているので、8年間もアルゼンチンを使っているので、以前使ったコースを逆に走らせたりで、新鮮な感じがしませんでした。

その点、30年前にテリーサビーネ氏がテネレ砂漠で作ったコースは素晴らしく、今まで車が走った事の無い場所を走らせて、翌年のミィシュランの道路地図に新しく、道路として線が引かれたものでした。今回のコースでも、Y字のコースがあったら、片方にはテープが張ってあり、更に警察官が警備しているのでミスコースのしようがないのです。

その変わり、競技性は数段と進化しております。途中で三橋選手とお話したのですが、バイクの選手150人はみんな、しっかりとした技術を持って戦っているそうです。映像で見たのですが10メーター位の川は手前のギャップを利用してジャンプして渡ってました。

トラック部門も同じで、車幅より狭いコースを全開で走ってます。(私だけゆっくりですよ。)

規模は素晴らしいですが、私自身は山田さんの作るモンゴル・ラリーの方がずーっと好きです。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.197「無事に休息日のサルタに着きました。」- 菅原さんからの手紙 2016/01/12 11:04

letter_197_20160112_1049_01ダカールで初めての高橋 貢ナビもモンゴルラリーで訓練した効果を発揮して今まで、一回もミスコースせずに頑張ってくれてます。

今回はトラック部門が初めてボリビアに入国しましたが、観客の多さとリエゾン(移動)区間も一般車を止めて、我々参加者を守ってくれてます。ただ、標高4700メーターでの競争区間もあり、競技者や車にとっても苦しい環境でラリーが続くので、驚きです。

2号車の照と杉浦ナビも大型クラスに食らい付き、好成績で走ってます。

写真説明
1枚目 我々チームのサポートトラックで約10トンのスペアーパーツを積んでます。手前の左から2番目のテントは私のですよ。
2枚目 1号車と2号車のサーピス風景です。
3枚目 トヨタハイラックスのチームのタイヤの量を見てください。
サルタからの速報です

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.196「最終テスト」- 菅原さんからの手紙 2015/12/31 00:22

letter_196_20151231_0022_0112/27に近くの農道で操安性などの最終テストを行いました。

場所をお借りしているトヨタさんの工場には、南アやベルギーから競技車両のハイラックスやサポートトラックが続々と集まってきてます。昨日はトヨタ車体さんの車両も見かけましたよ。

いよいよ明日10時から我々の車検が始まるので、朝6時にこちらを出てブエノスアイレスの市内にある車検会場のテクノポリスへ向かいます。

私のパソコンは現地に持って行きませんので、手紙はちょっとお休みです。

日野さんのホームページで毎日の様子がでますので、そちらをお楽しみください。

では、皆様良いお年をお迎えください。

追伸 SSERの忘年会では飲み過ぎにご注意を……

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.195「サラテの風物」- 菅原さんからの手紙 2015/12/29 13:55

letter_195_20151229_1355_01今いるサラテと言う町はアルゼンチンの輸出を支えている穀物(大豆、トウモロコシ、麦など)の産地であり、今はトヨタさんが大きな工場を作り、従業員もこの町からも採用しているのか2年振りにこの町に来たのですが、お店は綺麗になり、活気があり驚きました。

今日は私以外は全員(バイラーさんも昨夜の遅くに着きました)トヨタさんの工場に向かったのですが、私は歩くのでこちらに残ってます。 写真を説明しながら町の様子を書いてみます。

写真1は町が京都や札幌のように四角く切ってあるので、道が一方通行で、向きは交 互になっており、その指示は日本と違い標識が建物にペイントされてます。これだと柱もいらないし経済的ですね。

写真2は家庭ゴミを入れる仕掛けで奥にも白いのが写ってます。街路樹にクギを打ってそこに直接ビニール袋をかけてる家もありました。のら猫は一匹も見ていないし、のら犬もあまり居ないのにどうしてですかね。

写真3は町のメインストリートにあったバイク専門の無料駐車場です。こちらでは駐車場はPではなくEで表記されます。右側にヘルメットは大事と書いてありますが、暑いのでほとんどの人は手に持って走ってます。この国のレギュレーションではヘルメットはかぶらないと違反になるそうです。

写真4はこちらに来て3日目に久しぶりに見ました。屋根にポリタンを載せてるのは「この車売ります」の合図です。2年前には至る所で見られたのですが、今日初めて2台の車を見ました。以前はバイクにものせてあり、今は一台も見ていません。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.194「始まりました」- 菅原さんからの手紙 2015/12/28 11:30

letter_194_20151228_1053_01私は16日間お世話になったホテルをチェックアウトして23日に照仁を空港に迎えに行き、約80キロ北の「サラテ」と言う町に移動をしました。

この町から5キロほど離れた所にハイラックスを造っているトヨタさんの大きな工場があり、その一角をお借りしてラリー前の整備やらサポートカーに積み込むパーツの用意をしています。

ラリー用のレンジャー2台と部品類が24日に到着したので、メカさん達は朝7時に出かけて夜中の12時頃にホテルに帰ってきました。

今日は25日で全てのお店が休みです。メカさん達は車で移動しているのですが、 私は運動を兼ねて朝9時過ぎに歩いて工場までいったのですが、外に居るのは私と野良犬だけでした。 昨夜は夜中の12時から大きな花火が何発も上がり、大きな音楽も聞こえてきて朝の4時まで眠れません。

今日の夜中にモンゴルからバイラーさんが到着です。

29日にはフランスから主催者手配の船でZS(日野さんの大きな6輪のサポートトラック)とメカさん達が移動に使うハイラックス2台が到着する予定です。

写真1はゼッケンが張られた2号車の照仁号です。
写真2は1号車のフロントの足回りを調整中です。
昔と違ってバギーの足回りみたいです。

菅原 義正
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著者紹介 菅原義正氏

No.193「いよいよです」- 菅原さんからの手紙 2015/12/21 12:05

letter_193_20151221_1205_01本日(20日)チームスタッフが予定通りブエノスアイレスに到着しました。残るは2号車のドライバーの照仁とサポートトラックのドライバーのバイラーさんです。総員15名にもなります。

以前にはメカさん無しで戦った時もあり、今ではお蔭様で大きなチームになりました。

我々チームには何時も通訳さんが居ないのも特徴です。イタリアチームにはスパゲッティを作ってくれるスタッフや他のチームにはマッサージをしてくれる専門の人もおりますが、我々チームはチーム員がご飯を炊いたり、体がこったら自分でマッサージをします。

チーム員は早速バスに乗せられて、80キロ離れたサラテ言う町に連れて行かれました。

この町にはハイラックスを造っている大きなトヨタさんの工場があり、工場の一部をお借りして、レンジャーの最終整備をする予定です。

菅原 義正

写真説明 日野アルゼンチンの皆様もお迎えに来ていただきました。


著者紹介 菅原義正氏

No.192「武器博物館に行ってきました。」- 菅原さんからの手紙 2015/12/18 21:26

letter_192_20151218_0000_01泊まっているホテルの近くにあるのですが、開館している時間が合わなかったので初めて見学に行って来ました。昔の帆船に付けていた大砲やら車で引いて使う大砲や時代別に展示してある鉄砲類やピストルなど驚くほどの銃器が展示してありました。

ピストルに関しては昔の映画などに出てくる、女性が護身用に持っていたのから、大型のものまでものすごい種類が展示してありました。 あまり見た事の無いステッキに仕掛けてある刀や銃もありました。

ORIENTALと書かれた部屋に入ったらなんと日本の刀や鉄砲などがあり、写真のように展示されていたのには驚きです。

写真1 館外に展示してある武器類です。

写真2 胸の真ん中に鉄砲で撃たれた傷のある甲冑です。

写真3と4 日本の武具などの展示室の模様です。

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菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.191「発表会に出席させて頂きました」- 菅原さんからの手紙 2015/12/17 17:39

letter_191_20151217_1739_01  15日にブエノスアイレスの市内で日野自動車さんがトラックの販売を開始する初めての発表会があり、私も出席させて頂きました。

2009年にアフリカから南米にラリーが移り、ペルー、コロンビア、ボノビア、チリには日野さんの販売会社はあるのですが、何時もスタートやらゴールをしているアルゼンチンには販売会社が無かったので、来年の4月からアルゼンチンで日野車を販売することになったのです。私にとっては夢のような事でとても嬉しく思いましたが、そう簡単にはいかないようですが、我々お世話になっている日野さんの車両でラリーで良い成績を収めることが、お手伝いの一環になり、更に身がしまる思いです。

「販売会社創設本当におめでとうございます。」

写真1の真ん中の方が日野自動車社販売の社長の中島さんです。

写真2は集まってくれた報道陣で早速当日のテレビに放映れたそうです。

写真3は今回、最初に発売される300シリーズで両サイドにレンジャーがラッピングされてます。 我々がやらせて頂いている事が少しでもお役に立っていて嬉しいかぎりです。

菅原 義正

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著者紹介 菅原義正氏

No.190「自己防衛」- 菅原さんからの手紙 2015/12/15 10:32

letter_190_20151215_1032_01私だけ早めにブエノスに皆より早く入ったのは、年寄なので時差の調整(12時間ちがいます)と気温の対応(今日は30度近くで1月1日から夏休みに入ります。)と普段の運動不足の解消と宴会続きだったのでアルコールを断つことが目的です。

着いて2目の朝8時にホテルを出て最低目標の10000歩を歩き、こちらでとても良くして頂いてる旅行代理店にご挨拶に行き、昼食行く途中で初めてパスポートを盗まれました。

私の失態です。62か国も回って一回も被害遭わないように注意していたのですが、残念です。

こちらの日野さんの社長さんが献身的にお世話して頂き、無事に新しいパスポートも発行して頂きました。

皆がサポートしてくれたので、ラリーに出場する書類は用意して頂きました。

これからはパスポートのコピーと少額のお金だけ持って出かけます

添付写真は昨日(日曜日)に写した写真です。

ブエノスアイレスの中心街でこの有様です。写真では8ケしかカギが写ってませんが全部で10ケありました。

島国の日本では考えられませんね。こんな事を教えてくれるのもダカールの良い所です。

外は、大雨です。予報ではひょうも降るようです。大きいのは野球のボールと同じくらいだそうですよ。

菅原 義正


著者紹介 菅原義正氏

No.189「ブエノスアイレスに着きました」- 菅原さんからの手紙 2015/12/12 21:35

letter_189_20151212_2132_01無事、アルゼンチンのブエノスアイレスに着きました。気温は25度。今年は異常気候で、すこし前に100年ぶりの大雨が降り、サラテに行く道も壊れたとの事です。

空港から見た景色では、異常は見られません。

空港には、日野アルゼンチンの方が迎えにきてくれました。写真には写っていないのですが、女性の方も来てくれました。

今回が初めてなのですが、空港で預けた荷物の取り扱いが変わったようです。

以前は、荷物に鍵をかけるときに、アメリカの税関で開けることができる鍵をつけていたのですが、今回はカウンターでタイラップをもらって、荷物に封をしました。

ブエノスに着いた荷物を見ると、タイラップが切られていて、アメリカの税関が荷物を開けて見た。という書類が入っておりました。鍵の時は壊されるとの事です。

鍵なら良いのですが、かける部分を壊されたら次に使えなくなります。皆様もお気をつけてください。

街の様子については、新しい政権になって最初の頃は、デモがあったとの事ですが、今は落ち着いているようです。

菅原 義正

No.188「日野ルノーで帰省」- 菅原さんからの手紙 2015/12/07 19:18

letter_188_20151207_1918_01大学生時代に東京から北海道の小樽の家まで帰省するのにバイクで二人乗りで敦賀を経由し裏日本(当時はとても道が悪かった)を通って帰ったり、色々な車で東京-小樽間を走りました。

そうそう、思い出しました。バイクで帰るときに日本橋の真ん中にある道路の起点を書いてある所から出発したくて、ここで写真を撮りたいと近くの交番に相談に言ったら、だめだとの事でした。今、同じ事を相談してもだめなんですかね?

写真1は洞爺湖の湖畔でキャンプした時に写しました。この写真は自分で現像していたのでフイルムの裏表を間違えて裏焼きになっています。

今では意味が分かるのは山田さんと赤松さん位でしょう。

3名車内に寝るためにシートを屋根に乗せて、ルーフラックのサイドには「東京-北海道-東京」と書いてあります。

床を平らにして寝たいので、へこみを埋めるのに古新聞紙を沢山持って行った覚えがあります。

この車両はフランス本国ではRENAULT 4CV と呼ばれており、昭和28年から日野自動車さんで部品を輸入して組み立てるノックダウン方式で生産をした車両です。その後フランスとの契約が切れてから、独自でコンテッサと言う車が作られていきます。

私は今も日野さんが作ったレンジャーに乗っているので日野さんとのご縁が昔からあったんですね。

菅原 義正

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No.187「ジムニー車検取れました。」- 菅原さんからの手紙 2015/11/16 11:23

letter_187_20151116_1120_01今回モンゴルに輸出するのに車検を一時抹消したのですが、テストなど一般道路も走るので、勉強にもなると思い立ち、軽自動車協会へ出向いて色々と教えてもらいました。

何せ私のジムニーは完全なラリー専用仕様になっているので難しいと思い向かったのですが、そんなに心配は要らなかったです。

ボンネット、左右のドアー、リアーゲートはグラスファイバー製ですが、車検時にはドアーだけを鉄の純正に変える事、ボンネットピンは危険なので上にスポンジなどを張って保護する事、リアーゲートのポリカーボネートは純正のガラスにし、シートとシートベルトも純正に交換して2名乗車で最大積載量は100KGで4ナンバーになりました。

昔の車検場の係官はそっけなかったのですが、今は違ってとても親切で驚きました。やってみるものですね。

そんな訳で昨日から御殿場の工場で作業をしております。

菅原 義正

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No.186「東京モーターショー」 – 菅原さんからの手紙 2015/11/04 11:58

letter_186_20151104_1158_01第44回東京モーターショーが東京ビックサイトで開催中です。我々HINO TEAM SUGAWARAのメンバーは日野自動車さんのブースで期間中、トークショーと メカさんによるタイヤの交換の実演を2014年のダカールラリーの出場車を使ってやっております。

第一回は1954年、私は13歳でした。大学生になり上京してからは開催場所が日比谷公園から後楽園に変わり、晴海の東京国際見本市会場に変わり、銀座から歩いて見に行った記憶があります。

そんな憧れのショーで日野自動車さんのブースでトークショーをさせて頂くなんて事は想像もしてませんでした。

10月29日のトークショーでの前列に若林 葉子さんが座って聞いてくれてました。

後で分かったのですが、彼女の会社「AHEAD]で今回のショーのパンフレットを作っているとの事でした。びっくりです。

11月7日と8日の12時と15時から我々チームのトークショがありますので、時間があったら聞きに来てください。

菅原 義正

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No.185 – 菅原さんからの手紙 2015/10/19 11:10

letter_185_20151019_1110_0114日に2016年のダカール・ラリーの発表会を日野自動車さんがやってくれました。

写真1の手前は私が乗る1号車で、奥の車は照仁が乗る2号車です。

1号車のフロントグリルとバンパーとウインカーが変わりました。このお顔になった車両は今年、インドネシアとタイで発表されましたが日本ではまだ発売されておりません。

1号車のバンバーの両下にはサイドを照らすLEDが付いており、上の両サイドにはバイクのH4球を使っております。
レギュレーションでは最大8灯までと決まっておりますが、2号車の前に付いているLEDは小さな玉が沢山付いており、あれで一灯と解釈するのは不思議ですね。

今年のモンゴル・ラリーの最終日に照仁が乗ったレンジャーのリアースプリングが折れて総合優勝を逃してしまい、帰国してから調べてもらったら金属疲労で折れたと判明しました。

約8,000km位で折れているので、ダカールでは中日の休日にスプリング全体を交換する事にしましたが、私のは同じレートで2枚のスプリングにしております。

ショックも新しい物でGを感じて圧縮側が強くなるそうです。回転する外側が強くなるのでスタビライザーがいらなくなるかもしれませんね。

2号車はモンゴル・ラリー出場時から300kgの軽量化をしました。

写真2は日野さんの社長に真ん中に入ってもらいラリーに行くスタッフとの記念撮影です。
SSERのイベントでお世話になった、弊社の高橋 貢君も出世してダカールのナビゲーターになりますので、次回もぜひ1号車、2号車共にお声援下さい。

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菅原 義正

No.184 – 菅原さんからの手紙 2015/10/13 12:39

letter_184_20151013_1239_01今、ちょうど茂木でF1公認のMOTOGP(世界選手権シリーズ15戦)が行われていますね。ダカールでデュロイーのチームで運転しているペップさんは我々と、とても仲良しです。

彼はモトGPのロジェステックの最高責任者で日本には200トンの荷物を空輸する最高責任者です。ヨーロッパでの転戦は彼の会社のトラックを使って200トンを運びます。

ペップさんはスペインのエンデューロチャンピオンで我々チームととても仲良しで写真1は茂木で写しました。
写真2はトラックの走りも大変なものですよ。

彼の家には30キロのテストコースがあり、何時でも来てね。と言われているのですが、今は南米なので叶いません。

こんな素晴らしい友人が出来るのもラリーを続けているからだと思っております。

来年のTBIのバイクが完成しましたが、来年のダカールのレンジャーが14日発表会までに完成が難しそうです・

今日はモンコル・ラリーにスポンサードしてくれた国分さんのイベントに行ってきました。
担当部長が来年はモンゴルに来てくれそうです。主催者の山田さんの事をすごく褒めてました。

菅原 義正

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No.183「タイのバンコックに行ってきました。」 – 菅原さんからの手紙 2015/10/02 16:26

letter_183_20151002_1626_01タイ日野自動車さんのご招待でバンコックで開催されるトラックショーで照と高橋君とで行ってきました。
高橋君は我々より先入りして、ショーで走らせるための用意をしてくれました。

写真1の写真の車ですが、実際に会場で走らせるので、オイル交換やらネジのゆるみのチェックです。

私の左の方が社長で他の方は政府の偉い方や大口ユーザーさんの社長さんです。

後ろの広場で照が実際に走らせて、同乗体験もしてもらいましたが、あまりにも速いので降ろしてくれと言ってたそうです。

タイのバンコックには約50年ぶりに降り立ちました。その時はアリタリア航空で羽田を出て(成田が無い頃)ローマに行くのですが、途中、香港やバンコックでトランジットがあった時代なのでバンコックの空港に降りる時には水田が多く日本に良く似ているな…と思ってましたが、現在の水田はとても大きくて驚きでした。

行く前まではタイは発展途上国だと思ってましたが、とんでもなく近代化されていて空港から市内までは片側4車線の高速道路で、お迎えに来て頂いた車はハイブリットのアルファードの新車でした。

ホテルでもエレベーターに乗って部屋に行くにはカードをタッチさせてからでないと自分の部屋に階に行けませんでした。初めての経験です。

写真2はモーターショーでの日野さんのブースであの重いトラックがターンテーブルで回ってました。傍に立ってるモデルさんも素敵でしたよ。

遅くなりましたが、次回の私のレンジャーのお顔が変わります。

お楽しみに…10月の末にはアルゼンチンに向けて出発させますが、困った事に2号車の照の車は今日現在、まだ中国から帰ってません。

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No.182 – 菅原さんからの手紙 2015/08/24

letter_182_20150824_1356_01モンゴルから帰国しました。

毎年、少しずつ増えて来た「ジムニークラス」ですが、今回は私のと、若林嬢(一人乗り)とモンゴル人の兄弟の3台だけでした。

モンゴルの彼達の車はクラッチのレリーズベアリングから異音が出るとの事、我々に部品を持ってきてこれが合うのか教えて欲しいとの事、品番しか書いてないので、我々も分からないので、スズキのお客様相談室や私が良く行く御殿場のスズキやAPIOに電話してもお盆休みでお手上げです。

御殿場の高杉君に電話したら一発でそのパーツは純正と教えて頂き、彼らに言ったら、即交換して、にこにこしてました。

その後、左側に転倒して30分経ったら、リアーのホーシングのオイルシールがだめで、ブレーキシューがオイルだらけになっており、我々に相談に来たのですが、シールは持っていたので差し上げました。ついでにAPIOのTシャツを二枚あげたら大喜びです。

3台出て3台とも完走とは素晴らしい事でした。

写真1は今年の目玉は「スガワラ峠」の逆走がメインだったので山田さんはゲッケンにまで書いてくれてましたが、試走の時は雪が多くて峠までは行けなかったそうです。

私は座標を持っていたので600メートル遠回りをして「スガワラ峠」に行ってきました。

スガワラとナビの高橋君がだけが「スガワラ峠」に行ったのは可笑しいですね。

照はチャイナラリーのすぐに行くので応援願います。

菅原 義正

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No.181「ラリーレイドモンゴルに向けての2」- 菅原さんからの手紙 2015/07/08 18:10

 

(2015/07/09 2つめの動画を掲載しました。)

letter_181_20150708_1810_01日曜日、日野さんのテストコースで2015ラリーレイドモンゴルの出場車両のお披露目があり、TV局や雑誌関係の皆様に集まって頂き、お披露目会が開催されました。

走りを見て頂いたり、照仁が運転する助手席に乗って頂き、体験試乗会も行いました。今年のダカール出場より200KGの軽量化とエンジンのチューニングなどの効果が走りを見ているだけで分かりました。

足回りも見直され、フロントは二枚の板バネでリアーは一枚だけです。それを補うようにコイルオーバーのショックが2×4の8本取り付けられました。

私も少しだけ運転させてもらいましたが、サスが適度に柔らかく、軽量化が効いてるのがブレーキングも安定しております。

今回は主催者の山田さんのお力もお借りして、ラリーが始まる1週間前からウランバートルの郊外で実戦を想定してのチューニングを行います。(ダカールも見据えて)

来年のダカールラリーに出場予定の販売会社のメカさん4名と本社の開発の皆様が集まり、全部で18名位の大部隊です。

昔、モンゴルで私が運転したカミオンバレー、そして2年ほど前まで南米でサポートカミオンとして活躍してくれた6輪駆動の日野FUも本日、日本に着き日野さんの工場でパーツを積み込みすぐにモンゴルに向けて出発します。

私はと言うと小さなジムニーで何時も通りのサポートをお願いして走りますので、応援ください。

菅原 義正

No.180「ラリーレイドモンゴルに向けて」- 菅原さんからの手紙 2015/06/02 18:31

letter_180_20150602_1831_015/26に富士山の近くのダートを使い、ナビの高橋君と走ってきました。

毎回、テストの時は同じコースを全開で走るので、その年の車の出来上がり状態が分かります。
今回はじっくりと時間をかけて作りこみをしたので、素晴らしい走りでした。今年も新車から作りあげたので、やる事がいっぱいです。

足回りはAPIO製で2インチ車高を上げました。ストロークが増えてるのでショックアブソーバーも専用のAPIO製です。このショックは8段の切り替えのダイヤルが付いております。

話は変わりますが、私が乗ってるKTMのバイクのフロントサスはフオークの左はバウドだけで24コマもあり、右はリバウンドだけの仕事をさせてます。この辺りの考え方が日本人の発想にはありませんね。

また、話は変わり、飛行機の座席のテーブルが出てくるヒンジの使い方も日本人には無いような気がします。

ナビの高橋君は距離を測る器具(テラトリップ)の調子が悪いらしく、何回もガレージを出て、走りに行ってました。

写真は基本的な走りが出来たので、ライトをHIDに交換作業中の高橋君です。

来月は船に乗せてモンゴルに向かいます。

菅原 義正

No.179「ランタンルージュ」- 菅原さんからの手紙 20150413 17:54

letter_179_20150413_1752_01語源は昔、貨物列車の最後尾に付けた赤ランプの事らしいのですが今では最終バスの方向幕が赤くなるのも、この事からきているのですね。

1987年の第9回 PARIS ALGER DAKAR はスタートが1月1日で22日にダカールに着いており、全出場車両は539台で14,000kmで行われ、今より1週間も多かったんですね。

当時のレギュレーションはトップから遅れる事、70時間を過ぎると自動的にリタイア扱いになっておりました。

ダカールに着き、表彰式に出たら、最後に「スガワラ」と呼ばれ、何の事か分からずに壇上に上がったら「ランタンルージュ賞」を渡されました。

どうも、最後のダカールの海岸である「ビクトリーラン〔タイムも計測されてます〕」で私の後ろの人がリタイヤして、私の車がビリになったようです。

この時の4輪の出場台数は154台で私が87位でした。完走率は56%ですね。

この時頂いたカップが汚れていたので、日本のカップ屋さんにお願いして新品同様にしてもらい、帰ってきました。

菅原 義正

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No.178「TDRに向けて」- 菅原さんからの手紙 20150324 16:20

letter_178_20150324_1620_01今日(23日)暖かかったのでTDRに使うKTMを御殿場まで自走しました。

久しく乗って無かったので、フィーリングを思い出したり、点検を兼ねての走行でした。

横浜を過ぎたあたりから、リアーブレーキが突然効かなくなりました。

取りあえず海老名のパーキングエリアを目指して走り、ガソリンスタンドで「ブレーキオイルありますか?」と聞いたら、彼もバイクのタンクは小さいと知っていて油さしに100cc位持って来てくれたので、値段を聞いたら500円との事(ちょっと高い)早速、リアーブレーキのタンクを開けて見たらオイルが抜けてました。スタンドの端でエアー抜きをしながらオイルを足して事無きでしたが、ラリー中だったら、ぞっとしますね。

250ccなのか東名のゆっくりした登りでは力不足を感じました。少し下っていると元気がでるのですが、少しの登り下りを早く察知できないとだめですね。

ラリーに出る装備で行ったので、帰りの服を忘れており、作業着を来て御殿場からバスで帰京しました。料金は1580円でした。

TDRは晴れると良いですね。雨の確立もあるので雨合羽は二種類持ちましたよ。

皆様にお会い出来るのが楽しみです。

写真は御殿場の工場に着いた写真です。

菅原義正

No.177 「J-SPORTS 3の収録がありました。」 – 菅原さんからの手紙 2015/03/18 15:08

letter_177_20150318_01今朝(17日)早朝から弊社の御殿場工場に2014年出場車両を持ち込みJ-SPORTSさんの収録がありました。

弊社は本業のレーシングマネージメントが軌道に乗ってない時期にTVの仕事をさせて頂き、「ワイルド7」などのTV番組制作のお手伝いや、TVコマーシャルのお手伝いを15000本もやらせて頂きました。

有名なのは由良卓也さんのネスカフェ・ゴールドブレンドの第一話などですが、今回のように私が主役の収録は初めてです。

スタッフさんの持ってこられた機材の進歩にまずは、驚かされました。
音声さんや照明さんやカメラマンさんが持ち込まれる機材がとてもコンパクトでした。

俳優さんでは無いので、何回もダメ出しをしてしまい、迷惑のかけっぱなしで進行してしまいました。

杉山プロデュサーから何とかOKを頂いたのですが、頑張ったので見て下さいね。

番組は 「ダカール・ラリー2015完全ガイド」

~見た! 泣いた! うまかった! 驚愕の14日間の記録~

放映日は3月28日(土)午後7時30分~8時30分

J-SPORTS 3で放映されますが再放送もあるそうです。

下手な演技をぜひ見てください。

菅原 義正

写真は撮影現場のシーンです。

No.176 「同じお店で食事をしました」 – 菅原さんからの手紙 2015/03/13 12:03

letter_176_20150313_1203_011枚目の写真は1983年で私が初めてダカールに挑戦し、オリオールさんはBMWで優勝し、プロモーションで日本に来られた時の春に来日した時に写した写真です。 2枚目は今日(2015年3月12日)同じ店で写真を写しましたが、お互いに32年も経っているので、おじいちゃんになってしまいました。 選手同士のときの話や、オーカナイザーと選手の関係の想いで話で、花が咲きました。 1997年にトラック部門で総合1.2.3を取った時も、お祝いに出席して頂き、明日、日野さんでの報告会にも出席してくれます。 今日は嬉しくて飲みすぎました。

letter_176_20150313_1203_02 菅原 義正