No.0352 – Organisation Voice 2001/09/11

 

人気の「女たちの闘い」実は「続きを早くう」って言うリクエストと「ヤメテー!」というふたつの意見があるのですが、なんとスクープ映像が出てきました。これは連続写真で 10カット以上あるんですが、デューンの峰の上を気持ちよさそうに走っていたところ、ゴロリッといってしまいました。カメラマンは車から出てくる姿や表情を押さえようとするんですが持っていた玉に限界があって、(次のカットからはッぐっと寄ってるんですけど、)車から出てくるところのパニクッた表情が、撮れてませんねえ。

 

 

 


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No.0351 – Organisation Voice 2001/09/10

ガストンライエミーティングを発表するなり、とても多くの人が申し込んできて頂いてるのに驚きつつも大変喜んでいます。ガストンは、というとRRM2001のエタップ5で負傷した、肋骨の怪我も「もう大丈夫!」とのことで、「本当かなあ4本も折れてたのに」と思いつつエアチケットを送りました。

今回も2週間日本に滞在する事となりますが、僕は何日も彼と二人で過ごさなければならず、二人で高速道路を走ろうものなら、おしゃべりがすぎて、気がつけばパトカーなんか追い越してしまったりして捕まってしまいます。そのくらいガストンは、話し好きなんです。今回は彼の友人で、今年のモンゴルにも来ていたジャンピエールも誘おうかということになってて、もしそれが実現すれば、少しは僕も楽になるかも。

さて、そのガストンライエミーティングなんですけど、今年もBMW-JAPANのご協賛を頂く事になりました。頑張って走って豪華賞品をもらいたいもんです、僕も。で、集合と出発それにゴールも、白馬アルプスホテルです。次の日は関東方面と関西方面に途中から分かれてツーリングです。帰り道に近い高速のICで解散です。ぜひこぞって参加してください。

そこでお願い、ホテルにもぐりこむのを、やめてくださいね。1日目はコマ図ラリー形式でタイム設定(これが厳しい!)ありです。もちCPも4箇所くらい作ろうかねえ。といったところ。そしてその次の週は、ガストンライエ・クラシックです。どうぞ、こちらにもどしどしお越しください。ああ、なんて僕は忙しいんだ!業務連絡!明日から東京出張。

きょうの一枚
梼原の会場、新しくなったのでこうして測量して、「よし、ここはパルクフェルメだ」なんてやってるんですね。ハイテクでしょ。


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No.0350 – Organisation Voice 2001/09/07

ツールドニッポンのサイトでは、全国各地の林道やクローズコース、宿泊地などの情報を求めていたところ、既に多数のメールを頂いております。今回は必ずしも全部を反映していく事は出来なくてもこれからズット続けていく中では、こうした情報の蓄積ほどありがたいモノはありません。どうかさらにどしどしと情報をお寄せください。そして、どしどし参加の申し込みを!9月10月のエントリー申し込みには、無金利10回分割などのコースも考えているそうな。

そうそうモンゴルの8回大会、2002年でも早期エントリーの特典として24回分割・無金利なんてのも計画中!しかも「マシンごとローン」というのもバイク屋さんとタイアップして検討中!目指せRRM02!バイク100台!夢かなあ?興味のある方はメールで。

*マシンごとローンは、バイク2モデル、改造範囲2タイプ計4つのルートから選べるフルパッケージ。エアチッケット、現地の宿泊、マシン輸送とエントリー費全てインクルーズして、パッケージ化したスーパーバージョン。ツールドニッポンの無金利分割払いは10月までの受付で、11月から翌年の8月までの10回分割払いが可能です。また詳細は間もなく発表できると思います。

きょうの一枚
例の激しい「彼女たちの闘い」は、このシーンに象徴される結末を迎えるのだが。ここではわずかに先行する近藤号が転倒。そのシーンを見たか見ないか宇賀神号はこの直後に大スタック。さてどちらが先に脱出するのか、そして近藤号に残る転倒の後遺症は?


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No.0349 – Organisation Voice 2001/09/06

OV、思わず2日もお休みしちゃって。ホンとは書いたんだけどアメリカのミサイル防衛網構想がどうしたとか、おかげで中国の核増強を容認してるだとか、経済がどうだとか書いてて、相変わらず訳がわからなくなったので止めちゃったんです。

さて、ついにツールドニッポンのプレエントリーが届き始めました。なんていうかドキドキしますねえ、新しいイベントに取り組むって言うのは。初めてのTBIのときも感じたんだけど、イベントのその前の日当たりから、見慣れた松山の風景がいつもと違うように見えるんです。気持ちの高揚がそうさせるんでしょうキット。なぜイベントをするのかの、ひとつの答えのようなものかもしれません。連続的な日常、そして競技をするという緊張感のある日常。イベントのその場に満ち溢れる非日常の、昂揚感と空気。キットそんなのが好きなんだろうなあ、と思うね。SSERも間もなくだ。秋のシーズンにイベントが偏ったような気がするんだけど、みんな「あの緊張憾の中で見る風景は、ほかには無いものがある」よね。


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No.0348 – Organisation Voice 2001/09/03

日本に帰ってからは、驚くほど涼しい毎日が続いて、ついには9月になってしまいました。9月といえばSSER-YUSUHARA2DAYS-ENDUROじゃないですか。梼原は、すっかり秋めいてきました。昔々は初秋のイベント!って感じのSSERだったんですがねえ。

そんなこんなで今年 17年目を迎える訳ですが、はっきり言って「良くぞこの幾歳月!」って感じです。あの時に深夜まで手を振って応援していた小学生が、今はスタッフになっていたりするのですからねえ。しかもその彼が、このサイトのウエブマスター!20代の青年だった僕も、気がつけば忍び寄る半世紀の年月。てな訳です。そしてこうしたイベントを続けていくのに欠かせないのが、ボランティアのオフィシャルスタッフの存在なんですが、これも年々の高齢化?の影響で厳しくなってきました。

そこで、次世代のオフィシャルスタッフを募集します!「求むハードボイルドな男手!無報酬、暗く困難な仕事、成功の暁にも栄誉は無く、ただ困難に立ち向かった、という気概のみ。」モンゴルの大地を深夜一台のクルマで、明日のCP設営のために向かう。そんな男たちの集団でありたいと思っています。これからさらに困難で、立ち向かうのに勇気の要る、そんな事をやっていきたいものです。


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No.0347 – Organisation Voice 2001/08/31

昨日は、梼原に出かけてきました。新しい大会会場の設営のためにレイアウト図面を書かなければいけないのです。もちろん電源や水、トイレといった、いわゆるライフラインの計画も立てなければなりません。パルクフェルメの位置、サイズそして車検場(これは1ステ2ステ間のワーキングエリアにもなります。)メインステージの位置とサイズ、それらの照明や装飾。大会本部の位置、無線のロケーションの問題、食事供給用のテント村の位置とライフラインの構築。こうして新しい会場は、予想のほか大変な手間とヒマがかかります。少し狭いんですけど、またその良さを生かしたレイアウトと装飾を考えて、盛り上げていこうというわけです。

こうしてSSERのイベントに関わらず、ラリーレイド系のイベントでは、キャンプまたはビバークと呼ばれるニュートラルなスペース(つまりチェックカードを持ってない時間を過ごす空間)は、ことのほか大切なんですね。さて今年17年めのSSER(YUSUHARA 2DAYS ENDURO)お楽しみに。

さて女の闘いの続きは、また来週!間もなくガストンライエ・ミーティング信州、ガストンライエ・クラシック(グループN)や12Hr・ENDURANCE(間に合うのか10月!)ツールドニッポン2002、RRM2002といったイベントのインフォメーションが続々アップの予定。僕はこれ以外にも「松山市のなんとかかんとか」の企画書だとか、大型の博覧会イベントの企画なんかを抱えて、忙しい?んです。あっそう「梼原には水着を持ってくるべし」梼原の「雲の上のプール」は是非一度お試しください。


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No.0346 – Organisation Voice 2001/08/29

そう、忘れてた。帰ったら一番にこのOVに書こうと思っていたのは、なにを隠そう「女の闘い」なのでございますよ。いや、けっして茶化して言っているのでもなんでもなく、心からの敬意と、しかも感動を持って語ってるのです。いや、それにしても実にこれが面白かったです。 主催者という立場ですから、その立場以上のコメントは本来差し控えるべきなのですが、この際ですから少々オーバーシュート気味になっても、お許しください。

で、その闘いを演じたのは「宇賀神まゆみ Vs近藤聡子」宇賀神さんはご存知のとうり日本人女性ただひとりのキャメルトロフィー日本代表。近藤さんは、ラリ-レイドの既に世界的権威「日本レーシングマネージメント」の看板娘にして自らも4駆レースを走る、まあいわば、その道の専門家のおうちからやってきてる。で、二人のマシンは、ほぼ同スペックのビッグホーン。聞くところでは宇賀神さんのマシンはエンジンが快調らしく、いい音してる。一方、近藤号は、ボディのリア部分をすっぱり切り落として、思い切った軽量化(100㎏以上らしいぞ)でアドバンテージ。つまりまあ互角。で、初日から300kmを走っても、500kmを走っても、まあ秒差の日々が続きます。

CPでも「車見えました!」って言う後に、必ず二台がやって来るんですね。最初はランデブー走行をする作戦なのかと思うくらいでした。でお二人に「どう?」って聞くと、お一方は「いやもう危ないから(スピードを)落とそうと思ってるんですけど、」もう一方は「へー、そうなんですか?」と冷静でも目はギンギン!

で事件はETAP-3のRCPで起きちゃいます。ヘリで上空まで行くと「まだ4輪は来ないだろう」なんてのんきに飛んでたら、すごい勢いで2台が超接近戦をやってる「誰だあれは?」だってすごいスピードで走ってるんですよ。で、ヘリがRCPに着陸してるうちになんとその2台は、RCPに到着して1台は給油に並んでるんだけど、もう一台はCPフラッグのあるピスト上に止まってる。CPのオフィシャルスタッフが「オカマほっちやったすよ!」「ゲゲー!」このお話は続く。かも知れないし、怒られて止めちゃうかもしれない!続きが知りたーい?


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No.0345 – Organisation Voice 2001/08/28

ツールドニッポンの試走に使うクルマをどうしようか?とか、そろそろSSERの本部用のコースター(マイクロバスね)を何とか新しくしなきゃね?と言い出したもんだから「あれがいい!これがいい!」と夢のような話は出来るのですが、さすがに予算は厳しくて「何とか直して使えんか?」というような結論になりそうです。でも全国縦断林道の旅!をあの極悪燃費のプロシードでやるのもねえ?そのうえ度重なるSSERのイベントで疲弊の極み!ナのです。どうか日本のカーメーカーにご勤務のあなた!社内で企画書を上げて「ツールドニッポン・オフィシャル車両貸し出しの件お伺い」なんて稟議書ってどうよ。OスミさんX5なんていいんですけど!

それからツールドニッポンはもうすぐHPを大量に更新する予定ですよって、お楽しみに!また各地のオフィシャルや試走のときの道案内?の同走メンバーも募集しちゃいます。さて、ところでYUSUHARA 2DAYSだっ。楽しみ楽しみ。ねっとりとしたルートをこしらえときます ね。今年は気合が入ってます。メイン会場も変更してイメージも一新だから、間もなく締め切りのエントリーに遅れないようにね。

きょうの一枚
今日からしばらくは、終わったばかりのRRM2001からきょうの一枚をお送りします。4輪部門でひたすら目立つ存在だったのはチームスガワラの4輪バギー(ドライバーは菅原照仁さん)。エンジンはホンダのACTYベースだそうで,制作期間2ヶ月の大作です。

No.0344 – Organisation Voice 2001/08/27

暑かった8月ももう終り、いよいよ9月。YUSUHARA2DAYS-ENDURO(17TH SSER)もカウントダウン。今年もたっぷりと用意されたSS。すっかり秋めいてきた梼原でお待ちしております。

それから、ツールドニッポンのプレレギュレーションが間もなく発表されます。検討に検討を重ねたアドベンチャークラスは、第1回大会はちょっと見合わせます。とにかくオペレーションの問題が、上手く解決できるかというところなのです。これから日本縦断のルート試走が始まります。全国の皆さん、あっちこっちでお目にかかりましょう。


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No.0343 – Organisation Voice 2001/08/08

カウントダウンが始まりました。間もなくラリーレイドモンゴル2001、7年目の大会がスタートします。石の上にも3年のはずが、もう7年。参加者は決して多くなく、運営にかかる負荷は、かなり厳しいものがあるのも事実です。しかし、「なにを目的に、実施するのか。」と常に問い掛けています。日本の企業の多くがかつて取り組んだメセナだとか、社会貢献活動なんて言うのは景気が良かったから言ってただけの話だったんでしょうか。それにつけても薄っぺらいなあ、と思わざるを得ません。

かつてバブルの時期に「経済は一流、政治は二流」なんていっていた人たちは何をしてるんでしょう。企業は自分たちのことのみを考えて、人のことなんて考えてられません。そうすると、あの悪そうな政治家たちですら、少しは天下国家のことは考えているでしょうから、経済界の人たちは「ごめんなさい」と言うべきではないでしょうかねえ。

なんて言うのも苦しい苦しいと言いながらモンゴルを続けてる僕の心の支えみたいなものなんです。「そこのあの大地がある限り、なんとしてでも続けたいものだと思うのですが。」


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No.0342 – Organisation Voice 2001/08/06

モンゴルの準備の忙しさにかまけて、気がつくとこの何日もOVを書くのを忘れているではないですか。やっと、ラリーの様々な制作物も目途がたってきたようで(ほんとに驚くほどたくさんの準備や制作物がある)オフィシャルウエアから車両ゼッケンにいたるまで、コマ地図の印刷からチェックカードの印刷まで、本当にラリ-を作るというのは、気の遠くなるような作業の連続なのです。といいながら僕はそれらを横目で見ながら、また違う作業をしたりしてます。

ということで、もうすぐです。今日コンテナはヌフトホテルの敷地まで運ばれてます。静かに皆さんの到着を待っております。気の早い何人かの選手は、既にウランバートル入りしてますから明日からは作業にかかれることでしょう。われわれも金曜日には飛んでいきます。涼しい快適なモンゴルで、早く皆さんとお会いしましょうね。


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No.0341 – Organisation Voice 2001/08/01

猛暑ノ夏モもうしょっと。なんて洒落を言ってる場合ではないんですが、7月も終われば、暦の上でももう夏は終りです。このことから見ても解るとおり、すべからく、もののピークは、つまり「終り」を指し示しているという事です。南アでネルソン・マンデラが大統領になったときに「終りの始まり」という名言を残して、小賢しい企業の経営者たちも好んで、使っていますが。

山に登ってみると、また違う概念でものの、「あわれ」や「をかし」が解ります。頂上に立っている時間は短くて、頂上に立った瞬間いや頂上に立てると思った時から、いかに下るかを考えます。登るという事も、下るという事も似た事ではあるのですが、目標とする意識の違いがうかがえます。日本の企業のおかれてる立場とか、日本そのものの概念とか実に不思議でなりません。それはひとたび頂上にたったのに、いつまでも立ち続けたい、と願う気持ちからきています。

この夏、海外旅行に出かける日本人は、史上最高の1800万人だそうですホントカ。「国内は高いから、海外に行ったほうが安いよ!」あれあれ、どこかで聞いた言葉ですねえ!「で結局、イデオンでボッタクリバーにODAをしてしまう事になるんだよねえM藤さんたらさあ。」「安いから海外」そう日本の製造業が、吐き続けてきた言葉です。

さてその 1800万人が旅先でひとり平均 10万円を使ったとしますね、すると 総額は1兆 8000億円。多分それ以外にホテルだとかなんかでその倍近く使うだろうからまあ、この2ヶ月間で3兆円は海外に景気浮揚策に使われているようなものじゃないでしょうか?まあそれにつけても、なんにもかも日本国内は、高くなりすぎてしまって、全部が全部といっていいくらい海外製、やっぱり日本人は山から下り始めている事に気がつきませんねえ。でも自分の給料は高いほうがいい、でも使うのは、少しでも安くって矛盾してませんか?アメリカと日本が 歩んできた道のりを、今日本と中国が歩んでます。

デモ小心な日本人失業者は中国の旗を燃やしたり、ユニクロの製品を燃やしたりなんてシナイ、デキナイ、ヤラナイ!でしょ、アメリカより大人だからかねえ。僕は思う、今の国難。減税も増税も、国債の発行も何にもできない。構造改革は、その構造の複雑さゆえにマーズ出来そうも無い、どーかねケイタイの通話料にでも課税したらどーですか小泉さん!

そんな事よりTBI-2。無事に終わりました。800kmを走る、それも複雑なナビゲーションのしかもテクニカルな山道を!本当に健闘を讃えたいと思います。特に今年 60歳をお迎えになった菅原さん!ほぼ28時間以上オフロードライディングが続けられる体力と精神力には驚嘆!といわざるを得ません。2002年のパリダカこそは、念願の総合優勝を手にする事は、僕が保証します。人間に必要なコト、それは情熱を持つ事、そして実現に向かう情熱を絶やさない事。これが難しいって。


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No.0340 Organisation Voice – 2001/07/26

週末のTBI-2の準備にみんな力が入っている。800km24hr.Ave33.33km/hアドベンチャークラスの方から「どーすんですか?」というお便り。「さて。」


RRM2001ルートインフォメーション
ETAP-6 ゾーモッド~ゾーモッド
300.00km
「史上最難のエタップ」

このエタップは、作り上げた我々にしても、いまだ実施すべきかどうか悩んでいる。ゾーモッドを後に、南下する、おそらく気温は43度は越えるはずだ。そしてこの日ピストは全体の10%以下つまり30kmほどしかない。複雑なルートファインディング、行く手をさえぎる深い谷、降りると登ることの困難な岩襞の連なり、過去にここを通ったわずかな足跡は、20数年前の旧ソ連の科学アカデミーの恐竜発掘プロジェクトのみだ。

GPSの指す方向に行く術の無い局面に度々陥る、無駄に走ると300.00kmという奇跡の様なルートディスタンスが、胸を締め付けるだろう。RRMはじめて、これほど難しいルートはいまだかつて無かった。「しかし彼らはいつも私を驚かせる。」ティエリー・サビーネの言葉だ。

きょうの一枚
困難を友とすること幾星霜、今年のETAP-6ほど試走もきつかったのは記憶に無い。ゴビに残る我々の目標物、岩に巻かれたSSERの黄色のコーステープ。


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No.0339 Organisation Voice – 2001/07/25

ご安心ください、モンゴルに無事コンテナが到着したとの報が入りました。そのまま通関を済ませると、ホテルの敷地内に運ばれます。今回のスタート地点に用意したホテルは、以前にも発表しましたが、ウランバートル市街地と空港の中間点にあって、しかも山間に入っていきますから静かで、セキュリテイも万全といったところです。

さてルートインフォメーションは、いよいよETAP-5 バルンバヤンウラン~ゾーモッドの井戸まで613.27km(全SS)の長丁場で競われます。


8月17日 ETAP5 バルンバヤンウラン~ゾーモットの井戸
「無人の荒野に奇跡の井戸と木立、ゾーモッドに憩う」
SSERが昨年見つけた快適な砂漠のオアシス、誰もが憧れるゾーモッドの井戸、この日はそこへ向かう。前半は超快適なゴビハイウエイが続く、やがて川を渡るための橋を求めて北上。橋を渡ると一転ナビゲーションが難しくなり、CP,RCPを見つけなければ、この日は燃料の問題も大きい。そして一気に南下。ぐんぐんと緯度を下げていくと、本格的な乾燥地帯に入っていく。

かつてこのルートはゴビを越えて中国に向かう、交易の路だった。南の果てにまた違う文化があるという概念のモンゴルと、北の武力の脅威に怯えた中国のすがたをゴビ砂漠を中心に俯瞰してみるのも面白い。果たしてこの井戸に、幾千の旅人が腰をおろしひと時の、甘露な井戸水にのどを潤した事だろう。


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No.0338 – Organisation Voice 2001/07/24

暑いったらないねえ。ほんとに地球温暖化はナントカしなくちゃあいけないんじゃないんだろうか。猛暑ったって限界がある。ひょっとして今、地球上で一番暑いのは日本じゃないのかい。ウランバートルでCNN見てたら「世界の気温」あなたカイロやアルジェ、ジャカルタやクアラルンプールよりも高いじゃないか。地球温暖化っちゅうより日本温暖化じゃないのかい。


8月16日ETAP4バルンバヤンウラン~バルンバヤンウラン
283.12km
「奇跡の砂丘」

この砂丘を越えることは出来ない、マスターラリーのルート制作のルネ・メッジにアテンドした政府関係者が、そう語った。それは干上がった湖の南岸に聳える柔らかな砂の連なりだった。美しさは文句無い、そして見るからに巨大というものでもない。そしてランドローバー・デスカバリーを連ねたフランス人たちのチームは退けられた。

もちろんわれわれも果敢にアタックしたものの、いまだ経験したことの無い砂だった。この日この砂の連なりと、1つの山脈を反時計回りに一周する、ループコースだ。進行方向の左手に砂、右手にはドライレイク、ただしこのドライレイク薄皮の下はたっぷりと水を含んだ、マッドである。

砂を行くか、ドライレイクを行くか?判断はしばしば、あなたに委ねられる。


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No.0337 – Organisation Voice 2001/07/23

今週末はいよいよTBI-2、なんと走行距離は800kmになっちゃった。24時間でこれを走りきる。ちょっとインフオメーション不足で、参加者が全然伸びずに、なんと35名!モンゴルと同数!でもこのくらいの人数は、こうしたイベントの場合、ある意味ではとても面白いのです。というか、楽しいんです。僕たちもそれにお応えできるように頑張りますので楽しい、24時間にしましょう。 さてRRM2001ルートインフオメーション続報。


8月15日 ETAP-3 アルベイヘール-バルンバヤンウラン
318.47km (L/18.87km SS/299.60km)
「CAP180、蜃気楼に草原の覇者の姿を追って」

この日は、短いリエゾンで北に向かうSSのスタートに並ぶ。そこは緑とハンガイ山脈の織り成す、優美で美しい叙情的な景観の中だ。

かつてのシルクロード・天山北路、ステップ路はこのあたりで複雑に別れる。季節によって道を選ばなければならなかったからだろう。そして南下を始める、大きな建設中の道をクロスするのがポイント、そこからはひたすら南下を始めると、草原の彼方ゴビに立ち昇る蜃気楼があなたを迎えてくれるだろう。その中にかつての草原の覇者たちが見えるだろう。チンギスハーンの一族たちが駆け抜けたこの大地、北に南にそして西に、広大でさえぎるものを持たない大モンゴル中央部、まさにゴビハイウエイの旅だ。

あなたの駆るマシンが、時空を遡りはじめる。そうここは全ての概念が、全く新しく、突然目の前にモンゴル軍の大軍勢が現れるような気がしてならない。


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No.0336 – Organisation Voice 2001/07/18

昨日は、打ち合わせに向かうために事務所を出たところ、西の空がにわかに掻き曇って、すさまじい雷雨。「すごいやねえ。」「いやいや結構毎日こうなんですよ」だって。それにしても激しすぎる、確かに昔からこういうのがなかった訳ではないのだが。連日の異常高温。その異常な高温で熱せられた海水は大量に蒸発して、上空で大量の雲を発生させる。そして大量の雨になる、はたしてその熱量が大きすぎるのか。

毎年水不足に悩んでる松山の、たった一個の水がめ「石手川ダム」は、当然の厳しい取水制限をしてるのかと思いきや、さにあらず。当局関係者にとってはめでたくもあり苦々しくもある放水を続けてるみたいだ。

そういえば僕たちも試走中に、いまだかつて経験した事のない規模の強烈な砂嵐に遭遇した。エタップ3のビバーク予定地での事だ。設営を終えて、食事の支度にかかった頃からそれはやってきた、まるで鳴り物入りでやってくる戦慄のチンギスハーンの大軍勢のようにだ。それは、すべてのものを地上から剥ぎ取れとばかりに暴れ回る文字どうりの暴風と、大軍勢の馬が後ろ足で巻き上げるごとき微細な砂の粒子の襲来。もちろん全身には砂つぶて?が襲い、痛い!サンドブラストを掛けられてるみたいだった。

嵐が行過ぎた後、すべてのものの全ての場所は、砂の侵入を許していた。地上から剥ぎ取られたり、剥ぎ取られそうになったほとんどのものは人の手によって作られたものであることは間違いない。翌日もこのサンドストームは続き、砂の中で 1メートル先も見えなくなって立ち往生してしまった。自然の力も、日本とは比べようにないなあ。と思ってたら、この横殴りの激しい雷雨。日本の気候も、だんだんそれらしくなってくるのでしょう。こいつらには立ち向かうだけでは勝てない。上手く力を逃がせて、飄々と風になびく姿勢も必要かもしれない。


8月14日ETAP-2 ウンドルシレット~アルベイヘール
588.16km(ALL/SS)
「ゴビ、ラマ達の歩いた砂漠」
ウンドルシレットのビバークを後にひたすら南下を続ける。そのダイナミズムはET-1にも共通である。今年、モンゴルは革命80年を祝った。その革命とは、清朝末期の中国からの独立のようなものであっただろう。ロシアの力をたよってモンゴルは世界で2番目の社会主義の国となった。

しかし以来ロシアは、宗教的な弾圧を行った。チンギスハーンは、あらゆる宗教を容認したのに比べ、はるか後世の近代国家ソビエトが弾圧をする。そんな弾圧を受けたのがチベット仏教。その僧侶ラマ達は、苦難の歴史を刻み始めたのだ。その歴史に残る寺院のある草原の町を越えて、彼らの歩んだ足取りを丁寧にトレースしてみると、草原とゴビのはざまに、殺戮と信仰、信頼と恩讐、そんな20世紀の生んだ人類にとって最悪の世紀の姿も、静かに大地に帰ろうとしているのだ。

アルベイヘールが近づくと、再び緑の濃度が蘇ってくる。足元にエーデルワイスの群生がある。


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No.0335 – Organisation Voice 2001/07/17

ラリーレイドモンゴル2001、ルートインフォメーション 「その神々の宿る大地」


8月13日ETAP-1 ウランバートル-ウンドルシレット
361.87km(L:20.19KM /S:341.68KM)
「序章、神々が草原に降り立った。」

ラリーは、モンゴルの首都そこは年を追って目覚しく発展していくウランバートルの南にあるヌフトホテルにスタート地点を定めた。1995年の記念すべき第1回大会と同じである。参加者の車両を詰め込んだコンテナも、このホテルの敷地内まで輸送してある。このホテルは社会主義時代には国の迎賓館として使われていたもので、近代的な快適さこそ望めないが山あいの草原の谷間にひっそりと佇まい幾たびか20世紀の国賓を招いて、東側の一員として参加していた国のテイストが伺えるのだ。

ホテルをスタートすると短いリエゾンで舗装路を消化しながら、緑濃い草原の道をまっすぐに南下する。やがて乾燥地帯が近づく頃、そのふたつの気候帯の、まさに縫い目に沿って西へカップチェンジする。大きく西に日が傾くまでにはCAP310で、ビバークの待つウンドルシレットに到着する。この日は誰がどういう力を持って、かかる奇跡の大地を作り給うたか、まさに今21世紀の新しい戦いの幕開けに、その地にいま神々が降臨する。さあ、その祝福を受けるのは果たしてあなたか。


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No.0334 – Organisation Voice 2001/07/16

今日から何日かで、ルートインフォメーションをお届けする予定にしていましたが、久しぶりに出社するとまあ、忙しいの何の!席に座る暇もないんです。従って本編はあすから!って事でごめんなさい。

それと「彼方へ」も間もなく復活しますからね。あとモンゴル人スタッフの通訳のジャンガル君の弟ホンゴル君が日本語で書いた短編小説も間もなくこちらのサイトでご紹介します。なかなか素晴らしいのでお楽しみに。


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No.0333 – Organisation Voice 2001/07/13

試走を予定より早く終わらせることが出来て、無事にウランバートルへ帰ってきました。試走中は日本から持ち込んだインマルサットの調子が悪くてデータが送れないばかりか、日本のニュースも全て手に入れることが出来ず、情報の時代に情報が送受できないという事が、かくも不安である、という事を身にしみて再認識させられました。

しかし連日、夜明けと共に起き出し15時間以上ぶっ通しで走り続け、少なくともコマ地図の回数だけはブレーキングをし停車、ピストクロスや分岐などは思わず通り過ぎてバックすることも度々なのですから、燃費も悪くなるし試走の1号車のクルーの疲労度も大変なものです。そのうえ連夜の設営,食事など全くもって休まるヒマが無いんです。そんな時に情報のやり取りが出来なかったのは良い点も悪い点も考えられます。これから少しずつルートの話などを進めて行くことにします。来週からね。

さて、今回は星のお話しをしましょうか?あっいや、こういう分野は多分に専門的な方が見ててまた「おかしい」とかってクレームをつけて来ることでしょう。でもモンゴルの大草原の夜、みんな寝静まったシュラフから抜け出して夜空を見上げるとまさに天井の底?が抜けたような星空です。宇宙の起源は100億年前だと言われてます。ビッグバンだとか特異点だとか、ホーキングの理論や、時間とか、いろいろな事を考えて行くと、本当に真の真から宇宙の存在もとんでもないものでしょうね。

日本に帰ったら今度は少し、そんな話も考えてみたいものです。「われわれは、どこから来て、どこへ行くのか?」と考えると先のO.Vにも書いた国とか国境とか、イデオロギー(もう使わないか)とか、たいした問題じゃないや、と考えられるんです。それにしても今回のルートはそんな思いを持って作りました。また今までと違うモンゴルの魅力が紹介できそうです。

*先日まで掲載しておりました、「SSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。」の続編は、THE TALKにて残りを掲載していきます。お楽しみに。


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No.0332 – Organisation Voice 2001/07/12

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第5編をお届けします。


美しい星空に想う。
7月24日10:00。デューンのビバークをスタート。#12ガズトラックとテラノの2台でビバークから約30kmの地点でストップしてる#13トラックへ向かう。#13トラックのダワさんは何とか修理を終えて走れるメドは立ってる様子、でもまだ少し時間がかかりそう。私は玉子スープとアルファ米のおじやを作って朝食の支度。菅野さんはトイレットペーパーを持って小旅行へ。山ちゃんは馬にまたがり乗馬のオプショナルツアー。松田君はカメラ片手に散歩と少しばかりのんびりした時を過ごした。11:30さぁ次は#14トラックが待ってるトコロへ行かなくちゃ。で、合流。でもまだ修理中。

ETAP3で通ったテスの町に到着したのが20:00、今晩はこの町でビバークして明日は早朝から移動をかけることにしてもうダウン。川のほとりでビバーク。夕食のMENU、カレーとコーンスープ、アルヒと山ちゃんのウイスキー。23:00後片付けも終わってさぁ寝よーと思って空を見上げてビックリ。あまりもの美しさの夜空。菅野先生の星座講習が始まる。天の川も素晴らしいし、いったいどーしてこんなに美しいんだろう。日本も昔はこーだったんだろーか。この星空を毎日眺めれれる人がいて、一生に数度も眺められない人がいて、不公平なこと。

ETAP6のビバークとレストデイのオリアスタイには何としてもエントラントよりもHeliよりも早く着きたい。そして完璧なビバークを設営して選手達を迎えてあげたいと心に誓いつつ眠りにおちていった。後半戦をいかに第1本部隊は闘ったのか?つづきは次号のPRESS(11月8日)でね。またね。 


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No.0331 – Organisation Voice 2001/07/11

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第5編をお届けします。


オアシスじゃなきゃね。
さぁ再びビバークへ向けて出発。24:00、もう寝静まってるだろーね。このあとの分岐で明日のCPへ向かう小河さんと別れる。大変助かりました、Thank you!ルートは湖を西から迂回して、明日のオンコースの一部を逆走してビバークへ向かう。すごい登りが続く。1発目を登り切ったところで#14パンク。もう全員でその場に座りこんじゃいました。ギヴアップ、私は正直もう疲れ果てていた。まだETAP3、何が悪かったの、もう一歩も進めない。第1本部隊は壊滅状態。一昨年、昨年と私はラリーの運営はとにかく先へ先へ進むことだ、と学んだ。

それより私は山田が「素晴らしいヨ」と語るデューンのビバークを一目見てみたかったの。でテラノ1台ででも・・・・と先へ進むことにした。明日のコマ図を逆読みして進んでいるのだが地形が変わりすぎているのと漆黒の闇の為に周囲の風景が見えないのでオンルートを探すのが一苦労。やがて東の空に朱が差してきた。既にM1、M2はスタート。

やっとビバークまで数キロまでやって来るとデューンを越えて博田君が又々ビョ~ンと走ってきた。続々とやってくるバイク達を見送ってバイクと四輪のスタートのわずかのスキにデューンを駆け上がりスタート地点(つまりビバークってことよね)に到着すると何と何と四輪のスタートのトップは#107横川/治武組ではないの。「まぁまぁ去年は無念のリタイアをした治武君、今はどんな気持ち?緊張してる?充実してる?頑張ってね・・・・。」と元気に砂を蹴散らしてスタートして行った。「クー、カッチョイイ」デューンの上からのスタートは、それはカッコ良く、又その景色の素晴らしいことったら。月牙泉(敦煌にあるのね)のような川に降りてみると、それは冷たくて気持ちの良い川で手と顔を洗うと心まで洗われるようだった。

そして又新しい気持ちがこの小川のように涌いてくる。この川は乾いた砂漠から涌き出して砂丘の中にオアシスを作る。まるでラリーの本部隊の役割を示しているようだった。激しい闘いの末に辿り着くビバークはラリーのオアシスじゃなきゃね。


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No.0330 – Organisation Voice 2001/07/10

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第4編をお届けします。

試走隊情報 10日現在、ジンストの南側に位置するETAP7の200km地点の緑のじゅうたんの中でビバークです。試走隊は全員元気です。


ヘリで飛ぶのも大変なの。
ところでNO.1 Heliの話をしよう。一昨年と昨年の半分、私はHeliに乗っていた。これが結構ツライ。ましてNO.1 Heliはずっとオンコースを飛ぶのだから大変な苦労なのだ。大体全開で競技を出来るのはこのNO.1 Heliが居ればこそなのだ。みんなの知らないところでの救出劇やミスコースをして国境へ向かうマシンを誘導したり、Heliの燃料量と飛行時間と緊急出動の予測や緊急移送の為のプログラムをいつも考えながらのフライトなのだ。

しかも上空からGPSとコマ図でナビゲーションしてオンコースが飛べるのは山田しか居ないのである。「GPSで飛行速度を見て1秒間に何百メートル進むか一瞬で計算して、距離計のかわりに秒針で距離を測り、分岐を見つける、しかないんだよ。」と彼は言う。つまり180km/hで飛んでいれば彼の言う「キロ20秒」つまり1キロ飛ぶのに20秒かかる、で1秒に50m。で「3.5km先Y字左」なら「70秒」という風に瞬時に計算して頭の中で70を数える、と60くらいではっきりしたY字が見えてくる」とパイロットがピースサインのように指を出す。「右か左か」と聞くので彼の左の指を曲げてやる、と「OK」と操縦桿を右にタオすのだ・・・・そう聞いててもスゴイなぁと思う。

たぶんみんな何気なーく飛んでるように見えるように見えるだろうけどコックピットの中は大変なのよ。だからHeliがやって来て「土ボコリ」をかけられても怒らないでね。もちろん映像を残すという仕事もあるけど・・・・誰の為でもなく参加者全員の安全確保の為に必死で飛んでるんだからね。

そんなところで話を戻そう。 再び#14トラックは止まった。又々チューブを引っ張り出して裂けている箇所をチェックしている。パンク修理もこれで2ケタになってきた。で、みんな修理のベテラン。#14のドライバー、ダワも助手のガンボルト(18歳)、ティンギス(通訳、若干23歳で2歳の女の子のパパ)、山ちゃん、松田君のそれぞれ役割もおのずと決まってくるから不思議。まだこの頃にはみんなに笑顔があった。寒ーくなる山ちゃんのジョーダンもまぁギリギリのところでうけてはいた。

が、この時すでに20:00。ビバークでは楽しいハズの夕食の頃だ。エマージェンシーの食糧は何とかなったにしても朝食やランチパックなどを積んで#12、#13コンボイで菅野さんに先を急いでもらうことにした。しばらくして「#13トラブルでストップ」と菅野さんから無線。ビバークまであと40kmだっていうのに。生きている#12で食糧のみ積んで出発させる。 私達とそのトラブルで止まっている#13が合流したのが23:00、その後の350km地点には苦戦している私達を待ち続ける給油班とコース上で遭遇。給油を受けている間、私はクルマの中で寝てた。給油班は最後に通過する隊の隊長は女性だ、と聞いていたらしくみんな会いたい、と言ってたらしいが眠っている私をみて通訳のティンギス君がどーやら適当にその場を言い繕ったよーだ。


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No.0329 – Organisation Voice 2001/07/09

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第3編をお届けします。2000/07/09現在、ゾーモット付近を元気に走行中です。


250km先のゴアンズ
7月22日7:00。今年も1日目でトップに立った博田選手がビョ~ンとスタートして行った。さあ明日のキャンプ(ETAP3)まで頑張ろーう。800kmの移動だ。しかし到着予定時刻7月23日10:00まで23hr.しかない。今の第1本部隊はAVE.20km/hしか出ない。そーだと40hr.もかかってしまう。このままではヤバイ、と私はある作戦を考えた。ここは食いモンで釣るしかないのだ。「きょーは頑張っておいしいゴアンズ(食堂のゲル)でごはんを食べよーォ!」と言うと「よーし、250km先に旨いゴアンズがある!!」と#12ツォゴが嬉しそうに話すではないの。シメシメ。よーし出発!にしても250km先の食堂ってのがモンゴルらしいやねぇ。まぁ、みんなウキウキ、私もウキウキ。そんなことでみんなの心がひとつになるンである。プリミティヴやねぇ。

そして、何とそのゴアンズまでは昨日の不調は何だったのー、って思 うくらいのAVE.なの。みんなお腹一杯食べたよーね。日本人スタッフはこの後のことを考えて腹八分目にするよーにって目で合図をしておいたわ。MENUはボーズ(スピーカーじゃない)と羊の内臓入りのホーショールとスーテツァイ(ミルクティね)。今度一緒にいかが!?

そーそー、この日はCP1の小河隊長がアテンドしてくれたの。彼は昨年は第1本部隊の隊長をやってて本部隊の苦労がよーく判っていたので「一緒に行こう」と言ってくれたの。本当にウレシかったです。その後幾度、彼らに助けてもらったことでしょう。本当に感謝してまーす。 スタートして15hr.後の7月23日1:00、ETAP2テルメンヌールのビバークに到着。エントラントは寝静まって本部ゲル棟には明々と照明が点いて発電機がヴゥーンと景気よく回ってる。衛星から見たら真っ暗な大地に1つだけの点が輝いてるんだろーな、きっと。で、うっかりUFOが飛んで来ちゃったりするのもワカるよなぁー。で30分もビバークに居ずにスタート。まだ私達の任務地ETAP3のビバーク地まで400kmもある。こりゃああと8hr.で着くのは無理だなぁ。よっしゃ、到着予定時刻を12:00正午に変更。

出発!ところがあの悲劇は、ココから始まったの。もう既に#14ドイツ製(といっても東ドイツね)のトラックが止まってる。それから何度パンク修理をしたのか教えてあげましょーか?で、もうパーフェクト達成はこの時点で諦めざるを得ないよーだ。ロシア国境に近い町に着いたのが8:00、あと200km。でもまだ10hr.くらいはかかりそー。この時NO.1 Heli山田の無線が飛び込んで来る。CPの開設が危ないとのことでHeliが向かっているのだ。「BIVOUACはNO.2 NO.3のHeliが行って開設してるから無理をせずに頑張って来い。」というコトバに励まされた。


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No.0328 – Organisation Voice 2001/07/06

今週来週にかけて、ヤマダテツがモンゴルにRRM2001の試走に出掛けております。現地からOVをお届けする予定ですが、本日はSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。の第2編をお届けします。


テラノ、泳ぐ
で、その愛媛師団総勢10名、車両4台(テラノ+トラック3)は7月20日10:00チンギスハーンホテルをホーンの音も高らかにイザ出発。もう頭の中は「軍艦マーチ」が鳴り響いてる。しかし嫌な予感の1発目は170kmポイント。17:00 #13ガズトラックが1回目のストップ。修理には3時間を要した。再出発20:00。本日の目標走行距離520km。予想到着時刻、出発前7月21日未明。現在のところ予想到着時刻不明。これ以降#13ガズトラックはアベレージが上がらズ。7月21日6:00、それでもビバーク予定地点まで直線距離で25kmまで接近してる。ところが目の前の道は朝日に輝く巨大な湖の中に消えている。迂回路ナシ。「ワレ前進不能」の連絡をすべくインマルサット電話をセット、ウランバートル チンギスハーンホテルの柔らかいベッドの上でスヤスヤと眠っているULN本部長の携帯電話を鳴らす、と同室の山田が不機嫌そーな声で出る。どうも一晩中、CP隊やら第2本部隊やらルート上に展開中の各隊から連絡が鳴りっぱなしのよーだった。

ところで、そんなことより眼前の湖をどう渡るかが問題だ。先ず#12ガズトラックがアタック。水しぶきを10mも(?) 噴き上げて進む進む。「イケー、もうちょっと」というところであえなくストップ。車は沈む、荷室も水没。「食糧やランチパックが濡れる~。」この救出に2時間・・・・で8:00。テラノで地元の人に浅瀬を訪ねながら少しずつ渡っていくのだが・・・・大きな深い川があって渡れない・・・・と思った頃にトラクターが出現(オ~神様!)。しかし有料、5000Tgを払わないと渡らせてくれない。(あとで知ったのだが、ここに有料のトラクターが居ることを山田は知っていた。前夜CP2のL/Cは、これに引っ張られて渡った・・・・との報告が入っていたよーだ。)テラノが泳いでいる・・・・というか接地感が全くナイのだ。もちろんエンジンは切って水を吸わないよーに。フロントウインドウの真ン中まで水が来てるの、信じられる!?このあと電装系のチェックに時間がかかるのね。

で、やっとビバーク予定地に到着したのは12:00。しかも本来の予定地の川の畔りは水びたし。26時間の長旅の末に大急ぎで本部の設営をしなければならない。10人のスタッフで必死でしても3時間はかかる大仕事だ。私は気が強くても力が無くて、こういう時に役に立たない。来年はオフロード用のフォークリフトと4×4バギーで引っ張るカーゴトレーラーを作って・・・・。でも重たくてダメかもしれない。とにかく、水から食糧、タイヤやオイル、発電機に照明機材、テーブルやイス、細々したものをカウントすればスゴイ量なの。それにHeliがやって来て医療機器にエントラントのバッグ・・・・ってなればもーうスゴイ。で、今年は特に環境面を強化しろっていうので廃油処理までやってしまう焼却炉(これは佐伯さんが作った)で一晩中、火の世話と夜間のキャンプエリアの定時巡回も本部隊の任務で全く寝る時間なんてゼロ。

ところでこのETAP1、GARRRRの打田さんはSSスタート85kmの地点でマシントラブル。今年もオフィシャルと化してカミオンバレイに乗ってたらしい。「いやぁ勉強になった」とその1週間後にどこかのビバークで会った時に話してた。本当のオフィシャルの苦労を感じてくれたのだろう。来年の白いツナギを用意しておこうかしら。


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No.0327 – Organisation Voice 2001/07/05

SSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997より「12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。」


さぁ出発。ガンバレ、第一本部隊! 

1997年7月19日。 さぁ出発。 エントラントの最終チェックを行うホテル日航関空の仕事をアトに任せて1日早くウランバートルに向かった。これで、暫くの間暑い日本とサヨナラだわ。ところがゴビ砂漠の上空あたりで何か嫌な感じ。雲がとても厚いじゃないの。空港に降り立つと、もうすっかりモンゴルに同化してしまってる長期滞在組の篠崎さん・川野さんの姿。少し疲れた顔が現地での準備の大変さを物語ってるワ。お疲れサマー。

ところで、私は今回は第1本部隊々長。ちょっと自ら志願した節はあるのだが。今までは多くの競技運営スタッフに「完璧!」を求めてきた私は、実は自信があった。信念を持ち、よく話し、努力をすれば「完璧」は達成できる・・・・のである。私たち第1本部隊の受け持ちは、ETAP1 TSETSERLEG、ETAP3 BARUUNNTURUUN (DUNE BIVOUAC)、ETAP6 ULIASTAY (REST DAY)、ETAP8  JINSTの4箇所、計5泊分のビバーク設営なの。そしてMEMBERは私と山ちゃん(山崎サン)、菅野サン、松田クンと通訳ティンギスクンとトラックドライバーの#12ツォゴ、#13エマ、#14ダクとその助手の10人。通称「愛媛チーム」。ちなみに第2本部隊は川野隊長率いる「香川チーム」。「愛媛県の名誉の為に負けるワケにはイカン!!」との思いは1日目でもろくも崩れ去って行くことになろーとは。

余談ですが・・・・太平洋戦争の時にいろいろな師団を出身県単位にしたのはすごく合理性があったんだろーね。方言がね・・・・。ちなみにモンゴルの若手通訳軍はみんな今や伊予弁「ホーよね~!」なんて、おかしくて。変なコトバよね、伊予弁って。


ヤマダテツのモンゴル現地OVをお届けする予定ですが、本日は都合によりSSER PRESS Vol.38 から黒川吉美の苦悩のラリーレイドモンゴル1997の12日間大会本部の裏話をしちゃいましょうか。をおとどけしました。


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No.0326 – Organisation Voice 2001/07/03

僕はいろいろ考えた。ユーラシア大陸の標高1350mのモンゴル高原でだ。空は驚くばかりに青々として、空気は澄んでいて美しい。町の中はクルマで溢れ返ってはいるが、それも平気だ。民主化後の激しい混乱の中にエネルギーの溢れるのを感じるからだ。システムが安定していないが故の面白さは未だ活発である。中国の外相がやって来るってんで市内は例によって、中国の旗が翻っている。僕がイロイロと考えたのは、それらの事だ。ちょうどウランバートル市内の警察に行くと、前は北朝鮮大使館があり、ホテルの近くのアメリカ大使館には、たくさんのパラボラアンテナと、例の白い多角形のエシュロンのシステムを担うレーダーまである。国と国との間にあるものはナニなのか。正義とは秩序とかってなんだろうか、と考える全く。

僕が子供の頃受けた教育では、台湾は中華民国で、中国は中華人民共和国と言ってた。間違えないように覚えなきゃ、と一生懸命だった。そのあとの学校教育では「あれは間違いでした」と聞いた覚えはない。別に中華民国が伴合されたとも政権変動があったとも聞いていない。全部が誰かの「都合」で決まってる。「誰か」とは「国家」である。国家とはなんだろうか。人は国家を選べないのだろうか。もちろん選べなくはないんだが。「国家とはナニか」といろんな人に聞いてみるんだけれど明快な答えを出してくれた人はいない。僕はだいぶん明快な答えに近づきつつあるんだけどね。草原のうえで国家を考える。


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No.0325 – Organisation Voice 2001/07/02

日本の夏はいかがですか。きっと酷暑なのでしょうね。こちらウランバートルは暑いのは暑いのですが、そこはドライエアで32度ある今も汗をかく、なんてことはなくて快適です。まぁ冬の寒さと引き換えに手に入れている夏の快適なので、なにもうらやましがることはありません。1週間以上も費やした試走準備だったのですが、いよいよ本日遅くには出発します。モンゴルも急成長中で、政治体制も毎年のように変化しています。それに伴ってパートナーシップや許認可の問題が難しくて「一筋縄ではいかない」という部分も出てきます。

さてルートプランは、ほぼ出来上がっています。これから1ETAPを2日かけて、ラリースピードで走りながらコマ図を書いて行きます。運良く3日で2ETAPを終われる日もあれば1日に100kmも進まない日もある、といった具合です。そのうえ我々も「まだ行ったことのない所へ行ってみたい」という単純な思いが余計に時間をかけるものになってきます。昨日、前インフラ開発省大臣と話をしました。ナーダムの馬のレースに夢中で、政権交代で閣僚をはずれて「ヒマになったので好きな競馬に没頭できる」と喜んでいました。で、ウランバートルからパリまで馬のツアー(ラリーのようなもの)ができないかと考えていると、夢のような話をしていました。僕は「国家とか国境とかから解放されない限り、なかなか難しいだろうなぁ」と思いつつ、かつては馬に乗ってヨーロッパまで進出したモンゴル人のこと、「やるかもしれない」と思ったりしました。

TVでは中国共産党のプロバガンダの映像、「これがスゴイ!」時代錯誤どころの問題ではない。毛沢東が、鄧小平が、江沢民が次々と出てきて、豊かで素晴らしい笑顔の若者達、軍隊の行進は自信と希望に満ちて、巨大ロケットが宇宙に打ち上げられて「輝かしき未来」を高らかに謳い上げている。これをニュースステーションで流してみたらどうかね。大戦後の東側のプロパガンダ映像のままだよ。これでは国境間の自由な往来は無さそうだね。モンゴルの遊牧民がうっかり国境を越えると何ヶ月も帰してもらえずに取調べられるんだって。国境なんてあとから出来たのに全く迷惑な話だと思う。明日はゴビ砂漠で「国家ってなんだろう」と考えてみたい。


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No.0324 – Organisation Voice 2001/06/28

オフィシャル各位殿 ごめんなさいね、OVを連絡用に使ってしまって。速いもので、RRM2001のオフィシャルユニフォームが出来つつあります。基本はこれ、黒いパンツに、白黒ツートンのパイロットシャツ。左胸に製作中のSSERORGANISATIONのワッペンや、右胸に RRM2001のラバープリントがのっかって、まあモデルがいい!というのを差し引いても、カッコいいんです。革のベルトはヤマダの大のお気に入りでしかも安い!の。「こんな値段であるんだったら今までのものはなんだったの?」って言うくらい分厚くてしっかりした作り。

この他にも黒い、Tシャツ、黒いポロシャツ。ウインドブレイカーも真っ黒。どうも今年は凝ってて、今までのイメージを一新してしまいます。申込書を発送しますから、1着目は無償、2着目から原価でお渡ししますので、よく汚すかたは申し込んで下さい。また参加者にも少しお分けできるかと思いますが数量には限界がありますん。

また近々、SSER-BOUTIQUEにUPしますのでお楽しみに!あっ、ジャンプスーツは検討中です。


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No.0323 – Organisation Voice 2001/06/27

来年の話をしたら怒られるかなあ、と思いながら、実は僕はRRM2002の計画を練っているんだ。実は来年第8回大会は、さらに西の「カザフスタン共和国で開催したい」というものだ。超秘密なんで誰にも言わんといてよ。カザフへの憧れはいくつかある。1つはモンゴルの西の果て、ホブドにある。僕はあの町が好きだった。本当に中央アジアの文化の交差点がもう少し向こうにある、といった高揚を感じたからだ。モンゴル帝国がユーラシア大陸を完全支配した形跡は、そんなに多くないといわれている。イスタンブールにあるトプカプ宮殿博物館にでも行くしかないのか、というとさにあらず。ユーラシアの奥深く旅をしてみる事である。その痕跡は今も脈々と息づく「血」である事に驚かされるはずだ。インターネットなどの高度で高速な情報伝達は、その「息遣い」を伝えきれないジレンマにあるんじゃないのか。

もう1つは、地勢的な魅力だ。西はカスピ海にまで達し、巨大なカザフステップをなし、しかし海抜マイナス100mにもなるガラボガスゴル湾は、巨大なドライドアップソルトレイクだ。極端に水を失いつつあるアラル海は、大地の中に船の残骸を残しつつ異様な光景を見せている、すでにそこにで、水の記憶は打ち捨てられた廃船のみなのだ。バイコヌール宇宙基地もある。まあそれは良いとしても、なんと言っても天山山脈だ。そしてその西麓に位置するシルクロードの要衝の町々。ここにシルクロードの天山北路も南路もそしてステップ路も交わるのだ。等とまた夢を見始めた僕って、この今の日本の現状をどう見てるんだ?と言われちゃいそう。

きょうの一枚
カザフスタンの昔の首都(って言ってもつい2~3年前まで)アル・マアタ(アルマトイともいうね)から見た天山山脈。左端の方に1992年パリ北京のときに越えたトルガルト峠が見える。標高は4000mくらいで、9月だって言うのに寒さに震えた記憶が、懐かしい。


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No.0322 – Organisation Voice 2001/06/26

試走のスタートを間直に控えて、出発準備を慌しくしているところです。連日のモンゴルからの連絡では、猛暑!らしい。標高1350mのウランバートルでの話ですよ。この時期は町にはポプラの花の綿毛が、雪のように舞ってます。中央アジアのどこの町にも共通の風景なのです。ちょっとロマンティックでしょう?

ところで先のTBI,ビッグタンクマガジンなどで、その論評が掲載され始めましたね。そこで主催者的な見解も発表しなくてはいかんかね? まず200名の参加者の意識の違いを認識する事。そこから始めなければならないんです。HPなどに自由に自身の感想をお書きになってる方は、何人かいらっしやいますが、そのどの1つずつもが真実であり、そう感じた、という事実である訳です。で、私たち主催者は、その複雑で多様な多くの参加者たちひとりひとりに完璧な100%の満足を与える事は、到底不可能だし、またそういうことを目指して主催している訳ではないという事も知って頂きたいのです。だからといって優勝争いをしている人や、ビッグマシンで参加している人のために主催している訳でもありません。

また面白い事実もあります。それは 50ccで参加した人と、 1150ccで参加した人の満足感に同質のものを感じたという事。もちろんこれも私の主観ですから、走った人には「そうかなあ?」という疑問符が着くことでしょう。こうして多用な価値観と言うか、ものの見方感じ方(それを価値観というのだ)の個人差というものは年々拡大してきています。「つまらなかった」「面白かった」その差は僅かかもしれません。かくCPの設定タイムが厳しかったから「良かった」「良くなかった」どちらの意見も聞こえてきます。

でもはっきりと10年前とは変わったといえます。 たとえば、モンゴルとTBIの決定的な差は、どこにあるのか。それは全て自分自身の能力に責任を持ってタイムコントロールを駆け抜けるモンゴルと、一般社会の中に溶け込み交通社会の一員として、社会に責任ある立場を貫いた上で主催者の指定する時間に、指定する場所に来なければいけないというTBI。果たして「どちらが、どうか」ということではなく、おそらくシステムとしては違っても、観念としてそれほど大きく隔たるものがあるとは思っていないんですね。つまり決定的な差はないということです。もちろん風景や気温や、走るコースの話ではないんですよ。

きょうの一枚
芝生の上に張られたパルクフェルメ、疲れたマシンが静かに休む特上の空間。マシンもまた主役であるという事です。TBI2001、フォトCDより。


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No.0321 – Organisation Voice 2001/06/22

こんな事を正式ではなく発表しちゃうのもなんだけど、実はまだ未定。来年のツールドニッポンには4輪部門も設けようというお話。僕の案はこうだ。とりあえずワンメイク、クルマは今のところスマートが有力候補。毎日のスタートゴール、キャンプは同じとして、CPの一箇所も同じ。もちSS会場は見に行くだけ。でなにを競うかというと、このクラスはただただ燃費。毎日の成績は、その日使った燃料の量。CPとゴール後の2回、主催者によって正確に給油されます。ミスコースをしたり、ちょっと油断すると燃費はどんどん悪くなっちゃいます。

2人乗車ですが体重測定して一定重量にたりなければ、ウエイトを積む事にしましょうか?それともそれはチームの努力という事にしましょうか?かわいいスマートがゼッケンをつけて、一緒のラリーを走る、競うものは違っても目的地は同じ、どうですかなんか夢があるじゃないですか?ご意見をお聞かせください。

きょうの一枚
これ、スマート。カブリオレも出て、町を行く姿も気になってきました!でも僕はまだ乗った事がないんであるよ。


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No.0320 – Organisation Voice 2001/06/21

大変お待たせのTBIのビデオが出来ました。約50分でなかなかいい感じで出来てます。あのK内さんのテーブルトップのクラッシュシーンがバッチリ!事務所中が「ウオー!!」って感じで何度も何度も巻き戻しては、「ウーン、こうして肋骨がたくさん折れたのか?」ていうぐらいすごい衝撃映像!ごめんねK内さん。本格的に梅雨の松山は、先日の雨で結構被害が出てるようで、市内で土石流ってあなた。先の地震以来、地盤が緩んでいるんだろうか?緩んでいるといえば日本経済、資本の流出は続き、円安は加速する。RRM史上2番目に安い1ドル128円くらいを予測しなければならなくなった。最高に安かった年は147円、泣きました。ちなみに1995年は1ドル80円だったから、仮に10万ドルを調達するのに係るの円は8000万円、かたや1億4700万円!その差6700万円!あーあ、暗くなっちゃうよー。誰か助けてー!ったって、そんなに甘い時代じゃない、自らが努力して自らが道を切り開いていくに限りますぞ。

あと、TBI-2のレギュレーションに航続距離の項目がないとのご意見多数!につき取り急ぎこちらからご案内!200kmです。もちろん事前の公式通知ではお知らせしますけどね。

きょうの一枚
今日の一枚はね、カミオンバレイのタイヤ。6輪駆動の大きいトラックだけど、今年は速いらしいよ。で、ミシュランのラリ-用をもっていって何しようというんだろ?想像はつくけどね


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No.0319 – Organisation Voice 2001/06/19

「四国地方に渇水、取水制限が出たとたんの記録的な大雨とは」

試走チームは、昨夜のフェリ-で出発、モンゴルに送る 2台のクルマを、大阪南港に持ち込んだ後、関空に向かうという計画。ところが出発前になってフェリー会社から電話「船出ません!」「あらら」「じゃあ走ってく?」と3人のメンバーは自走案に切り替え。そんな頃から雨脚は強くなる一方。高速道路は一部通行止め、それ以外でも50km/h制限。夜の松山市内はというと、あちらこちらが洪水、普段は水のない石手川には轟々と濁流が流れる。こうして今年の深刻な水不足は一夜にして解消、それにしてもこの記録的な雨の降り方は地球温暖化のせい?それにこれからはハリケーンも台風も巨大化するの?

そして、僕が最も問題だと思うのは、同じ日のニュースで「今年は全く雨が降らずに、渇水は深刻!」と言いながらたかが数時間後には、観測史上 1番目だか二番目だか、の記録的な大雨!というくだりにある。もちろん気象予報なんてのは、難しいのは知っている。がしかし、降水確率が50%のところが大雨になった!というのとは訳が違うぞ!と、僕は思う。

話は変わるが、アメリカは、地球温暖化防止会議の京都議定書を蹴るばかりか離脱。 7月にボンで開く同会議は、京都議定書には各国とも同意しない可能性が大きくなった。確かに内容的には無理があったが、皆自国の国益優先で、地球の行く末を案じていない。

僕は反対だった(ったって、なんの力も無いけどね)セーフガードも、予想したとおりの展開になってきた。各事業団体も今後の申請は見送りそうだ。ネギやシイタケを規制したおかげで、クルマやケイタイなどに関税率を上げると脅かされている、それもたいした被害じゃないと言い切るか否かは、どうかな。そして、もうひとつはロシア、19日プーチン大統領が米記者団と会見し、アメリカがミサイル防衛システムの開発・配備を強行した場合、ロシアは多弾頭核ミサイルを含め、核戦力を増強する!んだそうである。こんなこと、アメリカの記者団に堂々と言えるのもすごいけど、時代が戻り始めた気がするよ。

いったい人間とか、国家とかって何なんだろう。破滅する事を恐れる保険で成立している今の平和というのは何なんだろう。相互破滅確証システムとかいって、核兵器なんてものが合法的に存在する世界とはいったい何なんだろう。「殺すぞ、お前ら」って言われてる訳なのに。そしてその力を持たなければ、国際政治の舞台では力を持たないというのも、全くやくざと同じ精神構造だ。日本とは、中国とは、アメリカとはロシアとは、北朝鮮とは、その他世界中の国々が、地球温暖化の影響で発生し始めた異常気象、寒波、洪水、乾燥で狂い始めてもなお、世界の求めているものが違うと、僕は思う。

今日の地元紙に「貧困に苦しむモンゴルへ援助の手を」というタイトルでこの2月にモンゴルを訪れた、松山の3人の主婦が写真展、という記事が載っていた。「-32度というすさまじい寒気の中でどうしたこうしたって言ってる」で、どうするんだろう。本当は彼らのほうがはるかに豊かで、自分たちこそ貧困だってことに気がつかない。モンゴルの国防費は4億円程度(5年前くらいに、軍関係者に聞いた話)、日本もこのくらいにしたらドウダイ!ランクルくらい毎年買えるぞ。 しかしモンゴルってのは、過去史上最大の軍事国家であり、侵略国家であったわけ。いつもモンゴルが近づいてくるたびに、こうした東アジアのことや世界のことについて過敏になってくるのが不思議。まあ松山の大雨くらいで、ここまで考えを飛躍させる必要も無いけどね。


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No.0318 – Organisation Voice 2001/06/19

すごい雨が降っています。このままでは試走チームの第一陣は出発出来そうにないという噂。明日の飛行機も怪しいんだって。

さてTBIのビデオですが、ただいま最後の作業中です、という報告。本当にもう少し待ってください。ビデオに関してはいつもいつも申し訳ありません。それから「ツールドニッポンに出るのに、情報をもっと!」というお便りが増えてまいりました。ただいま、関連の企業とさまざまなディテールを詰めているところです。通信デバイスを参加者各自に持ってもらおうとしてたり、いろいろです。航続距離は?というお問い合わせもありましたが、これはTBI相当の200kmで大丈夫です。RRMでも300kmなんですよ(これは主催者努力!ホントに)ルート的なことも含め、いろいろ意見もありますが、先ずやってみましょうね。やらずに、出来る出来ない、良い悪いを議論するのは空しいし、それに SSERに寄せられてる誘致のお誘いは、魅力的なものも少なくありません。「僕たちは、やります。」日本って、まだまだいろいろな顔を持っていて、まだ見た事のない姿をキット見せてくれます。

9月から2ヶ月間に亘り、試走の旅に出ます。いろいろな人や道や風景に出会い、それを映像や紙で伝えるのではなく、半年後の春に紛れもなく参加する皆さんの、目に肌に、心に、直にお伝えできるんだと思えば、これほど心弾むことはありません。「日本縦断のコマ地図を作るなんて!」いえいえ、松尾芭蕉か、伊能忠敬になったつもりで旅に出ますよ。仕事は大丈夫か、って「それが、問題です。」あと、ただいまTBI2も強力に進行中!もしいままでのTBIに参加の経験が無くて、ツールドニッポンって思ってる方は、是非TBI-2への参加を検討してみては?益々熱くなる一方のSSER organisation,見逃せませんよ。

きょうの一枚
横浜の倉庫を改造した、無国籍レストラン、お店の道路をはさんだ前に、放置されていた、由緒正しそうな?椅子。欲しい人?

No.0317 – Organisation Voice 2001/06/15

横浜の暑い一日が終わりました。今日はそんな船積みにお集まりの皆さんをパチリと写したスナップ写真をご披露しましょう。この日の注目の筆頭は、なんたってバギー。完全フル・ハンドメイドなバギーは660ccのホンダアクティのエンジンをミッドシップにマウントした後輪駆動。リアショックは長大なストロークを持つ、「一生もん」だそうです。ホントはゴロワーズブルーにでも塗って、近藤さんのビッグホーンを真っ赤に塗ってプレイステーションとかって書いて、再現して欲しかったんですがね、あれを!ところで10台は出場するだろうモンゴルの4駆野郎達に、かましくれるんでしょうか。また、ガントルガを今年は誰がねじ伏せるんでしょうか。ガストンは「来年は必ず勝つ」といったものの勝負できるだけのマシンが用意できずに、昨年のストックのF650ダカールに、ヨーロッパから前後サスだけ持ってきて「勝つ」と勢い込んできます。またガストンやロワゾーが連れてくる3人のフランス人ライダーの実力は?などなど興味は尽きません。

きょうの1枚
1  ここでも春木、マツモトも姿が『どう最近?』『いや~いけてな いスネ!』みたいなコトを言ってる。
2  いまフラットツインの旧GSに乗せたらちょっとスゴイとウワサ の田中正一さん。狙うはフラットツインの完走?だけでなく上位 を目指す!!
3  バギードライバー スガワラテルヒト
4  そのあまりたくましくないE/6 660cc 3気筒
5  ビッグホーン改、軽量化のためCピラーよりうしろをとっちゃて ピックアップ状にしたもの
6  ギリギリで出場を決めて、横浜でまだこんなことをやっている ホソノ、『そのリムエライ曲がってるんとちゃうの?』
7  ドミネーターで昨年、最終日リタイアの雪辱を果たすか?上西さん。


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No.0316 – Organisation Voice 2001/06/15

今日は早朝より、モンゴル行き貨物を、10tトラックをチャーターして積み込み。やっぱりその量のとんでもない事にビックリ。こりゃタマラン!位の荷物。それで、トラックは一足先に、横浜へ向けて出発しました。ぼくたちというと、ミニバス 2台(コースターとバナゴン)で19:00頃に事務所を出発します。明日は 8時頃には現着予定、皆に会えるのが楽しみだなあ。

ところで、ラリーレイドモンゴルのエントリーリストをそろそろ発表しないといけないなあ。フランスからは5人のライダーと、1名のメカニックのエントリーが届いたよ。モンゴル人ライダーも5人、ガントルガ、ボルドバートルはじめ強力だ。交通警察隊の隊長も、今年はXT600を手に入れたと電話があった。2001パリダカを完走の細野孝雄選手も、先のチュニジアラリー帰りの武藤直哉選手、昨年活躍の伊藤聖春選手もスタンバイだ。春木編集長も出場。女性エントリーは4輪は2台、(近藤聡子選手・イスズビッグホーン、宇賀神まゆみ選手・同)2輪も2台だ。(弘津晶子選手・山浦木の実選手)

そうそうBMW勢はフラットツイン使いの田中正一選手、Fのダカールは小林邦之選手、それにガストンライエ、ロワゾーだ。バギーも走るぞ、フレームから全てオリジナルの2駆、エンジンはホンダの660シングルシートで、菅原照仁選手。バイク35台、4輪は10台を越える。さあ21世紀のラリーがスタートする。ツールドニッポン、12Hr.エンデュランスのインフォメーションはしばらくお待ちください。


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No.0314 – Organisation Voice 2001/06/12

うちの事務所の前には、パレットがずらりと並べられて、カミオン用の巨大なタイヤや、エンジンオイルの入ったドラム缶などが、積み込みを待っている。いよいよ今年もラリーレイドモンゴルが近づいてきた。この7年間で、世の中は劇的に変わったといっていい。初めて(いや2回目かもしれない)の試走のときは、ウランバートルに帰りついたら、あちらの政府の人が「日本も社会主義政権になったから、どうする?帰るか?」などと言う、何のことかというと、連立を組んだ自民党が、村山を首班指名したのであるよ。まだ民主主義のよちよち歩きのモンゴル人には、よく理解できなかったような出来事であるが、はるかゴビ砂漠から生還した身には、あまりにも漠とした話でよく分かりにくかった。

変わったといえば通信もそうだ。1994年当時はインマルサットのシステムを借りるためには、複雑な手続きが必要で、僕はといえば暑いさなかに目黒にあるKDDの研究所に行って、汗を拭き拭きレクチャーを受けたのも昨日のことのようだ。そしてそのインマルサットたるや、担当者がそれは大切そうに、わざわざ松山まで持って来たりという代物。またその重さも相当なもので、ウランバートルに僕たちが借りていたアパートが5階で、エレベーターは慢性的にとまってるもんだから、これを部屋まで上げ下ろしするのも大変だったんだ。が、今ではノートパソコン程度!なんだ。携帯衛星電話IRIDIUMも、実用化を一日千秋の思いで待ちに待ったんだが、 1年使用しただけで、会社がなくなった。ウランバートル市内はというと、恐ろしい勢いで携帯電話が蔓延しちゃった。固定電話のインフラが整備される前に、携帯が流行ったもんだから順序がおかしい。

でもこれも考えてみたら、いいのかもね。後は日本と現地の、通信手段が満足になってきたことも特筆だ。通信の革命はこうして実感できる。通信が国境を自由に越える。いつまでも国家主義のままでいいのかなあ。世界はナショナリズムに進んでいっていいのかなあ。などと中国通過貨物の高いコストとリスクに、胃を痛める日々と決別したいような気分の今日この頃でした。

きょうの一枚
これもCD写真集からの一枚、いい忘れてましたがカメラマンは治武(jibu)君です。故永山氏の薫陶を受けて、氏の意思をちゃんと受け継いだ人物です。ヘリに乗って身を乗り出して撮影するので、マイ命綱をいつも持ってきてはいるんですが、どうも命綱を引っ掛けてる相手(機体内のワイヤー)の方が、僕としては信用できないんですがね。

No.0315 – Organisation Voice 2001/06/13

ナショナル・ジオグラフィック2001.5のネタで恐縮ですが、賞金12億円の宇宙飛行レースがあるんだってね。アメリカはミズーリ州セントルイスにあるエックス財団が、賞金額1000万ドル・約12億円で民間宇宙産業の育成をもくろんでいるという。リンドバーグの時代には、飛行機による大西洋横断に賞金がかかっていたように、アフリカ探険にも幾つかの賞金がかかっていた。「黄金の都トンヴクトゥに辿り着いたものに」とかである。今となっては、なんでもない行為がたかだか1世紀前には、命をかけた大冒険であった訳です。で、この賞金レース、14日以内に高度100キロの宇宙空間へ2回有人宇宙飛行した最初の民間宇宙船に与えられる。んだそうで、すでに21チームが応募してる。紹介されてるどのプロジェクトもすごい。というかユニークだ。どうですかね日本も民間チームがエントリーしてみないですか?HPは今日のチェックポイントで紹介します。

きょうの一枚
RRM2000のCD写真集を発売予定!予価1000円。昨年の参加者には、無償で発送する 予定。その中から1点


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No.0313 – Organisation Voice 2001/06/11

今年のモンゴルのルートのお話をしようか。まず、今年は夢のような草原の丘陵地帯を探そうかと思ってる。濃いグリ-ン、緩やかに起伏を描きつつ地平の彼方に消える、あの信じられないほどに美しい、あの、緑の草原だ。昨年のエタップ7にあった、平原の尾根筋?も良かったなあ。去年の試走のことだ。大平原の緩やかな窪みにビバークした僕たちは、夜が明けるとモンゴルには珍しい深い霧に閉ざされていた。「何だこれは?」こんな完走した平原になぜにこんな霧が?走り出すと急に霧は無くなった。小高い丘の上から見ると、ちょうど直径3kmほどの窪みがきりに閉ざされている。朝日を浴びたそれは、まるで湖のようで、僕たちはちょうど湖の底でビバークしたみたいだったんだ。

あと、ルート的には不可能かもだけど、以前よく通った旧ソ連軍の恐ろしげな空港や軍事施設跡も、20世紀の負の遺産として、もう一度ルートに入れたいもんだと考えている、難しいだろうか。また、世界のメトロポリス、草原に還ったハラホリンとエルデニ・ズーはどうだい。3年前、あの3500mの高みでやったキャンバー走行と、荒涼たる稜線越えの不気味なほどの静寂のピストも忘れがたい。7年間の道のりは、モンゴルの全土に数え切れないほどの記憶を作った。 このモンゴルで繰り広げられる、ラリーレイドモンゴル。いったいそれこそが時代の中で、どこから来て、どこへ行こうとしているのか。

きょうの一枚
こんな事いうと怒られますが「イヤー言ってみるもんだねえ」なんです。HPでお願いした食糧の協賛は、ドリンク、缶詰から讃岐うどん、カップうどん、からお米まで、それは大量に頂きました。もちろん協力を惜しまず頂きました、多くの皆様には心より御礼を申し上げます。ただいま倉庫といわず、事務所といわず大量の物資が積み上げられています。ちなみにSSERは、事務所、ガレージ、倉庫の3箇所からなっていて、広いことは広いんですが、最近はA型の人が少なくて。


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No.0312 – Organisation Voice 2001/06/08

久しぶりに、本業のデザインの話でもしようかなあ、と思う。

でテーマは日本のカーデザイン。まずニッサン、あのシーマの趣味の悪さはどうしたの。あの忌まわしい過去に戻ることにしたのだろうか。あの異型ヘッドランプに組み込まれた、バルカン砲もかくやみたいなランプはなーに?で自分たちが言ってるように、本当に売れているんだろうか?とすると、やはり日本のお父さん方は、驚くほどセンスが良くない。と言うよりかなり右よりだ。思想については僕は書かない。しかし待てよ、ことデザインの世界においては、別だ。 東西冷戦後にきっちりと、世界の枠組みが崩れてナショナリズムが台頭して来てるんだった。グループマッチであれほど仲良く闘った隣のクラスも、クラスマッチになったとたん(ちょっと待てよこんなシステムって松山だけじゃないのだろうか)ニックキ競争相手、戦うべき敵となるんだった。いやあ高校教育ってのも素晴らしいなあ、って思う。

で、とどのつまりは一個人であるということだね。で、これは僕の持論だが、ワールドワイドなデザインは、とある国のナショナリズムを表現したようなデザインから現れるのであるよ。そう、デザインソースとしてのナチズム。AUDI-TTからTOYOTA/WILL-VS(WILLのコンセプトはどうしちゃったんだろう。辞めちゃったのかねえ。)でもあのステルスだか、のはいっったデザインは、どうひいき目に見てもナチが入ってる。マットブラックなんかに塗装したら売れるぞ、ついでに広告も「ステルス機能バッチリ!悪質な警察のレーダー波には反応しない。」ナンテコピー!僕は嫌いじゃないですWILL-ステルスじゃなかったVS.またこのVSなんてネーミングが、なんにか意味深。

きょうの一枚
AUDI-TT、Vs TOYOTA-WILL-VSのサイト。こんな危険なデザインでいいのか。どちらも僕は欲しい。


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No.0311 – Organisation Voice 2001/06/07

忙しい忙しい!毎日OVを書いて1年8ヶ月!デモ書くのがこれほど時間がなくなるなんて。といいつつ、ガレージではRRM用の機材や車両の最終チェックが急ピッチです。倉庫では、食糧からオイルまでウズ高く積み上げられて、その整理にも何人もの手がかかります。こうして海外遠征というのは進められていきますが、この倉庫の緊張感、通関の書類制作だけではなく、現地で確実な作業性とミスの無いパッキング、結構頭を使います。と言うか豊かな想像力が求められます。昔からスタッフや、もちろんエントラントに対しても「本格的な山を経験してる人がいいよ」などと発言して物議をかもしましたが、本当にそう思います。遠征隊の貨物は、現場での具体的なオペレーションが想像できなければ、なにやってるか分かりませんね。

こうして僕の海外遠征の旅は、1987年の秋から毎年のように、続きます。この15年のうちで海外遠征の無かった年は、 1993年の一年だけしかないことに気づきます。 遠征ったって僕たちのは、 40Ft.コンテナをたくさん送っての物量作戦ですから、じつはアドベンチャーなものではなく、ミニ軍事オペレーションのようなものにも似ています。しかるべきタイミングで、それぞれに決められたポイントに展開しておく。もしもそれが不可能になったときのための余力と、迅速なリカバーを可能とするフォーメーションを常に頭に描いておくこと。なんか普段の仕事にも似てますよね。


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No.0310 – Organisation Voice 2001/06/05

ご存知とは思いますがモンゴルへ送る貨物は、ひとまず天津港へ向かうんですね、そしてシベリア鉄道の支線?で、ウランバートルに着きます。この鉄道は北京-ウランバートルを経てウランウデで本線に合流して西へ向かえばモスクワ、そして東に向かえば黒龍江の北岸、要は中国国境北をナホトカまで行ってしまいます。この鉄道こそは極東の20世紀史の生き証人のようです。ちょっと余談ですが、この黒龍江 -アムール川ですが、中・ロ・蒙の3国が国境を接する町、満州里の近くから流れ始めますが、よくよく地図を見ると源流の湿地帯は、フルン湖という湖につながりそしてその水は、チンギスハーンゆかりのヘルレン川としてウランバートルのすぐ近くの湿地帯を源流にしており、その湿地帯からはツゥーラ川が、ウランバートルに柳の木やポプラの木々を育て、そしてバイカル湖に注ぐ、というスケールなのです。どうですか。こんな冒険行をするのはどうでしょうか、誰かチャレンジしませんかね。ここには日本人のえもいわれぬ郷愁と、遺伝子の古里を行く旅になることでしょう。ですが国境が川を何度も超えますからなかなか上手くいかないのではないだろうか、などと考えてしまいます。そう、いつも問題は国境。

話を戻しましょう、貨物輸送の話でした。 この中国を通過するというだけで、おそらく「極地行き」を除く世界一高い輸送費が発生してしまうんですね!と思ってたら、単位当りだとやっぱり日本国内の運賃ははるかに高いようです。もちろん高速道路も人件費も、ガソリン代も、何もかもが高い!から仕方がないんですけど。「じゃあ安くすればいいんだろう」と始まった価格破壊!さまざまな問題を喚起していることは枚挙に暇が無い。

とりわけ最近では、例のセーフガード、僕はてっきり「政府ガードだって思ってた」って言うのはいつぞやこの OVに書いた。誰が考えてもおかしいんだが、これも誰もが予測しえるとおり中国側は報復措置を取ってきました。まあ、ネギの輸入を規制されたので、自動車の輸入を規制してしまうんである。なんか戦争の入り口のような匂いさえする。中台問題も日本の対応はおかしいんだけど、まあここでそんな事を言ってても仕方ないしね。

で、僕たちの貨物は、いずれにしてもまずは中国を目指す。 2年前に大型のカミオンを送ったときは、コンテナに入らないものだから、貨車の台車の上。これだと輸送中に散々な目に遭ってしまってるのである。(どんな目にあったかは省く)輸送業者曰く「中国ってのは、こんなところですから」それで終り。貨物保険も引き受けられにくい。当然賠償もされない。「こんなことでいいのか!」こうして8月中旬のラリーの貨物を 2ヶ月も前から送るというには訳があるという事なのです。早く世界から国境を無くさないといけないです。

きょうの一枚
座右の書、は何かといいつつ「地図!」だということを忘れていた。この世界地図はもう軽く10年以上は、僕の机の上にある。もちろんロシアなんて「ソヴィエト社会主義連邦共和国」サンクトペテルブルクなんて、ない。レニングラードだぜ。でこの間、映画のスターリングラードって街を探したけど無いんだ。キエフかなあ、なんて思うんだけど。とまれ地図はいいよね、いつでも世界旅行に連れて行ってくれる。


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No.0309 – Organisation Voice 2001/06/04

新聞を見てると、毎日どうしてこんなに面白いことがあるのだろうか、と思うね。今日の朝刊には「山梨県は3日、富士山の噴火を想定した火山総合防災訓練を実施した。」で富士山を背景に消防車が一列に並んで、一斉放水なんかしちゃってる。どうも内閣も、ハザードマップを作成する。どうもその筋では、富士山噴火ほぼ決定でうごいてるようだし、ああ、あの富士山はどんな形の山になってしまうんだろうか。僕はとっても心配だ。

さて、RRM2001の船積みが迫ってる。急遽ではあるが、横浜港1本に絞らせて頂くことになった。この最終通知は参加者には、明日付けでお届けできる。全く困ったと思われる方と、ヤッター!と喜ばれる方とに分けられてしまいました。ごめんなさい。最後まで参加者で私ども主催者と同じ便で、貨物輸送を予定されている方に少しでも安く提供しようと思ってたら、こんなに迷走してしまいました。大変ご迷惑をお掛けしました。せっかく横浜だから、中華街よって帰る?

きょうの一枚
通販で買ったナショナルジオグラフィックのIMAXフイルム製作チームによる写真集だ。IMAXでエベレストは見損ねたぞ。で、何年か前、どっかのフリースの素材メーカーのビデオでも登場。「今回の遠征で最も危険だったことはこのヘリに乗った事だ。」なんてナレーション。そう、エベレスト遠征隊が、そう思うのか。旧ソ連製のヘリって。

No.0308 – Organisation Voice 2001/06/01

ビブムースのご案内が出来ることとなりました。まずは、TBI-2およびRRM2001から供給。世界生産数も少なく、保存期間と試用期間が厳しく決まっているのと、そういう理由から、一般公道での使用を禁止しているのです。もちろん法規制ではないらしいんで、あくまでもメーカーとしての自主規制ですから、われわれとしては、それ(使用期間)が守れる方に、イベント毎のタイミングでフランスからの空輸を受けることとしました。お申し込みは下のフォームから可能です

きょうの一枚
メデイアの持つ力は大きい。時には一冊の雑誌が、人生を変えてしまうことだってある。テレビ番組に影響されて、新しい道に踏み出すことも、やはり少なくない。だからといってそれは、メデイアの責任か?というと、そんなことはない。ただ人に影響を与える力、があると知って充分に心して、作って欲しいとは思う。書庫を整理してると、1985年のライダースクラブ8月号が出てきた。一部のエンスージアストには、まさにメモリアルな一冊。ガストンライエミーティングやクラシックに、この一冊を持ってきてサインを求める「その道の方」も何人か見かけた。ここにある僕の一冊もそうだが、彼らのも一様に、丁寧に読まれたあとがある。かといって新品同様というわけではない。

数年前には、この本の数ページをコピーして送ってくれた友人もいる。同誌の別の特集は、SSDTもカラーページとモノクロページの美しい文章によるテキストでリポートされている。「これもいいじゃないか。」と別のカテゴリーのファンにさえそう思わせたはずだこの一冊の雑誌がもたらした影響。例えば編集者にとっては「編集者冥利に尽きる」とでもいうほどの絶賛。それは「ああこの本は一生手放さないぞ」と思わせるようなところだ。または表紙を見ただけで、本文中のページ構成や、企画内容まですぐにわかるところだろうか。ちょうど愛聴のCDの曲のつなぎが、まるで一つの曲のように感じられる、あの感覚に似ている。というわけで今日の一枚はこれ、1985年8月号!

 

No.0307 – Organisation Voice 2001/05/31

さて、もうすぐ通算では何度目になるのかは覚えてないけど、モンゴルへ出かけます。1994年から始めた試走の旅は、実に8年目。ゴビ砂漠や草原で、またはとんでもない場所で結んだビバークの夜は、おそらく本番もカウントすれば300夜は下らないのではないか、そんな気がします。どうしてそこまでこの地に通うようになったか。例えば中国西域タリム盆地やタクラマカン砂漠、シルクロードの要衝として栄えた街。敦煌、楼蘭、カシュガル、ハミ、またはさらに西方、ブハラ、サマルカンドと、これらの地名をひとたび口にするか、耳にでもしたとたんに、デジャヴにも似た、激しい郷愁の念にかられます。

ところが、かつて旅したこれらの街は、いい意味では発展し、異文化と異民族が上手く融合し、中央アジアのエキゾチズムを、色濃く撒き散らしています。しかし、もう一方の目からすると、例えば中国に支配されたそれらの街は、どこのもかしこにも、深紅の幟と横断幕に金紙で貼られた漢字。「歓迎」というようなことが書かれているんだろうが、もう単一国家にしたい中国の圧政ぶりと、内陸部の少数民族の疲弊した笑顔、漢文化と、爆発した人口を養いきれずに、砂漠もかくやと、荒廃していく大地。なんか贔屓目すぎるぞ、とお叱りを覚悟するんであれば、モンゴルの大地のなんと清廉なことか、空気が際立って美しい。人の暮らしも美しく豊かだ。確かに、多くの遺跡の残るシルクロードの町々には、興味は尽きない。

しかしひとたび荒野を走るとなると、この地に勝る地が、この地上にあるとは思えない。「だからだ。」こんなに長く続けられるのも。


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No.0306 – Organisation Voice 2001/05/30

ラストTBIに沸いた5月ももう終り、つかの間の好天が続いたかと思うと、今日あたりからは、そろそろ梅雨空が広がり始めました。 SSERの事務所の中では、モンゴルに向けて船積みする貨物の準備が、日増しに緊張感を深めております。試走に行くチーム(って僕たちですが)のタイヤと食糧は先送りしちゃいました。それにしてもモンゴルという国は遠い、です。中国を通過するというだけで、なぜにこれほど時間とコストがかかるのでしょうか。これから、ルートと燃料の輸送に関すること、現地での様々なオペレーション、メディカルに関すること、食糧の供給やモンゴル国内のロジスティクスの面、いやっ!てほどの関係機関との交渉。

いつもながら思うのですが、ラリーを行うということにかかる、下ごしらえの膨大さは半端ではありません。その上にTBI2のルート制作も来週(1週間近い旅)その次の週はなんとYUSUHARA2DAIS(SSER)のルート制作合宿!そして神戸船積み、試走出発。帰国後TBI-2。終わるとすぐモンゴルへ!帰ったらツールドニッポンのルート制作の旅の前半部分(約3週間)SSERのため一時中断して、と考えてたら「こりゃとんでもないなあ」と思いません?これ、佐伯選手のスケジュール。このあと彼は、年内何日家に帰るんだろうか?

きょうの一枚
メディカルチームが土日返上で、作業中。レントゲンから点滴セットまで、揃っているのでした。

No.0305 – Organisation Voice 2001/05/29

モンゴルの試走の準備やら、本番用の準備やらで全く多忙を極めていて、「彼方へ」も更新していないし、このOVも力が入っていないことおびただしいではないか!というセルフチェック機能によって「よーし、やったる!」と久しぶりにパワーアップしてるのでした。

さて、それにつけてもモンゴルの今年最大の問題はヘリ!なのです。ご承知のとうり冬に事故があって、その対策として始まった法 規制では、キャビン内のエクストラタンク(2000L)が設置できなくなった、さらに機体数が厳しくなってしまった、ということでエアメカは、ただのメカまたはグランメカとでも呼びましょうか?ルートも安全確保とヘリの航続距離や燃料補給システムなどの面から、相当の制約を受けるだろうということで、深夜までモンゴルの航空ナビゲーションチャートとにらめっこしながら、最終ルートプランを練っています。ご期待くださいね。

さてこのHPの読者の方に協力のお願い、その2.前回の食料品の協力依頼は継続中ですが、多くの協力のお申し出に大変感謝しております。今回は「ボルドバートル君たちにバイクの協力のお願い」ラリーコンプリートのバイクを、お譲りいただける方、またはお貸しいただける方、その他何か情報のある方。もちろん有償、無償いろいろと考えられますが、とにかく6月16日に神戸から船積みいたします。ご協力をお願いいたします。

きょうの一枚
RRM2000で総合3位のボルドバートル、17歳のときよりRRMに出場。この大会では1つのSS優勝を遂げています。いいマシンがあれば、総合優勝ももちろん狙えるんですが。


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No.0304 – Organisation Voice 2001/05/26

今日の日経新聞に「IT特区」構想!という記事が載っていた。IT特区?なんじゃそれは?中身よりもそのネーミングのセンスの無さを疑うしかないぞ。それでも記事によると「(前略)構想によると、特定の市町村や再開発地域などをIT特区に指定し、関連規制(河川法とか建築関連の諸規制だ)を撤廃するほか法人税や消費税などの優遇策も導入。企業活動の自由さや通信コストの低さなどをてこに(後略)まるで中国に記事かと思ったら、なんと日本のお話し。

これが政府の経済財政諮問会議の答申?ただでさえ不公平な税制をさらに不公平にしようというんだ。まあこのHPの性格からそんなこと、どうでもいいけど、どうせやるのなら公平、公正が原則じゃないんだろうか。あっ、そうか原発の町をIT特区にするのはどうだろうか。

さてそんなことよりもモンゴル!RRM2001のカウントダウンが始まってます。事務局では、試走の準備と船積みに向けて最後の調整が続いています。

きょうの一枚
先日のOVで紹介させていただいたさぬきうどんシリーズの見本が早速届きました。ありがとうございます。食料品や飲料類の協賛・協力していただける方、引き続いて募集中です!

No.0303 – Organisation Voice 2001/05/25

旅の本の続き。あっ、その前に「讃岐うどんありがとう!」一昨日の「食糧募集!」に早速にも讃岐うどんのカップめん!の提供の申し出がありました。ゴビ砂漠で食べてるとこや、商品撮影しますよ。ありがとうDさん。あ、それとIさん。明日は大丈夫だよ。というふうにメール代わりにこのOVを使ってしまってごめんなさい。

もうひとつの僕の座右の書が出てきた。「四国の交通史」平成11年に四国地方建設局(当時)発行で、そこ(マルケン)の仕事をしてて頂いたのですが「これこれ!」僕が探してたのは。ホントに本は便利です、知りたい知識を満たしてくれたり、いつでもどの時代にも導いてくれます。第一自分で調べてたら、とても時間がかかるじゃない。

きょうの一枚
今日の一枚は、そう四国の交通史の表紙、今年のTBIでは江戸時代の讃岐街道を通りましたのよ。


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