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「システムの探検」
日本でエンデューロという名前のオフロードイベントが開催されたのは、1984年11月。ITDEという大会。今のHIDAKAの前身だ。初冬の苫小牧にDTとかXTなどのマシンを積み込んで遠征に出たのが、まるで数年前のような気分だ。翌年その主催団体と呼応するような形でSSER 2DAYSがスタートする。ISDEをベンチマークとしたITDEの経験は、もっと広く自由な空間と冒険性を求めるべしという気分となった。つまるところヨーロッパスタイルのエンデューロとBajaやパリダカに見られるようなダイナミックな姿をミクスチャして、新しいスタイルの確立を目指して開催に取り組んだ。
そのアプローチは、ルートブックを使用したラリーとなって行く。SSERの数あるイベントの中でも、コースマークを使うものはこの2DAYSだけになってしまった。
SSER ORGANISATIONは、25年間にわたりナニを求めて来たのだろうか。さまざまなラリーなどのイベントを開催してきては、その参加台数の増減に一喜一憂を繰り返すのみなのだろうか。答えは、そんなところではない。
ボクは、考える。大きなことを言えばモータースポーツとしてのシステムの探検をして来たのではなかろうか。
当初は夜間走行に主眼を置いたSSER 2DAYSというオフロードバイクのラリーは面白かった。闇は最後のフロンティアだった。ライトチューンの技術が問われた過渡期。いつかHIDが生れ。長谷見昌弘氏が梼原の2DAYSに持ち込んだそれが、時代を変えてしまった。ライトチューンがタイム差を分けなくなった。
難所の数々はSSERの母体が、実はトライアルチームだったことにも起因しているが、環境問題とその見え方を考えた時、またマシンの性能の著しい向上もあって、システムとして分立するべきだと考えた。難所を作ることは困難ではないが、ライトチューンと逆説的な結果を招いた。
今大会のスーパーSSに言及すると、「あれがあるのなら参加しない」という意見と「もっとハードにして欲しい」という意見が2分して届く。
これまでシステムを構築してきたSSERはこの2DAYSに限っては、再びシステムの探検期を迎えているようだ。
この美川スキー場を中心とするエリアを、どのように使っていくか!?ということもいまわれわれに問いかけられている。
モータースポーツが、狭いエリアに押し込まれていくのか否か。いまだに広大なフィールドを駆け巡れるかどうか?クロスカントリーという言葉を真の意味で使い続けることが出来るか?少しだけボクタチに託されているように思える。
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