No.0082 Organisation Voice – 2000/03/21(月)

先週末の土・日、僕は全日本ジムカーナの開幕戦にヨンドコロナイ事情の仕事があって行ってきました。関東地方の杉花粉の発生源みたいな杉材の中にある浅間台スポーツランド。アサマっていうくらいだから最初はてっきり「おっ軽井沢かよ!?」と思ってたのに。。。。。で僕はモータースポーツの将来を考えましたね。メールで同じ心配を寄こしてくれる藤井君!考えましたよ。それにマツモトさんマッテタノにこなかった。もうこうしてカタカナデカクダケデマツモトサンヘノメッセージニナルトコロガスゴイ。なんか昔の電報みたいになっちゃいました。でも今、彼のオカゲデ、カタカナ表現が広告業界を中心にブレイクしてますよ。実は僕、コピーライターなんです。で、カタカナ、バンバン使ってドウダマツモトセンヒャクゴジューダ!みたいなコピー書いているんすけど、ハッキリイッテマツモトのコピーのコピー。なんじゃいな。

でモータースポーツの将来はドーナルノカ。ハッキリイッテソートーキビシイデス。どこの現場でも見かけるのは(というより主力は)40代。よくて30代。狭苦しい業界的世界作って内輪話とフーゾクの話で盛り上がってチョン。若く情熱にメラメラしている若者ってオヨビジャナイっすね。だから、でもジムカーナって競技は、ある種武士道的で、芸術的でイイんですけどね。100分の1秒を競うわけであって、で一緒に行ったカメラマンが「そのうちネット上でやれるわねぇこりゃ!」という訳。騒音もナシ。排気ガスもなし腕だけの世界。いっそ、ひとりづつ見詰めあって額から脂汗流していきなり「参りました!」とかって座り込むの。これじゃあモータースポーツの将来を考えたってコトにゃあないか。もっとマジメに書きます。次から、ネッ

きょうの1枚
ガストンライエVSヤマダテツ対決セガラリー。 ボクの2戦2勝。ヘッ。でもどーみても僕はヘラヘラ、でもドライビングフォームはバッチシなんですが、ガストンはサイドブレーキを使ってる? えっセガラリーにサイドブレーキあんの?!


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No.0080 Organisation Voice – 2000/03/16(木) 12:00

INNOVATION OR DYE ! いま、殆んど全てのモノ(例えば企業やイベント、または人)に突きつけられている、まあ「HOLD-UP」みたいなモノです。なぜか? それは変化しなければ生き延びられない!という進化論的なおハナシ。「な~んだ、また絶滅論かよ!」というあなた。その通りです。僕の場合もう~こういうコトは言わん!なんて言ってるのはコレからいっぱい言うぞ!というような宣言のようなモノなんですね!? でイノベーョン オア ダイ。エンデューロイベントなんか、とっくの昔に突きつけられてる。そんでもって全ての行為がそうなんですね。「変わらなきゃ」ってむかしNISSANが広告をして、次には「変わらなきゃも変わらなきゃ」ここです、ポイントは。そしてむかしむかしParcoの広告だっけ、「そろそろ次のコト」ってのがありました。もう30年も昔のハナシ、イトイのコピーだと思うけど(違ってたらスンマセン)もっともっと大昔から、平家物語でも方丈記でもまぁ全てにおいて形のあるモノは無くなる、栄えるものは衰える、生あるものは必ず死す、とありますよね。というコトはそんなにジタバタするコトではないような気がしますね。しかし、そう悟り切れないのが悲しいところです。

そこでなぜ変わらなければいけないのか、というおハナシをもっとしようと思います。いうなれば空気が薄くなってっているとしますよね。そしたら薄い空気でも生きられるように変化したものしか生き残れません。それを順応といいます、例えがキワどいですけど。まぁそんなようなモノです。つまり順化していかなければならないわけです。でもしなくてもいいんです。INNOVATION OR DYEとは変化しなければ死んでしまうぞ、だから変化しなさい!と言ってるワケではない。変化を拒んで死んで行くのもまた美しいものです。無くなってしまう、失ってしまう美は、まぁニッポニア・ニッポンにもにて少し凄絶な感がします。ゆくかわの ながれは たへずして しかも もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは かつ消へ かつ結びて ひさしく とどまりたる ためしなし なんです。少し入りかけてるでしょ、道に。

きょうの一枚
ラクダ。最初モンゴルの高緯度地帯でラクダを見た時は、驚きましたね。だってココでも札幌より高緯度で標高2000m以上あるんです。水も緑もあってナンデ、ラクダなのって感じなんですよね。でもラクダ、結構寒さに強いんですね。あっ花鳥風月のハナシ。こういう砂丘と水のエリア、昔すごいビバーグがありましたが、敦煌の月牙泉を思いますね。嗚沙山(砂丘)のふもとに泉がこんこんとわいてるんですね、で月牙というのは三日月のことを言います。そう思うとボクはいつもサボテンの月下美人を思い出します。どーです花鳥風月でしょ、えっちょっと違う?ウーン。


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No.0079 Organisation Voice – 2000/03/14(火) 12:00

ロードバイク(自転車のね)で走ると、道が悪いっすね。掘っては埋め、掘っては埋めた舗装路の継ぎ目がシビアで、そーか、みんなATBになる理由が解るなー。とそんな事を考えながら公共工事の無秩序さや、車椅子の人って通れないじゃないか、などなど立派な社会人のような事を考える昨今です。昨日は同級生で仕事仲間のT君と高速道路を移動しながら、人類はあと何世代で絶滅するか?(あっ、絶滅ってコトバを使うのはやめよう!とおもってたのに)などという話をしてました。電磁波障害やら環境ホルモンの影響が2世代目で顕著になり3世代目は相当ヤバイ!とか2020年までには中国の人口爆発と高度成長(つまり1次産業離れ)で田畑が荒廃し(もう相当してる)深刻な食糧難が、などなどとにかく暗い話ばかりになった。がクルマの外はまるであのブルーアイランドのときもかくやという、暖かな陽光に包まれた穏やかな春の日。「僕は歌人になる」だの「世捨て人になる」とか 「一大スペクタクルの大ドキュメンタリーを創る」などなど訳の分からない事をいってるんすねえ。で、山へこもって晴耕雨電(コンピューターのこと)の生活をするんだい。誰が?って、僕。で、ついでに言えば晴れた日はバイクで山河を駆け巡り、あ、畑も耕します。雨の日には仕事を少ししたりする程度で歌を善くして、花鳥風月に生きるんだい。そこでまもなくスタート予定のGlobe Competition Inc.のHPで僕の一日一首を始めるからね、そちらの方もよろしく。

きょうの一枚
Team GASTON/YAMADAという最強チームが誕生。世界No.1ライダーとタッグを組んだらほらコノトウリ。ガストンの目つきも違うでしょ。で対戦相手はというと女の子2人組。あっさり負けちゃってるんすよ。「目がついていかないんだ?」「ノーノー、胸の谷間が!」というわけ。なにが花鳥風月じゃい。


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No.0078 Organisation Voice – 2000/03/13(月) 12:00

すっかり春です。山へ出掛けてみました。もちスーパーNのルート制作です。でも林道は雪でグチャグチャ、斜面はヌルヌル。おまけにノーマルタイヤの4×4トラックで行ったものですから、ちょっと敗退。よーしバイクで再挑戦○月○日早朝より出撃。あの○○山のリングワンデリングを征服してやる!!と意気盛んなのはいいのですが...肝心のバイクがバカデッカイのしか無〜い。どうしよう。

さて、久しぶりにPARIS-DAKARの話、というよりParisの話。PARIS-DAKARでパリに行くのは実は様々な楽しみがありますよね。なかでもそのひとつがルーブルとオルセー。見事な絵画などの収蔵品もそうですが、ルーブルなどのディスプレイなどの見事さったらありゃしない。たっぷり1日かけて見てまわるとコンディションくずす程のスゴさです。オルセーは比較的新しいんだけど印象派のコレクションは圧巻です。モネ、ゴッホ、ゴーギャン、マティス、モディリアニ、シャガール、ほんと立ちすくみますね。印象派の絵画は主に2階。駅舎を改装して作ってあるんで壮大な空間がスゴイですね。ヨーロッパは駅もまたスゴイんですね。春の野山を愛でるのと同じように絵を愛でる日々は、とってもいいですね。さあ、花の季節がやって来ましたね。待ちに待ったシーズンの到来です。いかがですか、そろそろみんなで走り出しませんか。

きょうの1枚
RRM ’99、まだ誰もゴールしてないビバークの1枚。エントラントは、どっちから帰ってくるのでしょうか? 黄色いジャンパーは東京からやって来た整形外科医の織間医師。六本木の飲み屋で知り合った?関係。今年もやって来ます。ちなみに先生の前のゲルはメディカルセンター。センターってほどじゃないけど、でも設備はモンゴル1ですよ。


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No.0077 Organisation Voice – 2000/03/11(土) 12:00

昭文社のツーリングマップルの2000年モデルが届いた。おまけにこれの編集をやってる桑原氏からTELがあって、ナンカやらんとイカンですね!というので「僕はやってる!」というコトを言っちゃった。で、この昭文社TBIにもカル〜ク、スポンサードしてくれているんですね。へへ。で地図のハナシ。僕は子供の頃から地図が好きだ。コレクターという程では無いが地図はいっぱい持ってる。ナンたってパリ・ダカやパリ・ルカップ、パリ〜北京、モンゴルで、あっという間にそのストック量が増えた。ベッドサイドには世界地図の古いのが置いてあって、寝床に入ってこれを広げる。そのまま夢の世界へ入るってわけ。きのうの夜はバハマ諸島あたりにヨダレが着いてたし、このあいだは、シベリアあたりでどこか面白そうなトコロはナイか、と探してた。インターネットで世界地図が検索できたり、地形図がズームなんかしてダウンロードできるサイトもブックマークがつけてあるし、あとナショナルジオグラフィックのおまけの地図集めに余念が無い。

ところで集めるといえば、僕の右斜め前のデスクのMAC使いの娘が、チョコエッグを集めてる。殻は僕が食べるんだけどMACの周りはおまけのヘンテコリンな動物でいっぱいだ。で、よく聞くと、レッドデータブックに載ってる動物たちなんだって。絶滅。なんか最近良く使いすぎるコトバ。これを使うのをヤメよう!!

きょうの1枚
地図といえば、かつて世界の中心はモンゴルカラコルム(ハラホリン)の時代、こんな大きなゲルが立ってたころもあったんだろう。これは世界最大のゲル。パレス(宮殿)なんだ。ちょっと写真じゃ大きさがわかんないかね。ラリーレイドモンゴルの大表彰式はここでヤるんすよ。200人は軽く入る?


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No.0076 Organisation Voice – 2000/03/10(金) 12:00

このオーガニゼーションボイスに「ロードバイク(自転車の)が欲しい。」と書いたら、きのう届いた。ありがとうね藤井君!ていねいに届けて頂いて...。もう来る人来る人みーんなに自慢。ついでにお昼ゴハンは遠くまでお出掛け。あー気持ちがイイ。ケドなんか吐き気。メシたらふく食べてペダル全開で帰ってきてしまったので。ウェッ。藤井君!僕は体力がない。次はカーボンフレームにしてくれ! ところでTBIのルート制作はピッチがあがってきた。僕は来週はSUPER-Nのルート制作の為、山へ行く。で3月18日19日は千葉の浅間台スポーツランドでナゼか全日本ジムカーナの開幕戦に行ってる、「どうマツモトさん、そこで会いますか」(ごめん私信でした。)ナゼカ?それは言えん。が来ればワカル。ということ。モータースポーツのある暮らし、ですねぇ。さて、この昨今、僕の一番気になるハナシ。20代前半の若者のオフロードライダーがレッドデータブックではないか!?という危惧。どうなんでしょうか?どうすればいいんでしょうか。僕も考える。君も考えてメールを下さい。そろそろ実行に移らないとホントにヤバいですよ。絶滅しますよ、きっと。ホンダさんもヤマハさんも、もちろんスズキ、カワサキさんも、どー思いますかこの件について。他のイベントの主催者の方々はどう思ってるのでしょうか? 僕は知りたい、本当のコトを!

きょうの1枚
大平原の交差点。これはモンゴルの西にある、まあ国道1号線と2号線の交差点。東西へ行く左右100mくらいに広がったピストと南北へ行く30mくらいのピストが正確に90度で、しかもかたやCAP 0-180度、かたや90-270度という、どうしてこんなにピシャッなんだろう。ちなみに1日居ても通るクルマは1台のトラックのみでしたけどね。いいでしょう? 


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No.0075 Organisation Voice – 2000/03/09(木)

すっかり春です。僕のG/Sも、そろそろ走り出します。以前にも書きましたがSSER等のイベントのルート制作用のマシンを選定中です。ナニがイイと思いますか? 2stの輸入マシンも欲しいのですが...というコトで4月1−2日のスーパーNには「輸入エンデューロマシンの大試乗会」を行います。「エントリーしてないけど試乗会だけ行っても良い?」という今藤クン、OKです。でも泊りはオートキャンプ1,000円ですって。まぁ、そんなこんなで僕たちの次期戦闘機もそろそろ決まるでしょう。そのうえ、4月からはBMWでのツーリングも再開です。ホントに素晴らしきかなバイクライフ(笑)というところですが、僕たちは困ったコトに4輪にもハマッているんですね。PARIS-DAKAR 2001にも出よーかなぁ?と思ってて、PARIS-DAKAR 2000はちょっと2〜3訳あって行けなかったの。で、うちのガレージには’98のPARIS-DAKARにエントリーしたランクルが全バラ状態で置かれてます。びっくり!するくらいコストかかってんのに、たった!!アフリカ1日目でツブして、走行距離3000km新品同様、ケブラーボディの奢られた超軽量マシン。ターボもスンゴイのがついてて、もおう加速する時やウイリーだし、(という程は速くないの、ディーゼルだから)でも修理してまた走らすのにミッションやらトランスファーやらナント、フレーム交換でン百万、ヒトコケン十万円ナンテ! ハーレーだっけ?可愛いものですよ。曰く「まぁーええやんか、ポルシェ買って、その日にガケから落とした!と思えば」だって。トホホホ....。

きょうの1枚
トホホなついでに長谷見さんのテラノ。どう、こんなの1台ガレージにあるだけで結構いつまでもイケますね。そういうマシン(例えばバイクでも)が在る生活って、自分の感情の変化が計れますね。「いつまでも少年のままいられるか」 息子がクルマ買ったから、ガレージにスペースが要るんでステてしまおう!なんておとうさんも居るんだろうか? このHPの読者にはその心配はないか?


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No.0074 Organisation Voice – 2000/03/08(水)

いきなり山ちゃん(The Talkにも出ているオフィシャルの山崎さん)がやって来て、最近ORGANISATION VOICEの原稿量が少ない!とクレームをつけるんで、きょーは、長々と書いちゃる。本当は言いたいコトや書きたいコトなんか山のようにあって、我慢してるってコトを知らない奴のモノイイだ。でも言いたいコト全部言えないのはキビしい。この前「小林 よしのり」という漫画家の名前をちょっと書いたダケで過剰に反応して来る読者がいる、で思想と政治と宗教には触れれん!となったらナンに触れればイイんだ! アメリカズカップなんてもうイイ!という声もあるんだけど。(きょうはこの前段に続くのはアメリカズカップだもんね。)でもラリーやバイクやそんな話ばっかりじゃ面白くないでしょ? あっBMWの650GSって出ましたね。でも僕は工業新聞だか産業新聞(へへっ長くしてるんよ)で小さな写真をチラッと見ただけでBIG TANKの春木クンとTELで「イイよね」「そう?」というハナシ「そう?」と言ったのが僕でした。もうホント心配してたのパリ・ダカ優勝記念フルレプリカマシンなんか出たら、どうしよう、と思って。絶対に買っとかんといかんけど金無いし、買っても乗らんし(ゴメン)でも1100SベースのGS出たら買うよ。でレイモンド・ロワゾーとガストン・ライエがその2000年パリ・ダカモデルでモンゴルへ来るのね。欲しいなぁ。って思う主催者って、やっぱり変?

さて、アメリカズカップ、書こう書こうと思ってて忘れてたんで、きょう書く、と決心。僕の応援してたイタリア艇プラダチャレンジ・ルナロッサ(やっぱり赤い月って意味っすかね、チガウ?)は、なんとナント、NZ艇に5戦5敗。5戦目にはNZ艇は2軍を出して来る。勝負の世界のナント厳しいコトか? 最後までエース級で闘って欲しいよね。でニッポンがどんなにしても歯の立たなかったルナロッサ。それを赤子の手をひねるよーにやっつけちゃうNZ艇。いったいどーいうコトだ。再びアメリカズカップは南半球の島国に留まる。ことになった。僕は思う。文化だ文化が違うんだ。いや文化というには、あまりにも違いすぎる。日本艇なんて技術的には世界最高峰。追随を許してないってのに勝てない。そー、技術を超えた精神の領域。なんかね、ワインとか旨い国じゃないと勝てないんじゃないのかね、アメリカズカップって!!って言ったらナンのコトか!?と言われるけど、まぁ解る人には解るタトエ話ですって。僕の友人がオークランドに行って全部のシンジケートをのぞいて来たんだけど、日本はね1回目に行った時は「オッ、イイネェ。イイ感じ」って思ったんだって。で2度3度行くと「ナニ、ナンノ用ヨ、マッタク」って感じだったんだそーな。でアメリカチームやイタリアチームにも毎日行ったそーな(もうイイカゲンにしとけばいいのにさ)でも毎日ウエルカム! つまりチームとしての精神的余裕などの違いはこれでもわかるよね。でもニッポンチャレンジを僕は快挙だと思ってるし、応援してる。HPで読んだ敗けた時の山崎会長のコメントには胸を打たれた。挑戦する、というコトはナニを超えても僕は尊いものだと思ってる。ところで若い次の世代、ちゃんと育ってるかい? 僕たちの世界。自分だけ挑戦してるんじゃなくて、次の世代の挑戦者を育てなきゃあね。

きょうの1枚
ロシア製のバイク。ナニがスゴイことか?というとディファクトスタンダードであるというコト。つまり事実上の標準。モンゴルにこれしかバイクが無いわけではないけど、このバイクなら、どんなトコロでも部品が手に入り、だれでもマニュアルが頭に入ってて直せる。この国にハンターカブなんかイイんじゃないかなぁ?と思ってたけどダメ。そんでこれが早い早い。


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No.0073 Organisation Voice – 2000/03/07 (火)

ようし今日はアレについて書こう!と決めてるんだけどイザ書くとなるとアレッナンだったっけ?という感じです。で書きはじめてから考えるというありさまが続いています。 さて、スーパーNもまもなくで2000年のSSERシリーズがスタートします。今年はね輸入エンデューロマシン試乗会を併催するという、いとも変わった趣向ですね。でも、ちょっと憧れのあのマシンに乗ってみたい.....と思う向きには最高の企画だ!!と思ってます。で、イベントもメディア(媒体)だと思うんですね。TV、新聞、雑誌などと同じように(まあ全く同じってワケじゃないですけど)でもメディアに必要なものを兼ね備えてはいませんけどね。でも、人と人を継ぐ媒体、人と情報を継ぐ媒体、メディアのひとつとしてのSSERでありたいと思ってます。人とバイクと社会との「と」役=プラガビリティ。

きょうの一枚
1999年エタップ4のゴールのゲルのおばちゃん。右奥に並んでるのはSSER用スタッフのゲル、試走の時にこのいちばん左のおばちゃんちにお茶を飲みに行くって約束してたのに、この本番の時も行けなかった。試走の時ここにキャンプしようと思ってクルマから荷物を降ろしたら、このおばちゃんたちがやってきてサッサッと手伝って終ったと思ったらサッーと帰っていくの。変なの。


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No.0072 Organisation Voice 2000/03/04(土)

ナンの続きだったのか? ・・・で、その何もかも錯覚の都市生活からポッツーンと荒野に放り出されてみれば...という極論の行き着く先が戦争である。その戦争の現場に行くと(行ったことないけど)実に活躍する奴がいるんすよ、これが。普段の都市生活ではもうひとつ!と思う様な奴に多い。そんな奴は、野生の本能の保存されてる量が多いんだね。この手のラリー運営の場合、大量の物資を投入できるんならいいんだけど、徒手空挙にほとんど近いような物量をキメ細かく配備し、送り続ける。予定の隊が予定の位置に進出していてくれないとマズイ、絶対にマズイ。それにしても全てが最低必要量の80%くらいしか用意できてない。「それで考えてナンとかヤレ!」というのが作戦本部からの指示。ボクなんかRCPの上を時々ヘリで通りかかって、気が向いたら降りて「コーヒーある?」なんてぐらいだから、結構嫌われてるのかなあっと思ったら、そーでもなくてOFFICIAL STAFF兵士達とつかの間の逢瀬を楽しむ「次はいつ会えるかなぁ」「ガンバリマス」。戦争に勝利するのは『戦略感』と『物資』と『モチベーション』そして『持久力』、これ全ての闘いに言えますね。ビジネスにしてもね。まず戦略感...これが問題。「正義はどーも2の次、3の次ですね。」で、ハナシは変わるが小鶴 哲也は元クライマーである!!というトコロで共通点を見出して「エ〜ッ、滝谷とか前穂東壁とかやってたんだ」ってなところで、ある意味、戦争経験者のよーなもの。で、良くいうんだけど山の経験者達は、一種の戦争疑似体験をやってて、なかなかイイ。1人で登ってるヨーナ奴は特にイイ。でコミュニケーションが下手だから1人で登ってるのか?というと全然そんなんじゃなくて、結構自己責任、自己完結型で自らを磨いてるんだね。もっと深いハナシにしようと思って書きはじめたけど、難しかったね、テーマが。避けて通らないといけないよーなコトが途中から多くって...。

きょうの1枚
ミトンさん。フランスからやって来たOFFICIAL STAFF。本職は絵を描く人。とっても陽気でステキ。もう1人フランス人プレスのクロードってのが来てて、2人でフランス語でおハナシするの。あたりまえ!?


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No.0071 Organisation Voice 2000/03/02(木)

戦争論! のようなものではナイ。 “小林 よしのり”という漫画家のハナシをするつもりではない。まして右とか左とか、公とか私とかというハナシでもない。が、戦争論だ!どーだ小林クン。 ところでナニかしら、すっかり春めいてきた。梅も見頃だし、きのうの朝からジョギングを再開したぞ。ボクのことを三日坊主か?という奴がいるのだが...実は、まぁそうだ。でー、昨日からこの「デキニチ」のThe Talkコーナーに”小鶴 哲也”という九州男児のRCP物語がUPされたのは知ってるね!ボクはこの筑豊に住む”小鶴 哲也”のことを思うと「シンスケシャン」を思い出す。ナンのコトだ?「青春の門」である。で、「青春の門」の中!じゃなくて”小鶴 哲也”の文の中に「でも仕事を全面的に任せてくれるのが一番いいことだ。」と書いてあった。『サスガ、シンスケシャン。ソノトーリヨ!』と思うのであるが、任されるのも難しいが、任せるのも難しいのね。で、このオペレーションがまさにタクティクス、戦争である。戦術の重要なFactorは兵站輸送、つまりロジスティクスなのね。えっ日本語もわからなけりゃ英語もわからん?ゴメン。かつてフランス人(ちょっと記憶違いかもしれませんが、あの名優クロード・ブラッソー、そうラ・ブームでボクのソフィー・マルソーの父親役だった)が「冒険は戦争のオルタナティヴである。まさしくパリ・ダカールはそれだ...」そして「バラと酒とタキシードの日々をしばし忘れて身体中の血を浄化しに行くんだ。」キャーッ!って感じっスよね。 戦争そのものの是非は、紛れもなく”否”であることは世界の常識だが(その常識がホントは疑わしいのだが...)しかし、ボクは少し言いたしたい。それは男(ゴメン、人間)の本能の部分だ。あなたの持つ野生の本能は、通常は眠らされている。一般社会で「善き社会人」であるあなたは、全てのモノが存在していると信じてる都市生活の中で野生の本能という遺伝子をチビらせている。・・・つづきはあしたね。

きょうの1枚
1. オリアスタイの町へ西から入る時の入口はこんな感じ。普通の道でしょ。40年くらい前、僕たちが子供の頃、高知県なんて県じゅうがこんな感じだったんだけどなぁ...ウソ。
2. ホラ、レスコンがココ。フラッグの数が多いでしょ、とっても。RCP隊はフラッグ立てるのも大仕事。それをヘリがやって来て、飛ばしてしまうんです。


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No.0070 Organisation Voice 2000/03/01(水)

ガストン・ライエから1通のFAXが届いた。どうも彼らは2000年パリ・ダカ仕様の1150 GSを持ち込むようである。チームライエ&ロワゾー、往年のBMWワークスライダーチームである!!スースゴイ。TVまでフランスから連れてやって来る。あゝ神さまは神様だった!のかどうかはさ、チームBMWニッポンやアフリカツインの日本勢にかっかてる、速いかどうかってことを問っているのではない。誰が最もテイスティで味があって粋でイナセであるかってことだね。べらんめえ。

ところで話は変わる、最近デジタルカメラの隆盛のおかげで普通のカメラのことを銀塩カメラと呼んでいる。デザイン関係の本でも「銀塩カメラに未来はあるか」ときたもんだ。自分たちデザイナー達でその命を断とうとしているものに、そうやすやすとはツブされないぞ、という情念ある。デジタルカメラなんてのは呼び方がおかしい。ナンにでもデジタルをつけたらイカン。デジタイヤなんていうのはオバカだけど、まあ、それはそれでいい。じゃオイラッチもナンにでもデジタルをつけてやろーじゃないか、ということで「最近流行のデジタルセーター買ったんだけど、時計がアナログで合わないんだよ」「そんなことないよデジタルGパンとデジタルベルトしたら結構いけるよ」そんな時は昔のセーターはデジタルに対してナンというのか、Gパンやベルトは、それぞれアタマにナニがつくのか、バカバカしいけどそんなことを考えていると電話がかかってきて、「スイマセ−ン、今度のSSER、ライトをデジタルに替えて、おまけにヘルメットもデジタルにしようと思うんスケド大丈夫ッスカねぇ」「お前中身アナクロだろ!ヤメといたほうがいいんじゃない」ってな会話になるんすよ。来年あたり。 P.S.ここに載せたらさっそく自転車が頂けるハナシになりました。香川のフジイさんありがとうね。届き次第ボクはサイクリストになるヨテイです。

きょうの1枚
むかしTBIの表彰式はプールサイドで、これがまぁさむいんだけど面白い、でもそのうち頭打ってけが人が出るのでヤメよう・・・と思っていまはナシ・・・ですハイ。


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No.0069 Organisation Voice – 2000/02/29(火) 12:00

10年程昔、僕は「どこでもドアPROJECT」を進めていた。ドラえもんの「どこでもドア」を開発しよう!!というのではない。もしも、あの「どこでもドア」が開発されたらマーケットは?社会は?国際(国と国の際、つまり国境)は?経済効果は?絶滅する企業は?繁栄する企業は?そして、どういうマーケティングをして、どういうふうに社会に下ろして行くか?というプログラムは?などなど、いわゆるケーススタディをやったのであったよ。結論は、開発直前にG13に暗殺されるとか、僕の事務所のまわりに各国の合法・非合法スタッフが溢れて平井町商店街が超発展するとかという面白い案もあったのだが、まあどのアプローチから考えても、おそろしいコトが起きるのは必至。ところが、まてよ、いまのインターネットって、ひょっとしたらその「どこでもドア」に少し近いところにあるんじゃないかと思う。世界中のドコのサイトへでも、誰んとこでもヒョコッと行ける。でバイクの話にしてもナンにしても、「みんなもうバーチャル上(ゲーム上)でいろんな体験をしてるからね。リスクを伴う実体験がダメなんじゃないですか?」なんて言うやつがいる。つまり「どこでもドア」とインターネットの違いはココ。バーチャル上でのコトを体験って言うな。だからMATRIXみたいなヘンな映画がでてきて、自分と社会の実体が正確に把握できない奴らが出てくるんだ。バーチャルなんてコトバはチョット向こうにやっておいて、「グッド エクスペリエンス!」をテーマに、汗を流して、スリ傷つくって、そんな実体験をしに行こうぜ。ラリーレイドモンゴルは、とびっきりのグッド エクスペリエンス。机の上でしか考えられないヒトは、あなたのハートに聞いてごらんなせぇ。あゝラリーレイドモンゴル、僕たちのどこでもドアー。えっNISSANのパクリ?

きょうの1枚
第5回RRM、第2本部隊と「グッド エクスペリエンス!」な人々。 残念ながらリタイヤしてしまったが、彼らもまた「グッド エクスペリエンス!」なモンゴルを体験した戦士であることに間違いない。(…でも「どこでもドア」があったら迷わず使っちゃうだろうな!?)by Kuu


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No.0068 2000/02/28(月曜日) 12:00

忙しいったらありゃしない。まったく。プンプン。忙しすぎて遊ぶコトのできないボクはエネルギーの溜まった活火山状態!ブゥオ〜ンと噴き出して!!しまいたい程っすよ!ね、武田さん!カガワの。あのヘルメットバイザー状態…ではないんですが。 さて、自転車の新しいやつをGETしようと考えてる。もうすぐ始まるTBIやモンゴルの試走、果ては21世紀の冒頭を飾るパリ・ダカールへむけてトレーニング!!自宅とOFFICEを自転車通勤、だから考えたコトも無かったロードモデル。もし「おれのユズるゼ!」っという方、「あっポルシェならMTBでもイイんすけど」デ・ローザかビアンキでもイイんですけど...。 さてBMW-GS-NIPPONのマツモトさんはBMWのチームを作ろうと頑張ってる。スゴイゾ マツモト ミチハル!!と何故かカタカナが増えてしまうんであるが...。みんな、これは文化の維持・継承という高邁な活動です。RDB(レッドデータブック)に載りかけのRRMを救う、というのも大切なコトです。助けてもらおうという者のモノイイではナイナ。で「BMW-GSのオーナーのみなさん、みんなでモンゴルへ行ってハジケヨーゼ! by ミチハル」でした。いやアフリカツインでもイイんですけどね。佐々木さん、あのアフリカツイン・ランタンルージュ男も1150を買ったらしい!!というコトでBMW増殖中。どうやらコイツはRDBには載りそーもないっすね。まったく、どこがイイんだろーね。

きょうの1枚
コレ、某有名カメラマン。一時PRIS-DAKARではちょっと名の知れた高名なカメラマンだったんすけどね。バッグの中は今やゴランのナベ・カマ・ヤカン・ストーブ、モンゴルのラリー中にはオフィシャルのゲルの中でこのとおりのパフォーマンス。「サツエイは?」「えっカメラ持ってきてないのに!」ナビと料理が好きな元(?)カメラマン。笑顔がコワいでしょ。モンゴルに行くオフィシャルの皆様、「こんなコトは普通、アリマセンノデ...」


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No.0067 2000/02/26(土曜日) 12:00

モンゴルへ日本赤十字からの緊急援助が決まったという。ナンのコトだ?と思ったら、ヒドイ寒波で...-45度以下の日々が続いて家畜が何十万頭と凍死しているようだ。とても心配だ。ウランバートルから届くe-mailには、そのコトについてナニも触れていないではないか。いまさら過酷な大地だ、というコトを知らされる。私も冬のモンゴルには何度も訪れたことがあるが「もう、氷点下10度を超えれば -20度も -30度も同じ」なんてよく言ってたけどゴメン、これは全然違う。「今日は20度あるから暖かいよ」モンゴル人スタッフが僕のホテルの部屋にやって来ていうのである。 -20度のコトだ。地球温暖化にあってこの寒波。でも10年以上前は地球は氷河期にむかってるって言われてたこと知ってる?知ってるよね。ありゃどうなったんだろう。地球環境問題では、やはり東大の松井先生の理論をボクは支持したい。「人間の思い上がりだ」ってやつ。「人間の生存圏が危機に晒されているだけで、地球環境なんてのは何百万年かで循環・浄化されて、また元の美しい地球に戻るんだよ」って。そりゃそーだろ6千5百万年前、恐竜が絶滅した時はグジャグジャな地球だったんだから。

きょうの1枚
ホラ、ホントに冬のウランバートルでしょ。どっから撮ったんだろ?たぶん飛行機の中からだね。さぁ、モンゴルへのささやかな援助をどうするのか、ちょっと考えよ。

No.0066 2000/02/25(金曜日) 12:00

連日のようにTBIのコマ地図制作チームが撃退されて帰ってきてる。何故か?雪である。ホントに雪が多い。例年よりも多いんじゃないかな。ホントに暖冬?例年どおり? 例年てナニ?というコトでTBIのルートは、雪融けを待つですね。雪の中で走ると舗装とダートの継ぎ目がわからないっすからね。それだけじゃなくて、ガードレールの上を走る?のはちょっとコワイくらいのナニモノでもないです。さあ、でももう雪融け!!待ちに待ったボク達のシーズンがやって来る。今年は何にしても走って走って走りまくるぞォ!!と心に決めてるんだが、忙しいのがニャンとかならないか? えっと、円が下がってる。円安は困る。でも日本経済のタメにはなあ。株も下がってる、それは関係ナイからドッチでもいい。とにかく、日本は迷走中のようである。どこへ行こうとしてるのかがワカラン。で、ドコから来たのかすらワカラン。でも50万年前の建築物?らしきものの遺構が日本で出土したのはヨカッタと思う。北京原人より古いんだからね。ボクってナショナリスト?栃木の植木さん、どうですかね?

きょうの1枚
なんか新しい写真が無くって古いのばっか出して「どれにスル?」って言われても...。と思ってたら、第1回のTBIゴ—————ル!のHOTELで、一晩明けてあと片付け中に「オラオラ、集合写真!」ってその場にいた人たちだけで撮ったもの。もう卒業した人、まだまだオサカンな人、パリ・ダカまで行っちゃった人、なんか原点っすね。みんな若い。ボクも若い。君も若い。


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No.0065 2000/02/21(月曜日) 12:00

レッドデータブックって知ってる? 絶滅危惧種のカタログなのね。で、「ヒト」もまぁその絶滅危惧種らしいけど、それを言ったら全てがおしまい...だと思う。でNEW RED DATA BOOKを作ろうか...というコトになってる(ボクが)2stバイクとか、いっぱいあるよね世の中に。エンデューロとかRally Raidとかもそうかもしれない。今度、そんなものを中心にボイスを書きますね。で、その絶滅しようとするものはナンらかの理由がある。1つには美しかったから...なんていうのもあるだろうし、2.時代や環境への順応力がなかった...などというのもあるだろう。で、その時代や環境への順応、いまモーター・スポーツが僕達のRED DATA BOOKに載りかけてる。いまみんなで考えて行動しようね。愉快であるか、などと快業主義的なことはともかく、僕達のDNAを残すぞ。

きょうの1枚
懐かしい第1回TBI2000このころから2000という数字をイベントタイトルにくっつけたのは我々ぐらいだ。と自慢してるんだけど。あの頃は、四国はアドベンチャーフィールドだったです。


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No.0064 2000/02/19(土曜日) 12:00

みなさんのお手許にも届いたでしょうか? BIG TANK 2月号。2月号が2/15くらいの発刊だから、解りやすいね。他の雑誌は2月初旬売りで3月号だし、1月末売りの3月号もたくさんある(と思う)。そんで、本人(ハルキ編集長)は、このコトについては、たぶん悩んでいるだろうと思う。あ、いや悩んでいないだろう。いやチョットくらいは悩んでるかな。その2月号のなかにはさまざまなおハナシが載ってる。SSERは過分に評されていて、チョット、ボクモイイタイ(マツモト風)。イベントは主催者がいなければデキないというのはあたりまえのようで、実はそうではない。参加者がいなければデキないのである。参加者がたくさんいればイベントは誰でも出来る(といってしまうのも問題だが)。主催者がエライのではないし、ヒダカの問題も良くはわからないので論評は避けたいが、上述のようなコトによる。世界中のあらゆるイベントは大きく2つに分けられる。まず資金があって行われるもの(これはビッグスポンサーがくっつき易い性質のものと、国家なり公約な資金がくっついているものも含む)と参加費・入場料など参加する者、観る者によって収支が決定するもの、この2つを同軸上でひっくくってイベントと称してはならない。後者は決定的に弱いが参加者・出場者に支えられているというわかりやすさがある。前者の場合はロサンゼルスオリンピックがオリンピックの流れを変えたといわれてる。商業主義だと評され(良くも悪くも)スポーツイベントが金になるという流れを作ったと語られたが、それは違う。ピート・ローズというそのロサンゼルスオリンピックの実質的ディレクターは、僕は昔から良く知っていたが(といっても友人ではない)、ただアメリカンフットボールやその他アメリカンプロスポーツのエンターテイメント性(つまり観衆やTVが喜ぶエンターテイメント性だね)を追求しただけのコトなのである。TVはビジネスだから、我々の競技がこっちを向いてくれ、と言っても原則は無理だ。無理なコトを知ることがイベントを成功させるというコトなのかも。そして、突破できる無理にチャレンジするコトが冒険なのである。僕はアメリカンフットボールあがりなので、いつもそう考える「よし、ここは中央突破だ」とか「カウンターで」とか「一気にロングパスを投げてやろう!」などである。ヒダカもここはいっちょトリプルオプションフェイクのフラットゾーンへのFD狙いのパスだね。といってもナンのことだか解らない?ゴメン。でも僕はいつもそう考えるの。

きょうの1枚
SSERは昔からTシャツや帽子にはじまって数々のオリジナルアイテムを開発しつづけてきたのね。オフィシャルウエアジャケットからコーステープまで、さまざまなモノのプロダクツにあたってきた。そこで、少しそのノウハウをフィードバックします。ケッコー四国ってトコロはイロイロなモノのちょっとした工場があるんだね。


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No.0063 2000/02/17(木曜日) 12:00

いよいよアメリカズカップの本戦がNZオークランド沖で開幕、この土曜日からね。いい忘れてたけどチャレンジカップ(ルイヴィトンカップ)はプラダチャレンジのルナロッサが優勝。このプラダチャレンジがニャンといってもカッコイイ。グラフィックスもいいし、HPなんか見てみてホレボレするから。でニッポンチャレンジが足許にもおよばなかった総合力とはいったいナニ?一方ディフェンダー艇にはNZのブラックマジックが決定。「黒魔術」号ですね。9戦を闘い先に5勝したチームがアメリカズカップを持って帰る。「なんでAmerica’s」っていうの。ふつう「American」じゃないの、と社内のM君の疑問。そういうトコロがイイのさ。アメリカズカップを取ったチームの国で次の大会が行われる。ボクは多分、地中海だと思うね。もうこんなスケールで生きたいやね。

きょうの1枚
バオバブの木。これは’98にダカールでいっぱい買ってきたモノ。山村レイコさんと買ってまわった。写真は色がヘンだけどもっとピカピカの金色、サイズも各種あり。で、この前まではこのバオバブの木の下に台をつけてパリ・ダカールのトロフィーにしてたもの。今年は金色のピラミッドだった。どうです?はるかダカールの匂いがするでしょ。Photoは事務所の中にあるSSERサロン?で...。ガストン’99 XR400、ハカタ ’98 XR400、とBMW80G/Sが置いてある。ミニオフロードバイク博物館。あー大きいの作りたいねぇ。


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No.0062 – OV 2000/02/16(水曜日) 12:00

祝・山村レイコ様RRM出場!! 深夜に受け取った彼女からの連絡はとっても素敵なオハナシでした。今年のパリ・ダカールの完走おめでとうございました。負傷をおして最後まで走り切ったガッツ溢れる武勇伝は既に届いております。 さて、そろそろSUPER-Nが本格化。ちょっとパワーダウン?の「月刊北の島」春木編集長のコーディネイトでエンデューロマシンの展示・試乗会が併催されるというオハナシは既に書きましたが、そろそろメーカーが出揃いはじめたようですね。KTM,tm,Husquvarna,GASGAS,VOR(あのベルマーティの)ス・ス・スゴイ。僕もヘルメット持ってコー。「ヤマダはどこ行ったんだ!?」「山ダ」なんてコトにならないように。えっサムイ?

ょうの1枚
SEIKOから集計システムを模索中のわれわれにちょっとした計測機器のサンプルが届いた。まぁひとつはストップウォッチにプリンタがついたものだと思って、それとデータをメモリするものね。いままでバーコードにしようとか参加者のゼッケンにチップを埋めよーかとか、いろいろ考えてたけど「完全」であることがなかなか無いわけです。「ゴメンなさい」では済まないRESULTSの集計作業のためにもっと研究します。情報と売り込みがあったら是非。


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No.0061 – OV 2000/02/15(火曜日) 12:00

はやいものでTBIは12年目。あゝあの若き日のボクはドコへ行ってしまったの。でもRRMも6年目でしょ。なんてったって歳月を感じます。あなたはどうですか?でも、先日東京の夜、能城 律子さんと食事をしました。PM6:30にテーブルに着いてバーが締まるAM2:00までずっと話しっぱなし!で64歳!身長や体重も僕の半分(身長はそんなコトないか?)そのパワー、今年もパリ・ダカ完走して、7月にはマスターラリーに行ってそれでもってシェルエコチャレンジレースの世界選手権を走る「モンゴルも行きたいけど、マスターとベルギーのエコレースが重なってるのね」だって、で「来年はきっと行くわ」来年65歳。ボクより20も上なのである。”歳”なんて言ってられない。そんな奴はボクがノシロさんに会わせる。スゴイよ全く。 ちょっとNEWS!:4・1~2 SSER SUPER-N 輸入エンデューロマシン徹底試乗会!! 2月15日現在以下のメーカーの出展が決定しています。 tm・KTM・GASGAS・HUSQVARNA・VOS

きょうの1枚
ナニコレハ。コレハあのテイジンプロローグステージ。あたりまえのように毎年使わせていただいてるケド、ごらんのようにすぐプラントがあって危険指定エリア。こういった企業が協力して頂いてるコトに感謝してます。でもSSのナカにポツンと停まったマシン。時計はまわり続けてます。


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No.0060 – OV 2000/02/14(月曜日) 12:00

i-modeを買った。僕は仕事柄セルラー(関東ではIDOね)とDocomoを両方使ってる。でドッチーモが出た時、僕はヤッタ!と思ったんだけど全然関係なかった。今はcdma One EZ-webのあのCASIOのG’s oneをオーダーしてるんね。「あれは僕が作れ作れって言ってたのである、3年前から!」(誰に言ってたか?それうちの社内でしか言ってない)でそのi-mode、誰かメールちょうだい。誰からも来ません。今度のTBIはi-mode又はcdma OneのEZ-webのメールで運営しようと思ってる。オフィシャルのみなさん、よろしくね。さて、先日はドーパミンのおハナシをしました。東京出張の夜、10日は朝5:30まで飲んで2日目の夜は朝5:00まで。カミオンドライバーで「年をとると時差ボケが直りにくい。」という菅原さんの時差ボケとお付き合い。昼間は過密スケジュール。11日にはお昼から仏のM社のフランス人GMがうちの会社に来るっていうんで午前中の飛行機で帰る。ナントそのフランス人GMも同じ飛行機「なんだ東京で会えば良かったのに」ってハナシ。スゴクイイ人で、すっかりお友達になった。これでSSERちょこっと変わるかも。というのはホント。で、この日も朝6時まで広告代理店の人とミーティング...スゴイでしょ、スガワラさん。

きょうの1枚
先日はGS/アフリカツインというナンカ最近スッカリとトレンディになった組み合わせなんで、エーイ、きょうはXL50だ。小さなバイクで2000Km走るのはチャレンジだ。とは岡山のN原さんのコトバ。で、2人のSSERガールズの後ろには居ました居ましたミヤピーことミヤピーが?ここは例のPrologueのテイジンの丘。地中海…じゃなかった瀬戸内海と島々が美しいですよ。まあマルセイユのプロローグも(旧い)こんな感じさね。オイラ50で完走だ~いっ、は田中先生。そして日石三菱の小泉広報部長、2月8日にお会いしたら「おい、あの50で走ってた人、学校の先生だってね。今年も来るのかね、ちょっとヤセないと。」だって。


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No.0059 – OV 2000/02/11(木曜日) 12:00

サイキです、コンニチワ! 僕はSSERのオフィシャルを務めていているが、実はオフロードライダーではなかった。勿論16才で中免を取った。でも18才からは4輪ラリーひとすじ!全日本戦も走ったし、海外もたくさん走らせて貰った。でもいつもバイクのコトは気になってたけど...。そしてやっと今回大型免許を取った。でナゼ取ったか、オフロードライダーでもないのに。というと去年の10月ガストン・ミーティングの時のコース下見、剣山スーパー林道でXR250に乗った。イヤ面白いのナンノ。そして前を行くBMW80G/Sのウシロ姿のナント素晴らしいコト。そのうえ翌週のガストン・ツーリングに集まったみんなのナントハジケた笑顔。いつも競技を通じてしかしらなかった世界が「そーか、実はこーゆーコトだったか!」というコトで「BMW GSに乗りたい!」って大免を取りに行ったんだ。誰かツーリングに行きましょう。(まだバイク買ってないけど)フランスのツアーは僕も参加する。4輪のトレーニングにもなるし、バイクライフ、良さそうだもんね。

きょうの1枚
ナイショで掲載しちゃるゥ!!ヤマダの転倒シーン。これはお調子で前のランクルに当てて止めよーとしてスリップダウンのようですが...。この雪の中のツーリングでは「もー何回コケたかわからん」「バイクの乗り方を忘れた」などと語っておりましたが、ヒミツのSSは1位(オンタイム)だった。


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No.0058 – 2000/02/10(水曜日) 12:00

2000Km 2000年のブルーアイランドのはじまりだい。エントリーは今年は100名で厳密に締切ってます。たくさんの方にお断りをしたコトは深くお詫びします。でも100名の人でも2~3人くらい必ずケガして(練習中の!)エントリーできなくなるんですね、毎年。気をつけて下さいね。’95は阪神大震災で30名以上の方が出場を取り止め!ナンて年もありました。兵庫の消防署の方もそんなナカにいらっしゃいましたね。よくTBIは「修行僧のよう」とか言われますが...。この修行僧とはナンゾ、というオハナシ。僕が修行僧に持つイメージはなんかまだ悟りが開けてなくて、若っぽくて、アメリカの青春映画みたいなコメディなモンしか想像できん。つまりストイシズムさえ知らない、でもお客さんや住職さんの前では神妙な顔をするって、まぁ一休さんとその仲間のようだね。だから僕は彼らを(TBIのエントラントね)修行僧のように!とは言わない。よく修験道者のよう...というふうに言うのね。彼らは数日間、時には数ヶ月間、峻嶮な山を走り回って、異験力を身につける。TBIもゴールするころには誰もが超々ベテランオフロードライダーになって行く。汚れ方すら美しく、スタート前の少年の表情が精悍な風貌になって行く。(ちょっとキタナいけど)それはソートーカッコ良いんだけどでも修行僧とは違う、何故か「サー道後イコー、ビール飲モー」だからね。

きょうの2枚
その修験道者達の姿。もっともストイックでかつドーパミンドバドバのエピキュリアンたち、なんて言ってワカル?ボクハワカラン。もともと人間には脳内モルヒネってのがあって、ドーパミンっていうのね。特殊な状況下ではこれが分泌される。桜の花粉にはそれを促進させる効果があるそうな。でそんな状況(自己陶酔とはちょっと違うけど、まあ同じヨーナもの)下のお2人。それぞれGS-Africa Twin、BMW-HONDA、ガストン・ライエ、シリル・ヌブーの代理戦争をいつまでもいつまでも繰り広げるドーパミンな人達です。ボ、ボ、ボクも仲間に入れてぇ~!(酔ってる)   


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No.0057 – OV 2000/02/07(月曜日) 12:00

ナンだか全ての価値観がが変わりはじめました。 インターネットの発明は後世から見るとグーテンベルグの活版印刷の発明(あの産業革命のね、覚えてる3大発明?)並みか、それ以上の発明になり、第2の産業革命と呼ばれるようになる、そうだ。タブンその主張に僕も異議はない。なんにもナイ。が、わからないコトがひとつある。(実はとってもツマラナイおハナシなのでヤメヨーカな?と思ってるけど、エーイ!)で、僕がまだ子供だった頃(30年ちょっと前くらい?)良くTVを見てると「もっと下がって見なさい、目が悪くなるから。」TVでもポスターや新聞でも学校でもそういわれた。たかだか19インチくらいのブラウン管ね。今僕は21インチの平面ブラウン管が目の前40cmくらいのところにあって「あっおフクロに見つかったら叱られる」って思うんだけど...どうなんでしょうか? 21世紀中頃、人類は目が見えなくなってしまうんだろうか、それとも昔のTVのブラウン管と現代のモニターのブラウン管は全く別物になったんだろうか、誰か教えて。

フト、バイクも同じようなコトが起きてるのかもしれないなあと思うね。(チョット意味は違うけど)子供たちで「バイクが欲しい!」という声を聞かない。大丈夫か?バイクは年寄りや大人のオモチャ(変なモン想像するな!)になってしまうんだろうか。パソコン系の本を見てるといつも思う。「あー昔はこんな感じだったよね、バイク雑誌も。」と思いつつ他のバイク雑誌は当時(30年前)の「盆栽」とか「囲碁」なんだろうか。ナンとかしなくては。M橋君ナンカが結構頼りなんだけどね。

きょうの1枚
きょうの1枚は再び我が愛しのロシア製へリ・ミル22。この間アイマックスのエベレスト遠征隊のビデオを見てると「私たちの今回の遠征の中で最も危険な行為はこのヘリコプターに乗ったことだった」と同型のヘリでベースキャンプへ向う映像。ホー、エベレストのアタックチームが100kgものアイマックスカメラを背負ってエベレストを登るより危険な行為だって。イヤんなっちゃう。なんかいつもこいつに乗ると「フロム ロシア ウイズ ラヴ~」という007のテーマソングが聞こえてくる。僕は好きだ、このヘリコプター。パイロットも抜群だしさ。医者も乗ってるから。(関係ない?)


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No.0056 – 2000/02/03(木曜日) 12:00

フランスのツアーのルートを僕なりに考えようと思ってミシュランのデッカイフランスのロードブックを眺めてました。革でトリミングされたカバー付きでいかにも、という感じのぶ厚い地図です。’98にPARISのミシュランのショップでいっぱいお買い物!して帰った時のひとつです。ここだけのハナシ、僕はビバンダムのコレクターなのです。だまっててね。で、はじめて街にのびる怪しげな道がたくさんあることに気がついたワケです。フランスでは高速(オートルートっていうのね)もガラガラだし(パリの出入口では混むね)National Route(国道)は、高速より早いよ。ってなくらいスキスキ。だということは県道,地方道、あゝ未舗装のアルザス地方の道なんかイイだろーな。プロバンス地方もイイだろーな、ブルゴーニュやそれにコートダジュールや、あゝ早く行こー。と思っています。行きましょうね。早くパンフレット作れ!だって。これも遅れてるんだ。

きょうの1枚
去年のSUPER-N、霧と小雨に煙る大会々場だね。僕の予想だと今年は晴れ、で濃霧。さてHIDライトでお越しのあなた対策はある? 1週間うしろにズラしたので基本的に気温はまあ少しはイイとして、「年度末、転勤の時で休めないだろーが!」とオフィシャルの公務員のみなさん。


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No.0055 – OV 2000/02/01(火曜日) 12:00

さて、みなさんもう2月です。RRMまで半年、夏のSSERまで5ヶ月、ヨーロッパツアーまで4ヶ月、TBIまで3ヶ月、でSSER SUPER-Nまで2ヶ月。いよいよ忙しいシーズンがスタートしますね。嬉しいよーな、なんか大変なよーな。よし俺が手伝ってやる!って人いませんかね。コッチに引っ越して来て。ついでに全部ボランティアで。えっ、そんな人イナイって。フーン。

きのうフランス事務局からFAXが入りました。「多くのライダー、ドライバーがRRM2000への参加を望んでいて、そのうち10~12名は既に準備をはじめてる。」んだって。でTVもFR3(NHKね、フランスの)が40分の放送をするんで2人のカメラクルーとスタッフを送り込んで来る、っていうのサスガはフランス。と思っちゃいます。ちょっと輸送コストの関係で困ってますけど何とか2月中にはクリアしちゃうね。みてて、もうすぐエントリーリストにヨーロッパライダー達の顔が並ぶからね。

きょうの1枚
昨年のSUPER-Nのスタート風景。今年はGASGASやらtmやらの試乗会で賑わう予定だから早く来てね。ちょっとだけラリールートも走っちゃうの。ぜひお楽しみに!!


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No.0054 – OV 2000/01/30(日)

ov_0054_20000130_1200_01日本列島を寒波が襲っています。シベリアからやってきた...と聞くと、「オゝモンゴル方面から来たのかい」と嬉しくなっちゃいます。1月くらいにウランバートルさへ行くと、とっても素敵です。寒い国は寒い時が良い...と思いますね。でも夏も短くて、短い夏もいいんです。なんか欲ばりな。で、ナニが言いたいかというと、早く暖かくならないかな、と思ってるというくらいのコトで、僕はこれから講演の先生の役で高速を飛んで行くんで凍ってない?チェーン規制ない?というコトから派生したおハナシでした。ところでTHE TALKにエンデューロってナニ?みたいなおハナシがSSERのネーミングの由来バナシでUPするようですよ。これから少しいろんな視点で語ってみたいものです。

きょうの1枚
永嶋Mさんから、春を告げる2枚の梅の写真が届きました。「秩父へ行った時に買ったばかりのデジカメで...」蝋梅と梅。梅といえばアフリカツインのウメさんという人もいらっしゃいますが…エッここでは関係ない? ところで、こうしてエントリーフォームと共に送られた2枚の写真ですが、とってもうれしいもんです。せっかくですから全国の皆さんにおすそわけ。どうですか、早春の匂いがしませんか。オフロードライダーは、こうして四季を愛でる人たちなのですね。

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No.0053 – OV 2000/01/29(土)

ov_0053_20000129_1200_01池町 佳生君の総合10位、昨年の博田 巌君の総合15位というパリ・ダカールのリザルトを見ながら私は考えた。10年前には考えられなかったリザルトであり、それは私のひとつの努力目標だったのかもしれない。なぜか。特に2人が天賦の才に長けたという事もあるんだろうが。今から12年前、私たちはラリーレイド(この頃はそう呼んではなかったが)パリ・ダカールにトライしては2日か3日でリタイアする日本人参加者達を見て、こういった競技に対する経験値、カッコ良く言えば文化度の違いを見せつけられていた。「よし、マップホルダーから作ろう」がTBIのスタートだった。少なくとも『ライディングとナビゲーション』『キャンプをしながらセルフマネージメントをする』『長い距離、長い時間をストレスを溜めずに走る方法は』といったものを求めた。池町は’99 TBIを田島君とバトルの末に優勝、博田君も6回大会で優勝経験がある。なにか90年代のモーターサイクル競技のひとつに対して、私は目標を達成した、というような気分に捉われてしまう(少し自己陶酔にすぎるが)それは良くもあり、悪くもあるのだが。あの19歳のころのイケマチ・ハカタの2人のような若者が見つけられないのは私だけだろうか。MXやトライアルの英才教育が進んでるのに、この手の競技は若年層からは魅力的に見えないんじゃないだろうか。さて、子供からは大人っぽく見え、大人からは子供っぽく見えるこれらの(これらとはエンデューロ~ラリーレイドを指すんだよ)競技を魅力的にしないのは誰のせい?多分、私もその戦犯の1人かもしれない。トロフィーチーム? アンダー22?そんなことを言う前にもっとしなければいけないことがある。

きょうの1枚
ニッサンパトロール。これはNISMO提供のパトロール。輸出仕様だと、ナゼニ4×4はカッコイイのだろうか?それは簡単、街乗りを割り切ってしまってるから。ケド街乗りも楽チン、デューンもグイグイ。そいでもってカッコイイ! あーあ、欲しっ。ボクの物欲はドウなってしまうの?


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No.0052 – OV 2000/01/26(水)

ov_0052_20000126_1200_01とてもいいお知らせが2つほどありです。 1 は4月1-2日SUPER-Nの土・日の2日間 BIG TANK MAG.の協力で輸入エンデューロメーカーの試乗会が同会場で行われるぞ!今のところ2~3のインポーターは決まってるらしいんだけど、それ以外のインポーターもマシンをドッサリ積み込んでやって来てくれるハズだ。なんかイロイロと出店的に売ってくれたりもするぞ。「あゝ、2スト乗りたい!」からはじまったオハナシ。 2 は同じくTeam Big TANK MAG.が誕生しそう。と春木氏。モンゴルへやってくる。どうもチームは最強!?の匂い。 というNEWSな出来事を2つ書きました...が!?このHPに新しいコラムThe TALKというのがスタートしてます。原稿はSSERのスタッフが書いてますが、みなさんからも応募してます。どうかドシドシお送り下さい。12月末にはThe TALK文学賞(若手作家の登龍門?)を設けよーかと思ってます。ラリーやエンデューロバイクや政治?にまつわる愉快でウ~ンと唸らせるMailをお待ちしてます。記名でね。

きょうの1枚
きょうのオフィシャルウエアは通訳の若者たち。蛍光グリーンのジャンプスーツとジャンパー。それにしても彼ら通訳陣は優秀。左端がバットルガ君、サルのようなヤツで岩登りをさせたらどこまでも(もちろんロープナシ)登ってしまう。また化石探しの名人であったりもする。中央ジャンガル、右はその弟でホンゴル君。ジャンガル君はとってもオシャレで、そこらの日本人なんかより清潔。まあ、こんな若者たち約12名がRRMを支えてるんだね。


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No.0051 – OV 2000/01/24(月)

ov_0051_20000124_1200_01パリ・ダカールがゴールした。僕はBMWが優勝するって予言したけどナント1-2-3-4フィニッシュ。パリ・ダカ史上こんなことがあったのか。こんなことやってしまうとまたBMWのことだから撤退しかねない、それってコワイ。それにしても3位にR1150GSのルイス(アメリカ人ね、GARRRRでもおなじみの)どうなったのKTM! 6-7-8-9・7位のFLICKは去年はHONDAでハカタと同じ400でデットヒートした奴だ。それにしてもワークスのお歴々はどうなっちゃったんだろう。でHONDA池町 佳生が10位。よくヤッたぞ。カミオンの菅原さんはT4総合5位。T4-1優勝63時間01分44秒、あれRRM1999のタイムはどうだったけとRESULTSを開いてみると84時間17分01秒。おろろ...じゃあ総合優勝タイムはどうだっけと見ればRRMのガントルガ48時間09分、今回のサンクト49時間08分。なんか良く似てるって...。ちょっとヨクメ、でしたか。でもBMWの活躍は素晴らしいね。みんな早く帰ってきてコトの真相を教えてくれ。

きょうの1枚
先日は寝てる山田の写真を無断掲載してシカられましたので、きょうはお約束のNEW OFFICIAL WEARのオレンジのジャンプスーツで夕陽のヒナタボッコ中の山田隊長さんです。もうパトリック(仏)のスニーカーがおしゃれ...。このオレンジのジャンプスーツは目立って1マイル先からでもトイレに行ってるのが見える!というコトで「ワンマイルウエア」と呼ばれてました。ホントかね?


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No.0050 – OrganisationVoice 2000/01/22(土)

ov_0050_20000122_1200_01パリ・ダカールのRESULTSにもうひとつ見逃せないものがある。これはAUTO部門の話だが、ブルーノ・サビーのプロトラックだ。シュレッサーも自らバギーの完成に10年以上の歳月を費やした。91年はMITSUBISHIパジェロのT3のワークスチームで走ってた。ところが翌年から例のそのバギーを立ち上げた。最初の頃はスタイルも変テコ、1人乗りだった。そしてボロボロになってる姿を何度見たことやら。しかし、今はご覧の通りのRESULTSが続いている。このチャレンジングスピリットとその継続=熟成がスゴイ。そしてサビー。98年の20e PARIS-DAKARでそのアメリカのプロトラックが登場、それ以前はそのSCORE(米)のREGURATIONはFIAでは認められてなかったんだけど、誰もがBAJAを走るバギーやトラックのあの長大なストロークのサスペンションには興味はもってた。でついに98年デビュー。ところがマッドではどこへ行くかわからない。リエゾンではオイルを吹いて立ち往生。「なんじゃコレハ?」からまだ2年足らずで総合シングルRESULTSまでやってきた。

でココで言えることなんだけど、もうT2じゃパリ・ダカ総合優勝できないくらいにT3が熟成されてきてる、ヨーロッパ経済の底力や、技術力の平準化がそれをもたらしてるんだ。T2=ワークス・T3=優良プライベーター、この均衡したバランスをかつてTSOは考えたんだ。とすれば、やっぱりフランス人のモータースポーツへの理解と洞察の深さにただただ脱帽せざるを得ない。ところで池町シングルリザルト。ハイスピードなリビアのピストでKTMに置いて行かれてるんだろうけど、立派。もうすぐピラミッドが見えるぞ!!さて、MONGOL’99のビデオ(販売用)がやっと出来ましたので発送のカウントダウンに入ったようです。ナンデモカンデモ遅くなってゴメンなさいね。反省シテマス。

きょうの1枚
あれれ、山田隊長さんお疲れのご様子。これはRRM1回目最終ビバーク地のピストの上であります。この年はいろいろトラブル続きで...しかし最後は何もかもうまくいったのです。終り良ければ全てヨシ。RRMはこの1回目のトラブルを乗り越えたことで、その後も続いているであろうと思うのであります。この時、誰1人も山田隊長さんを起すことなく、エントラントの到着を静かに待っていたのを覚えています。明日はね、モンゴルオフィシャルウエアの推移がわかる1枚を用意してますね。KUROKAWA


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No.0049 – OrganisationVoice 2000/01/20(木)

ov_0049_20000120_1200_01パリ・ダカール後半戦だ。AUTOトップの篠塚(我らが日石三菱)は総合トップから後退。高速ステージでシュレッサーのバギーやペテランセルのプロトマシンの後塵をはいしてしまったのか?やっぱペテランセルが来てますね。MOTOでパリ・ダカ6連勝なんて偉業はこの後もないだろうってぐらいの男だから、いいマシンさえ手に入れれば結果は出せるんだ...と思う。ギャップの多い(大きい)ラリーレイドはライダー転向組のドライバー達にチャンスがある、

クラインシュミットだって’92 パリ・ルカップはBMW-G/Sで出てた。テントも僕の隣に張ってたくらいのバリバリのプライベーターだったんだ。スゴイけど。池町は11位らしい。こうなればTOP10に入りなさい!で谷口はリタイアのもよう。レイコさんとサイトウは完走するよ、絶対。 …と書いてる頃にNEWS。篠塚負傷リタイア。トップグループの4台がメインピスト左横1Kmくらいのピストを走ってて、どーも転落した(らしい)。心配です。

きょうの1枚
ここでヘリがコワれたらどうするんだろう、と思うくらいヘリは地面スレスレを飛ぶ。ライダーはなかなか気がつかない。と思ったら彼は耳の不自由な選手。無音の荒野は僕には想像がつかないけれど、どんな世界なのか。けっこう良く乗れてます。彼のチャレンジスピリットには心からの敬意を表さずにいられません。


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No.0048 – OrganisationVoice 2000/01/19 (水)

ov_0048_20000119_1200_01パリ・ダカールの後半戦がスタートした。寒いらしい。くらいの事しかわからない。ニジェール飛び越し大作戦は上手くいったらしい。サスガだ、TSOは。アントノフ124は実は80人分の座席が荷室の上にくっついてるんだけど、どーもドライバー・ライダーたちは737で飛んだらしい。らしいらしいで本当のコトがどうもわからない...らしい。早く帰ってきて教えてほしいもんだ。で、再開されたステージのRESULTSを見るとトップのフォントネは57分で走ってる「ナンデェ?」と距離を見ると140Km。「ウ~ン」という1日でありました。

きょうの1枚
ガストンを従えて走るヤマダ。ドーダ。ちょっと後ろの風景を見ると…アッ!もうヨーロッパに行ってるゥ!でしょ。ヘッヘッヘッ。そんなヒマはナイすね。G/SにガスガスのJacket着て走っててゴメンなさい。


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No.0047 – OrganisationVoice 2000/01/18(火)

ov_0047_20000118_1200_01ビッグタンクマガジン(以下BTM)の1月号が届きました。毎月発行が遅れてるところが半ば同人誌っぽくてイイんですけど(本当はSSERの広告の遅れが原因らしいんです)内容は、まぁ充実してきてますね、(まだ未読の方はharuki@bigtank.ccへ)でいちばん後ろのtmの広告のところに「NEWS!SSERファンの方々にtmからの回答です。tmエンデューロSSERスペシャル(完成車限定販売)」とあって涙が出るホドうれしくて...思わず「買おう!」と思ったくらいです。オマエが買ってドウする!というウチなる声を聞くにつけ、ちょっとヤめたワケですが、今、無性にコのテのバイクに乗りたいんス。今度SUPER-Nのときは全輸入エンデューロメーカーのマシンの試乗会と国産4メーカーのエンデューロマシンの試乗会の併催をBTM主催でやろう!とかいうコトがほんの少し進んでいます。あゝ乗ってみたい。あの後頭部を蹴られたようなパンチの効いた加速感を10年くらいぶりで味わってみたい...ものです。

SSERシリーズ戦も、もうすぐ開幕ですね。それぞれの2000年を思いきって楽しめるように...「あゝそれにしてもtmエンデューロSSERスペシャルってどうんなんだろう...」

きょうの1枚
ちょうどパリ・ダカールも中休みなんで、’98/20回大会ボクの勇姿を見せちゃいましょーかねぇ。モンゴルのオフィシャルカー仕様でちょっと世間をタブらかしたよーなイマサラL/C70。でも、これがメチャ早くて、おカゲで穴に落ちた訳ですがその夜、長谷見さんから「モンゴルのブリーフィングで言ってるコトとやってるコトがチガうんだよねぇ~」ってサンザンからかわれて、で「言ってるコトとヤっとるコトが同じなら、今ごろ総合優勝の5~6回もやっとるわい!」と言おうと思ったけど言えなかった。


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No.0046 – OrganisationVoice 2000/01/16(日)

ov_0046_20000116_1200_01そう、ニッポンチャレンジ(アメリカズカップのね)から例のBTM(ビッグタンクマガジン)にかまびすしいトロフィーチームについて考察する。HPでニッポンチャレンジのチームのインフォメーションを見てました。以前は確かベルガルヨットクラブ(間違ってたらゴメンなさい)っていうのが在ってニッポンチャレンジと競い合う、というスタイルを目指してましたね。一方、先進国では複数のチームが競っています。防衛艇を出す国(前回の優勝国)はチャレンジ艇を決めるルイ・ヴィトンカップに対してシチズン・カップという闘いを闘わなければならんのである。いずれにしてもカップを守る側にしても誰が国の代表として防衛戦に臨むのか決めるんですね。カップを取ってきたチームが次の大会で防衛艇になれるとは限らない...なんて自由度の高さがとってもイイッス。日本の官僚的考えからは出発しにくい発想であります。

で、エンデューロで日本代表チーム=トロフィーチームを送り出したい!というBTM(ビッグタンクマガジン)を中心とする一部の人々の心意気については心よりの支持を表明します。でもニッポンチャレンジの山崎会長のような人が現れない限り、真の意味でのエンデューロ界のニッポンチャレンジは成立しないかもしれませんね。ニッポンチャレンジは広報活動と資金調達のバランスがうまく行っています。また屈強なクルーを全国から公募して、まぁ雇ってるわけですが、年間を通じて合宿生活を行ってます。ハード開発に関して言えば、もうお話しにならない位に進んでます。こんなことがニッポンチャレンジの発足まではそんな夢のようなコトは絶対出来ない!と考えられてました。モータースポーツ界で日の丸チームがF1への挑戦が出来ないのと同じと思われてたわけですね、もっと難しいと思われてました。まぁ、ニッポンチャレンジほど大げさではないとしても。でもこの10年間で日本のライダーの質は劇的に向上してきました。正しい評価と収入のバランスによって、ライダーの夢が実現する。ということが次の目標かもしれませんね。

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ガストンと東京モーターショーでの2カット。SUZUKIブース前ではやっぱり昔なじみの親近感あり。HONDAで見たのはXR650だけ「あーでもない、こーでもない」とサンザン言ってました。「洗練されてない!」とのこと、まぁデザイン的にはハスクがいいね、だって。 

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No.0045 – OrganisationVoice 2000/01/14 (金)

ov_0045_20000114_1200_01絶対に決勝進出。と、確信してたルイ・ヴィトンカップのニッポンチャレンジが敗退してしまった。で決勝(つまりチャレンジ艇を決める一戦)はイタリアのルナロサと米のスターズ アンド ストライプス。こうなったらプラダのスポンサードを一身に受けるルナロサがルイ・ヴィトンカップを手にする、というのが構図として面白い。世の女性の憧れのブランド2つがこうなっちゃうのね。そんでWネームのセーリングバッグなんかが出て来ると思うね。

ところでニッポンチャレンジのテクニカルディレクターって宮田さんていって松山出身の東大の教授。実家はガソリンスタンド、ホント、応援してたのに、で万一、アメリカズカップを取って帰ったら、次は日本でヤル、となるともちろん本戦は蒲郡沖としても予選(つまり、ルイ・ヴィトンカップ)は土佐湾(って勝手に)騒いでたんですね。スゴイらしいですよアメリカズカップの経済効果も。SSER ORGANISATIONに業務依頼が来るね、きっと、ナンテ初夢でした。ところでイベント、というのは参加する者、主催する者、開催地の人々、様々に多くの人が関わりあってワクワク・ドキドキの一大集大成なんであります。効果!も大切だけど、やっぱりお祭りなんですね。

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ガストン・ライエBMW-GSキックスタート講習会。「そーよ、パリ・ダカのGSって、セルないもんね。」と言ったところからはじまった。結果エンジンは始動せず、松本氏のピックアップのデッキは中央あたりが、どうもヘコンだ様子。「じゃあ、僕のでカケてみてよ」と案内してビックリ。「あれぇ、ボクのGSってキック・アーム無いんだぁ!?」…何年乗ってんだか。 

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No.0044 – OV 2000/01/13 (木)

ov_0044_20000113_1200_01やっぱ長続きしないんだろうか?とご心配のむきのあなた。まさか、もうこれで終り、とゴフンガイのあなた。ゴメンナサイ。ちょっとみんなインフルエンザと東京発表会前後のバタバタで...。そこできょうからチャンと立ち直ってオーガナイズボイスも頑張ります。 で、ダカールのおハナシ。エ~ッ。ニジェールをアントノフA24?でカミオンも積んで飛び超してリビアのワウエルケビルまで行くの~ォ?というおハナシ。ニジェールのテロリストがラリーを襲うという情報。なんかアンパンのアンコの部分を飛ばしちゃうんですね、でもコレも仕方ナイ!!しかしアントノフもでかいけど、これだけの輸送と、あいつを飛ばす滑走路の問題と積み降ろしなどのコトをオーガナイザーとしては考えちゃいますね。で、虎視耽々とデューン群で順位UPを目指してたベテラン勢は、どうなんだろうねぇ、でもやっぱり安全は全てに優先するしなぁ...と複雑な気分です。それと池町!ガンバってます。あんまり無理せずに後半に温存しておけば...と思ってて、アンコ中抜き日程ならチャンスあり!頑張ってほしい。サイトー君、タニグチ君、レイコさんも頑張ってます!ヤマムラさんは3日目でリタイア。原因不明?スガワラさんはCAMION部門総合上位をひた走ってます。あーパリ・ダカ、行きてぇ。

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どーおカッコいい?青山の発表会の会場に出現したディスプレイ。と、出場予定の宇賀神さん(右)と近藤さん、どう?とっても素敵でしょ。次の朝は東京中日スポーツで大きく出てましたね。「今年は女の対決!」だって。誰か僕(私)も、という人、来て下さいね!まだまだCASE1で受け付中!!です。

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No.0043 – OV 2000/01/07 (土)

さて2000年。僕は今、幕張ニューオータニホテルに宿泊中!!今日パリ・ダカール・カイロ2000もいよいよダカールをスタートする。なつかしいタンバクンダにむかってフェシュフェシュ(パウダー状のホコリ)の中を行軍している姿が見えますね。朝日を逆光にしたフェシュフェシュの森の中は、ちょっと想像するのも嫌な光景です。まぁタンバクンダよりもっと東に行けばもっとスゴくなるんですね、これが。でもブッシュにひっかかったコイのぼりも見えて老練なスガワラさんのHINOのカミオンはブッシュでフロントガラスを割るのを嫌ってヘンなブッシュガードをフロントガラスの左右上部につけていましたね。

で、明日8日は僕たちのPRESS PRESENTATION!!「えー、土曜日。行けないねぇ。」と多くの PRESSからはブーイング。だからこれを読んだあなた!関東にいるんなら来てね。南青山ね。夜は平和橋自動車教習所。そんなワケで今年も1年よろしくお願いします。今年は新しくなったSSERをぞんぶんに楽しんで頂きますよ!


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No.0042 – OV 2000/01/01 (土)

ov_0042_20000101_1200_01明けましておめでとうございます。 ついに2000年がやってきました。21世紀です。(えっ21世紀は2001年からって?)ケチケチ言わない。僕は2000年から21世紀だっ!!というコトにします。だってナンの法的な根拠も規制も市役所に行って書くこともナイシ、まぁ罪はナイのです。つまり気分の問題です。

そしてSSER 、2000年はヤリます!!モンゴルもヨーロッパツアーもついでに月面1周エンデューロなんてのもやりたいくらいですね。だってなんたって21世紀ですから。えっ、違う? モンゴルスペシャル発表会とみなさんとのミーティング1月8日です。是非お越し下さい。そしてみんなでミレニアム冒険の旅Specialラリーレイドモンゴルを作りましょう!!


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No.0041 – OV 1999/12/31(金)

いよいよ1900年代最後のVOICEとなりました。お正月の数日間、ボクはナニをするでもなく過ごそうと、少し話題になっている?西尾幹二・新しい歴史教科書を作る会編の「国民の歴史」という枕になりそうな1冊とパトリシア・コーンウェルの「警告」を買っておウチに帰ります。かたや世界の街の角々にはミレニアムを祝うさまざまなイベントが仕掛けられているというのにボクはこの瞬間を大切にウチで本でも読もう!という計画です。ちなみにTVは観ないです。 きのうはリチャード・ブランソン氏について書きましたので今日は誰について書こうかと考えてますが、本日の該当者はナシです。 さっき北海道のハルキヒサシ君と電話で話をしました。1月7日の夜には幕張のニューオータニで会う?なんて話をしました。彼はBIG TANK MAGAZINEという雑誌を主宰しています。(みんなご存知ですね。)エライもんだと僕は常々思っています。なかなか出来るコトじゃナイです。エンデューロの定義などについて、よくTelで話をしますが途中でいつもダジャレばっかりになって「ワッハッハッハッ」で終わってしまうことが多いです。1月8日の発表会は、はるか北海道からやって来る!そうで北海道からRRM2000に出るチームを作るので札幌まで説明会をしにきてチョーダイ!って言うので行こうかなっ!と思ってます。 それではみなさん、どうか良い年をお迎え下さい。フランスに居るダカール日本人エントラントのみなさんもどうか良い年を、そして満足のゆく結果にむけてGO!

No.0040 – OV 1999/12/29(水)

ov_0040_19991228_1200_01年の瀬なので2000年にむけて、ラリーをはなれたいくつかのおハナシ。 僕の尊敬する人物のひとりに、リチャード・ブランソンという男がいる。いわずと知れたあのヴァージン・グループの会長である。彼の冒険的なニュースは’91,熱気球による史上初の太平洋横断くらいだろうか。’87にも大西洋の横断(これも史上初)に成功している。まあ誰も(日本人は)ヴァージン・グループの(当時はヴァージン・アトランティック航空が特に有名だったから)社長の道楽だろう、くらいにしか思わなかったろう。しかし今になって新たに思い知らされるニュースがあった。12月21日、ブランソンは記者会見で、ヴァージン航空の株式の49%をシンガポール航空に6億ポンドで売却する!という。まあルノーが日産の株式の36%を取得してアレだから、まあいろいろとウワサは流れるだろうし、それにしても49%というのは!!と誰もが考える。彼の自伝「僕が世界を変えて行く」(だっけ?)を読むと、彼はいつも資金調達に困ってて銀行と死闘?を演じてた。そんな時は彼は既存の事業を売却しては新しい事業や成長させたい事業にツギ込んできたんである。だから、今回はナ~ニか?と言うと、グループ会社のヴァージン・ドット・コム社にツッ込むそーである。92年にさかのぼれば、あのヴァージン・レコードをEMIに売って、当時資金難にあった?ヴァージン航空にツッ込んだもんである。で、そのハナシのさなかに、彼は熱気球を作り、計画を練り(スポンサーこそ探さなかっただろーけど)太平洋横断飛行に挑んでるわけで、やっぱりこいつはスゴイや!と思わせてしまうんである。つまりね、いつもチャレンジャーなワケです。ここで2000年をむかえるにあたって彼はネット事業こそが21世紀のビジネスだってなワケで新しい事業に挑戦するんですね。ナニカを拾おうとするとナニカを捨てなければならない...とかいうハナシではなくて、彼のように常にチャレンジャーでありたいというコト。チャレンジャーである自分が自分を輝かせ、雄弁にし、熱い光を目に宿すのである。さあ2000年、ナンであれ、僕もコレをお読み頂いたアナタもチャレンジ元年です。もう古いコートは脱ぎすてて新しい時代の挑戦を、リチャード・ブランソンのように、とりかかろうではないですか。ナニもビジネスのチャレンジだけではナイのです。自らの限界に挑むのは、ナニからでも出来るってワケです。

きょうの1枚
ついにアフリカツインの姿がこのHPに現れましたね。その左右のXR400はどうもダストランプから見るとラリーレイドレギュレーション仕様のようだし、ナニやら怪しい。むこうに見える林もどうも日本離れしてる。というコトで正解はあのモンサンミシェルへのツーリング中のワンカット。フランスでもこうしてツーリングしてるんですよね。でアフリカツインというのはフランスでは超高級なマシンで、スーパーテネレ、BMW-GSなどと並んで大陸ツアラーとして豪快に走り回ってるんですね。いいだろーな、こういうのって。

No.0039 – OV 1999/12/28(火)

ov_0039_19991228_1200_01さて、1999年も残すところあとわずかとなりました。90年代、あなたにとっていかがでしたか?80年代は?70年代は?とふりかえってみると私的にもナンであれ20世紀後半はニガニガしく、しかし美しく輝いていたように思います。数年前まで20世紀の最大の発明は自動車だ!喧伝されましたが、この1~2年でいやコンピューターである、という事になりましたね。でも実際には、このコンピューターが作った不思議な「ネットワークの世界」こそが20世紀最大の発明じゃないかと思います。人と人のかかわり方が変わってきましたね。プリミティヴに生きる!モンゴルへ行くたびにそう思います。我々は持ち過ぎているものが多すぎるような気がします。失うのがコワくて、人と人とのネットワークに頼っているような気がしませんか。ほんとにハダカの自分と対峙してみませんか。そこはモンゴルだったりします。2000年こそ、自分を再発見する。いいじゃないですか?ところで、このHPでオフィシャルスタッフのサイトもはじめよーかと思います。「えっエンスーの○○○」はまだかって。まだなんです。週刊も月刊なみだし。2000年はガンバロー。

きょうの1枚
なんかね、頭のなかにはモンゴルとヨーロッパが混在しています。まぁ、ヨーロッパってのは、モンゴルが攻め込んだりしたものですから、チンギスハーンにはヨーロッパ的なヴィジュアルがまあ、わりとつきまとうワケです。でもここは来年6月のフランスのオフロードツアーで行く予定のモンサンミシェル、修道院ですがフランスでも超A級の観光地です。そー昔CIVICの広告で使われたトコロ、というともっとわかりにくいんでしょうか?海の中にあって汐が引くと歩いて行ける?そんなとこって、ウチの近くにもあるゾ!と思うんですが、まあ、来年みんなで行ってみましょーね。

No.0038 – OV 1999/12/25(土)

この2~3日の寒波も少し緩みましたが皆様の地域はいかがですか。連日のように小雪が舞ってますね。で小雪といえば私たちSSERの愛犬(アラスカンマラミュート種です。)も小雪というのは皆さんもご存じですね。6年前の小雪舞うクリスマスイブにやって来たワンちゃんです。SSERの事務所の中や各イベント会場でさまざまなハプニングを巻き起しながら愛されています。

さて、きょうはクリスマスイブ、でも掲載されるのは25日だろうからメリークリスマスとはもう言わないね。そんでもって、TBIやRRMのプレレジストレーションの1次締切り。なかなか厳しい状況ですね、世相かね。やる奴はやりますね、やっぱり。われわれももっと頑張ってもっともっと多くの方がもっともっと参加しやすい大会にして行かなければならないと思ってます。どうしよーか!と悩んでるアナタ。そう、そこのハルキ君!イワサキ君!タナカ君!今ですよ!チャンスはね。まだまだヤリましょう。TBIもRRM2000も。さて、あちこちで○○日、というのが流行りはじめてますね。BTM(ビッグタンクマガジン)の中でもモシカシタラ日刊というのがスタートします!もうみんなネーミングが下手なんだから、じゃあ僕からネーミングのプレゼント。先着1名様に無料使用権進呈。ジャーン。それは「スポットデ日刊」通称「スポ日」やっぱマズイか、これ。

No.0037 メリークリスマス – OV 1999/12/24(金)

ov_0037_19991224_1200_01パリの街は美しいイルミネーションで幻想的なんだろーな。でも最近は日本でもあっちこっちでイルミネーション、ライトアップでとってもロマンチック。ヨーロッパ的。しかもミレニアムさわぎ。1900年代最後のクリスマス。で、あなたはどなたとお過ごしですか?わたし達SSER ORGANISATIONが5年前、モンゴルをはじめる前に送った1枚のクリスマスカードの写真が出てきたのできょうの1枚はコレ、をお届けします。

きょうの1枚
1994年試走隊が出会った1本の不発のミサイル。僕たちの落書きによると’94・7・9・AM11:45となってますね。誰が何時、なんてコトを考えてみてもしかたがありませんが、このエリア、モンゴルの東南部には確実に20世紀の負の遺産が色濃く残っています。もっと東に行けば第1回大会の時に通ったミグの墓場や、ノモンハン近くにある旧日本軍の戦車の残骸、地雷、ロシアの空軍基地の跡、ロシア語で書かれたスローガンのアーチ、東と西のハザマにあって揺れ動き続けた20世紀の記憶が乾燥してるが故に朽ち果てること無く残っています。アジアに生きた同じ仲間として、いつも気にかけておきたいトコ、ですね。

No.0036 – OV 1999/12/23(木)

ov_0036_19991223_1200_01とってもがんばってるチーム スガワラのフランスからのHP「ダケニチ」是非見て下さいね。わたくしネーミングの先生としては次の「サトコのちょっと失礼」というのはまあ、面白いんですが、もっとインパクトのあるタイトル…例えば「サトコのソートー失礼!」とかにしてくれるとありがたいんですけど。どうですコンドウさん?ゴメン。彼らがパリ・ダカをスタートしたそのあとは、このデキニチの中でおそらくコーなってるだろうチーム・ダケニチの予想と解説を展開していきます。空想実況中継だと思って頂ければOKです。主な登場選手は、チーム スガワラ(HINO)、サイトウ(XR400)タニグチ(XR400)、イケマチ(XR600)、Wヤマムラ(KTM,XR400)などなどです。それ以外の選手の実況の必要な方は是非リクエストをe-mailで!SSERの静止衛星をアフリカ上空へ移動させておきます。あ、あとモンゴルの輸送費の案内が届きました。思ってたより安い!近々ご案内します。ところで昨日からの寒波はナカナカのもので、ホワイトクリスマスが実現しそうな勢いです。

きょうの1枚
ホワイトクリスマスだとか、石鎚山が北アルプスみたいだ、とか言うので選んだのがモンゴル-アルタイ登山隊じゃなくてラリーレイドモンゴル試走隊の1ショット。クルマの中ではTシャツ短パンってな感じで、おソトはこんな感じです。来年は、もっと高い山へ行きたいなぁ。っと思う僕はヘンなんだろーか?

No.0035 – OV 1999/12/21(火)

ov_0035_19991221_1200_01ホワイトクリスマスか?!OFFICEから眺める石鎚連峰は北アルプスみたい。ゾクゾクしますね。ゾクゾクすると言えばまた風邪をひいてしまいました。南国四国も、さすがに昨日、今日と寒いです。で、モンゴルのプレエントリーもゾクゾク(なんかNHKのCMみたいですが)KTM620の住田さん、いつもはドミネーター?のウエニシさん、もちチームアフリカツインのイケダさんもきてますね。とアワタニさんもチームアフリカツイン、同じく海自のイイさんもアフリカツイン。なんでコンナになってるんだろうか?!でGS勢は松本充治氏を中心にドーヤラ関東で大リクルート中!?いよいよ面白くなってきました。ところで主流のXR400とかDR400(えっまだなの?)とかはドーなってるんだろう。あと軽4バギーやらイロイロと、昔のパリ・ダカ1979年とか80年ころの「ナンでもアリ」が冒険的で面白かったころみたいになってきた。ライトウエイトエアプレーンの参加の打診もあるくらいで(ナンじゃ?)ひょっとしたら別カテゴリーの闘いが上空で繰り広げられるかもしれません。地上戦はヘビー化の波、空中戦はライト(兄弟ではない)エアプレーン、ヘンだけど面白い。 ところでキョウの質問の回答…車両の往復通関アンド輸送費はHOW MATCH !? これは4輪で3カテゴリー(サイズで別けます)バギーや軽4クラス(カテゴリー1)で70~80万、テラノ・ランクルクラスで80~90万、それ以上で90~110万くらい、までにせよ!!と輸送業者には申し上げております。さて、バイクは2カテゴリー。20万以下と20万ちょいの2つくらいになると思います。スガワラさんのカミオン(で出るらしい)はちょっと別途見積かな?(コンテナに入らない!)

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こいつあね、モンゴルのオートバックス、いやイエローハットですかね。フツーは自動車ザハと呼んでます。ディスクプレート、ウインカーレンズが見えますね。全てがロシアンジープ用、ガズトラック用なのですが(ベアリングなんか、とってもボロい)ちょくちょくランクルへの流用できるパーツも見つかります。(見つかるかーそんなもんね)

No.0034 – OV 1999/12/20(月)

ov_0034_19991220_1200_01本人も認めるうちのパクリの「気持ちだけ日刊」で「キモニチ」は気持ち悪いので「ダケニチ」というのがTEAM SUGAWARAのHPではじまりました。ここでは本家のネーミングの良さを考えてみましょう。「デキ日」のデキルというイメージはポジティヴなワードなんですね。一方「ダケ日」の○○ダケというのはネガティヴ系のイメージワードなんです。だからホントはキモニチが正解です。

そこで僕が命名(ネーミングは結構本職なんすよ)イケルトコロマデ日刊→イケニチとか(ナンカ…イケマチみたいですね)ドーセ、パリ・ダカ始まったら「気持ち」ダケになってしまうもんね。で、このキモニチじゃなかったダケニチだっけ?を書いてる人はRRM1999のカミオンバレーのドライバー。RRM2000には1人乗りのバギーで出場するんであります。ぜひ、毎日アクセスしてみて下さい。

ところで1月8日(土)18:30~平和橋自動車教習所(東京都葛飾区東立石1-3-16)でRRM2000のPRESENTATIONをします、いわゆるモンゴルの夕べですね、映像ももり沢山ですので、興味のある人は是非、ナイ人も誘ってゼヒゼヒお越しください。えーと、RRM2000の質問がふえてきてます。毎日少しずつお答えしてまいります。12月24日、もうすぐですね。質問はどんどんe-mail & FAXでね。原則として公開していきます!えっ年齢?60歳代にもうすぐ突入する人も出ますもんね。それとアフリカツインファンから強烈な抗議文?が届いてます。アフリカのコーナーも作れ!!というコトです。賛成の方は○、反対の方は×をつけて下さい。…なににつけるの?

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イトーが釣れるんですよ、カンタンに。なっていっつも言ってるのにみんな「ヘェー」とか「フゥ~ン」とかあいまいな返事。わかった証拠写真だっということで試走中のひとコマ(ポイントは言えん!)1匹目はカワノ隊長がごらんのように。でもスゴイ、ファイトしますね。そんでもって、とっても旨い。というコトでツリキチ三平もビックリ、という写真でした。  

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No.0033 – OV 1999/12/17(金)

ov_0033_19991217_1200_01発表しまーーす! 2000年1月8日(土)RRM2000 PRESENTATION in 東京(発表会ね)昼の部はPRESS PRESENTATION(記者発表)13:30南青山6丁目のMODA POLITICAで行います。TOKYO COLLECTIONなどファッションショウも行われる、とってもオシャレなトコロらしい。ドキドキ。そして夜の部はいわゆるモンゴルの夕べ。たっぷりの映像をお見せします。これは葛飾の平和橋自動車のご厚意で18:30からですね。ここでは来年出場する宇賀神まゆみさんに会えます。とっても楽しみですね。でもどちらに来て頂いてもOKです。バッチリ盛りあげましょうね。

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これは1992 PARIS-LE CAPの写真だ。ドライバーは車イスのクレイ・レガッツオーニ、マシンはメルセデスEボディの中身はおそらくGだと思うけど。レガッツオーニは往年の名ドライバーだけど事故で下半身不随。でもちょくちょくこうしてPARIS-DAKARにやってきた。マシンの作りだってオシャレだ。冒険精神に富んだ人だね。元ワークスドライバーだって、プライベートで1人で挑戦する時のほうがいい顔をしてるんだから...。面白いね。  

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No.0032 – OV 1999/12/16(木)

ov_0032_19991215_1200_01街のあちらこちらに、またインターネットのHPのあちらこちらにカウントダウンの時計が出現してて実にかまびすしいことですね。あと2週間で1999年が終わり、2000年になっちゃいます。2000年、あぁなんと素晴らしい響きでしょう。まるで交響曲第九合唱つきの歌詞のように誰もが全ての苦しみから解き放たれて永遠の歓びに満ち溢れる、といった感じがしますね。誰が伝聞したのかは知りませんが(1899年から1900年になった瞬間を知ってる人なんていないでしょうに。)、おそらくこれが世紀末の気分ってヤツだと思います。つまり何もかもが新しくなる(よーな気がする)。まあRESET!な訳です。「あー17才くらいからヤリ直したい!」と思って例えばヤリ直したとしても果たしてドーなのか?まあ本当はヤリ直せないことを知ってて言ってる分には罪はナイ!んですけど、今度の2000年への大騒動はナニカ人が幸せを運んで来てくれる的な気がありますね、特に日本の気分は。僕は政治と宗教のオハナシをあまりしない事にしてるんですが、なかなか祈るダケでは良くならないというコトをまた知っています。まず自分の足で立ちあがって、自分の腕で取りあげてみて...。力があるから重たい荷物が背負えるのではなくて、重たい荷物を背負うから力がついて行く...そんな国、そんな人になりたいです。昔モンゴルの偉い人と日本と大陸の関係について話しあったコトがあります。その話はまた次の機会に書きます。きょうはタマにはシリアスな気分...というコトで。

きょうの1枚
再びあのETAP-4。ピストらしいピストは、ココで消えてしまいます。ここから先は人が入ったコトは無いんです、有史以来? あるとすれば試走の時に僕たちが右往左往し続けて残した轍のみ。(本番の時にヘリで上空から見て、あっあんなトコに轍がある!って降りて見たらMICHELINの轍。なんだ僕のか?!ってなコト)このポイントは2000年もおそらく使うからね、要チェキだ!